全7221件 (7221件中 1-50件目)

【粗筋】 橋の下で生活する乞食の親子がいる。人の行き来する音には慣れているのだが、「父ちゃん、今日は何だか走り回っているね」「どれどれ」 と父親が耳をそばだてて、「火事が起こったんだ。家が焼けて逃げ回っているんだろう」「へえ、大変だねえ……いくらいい家を建てても、焼けてしまえば何にもならない。うちは火事でも安心だね」「おう、これもみんな親のお陰だ」【成立】 天明時代太田南畝の『うぐいす笛』の「橋の下」は、乞食の夫婦で、年末掛け取りに走り回る人達を見ての会話。 もう一つの落ちは、「シーッ、人が聞いたらなりたがる」
2025.11.30
コメント(0)

【粗筋】 老人が杖を突いて歩いていたら、橋にあった穴に杖が入り、すっと落ちて川を流れていく。老人、しばらく思案していたが、扇を取り出すとその穴に当て、同じように落ちて行くのを見て、「なるほど、こういう仕組みか」【成立】 安永3(1774)年『茶のこもち』の「思案」は「ははあ、このこつじゃな」という落ち。何を思案していたのか……何となく面白い小噺。
2025.11.29
コメント(0)

【粗筋】 伯良という野郎は、天人に騙されて羽衣を返してしまいやがった、うかつな奴だと言いながら三保の松原へ来ると、得も言われぬいい匂い。見ると、天女が水浴びをしている。話をするから騙される。この野郎、天人のところへ飛び出すと、無理やりに押し倒して、自慢のモノで攻め立てた。「どうだ、天人さん、人間の男の味は」「はい、天にも昇る心持ち」【成立】 その1に続いて別料金で聞く続編。これを独立させ、寄席で演ったのが古今亭今輔(5)で、「天ぷら、ソラマメ、ところテンにアマ納豆」が好きだと言うので、それを餌に家に連れ込み、酔いつぶしてしまう。翌朝、天女が先に目を覚まして羽衣を取り返して逃げる。他の天女と会って、「下界では何もなかったの。それ、ソラごとじゃないの」「ええ実は下界の男と」「まあ、それってどういう感じだったの」「そうね。天にも昇るような気持ちだったわ」 という形。寄席で演ったものはかなりオブラートに包まれている。タイトルは「新羽衣」としていた。桂米丸も同じ。
2025.11.28
コメント(0)

【粗筋】 天人が三保の松原に降り立って遊んでいるのを見付けた漁師の伯良、羽衣を手に入れて帰ろうとするが、折からの風であらわになった天人の白い足に目を取られ、羽衣の代わりに情婦になるよう申し込む。天人は、「情婦になるなんて嫌だよ。女房にするんなら言うことを聞こうじゃないか」と言う。「嫁入りで挨拶に回るのに羽衣がいるから帰しておくれ」と言うので、「そんなことを言って、羽衣を持って逃げるのだろう」「そんなことはない、あたしゃ本当にお前の女房になるよ。天人に二言はない」と啖呵を切られて、羽衣を背中にかけてやると、さっと風に乗って宙に浮かんでしまう。「天人さん、今言ったことはどうしたい」 天人、雲から顔を出して、「みんな空ごと」【成立】 『百花園』に出ている円喬の速記は「三保の松原」という題。落ちは「みんな空っことだ」と書かれているが、「それはみんな空ごと、空ごと」と繰り返されている本がある。
2025.11.27
コメント(0)

【粗筋】 八五郎が嫁をもらうので新居を探している。店賃がいらない所というので叔父さんが勧めたのが化物屋敷。お化けなどいないとまず一人で引っ越してみると、夜中に唸り声が聞こえる。信じない叔父さんが翌晩泊りに来るが、たしかにうめき声。「ううん」「小父さんまでうなっちゃいけねえ」 翌日押入の下を掘ってみると、土管の下に二間四方の箱があり、錠を壊して入ると、中に痩せこけた男女がうなっている。医者に見せて回復すると、男が、「この女の亭主は私の朋友でございまして……」「もしや、その人は鬼原と言いはせぬかな」「さようでございます」「鬼原がいなくなってから化物屋敷の噂が立ったからなあ」 女房が男といい仲になったので二人を地下室に閉じ込め、二人はわずかな生米で命をつないで来たのだ。「間男だとしても、法律は鬼原を許さぬだろう。告訴しなさい」「いえ、あの穴に入れられたのは当然です」「どうして」「間男を見付けられたとき、穴があったら入りたいと思いました」【成立】 明治40(1907)年『文藝倶楽部』に出ている。懸賞新作で2等に入選した大橋亭わたるの作品。「二人書生」という題で今でも演じられる……って、資料にあるが、その資料がいつのだか不明。聞いたことはない。「二人書生」は下宿屋に入った貧乏学生が、うなり声が聞こえた晩に地下室を発見してすぐ終わるものらしい。
2025.11.26
コメント(0)

【粗筋】 本所割下水に住むご隠居、人使いが荒いので使用人が居付かない。芳町の口入屋でも持て余していたが、杢助という男が志願してここの奉公人になった。「今日は目見えだからゆっくりして」というが、薪割り、炭切り、縁の下の掃除、塀を洗って、草むしりをして、ついでに近所の家まで掃除をしたら「ゆっくり休め」と言う。こんな調子の人使いなのに、杢助は3年間よく働いたが、暇をくれと言い出す。噂で化け物屋敷に引っ越すというのを聞いたのだ。杢助は人使いの荒さにも、無駄が多いのを諭し、引越が終わるとそそくさと去って行く。さて、一人になると寂しいが、一つ目小僧が現れて、お膳の片付け、掃除などをさせ、肩をもませるうちに消えてしまった。翌晩になると、今度は大入道が現れる。屋根の掃除、水汲みなどさせて、また肩をもませるうちに消えてしまう。翌晩、障子の外に気配を感じるていると、狸が座っている。涙ながらに「お暇をください」と言う。「暇をくれって、どうしたんだ」「こう化け物使いが荒くては、とても辛抱できませせん」【成立】 安永2(1773)年『御伽草』の「ばけ物やしき」、翌年『仕形噺』の「化物屋敷」など。興津要は井原西鶴の『武道伝来記』巻三の「按摩とらする化物屋敷」を挙げている。 東大の『落語辞典』には大正時代に作られたとされているが、大正2年の『文芸倶楽部』に金原亭馬生(後の古今亭志ん生(4))の速記が載っており、明治末期にはあったのではないかと思われる。とにかく、化け物が一言も口を利かずに言われるままに仕事をして、狸の姿で初めて声を出すのが「お暇をください」と言うのが可愛いじゃないか。古今亭志ん生(5)の隠居は、一度で済むのを二度三度、無駄が多いと指摘されると、「俺ァこういう性分なんだ。むやみに人が使いてえんでな、まあ悪く思わねえで」と開き直るのがおかしい。志ん朝は、女ののっぺらぼうを出していた。立川談志は姿を見せた狸が「やつれたな」と涙ぐむ、桂三木助のスタイルを生かしていた。 最近も色々な人が演っているが、三遊亭遊吉とは1ヶ月に四回遭遇した。流れるような調子でラストまで行くのがきれいで、またかとは感じなかった。
2025.11.25
コメント(0)

【粗筋】 仲間が集まったところで、白銅の5銭とあと5厘だけ持って女郎買いに行ったと豪語する者……おでん屋で豪勢に5厘の蒟蒻を食い、吉原を一回り冷やかして、三味線の音を耳にして投げ節を歌うと、女から声が掛かる。「これしか銭がねえんだ」と白銅を光らせると、「しょうがないね、後は引き受けるから」と言うので上がる。廊下にあった余り物の飯を盗み食い。おかずはないが梅干しを思い浮かべて腹いっぱい。若い衆が来たので白銅を投げ出すと、みんなびっくり。女は「20銭の銅貨だと思って上げたんだ」と言うから、「また埋め合わせにくるよ」ってんで粋に表へ出る。そこで留公の相方にばったり会って、留さんの近況を話して、「たまには顔くらい見せとくれ」という伝言を持ち帰った。 すると、源さんが、「俺の女も何か言っただろう」「あの人はどうしたと言うから、火の番をしていると言うと、本当のことを教えろと言うから、近頃勤め人になった。どこの会社って聞くから、千住から草加までのガタ馬車の会社だと言ってやった」「おい、もう少しちゃんとした仕事思い付かなかったのかよ」「それで、御者かい、車掌かい、ときくから、馬糞の掃除係だと……」「なお悪いや」【成立】 明治30年頃に演じられていたのを柳家小せん(1)が改定したものと言われる。古今亭志ん生(5)の録音ではが前半だけを演じ、腹が減っていると飯を用意させ、銭を投げ出す。「お前さん、5銭かい。それで上がるなんて、随分面の皮が厚いね」「ああ、薄くはねえよ」という会話で落としている。これは「五銭の遊び」という題で演っていた。少し中身が違うので、そちらも収録しておく。
2025.11.24
コメント(0)

【粗筋】 雨で出掛けることも出来ず、居合わせた仲間とちょぼ一。そこへ菜売りが来て、「私も昔はちょっと知られたもので……賽を転がせば何が出るか分かります」 と言う。試してみようということになり、屏風の裏に転がすと、「五(ぐ)でございましょう」「いや、六だ」「だから博打はおよしなさい」【成立】 安永2(1773)年『聞上手 二篇』の「名人」。
2025.11.23
コメント(0)

