Laub🍃

Laub🍃

2017.07.16
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カテゴリ: 🌾7種2次裏
※えぐい、バッドエンドorメリバ、胸糞なタイムスリップもの

※目的→キャラの感情の葛藤
 本編・外伝での不明部分・未消化部分考察

※原作IF二次創作小説にあたるため、台詞、施設時代シーン描写、未来編シーン描写をお借りする部分がございます
※キャラの性格が若干変化しています
※基本NL(嵐花・蝉ナツ・鷹あゆ・角ひばなど)
 +BL気味(茂と安居、涼と安居)
※施設設定捏造過多


┏━━━━━━┓

つづきから┃
┗━━━━━━┛





**************** ************************************** 簡易版




・タイムスリップ前は船組がシェルター巡りor外国帰り中で丁度離れている時期
  ・なので不思議な再会を祝いつつ行方知れずの夏Aを探している内にどこか聞き覚えのある音楽が風に運ばれてくる

・その音の源に居たのは、眼鏡の軽く髪を後ろに流した冷静そうな少年

「……あなた達は?」
「……」
(なんかこの人……百舌さんに似てる…?)

・タイムスリップ先は夏A施設・10歳時代

**********









・よく分からないまま要先輩に未来であったこと(個人名は伏せたまま)を説明した所、要先輩はじきに例の無表情笑顔で混合の人々を見学だけさせる



***********

*0 青田嵐視点概要


実の所。
俺達がこの時代にやって来るのは1度目じゃない。
2度目だ。

けれど、前の時は殆ど何も分からなかった。
往生際の悪い根性あるマスコミとして聞き込みをしたものの、追い返されそうになり、なんとか色々言い募っても結局どこかの宿に連れていかれ気付いたら意識を失っていた。

ありゃあ殺されたな、なんて蝉丸と秋ヲさんが目覚めた当初に言うものだから、俺達は茫然とするしかなかった。

「めーちゃん…」
「…百舌さん、この頃から……」

震える花を抱き締めて落ち着かせる。

幼い頃の安居や涼達を見ることもできたけど、殆ど土に塗れて畑を弄っている様子や、命綱を着けての崖登りを一瞥するくらいだった。

小さい子供たちは100人以上いるらしくて、わやわやしていて最初はだれがだれだかも分らなかった。可愛かった。

「この子達がああなってしまうなんて…」

くるみさんが不安そうに、不憫そうに呟いた。

「小瑠璃明るいな…」
「安居もちょっと怒りっぽいけど優しいね」
「…やめろよ…小瑠璃が言ったこと思い出すだろ」

日がな一日場所を共有して生活するということ。
未来でのそれを、彼らは当たり前のように実行していた。

会話に参加しないけれど、百舌さんは時々彼らの会話を聴いて噴き出していた。

「ねえ要先輩!」

百舌さんはその空間で、小さな神様のように尊敬されて、お伺いを立てられていた。

「うわー!卯浪が来たぞー!」
「逃げろー!!!」

いたずら真っ最中の子供達が走り回っては小瑠璃さんやあゆさん達に馬鹿ねえ、という目で見られていた。
平和、とてつもなく平和な世界がそこにはあった。

秋ヲさんが「温室じゃねえか」なんて言っているのを、俺や蝉丸は注意することもできず。

最後のブラックアウトだけがどことなく不吉だったけど、それだけだった。

どうしてもというなら何人かにはお帰り頂きますと言われて、何人かだけが残った結果がそれだからどうしようもない。







***********









・一周目終了





・二周目開始



※ダイジェスト風箇条書きメモ

1周目(なし)
2周目(安居回/嵐視点/十六夜参加)
3周目(源五郎回/鷹視点/犬吹雪・犬美鶴参加)



4周目(卯浪回/花視点/柳参加)
5周目(小瑠璃回/ちまき視点/美鶴参加)
6周目(あゆ回/ナツ視点/吹雪参加)
7周目(鷭回/茜視点/睦月参加)
8周目(虹子回/葉月視点/熊川参加)
9周目(涼回/蝉丸視点/親犬参加?)








・嵐視点



・今度は安居だけ記憶保持している

・距離が近い夏Aに対しとても嬉しいが少し複雑な安居
・涼との距離感を間違い周囲に唖然とされる安居
・普段から幻覚と悪夢見まくってるせいで幻覚じゃないかと疑いまくりノイローゼ
・先生として入ってきた種達を見て 目を見開き、螢ちゃんあたりに気付かれる
卒倒し全員に気付かれる

※※二周目小説※※
01→
02→
03→
※※※※※※※※※




以下おおまかな構想




・※二周目からは「臨時教員」として任命される混合s

・暗躍する総理の身内・祖父や父達の家業を継ぐ身として、ある程度「コネ」がある相手を知っている要先輩が混合達の自己紹介・外見的特徴から、「夏A以外の種である」という言葉に、嘘は言っていないだろうと考えた結果
 SF展開でも現実のものと受け入れ、利用しようとする

・夏Aがよりよく育つように、未来を知っている人達に影響を受けるように

・ただし夏Bに対してはやや懐疑的


・混合達の中でサバイバル・スポーツ得意組はサバイバル関係を教えることに
 他は語学教師と同じ立ち位置

混合組は

・安居は嵐に水泳関係で懐く、やたら競争したがる
・源五郎は新巻さんに動物関係で懐く
・小瑠璃はハルに空気の振動関係で懐く

と夏Aと仲良くなったり

・ナツと茂
・まつりとあかざ
・のばら・繭とくるみ・茜
・苅田と医療クラスの残った子

と、未来では脱落していた子達と仲良くなったりする

・よく分からないまま指導し、よくわからないままそこそこ仲良くなり、よく分からないままのばらたちが脱落していくのを見守り、よく分からないまま最終試験前に蚊帳の外に置かれる混合

・前周のクリアボーナスよろしく十六夜さん復活合流


*******


安居「のばらを助けられないか」
嵐「……え?」


・嵐の「逃げられなかったんですか」を思い出し、どうにか「逃げる手はないか」「逃がす手はないか」と模索しようとする安居
・場合によっては秋ヲの裏道知識・朔也の法律知識・蝉丸の繁華街話などにも縋ろうとする

・助けられない

・諦める

安居「…覚悟はしてた」

・それでも茂は助けたい安居


安居「……小瑠璃だったら、繭を助けようとするのかもな」


・タイムスリップ陣とよく話すが、代わりに茂と顔を合わせることが減る安居
→・修羅場orもだもだしたまま


・最終試験で見守る側に行こうとする混合達だったが、要先輩に止められる


・次の周がもしもあるなら、その時は最終試験で見守る側になれるようにしようと話す混合たち

・花札について違う解釈をし、「山には上るべき」だが「虎穴に入るべきではない」とする安居









・しかし全てが終わって、やはり7人だけ残っている

 火と水では涼と茂が残っていた

・遠目で少しだけその様子を見た種のうちの誰か(苅田あたり)、どうにかできないかと思うようになる

*******






二周目がやってきたとき、俺達は戸惑いながら、今度は警戒されないようにしようと計画を立て、夜中に少人数で近づくことにした。

そこではうまくいった。

だから、こんなハプニングが起こるとは思ってもみなかった。


「…安居!?」

俺達を紹介する朝会で倒れた安居の所に、見舞いに行ったら信じられないものを見るような目で見られた。

「…なんで…お前たち…ここに……」
「…………安居くん、記憶があるんですか?」
「…え…ああ……」

 幻覚じゃないのか、と小さく呟く安居に、蝉丸が顔をしかめる。






安居が記憶を保持していることは不安な一方でありがたくもあった。
これが幻覚なのかどうか散々に悩み倒した安居を見ていると、やっぱりこれ、幻覚じゃないよなあと確信を持つこともできた。


確認の必要がないということ、二度手間でないこと、やらなくていいことをやらなくていいのは大事だ。
着実に積みあがっていく感覚が俺は好きだから、計画を立ててその通りに実行してきた。
前日に達成したものを見て微笑むのが好きだった。



ミスはやり直すものじゃなくて、取り返すものだ。
やるんなら、もしこうだったらと考えるなら、叶わない過去の仮定でなく未来のシミュレーションを。
安居も、そういうタイプだと思っていた。真面目で融通が利かなくて、時折現れる不測があればそれも計画に組み込む。
当たり前だ。
やり直せるより、やり直す必要がない方がずっといい。



「…俺だけだと思ってた」
「俺達も、夏Aの中に記憶を持ってる人が居るなんて思わなかった」
「…未来で俺が人を殺したり、傷付けたことを話したのか?要さんに」
「……いや、話してないよ」

 話してどうなる。
 普通の人がおかしくなる世界を糾弾する為に話したとしても、それじゃあ他の夏Aはどうなのかという話に行きつくだけだろう。
 他の夏A…涼はこの際考えから除くとして…彼らは卯浪以外を殺さなかった。
 だけど、安居の立場や経験と他の夏Aは違う。
 そして、どうしようもなく、安居がリーダーとして全てを負っていたせいとか、それともその真っ直ぐな気質があの異常と相性が悪かった、という理由もあるだろう。
 …そういったことを考慮せず、また安居が俺達を助けたことを聞きもせず、未来で暴走した要さんを見た後だと言うわけにはいかない。

「……お前が、…失敗作として、『始末』されかねないんだろ?」

 そう言うと安居はほっとした様子を見せ、だけど直後顔を引き締めた。

「…後ろめたいのかな、俺は」
「……」

 今現在は、安居が何もしていない時間軸だ。
 人を殺しても、傷付けてもいない。
 だけど、心は何かをした後のそれだ。

「お前には俺を理解できないだろうし、俺もお前を理解できない」
「だけど、目的は近いと思う」

 そう言うと、安居はやっと不安を吐露してくれた。
 毎日、毎日、恐怖と殺意がふとした瞬間に過っていたという。

 だからこそ夢だと思いたかった、心まで子供の頃のように無邪気に帰りたかったと、それを俺達の存在がぶち壊してしまったと言う。

「……だけど、…そうしないと駄目なくらい、弱ってたのかもな」
「お前たちは現実だ。…だけど、力でもあるんだ、きっと」

 呟いて、安居は俺達をじっと見た。


 その目に走る閃光は、背後の窓から見える飛行機雲と同じ色をしていた。


*1-13



青く空虚で広い空。山脈に縁どられた空を、渡り鳥が群れをなして飛んでいく。
安居は癖のように、今日も太陽を見上げている。


「俺は、やり直しで変わってると思うか?」
「俺達は…育て直されることが出来るのか?」


大人になったら自由だ。何物にも制限されない、縛られない。
だけど自分で責任を取らなくちゃいけない。
自分が生きるという目的に、自分が立つ立場に、自分の限られた時間や才能に縛られる。


大人に殺されない代わりに、自分と違う生き方をした同年代と、過去の夢いっぱいの時分に殺される。


「もしも本当にやり直せるなら、今度こそあいつらを助けられる力がほしい」



「ああ…でも、あいつらには、出来るだけ事情を話さないでことを進めたいな」

「特に茂には」

「だってあいつは優しいし、諦め癖があるから」

「生き残ってどこかに「逃げる」為、何かしら他人の犠牲が必要なら、『行けないと思う』ってまた言うかもしれない」

安居はダイを撫でながら呟く。
ふかふかした毛玉を撫でて落ち着く気持ちは、ナツにもよく分かる。

「…あいつはそういう奴なんだよ」
「だけど、そういう茂だから、ずっと一緒に居たかった」
「……未来に行けるのは、俺みたいに他者を切り捨てられる奴か、小瑠璃みたいに沢山の仲間が命を懸けても守りたいって思う奴だけだった」

