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古い携帯電話の解約をしなくてはならない。新しいのは郡上八幡で買ったが、解約の出来るauショップは関まで行かなくてはならない。あるいは6月末頃千葉に行ってからにするか。1ヶ月近くそのままにしておくのはイヤだな、と思っていたら娘夫婦が連れて行ってくれると言う。台風4号の接近で、早朝はかなり強い雨降りであったが、出掛ける頃は殆ど止んでいた。実際には、行って帰るまで降ったり止んだりだった。解約手続きは5分もかからずに済んだ。ジャスコの携帯用品売場で、液晶保護シールというのを買い、娘たちにきれいに貼ってもらった。そこまでは良かったが、娘たちが笑うこと、笑うこと。というのは、昨日試しに携帯カメラをチビっこたちに向けて、「何これ!これじゃあ顔がハッキリ撮れないじゃないの?」と言っていたのだが、私が【レンズの前のフィルムをはがしていなかったのだ】。なるほど、そういうことだったのか。分かれば、どうということもない。素晴らしい風景は無理としても、間に合わせにはなるかな?
2003年05月31日
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携帯電話を新しくした。カメラ付き携帯だ。単なる機種交換ではなく、IDOから DOCOMOに変えたので番号も変わることになる。もともと電話もあまり掛けないので、携帯など必要ないと言えば必要ない。今まで持っていたものも、夫が使っていた携帯である。夫が他界したとき解約しようと思ったのだが、私が娘3家庭以外に、どこにフラフラと行くかも分からぬというので、娘たちに名義だけ変えて持つように命令されたのだ。器械音痴だから、ややこしい操作が出来ない。登録も夫の関係者だけ、150人ぐらいそのままだった。もっとも登録者の殆どを知っていたし、何人かの方々は私のことを心配して、時折連絡を下さった。つい先日、その登録者も受信記録もきれいサッパリ消え去った。ややこしげなCメールを削除しようとしていじりまわしたのだ。こんな調子だから、カメラ付きにしてもどうなることか。
2003年05月30日
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今日は爽やかです。昨日ほど暑くはありません。下駄を履いて、長良川まで散歩に行きました。石ころや砂利を伝って、流れのすぐそばまで行ってみました。川面にはさざ波が立っています。さざ波を見ているだけでも涼しくなります。この長良川はひるが野分水嶺や白山連邦の山々から流れてきたんです。川面のすぐ上を黒っぽい羽の小鳥、多分ビンズイ(というんじゃないかしら)が低く飛んでいます。もっと上を、2羽の鷹が旋回しています。小魚が泳いでいるかと見てみましたが、私の目には見えません。きっと鷹やビンズイには、川の中の動くものが良く見えるんでしょうね。どのぐらい川を眺めていたでしょう。自分で余程の暇人に思えてきました。
2003年05月29日
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チビちゃんを連れて外に出てみたら暑い!!です。そういえば5月は紫外線が強いんでしたっけ。ここ1ヶ月位の間に、時計の跡がくっきりしています。あんまり鏡も見ないけれども、だいぶ日に焼けたようです。でも、梅雨はまだこれからなんですよね。憂鬱になりそう・・・珍しくこんな時期に、台風4号も近づいているようですし。今週末は雨でしょうか。
2003年05月28日
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怪我の話が続いたので、本日は病気というか“食中毒”の話。19xx年、長女が生まれて半年ぐらい、2月頃だった。パック入りの牡蛎を買って、冷蔵庫に入れておいた。2日位経って開けてみると、良い匂いである。「生で大丈夫かしら。良い匂いだから大丈夫だよね。」夫も私も生牡蛎が大好きだ。2人で二杯酢で食べてしまった。翌日私はお腹が痛い。転げ回る程ではないが、お腹全体が痛く下痢がひどかった。吐き気もした。その頃、京都の街なかでは内風呂の無い家が多かった。我が家もそうで、毎日銭湯に通っていた。子供が赤ん坊なので、私は午後3時の一番風呂に入れることに決めていた。お腹の痛いのを我慢して、赤ん坊をダッコして銭湯に行った。家から100m位しか離れていないから大丈夫とはいうものの、子供を落とすまいと必死であった。お風呂に入れているときも、洋服を着せるときも脂汗が出てくる。帰ってきて、2階に上がる階段の辛かったこと。正に、這い上がった。休み休み。カッコワルーー。後でその時のことを人に話すと、「1日ぐらい、お風呂を休んだら良かったのにー。」と呆れられる。