【粗筋】 今日約束していたよね……と彼女に言われるが、何も覚えて居ない。「何の日だっけ……3月14日、3.14、円周率……みんなで輪になろう……違うな」 モテ男の山下、OLキラーと仇名が付いている男に声を掛けられて、ホワイトデーだと思い出す。何も用意していないので、山下がバレンタインデーにもらった義理チョコのために用意したお返しをくれる。「わあ、何だろう、開けてもいい」「お前が開けるな」 紹介された高級バーに連れて行き、プレゼントを渡し、これで約束果たしたつもりが、「じゃあ行こう」って言われてどぎまぎ……到着したのはお寺。「何で、こんな所へ」「今日何の日か、覚えてないの」「あの、ホワイトデー」「何ちゃらちゃらしたこと言ってるの。浅野内匠頭の命日じゃない」「そんなの好きなの」「好き嫌いの問題じゃなく、日本人なら忠臣蔵でしょう」「ごめん、実はホワイトデーも忘れていて、山下から教えてもらったんだ」「プレゼントも山下君が……開けてみるわよ」 と開けると塩せんべい。「こんな物で私が喜ぶと思ったのかしら……あ、赤穂の塩を使っているじゃない……うれしい。あの人は女心が分かるのよ……乗り換えようかしら」「およしよ。あいつは女たらしだよ。OLキラーと呼ばれているから……キラー……吉良、やっぱり敵(かたき)だ」【成立】 柳家喬太郎が演じた。バレンタインデー前後に演っていたのはいいが、2005年の鈴本夏祭りで演った。まあ、真夏に「鰍沢」で涼しくなった体験もあるから。因みに、円周率の日は本当にある。
2025.11.22
コメント(0)
【粗筋】「あなた誰です」「僕、バクです。バクがボクです。ボクバクです」「バクって、動物園のバクと違うようですが」「あれは駄バク、私が真バクです。私は本物です。キリンもそうでしょう。動物園にいるのは駄キリンで、本物は……ほら、ビールについてるやるでしょう」「ほう……象の鼻、サイの目、牛の尻尾で、虎の足。色々な動物を集めた格好しているが、正体はどれなんです」「牛の仲間です。尻尾が正体なんです。だから正体を現すのに尻尾を出すというでしょう。これで、今年の干支の牛の落語だなと分かってもらえると思います」「何しに出て来たんです」「お願いがあるんです。まともな夢を見て下さい。私は夢を食う動物です。あなたの夢で何度お腹をこわしたか……どういうつもりで見ているんですか」 運動会のかけっこでつまづいて転んで、つまづいて転んで8回も繰り返す。「何度お腹をこわしたか……ボクバクです……どういうつもりで見ているんですか」 運転中に隣にパトカーが来るが、鞍馬天狗が乗っている。(台詞省略) 押し売りお断りの貼り紙を見て、あっと驚いた。(以下同じ) 尾頭付きの虹が出て、これを上ろうと走って行くと、途中で消えて落ちた。 屋台で一本の饂飩をズルズルと食べて、一本で屋台の饂飩の全てを食べ終わる「何度お腹をこわしたか……ボクバクです……どういうつもりで見ているんですか」 最初は夢は自分で選べないのだと言っていたのだが、バクがしつこいのでとうとう怒ってしまった。「ボクバクですって何だ。最後はクじゃなくてカだろう。いい加減にしろ」と怒鳴りつけ……途端に目を覚ます。かみさんが、「うなされていたけれど、どんな夢見たの……まあ、変な夢ねえ……そんな夢見ているようじゃ、立派なバクにはなれないわよ。そういう悪夢は人間に食べさせなくっちゃ」【成立】 干支落語だから、小佐田貞雄作を桂枝雀が演じた。本文で分かる通り、丑年だから、1997年正月の「米朝一門顔見世大興行」用に収録されたものだろう。
2025.11.21
コメント(0)
【粗筋】 六軒長屋に住む偏屈の源兵衛、酒肴を用意しているが、長屋の連中から花見に行くのかと言われると、「俺は墓見に行くのじゃ」と答える。本当は花見に行くつもりだったが、偏屈と呼ばれるのだから、本当に墓見に行こうと、谷中で適当な墓を選んで酒を飲み、傷んだ墓に酒を掛けてやって帰った。すると、その墓の女が幽霊になってまめに働いてくれる。同じ長屋の貧乏安兵衛が真似をしようと谷中まで行くと、罠にかかった狐が可哀そうだと金を出して助けてやる。その帰り、昔馴染みのおこんと出会い、行く所が無くて困っているというのを連れ帰り、夫婦になる。 変わり者二人が女房を持ったと長屋では大評判。源兵衛の女房は昼間はどこにいるのか分からず、夕方から現れるが、顔色が悪くて足元がぼんやりしている。安兵衛の女房は昼もいるが、すぐ口をとがらせて、コンと言うのが口癖。安兵衛の留守に上がり込んでだんだん追い詰めると、コーンと言って窓から飛び出して姿を消した。驚いた長屋の連中、安兵衛も狐ではないかと疑い、隣町にいるという父親を訪ねる。この親父、耳が遠くて聞こえない。「安兵衛さんはここへ来ませんか」「安兵衛でございますか」「来ましたか」「来ん」「あっ、親父も狐だ」【成立】 上方の「天神山」を東京に移植したもの。上方では、女が安兵衛の留守に「恋しくばたずね来てみよ」の歌を障子に書いて、「もうコンコン」という落ちを聞いたことがある。この歌は葛の葉の歌で、「芝居なら葛の葉の子別れですが、落語なのでぐずの嬶の子ほったらかしでございます」という落ちがあったという。上方のは「骨つり(東京の「野ざらし」)」から、「葛の葉の狐」、「保名狂乱」という芝居まで取り入れて盛り沢山だが、まとまりに欠ける。尚、言うまでもないが、葛の葉が残した子供が安倍晴明になる。【蘊蓄】 8月に97歳で亡くなった内海桂子師匠が、葛の葉の子別れの舞を見せたことがあった。踊りながら、「恋しくば」を障子に書くのだが、最初は普通に、続いて下から上へ、狐になって口に筆をくわえて、最後は裏に回って向こうから、全体がちゃんとした文字に見えるのだ。この障子を破って表に出て来て狐になる。うわあ、もったいない。
2025.11.20
コメント(0)

【粗筋】 ばかのむき身を売りに来たが、「おい、ばかよ」と声を掛けると「はい」と答える。これを聞いて面白いというので、「おい、ばかよ」「へえ、ばかはどちらで」「おう、俺だ」【成立】 安永3(1774)年『千里の翅』の「ばかの剥身」。原作は「ばかはお前かい」と聞かれるもの。同年『仕方咄』の「むきみ」、安永5年『夕涼新語集』巻二の「江戸なまり」、天明8(1788)年『百福物語』の「髪置」、寛政9(1797)年『詞葉の花』の「ばか売」、『甲子夜話』続十七巻にも見える。【蘊蓄】 バカガイはアオヤギで、さすがに寿司屋などではばかとは言わない。舌を出す様子からそう呼ばれた、また潮の満ち干や砂地の変化で、一晩で場所を替える「場替え」から出たとも。愚か者が蛤だと思ったとか、他に4つほど説があるが、少し無理がある。尚、アオヤギの方は千葉の青柳村で獲れたので村の名を取ったそうだ。
2025.11.19
コメント(0)

【粗筋】 大工の竹次郎、腕はいいが、世に受け入れられず、いつも酒を飲んでいて、馬鹿竹と呼ばれる。11年連れ添った女房のおそのも、ついに愛想をつかして去って行く。ますます酒の量が増え、家財道具も失い、三河町の馬五郎の二階に厄介になる。 棟梁の政五郎、谷中天王寺の伽藍建立を請け負うが、五重塔の絵図が引けず、幼馴染である竹次郎に依頼する。その丁寧な態度に心を動かされ、竹次郎は酒を断って設計に打ち込む。これが評判になって、江戸城本丸消失の時には再建を請け負う。 20人の弟子を使う立派な棟梁になった竹次郎のところへ、13年振りにおそのが現れる。乞食同然の姿で詫びるのに心動かされるが、男の意地で追い返す。家人に200両の金を持って後を追わせ、「おかみさん、棟梁がこうして金を持って来させたのですから、何か考えがあるのでしょう。身を大切になさいまし」 淫婦は奸夫に富む、賢女は一夫に乏し……馬鹿竹の一席。【成立】 明治後期、大阪に在住して江戸落語を紹介した翁家さん馬(5)の速記が残っている。「谷中の塔」とも。【蘊蓄】 谷中の塔は、幸田露伴『五重塔』でお馴染み。昭和初期に心中の男女の放火によって焼失した。跡地の公園にあるブランコが「お化けブランコ」。小さな子が乗ると押してあげるのだが、いつの間にか自分で漕いでいる。母親が驚いて聞くと、「ママが押していたんじゃないの」と言う。テレビで取り上げて、タレントが漕いだら具合が悪くなってしまった。因みに、体験した子どもはみんな健康で元気に育っている。具合が悪くなるのは、心が純粋でないからだそうだ。
2025.11.18
コメント(0)

【粗筋】 遊女が噛みついた歯形を友達に見せて回って惚気るのだが、そのうちに薄くなって来て、自分で色揚げする。「おう、どうだい、あの馴染みが焼き餅で食いついた」「女にしては大分大きいな」「ああ、笑いながら噛んだのよ」【成立】 安永2(1773)年『坐笑産』の「歯形」は、隠居が最初から自分で歯形を付ける。同6年『さとすゞめ』の「歯の跡」、天明9(1789)年『福来すゞめ』の「歯がた」、寛政元(1789)年『かたいはなし』の「見え」、寛政8年『廓寿賀書』の「歯形」など。遊びネタのマクラによく聞く。
2025.11.17
コメント(0)

【粗筋】 幇間の一八、女房子を捨てて色女と駆け落ち、モテてモテてしょうがなく、女道楽が過ぎて幇間にまで身を持ち崩したという話をする。本当かどうか分からないので、試してみようと、茶屋の若い衆に頼んで、子連れの女乞食を雇って、昔の女が訪ねて来たと知らせる。一八が下に行くと、女乞食が、「私はあんたに捨てらえた女房じゃ。どうしてくれる」とすがりつく。一八びっくり、花街に人が集まって外聞が悪いし、「お前なんか知らん。帰れ」と言うが、女乞食は全く引かない。とうとう羽織を一枚やって、ようやく追っ払った。二階に戻ると旦那や芸者、みんなが大笑い、実はこうこうと種明かしをすると、「多分そんなことだろうと思いました」「分かっていたと言うのか。それなら何で羽織をやったんだ」「あの羽織は旦那さんのです」【成立】 上方では「裏の裏」という題もある。だましたつもりがだまされるということか。「乞食茶屋」「花見の幇間」とも。「旦那の羽織」はネタバレになってしまいそうだ。林家彦六(正蔵(8))が、三遊亭円右(1)の速記で覚えたと言うが、速記とは全く違って、幇間の一人語りで演じた。この前に村上元三が彦六のために「按摩」という落語を書いて贈ったが、これが一人語りだった。この噺はそこから演出を思い付いたのだろうか、新聞記者が幇間のところへインタビューに来て、落語家だったが、不景気で寄席に客が来ないので幇間になり、色々な旦那の遊び方、幇間の心構えなどを語って行く。一八ではなく半八としていた。
2025.11.16
コメント(0)

【粗筋】 町内の若い衆、遊びに行きたし金はなし、伊勢六の若旦那の取り巻きで遊びに行こうと、みんなでおだてていい気持ちにさせ、交渉成立、ただし、羽織を着て来るようにという条件が付いた。困った熊五郎、大家に借りに行くが、かみさん相手に、「女郎買いに行くから羽織を貸してくれ」 と頼んで、「祝儀不祝儀ならともかく、女郎買いなんてとんでもない」 と断られてしまう。「祝儀・不祝儀です」「何があったんだい」「祝儀が向こうから来て、不祝儀とぶつかったんで喧嘩になるところをあっしが止めたんで……」 祝儀はお祝い、不祝儀は弔いだと聞かされて、「じゃあ、不祝儀で」「誰が死んだんだい」「小間物屋の彦兵衛爺さん」「さっき荷を背負って通ったよ」「糊屋の婆さん、糊屋の婆ァがくたばったんで」「大きな声をおしでないよ。二階で仕事をしているんだから……いったい、誰が死んだんだい」「へえ、そのうち誰か死にましょう」 何とか借りて出掛ける。一人だけどうにもならなかった男は風呂敷を畳んで羽織を持っている風を装う。若旦那が掛け軸をほめたり、洒落を言ったり、紙入れをぽんと叩いたり……色々役割を決めて上がる。紙入れ係が、立派な紙入れを持っているので尋ねると、「紙入れはないから、この煉瓦を手拭にくるんで入れたんで」「冷たいだろう」「紙入れは冷えますねえ、二度ほど厠に行きました」 さあ、座敷に上がると付け焼刃だから失敗ばかり。いよいよ紙入れの番になったが、「世の中は妙でござい、感心でござい……ああっ、煉瓦が落っこった」【成立】 若旦那が大勢引き連れて上がるのだから、大店でないとならない。だからせめて羽織でもという心意気が分からないだろうか。そういう遊びの心意気を説明するものでもないし。後半は理屈っぽくなってしまうからか、「そのうち誰か死にましょう」で切るものしか聞いたことが無い。三遊亭円生(6)がよく演っていた。明治の頃の古今亭今輔(2)の速記は「厠に行った」が落ち。もう一つ、食通を気取るように言われた男が、「只今は重箱の鰻でもねえのう」と言ってそっくり返り、やり過ぎてひっくり返るのを落ちにしたという。「重箱の鰻」は谷中にあった鰻屋の老舗。「羽織」「羽織の女郎買い」とも。
2025.11.15
コメント(0)

【粗筋】 越後屋から緋縮緬の羽織が出来て来た。たまたま友達が居合わせて、「今夜遊びに行くから、それを貸してくれ」と言う。「まだ袖も通していない」と断るが、無理やりに借りて行ってしまう。翌日帰って来て、「お前のお陰で夕べはもててもてて……」「そうだろう、そうだろう」「縞柄をほめるやら、胴裏をほめるやら」「そうだろう、そうだろう」「女が欲しがって大変だった」「そうだろう。そうだろう」「だからひらりと脱いでくれてやった」「そうだろう、そうだろう」【成立】 安永2(1773)年『坐笑産』の「羽織」。
2025.11.14
コメント(0)