「…安居くんもそうじゃないですか」

「は?」

「安居くんも、茂さんに、命を懸けても守りたいって思われたんですよね」

「……」

「……洞窟での蝉丸さんの言葉と、涼さんの話を借りますが、そう思われることも『人の価値』ですよね……
 それじゃ、駄目なんですか」

「……いや、駄目じゃない」
「駄目じゃない……」
「ありがとう、ナツ」

「…はい」

「……とはいっても、俺も、送り出す……いや、未来に引きずってでも連れていく側になりたいんだけどな」
「もう茂に守られるのが嫌なわけじゃないけど、それでも、今生きてる茂が、いつか犠牲になるだなんて考えたくないんだ」



「だから…俺は、火を、捨てる」


*1-14

未来の世界で迷った時、前に誰かが残していった標を見た俺達みたいに、幼い安居の目は輝いていて、そして切実だった。

「……なあ、……」

「のばらを助けられないか?」

安居達が抱えながら、安居達の知らなかった秘密を、こんな形で知るなんて思わなかった。
もしもタイムスリップしなければ、そしてやり直せるだなどと思わなければこんな機会はもしかしたらなかったのかもしれない。
 声変わりの最中、やや引きつれた声で安居は呻くようにこぼす。

「今から一年後、のばらは視力が低下して殺される」
「殺されて、家畜の臓物とぐしゃぐしゃに混ぜられて、植物の肥料や動物の餌にされる」

 龍宮の日記が頭を過る。
 花も確か読んでいたな、花がこれをきいたらどうするんだろう、ああでも貴士先生とは多分関係ないだろうからいいのか、でもあちらとも貴士先生は関わっている。


「……どうしてそれを知ってるんですか」
「…俺が15の時、卯浪を殴って、懲罰房の『赤い部屋』って所に入れられたんだ。そこで見た」

「…先生達にとっては、俺達も家畜も同じだ。自分の都合で育てて、不都合だから殺せる」

血を吐くような独白だった。
どうして卯浪を殴ったのかだとかいうことより、その事実の方が気になった。

「…じゃあ、皆で立ち向かえばいいじゃないか」
「そんなの、皆殺される。……万が一逃げ出せても、そこからどこに行けばいい?俺達に逃げる家なんてないのに」

だから、もし、もし本当に大丈夫なら、家を用意してほしい、と安居はつぶやいた。
俺は何も返せなかった。


「……これで本当に未来が変わるのなら、十六夜の為にも助けておきたいところだけどね」

未来では死んでいる筈の十六夜さん。……この時間軸だからこそ、蘇った十六夜さん。

吹雪さんや美鶴さんだってもしかしたら蘇ってくれるかもしれない。

それに。もしも世界を、今の時点から変えられるなら、彼らだって様々な方法で助けられるかもしれない。
その実証として、まず安居達を助けてみるかと秋のチームや、新巻さんを気遣ったちささんたちは言っていた。


「もしも助けられないなら……」

その続きを新巻さんは言わなかった。
だけど、誰もがその先を、出来る事ならずっとここで、と続くと思っていただろう。


*1-15


俺はどうして今、目を反らしたんだろう。





俺を救い、裁いてくれるのは花だけだ。
だから、花が大丈夫と言ってくれるなら、花が抱きしめてくれるなら、俺は大丈夫なんだ。


*************************

「……どうしてだろうな、嵐」
「縄で縛られても、脅されてもないのに、今、ここを出ようと思えないんだ」




「そうだよ、嵐くん」
「僕達は彼らを監禁していない。脅迫していない、縄で縛りつけてもいない」
「外に脱出したいなら脱出してもいい」
「彼等は自分の意志でここに居る」

「ただ未来に行く権利を喪失することを恐れて」

「そんなの……あなた達が勝手に与えた未来じゃないですか」
「勘違いしてもらっては困るな」

「産まれてから未来に行けるようになった君達と違って、彼らは未来に行く為に産まれたんだ」

「それ以外に選択肢なんてないんだよ」





やりたくないことをやらなくて済む人間。
やりたいことだけしていていい人間。
彼等が存在する限り……
やりたくないことをやる人間は存在する。
 夏のAチームは、他のチームがやりたくないことをやれる人間としてきっと育てられた。
 さて、その『やりたくないこと』をどうやってやるか。
 嫌でも何でも、やれる能力を身に着けるか。
 それとも……嫌だと感じる能力を失うか。

 未来で問題を起こした彼らは後者を選択してしまったのかもしれない。

 『やりたくないこと』を無理にやれるようにしたから、『やりたくない』『すべきじゃない』と思う回路が壊れてしまったのかもしれない。




何年も前のこと。百舌戸家のある人物は決断を迫られた。
『バカげた提案』すなわち、7SEEDS計画について出資を募りたいのならば覚悟を見せろ、というものだった。

犠牲をどれだけ捻り出せるか。
出来る限り金を節約しているか。
本当に育てた子供達が未来で活躍できるのか。


そうしたデモンストレーションの一環として、『施設』の子供達の、7人以外の運命は決まった。

彼等は、薬で眠らされミキサーで粉砕されて死ぬか、火事土砂災害に巻き込まれて死ぬか、文明の滅びた未来と酷似した、助けの来ない山中でもがき死ぬことになる。

なお、彼等の死にざまを録画した映像は、今後の7SEEDS計画で冷凍睡眠が解除される条件、種達の入ったシェルが浮上する条件、仏像シェルターや、龍宮のような住居型シェルターや、佐渡の施設などに組み込むシステム・ゾーニング・備蓄する内容などに活かされる。


何一つ無駄のないように。

百舌戸要はその意志を受け継いだ。
百舌戸要はその遺志を使命とする。







源五郎という少年は、10歳の時はとても大人しい少年だった。
理不尽に当たられても、放っておかれても、何をされてもにこにこと穏やかに笑っている少年。
その為彼はひそかに人気を集めていた。特に激しい気性の者ほど、彼に穏やかに諫められた時、素直に従う傾向を見せていた。

しかし彼はどこか人に対し距離があり、また彼の穏やかさゆえに底知れない印象を抱く者も居た。

13歳以降、動物達に傾倒していく源五郎は更にそうした特性を強めていった。

安居のように、悪気はなくとも人に強く当たってしまう傾向を持つ少年は、素直に源五郎を信頼し、一方で涼のようにどこか捻くれた、他人の反応を楽しむ傾向を持つ少年は、あまり個人的に関わろうとはしないのだった。

13歳以降、クラス選択によって特性を強めたのはあゆも同じ。
ただし、生き物を食べ物にする過程が主であった源五郎に対して、あゆは食べ物から更に変化したもの、つまりは排泄物から生き物へと循環していく過程を担当していた。

その美しい顔とは裏腹に、彼女はよく堆肥の臭いを纏わせていた。勿論屋内、特に食堂や寝床といった場所には臭気を持ち込まないよう気を付けてはいたし、面白半分、あるいは無神経に揶揄する者が要れば機知のきいた返しをしてはいた。ゆえに彼女はマドンナだった。
だがしかしあゆは、一部の女子にはそうした能含め気に食わない存在として扱われていた。

さて、この傾向は、安居がタイムスリップしてやってきたこの世界でも同様に観察された。

そして安居は、未来での彼らとの分裂時の記憶を有していた。何度も彼らには制止をされた。忠告をされた。
それなのに未来で安居は憎悪と面影の投影をやめることができずに、怒り散らしがなり立て続けた。
ゆえに安居は、少し後ろめたい思いを抱えても居た。

彼らと深くかかわることを昔の自身に否定されるような気がした。

声がする。あの洞窟の時のように、安居にだけ聞こえる声がする。

『何をやってるんだ』

その正体は例外なく歪む前の安居の声だ。精神状態が悪かったり、碌に眠れていなかったり、視界が極度に悪い時など実像まで見えて来る。一点の白もない、漆黒の髪を持つ昔の安居が、植え付けられた異常の芽を摘めなかった未来の安居を責め立てる。

最終試験まであと幾許もない。生涯後悔することになるあの真っ白な季節が廻って来る。

同じ交友関係を繰り返していたら、同じ無残な結果がまた訪れてしまう。

既に歪んでしまった今の安居からでは、彼らに今以上に歪んだ道を繋げてしまうかもしれない。

それは防がなければならない。

そうした強迫観念から安居は、要の開催する勉強会や、その呼び出しの時以外は彼らとあまり深く関わることが出来なかった。


それでも尊敬の情と、親愛の情は変わらず抱いていた。

かつて未来を見た安居と、未だ未来を知らない源五郎、あゆは、安居の記憶にあるような、子どもらしい楽し気な関係こそ築けなかったが、少しずつ穏やかな関係を育んでいくことはできた。

源五郎と、未来の動物に触れながら話したり、あゆがいじめられていることについて、牡丹に相談したりしていく中、安居の中にあるわだかまりは少しずつ昇華されていった。





「茂、勉強会に行くか」
「うん!」

茂さんがトップ賞を取った。

安居と涼はよくトップ賞を争っている。
小瑠璃さんは次点が多く、トップもたまに取っている。
安居が警戒している鵜飼くんはたまに3位を取っている。
安居の言うあゆさんや源五郎くんのトップ賞は13歳の頃達成された。

この分だと鷭は17の時トップ賞を取ると安居は言っていた。

「……そういえば茂、お前最近背伸びてきたな」
「え、そう?周りが背高い人ばっかりだから、僕なんてまだまだだよ」
「そうか?……筋肉もついてきた気がするし」
「先生も手加減なしだからなあ…
 あ、でも、おかげで僕、安居の身長越えられるかも!」
「それは無理だ」
「そんなあ」

まだまだ成長期らしい和やかな会話がそこにあった。





安居は涼を見やる。その視線は涼のそれより2cmほど低い。

「……なんか俺、記憶にあるより背が低い気がする。
 火のクラスだと骨とか筋肉によく負荷かかってたから、そのせいかもしれない」
「じゃあ試験で不利になるんじゃねえのか?」
「いや、別に。むしろある程度サイズが定まってくれた方が、身体を基準に飛行模型造りやすい」
「その分だと身長が停滞してる小瑠璃なんて飛行模型が大得意ということになるが」
「小瑠璃は飛ぶのがうまいからな。それでチャラだ」

 丁度窓の外を、自主練で飛んでいる小瑠璃が横切っていく。
 まるで羽が生えたかのように自由に、気持ちよさそうに。

「噂をすれば」

 笑う安居に、涼は思う。
 もし飛ぶことがもっと上手くできたら、滅ぶ前の外の世界を見られるんじゃないかと。


 涼達には、滅んだ後にしか外に出る術はないのだから。






 さて、何にしても、涼達はここを生きて出なければならない。
 生きて出なければ、未来のことなど知る意味はないし、今現在習っている英語、中国語、スペイン語も特に用をなさないままになってしまう。
 勿論虚しさを抱えたり、喪ったものを悔やむにしても、『喪う側』になっていないといけない。『喪われる側』になってはそもそも元も子もない。
 そんな、今現在の涼達にとって最も大事なのは、最終試験とそこに至る振り落としだ。

