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急に父が倒れてしまい半分意識が不確かな状況になって病院に行ってから「暫くの間居日記の更新を休みます。」と通知してから昼になって昼食を済ませてから救急病棟に戻ると父の具合も落ち着いて来て意識もハッキリして来たらしく点滴も酸素吸入も外していて、先生からもCTでも脳の出欠とかも無いし血液検査も特に異常が無かったので入院しなく鄭ので落ち着いたら帰宅して貰っていいですよとの事であった。安心して胸を撫で下ろしたけどとにかく救急車で病院に着いた当初は意識もハッキリしないし、腕や足も自由に動かせず目を開けてもよく見えないという具合で一時はどうなってしまうかと心配していたが、朝10時前に倒れてから約4時間後には自力で歩ける様になったので病院内のレストランできつねうどんを食べてから帰宅してその間に親戚にも無事に帰れると連絡してようやく家に戻ったのである。とにかく80歳を越えてもこれといった病気もせずに買い物や車の運転もするしてきぱきとしていただけに、当日の朝もいつも通りに朝食を済ませて洗濯の段取りも終えてTVを観ているうちに眠気や空腹感を訴えてトイレに向かう途中でいきなり前のめりに突っ伏す様に倒れてしまい、その時点ですぐに119番に電話して救急車を呼んでその後自力で起き直ってトイレに入ったものの意識が半分無い様な具合だった。間も無く救急隊が来てくれて救急車に乗ってから嘔吐もあったが微かに意識はある様で戸に書く祈る思いで病院に向かったのだが、助かったのは早目に救急車を呼んだのと倒れ方が後じゃなくて前に突っ伏す様に倒れたので頭を打たずに済んだのもあるけど、母が既に逝って閉まってからは2人暮らしの我が家なのでこの先何とか無事でありたいと改めて思ったのである。「まさかちょっと前迄普通やったし大した病気もしてなかったのにまさか急に倒れるとは思わん買ったからどうなる事かと気が気で無かったけど、早目に救急車を呼んだのと頭を打たんで済んだからまだ良かったと思うけど、皆さんにはお騒がせして心配掛けたけど無事に入院もせずに戻って来れました。」
2010年04月28日
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今朝急に父が倒れて今病院に来ているけど、半分意識朦朧の状態で心配なので暫く日記の更新休みます。
2010年04月28日
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この日の行われた東京ドームの巨人VS広島戦はスタンドの雰囲気もいつもとは違う空気であった。今月の初めに試合前の練習時に倒れてくも膜下出血で逝ってしまった故木村拓也コーチの追悼試合となって、スタンドでは現役時代の背番号0のボードが掲げられたりヒッティング・マーチや「拓也!拓也!・・・」の大合唱もある中で、背番号0のユンホームを来た故k村コーチの長男の恒希君が始球式のマウンドに上がって投じたボールが見事にノーバウンドでキャッチャー阿部のミットに届くと拍手喝采であった。巨人も広島も共に木村コーチが現役時代にプレーしているだけにどっちも負けられないという気持ちで望んだ試合は巨人が西村(健)と広島が青木(高)の両先発で始まって、初回に天谷のタムリーで広島が1点を先取すると巨人は3回裏に小笠原のタイムリーで1-1と追い付いて更に6回には阿部がレフトへ3号ソロを打って巨人が勝ち越した。しかし7回表に1アウト1塁で阿部のパスボールの後に山口が東出にタイムリーを浴びて2-2と追い付かれ、8回には越智が満塁のピンチを招き中東のレフトへのファウルフライをラミレスが捕球した為ランナーにタッチアップされて2-3とまたも広島のリードとなった。だがキムタクコーチの為にと勝利で応え様とするG打線は広島の3番手高橋を攻めて四球と連打で作ったアウト満塁のチャンスで代打に送られたのはキムタクコーチと同級生の谷であった。そして谷の振ったバットから放たれた打球は左中間スタンドへ飛び込む代打逆転満塁ホームランとなった。