【粗筋】 お見合いにまた失敗。どうやら彼女の前で日本経済の先行き、財政再建を話したを話したらしい。おじさんも呆れて、「もうちょっとやわらかい話は出来んのか」「糸こんにゃくとか……」「そやない。映画、スポーツ、テレビ、色々あるやろ」 実は叔父さん、昔から遊び人だと分かる。最近気になるウェイトレスがいると言うので、ウェイトレス攻略法を伝授する。 作戦1:ヨット、スキーなど、格好よく見える趣味の本を置いて印象付ける。「日本経済の本しか持っていないんですが」「それ趣味やないやろう。ヨットの本貸してやるわ」 作戦2:注文を取りに来たら、メニューにない物を言って覚えてもらう。「丹波牛のサーロインステーキ、ロッシーニ風、キャビア添えとか」「おじやくらいにしとけ」 作戦3:マッチを持ってきてもらい、つい指先が触れる。スキンシップで、「ナオミさんですか」と声を掛ける。違うと言うので「学生時代の可愛い後輩に似ていたので」と言う。 「本当にナオミだったらどうするんです」「その時は何とかなるやろ。心配なら、お熊さんお虎さんとあまりない名前にしとけ」 作戦4:長居せずに店を出て、すぐに戻る。「お忘れ物ですか」と言われたら、「あなたのお名前を聞き忘れました」と言う。 さあ、作戦実行。混んでいる時間に行ったのが失敗、知らない男と合席にされ、すぐ注文を取りに来て「おじや下さい」と言うが、彼女はおじやが分からない。これでは変な人だと思われたらしく、マッチを頼むと投げて寄越す。これを取ろうとして同席した男と指先が触れ合う。ウェイトレスが来たので「あなた、もしかしてトメさんですか」と言うと、きつく「違います!」やることが全部裏目、前の男が笑いをこらえて、「それ、ヨットの本ですな。ご趣味ですか」 ……叔父さんの所へ報告、「どや、うまくいったか」「はい、気の合う男友達ができました」【成立】 桂文枝の創作落語、第35作目。1982年9月の初演。文枝師匠によると、色々な女性を口説くオムニバスだったそうだ。 ホステスさんを口説く方法。相手の住まいを聞いて、嘘でもその先に住んでいるから送って行こうと駐車場で高級外車を探し、「あ、部下にキー持たせとった」とタクシーで送り、「タクシー代で金を使い切ったから泊めてくれ」と泊まってしまう。 ナースを口説く方法。何でもいいから、だるいんですと病院に行く。とりあえずビタミン剤でも打つことになったら、まくった腕に「好きです」と書いておく。次々体の部分を出すが、そこに次々メッセージが…… この3部作で一席にしたが、書籍などには女子大生がバイトでやっているウェイトレスだけになっている。
2025.11.13
コメント(0)

【粗筋】 年始回りから帰ると、女房がお宝を買っていて、初夢を見たら聞かせてくれと言う。すぐに起こされたが、夢を見る暇もなかった。しつこく聞く女房と喧嘩になると、通り掛かった男が女房に加勢する。どうしても言わないので、腹を立てた男、天狗の正体を現すと、羽団扇を使って鞍馬まで一息に飛んで行く。「ここなら誰も来ないから話せ」というので、「実は両国の川開きで……ちょいとその羽団扇を貸してくれ」とだまして羽団扇を手にすると、話をしながらだんだん飛び上がって逃げ出す。あおぎ続けるのは疲れるので手を休めた途端に墜落。落ちた所が七福神の船の上。弁天様に優しく起こされて、目を開けると、これが女房。全部夢だったと話をすると、縁起のいい夢で良かったと煙草をつけてくれるので、これを吸いながら話を続ける。「それで、七福神はそろっていたかい」「もちろんだ。恵比寿、大黒、布袋、福禄、毘沙門に弁天……」「それじゃあ六福じゃない。一福足りないよ」「ああ、後の一福(服)は吸い付け煙草でのんでしまった」【成立】 前半は「天狗裁き」と同じ。翁家さん馬(5)は、天狗裁きを全部演ってから天狗の羽団扇になり、逃げ出すまでは同じ。これから料理屋で食い逃げ、呉服屋で一式着替えて持ち逃げ、大坂は今橋二丁目、鶴池千右衛門(つるのいけせんえもん)の屋敷に下りると、一人娘が病に倒れている。羽団扇には病を飛ばす効能もあって、娘を救って、娘との婚礼が決まる。いよいよお床入りというところで、女房に起こされて「夢かァ」 桂文治(8:山路の・根岸の)が得意にしていたといわれ、柳家小三治(8:高橋栄次郎の)から教わった立川談志(7:自称5)しか演り手がなかった。談志は小三治に教わったものの、参考にしたのは文治だと言っている。三遊亭円歌(2)の録音が残る。 上方では毘沙門の誘いを受けた男が七福神の寄合に参加し、酔って弁天を口説いたりして、起こされる。「七福神」と題して桂米朝が演ったのを聞いた。
2025.11.12
コメント(0)

【粗筋】 ハイカラ男の半可通、友達をつかまえると、昔なくて今ある品がどうしてその名になったかをこじつける。重力というものがあって、水の一貫目と鉄の一貫目では鉄は水より7倍重いと言い出す。「鉛は水の9倍、銀は11倍、金は16倍、プラチナは19倍ある。近頃はまた恐ろしく重い物が出来た」「そりゃあいったい何だい」「政府で売り出した煙草だ。みずからせんばい(千倍・専売)になった」【成立】 明治の小せんが演った。中身は「やかん」先生なのだが、明治の新しい物をネタにしたので、小せんの代表作だとする記述がある。「言い古したものである。夫を現代式に行(やっ)て、警句交(まじり)に話すのは、即ち小せんの技両(元文は「両」が人偏付き)である」(海賀変哲)などとほめられているが、それほどのものだろうか。【蘊蓄】 「ハイカラ」は明治の洋装が襟を高くする(カラーが高い)という言葉から、西洋にかぶれて外見だけを真似すること。そういう人を「ハイカラさん」と揶揄した。夏目漱石は『現代日本の開化』で、今の時代は西洋から来た思想に乗って「移動」しているだけで、自分達の心から生まれた思想ではないと批判し、そのように上っ面だけを真似して中身がないのは「ハイカラです」と断じている。外的な開花であって、内的なものではないというのだが、現代に通じるものがある。
2025.11.11
コメント(0)

【粗筋】 チワワを飼っている彼女の所へ、彼氏が遊びに来る。「このマンション、ペット飼っていいんだっけ」「ペットは駄目だけど、このチワワは家族だもん」「うちは狭いから、結婚したら俺もここで住もうと思ったんだけど」「駄目よ、ペットは禁止だから」 散歩に出ると、チワワは近所の人に愛嬌を振りまく。そこへ現れた酔っぱらい、その振る舞いに腹を立てたチワワが飛び回っては噛み付くので、酔っぱらいはどうしようもない。飼い主も手を出せずにいると、そこへ現れた野良チワワ、「ワンワンワン」「ワン……ワワンワンワン」「ワワワン、ワン」「ワン」 通訳すると……「おう、お前ェ、何をやってるんでぇ。人間に可愛がってもらわなきゃならないじゃねえか」「でも、こいつがあんまり失礼だから」「まあ、よしねえ」「分かりました」 酔っ払いに向かって、「ワウ、ワンワンワワン」 通訳すると……「おう、晦日に月の出る夜も、闇があるから注意をしろ」 見ていた彼氏が、「もう一匹チワワが出てきて、喧嘩になるかと思ったよ」「大丈夫よ、あれはこの辺りの親分犬なの」「だから喧嘩をしないのか……チワワ争えんものだ」【成立】 柳家喬太郎の創作落語。もう一つ「チワワ(痴話)喧嘩」が入ってたかな。一度しか聞いていないので。なおタイトルは単に「チワワ」というのがチラシにあった。
2025.11.10
コメント(0)

【粗筋】 つまらないことを何でも聴きたがる男に、隠居がまたいい加減なこじつけで答える。新聞記事にあった泥棒が「バールのようなものでこじ開けて」に引っ掛かり、大工だから道具箱にバールが入っている、犯人に間違えられないか心配だと言うと、隠居は「のようなもの」の使い方を説明する。「女の腐ったような奴といったら女が腐っているのかい、そうじゃないだろ。ダニのような……といったらダニじゃないだろう」 「のようなもの」は似て非なるものをいうのだと聞いた男、家に帰るが、最近飲み屋の女といい仲になっているから、かみさんが焼餅をやいている。この日も喧嘩になって、「じゃあ、あの女は何なんだい。言ってごらん。妾じゃないのか」「あれは妾じゃない……妾……のようなものだ」 かみさん怒るまいことか。そこで説明。「女の腐ったようなといったら、女が腐っているのかい」「お前みたいな奴だよ」「ダニのようなといったら、ダニかい」「お前みたいな奴だよ」「妾のようなといったら……」「妾だよ」 そばにあった物で頭を殴られ、血だらけになって隠居の家に飛び込んだ。話を聞いた隠居、「のようなもの」は「妾」についた時だけ用法が変わると言う。「妾のような……という場合だけは、逆に意味を強めるんだ。よく考えてごらん」「妾のようなもの……あれっ……妾じゃないですか」「それにしてもひどい傷だな。何で殴られたんだい」「ええ、バールのようなもの」【成立】 立川志の輔が演じている。清水義範が1994年5月に『オール読物』に掲載したものが原案。作者も「妾のようなもの」は面白いと志の輔をほめていた。それにしても救いのないこの男、他人の不幸ってこんなにも笑えるものか。【一言】 町を歩いていて知人に逢い、連れを「女房のようなもの」と紹介するのも考えた。(立川志の輔)【蘊蓄】 清水義範:1947年10月28日、名古屋に生まれる。81年「昭和御前試合」が公式デビューとなっているが、それ以前にも作品は書いていた。88年「国語入試問題必勝法」で吉川英治文学新人賞を受賞。この必勝法は、私が受験生の大学受験対処法に取り入れていたのに似ている。これを極めると、本文読まないで正解が出る。得点率8割保障。
2025.11.09
コメント(0)

【粗筋】 不況で退職を勧められた女に、同僚の沼雀が一緒に仕事しようと言う。沼雀は夫が風俗店の火事で亡くなり、週刊誌に出た写真が、セーラー服着て踊っているもの。目に線が入っても、珍しい名前だからみんな気付く。女好きだが、特定の相手はいなかったというだけが救い。同僚に気付かれて、仕事を辞めることになったという。昔運送業をやっていてトラックなどがあるので、引越業者をやろうと言う。女性専門の引越業者で、男や仕事で苦労した人から人生相談にも乗ってやり、その内容で不幸割引をするというのだ。「ほなら、夫が風俗の火事で死に、恥ずかしい写真が出て、回りから白い目で見られている女性はいくらになる」「それはもう基本料はタダ……って、うちやないの」自分は相手に同情して甘くなる。だから、こういう突っ込みを入れるような、血も涙もない、性格の悪い、冷酷な人と一緒にやりたいのだ。こうして、心まで癒すハートヒーリング引越社を始める。 最初の女は、ふられた男の思い出にしがみついているのを吹っ切ってやる、そうなると男に関わる品物は全部捨てて……さあ、引越するのに荷物がない。相談料だけでおしまい。 次の部屋には悪霊が取り付いていた。冷血女は悪霊退治の特技を持っていて、無事追い払う。さて、平和になると、部屋は気に入っているから引越す意味がない。相談料だけもらう。 3人目の客、幼くして両親に死に別れ、たった一人の兄は暴力団の抗争で死に、その兄の残した借金のために風俗で働いた……沼雀は同情して基本料金タダ……そんな甘いことではあかんと冷酷女が交代、一等地にいいマンション、パトロンがいるのを見抜くが、そのパトロンが死んで、自立する決意をしたのだ。自分で会社をやるようなあなたたちが憧れ……そう言われると、冷酷女も同情心を動かす。「パパさんもええ人やったんでしょうね」「はい、沼雀さんはいい人でした」 まさか……でも沼雀なんて、どこにでもあるありふれた名前だから……と、見積もりを口実に奥の部屋を見ると、旦那の写真が……ここは我慢して見積もりを……「倉庫を借りるから金がいると言って、このマンションを買うたんや」「うんと吹っ掛けてやりましょう」「あかん、うちの金や、負けといて」「何言うてんの」「どうかなさいましたか」「いや、パパさんには、奥さんとかいたんでしょうねえ」「はい、とてもいい奥さんで、自分も働きながら家事もしっかりやっていたそうです」「それなのにどうしてあなたと……」「その奥さんがお荷物だと言うてました」【成立】 桂あやめの創作落語。【蘊蓄】 引越業者が登場するのは昭和50年頃。それまでは依頼者の準備した物を運ぶだけだったが、オイルショックでガソリンが値上がりして運送業者が大打撃、集まって研究し、引越の協同組合を発足、次第に今のような業者が生まれて行くようになった。 私も急な引越が決まり、困って電話しまくった。3月に入るのでどこも取り合ってくれなかったのだ。盛んにテレビCMやってる「引越のS」、ネット相談に、「すぐに対応出来ます。お電話下さい」と返信が来たので電話をしたら、「あ、無理です」「でもネットで返事が……」「あなた、今の時期込み合っているんだから、余裕がある訳ないでしょう」と、そんなことも分からないんですかと言う調子。メールは自動返信なのね。この電話代返せって言いたくなったが我慢。一方、これもテレビで見かけるAマークの引越社からは、うちではできませんがと他社を当たってくれ、何度も向こうから電話を入れてくれた。結局他からのつてで引っ越しが出来たが、この会社にはお礼の電話を入れた。そんな経験、話のネタにはなる。因みに実際に利用した引越業者は、東京まで運んでくれ、そこから別の業者に依頼、自宅に届くまで1週間くらいかかる。高くなるかと思ったら、他の各社の見積もりの半額程度で驚いた。
2025.11.08
コメント(0)