 それなのに涼は、何をもって未来に行くメンバーが狂気に至るのか、最終試験で何があったのかを未だ多く聞けなかった。

 未来の美しさ、安居達の軌跡の中でもとびきりわくわくするものばかりを訊く様子に、安居がふとこぼした。

「なんか、あゆみたいだな、涼」
「……まさか、例の【そいつ】とやらはあゆなのか?」
「ぶっ……違、いや、そういうことじゃなくて…
 あゆは、未来を美しい、綺麗な世界っていつだか表現してたから。
 今、ここにある過去から持ってきたしがらみとか、未練とか、そういうものじゃなくて先を見てる様子が重なったんだ」
「……そうかよ」
「そうだ、先を見ると言えば。
 未来の世界では夕焼けや朝焼けの色が違って見えるんだ。それは何でかって言うと……」

涼にとって先を見る瞳は、こうした未来の様子を語る安居のまなこの中にあった。

秘密を漏らしてから安居が語ったのも、涼がせがんだのも、未来の美しくも残酷な世界のことが多かった。

安居はそれを後ろめたいからだと語ったが、涼には、要の想定する『送り出したい世界』がまさしく安居の語るそれだからこそ堰を切ったようにそればかり語るのだろうと考えられた。

そして、その前を向いて様々な困難を【そいつ】ら、また最後のチームと克服していく様子こそが、安居らしいと涼には思えた。

一方で。

安居の語るもう一つの安居像、つまり過去のしがらみや未練やそこに起因する憎悪に囚われて人を傷付け続ける彼を、未来の安居と認めるのにはかなりの時間が必要となった。

主観的にはかなりの、客観的には2年以上の時間だ。

彼――『鈴木』安居の所業を認め、それでも安居という存在の要綱を捉え続けるには、たかが13年ほどしか生きていない現在の涼には、あまりに容量が足りず、自分の中の何か大事なものが壊れてしまいそうな気もした。

大事なもの。普段社会性が欠如しているように振舞う涼でさえ、他者と関わり、また自身を客観視する為に要していて、また育てている何か。

狂わせてはいけない。
だが、未来の、全てに翻弄されている安居についていくには……

元はストッパー役であっただろう、鈴木安居の相棒の【そいつ】のように、狂わざるを得ない。


 *

「安居、涼、同点だ」

卯浪先生の声と、貴士先生の拍手が虚しく木霊する。

猛獣も兎も武器を持った大人も幼気な子供も全ての的が穴開きとなった。

「さすが優等生だな。躊躇ナシ」
「……躊躇してたら、生き残れないんだろ」

安居の返しへ意外そうに涼は目を見開く。

「……ああ、でも、これじゃあ、あそこへは行けないな…」
「……あそこ?」
「…お前には関係ない」
「あ!?」

 あそこ。涼は、安居が隠しているそれに、安居が狂った原因の一つがあるとなんとなく思っていた。

 しかし、安居の頑なな様子に、訊き出すことができなかった。





もしもこの世界に神様が居るのなら、夏A、とりわけ安居はよほど神に嫌われているか、歪に愛されているに違いない。


火のクラスで一緒になる茂と、涼はたまに話すようになっていた。
未来の【そいつ】かもしれない相手。…ポテンシャルの底知れない相手だ。


「……安居と最近何か話してる?」
「……”未来”の話を色々とな。未来はどんな世界なのか、どんな天候なのか、どんな移動手段で生きていくのか、未知の生物はどう進化してるのか、とか」
「……具体的な話が多いね」
「未来はどんな風になってるのかを予測するのは大事だからな。
 ……お前も、安居にその話題持ちかけてみたらどうだ」
「安居は、僕には肝心の事、話してくれないし……頼ってくれないから。僕は安居が教えてくれることを聴くばかりになるだろうな。粗を突っ込んだり、細かい部分について拘ってディスカッションするのには向いてないと思う」
「そうやってはなから諦めてるからだろうが」
「……」

突風が吹く。

「……あ、安居だ」
「おい、スルーすんな」

青空の中を、鳥のように風クラスが飛んでいく。
不慣れなうちは途中でぶつかるからと、一人一人別々な場所、タイミングでの飛行を義務づけられているらしい。

安居は突風の中、先頭の風を切っていく。
太陽に近づき、逆行でシルエットしか見えなくなる。

「……凄いなあ、ほんと……あっ」
「言った傍から体勢崩したな」
「今の突風が吹かなければ」
「急なアクシデントへの対処も能力の内だろ。…ほら、くりくり坊主はむしろその風に乗ってみせたぜ」
「小瑠璃は別格だから……って、あああああ……」

 陰は旋回し、地面に叩きつけられる。

「大怪我が多いクラスは、火と風と動物らしいな」
「あああああ……」

代わりに水、土、医療、植物クラスでは他者からの感染や中毒が多い。

「医療クラスの出番だ」





 その後、落ちることに関して安居以上に茂は過敏になるのだった。




あの底冷えする目を思い出す。
そして刺々しくはない、けれど白々しく、空虚で、傲慢で、どうしようもなく高い所に居る声。

「君はそういうことを言える立場なのかい?って言われたんだ」
「予算を取る人でも、勿論与える人でも、子供を送る先のコネや記憶処理のほどよい暗示手順を有しているわけでもない」
「……余所者は口出しするな、ってことかよ」
「いろんなことを、長年、見て、調べて、考え続けた結果がこれだから……最近はいった奴の発言なんて、軽すぎるって。……それで何か問題が起きたらどうするんだ、って……」


精いっぱいやった、何に問題があった、と言えるならよかったんだろう。
出来たかもしれないことがあまりに多すぎては、何を言えばいいかもわからない。

俺の中途半端な正義感は、ここではちっぽけ過ぎた。

かつての安居がどうやって歪んだのか。
かつての安居がどれだけあがいたのか。
そんな安居に俺は何を言ったのか。


「ごめん、花、ナツ、蝉丸…一人にしてほしい」


まざまざと実感させられるようで、俺は一人吐いた。

無知は、強い。……無自覚は、最強の盾と矛になる。

だからこそ罪深い。




もう、何もかもが手遅れだ。
それでも安居の目は死んでなかった。

「………分からない、けど、俺は…もう一度、のばらに会いに行かなくちゃいけない」

「…弔いか?」

「違う。…小瑠璃に、本当の事を教える為に、確認しなくちゃ」

「でないと、最終試験で小瑠璃のパニックを直せないかもしれない」

「……繭が死んで、パニックで叫んでた。小瑠璃。
 ……獣を呼び寄せるかもしれなかったし、下手すると、崖崩れの余波が来るかもしれなかった…いつ、正気に戻ってくれるかも分からなかった。だから、のばらは外に居なくて、死んでるって言って、あの赤いミサンガを渡したんだ」

「……まさか、死んだのばらちゃんからミサンガを取るってこと……!?」
「本当なら、そんなこと言わないで小瑠璃を正気に戻せればいいと思うけど」

「え、待って待って、…龍宮の、マークみたいな状況で見せられるの?」
「……似たようなもんだ」


綺麗に晴れ渡った空を見上げて、安居はよく通る声で言った。

「……今日、お前らは外に出るか?
 もし出るなら、傘を持って行った方がいい」




安居が卯浪先生を殴ったと聞いたのは、その一日後のことだった。

* 百舌戸要のした所業

赤黒い臭いの奈落。

そこに安居は放り込まれた。
直後どぷっと重い音がして、短い安居の悲鳴が響いた。

「……百舌さん!あんた…あんた……!!」
「…ああ、見ていたんですか」

19歳と24歳では大して目線も変わらない。
俺の剣幕を映した百舌さんの眼鏡の奥、冷え冷えとした目が見えて俺はぞっとした。

「こうすることも、安居の為なんですよ」

その声は優しさで満ちているのに、どこまでも残酷で自己完結的だった。

「……止めないでいてくれると思ったから、連れてきたんですよ。
 絶対に、途中で出さないで下さいね」

 笑顔で怒る涼、泣き顔で怒る安居とは、同じことを話していても、たまに感情がかみ合わない時があった。花のリハビリとして混合村での話を聞いていた時も、確かにこれは同情や共感なんて下手に出来ないよなと思ってしまった。自転車の外れかけたチェーンや、壊れかけた時計のようにそのままともに進んでいたら確実にまずいことになりそうな、そんな歯車の狂い。

 その歯車の狂いを楽にした顔で怒る百舌さんから感じて、ああこの人たちはやはりかつて家族だったのだと実感した。



 その夜はとてつもなく長くて、だけど誰かを説得するにはあまりにも短すぎた。
 俺は、自分を含めて誰を説くこともできなかった。

 ここでは正気と狂気の境目はぐちゃぐちゃで、正義と信念と使命の意味も外とは違った。

 結局、後ろめたいことなど一つもないとでもいうような百舌さんに、何も俺は言えなかった。
 あなたのせいで未来で安居達は狂って、人を殺し、傷付けてしまったんですといっそ言ってしまいたかったけど、当の人生と人格を狂わされた安居が何も言わない内は、部外者の俺がなにか言える筈もなかった。

 ……いや、言い訳だ。

 安居を庇い切れない、百舌さんの考え方や行いを変えられない、それ以上に俺がこれ以上の狂気に耐えられない。

 これ以上関わっていたら正気が分からなくなる。
 部屋に戻った直後俺はしがみつくようにして、花に抱き着いた。
 花は何も言わずに背中を撫でてくれた。

 ……マークとマリアさんも、こんな気持ちで抱き合っていたんだろうか。
 抱き締める相手が居れば、まだ、自分の居場所と、存在の確かさを確認出来るから。

 いつの間にか、未来で見たよりふわふわになっていた花の髪が、ただ温かかった。




 翌朝。

 ……朝焼けの中で安居も、虎の体に顔を埋めて静かに泣いていた。

 俺は、目の前に立ち竦む茂さんと共にそれをただ見ていた。






「……近付きたくなかったんだ、あの先生達の姿になんて」

「居ないと困る、一番風を受ける先頭に立っていないといけない人間で在りたかった。
 居ない方がいい奴を処分した以上、そいつになりたくはなかったし……似ている所があるなんて認めたくもなかった」

「過去の自分に何度も言われた。今のお前は居ない方がいいんだって」

「手が汚くて、消えたくて、だけど生きていたかった。死ぬのは怖かった」

「血に塗れてても、光に包まれてれば、生きてるって実感できたんだ」

水たまりに映る青空は、常と変わらず綺麗で、空虚だった。

一瞬、そこに何か別のものが映った。


「……鳥?」
「え?」
「安居……これ……」
「……え……」

そこには、未来で見たあの奇妙な動物が駆けて、ちょうどここを横切る所だった。

「……嵐…ドラ●もん…とかいうのは、こうした現象について言及していたのか」
「……」

靴の先でちょんとそこを突こうとした時、急に眩暈がして。
足元から何か吸い込まれるような感覚が襲ってきて。

目の前が真っ暗になった。



嵐が突然消えた。
水たまりの前で安居は茫然として、直後追いかけた。

記憶の中で未来の涼がやめろと言っている気がしたが、今の安居の歯止めにはならない。

直後、安居も消失した。

その安居を追って茂が消失し……

その後数名の消失の後、限界を超えたとでも言うかのように、その水たまりの場所に人が吐き出された。


「……やーっと、オーパーツ発見できたと思ったのによ」
「……頭ががんがんする…」
「……え?夜?」
「俺達どうしたんだっけ」

だが、全員の記憶は曖昧で、そうしてその物事は、何でもない日々の何でもない出来事として、徐々に記憶から薄れていく。







「なーんか最近安居ってば、あたしたちを避けてない?」
繭は受かるだろうか。
そう思いながら安居は振り返らずに歩き出した。




「要先輩の愛は深い」
「だけど、だからこそ、俺達との間の溝もどこまでも深い」
「もういいって言うしかないだろう」

「……きっと、お前らが何度、同じ時間に戻っても…」

「要先輩は変えられない」

「俺達が物心つく頃には、とっくに要先輩は…」


生きる為に色々なものを犠牲にしてた、と安居は続けた。

井の中の蛙大海を知らず。
…だけど、大海の魚であるところの俺達も、井の中を知らなかった。
呑気に過ごして、空の青さ…普通に生きて人権や親の存在を甘受することの僥倖も、ろくに知らないままだった。

