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『納豆ダイエット』がテレビで放映されて、その直後にニュースで「納豆売り切れ続出」のとき、「くすっ」て笑ってしまったんです。2年前に『寒天ダイエット』が流行して、スーパーから寒天が消えたことがあるじゃないですか。(笑)これもテレビの「健康番組」がキッカケだったんですよね。あれから、『寒天ダイエット』続けている人が何人いるんでしょう?まあ、健康番組を見て、すぐにそれをやりたいっていうのは良くわかります。ぼくもそうですし。(笑)それでね、寒天はゼロカロリーなので、ダイエットにいいのは知っていたんですが、「納豆ダイエット」はあまり聞いたことがないので、ちょっと調べてみたんです。まあ、あることはあるんですけど、それほど劇的ということはなかった。「つまり、またテレビ局が大げさな番組を作って、視聴者が踊らされたんだろうなあ」くらいに考えていたんです。それでもって、『納豆ダイエットは捏造でした』という報道がでた。基本的にテレビは「娯楽の箱」ですから、捏造、ヤラセは当たり前にあります。マジメなドキュメンタリー番組でも、ときには報道番組でも、けっこう捏造、ヤラセをやっています。いま話題になっている事件を羅列してみましょうか。●『あるある大辞典』「納豆ダイエット」●慰安婦番組で政治家が内容に口出し、NHKに賠償責任事件●大相撲の八百長疑惑●K―1での、秋山選手体にクリームを塗るルール違反報道●アパホテルの耐震偽装は、マスコミも知っていたけど報道がこれまでされていなかったなどなど……「納豆ダイエット」の捏造や「NHKの番組に政治家が番組内容に口出し事件」とかは、テレビの内容を疑わせるものですしそのあとの、八百長やルール違反は、視聴者にスポーツ番組に対する信用を失わせるものです。アパホテルの耐震偽装は、マスコミに莫大な広告料や与野党に金が回っていて、これまで表沙汰にならなかったのかも知れない。ここでぼくが言いたいのは、『テレビ・新聞のようなメディアを鵜呑みにするな!』『政治家や、政府、学者の発表も鵜呑みにするな!』と、言うことですね。マスコミは、ひとつの事件を大げさにいうこともあれば、捏造することさえある。逆に重大な問題を過小に発表することもあります。どうもね、『不登校・ひきこもり・ニート』関係の人は、あまりそういったことを考えないで鵜呑みにしてしまう人が少なくないんです。数日前にこのブログで書いた『スピリチュアルカウンセラー』について書いたときも、あの人を鵜呑みにしている人がいたんです。それが、ただのファンとかだったらいいんですけど、『不登校・ひきこもり・ニート』などの“支援者”を称する人だからちょっとコワイ。『不登校・ひきこもり・ニート』の人は、心理的に不安定な傾向があり、新興宗教、自称霊能者、極端な思想。キャッチセールス、ネズミ講まがいのマルチ商法、あやしい健康商法や、あやしいカウンセラーなどに、ついつい騙されてしまうということがよくあるんです。ぼくはそういったことにダマされた人をたくさん知っているんですが、みんな一種同じような笑顔で接してきます。かなりイビツな笑顔。狂信的で、「これをやったらみんな幸せになれる」という妙に明るい目つき。自分が騙されているなんて全然思ってなくて、「とても良いことをしてる」と洗脳されちゃってる笑顔。「あなたも助けてあげる」という押し付けがましい笑顔。そして新興宗教や自己啓発、マルチ商法に入った人の多くが、後に家庭崩壊や離婚、友だちとの絶縁などになってしまっています。困ったことに、支援者やカウンセラーといった人がまずそれにハマってしまい、当事者に伝道しようとすることもある。これは充分に気をつけて欲しいですね。リテラシーという言葉があります。日本語でいうと、「読み書きそろばん」と言った教養や、相手の言うことを正確に判断する能力、自分の言いたいことを正しく伝える能力をいいます。『不登校・ひきこもり・ニート』関係者には、この能力に難がある場合があります。人に騙されない・自分の発言や行動で誤解を生まないために、このリテラシー能力を付けておく必要があります。また、メディア・リテラシーという言葉があります。これは、新聞やテレビなどマスメディアの言っていることを鵜呑みにしないで、よく考えて判断するということです。新聞が書いているから正しいとか、テレビに出ていたから正しいとそれだけで信じ込まないことです。リテラシーを身につけろ!メディア・リテラシーを身につけろ!と、強く言いたいですね。
