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人生は旅である。大阪という駅に60年間もおらせてもらった。そして三重県志摩郡大王町に向けて乗り換える日が今日。 マンションの管理人のおじさんが「100人いたら、あなたのように人生を楽しんでいる人はますいないでしょうね」これは私へのはなむけのことばとしてありがたく頂戴した。 部屋の中に100個近いダンボールの山、事務所の2回にその半分くらいのダンボールの山、それでも塾の資料は皆捨てた。新しい地で日本の中に潜む精神的宝がいかにキリスト教とかかわりがあるかの資料が山とある。それをひっさげて日本の「心のふるさと伊勢」に行く。 そこで特に日本の若者に命もいらぬ、名もいらぬ、金もいらぬ生き方を知る機会を与えてみたい。山岡鉄太郎が慶応4年、徳川慶喜の恭順謹慎実情を訴えに駿河の総督府の本営にまで単身、官軍の隊列の中を歩いて赴いたとき、西郷隆盛はおどろいた。 これこそ武士のこころと。「やまにやまれぬ大和魂」と吉田松陰が歌った日本人のこころがいかに聖書とつながっているのかを学ぶだけでなく、日本のルーツがユダヤ魂につながっていることを学ぶ学校を作る。これは雲をつかむようなものかもしれない。しかし、日本は一度失った愛国心、使命感、自分の身をかえりみず国に対して孝を親に対して忠をとりもどさなくては、経済的発展の影に精神的かげりが命取りになり、国のゆく末が見えなくなりつつある。盲目の骨抜き背骨くらぐら青年が、町を歩いてフリーターたるものが顔につやがなくなっているのを黙ってみていられない初老の人が人生の旅路の最後のかけにでる、そんなたいそれたことの門出なのである。 友人知人声をそろえて「いいところに行かれるのですね、」と言う。それほどの将来の安らぎは無い。金も無い。むしろ不安とストレスが大阪のアスファルト熱気のように地からわいている。しかし、乗り換えねば私の旅はマンネリ旅で終着駅に着くことになる。 乗り換えのプラットフォームで見送りに来てくれた人が5人。そして出雲大社系の信者が数人、キリスト教の牧師にエールを送ってくれた。40数メートルの巨大神殿は、伝説だといわれていた。しかし本当であった。またその倍100メートルはあったという伝説がある。日本の出雲の神殿が、日本建設にどれだけの意味があったかは創造をはるかに超えるものがあったにちがいない。 私はその神殿を伊勢の端、黒潮にのって先人がボートピープルとして流れ着いた大王崎のところに建てる。折口信夫や藤村が歌った「流れくる椰子の実一つ」の子孫が叫ぶ故郷の心を打建てたい。その神殿は目に見えないが日本の精神を復活させるものとなるかもしれない。「かくすればかくなるものと知りながら やむにやまれぬ大和魂」吉田松陰の歌は、日本人の心と今も生きていると信じる。 いのちもいらぬ、名もいらぬ、金もいらぬという若者が常識という下着を着てその上にキリスト教という上着で正装して世に出る内村鑑三、新島譲、新渡戸稲造、田中正造、を輩出することを夢見ている。 大阪で5000人の人の決心されるのを眼前に見てきた。毎週、集われる人が500人。その人たちと別れて10年たった。そして家内とたった二人で大阪で「聖書と日本人」という集いを始めたのが1993年。そして10年、私は仲間の数今201名。そばで応援して興味を示してくれている人約450名。 この人たちの後押しで三重県志摩郡大王町に研修センターを始める。ニュージーランドのカレッジ(バイブルスクール)が全面協力してくれる。 その献身者が肉体労働に10名くらいの人が名乗りを挙げてくれている。心強いことこの上ない。来年1月インドネシアに宣教師として行っていたカップルが吸う数週間手伝いに来る。 日本人よ、一緒に日本に福音が伝えられ浸透するために立ち上がる若者が今にそこかしこから泉が湧きあがるように現われてくるのを見るであろう。さもなければ、形式的に礼拝を捧げている信心深そうにしているだけの人々からはなにも生まれないし、日本に明日の駅はない。 わが旅路に大阪はもうない。日本が旅の道となる伊勢の地におかげ参りと言って日本中から人はやってきたのが数百年前。その伊勢に2004年9月の初研修会、おかげ参りじゃないが沖縄からの申込がすでに来ている。二人目はどこの駅から旅に出られるのだろうか。
2004年07月29日