……未来に来る前。生きる為に何かを犠牲にしたことなんて、俺達はあったのか。





何にしても、生き残らねばならない。
全てはそこから始まるのだから。


「……お前達と俺は、違う」
「そんな…」
「違うんだ、嵐」
「俺達は、……いや、俺は、選んだんだ。強くなりたくて、自分が生き残りたくて、仲間を見捨てた。……もし、鵜飼が茂を撃たなかったら、違う方法で見捨てていたかもしれない」

先生達に逆らわない限り、衣食住の取り敢えず保証されているからこそ好き勝手に言える俺達の言葉は、あまりに軽かった。
未来なら、いくらでも「これからですよ」と言えたのに、本当に「これから」の筈の過去の世界では、何も言えなかった。
過去の世界では、俺の綺麗ごとはあまりにも無力だった。

「……ああそうだ、あゆの花畑と源五郎の畜舎の奥の方は見たか?」

冬の朝のような目が、一転、春の日差しになる。
それはつまり、もうこれ以上その話を続けるつもりが失せたと言う事で。

「ああ…ナツやくるみさん達は行ってるけど、俺はまだあんまり…」
「綺麗で面白いから、行ってみろ」

そうやって誤魔化すように笑う安居の顔は、夏Aの仲間に向けるものと似ているようで、けれどそれよりも…結局話が通じなかった百舌さんに向けたものと似ていた。



「…何回、繰り返すんでしょうね」
「ゴールは、いつ来るんでしょうか」

繰り返せることは、安心だ。
やり直せることは、安全だ。
だけど、ずっと繰り返し続けたり、やり直し続けるのは、何も変わっていないのとどう違うのか。
世界の理にあらがっているからと、調子に乗っていた。

よくも悪くも、リミットが欲しい。……結末が欲しい。
終末を願うなんて馬鹿げているけれど。

「出来れば、ずっとここに居たい……なんて、夏Aがもし全員私達と同じようにタイムスリップしてたら、そう思ったのかしらね」



「今頃、あっちの方では雨が降ってるんだろうな」

南方の空。ナツ達が生まれる場所。
西方の空。俺達が未来で出会う場所。あの砂浜。

「あそこには今、何があるんだろう」


 夜の船で、茂は四つん這いになり吐いていた。
 そんな茂を、昔よりも静かに庇った安居は、茂に何か言うべきか迷って結局何も言わなかった。
 茂は少しだけ回復し、甲板の近くでしゃがみこんでいる。隣に立ち、背中をさする安居の所に小瑠璃が訪れる。

「うう……安居、もういいよ、大丈夫」
「……そうか」

 静かに言う安居に、小瑠璃が口を開く。

「……最近安居あんまり喋らないね」
「…余計な事言いたくないからな」

 小瑠璃が首を傾げるのを少し笑って、安居は甲板の外を向く。
 安居の目に、百万ドルの夜景が映し出される。

 安居は夜景を見ても何も言わない。
 ただじっと、次の事を考えていた。





「次は最終試験だ」
「そして…卒業だ」

「生き残ろうな、…小瑠璃、……茂」

 以前の世界と違って隣に居る茂は、青ざめた顔で、それでも嬉しそうに笑った。

*1-17

言うだけなら、大抵のことはできる。
だけど、動くにはたくさんの準備と知識と経験が必要だ。

ロープを替え、銃の点検を促し……それらの尽力は日々安居の目の下を青黒くしていった。

「……脱落者が出ない限り続けるってことか」

あゆの終わらない毒草除去を見る限り、その予測は概ね当たっている。

「でも……やれることは、やっておかないとな…」



「…もし、誰かを助けることもできないなら…」

「俺は最後に、茂と喧嘩をしたい」

安居は右手に巻いた包帯を見て呟く。

「…喧嘩」

「…どうすれば、いいんだろう」

プライドを捨てて、安居は教えを請うた。

「あたしたちも、喧嘩したこと、ないです」
「…でも、言いすぎて、ごめんねって言って、こっちこそって言われて、それで分かり合えたなって思った時はあります」

「喧嘩できない。相手が大事で傷つけたくないか、ずっと続く関係を壊したくないか、聞く耳を持ってくれないと思ってるか。…どれなのかしらね」



「あなたは安居と喧嘩しないの?」

ひばりが問う。
年齢が下だとこういう時得だ、とひばりは少し思った。


「…僕が、安居と?え、できるわけないじゃん」

「安居は凄い」
「安居は何でも出来る」
「僕が居なくてもきっと平気だ」
「僕は、すごくない」
「僕は安居に面倒を見られてばかりだ」
「僕は安居に助けられてばかりだ」
「それなのにどうして喧嘩できるんだ」

 生まれてからずっと一緒に居た。
 それはつまり、生まれてからずっと比べられていたということでもある。

 それぐらいなら、諦めた方が早いし、別の役割を目指した方が有意義だ。
 ……だけど、二人の答えはきっとそうじゃない。

「……それだけ凄い相手で、しかも自分の事をフォローまでしてくれる相手が、同い年なら
 …私ならつっけんどんに接するけどね」
「……ひばりちゃん…」
「……そういえば…この施設に、他の年代の人は居ないの?大人と、あなたたち同い年と、要さんだけ?…赤ん坊はともかく、老人も、…なんなら、大人の女性も居ないのね…」

ひばりちゃんは少し笑った。

「……こんな環境なら、私も、敵愾心を向上心に変えられたのかしら?」










「貴方がこの先した、たった一度の喧嘩ってどんなものだったの?」
牡丹さんの問いに安居は口ごもった。

「……俺も、原因を未だに理解しきれてない気がするんだが」

「それでいいわ」


「わかった……多分だけど、あの時は俺が、茂を対等に見ていないこと、弟分として扱ってる事、大事なことを相談できてない事を怒られたんだと思う」

安居が背中を丸めて、木箱に腰掛ける。




「つーかよ、子ども同士で、しかも幼馴染だろ?そんな奴らの関係に俺らが口出していいのかよ」
「幼馴染同士ねー…、あ、嵐くんと花さんって幼馴染じゃなかった?」
「流星くん、やめとき」




「兄弟がどんなものか知らないが、それよりずっと俺達は深い絆の筈だ」







「……そういえば、外国の人含めて、二親等以内で一緒に来た人って居ませんね」
「…あんまり遺伝子が近いと、近親婚になっちゃうから遺伝子上危ないってことじゃないの」
「許嫁の俺らだろうと幼馴染のあいつらだろうと、家族という名の他人だしな」
「ひばりちゃんと螢ちゃんも…親戚だし似てるけど、そこまで近くはないのでしたっけ」

 俺や花は一人っ子だけど、ナツには弟、ちささんには妹が居たような気がする。




「じゃあ、アドバイスしない方がいいのか…?そのままでいい、って言えばいいのか…?でもそうしたら、落ちちゃうだろ、茂が、死んじゃうだろ」

「……昔の自分に責められて、皆に見捨てられてまで、俺は何をしたかったんだっけ」

俺達は十分に恵まれていた。
それを、安居を目の前にして再確認してしまった。

自分の思う夢を抱けること。
目指して立ちはだかる壁があっても、いくらでも道を新たに探れること。
そうできるほどに、視界が開けていて、明るいこと。

それは安居達に対して、残酷なまでに、贅沢だ。



「……先生達が、俺の記憶通りにテストを実施するなら…
 まず、銃が暴発したり、ロープが突然切れたりと事故が続く。
 事故に見せかけた振り落としだけどな。
 ……あゆが料理当番押し付けられた方がいいっていったのはそれのためだ。
 食中毒に見せかけた振り落とし、それをあゆが食い止めてた」

「きわめつけは3人が死んで、小瑠璃も酷い目に遭った風車小屋のことと…翌日の夜中の火事だな。火がついたのは恐らく夕暮れ時、西日がある場所の水槽に集中して火がついて…燃え広がるのが遅くて、発見が遅くなった。お蔭で脱出の猶予はできたけど」




安居が未来で、他者に求めていたものは。

理解。
共感。
同情。
哀憐。
愛着。
依存。
信頼。

……幼馴染ゆえの、長い想い出と、深い情をもってして、成せるすべて。


……はなから、補えるわけがなかったものたち。

……だが、それでも、あの時の安居は過去じゃなくて未来を取った。

だから……

「…大丈夫だよな、安居」
「何がだ」

「……大丈夫だ」

「自棄は起こさない」


「全部、計画的に、冷静に、次に繋がるように進めるさ」


「……犠牲」

何かを思い返すように安居は呟く。

「改めて思い返すと…
 俺は他人を犠牲にしようと思った事があるな」

「俺が生き残る為に、茂を切り捨てられるかもしれないと思った」
「……感染を防ぐ為と、…そして、無防備過ぎるあいつらへの憤怒から、十六夜を殺しもした」
「茂達への手向けとして、そして俺達に勝手に背負わされた責任の墓場として、花を虐げた」

「…俺が死んでれば、犠牲にせずに済んだのかもな」
「安居」

「嵐。……お前には感謝してる、お前はお前のやり方で要さんを止めてくれたから」
「お前が色々叫ばなければ、蝉丸やナツ達に、生きることの肯定もされなかっただろうな」

「昔の俺が…現在の俺に、お前が居なければよかったと何回も言うから、俺はそれに抗って、猶更必死になってあがいてた」
「今ここに居るのはどっちなんだろうな。
 ……過去の俺か、未来の俺か……
 茂を探す俺か、新しい世界で歩み出す俺か……」


「『安居』の意味、知ってるか。嵐」


「雨季に生物が蔓延るから、それらを踏み潰さない為に一か所に留まって修行することだ」

「…安らぎのため、居るところ。
 他の生き物にとっての、踏み潰されないことからくる安堵と…踏み潰す罪悪感から逃れられる修行者にとっての安らぎ、そんなところか」


安居は前へ一歩踏み出した。
そこは丁度蟻の列で。

「…安居!」

「……」

安居は紙一重で、蟻の列一歩向こうに着地した。
ホッとする俺に、安居が背中を向けたまま問う。

「…道が舗装されてない未来なら、今一瞬のお前の基準だと足の踏み場もないだろうな」
「……一生謝りながら歩き続けるわけでもないだろう」
「歩くのをやめるか、謝らずに歩き続けるか……その二択じゃないのか」

