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大分県臼杵市にある早春賦の館を訪れるのが今回の旅の第一の目的です。 「早春賦」という唱歌を現代人のどれくらいが承知しているのでしょう。昨年の春、NHKのみんなの童謡で放送されたし、春先になるとTVやラジオのBGMとして使われることも少なくないから、耳にしたことはあるという人は多いかもしれない。関西地区では今年の2月から4月にかけて関西電力の値下げを知らせるCMのBGMに使われて頻繁に流れていたから、聞いたことがないという人の方が少ないかもしれない。 ぼくがこの唱歌のことを知ったのは、中学生のころ、当時大ヒットしていた加藤登紀子さんの「知床旅情」がこの唱歌と出だしがそっくりということで話題になったことがある。それで初めてこの歌の存在を知った。当時小学校中学校の音楽の教科書にこの歌は載っていなかった。高校の教科書でようやく登場したのです。高校の音楽は選択だったし、教科書には載ってはいたけれど授業では一度も歌わなかったので、当時の子供、学生はこの歌と全く接点がなかったと言えるくらいでした。 でも、現在ではこの歌が採用されている中学校の教科書があるそうです。この詩は文語で難しい言葉が使われているので、教科書からはずしやすい歌です。そういうことで戦後の早い段階で義務教育の教科書からはずされていったのだと思われる。なのにこの歌が作られて90年、復活、復権の兆しが見えるというのは驚くべきことです。「教科書から消えた童謡唱歌」という本が出版されるように、有名な愛すべき文部省唱歌が次々と教科書から消えていく中、この歌の復権は何なのでしょう。この歌が内蔵している力、魅力を知りたくて、旅に出ることにしました。
2005年12月29日
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来年度の吹奏楽コンクールの課題曲のCDとフルスコアが連盟から送られてきました。早速一通り聴いてみたのですが、やはり難しい。特に2番と3番。ある程度の技術さえあれば、楽譜を音に変換してそれらしい音楽を作ることはさほど難しいことではない。難しいのはそれを魅力ある音楽に仕立て上げること。さらに、聴いている人の心に届けてそれを動かすこと。自分が聴いて魅力を感じないものをどうして魅力あるものにできるか。その意味で1番は最もやりやすいかもしれません。ただこちらは技術的にちょっと難しいところがある。最初のトランペットのソロが問題。見方によってはそんなに難しいものではないかもしれない。でも、コンクールの本番で始まって1分もしない内のこれだけのソロを的確に演奏するのは余程の自信がないとできないかもしれない。
2005年12月27日
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短大の学生によるオーケストラの演奏です。メンバーの足りないパートは教育助手や大学の方の学生が応援に加わっています。 F. メンデルスゾーン 演奏会用序曲「フィンガルの洞窟」 日野皓正(佐藤允彦編曲) ヴァイオレット・メランコリー F. グローフェ 組曲「グランド・キャニオン」 プロの演奏家に年齢はないというけれど、この人は一体何歳なのだと、思わず頭に浮かぶほど、彼の演奏は若々しいしパワフルです。ハイトーンだってなんの無理もなく易々と吹いている感じだ。以下工事中
2005年12月25日
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今年も何とか淀工のチケットを買うことができました。もう少し早めに行けば良かったのですが都合がつかなかった。今回は本当にぎりぎり、キャンセルで戻ってきたのが3枚残っているだけでした。3枚の内ぼくが選んだのは日曜の昼の部。あとの2枚は土曜と日曜の夜の部でした。昼の部? 12:00 だから昼の部でしょう。えっ、12:00 !! そのことの意味に気がついたのはそれから数時間後、帰宅途中の電車の中でした。昨年の昼の部は 2:00 だったはず、つまり、今年(06年ですが)は 12:00 と 6:00 の間にもう1回、つまり日曜は3回公演になるのではないか。フェスティバルホール、土日5回公演 !!。13500席が1ヶ月前に売り切れ !!。関西地区以外の人はこんなことが浪速の都で行われているなんて絶対信じられないことでしょう。
2005年12月18日
