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あらためて三国志を読み出したのは今月中旬に青島に行ってから…中国についてあらためて知りたくなったのがその理由です。東京で中国系の社長と打ち合せの時間まで時間があったので本屋で探したのがこの本です。移動の飛行機の中でページが進みました。しかし中学の時に一度読んだけど読み返すとほとんど覚えてません。今は西洋の場からそれなりに文化を理解して読むのできっと吸収の仕方が違います。一般に因果という概念が生活の基盤の中に少ないこのアメリカから見て、よいことをしたらよい結果、そして悪いことをしたら悪い結果が来るという概念はまさに東洋を感じます。しかも織田信長も引用したとされる古い三国志にまでその概念が溢れています。読み直しとはいえ、とても面白く、ページが進み時間が経つのを忘れるようです。中国の奥の深さを勉強し直すという感じでしょうか。蛇足ながら青島で、中国から日本へ由来した漢字がものの見事にその意味を継承していまることを改めて感じました。多少のニュアンスが変わってはいるでしょうが的確な伝来に感動しました。発音も日本式に変わってしまったとはいえ、近い読み方です。まだまだ読了するまでは先ですが、楽しみながら、味を噛み締めながら進めていきたいと思っています。
2006年11月30日
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昨日、無事戻りました。たった10時間未満で別の国に行ってしまうというのはいつもながら面白いです。今回は旅行のパターンを変えたので、到着時間がいつもと違い時差への対応がしっくりいきません。日本での宿泊先も変えてみました。気分転換もあり、節約にもなる訳ですが、自分にいつでもどんな環境でも文句言わずに対応できるようちょっとしたトレーニングの意味もありました。私の好きな言葉「座って半畳、寝て一畳」です。ホテル代はいつものホテル1泊分で2日泊まれ、飛行機もいつもの会社の一往復で2往復できます。日本と中国では多くの案件を受けました。中には同日で断ったものもあります。(アメリカ市場参入案件ですが、相手の姿勢に賛同できなかった)さあ、明日から本格的にオフィスに戻ってバリバリ仕事です。新しいスタッフもこの間増えているとのことです。それが楽しみです。新たな問題も出たようですが、いかに解決できるか、それがまた楽しみです。この場を借りて、日本でお世話になった方々、色々ありがとうございました。
2006年11月26日
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アメリカへの出発を一日ずらし、今日出発します。予定よりも長くなってしまい、戻るのが恐ろしいくらい仕事が溜まってそうです。ホテルでCNNを見てると一刻でも早く戻りたくなるのはいつものことです。アメリカ入国の入国審査の時に「Welcome back!」の言葉を聞くといつもほっとします。今回はいつもながら多くの宿題を貰ってきました。それぞれの分野が違っているので大変です。数日前にスタッフも日本入りしており、大阪で合流し、先に私が戻るという形です。お金を作るためにお金を使い、いい時間を作るために時間を使うという感じです。では行ってきます(というより、帰ります、ですね)
2006年11月24日
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しばらく寝不足が続いています。またそれが私の典型的な日本出張パターンでもありますが。今日、昨日書いたIT会社幹部達とセッションを持ちました。懇談会ともいえるのでしょうか。人によってはコーチングとでもいうのでしょうが、私はFacilitatingと呼んでいます。なぜなら私から相手に教えることは何もしません。終了した結果として、その会社から大きな評価を受けました。特にその幹部達全員の顔つきが全く変わったと聞いたことは私の喜びでもあります。その後にその会社の社長、会うのが2度目となる別の中堅会社役員と懇談。その会社からも次に時間をとって頼みたい旨受けました。私にとっては本業ではないのですが、どの会社もチームワークががっちりして盛り上がっていくのであれば時間を割きたい気分です。明日も東京。今度は上場企業からスムーズなアメリカ支社運営についての相談です。明後日には大阪に入ります。飛行機の中ではぐっすりできそうです。
2006年11月20日
