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1週間の旅でした。トップページの写真見てくれましたか?全日快晴!収穫絶大!朝もやの中のカレッジは勉強するための場所です!という雰囲気。インドのヒンズー教徒が見学(説明会)に来ていて私に言いました。「NO,SMOKINNG、NO,DRINKING.very good」また、彼らはオークランドはニュージーランドではない、そこらあたりの大都会と同じだ、と言いました。 そこで聖書を学んでいる若者40人に日本に来て私の学校を建てるのに手伝ってれませんか?と励ましました。するとボランティアでペンキ塗り、穴掘りなんでもやる、と私に直接やっていた若者は4人、そしてカレッジのリーダーに話しかけた者が数人いたそうです。7月からやって来たい人、来年2月からも。それまで彼らは金貯めると言ってました。頼もしい若者たち、彼らは人生の若いときに外国を見て見聞と体験も広めて将来の自分を作るのだ、と言ってました。 日本人の若者もボランティアで出かけている者とただ日本のぬるま湯に浸かっている者との差はその後半の人生の幸せにもつながるんじゃないかな。 幸せは、自分のために生きるものには微笑まない。今朝、ある女性が私にメールで資料請求してきた。ぜひ、朝もやのなかに点在する寮でひとりしっかり学んで欲しい。やっぱり英語をやっておかなくちゃ、と飛行機に乗って外国へ行くと肝に感じるわ。
2004年05月26日
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関空~ソウル~オークランドへの乗りついで13時間あまりでオークランドの青空に迎えられたました。 今一休みして、ライフウエイ・カレッジの新品の寮の事務所でこれを送信しています。静かです。きれいに整備されて、青々とした木々の木立のなかに点々として教室と寮が建っている理想的な勉強ができる雰囲気です。 勉強して過ごしたい人にはこれ以上のところはないでしょう。陸の孤島のような牧場の真ん中、ひとり黙想して、ゆっくり自分を見つめたい人、将来を深く考えたい人、雑念を取り払い、世の喧騒から逃れたい人、理想的環境です。ここでの学びがどのようなものがあるか20日からその説明会、会議がもたれます。その内容をここで書き記しますから楽しみに。写真も撮ってのせますね。
2004年05月18日
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雨の中を飛行機が飛び立つことになりそう。午後5時過ぎ、ソウルに向かって飛び立つ。そして2時間後、今度はニュージーランドのオークランドへ。明日の11時30分(日本時間午後2時半)に着陸する。何度行くことになっても、やはり海外旅行は国内とはちょっと違う。パスポートが必要な分だけちょっと違う。税関を通る分だけちょっと違う。沖縄に行くのにも北海道に行くのにも飛行機に乗るが旅に出る手段は同じでも、日本の外に出るのは何かが違う。 何が違うのか、それを今回じっくりと見極めたい。そんなことどうでもいいことかもしれないが日本を出ることは、日本人にとって他国の人が自分の国をでるのと遜色はないのだろうか? 日本人は、というとお前は日本人の代表かという声が聞こえてきそうだが、他の人にも聞いてみたい気がする。みなさん、どうですか?
2004年05月17日
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明後日関空から飛び立つのだが、カバンの中にまだ何もつめていない。1週間だが初めの5日はライフウエイで、あとの二日は友人の家に泊まる。その友人からメールがきた。「部屋あるで、楽しみしている。こんなに早くまた会えるなんて驚いている、驚いている」と驚きを2度も書いてきた。冗談で、「君んちで泊まれなければある教会の玄関で泊まることになる」とふざけてやったら、「その教会の本屋の前で寝るといいけど、11時にはフトンたたんでどかないとアカンで」、と言ってきた。冗談の好きな友人は、まじめな建築設計士で同じ歳だがまだバリバリ働いている。この典型的なキウイは、1963年9月22日にオークランドで会った。それ以来ずっと我が旅の同行者である。3人の娘の父親で私は二人の息子の父親になった。だが、旅はお互いに荷物を手放すときが近づいている。 日本に来いよ、と言うと頭を縦に振らずに、「お前がおれの仕事をしてくれ、そしたら俺がお前の仕事やってあげる。そうすれば、俺が日本に行ける」などと冗談ではぐらかす。隣で奥さんが呆れて笑っている。奥さんは、彼が働きすぎで体の具合が良くないのを知っているので大好きな日本に24年ぶりに行きたくて仕方がない。だんながイエスと言わないと、何事もことが運ばない彼の家族は日本的なんだ。そんな奥さんがとてもすばらしい。私の好きな人たちと会えるのが旅のハイライト。 旅は準備してするものだから、今日も誰と会えるのか今日の旅路では誰と会う準備をしているかな?手帳を見て「そうだ、農夫の友人に種をもらおう」と思った。