【粗筋】 若旦那が原因不明のぶらぶら病、幼友達の熊さんが呼ばれて訳を聞くことになる。「実はね、熊さん……頭の中にいつもハーディガーディ ドリンガフーテラという言葉が浮かんできて、病気になったんだよ」「そりゃ大変ですね。どういう意味なんです」「意味が分からないから病気になったんだ」「そうですか、ハーディガーディ ドリンガフーテラ コバモーボヌヘソ シルンブ ナですか」「おい、熊さん、何で知ってるだい」「え、何を」「私はハーディガーディ ドリンガフーテラまでしか言ってないよ。その後をどうして知ってるんだい」「若旦那が仰いましたよ」「言ってないよ……あの、ハーデ……ええと、何だっけ」「ルーラーリョーレ リューヒャーヒョーロ ワーフーワービャ ビョーモンワージュですよ」「なんで知っているの……もう一つ声が聞こえるのがそれなんだ」「忘れてしまうくらいだから大丈夫ですよ」「まあ、話して少し気が楽になった。ありがとう」 熊さんが旦那に報告、「まあ、はしかのようなもので、誰でも一度はあるもんで……心配はいりませんよ」「そうかねえ、それを聞いて安心をしたよ」「旦那、親ってものは、子供がいくつになってもハーディガーディ ドリンガフーテラですねえ」「いやあ、まったくもってルーラーリョーレ、リューヒャーヒャーロだよ」【成立】 谷川俊太郎の同名の作品、福音館書店の「大人だって聞きたい! 四人の作家による物語」シリーズに収録。意味は不明だが語呂がいいのでこの言葉が頭に入っていて、犬の散歩で口にする。これが頭から離れず、妻にこんな言葉知ってるって尋ねると、「知らない」という一言だけ。「え、それだけ」というと、「だって、ハーディガーディ ドリンガフーテラ コバモーボヌヘソ シルンブ ナなんてわけの分からない言葉、私が知ってるはずないでしょ」 これを本田久作が落語に仕立てて春風亭昇吉が演じた。谷川俊太郎・詩とされていた。私には言葉を聞き覚える能力がないので、本文では原作を用いた。【蘊蓄】 ハーディ・ガーディは共鳴機を付けたイギリスの弦楽器だが、きちんとした定義はない。18世紀には小型のオルガンも同じ名前で呼ばれていた。フランスではシェドヴィルという人がバグパイプのようなミュゼットという民族楽器の製作販売を行ったが、その作品には「ハーディ・ガーディまたはミュゼットのための」とついている。楽器の宣伝のために利用したのがヴィヴァルディ。死後全く顧みられなかった「四季」を勝手に編曲してミュゼットのための曲として演奏した。曲は「春」だけはほぼ原作通りだが、当時不人気だった短調を避け、「春」「夏の様々な楽しみ」「収穫期」「秋」「サン=マルタン祭の様々な楽しみ」「冬」の6曲で、「和声とインヴェンションの為の試み」のあちこちから拾って作っている。「冬」の第2楽章は「秋」の第2楽章になっている他、自由に……いや、勝手に編曲して、ヴィヴァルディの作品だとして演奏していた。 実はフランスではこれが評判になったので、作曲のダカンが褒めているのも実は原曲ではなくてこちら。シェドヴィルはフランスの教会でヴィヴァルディの「忠実な羊飼い」というフルート・ソナタ集を発見。出版してごっそり儲けたが、実は本人の創作だと分かっている。クラシック音楽のペテン師といえばまずこの人。尚、ミュゼットはほとんど売れずに楽器制作の方は倒産したそうだ。
2025.11.07
コメント(0)

【粗筋】 婆ちゃんの家に、スーパーの女の子が商品を届けてくれる。お肉が10キロ、お野菜が15キロ、お米が10キロ、お水が6リットル……婆さん一人だから手伝おうと思ったら、一度で全部を家の中へ担ぎ込む。届けた女の子もびっくり。「お婆ちゃんお元気ですね」「そうでもない。最近は運動不足なの。ポチが生きていた頃は、お散歩がてらに病院まで歩いて行ったのよ」「病院はどこです」「二駅先」「すごいですねえ」「今は億劫になって、体の調子が悪くても病院に行くのは面倒だって思うの」「今は家にいて診断できるんですよ」「往診かい。それは先生に悪くてねえ」「オンライン診察ですよ。パソコンか、スマホで」「スマホなら持っておる。出会い系にはまっているのじゃ」「じゃあ、設定してあげますよ。その二駅先のお医者さんのお名前は……」「店に帰るのが遅くなるじゃろう」「かまいませんよ。届けた先の婆ぁにからまれたって言いますから」「ちょっと引っ掛かるけどねえ……しかし、医者と何を話せばいいんじゃ」「お婆ちゃんの体のことですよ」「それは違うんじゃないか」「どうしてです」「二駅先のお医者さんは、獣医さんなのじゃ」【成立】 柳家喬太郎が医師会の落語会用に作った作品。
2025.11.06
コメント(0)

【粗筋】 心斎橋でこの道一筋130年、足袋の老舗・布袋屋がイタリア料理店に模様替えするという。親父が引退して息子に継がせるが、自由にやれと言っている。「何で足袋屋からイタリア料理なんや」「イタリアに旅(足袋)したんがきっかけらしいわ」「イタリア料理なら何かメリットあるのか」「女の子に人気だから……足袋は女の子履かへんもん」 話を聞いている方は、創業230年、呉服の銭亀屋利兵衛の十一代目。番頭が古い人で、今でも男の子は若旦那、女の子はとうはんと呼ぶ。そこへその番頭が飛び込んで来て、十代目の父が倒れたと知らせる。 急いで帰ると、父親は鳴り物入りで物語を始める。五代目は遊び人で店を空け、娘が店番をしているところへ、男が反物を持ち込んで買ってほしいと言う。番頭が追い出そうとして、持っていた反物が散らばってしまう。娘が話を聞くと、病気の母親のために作って売りに出たと言うので、全部買い上げてやる。それから男は反物を作っては買い取ってもらいに通うが、母が亡くなるとやる気を失って反物作りが止まってしまう。半年してようやくやる気を取り戻して品物を売りに来たが、店は五代目が借金を重ねたまま亡くなり、六代目となった娘は無理がたたって寝込んでいた。番頭は、店をたたむので、反物は買えないと言う。今までの反物が売れたのなら、他の店を紹介してもらいたいと言うと、番頭は蔵へ案内した。そこには彼の作った反物が残らず置いてある。親孝行の徳で買ってやったが、とても店に出せる物ではないと言うのだ。 これを聞いた男はおごりを捨て、蔵の反物を小さく切って袋物を作って売るようになった。昼間は小物売り、夜は娘の看病、やがて回復した娘と結ばれて七代目になったのである……十代目はこの暖簾を守ってくれと言い残して息を引き取る。 心斎橋で生まれ育った兄が、妹を連れて来るが、すっかり変わった街並みに時代を感じる。妹の結婚が決まり、老舗の銭亀屋で着物を作ってやろうと思って来たのだが、店がない。この辺りだったが、と探すと、銭亀屋の若旦那とばったり。話を聞くと、今はソウルバーをやっていると言う。「そんな……先代が亡くなる時、暖簾を守ってくれと言うたと聞いてますが」「そうや、暖簾は守っとる。これを見とくれ」 店に掛かった暖簾が「ソウルバー銭亀屋」【成立】 桂文枝(6)の創作落語、第103作目。1997年5月初演。心斎橋の大丸とそごうが心斎橋の文化展を開催し、心斎橋の落語を作ってほしいと依頼された。【蘊蓄】 私の祖父は横浜の開港記念館(ジャック)を作り、設計士に見込まれて引き抜かれ、東京の松波病院を作るなど、建築家として活動したが、大正時代の第一大戦の景気で物価がどんどん上がるのに公務員給与は据え置き、とうとう大阪へ引っ越す。大丸や十合(そごう)が生まれ、夜の川にネオンサインが映って……という情景を描いている。おかしいのは、翌年公務員給与が見直されて一気に二倍になったそうだ。大阪は建設ラッシュでボーナスに千円(100万円くらいか)が出たと書いている。しかし、仕事は建築現場に来る暴力団まがいのゆすりたかりとの交渉、朝起きると手水鉢の水は真っ黒。空気が悪いと、現在は千葉駅になった場所に引っ越すことになる。戦前に経った千葉県の公立学校は全て祖父の設計、県庁前にある羽衣の松も、祖父のアイディアで作られたことが書かれている。
2025.11.05
コメント(0)

【粗筋】 電車の中の人々の様子。 渋滞中の車で何を考えているだろう。 飛行機までバスで移動させられる。「ハワイまで飛行機で行くって言っといて、バスに乗せやがって……」「どの席がよろしいでしょう」「子供がいるので窓を開けて表の見える所」 飛行機が飛び立つと、「人が斜めだ」 自分が斜めになっている。 乗務員さんを呼ぶボタンがある。キンコーン。「何ですか」「このボタン何ですか」【成立】 桂米丸の人間ウォッチング。人間を観察し、描くことで深みが出るのが魅力。弟子の幸丸の「新幹線」は新幹線の名前やデザインから来るイメージについて語るもの。こちらも面白い。私としてはもっと人間描写がほしい。
2025.11.04
コメント(0)
【粗筋】 糊屋の看板は、ひらがなの「の」の字を大きく、その下に「り」を小さく書いてあった。慌て者がうどん屋と間違えて飛び込んで来たが、「糊屋なら糊屋らしく、素直にのりと書いたらよさそうなものだ」と文句を言う。 糊屋の方も負けずに、「利が薄いからりの字を小さく書くんだ」「のぶとい奴だ」【成立】 万延2(1861)年、桂松光のネタ帳『風流昔噺』に「うどん屋ばなし、但しのぶとい、のりかんばん間違落」とある。大坂の洒落言葉に「糊屋の看板で、の太い」「糊屋の看板で、りが細い」というのがある。「のぶとい」は「図太い」とお同じで「ふてぶてしい」の意味。低くて太い声を「野太い声」というのは今でも使っている。上方の噺に残っていると紹介されているが、聞いたことはない、
2025.11.03
コメント(0)