最近、そのことで娘から「ふうちゃんは、アスペルガー症候群だから、仕方ないね。」と言われる。確かに、一度こうと決めると、決めたことを変えられないのだ。娘はいずれ“アスペルガー症候群の母に育てられて”という手記を書くそうだ。それはとも角、それから2日後、夫の友達の家に3人で遊びに行った。大いに語り合って、夜帰宅すると、今度は夫が「痛い、痛い。」と言い出した。矢張り下痢だ。夫は症状が分かるので、すぐ梅干しを食べ、白湯をどんどん飲んだ。強制的に吐いている。懇意の主治医に電話をすると「すぐいらっしゃい。」という。夫が行くと、大腸炎だそうだ。矢張り、先生がお腹を押すと、どこもここも痛かったそうだ。すぐ点滴をされ、受けながら、実は家内も痛かったそうで、と言うと、「すぐ呼びなさい。」と言われた。私の方は、もう治りかけだったので、注射だけで済んだ。「あの“痛さ”はスゴかったねー。」とよく夫と2人で笑いあったけれども、実際、大腸炎というのは怖いものらしい。
2003年05月27日
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前回は、夫の耳の話だったが、今回は夫の眼の話。昔、夫はオートバイきちがいだった。高校で3人だけオートバイ通学を許可されていたそうだ。放課後や休日には主に郊外を乗り回していた。ある日も風を受けて気持ちよくスピードにのっていた。だんだん道が狭くなって、アッと思ったら、道が無い!!オートバイが空を飛んでいる!!その向こうに砂利の山がある!!!思う間もなくオートバイは下に向かい、彼は飛ばされている。彼はとっさに前転宙返りをした!!部活の器械体操が役立ち、大ケガはしていない。擦り傷ていどだ。オートバイも幸い大したことはない。オートバイを押して帰って修理を頼み、無事済んだ。と思ったのだが、眼の具合がどうも変だ。左眼の中心が霞んでいる。物の中心部分が見えないというのは変な感じだ。翌日眼医者に行った。「瞳の真ん中に何か刺さっていますね。すぐ手術しましょう。」「お願いします。」「局部麻酔をしますから、痛くはないんですが、絶対眼球を動かさないで下さい。動かすと器具で眼球を四方から引っ張って止めることになりますよ。」「だいじょうぶです。」麻酔が効いて、助手の先生に顔を押さえつけられた。「さあ、行きますよ。」先生がメスを近づけてくる。最初はボーッと見えているメスが、眼の中にグッーと迫ってくる!!!眼の球を動かすまい、と思っても本能的に避けてしまう!「コラッ。動かすんじゃない!」先生も必死だ。こっちだって必死に決まっている。3回目には観念した。どうとでもなれ!!というわけで、無事手術は終わった。これは“痛み”ではなく、特殊な恐怖かもしれない。
2003年05月26日
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先週は、トレッキングと言うにはあまりにも不完全燃焼だったからなあ。今日はもう少しは歩いてみたい。おにぎりとお茶を持って7時過ぎに家を出た。長良川の橋近くの気温は15°Cだ。向小駄良というところを登って行った。ここは“さくら道ネイチャーラン”というマラソンのきっかけとなった佐藤良二さんが生まれ育った所である。佐藤さんは太平洋と日本海を桜のトンネルでつなごう、とたった1人で2000本もの桜を植えてしまった人である。家々の周りに畑があり、ネギや青菜など他種類の野菜が並んでいる。房総のキャベツ畑、もっと広大な帯広のジャガイモ畑に比べると、いかにも自家製野菜という感じで親しみが持てる。庭先にはアヤメやカキツバタが咲いている。バラは以外に少ない。雪が多いからか。少し行くと158号線にぶつかり、この冬2回家族と共に行ったスキー場(私は滑らなかったが)に向かった。道路のすぐ横を川が流れている。この川も長良川に合流するのだ。スキー場は閉まっていたが、駐車場には2台止まっていた。付近にいた夫婦連れは蕗を取りに、とのことだ。もう少し先まで登ってみた。ウグイスの声が聞こえる。薄曇りでもやがかかり、見晴らしはもう一つだが、風が顔や髪に心地よい。でも、何故こんな山に発泡スチロールやビニール袋やアルミ缶が捨てられているんだろう。悲しくなる。以前ケアンズに行ったとき、町や高原や海に連れて行ってもらったけれど、何処にもゴミは落ちていなかった。ペルーのマチュピチュは海抜2400mの山の上だったが、ゴミは見あたらなかった。絵はがきそのままだった。富士山に登ったことはないが、話に聞くとおりだとすると、世界遺産に選ばれないのは当然だと思う。恥ずかしいなあ。ゆっくり登って、ゆっくり下りて、4時間ぐらいの足慣らしだった。帰りの気温は20°Cだった。おにぎりは帰宅してから食べた。程良く汗をかき、程良く疲れ、まあ、足慣らしにはこのぐらいで丁度良いのかも知れない。
2003年05月25日