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31年間の最終日だった。Cさん(女子中学3年生)が手紙を渡してくれた。「今日でいよいよ終わりですね。いろいろ思いでがあるでしょう。イヤのこととかたくさんあったと思うケドも、嬉しい事だってあったはずデス。それを忘れないでください。この塾が初めてで最初はかなりとまどってたケドすぐに慣れたよ。そのくらい いい塾やってんなぁー☆・・・・中略またお手紙送ってね☆ホンマにありがとうございました。さよーならっ。」もうひとりの中学2年生の女子は「今日でこの塾は終わるケド今まで本当に楽しかったです。これからなかなか今まで通り会えるわけじゃないケド、手紙とか送るから塾長も送って下さいね。本当に今までありがとうございました。すごい楽しく過ごすコトができました。塾がなくなるのはすっごい悲しいケドじゅくちょうを思い出してがんばります。!!!いつもの元気な塾長でいてくだサイ。三重県で新しい仕事がんばって下さい。体に気をつけて下さい!!おくさんと仲良くね!!」そして同じ手紙の中ででっかく赤字でいつまでもこのじゅくのメンバーを忘れないでね(ハートマーク)4人連盟(S.Y.R.S) この手紙をひとり事務所で読んでもう生徒とも会えないのだ・・・・・一緒に勉強できないのだ・・・・先生は君たちのことばに押し出されて新しい仕事がんばるからね、と独り言を言ってしまった。お別れ会のときにひとりの女子中学生がポツリと言った。先生泣かないの?小学6年生が「先生目を見せて」と言ってじっと見つめてくれた。
2004年07月25日
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大阪の下町九条のお祭りが私にサヨナラと言っている。神社の境内で中学受験をして合格した二人の仲良し女子中学生に会った。「先生!」と声かけてくれた。学校が楽しいと言ってくれている。 高校生と中学生の男子兄弟の塾生と夜店の通りを歩いた。塾後の9時半は祭りの太鼓も踊りも終わっていた。残念ながら毎年出会う塾生たちとは会えなかった。 「去年は僕の手をむんずとつかんでくれたよな、先生」と高校生のK君は2度も3度も、祭りの夜店が建ち並ぶ雑踏の中でのことを話している。200円のいか焼をぱくつきながら。私もパクつきながら。 お祭りは人と人を結び付けてくれる何かがある。驚いたことに初めて気づいたが、夜店で2軒トルコ人がソフトクリームを売っていた。 400円!もするのだ!夜店で売られているものがほとんど倍の値段なのか。 もっと子どもたちも少しの小遣いで買えるようなそして楽しめるものにしてほしい。夜店が商魂の溜まり場になり始めてうすぎたない思いがするのは私だけだろうか? 祭りは、お金を3000円渡して太鼓をたたいてもらうのも子どもたちへのお礼のつもりかも。 暑い汗だくの夜の祭り散歩は、私の愛する大阪最後の夏でした。 さて、今日も荷造りに汗。
2004年07月24日
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明日の24日がお別れ会。授業は今日で最終日となる。 今日は、社会、理科、国語の勉強の日でありすぐ隣の神社では昨夜からお祭りで夜店が並んでいる。今日もお祭りでドンドンと太鼓が鳴っているときに中学生は塾でテキストを見てドンドンと前に進む。 お祭りの日くらいは塾を休めばいいと言われるかもしれない。私もそう思う。 でも今晩は私のお祭りの最後の日なのだ。休むわけには行かない。 何千人の子どもたちと会ってきたことだろう。塾長として小さな塾を続けてきたがすべての生徒と顔を合わせて教えてきた。 人生の旅がどんなものであるかを話しながら。先日、お母さんが「勉強も大切ですが先生のお話が娘にとってもっと大切なものを学んでいたようです」、と言ってくださった。 これは私にとっての「敢闘賞」の授与である。そしてそのお母さんは、来年、「先生ニュージーランドへ連れて行ってください」と電話の向こうで言われた。「高校1年生になられる娘さんもいっしょにね。」と答えておいた。
2004年07月23日