【粗筋】 若い衆が集まり、話題が好きなもの、嫌いなものになった。 その中で、俺は怖い物はないと言い切る男がいる。「何か一つくらいあるだろう」と追及すると、「実は女房が着物を洗ったら、糊を利かせすぎて。たたむことも出来ない。いやあ、こわいのこわくねえの」【成立】 「こわい」という言葉の洒落。前半は「饅頭怖い」と一緒。何度か聞いた記憶があり、「饅頭怖い」に入っているのも聞いた。「饅頭怖い」を詰めて短い時間で終わらせるためのものか、成立経緯は不明。
2025.11.02
コメント(0)

【粗筋】 昔、子供の遊びで、「向かい婆さん、茶々飲みにごんせ」「鬼がこおうてよう参じません」という遊びがあった(花いちもんめと同じような遊びか)。 ある家で嫁が姑をいじめるので、亭主が見かねて、「おっかさんにもう少し親切にしてやれ。汚れものがあったら少しは洗ってやれ」 という。嫁はこれに腹を立てて、「おっかさん、浴衣を洗いましょうね」 と声は親切に掛けるが、「おっかさんは糊がきいた方がいいですね」 と、意趣返しにうんと糊を利かせる。あまり利き過ぎて、突っ張ってたたむことも出来ないのを無理に着せると、手も曲げられないから、姑は涙を流してしまう。 これを見て気の毒に思ったお向かいの夫婦、「向かい婆さん、茶々飲みにごんせ」 というと、「糊がこおうてよう参じません」【成立】 上方噺。東京では桂文治(6)の弟・桂文之助が演っていた。
2025.11.01
コメント(0)

【粗筋】 「のめる」という口癖が卑しいと言う友達、こいつも「つまらねえ」が口癖。二人で言わない約束をして金を懸けるが、のめる男は隠居に相談、「大根百本を田舎から贈って来たが、醤油樽に詰まろうか」と尋ねると、「つまらねえ」と言うに違いないと教えられる。しかし、トントンと言うのだとアドバイスされたので、「とんとん、とんとん、大根百本を田舎から……」とテンポが悪いので気付かれてしまった。「どうだ詰まろうか」「入りきらねえ」「おい、どうした羽織なんぞ着て」「伊勢屋の婚礼に出掛けるんだ」「お、のめるな」 と逆に金を取られてしまう。もちろん、婚礼に行くのは嘘。隠居に報告すると、「何だ、金を取りに行って取られていてはつまらないなあ」「あっ、言った。金を出せ」「わしは約束していないよ」「じゃあ、半分でも……」 喋るとだめだと気付いた隠居、今度は将棋盤を出して王様一枚を置いて、持ち駒を指示、余計なことを言わずに「詰まろうか」と聞く。普通は「詰まるか」だが、そう言うと必ず「詰まらねえ」というはずだと言う。 これは大成功、悩みに悩んで、「ううん、これは詰まらねえ」と言ってしまう。「お前の知恵か、恐れ入った。倍出そうじゃねえか」「倍出す、おっ、のめるな」「おっと、差し引いておこう」【成立】 万治2(1659)年『百物語』の上巻の10は、大名出入りの御伽衆が「やけるわ、やけるわ(熱くなる、熱中する)」という口癖があり、禁止すると、火事をネタに逆に取られてしまう。元禄14()年『百登瓢箪』巻2「癖はなおらぬ」は、鼻をこする癖と頭をかく癖の者が癖をやめようとするもの。宝永2年『露休置土産』巻5「癖者の寄合」は、背中をかく、鼻をなでる、目をこするという三人で、これらは「四人癖」の原話というべきもの。落語の方は二人から四人に発展したようだが、「三人癖」もあるそうだ。上方の資料にタイトルばかりで内容説明がない。 三遊亭円生(6)、三遊亭小円朝(3)三遊亭円遊(4)、金原亭馬生(10)、古今亭志ん生ら、多くの噺家が演っている。三遊亭金馬(3)は「のめる」ではなく「うめえ」を使ったので「二人癖」と呼んだ。柳家小さんも同じ題だが、聞いていない。関西では「二人癖」の方が一般的で、桂米朝もそれで演っている。三人しか登場しないので、若手も取り上げている。前座噺との違いが分かるのは、未熟な者が演じると将棋盤を見た途端に夢中になって引っ掛かるという演り方が多いのだ。最初の漬物とは状況が違うが、隠居に「一枚も二枚も上手だ」と言わせ、相手の方も引っ掛けようとしているのが分かっているのだから、そんなに簡単に引っ掛かるものではない。大御所の演っているように、次第にのめり込んで行く過程を描くのが本筋だろう。その上で落ちになるのだ。 枕で色々な癖の人を紹介するが、噺家の癖が出ると面白いし、そう思って見ていると、噺家にも色々な癖があって楽しい。【蘊蓄】 山本周五郎『主計は忙しい』の冒頭で、「つまらない」が口癖の男が登場するが、親からの遺伝だという。 詰将棋について、王様一枚だけが真ん中にあって、詰めろという問題で、「所沢の藤吉」さんが作ったものだと言う。 所沢の藤吉という将棋さしが二人いて、一人は福泉藤吉(1766~1837)、所沢から新所沢方面の線路に沿って10分ほどの川端霊園に墓がある。盃横丁の近くってのが「のめるな」ってことで……この人が作った詰将棋が一つだけあるそうだが、詰まらない失敗作だそうだ。 もう一人は大矢東吉(1826~92)で、福泉藤吉にあやかって墓前に誓い、同じ字を使った。新所沢の北に墓がある。明治の将棋盤付で東の大関になっているので、当時の人が効いたら、この人を思い起こしたに違いない。 将棋の方に聞いたら、真ん中の王様一枚を詰めるのに、岡村孝雄の作品があるそうだ。持ち駒は、角に金4枚、銀2,歩9枚だそうだ。
2025.10.31
コメント(0)

【粗筋】 酔っぱらってかっぽれを踊るのを見ている蚤の親子。父親が人間につぶされたから気を付けろと言うが、好奇心旺盛で、踊っている男の足に飛び付く。背中に回ると、男は出掛ける様子、いけないと思ったが出るに出られず、表へ出てしまうと、この男にはぐれると迷子になる。男は馬の足、猪の足専門の役者で、飲み屋へ行くと女と話すうちに痒くなる。捕まった蚤が「助けておくれよ」と言う。「お袋が心配するから」「蚤にお袋があるのか」「あるとも。無くって生まれる道理がねえ」「理屈を言うな」「小父さん家の畳で生まれたんだ。血を分け合った家族じゃねえか」 その証拠に、かっぽれを覚えたと言うから、じゃあ踊って見せろというと、「小父さんと同じだ。素面で踊れるかってんでここに来たんだろう」 ってんで、一杯飲ませて、「じゃあ、小父さん、景気のいい声で頼むよ」「あ、かっぽれかっぽれ」「あよいよい」「沖いいいの」「セッセ」「うめえもんだな……暗いのおに〜」「あよいとこさら」「こりゃ面白ェや……白帆が見える、あよいとこらさ、あれは紀の国、えやれこのこれわにさ……それ、みかん船じゃえ……おい、どうした……合いの手を入れねえか……おい、どっかにはねちまったのか……あっ、しまった、ノミ逃げをされた」【成立】 小噺では蚤が敷居を枕に寝て「ノミがノミつぶれた」とし、歌だけなので「蚤の歌」という題がある。【蘊蓄】 ムソルグスキーの「蚤の歌」は『アウエルバッハの酒場でのメフィストフェレスの歌』で1879年の作品。ゲーテの『ファウスト』にある詩に曲を付けたもの。元々はアルトの歌手のための作品だが、バスの豪快な笑い声が定番になっている。ソプラノで聞いたことがあるがヒステリックでおかしかった。笑い声は原作にはなく、ムソルグスキーが作ったもので、詩もロシア語訳を使っているので、それに合わせたイントネーションが生かされている名曲である。ベートーヴェン「6つの歌」作品75の第3曲、ベルリオーズの「ファウストの劫罰」第2部、ワーグナー「ファウストによる7つの歌曲」作品5の第4曲、ブゾーニの「2つのゲーテの詩」作品49の第2曲が同じ詩に付けられたもの。もちろんどれも笑い声はない。
2025.10.30
コメント(0)

【粗筋】 息子、こっそり女を引き入れ、夜遅くまでひそひそ話をしていると、母親が気付いて部屋の外まで来て「気分でも悪いか」と尋ねる。息子は慌てて女を屏風の陰へ隠し、「いいえ、気分が悪いのではありませんが、蚤が出て……」と言うと、母親は部屋に入らずに行ってしまう。見つかってはなるまいと、翌朝早く女を帰して、両親との朝食の膳に座る。父親が、「夕べの蚤にも飯を食わせてやればいいのに」【成立】 『落語研究』第26号に「禁演落語考」として載っている。「虱」3へ続けて、蚤と虱がお互いの経験を語り合うという形で演じられた速記もある。
2025.10.29
コメント(0)

【粗筋】 伊勢詣りの二人、奈良を過ぎて駄洒落の句を詠んだりして野中を進んでいるが、一人がもう歩けないと言い出した。「足が草鞋を食った」「それを言うなら草鞋が足を食ったというんだ」「足が草鞋を食わんとも限らん。向こうへ行った道者は頭が笠着てる」 向こうに店が見える。「行ってみよう」「休みらしいで」「どうして」「断り書きがある。ひとつせんめし有りや無しや」「それは一膳めしありと読むのや、後は柳屋やないか」 煮売り屋に入ると、「口の上ってのもらおうか」「あれは口上(こうじょう)じゃ」「それでええから一つもらお」「その後ならできます」「じゃあ、最後の元方現金に付き貸し売りお断り、あれ一つもらお」 泥鰌汁を注文すると、味噌を買いに山越しの三里、鯨汁は熊野の浦まで鯨を仕入れに…「ごぼうは」「おならが出るから嫌い」「人参は」「人が助平というから嫌い」「魚は」「値が高いから嫌い」「それじゃあ何もないぞ」「酒はあるか」「村さめ、庭さめ、じきさめがあります」「村さめは」「飲むといい気持ちになり、村出る頃に醒めます」「庭さめは」「庭出る頃に」「じきさめは」「飲んでる尻から醒める」「婆さん、酒に水を足したな」「そんなことしません。水に酒をたらしたんや」「水くさい酒か」「酒くさい水や」【成立】 「東の旅」の一つ。「奈良名所」「大仏の眼」の後。前半が「野辺」というべきで、落ちは主語と目的語の入れ替えで、あまり面白くもない。「大きい声では言われん」「どうした」と耳を近付けると、「足に豆が出来た」「なぜ大きい声で言えんのじゃ」「向こうで鳩が聞いてる」という、「権兵衛種」のような落ちで演じられることもある。 後半は「煮売り屋」と題すべきところ。この後は「七度狐」である。東京にいた桂小南(2)が「二人旅」と題して、これで一席としたのを聞いた。その後「七度狐」では、店でのやりとりを軽くして演じていた。
2025.10.28
コメント(0)

【粗筋】 のど自慢の出場者を決めるテスト風景。なかなか合格が出ない。「♪出雲ォ〜」カーン 早い人がいるが、時にはこんな下手な人をなぜ早く鐘にしないのかと思うことも。「♪赤い花なら曼殊沙華 (中略) 未練な出船の あ〜あ〜」 カーン「ちくしょう、♪鐘が鳴るゥ」「次の人」「おらけ」「田舎からお出でになりましたか」 これを受けて、ここへ来ることになった経緯、人間関係を長々話すが、歌は一瞬でカーン。 次の出場者は自分の店の宣伝を長々話して、「早く歌って下さい」「あ、店の話をしたので歌はいいです」 吃音のある人が都々逸を歌い、鐘二つ。「御職業は」「どドイツ教授です」 都々逸の先生ではなくドイツ語の先生。次の人は浪曲を歌って鐘一つ。「次はお婆さんですか、おいくつですか」「八十一です。八木節を歌います。 ♪はあーちょいと出ました三角野郎が、四角四面の……おやおや、入れ歯が落ちた」【成立】 春風亭柳昇が昭和23年に発表。当時日曜日の午後、テスト風景を放映していたのを見て思い付いた作品。のど自慢を子供の頃、1、2度しか見たことがない私でも、鐘一つとか、鐘二つとか知っている。
2025.10.27
コメント(0)