 善意と罪悪感は社会の為になる。
 だけど度が過ぎれば、個人の身を崩す。

「…嵐。お前は、歩き出していいと思うのか?
 何かを…誰かを踏み潰さないと進めないような道に」

「……それは…」


低く、苦く、唸るような声。


「どうなんだ。お前ならどうする。

 …俺にはもう、分からない」


さあ、と遠くから浪がやってきた。
強風は俺達の場所もあまさず吹きすさび、葉や小さなごみ、羽虫たちをさらっていく。

15歳の時後ろに流していた前髪を安居は伸ばしたままにしていた。
要さんの髪型みたいと同級生に言われ、安居は曖昧に笑っていた。

そんな安居の前髪と俺の前髪、そして眼前の稲穂が同じ方向に流れる。

口を開かなければいけない。


「……守りたいものの為なら、俺は…

 歩くよ。

 何度だって、俺は未来で命を踏み潰して、食べてきた。
 花と再会する為に」

「…守りたいものの為か」

「……ありがとう、嵐」



「やっと答えが見付かった」





「…安居、嵐さんと何を話してたの?」
「今度水泳勝負しようって話してた」
「……ほんと?」
「ほんとだよ」
「……」




「……あいつ……」


一人になり、青年は溜息を吐く。

『大丈夫』

『犠牲に』

『分からない』

『ありがとう』

強風のせいか、耳を欹てても断片しか聞こえなかった。


「どうしていつも……あいつと…」



「7人だけが未来に行ける」
「未来に行けなければ、ここには居られない」
「それがここの常識だ」


要も卯浪も、貴士もみな安居達を追い立てる。

『すごいね』
『安居なら出来るだろう』
『お前も気を抜くな』
『調子に乗るな』
『見習うように』
『任せた』
『流石だな』
『お前にしては珍しいな』

褒めて殴って鍛えて、そして未来を口に出して。
安居達を死から逃れさせる為に。
そして、外に目を向けさせない為に。


「外っていう字と……
 死っていう字って似てないか?」
「……ああ、下の部分か。確かに似てるよね」


循環の輪を抜けるには、外に行く為には。
それこそが正解なのではないか。




数日後の火事と水難は滞りなく敢行された。
風車小屋の『事故』の少し後、雨と『偶然』起きた地震により、第一校舎が先生達の予定より少し早く……火事より少し前に崩れ落ちたことは、焼け出された人々の避難場所がなくなることを示していたが、同時に日常と心中する人々を減らしもした。

山に入る人数は、安居の記憶にあるものよりも多かった。

勿論それは、山に食われる人数がそれだけ増えることをも示す。




傷。
乾き。
餓え。
天候。
獣。
火。
水。
土。
植物。
…人。


どちらの方角でどの試練に立ち向かうもそれぞれの選択だと、安居は未だ考える。

多くの人数を、こんな状況下で助けきることなど出来ない。

そんなことをしようとしたら、一番大切なものを喪いかねないのだから。





*1-最終試験


小瑠璃は風と医療。
鷭は医療と動物。
源五郎は動物と植物。
あゆは植物と…土だったか。
虹子は土と水。土は繭もだ。
そして涼、茂…過去の安居、ついでに鵜飼が、火と水。
各クラスで一人ずつだ。


安居は今回風クラスを取ったが、小瑠璃と席を争うつもりはさらさらなかった。
茂のことも応援したかった。

過去の安居は、涼が落ちれば茂と争わずに済むと思っていた。
だが今回、安居にとっての涼は、そうした対象でもなくなっていた。

過去でも未来でも、安居があまり接触してこなかった相手といえば虹子くらいだ。

しかし、あの慎重な、要含め混合チームが全員引っかかった罠からも逃れて、結果夏Bと涼と安居への連絡を果たすことのできた虹子が、先生達の仕掛ける罠如きでやられるとも思えなかった。無論、足を引っ張る気持ちも湧かない。

鷭も源五郎も他のチームとの懸け橋には不可欠だろうし、あゆは、未来で少し危うい部分はあったものの、災害などに対し鋭い観察眼を見せていた。

安居の頭の片隅に棲む、小さな安居が呟く。
ずっと前から答えは決まっていたんじゃないか、と。
後悔したくないなら、答えは一つだろ。
声を安居は黙殺し、今日も青空に足を踏み出し、緩やかに下降していく。



血を他の生物は恐れるのだろうか。

循環の対象と完全にみなしているのなら恐れないだろう。

毒やウイルスに侵された存在ですら、時を経て土に還れば循環に戻る。

放射性廃棄物、重金属汚染、あるいは未来で有り得た、時を経たダニXの感染の方が恐ろしい。
それなのに血の方が刺激的だ。
外の世界で、血と同じ色が標準的な警戒色として用いられるほどに。

安居は、未来で人を殺した。殺しかけた。十六夜や花はそうでもなかったが、卯浪と要は血にまみれていた。
しかし恐らく血に対する耐性では、平常時の安居は鷭や源五郎に遠く及ばない。恐らく小瑠璃にもだ。

それでは、計画を実行に移せない。

安居の頭に源五郎が過る。

動物舎で喧嘩して、傷付け合っていた獣。
産まれた子供を育てきれないと判断し、消化吸収する獣。

あの獣たちのように安居は動けない。

……そもそも、他者の血を何故人は恐れるのか。

汚物への忌避と同様に、血液から病気が感染することを恐れるからか。
傷付けることを恐れる同族意識からか。
無暗な殺生を恐れる、生物保護の目的からか。
あるいは自身をその手負いの存在に重ねる共感性の高さからか。


安居は、周囲をのばら達のぐちゃぐちゃになった死体で囲まれた時、泣き叫ぶことしかできなかった。
同じ火のクラスだったあの青年が、銃の暴発でのたうち回っていても身動きが出来なかった。


ーどうしてか。


その痛みを得ていないからではないか。


それならば、同じ目に遭えば、身体の痛みで、目に映るものの痛みなど上塗りできるのではないか。


安居は仮定を実証に移す。





「あの馬鹿、いつの間に……」

何か気になるものを見付けたらしい鵜飼は、一人、先へ駆けて行った。

そしてその後、帰ってこなかった。



草の鳴る音。
獣の声。
腹の鳴る音。
何かの燃える音崩れる音流れる音。
人の命の途絶える音。




そして一人になった。









『なんで俺だけ…てめぇ、離せ…!』
『お前は、いざとなったら危険分子になる』
『他の奴はどうでもいいが』

『お前はあいつらに相応しくない』

『お前…火のクラスにはたまに顔出す程度の癖に…なんでこんな…!』

『…知識や、注意習慣は身についてたから、その分の時間を有効に使えたんだ』
『お前は俺の嫌な部分とどこか似てる。だから』

『お前はあの灯りの中に行かせない』
『お前だけは未来に行かせない』



『……嵐、ごめん』
『俺はやっぱり未来しか見えない』
『外には出られない』
『施設に居れば安全だった、未来を夢見て努力し続けていれば安心できた』
『夢を追い続けられた。未来の俺達も同じだ』
『喩えそれが与えられた夢でも』




「安居の右目…」

「鵜飼と捨てゴロでやりあって失ったみたいだな」

モニター越しでも分かる。あれはもう、治らない。

効かない右側を補うようにして、左側の鋭さがなお一層冴えわたる。

片目を失い、右手を不自由にして、けれどその満身創痍だからこそ修羅のように安居は邪魔者を切捨て、追い詰め、殺し続けた。
鵜飼くんとの対決は捨て身な方だけど、大方は危険を避けるだとか、下手に恨みを買わないだとか、……おぶさろうとしてくるちゃっかりした子を撒いた結果、その子たちが野犬と遭遇してしまったりだとか…そうした、偶然とも取れる経緯だった。
何故偶然じゃないのかと言えば、その後決まって安居が、罪悪感と、残酷さと、恐らく今の安居にとっての味方を守り切った達成感と、それらの入り混じった顔をするからだ。

だけど安居はその一方で、茂さんと一緒に食事し、睡眠をとり、安全管理をするという二重生活を送ってもいた。

包帯と前髪の下を、茂さんは暴くことが出来なかった。



安居は最近目を隠している。
自信がなくて、自分を世界から、世界を自分から隔てるようにして前髪を伸ばしている茂は、安居が何かを自分と隔てて隠していると気付いてはいた。

「安居、おかえり」

だけど、隠し事の正体は分からないまま。

「ああ、ただいま。もう芋と魚は焼けたか?」
「……まだ。火をおこすのに時間がかかったんだ」
「……あとどのくらいだ?」
「……ごめん、もう少し。……でも、安居の用事も結構長かったよね……ねえ、『また』どこへ行ってたの?」
「……食料の調達だって言ってるだろ。ほら」

安居は返り血を隠そうともせず、手作り籠に入れたピラニアを掲げる。

「小骨が多いけど、柔らかくて甘いらしいぞ。寄生虫が怖いから焼くか煮るかしないといけないけどな」

不自然に伸ばされた前髪と包帯の下、嬉しそうに語る安居を半目で見て茂は口を開く。

「……そう、それはよかったね……
 ……あのさ、時間がかかった理由、もう一つあるよ。
 さっき僕の所に貴士先生が来たんだ」
「!大丈夫だったか、何かされてないか」
「……いや、何か…警告っていうか、生き残る覚悟を訊かれただけ。
 …ねえ。安居の所にも…もしかして、嵐さんや、ナツさん達が来てたりするの?」
「いや、嵐達とは暫く会ってないけど」
「……ほんとに?」
「本当だ。何で疑うんだ」
「……」
「茂?」
「…どうせ僕は、外の世界を知らないよ」
「茂、どうした?…なんか怒ってるのか?」
「……怒ってなんか、ないよ」
「…怒ってるだろ、なんか」
「……ううん。…僕、きっと…拗ねてる…っていうか、疲れてるんだ。
 ……ねえ、安居は未来に行って…ここの外に出られるようになったらどうしたい?
 どこに行きたい?」
「そうだなあ…」
「……」
「お前と一緒に、いろんなものを見たいな」
「……」
「お前が変な植物や動物見て面白がったりとか…
 外の世界で、隕石の降る中生き残ったものを見て、想いを馳せたりだとか…
 いろんなものが変わった世界で、食事を工夫したりとか…
 ……そこで見つけたもので、楽器を造ったりとか。
 そういうのを、見たいと思うな、俺は」
「……そう…?」
「ああ。……お前なら、きっと、生き残った他の人ともうまくやれるだろうしな」
「……それは、難しいと思うけど…」
「きっと…いや、絶対、俺よりもずっとうまくやれる。
 ……お前が居たら…俺も少し穏健に、外の奴らと接することが出来るかもしれないし」


そうじゃないと俺は傷付けるばかりだ、と小さく呟きかけた安居を、茂は生焼けの小魚を差し出して止める。

「…じゃあ、一緒に頑張ろう!」
「……そうだな。まず茂は、火おこしの上達から頑張んなきゃいけないけどな」

未だにぶすぶすと不穏な煙をまき散らすたきぎを調整しながら安居は言う。
言葉尻は厳しくてもその表情はどこか喜色をたたえていた。

「う…わかったよ……」

煙はゆるやかな曲線を描いて、寒空に昇っていった。






その数時間後。

揺すられる動きと聞き馴染んだ声、そして枯木の燻される臭いで安居は目を覚ました。

「安居…安居、ごめん、僕もう限界…」
「……交代の時間、とっくに過ぎてるじゃんか」

茂は、先に見張り当番を買って出ていた。
その役目の中には交代時間を間違えないことも含まれている。

「……もう少し回復してほしくて」
「……ああ、うん…分かった」

しょぼくれた雰囲気の上目遣いで言う茂に安居は弱い。

「ありがとう。でも、もう俺は大丈夫だ、……疲れは取れたから、交代しよう」

さっさと起床し、身支度を整えていく安居に茂は諦め、寝床に潜り込む。

「お前ももう休め。……おやすみ」
「…おやすみ…」

 安居が眠る前より更に増えた薪を見て、安居はそこに生木、朽木、根っこ等がなく不穏な煙がもう出ていないことに気が付いた。
 …眠りやすいわけだ。
 安居は少し頬を緩めた。