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今朝実に32年ぶりの友人からメイルがきた。彼は1978年にニュージーランドからオーストラリアへ移住した。 体に障害をもっている妻をいたわりながら日々を過ごしていた彼とたいへん親しい交流を10年ほどさせてもらった。その後音信普通であったがニュージーランドの友人が彼の居所を教えてくれた。 そのD君からの返事が来た。昨日は、お世話になった77歳の方の訃報、そして今日は32年ぶりの友人からの元気な便り、心慰められるタイムリーな親友との再会?(メール上)はこの暑さの中で涼風の感である。 彼は積もる話を合って語り合いたいと言ってきた。それは私も同じである。 旧友合間見えるときこそ、人生の旅の途中のオアシス! 彼をさっそく日本に招いた。今の夏ではなく、9月以降に、「来いよ」と言っておいた。 足の悪い妻の笑顔が脳裏に焼きついている。
2004年07月21日
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それは10年以上も会ってない人の訃報だった。日本にご夫婦で何度も来られて、一緒に旅したり食事をしたことのある人だった。そのご主人が昨日の朝(日曜日)亡くなられた。告別式はまだいつか分からないという緊急の知らせ。 ちょうど不思議なことに1週間ほど前に今日メールの便りをくれた友人にメール送ったところだった。その内容は、今までお世話になった人が亡くなったらメールをくれるように、今まで告別式があったことの便りばかりで私は欠席してばかり、それは私の心ではないと。 ニュージーランドまでは遠いが状況が許すかぎり出席したいという意味のことをメールした。 そんなメールを送ったら1週間後に本当になってしまった。私は飛んで行きたい。だが状況が許さない。残念。 昨日、ある人からその人がたいへん弱っておられるとの知らせを聞いたばかりで、一夜空けてその人が亡くなったとのメール。 遠い空の下で親しかった人が旅立っていくのを私はひとり惜別する。
2004年07月19日
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雄大な太平洋と入り江の変化に富む英虞湾が私の住処となる。あと2週間だ。 2,3日前に引越し準備で若い男性と行って来た。彼の住むところ、仕事を探した。2,3軒の家と2,3件の面接を受けた彼は新しい地での希望に胸膨らませている。 ウグイスが鳴き、イノシシが歩き、庭にカニが戯れている所に住む私も胸膨らませている。 酸素がイッパイという感じがいい。涼風が吹くのもいい。自然がイッパイもいい。 後は人との交流が控えている。人はひとりでは生きていけないし、生きてはいけないと思うからこれが一番私の期待の膨らむところだ。 心開いて交われる人がもうすでに友人の友人だというので数人でき始めている。これは一番の神さまの恵みである。
2004年07月17日
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(画像あり)。毎日のように資料請求がきている。2泊3日くらいなら時間がとれます、というのが多い。行き返りに要する時間が(関西空港発、大韓航空)15時間くらいづつかかるから2泊3日ですが5日間体を空けないといけない。その5日間の自由もとれないとは、なんと日本人は余裕のない生活を余儀なくさせられているのかなんだか物悲しい思いがする。8000キロも離れたところへ行くのにせめてあと3日ほど休みを取って1週間くらい休暇とれないものかと思うのだが、なかなか現実は甘いものじゃないという。ニュージーランドのキウイたちは心の余裕も仕事の余裕も十分にもっている。それでいて生活は日本のようにぜいたくな暮らしはしていないのだが。ようするに心のもち方しだいだと思うのだがいかがのものだろう。長期留学をしたい人が、ちょっと見てくるというのだから2泊3日がちょうといいのかもしれないが、今回10月21日からの3日間、無料見学会に友人たちにも大いに進めている。キャンパスの寮のひとつとキャンパスの一部 ちょっと内容を書いてみるとカレッジの授業風景とかキャンパス内を巡って歩くだけでその雰囲気は十分味わえる。3Dアニメーションコースが人気抜群。TVプロダクションのディレクターや裏方さんをやりたい方には最適な小さな実践的放送局での学びだから、腕はやり方次第では楽しいだろう。