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さて昨晩、東京に戻りました。都内で同じように事業で頑張る友達と食事をしました。面白いのは1言えば、10までお互いに意味がわかりあえること。私と同じ言語を喋る人です。きっとこの2人は日本では変人の組み合わせなのかもしれません。というのは、多分、同じ境遇で同じ視野を持っているなんて、かなり低い確率であると思ったからです。翌日の今日は日曜日、親友である友達の家に行って来ました。彼は前にブログで書いた一事業を上場させたつわものです。案の定、次の一手を考えていました。この人種は死ぬまで尽きないのでしょうね。さて、明日は朝から私がコモンを務めるIT企業訪問し、その企業文化とリーダーシップについてセッションを持ちます。アメリカでも2回経験があり、両者とも予想以上の結果となったので、日本でも必ず通じるものと考えています。どうなることか、いろんな意味で楽しみです。そういえば普段、傘を持つ習慣を失ってしまった私は今日傘を持つのが面倒なので、そのまま荷物を持って移動しました。そもそも友達に送られてタクシーに乗ったのですが、しばらくしてそこから新宿までの行き方に自信がないと言い出して降りたことに始まります。雨の中、ちょっと別のタクシーを待ったのですが、中々来ないので、荷物を持ったまま駅まで歩きました。雨を軽視してたのですね。私も荷物もびしょびしょです。電車に乗って時間が経ちなんとか濡れからくる不快感もなくなったのですが、新宿駅に着いてから歩くとまたもとの状態に戻ってしまいました。(駅からタクシーという手もあったのですが、私は距離が近すぎると駅で長蛇の順番待ちするタクシーに気が引けてしまいます…)それにしても雨は手強かった…雨中にプレーするスポーツ選手がエクストラに疲労感を感じるというのが身に染みて、もしくは身に滲みてわかった夜でした。
2006年11月19日
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1980年、ある中国の青年が立志を胸に日本に入った。学生から通訳を経て、会社勤めを経験。数年前に独立して日本で起業。今回、本国で支社と立派な自社工場を開設した。そのオープニングセレモニーに業務関係者、友人をはじめ、地元の市長を含めた政府関係者が列席。日本からは大手会社の社長、役員も列席していた。その彼と夕食をともにした。その時にある話を聞いた…オープニングセレモニーの朝、6時に起きて亡くなった両親の墓へ… 「不肖の息子でしたが、ここまですることができました」涙を持って報告する。涙が止まらない。その後、セレモニー会場に向かう。そこでは多くの整列する従業員とともに軍楽隊も待機。祝砲の準備や赤いカーペットも敷き詰められ、お祝いの品も所狭しと賑わいを見せている。彼は多くの列席者一人一人に挨拶し、予定の時間ともに特設ステージ壇上に上がる。スピーチの際、彼は涙は見せなかった。そして堂々と、そして感無量の表情でしゃべった… 「みなさまのお陰でこのたび素晴らしい 工場を作ることができました!」両国の言葉に堪能な彼は、あえて日本語で挨拶を述べた。通訳を介して。そこには、「日本で」ここまでやり遂げましたとメッセージを送るかのように。セレモニーの間、私は終始感動で胸が詰まる思いであった。古い言葉かもしれないが、「故郷に錦を飾る」ということはこのことではないかと。それをまさにビジュアライズしているかのようである。私もそうだが、他国で生きて行くということは、単に異国に居を構えることではない。どこでも人種的偏見がある。時には「非差別人種」として、自国にいればありえないことを経験する。その中で信念を持ち、夢を持ち続けてることは容易いことではないと考える。その国や人に恨みを持つのは簡単である。それは日本にいるアジア人だけでなく、例えば欧米にいる日本人にしても同じ。改めて私は、そういった苦汁を飲んできて初めて、違った人たちに優しくなれるのかもしれないと思った。彼の言葉の一言一句は他人事でなく私の言葉でもあるように聞こえる。彼の会社の前途に祝福あれと切に思った。
2006年11月17日
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今日、青島に到着しそこから書いています。色んな方々と名刺交換、特に中国語が喋れる私ではないので幾分か非力を感じながら、地元政府関係者達と夕食でした。その前に時間が会ったので一行で買い物に連れて行ってもらいました。アメリカが長い私は特にぼられることを極端に嫌っていますが、相変わらず相手の提示する値段が高いこと高いこと。同行の方と私の買い物の分で得意のネゴを入れて、連戦練磨で価格交渉ー。ほとんど地元の人が買う値段で落としました。しかしゲーム性があって楽しさはあるのですが、後で疲れが出ます。アメリカでGriengo (Gringo?)Priceなる言葉があります。これは中米などでアメリカ人だと見ると吹っかけた値段を提示してくるという意味です。どこでもこういうことがあります。以前、北欧に行ったとき、あの純粋なお国柄の口から日本人観光客をみると思わず高めに値段をつけたくなるという言葉に考えされられたものでした。いわゆる日本人Priceです。先進国でもそう思わせるものがあるのですね、日本人は。半年ほど前にテネシーに出張で行った時、価格交渉でこちらの希望価格を得ることができました。その時に先方からこういわれたことがあります。 「あなたはユダヤ人か?」もちろんそうでありませんが、そのネゴが理詰めで妥協を許さなかったからなのかもしれません。もっとも、ユダヤ人に対して失礼な発言ではありますが。ステレオタイプです。まぁ、ここまで言われるようになり、中国や夏にいったタイなどで地元の人に対する値段まで引き下ろす交渉ができたとすれば私も一人前かと思ったりします。とにかく日本人としても、ぼられることは馬鹿にされてるようにしか思えません。私のつっぱりがこんな形で出るのでしょう。彼らの持つ日本人観光客への固定観念に対し、一矢報いたいものです。さて、明日は2日目の青島となります。