2007年01月31日
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『不登校・ひきこもり・ニート』関係の人って、『オカルト』とか『成功哲学』とか『霊感』みたいなのが、好きな人って多いじゃないですか。自称スピリチュアルカウンセラーの江原啓行さんも、かなりの人気みたいですね。それでね、2月1日号の『週間文春』に「江原啓行」7つの疑問」」なる記事が載っておりました。テレビの人気者、自称スピリチュアルカウンセラーの江原氏の「いい加減さ」を叩こうとするマスコミはこれまで他にもあったんです。少し前に『週間文春』のライバル誌『週間新潮』が叩こうとしたんですけど、同じ新潮社の『新潮45』で江原氏が連載をしていたということで、江原バッシングは取りやめになったという経過もあったりします。ま、細木数子さんのような黒い噂もなく、ただ、ときどき笑っちゃうような突拍子もないことを言ったり、霊感が外れたりするくらいですから、特に叩くほどのこともないんですけど、ただあまりにも人気者になってしまったということでしょうか。(笑)彼が言っていることも、冷静に読んでみれば“どーでもいいこと”や“なんちゃあないこと”、あるいは“矛盾だらけのトンデモ話し”なんですけど(笑)彼が自称スピリチュアルカウンセラー、つまり文字通りの“霊感商法”で稼いでいることを考えれば、トンデモ話しが出てくるのは当たり前のこと。(笑)前世は○○とか言われて喜んじゃう視聴者やお客さんがいるんだから、その視聴者やお客さんに文句なければ、それでいいだけの話しです。江原氏の文章を読んでみれば、決して宗教的にマトモな主張をしているとは思えず、理解もしているとも思えず、矛盾だらけなんですけどね。(笑)まあ、宗教に無関心な視聴者や、お客さんもそんなことは気にしないわけで、それよりも『前世』や『霊』『崇り』みたいなことに関心があるわけでね。彼は、そういった誰も見えないにとについて、偉そうに解釈してみせたり、祓ったりするわけで、それが商売になっているんだから、まあいいじゃないとしか言い様がありません。(笑)また江原氏のテクニックを見ていて、最初、詐欺師や自称霊能者、占い師が多用する『コールドリーディング』という話術を使っているのかなとも思ったんですけど、もっと稚拙な話術でねえ。(笑)なんと言っても、最終的に誰も見たことのない“あの世”、“前世”、“霊魂”のお話しで決着がつく霊感商法ですし、それ以外では「ごくごく常識的なこと」を、本に書いて、それを読んだおばさんとかが、「ああ、わたしはこんなに常識的なことも忘れていたのね。江原先生アリガトー」って感動してる。(笑)おめでたいといえば、これほどおめでたいことはないのですけど、まあ、少し可哀想でもあるな。可哀想な人だけど、頭の中はおめでたく幸せ……ま、本人が幸せならそれでいいか。(笑)江原氏の本で癒されたとかあってもいいし、それが悪いということもないしね。ただね、ちょっと前に『不登校・ひきこもり・ニート』の関係者に2年程前、斉藤一人さんの「ツイてる・ツイてる」が流行ったことがあったのね。で、みんな狂ったように「ツイてる・ツイてる」って言い出したの。(笑)傍でいると、イタイタしくてね。だって、「きょうはツイてる1.500回言いました! あなにも、光が多くそそがれますように!」なんて言ってるの。でも、うまく行った人はぼくの知る限りにはいないんですよ。「ツイてる・ツイてる」って繰り返している間に、「本当はオレ、ツイてないのになあ……」なんて考えだして、かえって落ち込んじゃうんですよ。だからまあ、占いでも霊感でも宗教でも、心理カウンセラーでもなんでもいいからさあ。信じるのも自由ですが、ほどほどにね。あまり振り回されない方がいいと思いますよ。詐欺師まがいやヒドイのも多いですしね。
2007年01月27日
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公教育とは何かと言うと公共の教育のこと。つまり、幼小中高大、専門学校なんかのことなんですけど、この公教育の世界というのは、公教育関係者以外から見たら、実に「へぇ~」てなことがマジメに起こる世界なんです。(笑)ここ数年でどんなことが起こったか?例えば2005年、「セクシュアルマイノリティ教職員ネットワーク」という、同性愛やバイセクシャルな教員たちの組合が、お笑い芸人のレーザーラモンHGさんをモデルにしたおもちゃ『黒ひゲイ危機一発』(このおもちゃは、『黒ヒゲ危機一発』のレーザーラモンさんバージョン)に抗議をしたということがありしました。