 疲れが取れたと言うのは、安居の強がりではない。
 数時間夢も見ずに眠ったお蔭で安居の頭はすっきり晴れていた。

 安居は顔を少し冷たい湧き水で洗う。腐ってしまう為取り出した右目の周りに腫れ止めと血止めの薬草ペーストを塗っていく。別の包帯を鷭にアドバイスしてもらった通り巻いて固定する。冬特有の冷たさは、ことこの状況に至っては有り難かった。……そこかしこから『調達』してきた防寒具や、包帯類はたっぷりあるお蔭で、そう思う余裕があるとも言える。
 湧き水で洗い、焚火に掲げた小鍋で煮沸消毒して乾かすと、包帯は常の温もりを取り戻していく。

 以前の鵜飼もこんな想いをしていたのだろうかと、安居は冷めた目でかじかんだ手を見詰めながら考えた。

 だが、茂の前で動くこの手の意味は大きな隔たりがある。

鵜飼は茂を利用し、安居殺害の弊害となりそうなら殺害するつもりだった。
安居は茂と協力し、今度こそ何をおいても守り抜くつもりだ。セット扱いとか、幼馴染とか、罪悪感とか、未練とか、そういうものではない。ただ、未来で笑う茂を、見たい。

だから、右目の奥が痛んでも、手が冷たくても、耐えられる。

安居は自棄になっていない。

…破滅よりも存続、未来のことを考えている筈だ。

ひと息吐く安居に、茂の寝息が聞こえる。

目の前で茂が眠っている、それだけで安居は安心できる。
安居の頑張りがこの安らかさを守っていると思えば、力もどこからともなく湧いてくる。

そして、冷静さも。

安居は次の”対象”を頭に浮かべる。

…貴士先生は最終試験の中盤で廃船に居たと聞いている。
…最下層に蜘蛛のように潜んでいて、ワイヤーとナイフ、それとロープで涼を追い詰めたらしい。涼はなんとか反撃し貴士先生をとどめを刺す寸前まで追い詰め、だが余裕がなくとどめを刺しきれなかった。その後身を立て直し、脱出しようとしたが間もなく船に積まれていた火薬が灯りの火によって引火し、絶体絶命になった。そこで虹子が小舟で助けに来て、廃船の窓を割り涼は助かったと言う。
船の上で涼がまつりの、確か幼少時に涼が誘拐されたという誤解を解くため話した折り、まつりが『スパイ映画みたい』と目を輝かせていたのを安居は思い出した。

…虹子がその際小瑠璃を連れ去る先生達を見たらしい。

当時の小瑠璃の無念さ、悔しさを想像し安居は歯軋りする。
今度は絶対にそんなことにならないとはいえ、それでも許せないものは許せない。気持ちを落ち着かせる為安居は水を飲む。

……恐らくその中に貴士先生と卯浪も含まれていたのだろう。

……つまり、廃船の下層からは、ある程度負傷していても時を置かず脱出出来る機構になっている。他の先生が近くに潜んでいたとしても、あの涼を嵌められるほどギリギリまで引き付けられたのはかなりの安全対策を講じていたからだろう。
卯浪の立っていたという甲板付近からも、恐らく脱出経路があった。
小瑠璃が捕まった落とし穴から梯子を降ろしたのか飛び降りたのか、他に安全な経路があったのかは分からないが……

…これだけは言える。

…下手に船を壊しても先生達に大したダメージは与えられない、奴らの罠が一つ減るだけだ。
…ならば、やるべきことは一つ。


安居は決意し、前髪をかきあげた。







そこは蜘蛛の巣の中。


静かに忍び寄る黒い手、三日月の弧を描く両目は侵入者を捕食しにかかる。

直後。

「…へええ…

 これ全部、先生の準備の賜物ですか」

三日月の眼前に、同じく三日月形のナイフが突きつけられる。

「……いいですね、幸せそうで」

黒衣の腕には、同胞の血で滑るワイヤーの切っ先。

「…気付いてたんだな」
「集中してるので」

互いに距離を取る。
貴士はワイヤー同士の隙間、安居は先ほどワイヤーを切った場所へ。
上部から差し込む僅かな光を頼りに2人は互いの隙を狙い合う。

「試験官がここに居るって気付いてたなら、仲間を連れてくれば良かったのに」
「涼も、茂もここには来ません。ただでさえここは狭いので」
「残念だ。同士討ちになりやすい状況への対処法が教えられない」
「貴士先生、……俺達が憎いですか」
「……どういうことだい?」
「貴方の娘が行けない未来へのチケットを持てる7人が憎いですか」
「君たちが行けるという保証もないけどね」
「…では、先生の娘が、貴方のこれまでの功績によって、未来に行けるとしたらどうですか?」
「……何?」
「そうなるんですよ。……だから、もう、俺達を放っておいてはくれませんか?こっちも穏便に済ませたいんです」
「……」


びん、と貴士の傍からワイヤーが鳴る。
引っかかるなんてらしくない、そう感じわずかに気を緩めた安居の元、それも視界のきかない右側にナイフの切っ先が迫り、安居は紙一重でそれを避ける。


「…断る。手を抜いては卒業試験にならないだろう?」
「……期待はしてませんでしたけどね……では、消えて下さい」

口元を引き攣らせる安居に対して、貴士は常のポーカーフェイスを崩さない。

「僕が死んだら妻子が悲しむんでね、それも出来る限り抵抗してみせるよ」
「…ああ、だから、外に家族が『居ない』生徒達なら悲しまないから存分に殺せるんですね」
「……それは安居もそうだろう。大体、何が穏便だ。邪魔者を僕達よりも先に消しておいて」
「気付いてました?」
「そりゃあそうだよ。何が原因で人が死んだのかぐらいは、傷跡と現場の状況で分かる」
「……へええ、やっぱり凄いですね、貴士先生」
「今の所ポイントは一位だ、おめでとう安居」
「どうもありがとうございます」

…リミットは船が傾くまで。
とどめを刺した挙句逃げきれたら言うことはない、だが相討ちでも上々。


「卒業させてもらいます」


初めて貴士のポーカーフェイスが崩れた。

「…それはどうかな」

裂けるように、その口も弧を描いたのだ。

「…果たして君は、行けるのかな?」





「……やっぱり、貴士先生は強いや」


邪魔者が少なくなった世界で、安居は倒れる。

「要先輩…見てますか…?」

「……結局…ろくに話せなかったな」


「一度でいい、ただ一度でいい。
 変わった俺を、要先輩に認めて欲しかったんだ…」


「……でも…」

白い雪が降り積もる。

伸びた髪は白く染まり、顔は蒼白になっていく。

未来の安居とどこか似たその姿を、嵐はモニター越しに眺めていた。

****



待つばかりの不安に耐えきれず、茂は安居を捜していた。

しかし、結局、見付けることはかなわないまま――

「7人が決まった」

その残酷な決定事項を、突きつけられることになる。



****

無線が途切れる少し前、ナツの耳はとぎれかけた声を拾い取った。



『…だけど、もう、それはいい、俺は…もう…卒業してる。だから、…いまは……茂………送り出……』

声は少しずつ断片になっていく。

『………遠くで…』

喘鳴の連続。

『…生きて……』


そこで声は途切れた。

入れ違うようにして、絞り出すような少女の声が一人きりの部屋に響く。


「……ごめんなさい」




「ごめんなさい、花さん、嵐くん、十六夜さん、お蘭さん」





「少しだけ…安居くん側で、未来の話をしてきます」












*1-未来へ




* 鈴木茂の来た未来


「…僕は…とうとう最後まで安居に助けられてばかりだった」
「未来でもどうせ僕は何もできな……」

「うるさい!」
「…それでも、お前が!安居と一番近くに居たお前が、継ぐしかないだろ。
 リーダーの力がないと、群れは落ち着かない。動物も、人間も同じだ」

「そんなの無理だ、無理に決まってる」

「……安居ならきっと、お前がもし安居を助けて死んでたんなら、傷付きながらもそれを活かすために、未来で皆を導いたろうよ」

「お前と、俺と、…皆で、安居ならこうしてた、と思いながらやってくしか…ないだろうが」

「…そうだよね…」

「安居なら、仲間の力、未来の世界のもの、色々なものを活かしたはずだ」

「安居なら、死んだ皆の遺志を継いで、託されたものを全て背負って、頑張った筈だ」

「…そうだ」

「安居の遺志を背負って、歩き出すんだ、俺達は」

「俺達だけが出来る」

******






「…まだ生きてる?」
「……生きてるみたいだね。…安居ならきっと……活かしたよ」
「…だそうだ。
 鷭、お前なら出来る。後遺症は残ってもいいから、これを生かしてやってくれ」
「……わかった」
「……起きるとまた五月蠅いから、今の内に早く連れて行こうよ」
「この分だとあんまり強く拘束する必要はないかな」
「!?何…みんな、何言ってるの?」
「……どいてよ、そいつ消せないじゃない…!汚いものをここから消さないと……!」

「…小瑠璃、あゆ、銃弾を無駄遣いするな。……安心してくれ」

「こいつは、人間じゃない。
 だから、汚くても気にする必要ないんだ。」




「もう先生達には俺達を裁けない」
「もうやつらには俺達を救えない」







「安居なら、裁ける」
「安居なら、救える」
「安居が大丈夫と言うなら」
「心の中で応援してるなら」
「あいつらが悪いと言うなら」
「死んじゃダメだと言うなら」
「そのまま行けと言うなら」
「僕達は大丈夫だ」


「今の行動は赦されるかな」
「ああ、赦されてるさ俺達は」
「我らがリーダーに」

「僕達が生きている限り」







「……行こうか」


7人は扉を開けた。


「未来へ」




*******

0×ー「その後の彼ら」



・二周目終了









・三周目開始




*******
*源五郎周

「嵐君…」
「……逃げられなかった」
「安居達が、あんな状況で、逃げ出せるなんて思える筈なかった…逃げ出すなんて考えてたら、殺されてた」
「それか野垂れ死んでたかもな…でも、嵐よ、お前は精いっぱいやったと思うぜ」