ビジネスコースは、世界的に成功しているビジネスマンから直接ノウハウを知るのが可能な弟子化して習うカリキュラム。短期区切りで習うカリキュラムなので自由に期間を調節しながら学べる学校というのも魅力的だ。世界にもあまり例がないと私は聞いている。そういう内容の濃さにもかかわらずたいへん安い授業料である。もちろんメインは、英語留学だ。これをマスターしないと上記のクラスには入れないから。トエフルで525点は、厳しいが人生では難関はつきもの。がんばって欲しい。近くの海岸を自由に散歩して前回の5月に私が参加して時は、インドの留学斡旋業者がふたり大いに楽しんでいた。それから午後、近くの歴史的モニュメントのミュージアム的100数十年前のイギリス風の館と公園に船で行った。そこに孔雀が放し飼いにされており、島を散歩。その途中船で30ほどかかるが途中、いるかの群れに2度会った。彼らが船に添って一緒に泳いでくれたのは圧巻であった。こんな幸運はめったにないらしい。外洋でいるかと泳ぐツアーも組んでくれるがライフウエイ・カレッジから北へ3時間はかかる。そこで1泊しているかと泳ぐツアーもいいものだ。今日本は真夏、向こうは真冬だがそれでもウエットスーツを着ると十分一緒にいるかと泳げるとはすごい。今回の企画で10月は、往復航空費82,000円と旅行会社は言ってきている。ニュージーランド航空ではその倍額するようだ。無料見学会は、私が内容を企画してライフウエイ・カレッジがそれに応答してすべて無料にしてくれた。この見学を踏み台にしてニュージーランドへの夢を実現するためのお役に立とうとする団体への対象ツアーだが長期留学したい人たちからの問い合わせがやはり多い。果たしてどれだけの人が参加されるか申込を待っているところ。ぜひ希望者や関心ある人いましたら、メールくださいね。h.newlife@newlife-jp.comこのツアーは私儀、まったくボランティアですのでひと言付け加えておきます。冷やかしでも一度行ってみて3日日間見てみるだけでも人生変わるきっかけになるかもね。
2004年07月15日
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一票を軽んじる者は、国政にもの申してはならない。ふさわしい人がいないと思う人は白票を投じればよい。しかし、ベストがいなくてもベターは必ずいるものだ。 棄権する人、無関心な人は次の投票するときまで国政に口をはさむ権利はない。 義務を果たさず権利のみを主張する人は、世を明るくするのではなく世の光に覆いをかけているようなものだと思う。 投票しない人は年金について不平を言うべからず、また、自衛隊が多国籍軍に参加するか否かなどに論評するなど身勝手というもの。年金を払っていない人が年金法案について云々しているときだからこそ投票に重きを置くべきなのではないか。 無人島に私たちは住んでいるのではない。日本を愛し家庭を重んじ、平安な人生を過ごしたいと祈っている。ならばこの世の成り行きを担う人物や諸党派の主義主張をよくわきまえて主権者たるひとりひとりは名実ともその主権を果たそうではないか。でなければ今後一切、国政を預かる者の言うこと、行うことに口をはさむべきではない。 それほどの勇気は幸い私にはない。他者の言うなりの人生などもってのほか。
2004年07月11日
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河童橋の下を流れる清流の美を見ずして、ナイヤガラの滝の壮大さを感嘆するのもよいかもしれない。だがしかし、それは愛国心には至らない。 日本人が日本語の美を知らずして英語を話すことも可能かもしれない。だがしかし、これは自他とも満足する人生をおくれず、ホトケつくり魂入れずに通じる。 寛容の精神を最も発揮する人は、自分の信じるところを堅固に守る人でもある。内に不動のものをもっている人であるが故に、他を認めることができる。もし内に信じるものをもたない人が他を認めるとなると、ますます自己破壊を招き自己嫌悪に落ちる。いわゆる八方美人となり、一時的に好かれてもすぐに正体がバレてしまい自他ともに求める不満足人間となる。風にもてあそばれる秋の枯葉、犬の遠吠え、自分の恥じのあわをわき立たせる海の荒波、さまよう星となる。 「柔和なる者、地を受け継ぐ」とはイエス山上の垂訓の一つ。