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今回は、夫の一生涯で(60才で他界したので)1番か2番目に痛かった怪我の話。夫の家は昔、京都の北の方にあった。すぐ裏手に、高くはないが山が迫っていて、庭に2m幅ぐらいの川が流れていた。高校生の頃、彼は空気銃で裏山の小鳥を撃っていたらしい。ある時、ライフル銃の弾を手作りしたそうだ。何でも実験したい年頃だったのだろう。そして座敷から山に向かって試し打ちしたところが、弾は発射せず爆発したそうだ。火薬の量を間違えたらしい。鉄砲はぐにゃりと曲がり、彼はひっくり返った。後で分かったことは、後ろの障子が全部破れていたそうだ。しばらくして気は付いたが、顔中痛いし、耳がガーンとなって、なんにも聞こえない。すぐ耳鼻科にかけ込んだそうだ。左耳の鼓膜がみごと破れていたそうだ。先生が「今から耳に薬を入れるけれど、ちょっと痛いよ。相撲取りも悲鳴を上げるというよ。」と言いながら、スポイトで薬を入れたそうだ。彼はじっとしていたが、「なんだ、何処が痛いんだろう。大したこと無いじゃないか。先生、脅かしたんだな。」と思ったその時、ガガーンッ!!! と来たそうだ。耳どころか、左半身がしびれたように強烈な“痛さ”だったという。これには後日談があり、「鼓膜が破れたままでは不自由でしょうから、人工鼓膜を入れましょう。」と言われ、彼は嬉しくて「人工鼓膜って、どんな精巧なものなんだろう。」と期待にわくわくしていた。何しろ彼はサイボーグ大好き人間なのだ。「ハイ、入れましょう。」と先生の取り出した人工鼓膜は、なんのことはない、柔らかいプラスチック膜1枚だったそうだ。それをチョンと入れておしまい。ビックリすることには、そんな間に合わせの鼓膜で良く聞こえたそうだ。が、まだ後が合って、10日ぐらい経つと、耳の中でガサガサ、ゴソゴソと音がして、聞こえるより先にうるさくて、人工鼓膜を取ってしまったということだ。ガサゴソの音は耳あかであったそうな。
2003年05月24日
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前回、爪を剥がした話を書いたら、アキュラさんから、爪をはがすって痛そう、というご感想を頂いた。“痛み”について考えてみたい。5年前夫は都内の大学病院で胃ガンの手術をした。術後の経過は良く(?)1ヶ月余りで退院したが、7ヶ月後腸閉塞で再入院した。腸閉塞にはイレウス管挿入という治療法がおこなわれた。鼻の穴から腸まで管を挿入して、患部まで届いたら空気を送って詰まりを治すというものである。この鼻から管を入れる時の“痛さ”は並ではないと、夫は言っていた。全国10数カ所の耳鼻科医院で“Bスポット治療”という治療法が流行っている。通常の耳鼻科や風邪の他に体質改善にもなるということだ。この治療は鼻の穴から細いブラシ状のものを挿入して、Bスポットといわれる場所をこするのである。ほんの10数秒間なのだが、飛び上がりそうになるほど痛い。腸閉塞のイレウス管挿入は、その“Bスポット治療”の痛みが1時間も続いたそうだ。夫は治療を受けながら、モニターTVを見ていたが「もう我慢出来ない。ヤメテクレー。」と叫びそうになったとき、管が届いたそうだ。その翌日から、看護士さんが「痛みのチェック表」というのを毎日持ってきた。顔の絵が5つ描いてある。ニコニコ顔から泣き顔まで、5段階になっていて、患者が自分で今日の状態はどうかを判断してチェックするものである。私は看護士さんに聞いた。「それって主観的なものですよね。痛みというのは、同じ痛みでも人によって随分違うんじゃありませんか。」というと「その通りです。私たちが視て想像するのと、患者さんが訴えられる痛みは違うことが多いんです。痛みにとても強い方もいますし、ちょっとのことでも痛みを感じる方もいます。そして少しでも痛みを和らげることが私どもの仕事だと思うんです。」とおっしゃる。手術を成功させる医者の仕事も大事だが、“痛み”を和らげることに心を砕く看護士の仕事にも頭が下がる。
2003年05月23日
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昨日 洗面所の段差に右足をトンとぶつけた。ちょっと痛かったが大したことはないだろうと思った。今朝 起きた時まだ少し痛かったので見てみると、右足親指の爪の間から血がにじんでいる。まあ 大したことはないか。何か因縁めいているが、私が怪我をするのは大抵右半身なのだ。中2の時交通事故で右手の人差し指を骨折した。爪が出来る部分だったので、今でも変形している。子供が成長した頃数年間営業の仕事をした。パンプスなど細身の靴を履いて毎日歩いたために、外反母趾になりかかった。その上親指が大きいので、爪が黒ずむほど痛んでしまった。足をかばうためか腰痛にもなり仕事も辞めた。ある日掃除をしていて、扇風機に右足をドンとぶつけた。