2006年11月15日
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明日から日本に出発します。荷物のまとめはこれから。いつも夜中から始め、夜明け前に終って横になります。それで睡眠不足で飛行機の中でぐっすりという計算です。以前、このブログに書きましたが、飛行機の中でインターネットができるフライトもあり、それに乗ってしまったがために熟睡はおろか、メールやリサーチやはたまたSkypeまでしてしまったことがあります。おかげでほとんど寝ずじまいでした。出発前に仮眠数時間で飛行機で寝ないとなると当然着いたらゾンビ状態ですが、ここしばらくは着いた当日からアポを入れているので意識して目を大きく開けながらの商談となります。さてその飛行機でのインターネット-その代表格がボーイング社のConnexion by Boeing(Spellingはこうだった?と思います)思ったより採算がつかずに止めてしまうようです。なにしろスタートの段階で彼らなりに充分なマーケットリサーチをしたのですが、結果がそれに準じえなかったといいます。ちょっと笑えたのが、リサーチの際、空港に出向いてラップトップを持ってそうな人に 「飛行機でインターネットができるとしたらしますか?」と聞いて廻ったそうです。そうしたらほとんどが、 「それはいい!是非するよ!」と答えたというのです。物珍しいからそう答えたんでしょうね。私も仕事などでどうしてもというのがなければもう使いません。無料でなく、有料(ボーイング社が直接徴収3000円くらいだったでしょうか)であることも多少は関係があるでしょうが。しかしボーイング社によると各機へのインターネット設備投資には何億円(忘れました)かかってるということ。結局元も取れず、ヨーロッパ系の同様の会社に売却するとか、薄ら覚えですが…画期的で思い切った新規事業でしたが挫折です。こんな大手でも見当ミスはあります。まぁそのボーイングも、今回のエアバス社の新機種製造納期順延のためにアメリカのFedExが大型発注をキャンセルし、他の航空会社も同じように追随すると見られているので、しばらくは順風漫歩でしょうが。私にとっては飛行機の中では映画を見る、本を読む、そして寝る、とこで充分です。あの空間はどう足掻いても、ここでは仕事はできないというのが逆に大切な一時になっています。だけど一旦、空港に降りたら全く別の話です。それまでの間、ちょっとボーっとしてたいというのが私の乗り方です。さて、いつも時間を使うのは訪問先が多い時の荷物の用意。今回は3ヶ所、途中で荷物を分けて移動、後半で増えたものも含めて、東京出発前夜に一つにします。そうするとまた寝不足で搭乗することになります。しかし時に困るのは前夜に一つにまとめきらないってわかった場合…
2006年11月12日
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この週末から10日間の出張に出ます。いくつもの案件があり、10日間とはいえ強行スケジュールです。内容としては、中国工場の開所式参加、日本企業のアメリカ進出に関する案件2件、アメリカ市場への商品流通案件、顧問をしている会社の訪問、提携しているコンサルタントと打ち合わせ、そして顧客訪問、などです。最近、富に日本のいいものをアメリカで流通させたい気持ちが強く、それなりに動いてはいますが、流通させるためにはその会社の資質が大事になってくることが私の中で大きくクローズアップされています。それは、1)商品力があること(充分なリサーチの結果として)2)経営者、責任者が市場流通の夢を持っていること3)その分の予算を持っていること4)リサーチ、マーケティング、コンサルティング、翻訳に対して 時間の価値を理解していること、などがあげられます。売る層などのセグメンテーションなどはその後です。この内、一つでも欠けると夢を持っていてもただの夢で終わったり、商品力があっても先に進みません。私の意見としては、こちらから商品がいいと思ってアプローチをかけても、相手側にその気やビジョンがないと行く先で座礁に乗り上げます。明らかに日本発信の商品で、多少形が変わりこちらで流通しているものが多々あります。思った以上に日本の製品は、伝統的なものを含めて、世界には斬新であったりします。こういうところにも発想の転換が必要なのですね。