政治を司る人の最も必要な資質の言えるであろう。寛容は柔和の兄弟、自分と異なるものをもっている人への尊敬と評価ができる人こそ、妥協せず信じる道を歩む人となる。 エジプトの奴隷であったイスラエルの民、約300万人ともいわれる人々を導き出したモーセはその人となり柔和なこと類を見ずと聖書は述べている。しかし、彼の一徹ぶりは並たいていではない。エジプトの王パロへ妥協なき戦いを挑んでいる。その要求は彼の内にある神への信仰、信頼、そして正義に誰ひとり指を触れることはできなかった。「神はお前だけに語られたのか!」と反旗を翻した仲間に神罰が下ったとき、モーセは神にとりなしの祈りをしている。その柔和なこと目を見張る。 それはやはり自分の内に確かな信じるに足るものをもっていたからに他ならない。 大都会の町を夜の9時に少女が塾から家にひとり歩いて帰る。これは日本以外の先進国の大都会では常識ではない。日本に在るものがどれだけ神の恵みを受けているかを知らずして、外国のものに憧れている者の中にさまよう青い鳥症候群を見る。チルチルミチルとならぬよう日本国民は今一度、自分に与えられた精神的めぐみを見つめようではないか。 自虐的ものの見方をする人が決して知識人でも教養ある人でもなく、ましては寛容な人であるはずがない。 常に感謝する人こそ寛容で柔和な人であり、他を受け入れ認める。それは自分を尊び愛しているからだ。
2004年07月10日
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私が40年前にオークランドに着いたときの印象は田舎ではなかった。 赤い屋根の多い美しい町でした。まるでおとぎの国に迷い込んだような町がそこかしこにありました。 クライストチャーチなどはエイボン川のほとりに座ると立ち上がれなくなる魅力がありました。 大阪の淀川を見て育った私には夢の町並そのものでした。 1年間のオークランドでの生活は、今思い出すだけで身震いがするくらいの感動の連続でした。 それから40年の月日が過ぎました。私は年2回、その古巣へ旅立ちます。40年間も続いている友人たちに会いに行くのです。 ですが古き町並に会いに行くことはもうできません。オークランドは変わりました。クライストチャーチも変わりました。郊外も変化しています。人の多いところ、車の多い道路は田舎でも増えました。もう昔の人々の面影は、なくなりました。 こんな表現が適切かどうかは知りませんがきれいな水がにごり始めている感じです。きれいな空気が煙がどこからやってきている感じです。 公害ではありません。人々の町を歩いている風情から感じとれるのです。 でもニュージーランドの空はまだきれいです。田舎はそのままです。 牧場は同じです。羊が草をたべ牛がゆったりしています。 40年前の友人は頭ははげ、白くなり、お世話になった方々が天国に毎年旅立っていきます。 その告別式に出られないのは私の心残りのひとつです。その訃報を後で知らされるからです。 事前に知らせて欲しいのですが、そうもいきません。 同年代の友人は、まだ数10名います。その友人に会うのがなぜこんなにうれしいのか、自問自答してみました。 そのわけは、日本人とは波動が違うものをもっているからです。英語でものを考えたり、ことばを捜すのが私の内なる何かに電気ショックをかけられて眠っているものを目覚めさせる働きがあるようです。 ニュージーランドのその土地で彼らに会うのがいいのです。もちろん彼らが日本にきて語り合うのもいいのですが、緑と木々に囲まれて、静かな“田舎”で合うのがいいのです。 それが変わり果てて来ているオークランドであってもやはりそこはニュージーランドなのです。ひと言付け加えさせてください。昨日の日記の場所、ライフウエイ・カレッジはニュージーランドのそのままが残っているところです。 私の大好きな心清められる場所です。家内は飛行機が嫌いです。狭所恐怖症です。でもライフウエイ・カレッジの地に足を踏み入れると安らぐと言っています。 私が育った大阪が40年前とはそれ以上に変わり果てて大都会になっていますがそれでも大阪であるように。 ニュージーランドは私の“田舎”です。
2004年07月09日