イタイ!と思って見ると、親指の爪が上を向いている。つまり爪がはがれて根本の部分だけくっついていた。出血はそれほどでもない。自分で爪を引っ張ろうと思ったが、臆病だから決心がつかない。形成外科医院が近くにあるので、歩いて行こうとしたが、サンダルも履けない。恐る恐る娘に電話をすると、間もなく車で来てくれた。先生は指の元を紐で縛り、黄色い粉を振りかけた。5分ぐらいしてから「ちょっと痛いですよ。」と言いながら、グイッと勢いよく引き抜いた。先生は包帯を巻きながら「元々やくざな爪でしたからね。あと綺麗な爪が生えてくると良いですね。」とおっしゃった。一回は、夫の車から下り、ドアを閉めかけて「アッ!あれ を。」と中のものを取ろうとした。後で笑われたのだが、ドアを右手で閉めて、同じドアに右親指を挟んでしまったのだ。普通はそんなことにはならないそうだ。 その痛さ!!! じっとしていられない痛さである。 運の悪いことに土曜日の午後だったから、形成外科医院はしまっていた。夫がすぐ救急病院に連れて行ってくれた。その頃には親指は腫れ上がって「これは痛いでしょう。すぐ楽になりますよ。」と先生。「看護婦さん、ゼムクリップとライターを下さい。」と言い、クリップを伸ばし、ライターで熱し、いきなり爪の真ん中を突き刺した。血がどっと噴き出した。本当に楽になった。その先生は軍医だったそうだ。
2003年05月22日
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知人で、「庭つくりのHP」を作っている人がいる。彼女が一番好きな花はバラで、それに合うクレマチスや青系の草花を育てている。土作りの為のミミズも育てている。私はときどき彼女のHPをのぞいて楽しむことにしている。先日そのページに、復刊したい本というのが載っていた。「ルドゥテのバラ図譜」である。私はその本を見たことがないが是非観てみたい。早速投票しておいた。今回「ルドゥテのバラ図譜」の復刊が決定したとのこと。おめでとう!!
2003年05月21日
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先週土曜日に、女子高校のクラス会があった。日曜日には、小学校の学年同窓会(といっても2クラスのみだった)があった。どちらも都内で、ここからは少し遠いので、両方とも欠席してしまった。高校のクラスメートからメールが入り、情報を得ることが出来た。86才の先生のお元気な様子も知ることが出来た。私の親友も欠席したようだし、パソコンもしないのだ。彼女は達筆なのに手紙もあまり書かない。たまに電話を掛けてきて「今日か明日、会いましょう。」という調子だ。まあ、それも良しとしよう。
2003年05月20日
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再び、子供向けTV番組のことで恐縮なのだが、「ピタゴラスイッチ」というのをご存じでしょうか。マッチの軸の犬が、様々に変化しながら動くアニメのコーナーがあります。台所用品や文房具などを使ったドミノのコーナーもあります。このドミノが、その辺の正当なものと違って、非常に凝っているのです。“アルゴリズムたいそう”というのは、大分前から放送されていたようですが、“アルゴリズムこうしん”の方は、最近始まったのだと思います。この“アルゴリズムこうしん”を2人で行進しているのを見ると、フーンと感心すること請け合いです。“ドミノ・ピタゴラスイッチ”といい、“アルゴリズムこうしん”といい、制作者集団(何人か知りませんが)のこだわりを感じて、嬉しくなります。
2003年05月19日
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以前から、トレッキングというものに興味がありました。 8年前に、夫と2人で、ペルーのクスコから登山列車でマチュピチュに下って行ったとき、ガイドさんから、その行程を「トレッキングで、1週間掛けて歩いたりするんですよ。」と聞いて、「それをしてみたい。」と思ったのでした。今日は天気も良いし、気分も上々です。不意に“井洞(いぼら)大杉”を見たくなりました。今月初めに“荘川桜”を見に行って、樹齢400年の巨樹に圧倒された結果かも知れません。「ちょっと行って来たいんだけど。」と娘に言うと「入り口の公園まで送るよ。子供たちも遊ばせたいし。」と有難い申し出。「じゃあ、ちょっと行ってくるね。」と登り始めましたが、どこにも表示がありません。変だとは思いつつ、どんどん展望台まで登りました。遠くの山々を眺めながら、あるいは香りのないピンクのスイカズラのような花木や山ツツジを眺めながら登りました。展望台の所には、表示があって“井洞大杉”までの山道が続いて行くのだろう、と思っていたのですが、道も何も無しでした。仕方がないので下りて、もう一度探そうと思いました。娘たちは、すでに帰ったかと思っていましたのに、まだ遊んでいました。その公園には事務所も無く、人もいませんでしたので、引き返し、観光協会で聞きました。すると、“延年の森公園”と別に“延年の森入り口”と言う所があったのです。最初から間違っていたわけです。おまけに“井洞大杉”への道は、倒木があり通れなくなっているので、しばらく見合わせた方が良い、とのことなのです。残念無念!今日のトレッキングは予備に終わってしまいました。