2006年11月11日
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アメリカ、そして日本からの起業家に最近会う機会が多く、その中で話題にしたことを書きます。失敗は当り前ということ。起業家に限らず経営者、管理職でも下す判断にもその多くが間違った判断です。私自身、そしてこれまで接してきた人たちを通して得た感触では、3割バッターであればいい方です。だから1、2度失敗しても3打席目もあります。それにサヨナラホームランを打てる可能性もあります。仮に9打数無安打であったとしても、10打席目が老年期に入っていたとしても、次に決定打を打てば10打数1安打であり、それだけで過去の9打席に味わった苦い感触を払拭することができます。(ただし、老年期とはいえ守りでなく攻めの姿勢がないと打てませんね。)以前、読んだ雑誌にアメリカの大手ホームセンター、ホーム・デポットがあります。創業社長は一度事業に失敗した辛酸を味わっています。きっとその時点では周りからも負け犬(Loser)に映ったでしょう。それにもへこたれず彼は新たに事業を始めました。それが今では最大手となったのです。同様にユダヤ系アメリカ人の友人がいました。彼はコンピューター関係でパートナーたちと創めた会社を上場させました。その時点で持ち株を売却し、その資金で新たな事業を始めました。豪邸を構え、何軒かアパート経営もする立場になりました。新会社は順調に発展であったのですが、ある時期をきっかけに倒産する目にあいました。それから間もなく、私は久々に彼に会いました。今は全てを失って狭いアパート住まいでした。しかし驚いたことに彼は全く屈していないどころか、次の事業プランを進めていました。全然平気な様子で、自分の環境の急降下にも嘆きもその欠片すらありません。私は感動するくらいに彼の打たれ強さを感じました。その後、彼と話をする機会がなく詳しいことはわかりませんが、彼はまた会社を大きくしたということです。一度や二度の失敗で、負け犬だとか、その人の全人生そのものを否定することはどうなんでしょうか?平均寿命が40~50年であった過去(江戸時代とか)であれば時間がないですが、今はその寿命も倍あります。それに大組織で指揮をとる人も失敗を繰り返していますが、すれが表面化しない工夫をします。とにかく今はわかりませんが、日本も徐々に状況が変わって冒険する人にもっと優しい社会となることを期待します。
2006年11月07日
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会社設立から10年以上となると、つきあう会社経営者連中の間でも業種の違いはあれ大体同じような節目に差し掛かるとの話になります。それは育てた会社の将来です。当然、投資や企業買収に携わる方はご存知だと思いますが、業種やビジネスモデルにより価値が大きく変わってきます。それは簡単に言えば、 A) 自分に付属する事業 B) 自分でなくとも継続可能な事業価値が変わるというのは、B)は第3者に委譲しても事業継続が見込まれる。つまり第3者からしてみると買収する価値がある。一方、A)は創業者、またはその周りの人たちでないと事業継続が難しいと思われる。つまり第3者からしてみると買収できえないし、価値がないとと判断されます。起業の際はまず6ヶ月、1年、3年、5年、そして10年と成果ある継続を目指すのですが、選択する余地があれば開始の時点、または途中でこのどちらかであるかを見てみる必要があります。私の会社はそのA~B両方の事業を持ちますが、もっぱら信用機関など一般ではBの部分の価値評価が多く、Aはないようなもので、10年経ってもこれくらいかと当時憤りを感じたものです。それでこの5年間はBの強化に努めています。日本で上場しているAの業態の会社も終身雇用ベースであればこれまで継続が成り立ってきました。しかしそれが崩壊しつつある中、世界で稀な例である日本の巨大商社など、実は存続そのものが危ぶまれてくるのではないでしょうか。その意味は、商社の社員が社内で得た商材、情報、人脈を転職、独立と共に持ち出すということが日常茶飯事になってくるからです。社外持ち出しができないように法的に書類で抑えても限界があります。
2006年11月06日