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音大の学生によるオーケストラの演奏会です。学生が出演する演奏会ではこれと学生オペラが一番大きな演奏会といえるでしょう。 R・ワーグナー 楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」 第1幕への前奏曲 W・A・モーツァルト ピアノ協奏曲 第20番 ニ短調 k.466 J・ブラームス 交響曲 第1番 ハ短調 作品68 ピアノは仲道郁代、大学1年の在学中に第51回日本音楽コンクール第1位を受賞しました。昨年から大阪音楽大学特任教授をつとめています。やはり、素晴らしいと言うしかない。生で聴く協奏曲といえば音大の学生が演奏するものくらいで比較の対象が本当に少ないのですが、この演奏は本当に協奏してしていることを実感できるものでした。一緒に奏すれば協奏だと思ったら大間違い、音色、音量、タッチなどあらゆる要素が繊細に協調し合っているのが手にとるように分かる演奏なのでした。 ブラームスはとくに好きでも嫌いでもないのですが、大学祝典序曲とハンガリー舞曲第6番以外は熱心に聞いたことはない。録音は交響曲4曲、ピアノ協奏曲、バイオリン協奏曲、クラリネット五重奏などほとんどの曲を持ってはいるけれど、あまり聴かない。メロディが少ない感じがする、ちゃんとあるのだろうけれど、見えにくかったり難しかったりして、モーツァルトやベートーベンの曲に比べるとメロディラインを追いかけていくのが難しい曲が多いように思う。だから生のオーケストラの演奏会では、たぶん一度も聴いていないはずです。敢えて高いお金を出してまで聴きたいという気にならなかった。今回初めて生のブラームスを聴いて、なるほどと思う。この交響曲は見るものです。字のとおり響きが交じり合うのを見るための曲です。カセットテープに入った音を追いかけているだけではこの曲の本当の醍醐味を味わうことなどできない。
2005年12月03日
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2週間前の近畿大学では2階で聞けなかったので、本当に久しぶりにフェスティバルホールの音を聴いたという感じです。やはりこれがフェスティバルホールです。舞台で演奏されたすべての楽器の音がちゃんと客席まで届けられる、どの楽器がどの楽器をも邪魔しない。もちろん100%ではないかもしれないけれど、他のどんなホールよりも優れている特性だと思う。 1部 長い灰色の線 J・バーンズ マゼランの未知なる大陸への挑戦 樽屋雅徳 二つの交響的断章 V・ネリベル 亡き王女のためのパバーヌ M・ラベル 2部 バレエ音楽「四季」より秋 A・グラズノフ バレエ音楽「火の鳥」 I・ストラビンスキー 序奏~火の鳥の踊り~火の鳥のヴァリエーション 王女たちのロンド カスチェイの凶暴な踊り 子守歌 終曲 アンコール ロンドンデリーの歌 第1組曲よりギャロップ A・リード 亡き王女はプログラムに載っていません。4月に亡くなられた鈴木竹男先生を悼むためのものです。演奏後は拍手はなく完全な静寂が1分近くも続きました。先生は関学の卒業生であり、吹奏楽部OB会の名誉顧問であり、定期演奏会に1度客演指揮をされ海外演奏旅行にも同行されました。でもステージマーチングの創始者である先生だから、やはりもっと陽気な行進曲でお送りしたかったという思いもあります。日本スーザ協会の会員番号が「星条旗よ永遠なれ」だったはずだから、それでもよかったのではと余計なことが頭に浮かびました。 淀川工高の丸谷先生は次のように述べられました。 『先ず一人がしっかりせんとね、パートも何もないからね。 もたれ合うところがあんねんね。 それはええ意味ではアンサンブルとなるねんけど、 個々の技術がええ加減なまま弱い同士で寄りかかるというのやなしに しっかりして寄りかかった方がええから。 最低限人のせいにしないというところから 全てのもんが始まりたいわけ。』 この言葉が先ず思い出されました。関学の演奏は、その一人一人がしっかりしたところから始まっていないと、そう感じた。木管は、フルートもクラリネットも問題はなかった。強いとは思わなかったけど、しっかりしているとは感じることができた。でも金管、特にトランペットはしっかりしていないと言うしかない。しっかりしていないからまとまっても面としての強さを感じることができない、トーンというものが形成できない。 淀工では大半が初心者だから3年生でも吹き始めて2年半でコンクールの舞台に立つ。しっかりした状態で立つ。それに比べ関学では4年生は初心者でも3年半吹いているし、高校でやっていれば6年以上吹いているはずだ。なのに淀工ほどの強さを見せることができない。大学生なのに何だとか、情けないとか、かつての栄光はどうしたんだとか言ってはならない。淀工のモチベーションの高さとオーディションの厳しさは比類のないものだ。それに対し、関学はもう日本一の関学ではない。モチベーションなどとっくに崩壊しているし、上級生なら誰でも舞台に立てる。普通の大学のバンドと全く変わらない、かつての実績など何の役にも立たない。しっかりするためのメソッドのようなものも確立できていないのだろうし、核もない。核とはバックボーンたるべきカリスマ指導者のこと。こういう状態で多くのものを望む方が間違っているのかもしれない。関学は今のままでいい、それが自然というものだ。それは関大にも近大にも言えることだと思う。
2005年12月01日
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