【粗筋】 覗きからくり屋の親父、日本三景のからくりをやっている。「安芸の宮島眺むれば、浦は七浦七えびす、燈籠の歌は数知れず、夜に入りますれば火をあげます」と言ってカタンと落とすと、明るくなっておしまいになる。からくりが流行らなくなって、医者に転職するが、医術の心得などないから、遠眼鏡で患部を覗いて誤魔化している。若い娘が腹痛でやって来た。尻の穴から覗き込んで、「いとの腹中眺むれば、心の臓やら肺の臓、腸の長さは数知れず」 とからくりの文句を言いながら、望遠鏡を押し込むと、娘は思わずブーと一発。娘が,「ようなりますれば屁を上げます」【成立】 上方噺。落ちは娘もからくりの文句になっちゃったということ。古くはお尻ではなく前から覗いて、奥へ入れるので娘が気持ちよくなっちゃったという噺だったらしい。うぶな私にはよく分からない。「義眼」と共通性あり。続けて演られたら嫌になるだろうな。
2025.10.26
コメント(0)

【粗筋】 野ざらしを供養してやると、その夜女が尋ねて来る。小野小町の幽霊で、供養してもらったお礼に来たと言う。これを聞いた隣の男、真似をして野ざらしを供養すると、石川五右衛門の幽霊が現れ、「ああ、それで釜割りに来たのじゃな」【成立】 上方落語。原作の『笑府』に近い。私が聴いたのは笑福亭仁鶴。後の幽霊が弁慶で、「供養をしてもらった礼に参った」で落ちだった。それぞれの人物がどこで死んだかという議論はあるが、小町は東北から九州まで各地で死んでいるから問題はあるまい。
2025.10.25
コメント(0)

【粗筋】 お馴染みの「野ざらし」を唐土に移したお噺で……釣りの帰りに人骨に酒をかけて回向をすると、夜中に訪ねて来る者がある。「誰だ」「妃です」「ヒとは誰だ」「楊貴妃です。骨を野に捨てられていたところ、あなたの回向で浮かぶことが出来ました。一夜あなたのものになろうと、お礼にやって参りました」 これを見た隣の男、真似をしようと人骨を探して回向をすると、夜中に訪ねて来る者がある。「誰だ」「ヒです」「ヒとは誰だ」「張飛です。骨を野に捨てられていたところ、あなたの回向で浮かぶことが出来ました。一夜あなたのものになろうと、お礼にやって参りました」【成立】 中国の『笑府』にある。枕では志那に移したといっているが、実はこちらの方が「野ざらし」の原型である。天保8(1837)年『落噺仕立おろし』の「笑府」は張飛が、「嶋やの番頭を決めとうござる」と言う。天保の末、江戸小伝馬町の呉服屋・島屋吉兵衛の番頭が、小僧を相手にして怪我をさせたのが評判になり、男色のことを「島屋の番頭」というようになった。【蘊蓄】 楊貴妃は唐の玄宗皇帝の妻で中国を代表する美女。一方張飛は三国志の人物、粗野な豪傑として名高い。男色になってしまうのがおかしい。
2025.10.24
コメント(0)

【粗筋】 お馴染みの「野ざらし」を唐土に移したお噺で…… 文禄山と楊国忠という者が長屋で隣合わせに住んでいたが、文禄山が釣りの帰りに人骨に酒をかけて回向をすると、これが楊貴妃の骨で、夜になると礼に来て「若草」という名笛をくれた。楊国忠が真似をすると、夜中にやって来たのは漢の高祖の家臣で樊噲(はんかい)という豪傑。礼をというので、出入りのお店の息子が青楼に入り浸りなので、連れ戻してくれるよう頼んだ。「青楼も、最近の自由廃業問題で、煽動者の浸透に過敏になっているから、大門あたりで一悶着あるかも知れないぞ」「そんな、大門など、この樊噲様が打ち破ってやるわ」「それじゃあ、鴻門之会じゃなくって大門の害だ」【成立】 大正4(1915)の三芳屋版『小せん落語全集』では、楊国忠が坤山となっており、「お前さんは何者だ」「我は樊噲なり」「ほい、鴻門(肛門)を破りに来たか」という落ちになっている。柳家小満んがこれを復刻させている。「樊噲」「鴻門之会」とも。【蘊蓄】 樊噲は劉邦(後の漢の高祖)の部下。楚の項羽が劉邦を殺すために「鴻門之会」を催したが、その席に乱入して劉邦を救った。その後軍勢を立て直した劉邦が、垓下の戦い(四面楚歌で有名)で項羽を破り、中国統一を果たす。 少し詳しい粗筋:漢楚の攻防……秦を打ち破るのに名乗りを上げたのが楚の項羽。連合軍の中出は最も勢力があり、総大将の立場だが、秦が総力を向けたので手こずり、都に入るのが遅れる。その隙に先に都に入ったのが漢の劉邦。最初に都に入った者が都を取ると約束されていたので、さあ大変。天下をわが物にしようとするのではないかと疑って、項羽と対立した。勢力では問題にならないから、戦いなったら勝ち目がない。 そこで、劉邦自ら鴻門まで出向いて項羽に挨拶をすることにした。劉邦は都をわが物とせず、将軍がお見えになるのを待っていましたと言って許され、宴会になった。劉邦の力を見抜いた軍師が、項羽に殺すよう合図をするが、項羽は動かない。そこで項羽の甥に剣舞を舞わせ、隙を見て劉邦を殺すよう命じる。これを見抜いた大臣が、「これは面白い、わしも一緒に」と一緒に舞い、身をもって劉邦をかばったので殺せない。 劉邦の家臣で、外に控えていた樊噲がこれを聞いて中に飛び込み、項羽に対峙し、主君に二心無しを訴える。劉邦は隙を見て抜け出し、この樊噲が残って挨拶をする。結局項羽はこの樊噲も殺せず、数年の間に勢力を逆転されて負けるのである。
2025.10.23
コメント(0)

【粗筋】 尾形さんの部屋に女が来た。アパートの隣の山田君が追及すると、あれは幽霊だと言う。多摩川でゴルフをやっていると、ボールが見えなくなった。川岸の芦をかき分けると人骨野ざらし、ポケットのウイスキーをかけてやったら浮かばれて、礼に来たというのだ。山田八五郎君、いかんというのを無理矢理ドライバーを借りて多摩川へ。やたらドライバーを振り回して迷惑になり、草むらを探すが野ざらしなどない。持って来たウイスキーも一本飲み終わり、瓶を川に捨てて帰ってしまう。その夜、女が訪ねて来たので大喜び、ところが、アベックで事故死し、安らかに眠っているのに、投げ込まれた瓶で男の骸骨にひびが入ったというのだ。「おいおい、でも、僕のウイスキーで浮かばれたんだろう」「浮かばれないわよ、私達ボートがひっくり返って沈んだんだもの」【成立】 伊井加源太って作者が落語の本に書いている。演じられたことはないだろうね。
2025.10.22
コメント(0)

【粗筋】 わしは聖人じゃという面をしている尾形清十郎、夜中に若い女を長屋に連れ込んでいるのを、隣の八五郎がのぞき見。翌朝文句を言いに行くと、あの女は幽霊だと言う。向島に釣りに行ったが一匹も釣れず、鐘が鳴るのに見切りをつけて帰ろうとすると草むらから烏が飛び立つ。ねぐらに帰るには早すぎると、不審に思って入って見ると、そこにあったのが人骨野ざらし。気の毒に思って瓢(ふくべ)の酒をかけ、手向けの句を詠んでやった。さて、夜になるとやって来たのが夕べの女、供養をしてもらって浮かぶことが出来た、と礼に来たと言うのだ。 八五郎は、あんないい女なら俺も、ってんで尾形先生の釣道具を勝手に借りて出掛ける。釣り人が大勢出ているので、「おう、どんな骨(コツ)を釣りに来た」と叫んで割り込み、そりゃっと釣り糸を垂らすが餌が付いていない。「餌がないと釣れっこござんせんよ」「餌が無きゃ釣れない、そんな素人じゃねえや……こうしているうちに鐘がボンとなる……鐘がボンと鳴りゃさ、上げ潮みなみさ、烏が出て来て、コリャサノサ、骨があ〜るサイサイサイ……すちゃらかちゃん、スチャラカチャン」「ダメですよ、かき回しちゃ……せっかく寄った魚が逃げちゃう」「誰がかき回した……こうやったのをかき回すと言うのか……かき回すというのは、こうして……」「あーあ、本当にかき回しちゃった」 ってんで、回りの人は見ていることにした。八五郎は骨が化けて出て、家を訪ねて来る、「まあお座り」と水溜りにすわって、二人の会話を想像……釣竿を振り回して、針が鼻に引っ掛かってしまう。回りの人に助けてもらい、「こんな物があるからいけねえんだ……さあ来い」「この人釣り針取っちゃったよ」 さて、予定通り草むらを探すと、椋鳥が飛び出した。烏じゃないが当番制だろうと入って見ると大きな骨がある。酒をかけて、教えてもらったタヌキの句、住所氏名を名乗って、今夜待ってるから来てくれよってんで家に帰る。 これを立ち聞きしていたのが新朝という野幇間(のだいこ)。女と会う約束だなと勘違い、同席して客にしようと、刻限を見計らって長屋にやって来た。女が来ると思っていた八五郎は変な男が来たのにびっくり、「お前はいったい何者だ」「新朝という幇間でげす」「新朝の太鼓、しまった、昼間のは馬の骨だった」【成立】 中国の『笑府』にある「学様」を林家正蔵(3)が「手向の酒」という題でまとめ、三遊亭円遊(1:鼻の)が前半の滑稽を膨らまして演じた。落ちは太鼓を張るのに馬の皮を使ったことから。新朝の太鼓って何だか分からないが、新しい「新調」ではないかという人と、遊郭には刻を知らせる太鼓があって……と蘊蓄を垂れる噺家さんと、その他怪しい説が出て来るのはおかしい。でも新町は大阪で、江戸にはないしねえ……立川志の輔師匠によれば、馬がモノで下腹部を叩くのを「馬が太鼓を打つ」といい、そこから出たという説があるという。昭和になると春風亭柳好(3)が、客からリクエストが掛かるほどの人気だった。春風亭柳枝(8)は歌うような調子で、釣り人の心情描写を取り入れて人気になった。立川談志が柳枝のまま演じて喝采を受け、柳亭芝楽は柳好を完璧に真似て演じた。今でも釣り場の大騒ぎで切ってしまうことが多く、独演会や特別の席に行くと、本来の落ちまで演るのを聞くことも出来る。 タヌキの句、じゃない、手向けの句は「野を肥やす骨を形見に芒かな」としているが、昔の速記には「月浮かむ水も手向けの隅田川」と書かれている。 中国の古典『笑府』にある「学様」。粗筋は後項「支那の野ざらし2」を参照。これがそのまま上方落語になったとされているが、上方落語の資料が見付からない。明治の初期、林屋正蔵(2)が現在の型に作り上げ、三遊亭円遊(2)がにぎやかな滑稽噺に育てた。正蔵のものは、真っ向臭い、落ち着いた噺だったという。 浪人者は、尾形清十郎という名であるが、これは円生(2)の本名「尾形清次郎」のもじり。円遊は隣の浪人を、明治元(1668)年に上野に立てこもった彰義隊の生き残りとしていたたが、現在は昔に返って由緒のはっきりしない浪人者とする。 円遊の所演によれば、骨の供養に、 野を肥やす骨にかたみのすすきかな と秋の句を詠むのに、直後に「四方の山々雪解けて」と春を描写する。この雪解けの川が南風で「どぶゥり、どぶゥり」と音を立て、「風もないのにヨシやアシががさがさ」と鳴る。落語らしいくすぐりと言えるかも知れないが、この場面、季節感は統一させたい。 落ちの前の「新町の幇間」は「新調の太鼓」の洒落になっている。古くは幇間の名前が「新朝」だった。落ちが分からないので、釣りをして大騒ぎ、自分の口を釣ってしまい、「こんなものがあるから危ない」と針を捨ててしまうところで下げている演者が多い。私の見た高座では、本来の落ちまで演じたのは柳亭さん馬の一度きり。 春風亭柳好(3)は、食べ物の好みから道楽へ、そこから釣りへと導いて枕にした。三遊亭円遊(6:俗に(4))は道楽から入って狩り(猟)から釣りへと導いている。【一言】 今の落語家、ま、噺家は、『野ざらし』のなかで「さいさい節」をちゃんと唄っていない。それを唄わずともパーソナリティで保(も)たせるだけのものを持っているならいいが、それがなくて古典を演るのであれば、せめて「さいさい節」は覚えておくべきだ。(立川談志(7:自称5))
2025.10.21
コメント(0)