2004年05月15日
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私は間もなく人生の終焉を過ごす旅に出る。大阪の大都会で生まれて育って、大阪で学んで大阪で働いてきた。同級生の中には定年を迎えて悠悠自適、毎日サンデーの日々を送っている者もいる。人生70年、また長生きしても80年とするとこの度の旅は最後になるかもしれない2ヵ月後のこのホームページはウグイスの鳴き声といっしょにキーをたたくことになりそう。 窓の外は広大な樹海、木々の匂いが窓からプーンと匂ってくるそんなところで住むことができるなど私には夢のようだ。この日を夢見て生きてきたようなものだから今の私の胸は弾んでいる。 大阪での仕事は、もう十分やってきた。思い残すことはない。24歳で開拓伝道始めて40年の間、安まずたゆまず歩いてきた。いや走ってきた。走りつかれているのも知らずにいたときが50台半ばであった。 東京に行く前の夜中の2時、心筋梗塞のような症状に襲われて救急車で運ばれた。どこにも異常がないというので帰宅した。二日後また襲われた。静岡に用事で出かけた焼津の旅館で倒れた。救急車で運ばれたが女医さんはどこにも異常がないという。大阪に戻って二日後、また気分が悪くなった。心臓が早鐘のように打っている。意識が朦朧としてきた。1週間で3度も救急車に乗った。住友病院に担ぎ込まれて入院検査した。3週間後、どこにも異常はありません。しかし初めの1週間は、指に力も入らず食後の気分の悪さは異常だった。心臓にペースメーカーを入れていた隣のベッドにいた初老の人は言った。「あなたが病室に入ってきたときは重病患者のようで今にも死にそうでしたよ。」 「診療内科しかあとは行くところがありません」と心臓外科医は言った。心療内科の先生は、20分ほど私の話を聞いた後、「あなたは、典型的なパニックディスオーダーです。」英語には強い私だが、何のことか分からなかったがパニック障害とも言う。私は、4つのことをがむしゃらにやっていた。精神的にも身体的にも限界に来ていたのを知らずに走っていたのだ。医者言った。「私にはストレスなどありません!」医者は、「この病気の人は、そう言うのです。アメリカの大会社のリーダーなどによく見受けられる病気です。」「死の恐怖がその特徴です。死ぬと思ったでしょう?」 仕事のうちのすぐに一つを止めた。パニックディスオーダーは2度とその後現われていない。完治した。 そして今、私はもう二つを止めることにした。残るはひとつ、これだけに専念したい。(畑仕事がひとつ増えることになるがこれは食べるためにするのだが。) それは私のライフワークになるだろう。そしてそれが終わると次の旅に出る。その旅は、永遠の旅だがそこでもウグイスは鳴いているだろうか?その準備を毎日して行こう。 明日は明日が思い煩う。 今日のための心配は無用です。 労苦はその日その日に、十分あります。
2004年05月14日
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人の道を説いて「仏」の道を歩いている多くの人たちの応援をうけて日本の国をよきものにしようとしているあなた方も道を知らない群れと同じことをやっている。ホトケさまは、あきれておられるのでは?福祉をないがしろにしているとは言わないまでも欧米のそれとは劣っていると感じている日本人は、国民年金が頼りなのです。老後の保障は、今の苦しみからもたらされると信じて払い続けているのです。国民には義務を遂行しなければ、老後は年金配給なしですよ、官僚は言う。その義務不履行を口角泡を飛ばして他党を責めていた菅さん。それは個人問題ですよ、とぬけぬけと人前で弁明した官房長官。タバコを吸うなと言いながら、影で吸っている先生たち。盗みは悪いことですと言いながら泥棒を捕らえる警官が空き巣をしている。日の用心と隣人に声かける消防士が放火をしていて、自由を与えると言う政治家の言うことを信じて武器を持って他国の民を虐待する兵士、そして宗教の名のもとで人の命は尊いものですと公言しながら殺人を正当化する宗教指導者たち。このニッポン、そして世界はどうなっているの?それでも日本国民は、年金を今月もちゃんと払います。それでも日本国民は、泥棒しません。放火もしません。人を殺しに行きません。自衛隊員はその任務を忠実に遂行しながらみずからの務めを果たします。それでも日本国民は、政治家の言うことを聞いて選挙ではあなたを信じて投票します。毎日、ちゃんと働いてあなたがたが言っていることは正しいと私たちは分かっているので、私たちの分を果たします。そして罪を犯している者と同列に並びたくないので祈ります。あなた方がちゃんと仕事をしてくださるようにと祈ります。