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森の声

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2025.02.25
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カテゴリ: カテゴリ未分類
一般的には「遊び」というと「鬼ごっこ」や「縄跳び」のような「からだを使った遊び」をイメージしますが、「遊び」を「楽しさや喜びを求めて自発的に行う行為」と定義するなら、もっともっと多種多様な「遊び」があります。

「勉強」も、嫌いな子にとっては苦役であり、労働に過ぎませんが、好きな子にとっては「遊び」であり「趣味」でもあります。そういう子は勉強を通して色々なことに気付き、発見しているのでしょう。だから楽しいのです。

お料理作りや子育てを「苦役」と感じている人もいますが、それを「遊び」のように楽しんでいる人もいます。「苦役」と感じている人はその行為から何も学べていないのでしょう。だから楽しくないのです。

私は、子どもの頃「群れて遊ぶ遊び」もやっていましたが、自分の記憶として一番多いのは「一人遊び」です。

私の家は鎌倉にあったのですが、裏が山で、庭には普通に沢ガニが歩いているようなところでした。車が走っている道まで出るのに200mくらいありました。海まで歩いても10分もかかりませんでした。そんな所でしたから子どもも少なかったです。

隣の家にも子どもがいましたが「嫌なやつ」でした。で、ほとんど遊びませんでした。裏の家には、大きなお兄ちゃんとお姉ちゃんしかいませんでした。弟もいましたが、どうも弟とは遊びの趣味が違っていたようです。

私の子どもの頃の記憶は、庭をモクモクと走るモグラや、池によく現れる蛇やカエル、風に揺れる木々の音と風の音、鳥の声、二階の窓から正面に見える富士山、沢山の昆虫たち、海の生き物たち、海岸に打ち上げられた無数の貝殻などなど、そのほとんどが自然や命とつながる記憶ばかりです。

そういうものを見たり、感じたり、聞いたりすることが、子どもの頃の「私の遊び」だったのです。それは一般的に言われているような「遊び」とは異なりますが、私にとってはそれが「遊び」だったのです。

唯一の例外が、年長から小二まで、家の都合で東京の葛飾に住んでいたことがあり、その時の「群れ遊び」の体験です。その時に初めて、「昔遊び」や「伝承遊び」をいっぱい体験しました。鎌倉の私の家の周辺には「子どもの群れ」自体がありませんでしたから。


そしてその頃からはまったのが「本を読む」という遊びです。転校生だった私の遊び相手は「本」だけだったのです。正確に言うと「本」そのものではなく、その本の中に書かれている「物語」です。私は山のように本を読んで、その物語の中で遊んでいたのです。
暗い子でしょ。

中学の頃、ホームルームで「他の子の気になるところを指摘する」という時間があったのですが、その時「しのくんは休み時間も外に出て遊ばないで本ばかり読んでいます。それってよくないと思います」と誰かに書かれたこともあります。よけいなお世話です。

そんな中学生の頃によくやっていたのが「宇宙船の設計図を描く」という遊びでした。SF小説が大好きだったので、自分で宇宙船を設計するとしたらどういう宇宙船にしたいのかを考え、絵に描いて遊んでいたのです。

また、「家族ロビンソン」とか「15少年漂流記」とか「地底探検」とか「無人島の三少年」とかいう冒険ものも好きだったので「無人島の地図」なども描いて遊んでいました。

「ドリトル先生」とか「長靴下のピッピ」とかも読んで、空想の世界で遊んでいました。

あと、幾何学が大好きだったので、幾何の問題を解いて遊んだりもしていました。高校に入ってからは証明問題にはまり、本屋で難しそうな問題集を買ってきて解いて遊んでいました。

「群れて遊ぶ遊び」「からだを使って遊ぶ遊び」だけが「遊び」ではないのです。「一人だけで楽しむ遊び」だって立派な「遊び」なんです。「感じ、考え、空想して遊ぶ遊び」だってあるのです。

でも、ゲームをやってしまうと、その全部をゲームに吸い取られてしまいます。





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Last updated  2025.02.25 08:38:56
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