更に今度はイ・スンヨプも2号ソロを打ってこの回一挙5点を取った巨人は9回に登板したクルーンが石井にタイムリーを浴びて1失点はあったものの7-4で両軍総力戦となった試合を制した。試合後にヒーローインタビューで谷が涙を堪えながらキムタクコーチとの思いを交えて話していて、その後で始球式で登板した恒希君にウイニングボールを渡していたのにはジーンとさせられたが、谷の満塁弾はまさにキムタクさんが打たせてくれた一発だった様な気がした。「選手も観客も皆のキムタクさんへの強い思いが谷の代打逆転の満塁弾を打たせたんやろうな、それにしてもスタンドからの拓也コールといい恒希君のストライクの始球式といい谷からのボールのプレゼントとそれぞれジーンと来たなぁ。」
2010年04月24日
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今節のヴィッセル神戸は敵地等々力での対川崎フロターレ戦であるがCSのTBSチャンネルで生中継されてるので画面を通じての観戦となった。1週間前の前節ではベガルタ仙台に勝っているだけに連勝して勢いを付けたいところであるが開始早々に古巣相手の試合で先発起用された都倉が倒されて蹲り何やら荒れそうな予感がした。すると直後の前半5分にヴィッセルは相手選手を倒してPKを与えるとレシチーニョに決められてアッサリ先制点を献上してしまった。17歳の小川をスタメンに起用して挑んだヴィットセルだったが得点出来ないまま前半を終えると都倉を下げて後半からはまだ鼻の骨折が完治してない大久保を投入したが顔にはフェイスガードを装着したままのプレーし辛い状態のままであった。そういう状態でも何とか後半は反撃をというヴィッセルのベンチの思惑に反して公判も早々の4分に黒津に2点目のゴールを蹴り込まれて0-2と点差を広げられてしまった。点は取られるばかりで反撃もろくに出来ないまま迎えた後半33分には河本が相手選手を倒してしまい退場となりPKを鄭に決められて0-3となって一方的なスコアとなった。ラフプレーも多く警告を受けた選手の多いイールド内でも苛立った雰囲気の試合でフロンターレ側も森・寺田・鄭の3名に加えて、小林・北本・エジミウソン・朴・河本・大久保という具合にヴィッセル側でもこれだけのイエローカードを出される荒れた試合となった。失点のうち2点は相手選手を倒して与えたPKによるもので、時節には気持ちを切り替えてもうちょっと選手全体に落ち着いた冷静な精神状態で試合に挑んで欲しいものである。「折角先週はベガルタ仙台に勝って軌道修正のええきっかけになると期待して迎えた川崎フロンターレ戦の筈が、3失点で負けてそのうち2点はPKでの失点やし5人も6人もイエローカード出されて河本は退場になるし後味の悪い試合やったなぁ。」
2010年04月24日
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去年の春に阪神電鉄西九条から近鉄難波へ路線を延長して開業した「阪神電鉄なんば線」に初めて乗って辿り着いた京セラ・ドーム大阪で行われる、年に1度の巨人の関西シリーズを観戦に来た訳だが流石に梅田を経由せずに来れたので移動時間もロスが無くて運賃も安くて来易くなったドームで開催の対横浜戦のチケットを事前に入手していてゆっくり余裕で到着である。1番ゲートへ向かって入場ゲートから入って夕食にと大阪環状線弁当と緑茶を買ってエレベーターで1塁側の内野2階席へと向かってライトのポールに近い座席に腰を下ろしたが、2階席と言ってもかなり高い位置にあるので上から見下ろすと言う感じである。座席に座って間も無く1回の表に守備位置に向かうスタメンのGナインの名前が場内アナウンスでコールされていた。巨人が藤井と横浜がランドルフの両左腕投手の先発でプレイボールとなった試合は初回に藤井が簡単に2アウトを取ったが内川を四球で出すと村田のライトへの打球を深追いしたセカンドのエドガーと前進して来たライトの長野が交錯して打球がポトリと落ちる間に内川がホームに還って先制の1点は横浜に入った。「おいおい、いきなり相手に1点サービスして何やっとるんじゃ!」すると今度は1回裏に坂本が四球を選んで出塁して「よっしゃ!