2003年05月18日
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先日のニュースで、停止していた福島原子力発電所を再開する見通しである、とありました。夏の電力消費量を考慮したもの、ということです。チェルノブイリ原発事故から17年経つが、未だに悲惨な影響が続いています。日本の電源開発は、その後も原子力発電は安全です、と言い続けてきましたが、1999年、東海村で臨界事故が発生しました。あの臨界事故は人為ミスであった、と政府は済ませたかったでしょうが、原発付近の住民からは不安の声が高まり、点検のために次々に運転が停止されてきました。ひび等の瑕疵が見つかる度に不安は広がる一方です。一方的に「安全。大丈夫。」と言われても、根拠のない保証には「ハイ。そうですか。」とは言えません。今こそ「脱原発」を実行する時だと思います。勿論、私たち皆が徹底的な節電はしなくてはならないでしょう。その上で、風力なり、太陽電池なり、地域ごとに適切な発電施設を開発、実施するのは如何でしょうか。
2003年05月17日
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晴れてはいるが、少々風が強い。午後、1才7ヶ月のチビちゃんをベビーカーに乗せて出掛けた。ガソリン・スタンドの隣の銀行によって健康保険税を支払った。例によって、チビちゃんは赤い風船を頂いた。商店街を通って靴屋さんに行った。靴ひもが切れてしまって、ちょっと短いまま結んでいたのだ。「靴ひも、ありますか?」と聞くと、「ありますよ。それ“ECCO ART”のですね。良い靴ですね。」と言う。恥ずかしい。磨いていないので、ホコリだらけなのだ。昔、仕事で歩き回っていた時、合わない靴を履いていたために、外反母趾にはなりかかるし、爪は痛くなるし、腰痛にはなるし、散々な目にあった。健康には、靴が大事と思い知り、4年程前、千葉のシューフィッターさんに足を測って頂いた。その時選んだものが“ECCO ART”であった。今日履いていたのは古い方で、去年同じものをもう一足買った。サンダル靴も同じ店で、1年おきに2足買ったが、どれも底を換えたり、中敷きを替えたりして健在である。シューフィッターさんには靴の履き方も教えて頂いた。靴に足を入れたとき、かかとをグッと後ろに付け、靴ひもをしっかり一回一回結ぶのが良いそうだ。しばらくして、私が「紐が切れてしまって。」とその店に行くと、「きちんと履いて下さって有り難うございます。」と喜ばれてしまった。そう言えば、マレーネ・ディートリッヒという足の綺麗な女優さんは、子供の頃から、お母さんに「靴ひもをきちんと結んで履きなさい。」と言われていたそうだ。 wrote:
2003年05月16日
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今日も雨。TVニュースで京都の葵祭の行列の様子を流していた。こんなに雨が降っているのに、斉王代を始め扮装した人々はご苦労様なことだ。京都御所から下鴨神社を経て上賀茂神社まで歩くのだ。結婚後、京都に4年間住んでいたが、葵祭も時代祭も見たことがない。人混みは好きではないので。落ち着いた町、京都は好きだ。夫の育った松ヶ崎の宝が池辺りも良かった。(宝ヶ池国際会議場が出来てからは、すっかり変わってしまったようだが)仕事場のあった、京の下町と言った感じの西陣京極町界隈も良かった。西大谷には、夫や両親や祖先の墓所がある。いずれは私も夫の側に眠ることになるだろう。 wrote:
2003年05月15日
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「テレタビーズ」というBBC放送制作のTV番組がある。チビちゃん達は、この「テレタビーズ」が大好きだ。森の奥にテレタビーランドという子供たちの想像の世界がある。そこでティンキー・ウィンキーとディプシーとラーラとポーという4人の子供たちが遊び回る。着ぐるみ人形なのだが、歩き方、走り方、瞬きの仕方などの所作が実に愛くるしい。4人がとっても仲良しで、ケンカなどしない。平和そのもの!!戦争ばかりしたがる地球の国々の指導者に見てもらいたい。 wrote:
2003年05月14日