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これは興味ある人には、グッド情報です。ご自分で学校で滞在し見学して後、自由に旅行を楽しまれたらいいですね。私も行きますので、これを機会に親密にフェローシップの絆ができるといいですね。それでは情報です。2泊3日 ニュージーランド留学ライフウエイ・カレッジ無料 説明会ご招待10月21日(木)~23日(土) 現地 20 Goodall Road Snells Beach Warkworth New Zealandニュージーランド校にて語学・ビジネスコースなど留学無料説明会を開催。滞在中の宿泊、食事、送迎、観光一切無料です。通訳あり。説明会プログラムコース説明・・・・英語留学・ビジネス情報コース・アニメーション3Dコース・ TVプロダクションコース・カレッジ周辺観光など。対象・・・・・個人で長期留学希望者・小中高大学の語学研修、海外研修担当先生 グループでニュージーランドでの体験・研修を企画している会社、 諸団体の海外研修担当の方など。ツアー企画株式会社 ジャコアンドワールド 大阪市浪速区恵美須西1-3-4 坂本ビル1F飛行機の便はジャコアンドドワールド(20日の便のみ添乗員付き)が格安で用意します。申し込み問い合わせ:06-6647-4400※ 往復の飛行機便の日時は任意でお決めいただけます。 航空運賃・おみやげ・海外障害保険は自己負担です。詳細はライフウエイ日本事務局ニューライフまでメールでお問い合わせもできます。h.newlife@newlife-jp.com へメールください。すぐに返事します。
2004年07月08日
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私はあまり人のいないところに行くことになった。もうすぐ引越しである。ここでこのように書くとニュージーランドへ行かれるのですか?と聞かれた方がいたが、あいにくそうではなく、ニュージーランドのような風景というべきであるかもしれない三重県の伊勢志摩船越というところ、英虞湾の見渡せる風向明媚なところで住むことになった。 そこで一応健康チェックを親しくなった近くのお医者さんにしてもらった。先週である。4,5日後その結果が出た。中性脂肪が多くなっていた。先回の診断の213mgから237mgになっていたがそれがどのくらい悪いのか、先生はまったく問題にされない。そのことは、まずまずOKなのだと判断した。「でもやせなさい、肥えすぎですよ、」との注意。さて、ダイエット再度挑戦だ。先生は、環境のよいところで運動しっかりやってください、とエールを送ってくれている。 HCV抗体はマイナスで幸いにも陰性である。私は5歳のとき母親から輸血してもらって助かったことがある。あと1日私のところに連れてくるのが遅れたらこの子は死んでいたと言われたらしい。そのとき以来、献血は何度仮したが輸血はない。普通はC型肝炎ウイルスには感染するはずなどないが、「医者の私たちはちょっとした指先を怪我したときなどかかるのですよ」と言う。 この病に苦しんでいる人たちを知っているので他山の石だ。 総コレステロール値が高い。HDLコレステロールが低い。これも先生は問題ない、とかたづけてしまった。 次は歯医者に行った。今も通っている。この歯医者がすごくいい。安い上に親切、ていねい、先生の人柄がいい。看護婦さんも感じかいい。近くの歯医者2軒はなじめず、新しい歯医者にめぐり合いたかった。今日で3回目だがその椅子に座るのに安心感があるのはどうしてだろう。このいきさつは明日または書くことにする。
2004年07月07日
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昨日3日にスキーに知人が3人が東京から発った。南島で滑る。気持ちいいだろう。2週間滑って、帰国の途中オークランドに立ち寄り我がライフウエイ・カレッジに行く。そこで3,4日滞在する。1泊35ドル(約2500円也)。 そこは牧場が広がり、すぐ前がビユティフル海岸。散歩が静思の時を助ける。 牛がじっとこちらを見る。空が透き通り突然の雨が虹を架ける。そんな話を塾講師とのお別れ会の中華料理店で昨夜した。講師のひとり2度、ライフウエイ・カレッジに行った彼女は耳を覆って「やめて」と叫ぶ。盲人に本を読んで声が疲れます、と忙しい日々を送っている彼女は今、ニュージーランドへは行けないのだ。 