それでええねん、先ずはランナー貯めてじっくりやな。」と思ったら何と坂本は盗塁失敗でチャンスが途絶えたかに思えた。しかし打撃好調の松本がセンターへ弾き返して盗塁を決めて坂本の盗塁失敗を帳消しにするとラミレスのレフトへのヒットですかさずホームへ還ってすぐに追い付いて1-1となった。ちなみに自分は試合を観ながらその間に売店で買って来た「大阪環状線弁当」¥900を食べたが、中央にご飯があって周囲に肉・おでん・チキン・たこ焼き・押し寿司などが入っていた。他の弁当は¥1000が多かったが個人的には「大阪環状線弁当」も少しだけ安くても結構食べ応えがあったと思うのだが。ドーム内の観客席を見渡すと1塁側やライト側は満席状態だったが3塁側の2階席には結構空席があったものの、流石にライト側スタンドから聞こえる「サカモト~!」とか「慎之介~!」といった声援は良く響いていた。試合は1回に双方1点を取り合ってからは巨人の先発藤井が好投で横浜打線から被安打2に抑え込んでいたが、一方の横浜のランドルフはパッとしないピッチングなのにG打線が崩し切れずになかなか勝ち越し点が入らないまま試合は進んだ。好投しながらも打線の援護に恵まれない藤井は5回裏の先頭打者として回って来た打席では打ちに行ってファウルで粘って四球を選んで出塁して何とか突破口を切り開こうと維持を見せたが続く坂本にはヒットが出ずに両軍共に追加点が入らないまま淡々と試合は終盤を迎えて7回を投げた藤井は1-1の同点のままで代打に脇谷を送られてマウンドを下りた。 8回表に2番手で登板した久保が内川に内野安打で出塁をされたもののこの回3つのアウトを全部三振に仕留める快投で応えると、直後の8回裏には松本がヒットで出て2アウト後に阿部と長野が連打で満塁となってようやくライトスタンドの応援もタオルマフラーやメガホンを使っての盛り上がり振りとなって、2アウト満塁のチャンスに途中から亀井に代わってファーストに入っていたイ・スンヨプが粘って四球を選んで決勝点が入った。2-1と終盤で1点をリードした巨人は9回のマウンドに越智を送って守備固めに代打で起用した谷をレフトの守備を任せた。いきなりスレッジを四球で歩かせて「おいおい、折角勝ち越したのにランナー出すか?」と思ったがそれでも後続を討ち取って代打下園の打球はレフトへ入れた谷が好捕して最後は金城をショートゴロに打ち取って巨人が接戦を制した。終了後のヒーローインタビューでは勝ち星はつかなかったものの7回を被安打2の1失点で先発投手の役目を果たした藤井と3安打の固め打ちで2点共ホームを踏んだ松本がお立ち台でインタビューを受けた。観ていても藤井のピッチングは安定していたし試合展開も速く進んで観客としては楽な展開だったが、ホームランが無くてタオルマフラーを振れたのが終盤の8回裏だけというのは少々物足りなかったがとにかく勝って良かったという試合であった。「先発の藤井にまだ勝ち星が無いから早めに勝ち越して勝たせたかったけどこういうピッチングが続いたら大丈夫やな。終盤の8回にやっと見せ場があったけどもうちょっと派手にホー、ムランの追加点が観たかったなぁ。」
2010年04月20日
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この日の夕方阪神電車の大石駅へ向かって大阪方面行きのホームから梅田行きの各駅停車に乗って震災で一時は倒壊しながら再び高架橋で復旧した区間を東へ進んで新在家と石屋川と停車して電車は御影駅に着いた。ここで梅田行きの特急に乗り換えて出発すると住吉を通過してからルートを付け替えた高架を通って魚崎に着いた。震災後は阪神にしても阪急にしても特急電車の停車駅が増えて以前は停まらなかった魚崎にも六甲ライナーとの乗り換えを便利にという事である。魚崎を出ると芦屋へ至る迄の区間は高架化の準備に入っていて青き・深江の2駅共に上り線から仮線に付け替えられていた。芦屋を出ると暫くは盛り土の区間を通って打出を通過して香枦園を抜けるとそこから新しい高架路線になって最長10両が停車可能な高架駅になった西宮に着いた。