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この前に書いた日本のIT会社経営者とこの3日間一緒でした。その中で色んな話をし、当社の取引業者との打ち合わせにも経験として連れて行きました。見るもの全てが大きな違いを感じるものだったのだと思います。この期間に彼は物の見方をかなり変えてしまったのかもしれません。しかし、ここしばらく面白い偶然が多く起こっており仕事も快調です。今週のホールインワン、それに先週は予期もしない中、世界でも有名な医学博士と意気投合し個人的な付き合いも始まりました。それから大切な友人であり先輩であり業務でも関係してもらっている方がこちらを訪れ、帰りに空港まで見送りに行ったら私達2人ともよく知ってる乗務員にばったり。それにパイロットまでも顔見知り。その飛行機で彼は無事帰国したのですが、非常に低い確率で起こることが楽しい興奮を持って起こっています。その反面、ギャンブルごとはそういう時にはだめですね。私はいつもそうです。仕事で調子がいいと、ゲームや賭け事は必ず負けます。それにいつもそう思っていることもあり、ラスベガスへ行く時もへんに勝つと奇妙な気持ちになります。だから今はラスベガスに行くとしてもギャンブルは禁物です。(因みに私は起業前には何回かジャックポットを出しています。自称勝負師だった時期がありました。)この現象は、私は各個人の体から出るエネルギーの使い道に因ると思っています。例えば、10ある内、仕事に9使っていれば、それ以外の勝負運は1しか残らないし、反対に仕事以外に9使っていれば仕事には1しか出せないということです。(ただ単なる何の根拠もない自論です…)それよりも日本行きが決まりました。真ん中に中国も入るので時間のやりくりが大変そうです。(成田は本当に遠くって時間がもったいない…立川の話ってもうなくなったんでしょうか?)
2006年11月05日
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日本からIT関連の会社経営をする社長が今日到着し一緒に食事をとりました。話の中で挙がったのは社員のやる気を高めること。彼の会社は設立して5年ほど。起業としては5年経っても頑張っているのは立派なものです。やる気をあげるためには給与や賞与でインセンティブをつけるというのが彼の方向性。私は反対ではないけど、別のアプローチをします。簡単に言えば、お金以上にやりがいのある仕事、職場を作るということ。私の意見では人は昇給があってその時は喜んでも、時が経つとそれが当たり前になります。そうするともっと欲しくなる。その繰り返しです。私には低目で人を利用するという考えは一切ありませんが、高給を貰って嫌な職場に出向くより、それ相応でもやりがいのある職場の方が続くはずです。そのこつは次回私が日本訪問の際に彼の会社に出向いてそのためのセッションを持つことで話が終りました。特にアメリカで見る限りIT企業はスタッフの入れ替わりが激しいので、日本も似たような傾向性があると思います。実力評価法も他業種に比べると簡単であるので、実力があれば欲しい企業も多くあります。そういった中で優秀なスタッフを維持するには金額以上にやりがいでしかないかと思います。また日本での予定が増えてしまいました…
2006年11月03日
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今週初めてオフィスに入りました。メールの返報、まとめるべき契約の骨子など結構仕事がたまっています。それに海外出張の日程を詰めないとフライトや宿泊で予約困難になる可能性があるので気が気ではないです。だいたい私のアポは1~3週間前に一気に落下傘投下します。そこで決まった内容から日程、移動など決めていきます。だからスタッフも大変です。目標は11月後半のサンクスギビング(Thanksgiving Day)の週末にはこちらに戻りたい…しかしもし仕事が山積みでなければということを考えれば幸せだなとも考えながら…トップが動く分だけ仕事は増えます。じっとしてれば水泳のように浮き続けることはありません。沈んでしまいます。と、そんなこんなのしばらくです。
2006年11月02日
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こういうことを言うのでしょうか…わかりませんが。今日初めて行った世界でも有名なゴルフコース。トーナメントで毎年使われ、会員になるのも厳格な推薦と審査があるところ。そこにゲストで行ったのはいいけれど、難しいコースの名に恥じないところ。悪戦苦闘しながら16番でいいところに打ったのにボールが見つからない。散々探しても見当たらない…そこでキャディがカップを見てみればというので、まさかぁといいながらカップの中を見てみたら、ありました!こうやって生涯初めてのホールインワンをしてしまいました。それからは周りもお祭り騒ぎで、記念にボールにサインして写真を撮って一緒にフレームに入れるとか。学校へ行ってた2年間がきっかけで極端にゴルフに縁がなくなってしまった私。クラブを持つのも久しぶり。だから決してうまくありません。たまたま名門コースでできる話が出て、ゴルフ好きの友人に顧客の接待で使えばと話したら、接待じゃなく自分達夫婦でやりたいから一緒に参加して欲しいっていわれてやむなく参加。…こんなこともあるんですね。スコアに1って書くことがあるとは思っても見なかったです…
2006年11月01日
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