家内は横の男子大学生講師に「行きなさい」と命令している。 NZにいる友人が来週帰国するとメールしてきた。彼女は、ライフウエイ・カレッジで5,6年滞在した。そして今度は日本で生活することを選択した。行く人、戻ってくる人を真ん中で見ている赤道は彼らの人生の良き理解者である。 私も10月21日に予定を先週組んだ。ツアー会社(友人経営)はすでにその広告を作った。2泊3日のライフウエイ・カレッジ見学会、すべて無料。飛行機賃は無料ではない。(当然・笑)現地集合、あとすべて無料にした。やればできるのですよ。 私は、少なくとも1週間は滞在したい。明日の月曜日から一緒に行く人を探す。川○さん、実○さん、寺○さん、高○さん、新△さん、古△さん、佐△さん、Oさん、Hさん、・・・・・・多数。そしてこれを読んでいるあなた?だれがこの指にとまるかのかなぁ。 マンネリの生活は、精神を腐らせる。新鮮な人生を日々送るために代価をいとわない。今日も精一杯働こう。
2004年07月04日
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「1センチのがんは、10億個の細胞が必要、10の9乗のがん細胞をみつけても100%治る。」「りっぱな癌になるには20年かかる。40歳でがんとわかったとすると、芽は20才ぐらいのとき、すでにあったことになる。」「千個のがんの芽があったとしても、大成するのはせいぜい1個ぐらい。それほど大成するものは少ない。これは、人間も同じであろう。」(26ページの見出し、大成するがんの芽は千分の1より。) がんですよと言われたとき、すでに20年も30年も前にがんの芽が植え付けられていて、それがまれに大成したものであるということなのだ。 私の姉が65歳くらいのときに、胃にがんが見つかった。医者は私を呼んでそれを告げてくれた。胃潰瘍だと言って手術をして、切り取った胃を見たとき1センチくらいの黄色味がかった薄気味悪いがん細胞が10センチから15センチ四方の血色の良い皮膚の上にのっかかっていた。私は姉に真実を隠した。そして1年たったとき抗がん剤を飲まなくなった姉にがんを告げた。他の臓器に広がるの防ぐために飲まないのはダメだと医者に言われたので。姉はその晩一晩眠れなかったと言った。姉のがんは30歳から40歳くらいのときに始まっていたのが、成長して65歳くらいのときに食事前の空腹時にそのしるしを訴え始めたのである。成長の途中で消え去るのが普通なのだそうだが稀に大成しよるのがあるのだ。人間にも稀に大成する人がいるように、たくましく大成したがんは人にいかに生きるべきかを教えている。がん細胞は他の臓器にも働きかける能力をもっている。胃の細胞は、他のいかなる臓器の細胞にも影響を与えることができないのだそうだ。肝臓の細胞もおなじ。他の正常細胞は他に影響を与えることができない。しかしがん細胞は他の臓器でも移転してそこで成長する特別の能力をもっているとのこと、これはすごいことではないか。姉のがんは5年経って他の臓器に移転していないことを確認した。そしてそれからまた5年、6年と経っているが食欲も旺盛、元気ハツラツ、ひとり住まいをエンジョイしている。
2004年07月03日
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この前の日曜日に重労働した。その甲斐あって筋肉痛に悩まされて2日目の火曜日、公園を5回ぐるぐる歩いた。はじめ腿の裏側がパンパンに張って歩けないほどだったが5週目くらいになると楽になった。そして水曜日、体全体が元通りになった。 筋肉痛は、ほぐしてやればいいのだ。痛くてもそこを使ってやればいい。何もしないで怠けさせると治りが遅くなるのは子どもをしつけるのとあまり変わらない。塾で勉強させるためのコツのようなものでもある。 健康であることは有難いことだ。この80兆の細胞が一つ一つ生きており全体がバランスよく保たれていること事体が奇跡のようなもの。神さまに今日も心から感謝する。 今話題の「がん哲学」樋野興夫著を読んでいるががん細胞に学んだ人生哲学は、示唆に富んでいる。実に視点が鋭い名著である。これはお勧めする。
2004年07月02日
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