でなければ私たちが自分たちの信条を守りぬくことが難しい世になるからです。今朝もひざまずいて祈ります。世の秩序を守ろうと苦労している政治家や、為政者の皆さんたちのために。小泉さんはじめ自民党のみなさん、党首のいない民主党の議員さん、神崎さんは辞任しないらしいですが、あなたのためにも祈ります。世をさばく裁判官のみなさん、子どもたちを教える先生のため、日本を守る自衛隊の皆さん、安全に生活できるために警戒してくださっている警察官さん、消防士さんたち、などなどのために。祈ります。日本が世界で美しい国であるように国民を代表してその象徴として働いてくださっている私たちが慕ってやまない皇太子さま、皇室の皆様のために祈ります。国民の祈りが結集されて日本が浄化され発展するのですから。5人の正しい人がいるなら、その国を滅ぼしません。と神の使いは言いました。彼らの言うことは信じてもその行いを見習ってはいけません、と「パッション」の人は言いました。
2004年05月13日
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招待状がきた。会議に出られませんかと。来週月曜日、関空からNZへ旅発つことになった。ニュージーランドのライフウエイ(私が紹介しているボランティア団体)の活動紹介会議が開かれる。そのメールが先週やってきたが会議そのものは2ヶ月も前に企画案内されていたのが日付から分かる。 なぜそんなに遅く私に声がかけられたのか、単に忘れられていたのか、と思ったりしているがとにかく出かけることにした。 そこでの働きをすべて詳細に話し合い、世界の人々に紹介するために集まる会議である。聖書訓練学校、ビジネススクール、英語コース、TVプロダクションコース、CGアニメーションコース、その他多種多様の野外活動コース、ホームステイ、などなどの働きを紹介するための3日間である。 そのホームページは、ここ:(参考にしてください)。私のもっと詳しいニュージーランドのHPです。希望者への参考。(英語留学・ホームステイ・野外活動など)ニュージーランドのライフウエイ 23日の日曜日には、再びオークランドの日本人教会で皆さんに会えるのが楽しみだ。新しい場所で集まりを始めたそうで、たくさんの人がやってきているとのこと。NZに移住した日本人を中心に集まって励ましあっているみなさんは、明るくてKIWIぽくなっている。わが息子もそのうちのひとりだが。 格安航空券往復で69,450円也とは、今回一番安く行ける値段である。すぐに入手できたのもラッキー。
2004年05月12日
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結婚35周年記念(4年前)に日本にお招きしたら、喜んで来られて我が家の狭い部屋で寝起きされたのが、昨日のように思い出される。胃癌であった。胃癌と分かったときは、もう手遅れであったらしい。今年2月にNZに行ったおり友人Rから彼女の病気のことを聞き、そして2ヶ月後の4月29日に天に召されたというメールがきた。病気の進行ははやかった。 友人Eは、今どうしているのだろう。音沙汰がないが、葬式に出た彼の友人たちからメールが来て彼女の最後は、その生きかたのように、静かな平安そのものだったとのこと。彼女はいつも静かに落ち着いて、自分の考えをぽつりと言う。NZの女性というよりむしろ日本女性のようなところがあった。 若い女性や結婚しようとしている女性に適切なアドヴァイスを与えていた。また、夫Eの進む道に励ましの声をかけていたのが特に印象に残っている。
2004年05月11日
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うぐいすが鳴いている、それだけでなくムカデが這っている。蜘蛛がそこかしこにいる。こどもの手のひらくらいの大きさから豆粒のようなものまで、家の中にも庭にもいるわいるわ。 家内と姉、総勢4人で家の中を雑巾とほうきをもって働いた3日間であった。 きれいになった家は、夏からの我らの事務所となる。 庭にスコップで掘ったような穴があった。イノシシが掘った穴だ。 カラスが大きいと都会に住んでいる姉が言った。彼らはのびのび飛んでいた。 伊勢志摩の英虞湾が目の前にあり、見渡すかぎりの樹海の緑が眼前に広がる。3日からの連休のすべてが雨と風、そして曇り、満天の星はなかったが、緑のしずくに匂いを運び蒔いた種が芽を出して日ごとに大きくなっていく。ヤーコンは確実に成長している。 私は今、大阪のマンションからビルの連立を眺めている。そこには酸素が少ない。ムカデもクモもいない。イノシシもいない。ウグイスなんて頭の片隅にも浮かばない。いるのは人、人、人、人、人・・・・・・。そして車。
2004年05月07日
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