「それじゃあ、どういえばよかったんだ」
「そこで絶望して終わるんじゃあ、あまりにも救いがないじゃないか」

救いは、誰の為にあるのか。……あるいは、何の為にあるのか。

「……そうね。でもきっと、次には繋がっているでしょう。
 ……あんたの青臭いお説教だって、十六夜をきっと救ってくれたんだから」






彼らの知る所のない出来事。

それは、彼ら呼ぶところの『前の周』の世界で起こった。



雪の中冷たくなっていく安居の遺体。
その身体を、寒中においてなお生き続けようとする獣達が食い荒らしていく。


「……ごめんね…」


その獣を、何者かが殺した。
獲物は銃でも罠でもなく、小さなナイフ。

慣れているからこそできることだった。


「……」

「……安居くん?」


明け方。金色からあかがね色に輝く空に照らされ、さんざんに荒らされ欠損した遺体は少しだけまともに、『彼』の目に映った。


「……!?」


――直後、遺体は掻き消えた。

四方八方に飛び散った血も、獣の口周辺に沁みついた血も全て消えた。

そこにはただぼろきれだけが残されていた。

「……」

茫然として、後ずさる彼の足元に何かがひっかかる。

「…巻貝……?……と…赤い…………これは……」
「……何をやってる。7人が決まったから集まれ」

突如現れた先生の通告は、呟く彼の声を掻き消した。



同時刻、本部で。

この時代に居るべきでない人々は霞のように姿を消していた。



要はただ、不自然が自然になっただけだとどこか納得していた。

「帰った」のだ。

もう二度と顔を合わせることもない。

事情を知らない人達にも、彼らは帰ったと説明しよう、と要は思った。

彼らがもし、選ばれた7人と顔を合わせたらどうしていたのか…要はそれだけが気になっていた。

*******


・新巻視点
・犬美鶴・吹雪復活


・源五郎が記憶を取り戻している


・他の種たちにタイムスリップ事情を説明され、安居が既に記憶を取り戻していることも知り、確認しにいく

・安居は10歳当時の記憶に戻っている
・記憶のない安居に蝉のおっさん呼ばわりされる蝉丸

・安居に対し即物的・合理的な対応をする源五郎
・牡丹さんあたりに外伝最終話のような顔で見られる源五郎

・源五郎の所によく堆肥を貰いに来るあゆ
・あゆと植物の話をしたりする蘭
・いじめ減る


源五郎「……一人ずつ、僕達夏Aの記憶が入れ違いに戻っていると仮定したら」

源五郎「一番の問題は、卯浪の番があるかどうかです」


・卯浪に対してやたら刺々しい面々を見て、一周目ではモブとしてしか意識していなかった卯浪について話だす面々

・確認を取る源五郎

********

*2 新巻鷹弘視点


「未来で夏Aの誰かから……あるいは過去に戻った安居くんから、卯浪の末路について聞いてますか?」

「……そうですか、茂君やのばらさん、繭さん、端午達については聞いていても卯浪については聞いてない…と。」
「……ああ、ハルくんは小瑠璃さんから、蝉丸さんは涼くんから少し聞いてるんですね。……そうです。」
「僕達は、卯浪を、6人で撃ち殺しました」

「理由…ですか。この施設の生活を見ていてもある程度は卯浪が嫌われる理由がわかるかと思いますが……一番は、最終試験の後にかけた言葉でしたね」

「今思えば、酷く理不尽で、無神経で、大局でものを見れず、考えの凝り固まった小物というだけなんですが……殺すほどではなかったかも…」
「ああ、そうそう、あゆさんあたりは生かして怪しい食べ物や薬草毒草のテスト、動物を捕まえる為の囮にすればよかったとぼやいてましたね」
「そうすればよかった」


以上のことを、源五郎くんは動物にがじがじ噛まれながら言い放った。

「……そうか…ありがとう、大変な話を聞かせてくれて」
「君たちにとっての卯浪先生は…どこか、僕達にとってのサーベルタイガーと似てる気がする」
「…ところで、それ、大丈夫なんですか?」

明らかに流血している。

「いえ、大丈夫です。この程度すぐ止まりますし、むしろこの子達に臭いを覚えてもらうまでは少し我慢しないと」

『こやつめハハハ』とでも言いそうな様子で源五郎くんは笑う。

前の周の安居が『守る』事を体現していたなら、今回の周の源五郎くんは『受け容れる』ことを体現しているように見える。

「……サーベルタイガー…生きる為に新巻さんの仲間たちを食い殺したやつですよね」
「…うん」
「……たしかにあいつにも、何かの事情があって、こんな試験に参加したのかもしれませんね」


 僕の目の前で、源五郎くんは踵を返した。

「すみません、もうそろそろ放牧した子を回収する時間なんで。新巻さん達も、未来の動物達お願いします」
「…あ、うん」

 有無を言わせない様子に僕は頷き、動物たちの所へ走り出した。





 一人と数匹になった源五郎は呟く。
 新巻には聞かせられないと判断したことだった。

「だけどあいつのしてきたことは……」
「もっと始末に負えない」

「あいつを殺しても、僕達は、仇を討ったことになんてならないんだから」

 あの卯浪を赦せるほど、源五郎は人が出来ていない。

 あれだけよく話した安居であっても、その片鱗をかけらでも受け継いだと見れば危険だと判断する。それほど夏Aは毒物や疫病、類するものへの対応が真摯であり、センサーには一点の曇りも有していなかった。

 その新たなリーダーとなった源五郎にとって、現状一番の毒であり、かつ再利用さえ不可能な汚物は卯浪だ。

 それに似たものになりかけていた安居、卯浪とある意味で同類の要も、奴ほどではないにしても源五郎にとっては切り捨てる対象だった。
 集団において、狂気を伝染させる者は、病と似て厄介だ。


 源五郎の目に、少し遠くで夕焼けに染まっている安居達が映る。
 源五郎の考えなど露知らず、未だ毒に染まる前の安居は未来からの使者と和気藹々と話している。

「何で他の奴らには名前とさん付けで呼んでんのに俺だけおっさんなんだ」
「だってあんた、要先輩の事百舌のおっさんってたまに呼んでるし」
「俺のことも先輩って呼べばいいだろ?ほら呼んでみろ~、蝉丸先輩って呼んでみろ~」
「俺の先輩は要先輩だけだからやだ」
「んっとに生意気だなお前…!」


 今の安居はいい。受け容れられる、信用できる。
 今の安居ならば、未来の世界で他のチームともう少しうまくやれただろうと源五郎は確信している。……勿論、未来の安居が他のチームを助けたことは忘れていないが、犠牲にしたものの大きさも忘れることはできない。……忘れてはならない。

 さて、と源五郎は考える。
 安居という人間は元来他人をよく見て、他人の影響を受けやすい人間である。
 だがしかし、そこには必ず揺り戻しが存在する。以前の安居は毒に対する抗体を、周囲から発見する力を持っていた筈だと源五郎は追想する。
 ならばどうして、あの時安居は染まったままだったのか。
 源五郎達とは違う何かを体験したのか。


 病の元は断たねばならない。

 かつて源五郎が、狂犬病の連鎖を止めた時のように。


「……のばらがころされてた、だっけ」

「……まずは、そっちか」





源五郎という少年は、幼少期とても大人しい少年として見られていた。
大人しく穏やかで、誰とも争わない少年。

彼は賢かった。
何が生きる為に必要なのかを、よく理解し、実行する力を持っていた。
それは他にリーダーが居る限りは、目立って発揮する必要のない能力だった。

そんな彼が特異性を発揮し出したのは、13歳の頃。
7歳になった頃から、うさぎやにわとり、亀や金魚などといった動物を飼っていた施設に、動物クラスの為に新たな動物が輸入され始めたころだった。

熊はともかく、虎に毒蜘蛛にピラニアに鰐といった生物は通常日本に生息していない。
動物園やサーカスといった保護環境下で生まれた子供か、それとも何かの取引の結果か。
どうやって手に入れたんですかという誰かの問いを、要はいつものあの笑みでかわした。

そういう時の為の予算とコネだよ、と彼が言う意味を、金とコネの価値をよく知らない生徒達は、便利なものがあること、そしてそれらを利用できる立場に自身が居ること程度でしか捉えてはいなかった。

源五郎も例には漏れない。

いつか何らかの形で、与えられたものを還元しなければならないとは認識していた。
源五郎達は、動物達の将来、最終試験が終了して、世話をする者がいなくなった未来については、地方の寂れた動物園にでも寄付されるのだろうと漠然と考えていた。

その結果があのざまだ。

面倒を見切れなくなった、人に慣れ切った動物は殺すしかない。
でなければ、早急に野生に返さなければならない。

新たな環境に馴染めない事は、死に直結する。

「施設で……そして、未来に来た当初、安居くんは僕達の頂点に居ました」
「けれど、だからこそ、限界を迎えました」

「失敗とか、駄目とか、そういう言い方をするつもりはありませんが」
「安居くんは力不足でした」

「安居くんがやりたい、多くのものを取り入れると言うことに対して、安居くんの耐性が低く、また心構えも出来ていなかったんです」
「僕は…僕も力がありませんが」

「僕は、きちんと、罹患したものとそうでないものを区別し、毒を拒絶できます」

「だから安心して下さい」



今、この管理されている施設では、動物達はまだ少ない。群れを有するほどに多い生物は牛や馬といった、家畜として都合のいい生き物ばかりだ。
山中の野生動物も異常なほど少なかった。適度に毒の餌が必要な生物は、当然みな施設生まれ。
源五郎は現在、自分達を殺す為の生物兵器を育てている。

施設に関わりのない生物は、植物と小魚くらいだったろう。

端午も青葉も一匹きり。

増やされることのない、サンプル。

源五郎達の為に用意され、やがて死んでいく軽い命。





「羽むしるの手伝って下さい。料理人なんですよね」
「まあいいけどよ…」
「これが終わったら虫の下ごしらえを」
「やだ!」
「好き嫌いはいけませんよ」
「蝉のおっさん好き嫌い多いなあ」
「うるせえほっとけ!お前らはおかんか!」
「オカンって?」
「オカンってのは……」

はた、と、蝉丸は、自分も目の前の彼らも、『オカン』らしい母親なんて見た事がないということに気が付いた。




安居は群れのリーダーだった。
だが、過去に失った個に拘りすぎた。

一対一ならそれでもよかっただろう。
通常のように仕事を与えたり、リーダーに足る能力を示すだけで十分だった。
温室の中の王様としての卑下。未来の世界の実力者としての尊敬。
両方を、長期の時間を賭けて受け容れられていれば、揉め事はいずれ収まったかもしれなかった。

だが、それでことは終わらなかった。

花との対立。花の素性の判明。
これが更に火への油となってしまった。

安居には死んでいった仲間達の敵、そして今生きている仲間への少々過剰な庇護欲があったし、花達には十六夜を殺され、桃太郎に恐怖心を植え付けられ、高圧的に支配されていることへの反感があった。

そして二人は、強い目をした敵にはより一層警戒を強めると言う似た特性を持っていた。
だからこそ後に引けなくなったのだろう。

その特性は、例えば大蜘蛛だとか、悪意だらけの人工遺物に対してならば非常に強力で頼もしい働きを見せる。
だが一方で、それが協力し、時には折れて見せる必要のある相手に向けられたならば、最悪の事態の引き金となる。


だからこそ、安居が怨恨を乗り越えて自らの非を認め、謝罪をし、和解をしようとしたことは源五郎にとって安心材料となっていた。

和解した振りをして騙し討ちをする器用さなど安居にはない。

我らがリーダーの復活。涼のそんな目線を、源五郎は少し微笑ましく観察していた。





敵意や反感を手懐けることは、群れを導く第一歩だ。

「新巻さんの犬って、ちゃんと犬同士の間でしつけをしてるんですね。新巻さんがあまり間に入らなくても大丈夫」
「未来で甘えたり勝手な行動取ってると死んでしまうので。厳しくいくのも優しさなんです」
「……でも、馴染めなくても、あれだけ広い世界なんだから別の群れに行くって手もあるでしょう。黒田だってそうよ」
「……そうですね。広ければ、そうできますよね」




シデムシ。
この昆虫は、あまりに手がかかる子を食べてしまう。本当に腹が減った時にしか食べ物をねだらない個体が良い個体だからだ。

ハムスター。
これらの生物は、天敵が多かったり、環境が悪い場合に子供を食べてしまう。その方が天敵に無為に食われるよりも、次の出産の栄養にできるからだそうだ。


要も恐らく似たような考えを抱いたのだろうと源五郎は推察する。


イエスズメ。
母親スズメは、執拗に父親スズメが持った別の家庭を攻撃する。巣も卵も雛も。
そうすることで、父親スズメの奉仕を自分の巣だけに与えさせる為なんだとか。


安居も、貴士や要に対する復讐心だけでなく、恐らく似たような回路から花を攻撃したのだろうと源五郎は推察する。





要の使命感を最も受け継いだのが安居ならば、要の冷静で穏やかな目を最も受け継いだのは源五郎だ。

顰蹙を買いそうだから口には出さないが、源五郎にとり、動物の社会性と人間の社会性は近い所があった。
群れを乱す個体が追放や隷従、あるいは殺害により無力化されれば、残った群れが結束力を固める所まで同じだ。