そして今津を通過して久寿川で一旦地平へ下りた線路は再び高架区間となって甲子園に着いて、この日行われる甲子園球場での阪神VS広島戦の観戦が下りたのを横目に甲子園を出た電車は地平の鳴尾駅を過ぎると武庫川を渡ってこの先は本線では梅田に至る全区間が高架と地下で完全に踏み切り無しの立体交差となっている。競艇場の在る尼崎センタープール前から出屋敷を通って尼崎へ着いた。するとアナウンスで「なんば線で難波・奈良方面にお乗換えの方は向かいのホームの普通電車を通り抜けてなんば線の電車に乗り換え下さい。」と言うので観ると向かいのホームの普通電車のドアの両側が開いていてイチイチ階段を下りて上り直さなくていい様に鳴っていた。そして阪神なんば線に乗り換えた訳だが基本的には主に走るのは乗り入れしている近鉄の電車が多いらしい。ところで自分が何故甲子園で下車せずになんば線に乗り換えたかというとこの日は年に1度の巨人の関西シリーズで京セラ・ドーム大阪で対横浜戦の試合が開催される為であった。大物(だいもつ)から路線は本線から分かれて高架の出来島を通って地平の福駅を過ぎると淀川を渡るのだが、大阪市西淀川区の辺りには海抜より低い土地が在ってそこを通るなんば線の淀川に架かる橋梁は本線に比べて嵩が低くて川面が間近に感じた。淀川を渡った最初の駅である伝法を出ると高架に上がって千鳥橋を通って西九条へ着いた。以前はこの西九条で終点であって西大阪線だったが去年の春に近鉄の難波と直結して相互乗り入れとなった区間に入ったが地元住民の防音対策の意向もあったらしく高架区間は防音壁で景色は観えないまま電車は地下に入って九条駅を通って目的のドーム前駅に着いた。結構地下深く掘り進んで作られたらしく2~3回はエスカレーターや階段を移動して地上に上がるとすぐ前に京セラ・ドーム大阪が観えた。この阪神電鉄なんば線に乗ってみて運賃の安さや梅田へ出て乗り換えしなくていいので移動も時間的にも楽で、従来はJRの大正駅から歩いていたよりもずっと近いのは有り難い事である。目的の京セラ・ドーム大阪に到着していざ巨人VS横浜戦を観るべくドームへ向かった訳だが観戦の日記は後程UPという事でお楽しみに。「計画されてから着工する迄が長かった阪神なんば線がやっと去年の春に開通して以来初めて乗ったけど、西九条からあっと言う間にドーム前に着いたし地上に上がってからドームにもすぐに着けたし梅田に一旦出る事も無いから楽でええなぁ。」
2010年04月20日
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先週の2日の金曜日に遠征先であり自宅のある広島の地で試合前の練習時に倒れて緊急入院していた巨人の木村拓也内野守備コーチはくも膜下出血で、グラウンドで倒れてから意識が戻らずに容態が心配されていて何とか意識を取り戻して欲しいと願っていたけど、今朝の情報番組の生放送中に字幕のニュース速報があって今朝未明に亡くなったとの訃報が知らされた。入院して以降も広島VS巨人の試合が行われたマツダ・ズームズーム・スタジアムでは共に在籍した広島・巨人の両球団のファンから「拓也!拓也!拓也!・・・。」都回復を願っての声援があったり、1字違いの同盟で同い年が縁でスマップ×スマップの特番で対談した事もあるスマップの木村拓哉も病室で生死の境を彷徨うキムタクコーチにエールを送って回復を祈っていたのだが。入院してから一度も意識は戻らないまま手当ての甲斐も虚しく投手以外の捕手・内野・外野の全ポジションをこなして、打席に立てば左右両打席共に粘り強い職人芸的なバッティングの器用なマルチプレーヤー振りでチームの勝利に貢献して来たプロ野球界のキムタクは志半ばで無念の最期を迎えてしまった。「まだ引退した言うても現役でも十分にやれたと思うしコーチになっても37歳で若いヤンカ、倒れた場所が東京へ単身赴任で自宅の在る広島遠征の時やったのが偶然やったけどホンマに辛いし何でやねん!」
2010年04月07日