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天気予報では、今日この辺りは晴れて気温も25度を超えるだろう、ということだったのに、曇りで、どちらかというと肌寒さを感じます。天候とはまったく関係ないが、小さい子供って、どうして風船が好きなんだろう。例外なく好きなんですよね。銀行や郵便局に行って、機嫌が悪く泣いている子に、行員さんや局員さんが「ふうせん上げようね。」というと、泣きやむでしょ?お祭りの時も、必ず欲しがるもの、ふうせんです。シャボン玉も好きですよね。お母さんやお姉ちゃんがシャボン玉を吹いてあげて、小さい子供が追いかける様子が、とっても可愛い。それから花火。好きですよね。夏の夜、夕涼みをしながら、家族で花火をしている情景はほほえましいものです。小さい子に、線香花火を持たせてやって・・・小さい子供は、そこにいるだけで可愛い。でも、ふうせんやシャボン玉や花火で遊んでいるのを見るのは、もっと可愛いですね。 wrote:
2003年05月13日
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「北斗の人」は北辰一刀流の創始者、千葉周作の前半生の物語だ。千葉周作は、それ以前の流派の、抽象的で分かりにくい教義をあらため、誰にでも分かり易く、合理的にしようとした。勿論、周作自身天才的な剣術家であったに違いないが、それに加えて教えるのが上手だったのだろう。他の道場で5年修行しなければならなかった者が、彼の道場では2年で同じぐらい上達したそうだ。そう言えば、楽器でも、絵画でも、学問でも、一流のナニナニ家と呼ばれる人が、必ずしも教え上手とは限らない。学校の先生でも、何を言いたいのか、何を教えたいのか、伝わってこない人もいる。難しいものだ。周作のお玉が池道場は江戸時代末期という時代的な要因も幸いしたのだろうが、3000人もの弟子を持ち、近代剣道の先達と言われている。私が千葉周作から教わったもの。 それ剣は瞬息 心気力の一致 wrote:
2003年05月12日
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昨日、このテーマで書いたのだが、テーマを投稿するのを忘れたので、もう一回提案したい。名古屋近辺、四国辺りでは、本の頁(ページ)の(ジ)を清音化して(ペーシ)と言う人がいるらしい。関東では(ペーシ)とは聞いたことがなかったので、とても不思議な感じがした。これは方言なのだろうか。(ページ)(ペーシ)のことを書きながら、また別の疑問が湧いてきた。「頁」というのはいつから使われ始めたのか。またインターネットのお世話になった。武庫川女子大学の佐竹秀雄教授の文章を引用させて頂く。なぜ「頁」がページか? 外来語を当て字で書く場合、普通は「煙草」「倶楽部」のように漢字二文字以上だが、「ページ」の場合は一字だけで「頁」と書く。 「頁」という漢字の形は、人間の頭部を強調したもので、「あたま」を意味する。読み方には音おんとして「ケツ」「ヨウ」がある。また、漢和辞典の部首でもあり、「おおがい」や「いちのかい」と呼ばれる。「いちのかい」はその字体を分解した「一ノ貝」から。 ページという語が使われたのは明治以降で、明治初めの辞書には「紙一枚の半面」とか「半葉はんまい」といった説明が付けられている。ページの書き方は、明治前半は片仮名「ページ」で、漢字の「頁」は明治後半から増えてきたらしい。 ページに「頁」の字が当てられたのは、中国音で「頁」と「葉」とが同じ音であり、中国で使っていたのを借用したという説が有力。「葉」は、紙の枚数を数えるときに使われ、「数葉の小冊子」などと使う。 なお、現代表記としては、「ページ」は外来語なので、やはり片仮名で書くのが望ましい。 (武庫川女子大教授・佐竹秀雄)
2003年05月11日
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「この辺(岐阜・奥美濃・白鳥町)では《頁(ページ)》のことを《ペーシ》って言うんだよ。」と娘が言う。「えーっ! なんか、なまっているんじゃないの?」というと、「イヤー。1人や2人じゃないんだよ。PTAの会合なんかでも先生が使っているんだよ。」娘の旦那さんは岐阜市の出身であるが、《ページ》と言う。「そう言えば、《ペーシ》って言う人がおるねー。この辺りの方言なんだろうか。」インターネットでちょっと調べてみると、桐谷さんという方が、名古屋では教科書の何ページと言うときに、《ページ》の《ジ》が清音化して《ペーシ》と発音される、と書いておられる。若い人達にも使われていて、方言の根強さが感じられる、と言われる。してみると、名古屋近辺の方言なのか。と思ったら、徳島の方も同じようなことを書いていらっしゃる。徳島だけでなく、四国の大学生の研究レポートにも書かれている。私は、数ヶ月白鳥にいるが、一度も《ペーシ》と言うのを聞いたことがない。東京、千葉に居たときは勿論聞いたことがない。昔4年間ぐらい京都に住んだこともあるが、《ペーシ》とは聞かなかった。大阪人の友達もいるが、聞いたことはない。《ページ》と《ペーシ》、全国の方々に伺いたい。 wrote:
2003年05月10日
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娘が少し遠出したので、1才半のチビちゃんをベビーカーに乗せて、ストロービンにお茶を入れて出掛けた。彼はボールが好きで、ベビーカーの中でもしっかり抱えている。図書館に行こうかと思ったが、折角の爽やかな天気なので、途中の公園で下ろした。寒い時は、家の中か周りで遊んでいただけだったので、公園遊びにあまり慣れていない。2人のお姉ちゃん(学校と保育園)がいないからかも知れない。公園の側を通る電車を見た。長良川鉄道。一両。でも、すぐ側で見たので満足らしい。帰りがけに、遠回りをして長良川の土手道を通った。日ざしは強く、風はちょっと涼しい。通りの脇にある桜の葉はすっかり黄緑だ。土手には黄色やピンクの草花が咲き競っている。川はあるところでは緩やかに、あるところでは急激に流れていて、飽きない。白セキレイが、軽やかに飛び、その背景に山の緑が美しい。ふと気が付くと、チビちゃんは眠っていた。 wrote:
2003年05月09日
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また映画のこと。庭師の話「グリーンフィンガーズ」を観た。刑務所の囚人たちがガーデニングをすることによって、更生して行く話である。他人の命も、場合によっては自分の命も粗末に扱ってきた者たちが、草花の世話をし、育てることによって、命の大切さが分かってくる。主演はクライヴ・オーウェンという俳優でなかなか良いが、それ以上に刑務所長がとても良かった。名前は知らないが、よく悪役で出演している人だ。それに、これはイギリスのガーデニングの話だが、どこかの国の、例えば“何何協会”のお偉方の権威の振り回し方、愚かしさを見ているようで面白かった。庭師とは行かなくても、世界中の人々が園芸を好きになり、力を入れるようになったら、きっと平和になるだろうに。 wrote:
2003年05月08日
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朝から雨だ。 昨日まで五月晴れだったのに。10日前までの雨と違って暑くて重苦しい。日本って、どうして丁度良い季節が短いのかな。暑いか、寒いか、蒸すか・・・もう夏かな?と思うと、梅雨になり、梅雨寒とかで、肌寒い時もあるし・・・気候が体調を壊すというのは、まず、気候は気持を変化させ、気持が体調に影響を及ぼすのかも知れない。そう思わざるを得ないような今日の天候だ。 wrote:
2003年05月07日
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私の信条として、身の回りの物を増やさずに、スリムに行くこと、があります。(身体はちっともスリムではないが)昔から買い物が好きではなかったので「今日のお買い物」というテーマには不適当かもしれません。が、先日荘川桜を見に行ったとき、道の駅で思わず衝動買いをしてしまったことを告白します。それは“桐下駄”です。まず気に入ったのは、大きいこと。従来の下駄は、細身で、鼻緒がキツく、慣れるまで随分時間がかかりました。桐が無垢ではなく、焦げ茶に焼きが入っているのも、洋服にも合う感じでした。形もサンダルっぽく、かかとの方が高くなっています。底にはゴムが張ってあります。鼻緒は羽二重で、江戸振りというようで、アクセントになっています。この桐下駄を履いて、ケアンズの街を闊歩してみたいものです。ちなみに値段は大枚2500円+消費税。サンダル靴の7分の1ということは、高くはないのかしら。
2003年05月06日
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「不機嫌な赤いバラ」という映画を見た。TVを付けたら、丁度始まるところで、どんなストーリーかも分からず、ちょっと見てみようと思っただけである。主演がシャーリー・マクレーン、ニコラス・ケージとあった。シャーリー・マクレーンは好きなので、どんなステキなおばさまになったかな、あの2枚目か3枚目か分からぬ、ちょっとにやけたニコラス・ケージはどんな役かな、と興味があった。結果、思わぬ拾いものの映画だった。元大統領夫人のシャーリー・マクレーンを警備するチームの一員がニコラス・ケージである。元大統領夫人・シャーリーは、貫禄があり、ハッキリしていて、我が儘で、可愛らしい。それに対するニコラス・ケージは、絶対規則を曲げない頑固者である。2人とも譲らず、四六時中ケンカをするのだが、本当は相手を気に入っているのである。そうこうする内に事件が起こり、結局はニコラス・ケージが解決しハッピーエンドになる。分かり易く、お薦めである。 wrote:
2003年05月05日
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何と優しい娘たちだろう!私が、先月から荘川桜に憧れているのを分かってくれていたんだ!私が、バスの便を調べ、時々荘川村の観光協会に電話を掛けていたのを知っていたんだ。というわけで、連れて行ってもらった。2本の荘川桜。400年以上の大木である。みぼろダム建設で、村とともに照蓮寺も水没することになった。境内の桜があまりに立派なものだったので、移植してみようということになったのだそうだ。その結果、奇跡的に桜は蘇り、みごとな花を咲かせるようになったそうである。荘川桜、満開だった。が、今年は花芽の少ない年である、という。巨木の移植というのは、矢張りかなりのダメージを受けるに違いない。少々寂しげな満開風景である。が、それでも巨樹・荘川桜の風格は充分であった。 wrote:
2003年05月04日
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今年のゴールデンウィークは暦通りなので、前半は飛び石連休、後半は3連休で、何のことはない通常の休日ではないか。といっても、それは通常勤務の人達にとってのことである。この社会には、休日だから忙しい人も多勢いるし、休日に関係なく働かねばならぬ人も沢山いる。反対に、私のようにゴールデンウィークも土・日も関係なく、年中休日の者もいる。私は旅行はあまりしたことがないのだが、この頃になって、実は嫌いではないのかも知れない、好きなのかも知れない、と思い始めた。子供が小さい頃は、夫が出張続きで、まるで母子家庭のように育児をし、仕事もしていたから、長年旅行どころではなかった。また旅行したいなどと思ってもいなかった。旅行をしたいと思うようになった時には連れは亡し、とは可哀相なふうちゃんである。ので、今後はどうしても一人旅にならざるを得ない。その第一の原則・・・混む時期・場所を選ばないこと。ケアンズからお呼びも掛かったことだし、またそろそろ計画を立てることにしようか。 wrote:
2003年05月03日
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昨晩から咳が出て鼻水が出る。熱はないが、調子が良くない。娘が「今日は一日寝ていた方が良いよ。」という。その言葉に甘えて、横になっていることにする。孫たちも咳も鼻も出ているのに、学校や保育園に行っている。強いものだ。娘が「梅しょう番茶」を作ってくれた。作り方は生姜を一かけ摺って、梅肉を一匙、醤油を一匙、湯飲みに入れ、熱い番茶を注ぐ。風邪の時には劇的に効くと思っている。それにしても、人間何処か一ヶ所具合が悪くても、やる気が無くなるものなのだなと思う。パソコンも一度はつないだものの、他の人が書いたものをボンヤリと眺めているだけである。横になって読書をしようと思っても、すぐに疲れてしまう。それに比べて、私の夫は、気力があったな、と思う。亡くなる2週間前に、自分が受けた腸閉塞治療の模様を半紙に描いたのである。その治療法は、鼻の穴からイレウス管という管を、腸の詰まった場所まで挿入し、空気を送って治すものである。イレウス管を通す痛さは「並みじゃあない」そうだ。耳鼻科でBスポット治療(全国で10ヶ所ぐらいがおこなっている)を受けたことのある人はその痛さが解るのだが、拷問の痛みに順位があるなら、上位に位置するだろうとおもう。耳鼻科の場合の痛みは秒単位で済むのだが、その痛みが、感じとして永遠に、1時間ぐらい続いたそうだ。3人の医者が担当して、夫は顔の横に置いてあるモニターをずっと視ていた。その模様を描いたのである。 wrote:
2003年05月02日
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朝6時半に兄夫婦から電話が入った。兄からの電話はいつも朝早い。先日送った荘川桜の絵はがきへの挨拶というところか。お互い、家族が元気であることを確かめた。お互いが癌患者であったことから、その近況を述べあって、現在は無事であることを喜びあった。「身体に気を付けてね。」と、言い交わして電話を切った。いつも不思議に思う。「身体に気を付ける。」って、どうすればよいのだろう。お酒を飲むわけでもないし、タバコを吸うわけでもないし。要するに、いつも通りに生活する以外にないのではないか。 wrote:
2003年05月01日
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