それも自然だ。力だけでなく、周囲の支持を集められるような、よりよい種を残す為の。

源五郎達は使命を背負っている。よりよい種、よりよい能力、より繁栄できる力を未来に継いでいくための使命だ。
手段がどうであれ、能力は能力であり、経緯がどうであれ、追放は追放。争いには意味があり、そしてまた、その結果である勝利にも敗北にも意味がある。

勝利と敗北。それは状況と向き合う相手との相性で決まる。

安居は、ぐいぐい引っ張っていく力に長けたリーダーだ。勿論情報収集も欠かさない。安居の命令じみた役割分担には、その実個々の個性を観察、分析、場合によっては状況を聴取した結果がきちんと生かされている。最後に入ったあの洞窟のように危ない状況で、瞬時に物事を判断しなければいけないならばそのタイプが一番向いている。
また、夏Bのように危機的状況の経験が足りなかったり、特にナツのように自分の判断力に自信が持てないタイプの子は、指示された、向いているとされた内容をやってみて、そこで開花しやがて自分の足で歩けるようになる。

一方で後任を継いだ源五郎は、常にみんなの意見を聴き、頼む時にも話し合いの場を設けるタイプだ。その方法は平穏な時、安定している時……そして関係が煮詰まっている時に最も能力を発揮する。無駄な火種を作らず、争っている場を納め、調停し、和やかに公平に管理する。複数の立場、役割、人間関係、過去にあった出来事のうち尾を引いているもの。それらを源五郎は客観的に、柔らかい口調で言及出来る。
こうした安定した時期においては、突発的な他の脅威がなければ安居は力不足だ。
動かなくていい時に動いてしまう。状況の変化に過敏で、些細な、見落とすべきことでさえ見咎めてしまう。運動能力も判断力も神経質なまでの察知能力も、同族への攻撃衝動と繋がれば全ては裏返る。

常に先生達の試練を受け、先頭の風を切り続けていた頃ならそれでもよかった。
敵は先生達と、死だったから。

だが洞窟の中暮らすならば、その性質はむしろ逆効果ともなる。
風通しのいい状況で歩き続けなければ、なにより安居自身が窒息してしまう。

源五郎達は歴史の授業でも習ったことがある。
その喩えで言うならば乱世の英雄、治世の賊が安居で治世の能臣、乱世の奸雄が源五郎だろうか。

安定しない危険な、突発的な新しい脅威の訪れるものというのがまさしく要の考えた、そして他のチームが初めに闘った未来。
安定した比較的安全な、例えば子供を安心して育てられるような状況というのは、徐々に皆が立ち直り、旧世代の、あるいはそれより少し原始的な村社会を築いた……未来の未来だ。


ゆえに、安居が少人数で外の世界に向かうことは源五郎にとっては正解に近かった。


外の世界で難題、特に初めて向き合う羽目になる問題に対して、効率的かつ頼もしく安居は渡り合っていけるだろう。恐らく銃弾がなくても、外の人々となんだかんだで協力しながら帰って来るだろうと源五郎は半ば確信に近い想いを抱いていた。

勿論、あまり使いこなしきれない船を、通用するように進化させることも、安居と、そんな安居をサポートする涼が居れば容易であるように源五郎には考えられた。

止まらない恨みや恐怖を前に進む力に変えるのは素晴らしいことだ。
だが先生達から与えられ、慣性の如く、先生達が居なくなっても止まらずに、更に足される燃料でもって勢いづいたその足をもって、誤った指針に基づいて進めたことがいけない。
指針は修正された。だからもう大丈夫だ。
やったことは消せない。恨みも消せない。歩んだ足跡は残っている。今後似たようなことをするかもしれないという疑心もある。それでもこれから歩む道では、もう少し共感できるようになるかもしれなかった。

源五郎はリーダーをできると、安居が言っていたことを源五郎はナツから聞いていた。

陸のリーダーは源五郎が。
海のリーダーは安居が。

そうした未来も、もしかしたら訪れるのかもしれなかった。

共感して、たまに互いの抱える問題を話して。
そんな日がまたいつか、来ればいいと思った。



……それに、船の上、常に海からの風に吹かれていた安居は、息を出来ていた。

……あの朝焼けの中で、泣きながら、それでも前に一歩踏み出した安居のように。



そんな折にこんなタイムスリップだ。


さて、この状況は突発的な危険、安定的な危険、どちらなのか。何が答えなのか。





「……脱出?できませんよ」
「だって、僕らはいいとして……彼らはどうするんです」

源五郎くんが指し示す先には、動物達。

「……この山、虫はいるんですけどね…動物は殆どいないみたいなんです」
「虫や草、魚だけでは、端午達の分を賄えません」

「元々の最終試験でも、あの子達、痩せ細っていたんです」





「あれ、桃太さん」

桃太郎や花や秋のチームといった、未来の安居を嫌悪する者と、夏のBチームの殆どのように未来の安居を一時期擁護した者。双方にとって、過去の安居の存在は衝撃的だった。

疲れを知らないかのように元気で、身体を動かすのが大好きで、人懐こく、外への興味が強い。
表情が豊かで、よく歯を見せて笑ったり嘆いたりする。
時折へこんだりもするが、逞しく立ち直り、むしろ周囲、主に茂を励ます側に回る。
真っ直ぐ素直に、全力で取り組む生真面目さと、コツをつかんでからはほどほどに手を抜く甘さ冷静さと紙一重の要領。
人間らしい欠点を持ちながらも、自分の秘める可能性と他者の秘められた可能性をどんどん掘り起こし、解放していくその姿は実にリーダーらしいものだった。

そんな安居の未来の姿を桃太郎は思い浮かべる。『茂』と桃太郎を呼び、歓喜し、違うと認識した以後も混同し、違いに憎悪の炎を燃やしたあの目と、白い髪。

形は同じなのに、色は真逆といっていいほどに異なる。

「……僕って、茂君に似てると思いますか?……安居、君」
「……?んー…確かに甘えたな所は似てるかもな。
 あとは記憶力か」
「……!」
「でもあいつは覚えるのは得意だけど要領が悪いっていうか、すぐ他の事に気が散っちゃってうまく活かせないんだよな。辞書一冊丸暗記してても、物をいつどこに置いたか全部覚えてても、訊かれて答えるスタイルだし。そんなんだから、自分自身の為に知識活かすのも下手だし。
 桃太さんは先に必要な事を取り出して言えてるから、茂もそうできるようになればいいんだけど」
「……」




「そういえば、ここに来る前名前の話をしましたよね」
「安居くんの名前の由来って何なんでしょう…あんご、あんご…坂口安吾と同じでしょうか」

「本人に聞いてみるか」





 場所は変わって、図書室。

「ああ、知ってるよ」
「俺の名前は、『一定期間、寺院や一定の住居に集まって、集団で修行すること』とか、『心安らかに生活すること』って意味らしい。珍しいけど、夏の季語の一つだ」
「よく間違われるけど、「吾」じゃなくて「居」だからな」

「前者の意味って、なんだかここの施設みたいですね」

「…そういえばそうだな」

「夏と冬、二回あって、 夏安居 げあんご あるいは 雨安居 うあんご 冬安居 とうあんご とか言うらしい。……俺達は夏だけど、冬ともなんか縁がありそうだな」

「最終試験が冬とか…?」
「げっ、それやだな…でもありうる」
「……安居くんは、最終試験何だと思いますか?」

「…何だろうな。分からないけど、今までの総決算になるんじゃないか?」

「例えば命がけのサバイバルとか…なんてな、はは、流石にないよな」

「…はは…」

 ひきつった顔で笑うナツをフォローしてくれる人は誰も居なかった。




「……ここら一帯は、最終試験の時水で埋まります。上部のダムが開かれたらしいです。……未来の世界では、大分様相も変化していましたが…」

「あの洪水で僕達の施設は沈みました。それから隕石も落ちて、山の周囲も水浸しになりました。乾季に沼地や海辺が干上がらない限り、ここの山部分しか未来では存在しません。
 今思えば未来で文明都市が軒並み水の底に沈むことの予行演習みたいなものだったんでしょうね。
 ……あなた方がタイムスリップというものをした場所は、丁度そこの分水嶺でしょうね」




********

 ・下っ端
 ・夏Aガイド
 ・傲慢
 ・体罰

・柳のおっさんを思い出す春の面々、ふーむと首を捻る角又、ぴんとこないひばり



・どうにか卯浪に取り入るなどして夏A最終試験に何人か参加することができるようになる混合達

・最終試験開始後ずっと獣の檻を見守っている源五郎

・新巻さんの投球(手作り)にスッゲーとなる面々(特に火クラ)
 ただ安居にはあまり教えたくない新巻さん

・安居の武器スキル・格闘スキルが少し弱まり水スキルが強くなっている(嵐との競泳の賜物)ため、なんとか気絶せず川下りをクリアする

・小瑠璃が手作りの楽器を作るのが好きになっており、連絡にそれを利用するようになる

・二周目で安居から鵜飼の銃の話、繭達の生き埋めの話、第一校舎水没の話などを聞いていたことに対し最終試験に参加する人達(夏Aにある程度シビアに接している朔也・秋ヲあたり?)が少しだけ手心を入れる

・最終試験の時、未来の記憶のない安居にアドバイスをする源五郎
 ・茂ジェラる
 ・ただし全体の生存時間は延びる

・獣と獣の持久戦になる







・選ばれたのは7人だったがメンバーがまた少し変わっている



・三周目終了






・以下
 4周目(卯浪回/花視点/柳参加)
 5周目(小瑠璃回/ちまき視点/美鶴参加)
 6周目(あゆ回/ナツ視点/吹雪参加)
 7周目(鷭回/茜視点/睦月参加)
 8周目(虹子回/葉月視点/熊川参加)
 9周目(涼回/蝉丸視点/親犬参加?)

のダイジェスト風箇条書きメモはこちら→

********




おまけ:

0周目 稲架秋ヲ





「百舌戸の名に懸けて、このプロジェクトは成功させてみせます」


スポーツは政治に使える、って言ったのはどこの誰だったか。




運動能力というのは、個人の最小の能力だ。
賢さというものも確かに大事ではある。
だがその内の大方は文明……つまり集団で居るか、対峙する相手が同種でなければ成立しない。


つまるところ、彼らは、未来において、たった1人だろうと闘い生き抜けるワンマンアーミーであることを求められているのだろう。



オリンピックの、一人で出場する選手ならそれもよかったろうが。


彼等は生まれながら未来に選ばれた子供達で、温室で育て上げられた……ありていに言ってしまえば家畜のような死を迎えるか、使命に振り回され挙句押しつぶされることになっていて。



「セーフティネットの存在しない世界……」
「かつ、仲間の死が隠される世界、か」

病気だろうと大怪我だろうと殺害だろうと誰かが消えていく先を教えてもらえない世界。
それこそが殺害への忌避感を殺したんじゃねえのか。


本当に無責任だ。
安居の言葉も。百舌の言葉も。俺の言葉も。



「俺達は 生まれる親を 選べない」と、蝉丸が言っていた。
季語がなかったが。




というのが読みたい



2017.12.08 15:02:23
設定変わってきたので加筆修正
2018/02/16 14:09
長くなってきたので分割





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最終更新日  2018.03.10 21:34:00
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