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今シーズンのセ・リーグ公式戦が開幕したばかりであるけど巨人が毎年開催している関西シリーズが今年はこの4月に対横浜戦の2試合のみでそのうち京セラ・ドーム大阪では20日だけで21日の試合は改装された旧西京極球場がわかさスタジアムとしてリニューアルされて最初の試合となるらしくわかさスタジアムという名前を見聞きした時は日本海側の「若狭」と思ってしまったが場所的に福井県は京都府の隣なので何とも紛らわしい話である。ともあれ去年の自分はろくにスポーツ観戦にも行けずにプロ野球の巨人戦はチケットを買いそびれるし、サッカーJ1のヴィッセル神戸の試合も最後の方でようやくホームズ・スタジアム神戸に行けたという具合であったが、今年は取り合えず野球から観戦をスタートする形になるけどこれからヴィッセル神戸の試合もセ・パ交流戦のオリックスVS巨人戦も観に行きたいと思う。今回コンビニの端末でまだ幾つかの空きがあったのを見て即買えたチケットの座席位置を確認してみると、1塁側2階席の外野寄りの位置であったが一昨年の9月の対広島戦の時の様にギリギリになって金券ショップを探し回っていたのと違って余裕もあるし、これ迄の大阪ドームでの観戦との一番の違いは去年にようやく開業となった阪神・西九条と近鉄難波間の新ルートの阪神なんば線による阪神電鉄と近畿日本鉄道の相互直通運転で乗換えが少なくて済むからである。さて今年の横浜はトレードなどで戦力の補強も行っているが去年迄巨人のピッチングコーチだった尾花新監督を据えて挑んで来ているので、G投手陣の手の内を知っているだけに苦戦も予想されるけどどこのチームと対戦しようが目の前の相手に勝つだけである。「野球の試合をスタジアムで生観戦するのは2年振りになるけどねんに1度の巨人の関西シリーズの入場券が買えてホッとしたなぁ。今年からは阪神のなんば戦の開業で梅田での乗り換え無しで行けるのが便利になったから楽でええな。」
2010年04月04日
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マツダ・ズームズーム・スタジアムで行われる対広島戦の為広島に遠征している巨人に突如激震が襲った。試合前の守備練習でバットを持ってノックをしようとしていた木村拓也コーチが急に胸を押さえながら蹲って倒れてしまい、慌ててGナインが駆け寄って救護スタッフが応急措置を行ってそのまま病院に搬送されたのである。倒れて応急処置を受けた時には既に意識が無かったそうで診断の結果は何とくも膜下出血であったそうである。今期から内野守備コーチに就任したばかりのキムタク新コーチは去年の日本シリーズ終了後に現役を引退したばかりで、まだまだ減益をやれるだけの体力も十分にあると思われるキムタクコーチがまさか倒れてしまうとは想像もしない事態であった。宮崎南高校から当初は捕手として日本ハムへ入団してスタートしたプロ生活は当時の日本ハムには田村藤夫という不動の正捕手が居た為に、試合に出る為にと内外野問わずに使って貰えるならと色々なポジションをこなして1995年から広島へ移ってからも各ポジションを守ったが一時はキャッチャーとしてスタメンマスクを被った事もあった。主にセカンドを守る事が多かったキムタクは打つ方でも左右両打席に立てるスイッチヒッターで、2006年の開幕後の間も無い時期に山田との交換トレードで巨人に移籍してからも「困った時にはキムタク」という程どこでも守れてバッティングも器用な万能振りで昨年の終盤では第4の捕手としてマスクを被ってチームの危機を救った事もあった。個人的には最後にピッチャーとして登板すれば高橋博士・五十嵐章人に次いでの全ポジション達成となっただけにもう1年でも現役を続行していればと思ったけど、倒れた場所がかつて在籍していた広島との試合の場で巨人に移籍後も単身赴任で自宅は広島であるのが不幸中の幸いと言うべきなのかも知れないけど今となっては本人の無事な回復を祈るしかない。「引退してからコーチとして後進の指導に手腕を発揮しようという矢先にまさかくも膜下出血で倒れるとはなぁ。それでもまだ救いやったのは倒れた場所が自宅が在ってかつて在籍した広島の地やった事やろうな。」
2010年04月02日
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