【粗筋】 河内の国、野崎村の観音様へお詣り。ちょうど祭礼で大変な人出。寝屋川を舟で上って行くと、堤を歩く人と、舟に乗る人との間で口喧嘩をするのが一つの名物。相手に頭を下げさせたら勝ちで、その年の運が開けるという。舟の二人組も、阿呆が兄貴分に教わりながら喧嘩を仕掛ける。「嚊ぁみたいな顔して連れて歩いてるが、嚊ぁやあるまい」「何をおっしゃる。これは可愛い女房じゃ」「そりゃ結構で」 兄貴にそれでは負けになると叱られる。兄貴が変わって、財布を落としたと嘘を突くと、相手は足元を見た。「ほら、これで勝ちや」 足元を見れば頭を下げる。相手に頭を下げたから負けになるのだ。別の男を見付けて喧嘩を仕掛ける。「おまえ、足元に財布が落ちてるぞ」「そんなもん、最初から持って来んわい」 分が悪くなった弟分に、相手が背が高いのを攻めろと台詞を教わる。「江戸の浅草の観音さんは身の丈一寸八分でもお堂の主人、仁王さんは大きくても門番じゃ。山椒は……山椒はひりりと辛いわい」「しっかりせいよ。小粒が落ちとるわい」「え、どこに」【成立】 享保5(1720)年『軽口福えくぼ』巻3の「喧嘩はどうぢや」、安永6(1777)年『新撰噺番組』の「一升入壺は一升」。日本橋で大男と小男が喧嘩になり、小粒が落ちて刀を捨てて探す。天和3(1683)年『武左衛門口伝ばなし』下巻の「やつこのけんくわ」、安永2(1773)年『芳野山』の「御物見」、同6年『さとすゞめ』の「小人」、同10年『はつ鰹』の「小人」など、ほとんど小粒が落ちた噺。諺では「ヒリリ」が落ちることはない。江戸時代には重さで通用する「小粒銀」というのがあり、お金を落としたのと勘違いしたという意味になる。一般には一分になる重さでないと、一々図らなければならない。東京では「小粒」のくすぐりに入っている。落ちたのを探して頭を下げたのだが、分からない人がいたので説明しておく。 川を覗いて、「落ちた小粒を探しているのじゃ」という落ちもあった。桂春団治(1)は「牛は死んで肉を残す。ライオンは死んだら歯磨きを残す」と落としていた。 落ちてると言われて下を見たため負けになったという落ち。江戸時代には小粒と言えば銀で出来た銭。つまり金が落ちているという意味もある。江戸では小判は使われるが、銀は余り通用しておらず、上方らしい落ちになる。 尚、「財布が落ちている」は、もともとは「馬の糞を踏んだ」と言う台詞。「馬の糞を踏むと背が高くなるのだ」というやり取りになる。やはり、放送ではねえ……私も品位だけが取り柄だから、汚いことは一切触れない。 桂春団治(3)の十八番。ただし、「牛は死んで肉を残す。ライオンは死んで歯磨きを残す」という落ちで演じている。東京では三遊亭百生が演じていた。【蘊蓄】 福寿山茲眼寺にあるのが野崎の観音さん。五月一日から十日の法会が行われるのが舞台。口喧嘩が名物で「悪口祭」と呼ばれる。「野崎詣り」で思い出すのは色々。 東京の落語ファンなら絶対これ。桂文楽(8)の出囃子が「野崎」。 浄瑠璃、歌舞伎のファンなら……大坂の油屋の一人娘・お染と丁稚の久松は恋仲であるが、16歳のお染の婚礼が決まる。この時5か月になる子供を宿しており、宝永7(1710)年1月6日、家族の留守を狙って、お染は剃刀で、久松は首を吊って心中した。その月の内に『心中鬼門角』として上演され、歌祭文(うたざいもん)という、ニュースを面白可笑しく歌津芸能で人気になった。これが浄瑠璃『袂の白しぼり』となる。57年後に、『染模様妹背門松』で人形浄瑠璃に、その3年後、『新版歌祭文』で歌舞伎となり、現代に残る。歌舞伎では、主人の宝刀が行く不明になり、久松がこれを探すうちにお染と恋仲になる。野崎村の段では、二人が愛し合っていることを知り、久松の許嫁のお光が尼になって身を引く。この段で、駕籠で堤を行く久松と、舟で川を下るお染の姿が目に浮かぶ。1813年の『お染久松色読販』では、お染久松以下7人を一人で演じる。 映画ファンにはこれ。笠置シヅ子と榎本健一の映画(1949年)では、油屋の娘と丁稚の恋で、久松の故郷・野崎村へみんなでお詣り。そこでもしもし亀よの駆け比べに出た久松が、石段を転げ落ちたために一等になる。これで二人はますます親しい仲、毎日歌いながら町を行く。三河屋の若旦那はお染に惚れ、油屋の番頭らを仲間にして久松いじめをする。お染の母が娘を心配するのに漬けこんで、久松を罠に陥れて久松をクビにするが、お染は蔵に籠ってハンストを始める。久松の妹・お光は実は妹ではなく、親は久松と一緒にしようと思っていることが分かる。逃げ出したお染や家族が追って来て……お光が身を引いてめでたしめでたし。あ、もう一つ美空ひばりの映画もあるね……え、古い? 懐メロ・ファンはもちりん、東海林太郎の「野崎小唄」、「♪野崎詣りは屋形船で参ろう」って頭に浮かぶよね……え、あんただけだ……ううん、年かなあ。名曲なんだけど……一番が終わったところで芝居の幕開きの鳴り物が入ってなかんかの傑作。一番には「呼んでみようか土手の人」と落語にある喧嘩が歌われており、二番にはお染久松が登場。昭和10年の歌で、映画にも使われる。
2025.10.20
コメント(0)

【粗筋】 父は癌でかなり悪い。84歳で手術も難しく、手の施しようがないと医者が言う。8人兄弟の一番上、長男が医者に頼んだのは、 1:本人には告知しないでほしい。 2:自分以外の家族、7人の兄弟や孫にまで一切教えないでほしい。 3:自宅で最後を迎えさせたいので連れて帰る許可をいただきたい。 4:家に帰ったら出所祝いをするので、先生にも来てもらいたい。「出所祝いやのうて、退院祝いでんすな。分かりました」 退院祝いに行くと、姉妹がそっくりで分からなくなったり、一番下の弟が、「医者が胃潰瘍というたら癌やというのは常識や」と言い出したり、ドキドキハラハラ。でもみんなが仲良しで楽しい家族だった。 一月程度と思ったのが、三月経って亡くなった。先生も葬儀に来て、長男が皆に本当のことを告白する。遺品整理で、兄弟は仲良く、一つずつほしい物を形見に取る。棺桶に父の好きだった本を入れてやろうと、本を探していると、妹が父の手紙を見付けた。 子供達への感謝が綴られ、「バブル期に貯めた金が6千万」と書かれている。「8人で割ったら幾らや」「あんた一人者やろ、うちは子供もいてんねん。家族の人数で分けるべきや」 争いになりかけたところを、長男が止めて、続きを読む。「6千万……あったら楽やろうけど、汗水たらして働くのが一番や……という訳で、6千万というのは嘘や」「え、嘘……何でそんな嘘をついたんや」「ちょっと待て、書いたある……6千万円の嘘はな、お前がわしについた嘘の、お返しや」【成立】 桂文枝(6)の創作落語、第134作目。2002年2月の製作。【一言】 私の一番の心配は人生の残りの時間である。(中略:医者に)残りの時間を約束してほしいと、医者に言うと、「それは、神社にいって、頼んでくれ」と言われた。(この落語を思い付いて、この医者が患者にはっきりと告知するというので色々話を聞く。飲み屋に行くとウイスキーから焼酎、がばがば飲んで、病院に帰るというのでタクシーに乗せるが、女の子にさわる、大はしゃぎする。文枝が一緒にタクシーに乗り込むと、病院の住所を明確に伝えた。酔っていてもしっかりしてるなと言うと、全然酔っていないのだと言う。水だけを飲んで、酔ったふりをしないと、他の人が酔えないのだ……ああ、要約が長かった)「いや、しかし、今まで、先生とは何度も飲んだのに知らなかったなぁ。酔ってたのは嘘だったんですか?」「三枝さん、本当の医者はね、人をだませないとダメなんですよ。ガンの人にいくら違うこと行っても見抜きますよ。嘘を見抜かれない、努力を普段からしてないと」「……」 先生を降ろしてから、もう、あの先生にいくら、「ガンじゃない」と言われても、嘘だと思ってしまうなぁと思った……(桂文枝)
2025.10.19
コメント(0)

【粗筋】 義太夫に凝った男、隠居に「少しは上がったか」と聞かれて、忠臣蔵の五段目だけでもう会に出たという。「当たったか」と聞くと「当てられた」という返事。どういうことだと聞くと、最初からアガってしまい、頭のてっぺんから声を出すおかしな調子で「またも降りくる雨の足」と語り出し、酔っ払いが「よいよい」と合いの手を入れる。師匠に言われて飛ばそうと本をめくると、「出で来る猪(しし)は一文字」と出た。勢いのある猪の出だが、聞かせ所がないというので、優しく長々と歌い込んだ。客席から「優しい猪でんなあ」というので「この猪は女形」。客が呆れて、「こんなけったいな浄瑠璃語る奴の顔が見たい」というリクエストに答えて、「こんな顔でんねん」と御簾から顔を出すと、弁当の包み、ミカンの皮……みごとに当てられた……「お前は、一段上がっただけで会に出るのが大胆だ。みんな軒付けをやってるぞ」 と教える。日の暮れ方に仲間で集まり、軒先で語る。下手だから「お通り」と断られることもあるが、好きな人もいて、「どうぞこちらへ」と座敷に通されて一席ずつ語り、鰻のお茶漬けをご馳走になったということもあるという。「私、鰻のお茶漬け、大好きなんです」 と、食い物に釣られて参加することになった。 さあ、まずは最初の男が目の前の家で、「♪ちょっとお門を拝借いたします」「何です」「♪素人が慰みに浄瑠璃を語らせていただきます」「お断りします」「♪決してお金はいただきません」「うちは病人がいますんで」「それはそれは、♪ずいぶん、大事に……」「浄瑠璃で見舞いを言う奴がいるかい」「鰻のお茶漬けは……」「出るかいな」……ってんで次へ。「断るから断られるんや。いきなり語り出せば、向こうも聞き込んで、鰻のお茶漬けとなるんや……」 と語り出すと、家の方は静かに聞いている様子。「ほら、聞き込んでますやろ。♪門口に……か・し・や……貸家……どうです、間取りだけでも見ましょうか」「家を探してどうするんや」「鰻のお茶漬け」「出るか」 その後も声を張り上げると酔っ払いに間違えられたり、浄瑠璃が民謡になってしまったり、うまく行かない。「どうです、今夜は駄目ですな。我々で語って、我々で聞くことにしましょう」「場所がありますか」「海苔屋の婆さん、耳が遠いから大丈夫」 ってんっで、行くと、婆さん、八丁味噌でお茶漬けを食べるところ。「どうぞ、語りなせえ。わしも聞かせてもらうで」 と語り始めるが、軒付けでケチがついたものか、うまく行かない。すると、婆さん、「あんた方、なかなか浄瑠璃が上手や」「何言うてんねん。婆さん、耳が遠いのやろ。そんな所で聞いて、よく聞こえるな」「何や知らん、さっきから食うとる味噌の味が、ちっとも変わらん」【成立】 「軒付け浄瑠璃」とも。橘ノ円都が得意にしていた。桂米朝が昔のやり方を披露されたが、「うちへ来て浄瑠璃を語ってくれと頼みに来たで」「どこや」「表のすき焼き屋や」「ああ、それでネブカを好くのやな」 何だか分からない。解説によれば、ネブカはネギのことで、ネギには節がないという……それで変えたのが粗筋の落ち。こちらは下手な歌で味噌が腐るという言い回しを使ったもの。 東京落語でも演った人があるが、どうもピンと来ない。東京では浄瑠璃の人気が今一で、小唄端唄の流しなら受け入れられるが、この噺は何かちぐはぐに感じられた。米朝は橘ノ円都から教わった。東大の資料にも円都が演じると記録されている。その円都が東京でこれを演じた時、忘れ物をして楽屋へ戻ると、何やら騒がしい。久保田万太郎と安藤鶴夫が押しかけて、「あれだけの人をお茶一杯で帰すとは何事だ」と怒っているところだった。米朝によく話をしていたという逸話。ところが、この縁都は普段は平板な話し方で、あまり盛り上がらない。この「軒付け」だけが絶品だったらしい。逸話を聞いた鶯春亭梅橋が、大阪へ来て円都を聞き、「円都はそんなに上手い噺家じゃない」と怒ったという。米朝はこれを教わる時に、浄瑠璃をちゃんと勉強していないと断ったが、円都が義太夫が出来なくても出来ると勧めたという。 軒付けに行こうと、表に出ると、「わ、えらい蚊柱や」(桂枝雀) 婆さんが「わしも後で聞かせてもらうで」に、「婆さん、聞こえへんのやろう」(枝雀) 同じセリフに、「耳が聞こえんのに聞いてくれるか」(米朝)
2025.10.18
コメント(0)

