モラルを忘れていませんか。自戒も込めて

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2008.11.13
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カテゴリ: カテゴリ未分類
(10月20日のブログに反貧困大集会のリポートを書きました)


テレビ朝日などは、1ヶ月1万円生活などの番組で、お金のイメージを変えてみていた。

または、景気というのは、お金の量に左右されるものなのかという根本的な視点からも
見られないのだろうか。

12000円くらいで何ができると発言した国民は、中流の人なのだろうと思う。

また、新聞には、ホームレスや、施設に入ってい人などにどうやって支給できるのか
などまだ決定されていないと書かれていたと思うが、そこら辺の課題がより新しい
改善へのヒントとして提示されている段階のようである。


ホームレスはホームレスになる前に救済されているはずなので、そうなって
いないというのは、各市町村も、配給金の最終決定と事務を扱うことから、
今まで漏れてしまっていたところに気づく人もいるかも知れないし、

ズームインでは、ネットカフェ難民の住民登録とかいう話があり、私の思いもつかない
話が取り上げられていて、そういう情報を与えてくれるところがプロフェッショナルな
面も見せていただいた。

あと、即効性が大切だったのだが、年内では間に合わず、来年3月までにとなった
ようなので、それは残念なことである。

年収200万円以下の人が1000万人を超えているという。

そういう人たちからは、12000円の重みが、中流の人たちよりも
感じるだろうし、マスコミの編集選抜もそういう人たちを多く取材すれば、


中流の人たちにとっては、ベーシック・インカムについて関心があまり生じないだろうが、

年収200万円以下の人たちにとっての、ベーシック・インカムは大きな意味を持つ。

ベーシック・インカムの実現を一日でも早めるためには、

年収200万円以下の人たちに早く知ってもらう必要もある。

中流でありながら、ベーシック・インカムの意味合いの大きさが理解でき、



ライト兄弟の飛行機でさえ、飛ぶわけ無いだろうとか、最初は見物に来る人も少なかったようだし、

インターネットでさえ、批判している人もいるわけだし、

ベーシック・インカムにしても、共感できるセンスを持てる人にはやくその存在を
知らせることの出来る方策が見つかれば、口コミなども相乗効果になり、広まって
いくかも知れないのだが。

国民は素人なので、理解不足からいろいろ発言してしまうとしても、

民主の鳩山さんだっただろうか、新聞からだったか、こういう政策はこちらはやらないよ
みたいなことを言っていたと思い、それはかなり残念な発言である。

では、どうすればいいのか。何をしてくれるのか。

ベーシック・インカムのような発想はしてくれないのか?

民主党は2004年に小泉元総理に対して、ベーシック・インカムという
構想があるという質問をしている政党であるのだから。

小泉さんよりは、麻生さんのほうが、ベーシック・インカムへの理解はありそう
なのだ。時代が少しずれてしまったのか。

ベーシック・インカムを公約としてくれる人や政党を一刻でもはやく探したい
私にとっては、それをやらない政党や人には投票しない。

しかし、今時点でもどの人も政党もベーシック・インカムを公約に掲げて
いる人を私の不勉強、怠惰からか、探し出していない。

メールでベーシック・インカムには、基本的に賛成ですと発言された人には、民主党の議員さんにいた。

それから、その議員さんへメールしてないが、配給金とベーシック・インカムについて
その人はどう思われるだろうとも思う。

大連立や、政党移動もあるし、どこの政党に肩持ちしようというわけではなく、
誰か政党や議員さんがベーシック・インカムを公約に掲げてくれれば、どの政党の
人でも応援しているわけである。

市場経済主義よりは、社会保障と国がフォローしてくれる内容の政策のほうが
良いと私は思う立場である。経済的に上手に運営できたり、耐えられる人ばかり
いるわけがないと思っている。セーフティーネット、保護が必要である。

社会民主という政策はどういう政策なのか興味があるが、

日本の社民党の場合は、死刑廃止を言っている党なので、そこがネックに感じている。

殺人をした人で、裁判で反省の色も示さない人が報道されたり、
はっきり犯人だとわかっていて何人も事件を起こした人に対しての、
治安への不安や、遺族のやりきれない心情を考えると、
死刑をもって償うという制度は無くなったら大変なことになるのではないかと思えて
しまうのである。冤罪などがあると逆に怖いことではあるが、はっきりしている犯人の
場合もある。

裁判員制度などというものが要請され、その判断を国民もしなければならないように
なった。

過失と意図という違いがあるから、一概に言えないが、私としては、これも判断が難しいが、過失で無く、1人でも殺人をした人と言うのは、やはり普通の人とは違ってしまった人だと
思う。そういう人に対しては厳しい判断をせざるを得ない立場をとると思う。

反貧困大集会からまだ1ヶ月も経過していないが、遠い昔のことのようにさえ思えてしまう。
それは私自身の怠惰か感じ方の悪さなのかも知れないが、情報は風化させてはならないもの
でもある。あまり風化させなすぎるのもアンバランスとなり、判断はその都度なされなければ
ならない。本当に考えている人のほうが、じっくりとある出来事を積み重ねて改善していくのかも知れない。また、反貧困大集会のような活動が至るところでなされるのであろう。