【粗筋】 田舎の大名が都に出た時に見た能狂言を見たいと言い出す。土地の者は誰も知らないので、旅人を捕まえて能狂言を知っているかと尋ねる。噺家二人が上演を請け負うが、「お前知っているのか」「知らねえ。でも向こうも誰も知らねえんだから大丈夫だ」 と、歌舞伎の『忠臣蔵』の五段目・山崎街道を狂言の調子で演ればいいと言う。鉄砲の二発だから「忠五二玉(ちゅうごふたつたま)」と題をでっち上げ、城の侍たちに能楽の楽器の真似をさせ、「これはこの辺りに住む者でございます」と与市兵衛が現れ、「おおい父っああん」と現れた定九郎と狂言調でやり取りの末、殺されてしまう。「これで女郎買いに、ちっとも早く、うん、そうだ」 と去ってしまう。侍たちの楽器はすっかりくたびれている。幕もないのでどうしようもなくなった死んだはずの与市兵衛、突然起き上がって、「女郎買いには、やるまいぞ、やるまいぞ」【成立】 三遊亭円馬(3)が上方から移植し、三遊亭円生(6)に伝えた。上方では桑名が舞台だが、曾我廼家一座が「但馬の殿様」という題で演じ、三遊亭円馬(3)も同じ題を用い、速記はいずれも同じ題で残っている。 上方のは落ちを言って頭を下げていたが、円生は狂言の雰囲気を生かし、立ち上がって声を上げつつ退場する演出を施した。上方では桂米朝が演じたとあるが、演出については分からない。【蘊蓄】 能・狂言は同じものから分かれた。能は面をつけて音楽に乗せた動きが中心、一方狂言は化粧もしない素顔が基本で、台詞と仕種でものを見せる。『附子(ぶす)』が教科書にも紹介されて有名であるが、砂糖壷を仕種で生み出したり、掛け軸を仕種と擬音(ザラリザラリ)で破ったり、刀・ほら貝・盃等の道具はあるが、ほとんどを仕種と扇で演じてしまう。落語に一脈通じるものがある。 落語でいう「落ち(下げ)」に当たる部分も、狂言では「トメ」といい、太郎冠者などが「ご許されませ、ご許されませ」と逃げて行くのを、主などが「やるまいぞ、やるまいぞ」と追いかけて終わるのを「追い込み留め」という。その他主が叱って終わりにする「叱り留め」、笑って終わる「笑い留め」、台詞で落とす「一句留め」、笛(シャギリ)で和やかに終わる「シャギリ留め」、謡(うたい)で終わる「謡い留め」、謡に「エイヤアイヤア」と掛け声をかけて片膝をつく「ガッシ留め」などがある。
2025.10.17
コメント(0)

【粗筋】 宗祇を慕って俳諧の道に入った能祇という坊さん、東海道は大磯の西に庵を設けてのんびり過ごしていた。伊勢物語を写しているところへ泥棒が入るが、何もないので、その伊勢物語をひったくり、表へ出ると、門(かど)を締めて逃げようとする。能祇園はこれを追い掛けて、その本は値の張る物ではないが自分には大事だ、それより金になると取り変えるよう頼む。行灯にさらさらと筆でしたためると、「この紙だけでも金になるはずだ」と言うので、泥棒はその紙を持ち帰り、書の味がある大家に見せると、「この行灯なら10両で買おう」「え、そんなにするんですか」「お前、どこで手に入れた」「え、それは、そのー……」「ここに、盗人の門(かど)閉(た)てて行く夜寒かな、という句が書いてある。これは能祇法師という、立派な先生の名前も入っている」 泥棒が驚いて能祇の家に行って謝ると、こんこんと意見をして、「ところでお前に聞きたいことがあるが、最初に伊勢物語の本を持って逃げる時、どうして門を閉めて行ったのだ」「へえ、開けっ放しでは物騒でございますから」【成立】 騒入社の『名作落語全集』には蝶花楼馬楽の、講談社の『評判落語全集』には蝶花楼馬之助の速記がある。中身は全く同じ。実際には柳家小さん(3)が演じたものだという。大正期の速記では句が「門さして行く」となっている。【蘊蓄】 宗祇は飯尾宗祇(1421〜1502)。連歌師。 連歌は、上の句(五七五)と下の句(七七)を交互に作り、和歌として意味が通るようにするもの。普通百句一組(百韻)で、十セットを作る。第一は「発句(ほっく)」といって、その場への挨拶だから、その季節、集まった人々や自然、目の前の情景を描く。二句目は「脇」で、その雰囲気をつなぐ。第三からはどんどん世界が変わっていくようになる。四季が登場しなければならず、花と月は定位置がある。釈経(宗教)、恋なども出なければならない。 ここから俗な日常を読むようになったのが俳諧。ここでは和歌では詠まない病気、夫婦の営みなどまで登場する。本文の句は泥棒が出て来るのだから、連歌ではなくもう俳諧になっている。 発句だけがその場を詠むというので、松尾芭蕉は『奥の細道』で初めて、発句だけを記録することに挑戦した。最初の方では「表八句を庵の柱に懸け置く」として、連歌を詠んでいることを明らかにし、批判をかわしている。中に出て来る句(芭蕉のもののみ)がちょうど50句というのも、百韻の連歌を意識しているのである。これから発句だけを詠むことが始まる。 発句というのを「俳句」と呼ぶようにしたのは明治の正岡子規。彼は和歌も「短歌」と呼ぶようにした。
2025.10.16
コメント(0)

【粗筋】 著名人はサインを求められる。森光子が、新幹線でサインを求められたら、何と新聞紙。スペースに「念ずれば花ひらく」と書いた……それから20年。舞台の楽屋にその夫婦が尋ねて来て、あの時は事業に失敗してサインをもらうのに新聞紙しか無かった。切り抜いて額に入れ「念ずれば花開く」と努力をして今は仕事も順調。今度こそ本当にいい色紙にサインを頂こうと思って尋ねて来たのだった。包んだ物を出すので後で開くと、宝石商をやっていて素晴らしい品をお礼に贈ったのだった。 これを聞いて私も、何にでもサインをすることにした。色紙だからいいという訳ではない。鍋敷きに使われたりする。ガラスが割れた所にテープで止めてあったのは、「杉良太郎 すきま風」だった。文枝自身は、喫茶店で、何もないからマッチ箱を出されたこともある。新幹線では駅弁の包みに……新聞紙よりいいじゃないか。 大阪で落語会をやった時、夫婦が尋ねて来た。昔新大阪の駅前でサインを求めた夫婦だ……その時何もないので赤ちゃんのよだれ掛けに、「念ずれば花ひらく」と書いたのだ。これをどうぞと風呂敷包みを出す。「その時の子供のアルバムです」【成立】 桂文枝(6)の創作落語。第120作目、2000年1月の作品。これは一席ではなく、漫談なんだけどなあ。一度はこの後、温泉を勧められ話で落ちになっていた。
2025.10.15
コメント(0)

【粗筋】 ある大店の大旦那のお囲い者だが、他に男が二人もいる。その二人が来合わせたからさあ大変。取っ組み合いの大喧嘩になってしまう。そこへ大旦那が来て、「お前達、人の家で何事だ」「いえね、あっしはこの女の所へ3年も通っているんで、それをこの野郎が……」「何を言いやがる、こいつが3年なら、俺ぁ5年も通ってる」 とまた喧嘩になり掛けるのを、「話を聞いていれば、お前さん達、3年だの5年だの、御託を並べているが、俺ぁ、この女を囲ってもう15年もシてるんだぞ」【成立】 長けりゃいいってことじゃないということを教えたいのだろう……これだけ魅力がある女の年齢はいくつくらいだろう。30でこぼこだとすると、旦那は15歳の時に手を付けたのだ。
2025.10.14
コメント(0)

【粗筋】「婆ちゃん、遅刻して怒られるのに『他人の時間を無駄にしている。時間泥棒だ。無駄な時間を作るのは時間をどぶに捨てるようなものだ』って言われるのは理不尽じゃない」 警察で下着泥棒が盗んだ下着を並べるのは嫌だという新人刑事。ベテランは、それぞれの下着に歴史がある、物語があるんだと語る。 この刑事が引退の時、ふぐ刺しどうぞ。好きなだけ食べて下さいと言われる。食べて思わず涙する……「いいかいマー坊、食べたい物を食べて泣いたんじゃないんだよ。ふぐ刺しをまとめて寄せた時に、並べた下着を片付けるのと同じだと気付いた。本当は片付けることに喜びがある。片付けるために並べているんだ。これを並べ師の涙という……婆ちゃんの作り話だ」「作り話って、婆ちゃん、どういうこと」「マー坊は今、時間をどぶに捨てたってこと」【成立】 滝川鯉八の創作落語。彼らしい世界観の構築。いやあ、いい時間をどぶに捨てた。
2025.10.13
コメント(0)

【粗筋】 友達の家に泊まって夜中に目が覚めると、夫婦そろってよく寝ている。女房の上に乗って入れかかったところで亭主が目を覚まし、大変に腹を立てる。「いや、申し訳ない。私は寝ぼける癖があって、夢だったのだろう。堪忍してくれ」 と詫びると、亭主もあり得ないことではないと納得し、無事納まって寝たが、客の方はもう少しというところで残念でならず、再び這い掛かる。今度はなんなく入れたが、亭主が鼻息に驚いて目を覚まし、「これこれ、起きろ。目を覚ませよ、おい」【成立】 安永2(1773)年『今歳花時』の「寝ぼけ」。【蘊蓄】 夜は来た。すべてのほとばしる泉は、今その声を高めて語る。 私の魂もまた、ほとばしる泉である。 夜は来た。すべての愛する者の歌は、今ようやく目覚める。 私の魂もまた、愛する者の歌である。(『ツァラトゥストラはかく語りき』)
2025.10.12
コメント(0)
全7221件 (7221件中 1-50件目)