その集会でも、死刑廃止という分科会があった。

人の生命は大事である。

殺人犯人の生命も生命である。

この難しさをどう考えていくか。

そりゃあ、理想は、死刑廃止というのならば。

殺人を起こしてしまう前の予防策を重大視するフォローが必要なのではないか。

事前に解決してしまっていることも平和ということである。

日本の社民党が、犯罪予防を実務的に最大限に構築する努力をしてくれるところならば、
他の政策は、社会福祉重視の社会民主という考え方なので、良いイメージもあるのだが。

そういう現実的なところが、自民や民主に負けてしまっているところなのだろうか。

ただ、わからないことが多く、私が偏見だらけである。

他の国民も個々の実際の政治家の心情や、政党の雰囲気よりも、外部からマスコミからなどの
フィルターを通して少しだけ垣間見ているイメージで考えているだけなのだろう。

そうでない人もいて、国会会館の事務所に陳情に訪れていた人も見ている。

国会会館まで行かなくても、
人によっては、政治家でなくても、地元でも、役所からだろうか、
犯罪予防のパトロールの人が車でテープを流している。

犯罪心理学者も、犯罪予防のメカニズムの解明をしたほうが、こちらも、
ベーシック・インカム関係の人と同様、そういうことも、ノーベル賞級の
研究なのではないだろうか。

論語には、己れに如かざる者を友とすること無かれ

と書かれている。

自分より劣ったものを友だちにはするなという岩波文庫からの金谷治さん訳であるが、

これは、勉強が出来る出来ないで劣っている劣っていないということでは無く、

それだけ、精神性の崇高さを高めあえる関係を保て。

という意味合いであろう。

それに、犯罪者だって、もし、論語のその言葉を守っていれば、良い友達に
感化されて、犯罪を起こさず予防できていたかも知れない。

集団で悪さをしてしまった人たちなどは、この論語の言葉の正反対の

ことをしてしまった人たちなのだろう。

学問だって、学問の組織自体の考えが間違えてしまっていたら、それにある意味での
優秀さが加わってしまい、悪い構造が緻密化してしまうのだろう。

新自由主義や、そういう発想の経済学の工学的な経済を推進する人たちも、
その緻密さが、格差社会や、先進国内でさえの貧困までを生じさせてしまって
いるにも関わらず、難しい数式で仲間内を組織化してしまい突っ走ってしまうのだろう。

大昔からは、難しい数式などいらずに、生活を維持してきたわけである。

批判されるべき人たちは、言われていない人たちのほうにずいぶんいるはずでもある。

そして、なかなかそういう人たちは顔をあわせないようなところにいるわけではある。

マスコミがそういう人たちの存在を教えてくれて垣間見るくらいである。

品格や精神性を高め合うことのできる人たちと出会うことが出来て、その周囲にいられる
人は幸福である。その人も高められていることが特に意識しなくても、普段の生活の
感受性に現れていることであろう。

昔の「ありがとう」みたいなホームドラマとか、「池中弦太80キロ」みたいな、
喧嘩しながらも、あたたかい雰囲気も、品格や精神性でもあったのだと思う。

そういう経験をしてきた日本人の後継者なわけだから、ちょっと違う文化を摂取
してわからなくなってぐれていても、昔の感覚がよみがえることもあるだろうと
思う。

(付記:無策と言って拒否する人は、年収が1800万円以下の人であっても
受け取らなければいいのではないか。お金に困っている人は1円でもありがたい
と思う。かえって、中流の人の線で、所得制限がなされていたら、怒り出す人
が多かったかも知れない。中流の品格が左右するのではないかと思う。
中流は1万2000円くらい戻ってきたって、という発想になってしまう。
量的なお金のありがたみが減っているのが中流という位置づけになっている
人にとって、どう判断がなされるかの課題として生じてしまっている。
だから、現状の政府に対して批判ばかりになってしまう。しかし戦争中は
政府への批判など出来ない時代があったのだから、それから
比べれば時代はとてもとても良い時代になっている。

しかし、それならば、比較的自由に政府にまで批判ができるならば、
それに付け加えて、それなら自分のアイデアも出して協力しましょうと
いうところまで考えるべきではないかと思う。

ズームインで子沢山家族を紹介して、その家族の奥さんがとても有難いと
言っていた。

こういう感想が出ると安心する。

中流の考え方が左右する。

代々木公園で真冬に、ホームレスが仰向けになっていても、ジョギングして
通り過ぎたり、キャッチボールしている中流。

その感受性が、12000円くらいという政府批判するところまでの
考え方を提出してしまっている場合もあるかも知れないと思ってしまった。

子沢山家族が有難いと言うように、家族というものの再確認になるし、

友達などとあわせれば、12000円が集められて、グループとして
大きなことができる可能性もある。

批判にしても、罵詈雑言のような雰囲気の言葉遣いで批判することもないと思う。

受け手の側の感受性の崇高さが高まるほど、世界観が良くなる。

私も中流層に対して、あまり美しい言葉遣いに無っていないことをお詫びする。

そんなに悪気は無くても、方言がきつく感じてしまう場合もあったり、
配慮に気づかなくなっていたりすることもある。

対人関係から社会関係は、それぞれの思惑が生じて難しい。









































































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Last updated  2008.11.13 09:54:52


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