その抗議内容は、「『黒ひゲイ危機一発』は、同性愛者をいじめて楽しむゲームである」とういものだったんですけど、これはちょっと違うと思う。って言うより『黒ヒゲ』は海賊なんですが 海賊ならいじめていいんかい!! ってツッコミたくなる事件でした。(笑)まあ確かに、同性愛者は性的少数派であり、いじめの対象になりやすく、また、教員が同性愛者であっても全然いいし、その人たちが組合を作ってもいいと思っているんですけど、この抗議はちょっと違うような気がするなあ。いわゆる“人権”を武器にした圧力団体と言われても仕方がないんじゃないかとさえ思えます。他にも、公教育界に「ジェンダーフリー教育」なるものが主張されるようになって、やはり2005年にある問題が持ち上がってきた。「ジェンダー」ってのは、「性差」のことで、「ジェンダーフリー教育」っていうのは、「男らしさ・女らしさを決めつけるような教育はやめよう」というものね。つまり、「男子児童は家庭科で大工仕事、女子児童は縫い物や料理」とか「男は青、女は赤」みたいな決めつけをやめようというものなんだけど、これがなぜか公教育機関、特に義務教育である小中学校で男女のトイレが別々というのは、ジェンダーフリー教育に反する!つまり男女差別になる!!体育の時間に男女が別々の部屋で着替えるのは、男女差別である!!ということになって、トイレや着替えを同じにする小中学校が続出して問題になった。(笑) あほか!! こういう不思議なことが公教育界では起こったりします。そしてこの前報道されたのが、昨年に大問題になった『いじめ自殺』関連。その中で北海道でいじめが原因で自殺した児童がいたんですが、北海道教育委員会が、いじめの実態を調査しようとした。それに対して、北海道教職員組合が調査を拒否した。理由は「「調査結果がどのように使われるか不透明」「調査を実施することでいじめ問題が早期に解決するかどうか見えない」――などとして協力を拒否したという。教員からの回答率は3割にとどまった」北教組(北海道教職員組合)本部の小関顕太郎書記長は読売新聞の取材に対し、調査への組織的な非協力を文書で指導したことを認め、「いじめの実態は学校現場で把握し、対応している。全道一律の調査は必要ない」(参照;読売新聞)などと話している」「調査結果がどのように使われるか不明」というのは、つまり“自分たちの評価や査定に影響するのではないか?と、いう自己保身のためでしょう。「「いじめの実態は学校現場で把握し、対応している」って、把握して対応していて、自殺者が続出したってことですか?これまでいじめを無視していた教育委員会もひどいが、それに対する教職員組合もひどい!と、いうか痛すぎます。どっちも肝心な児童生徒の方を向いていないのね。学校や教員はなんか信用できないから、親は自分たちで子どもを守らないといけないのかなと思っていたら、給食費未納、親のモラル低下深刻 督促に“逆ギレ”も(参照:産経新聞)だって。(笑)なんでも給食費未納 9万9000人計22億円もあるんだって。(参照:北海道新聞)教育委員会も自分たちのことだけ。教職員組合も自分たちのことだけ。親も自分さえよければ……という人がイッパイ。こうなったら、自分のことは自分で守るしかないねえ。ほんと個人の時代だねえ。個人の時代、うまく生き抜けよって言うしかないのかなあ。
2007年01月25日
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「ヤンキー先生」こと教育再生委員会の義家弘介氏が、高校教師時代、担任していた女生徒と交際し、妊娠、退学させ、その後に結婚したという噂が流れているというのですよ。ぼくは義家先生のことはよく知らないんですけどね、教師と生徒の恋愛について以前から書こうと思っていたことでもあるので、この機会に書きましょうか。まず、大方のご意見としては次のようなものでしょう。「教師と生徒の恋愛など、倫理・道徳的に許されない!!」と、オモテムキではそういうことになってる。(笑)つい数日前にも、50代の男性教師が自分の女子生徒をラブホテルに連れ込んで“いかがわしい”ことなどをいたし、懲戒免職になるという事件がありました。教師の言い分はこうでした。「冗談で、誘ってみたら本当についてきた」そこにパワーハラスメントとか、他に事情なりがあったのかも知れませんが、報道ではそこまで書いておりません。あったのは、その二人が「ラブホテル」なるところにいき、どうやら“コト”に及んだらしく、それが人に知れ、教師は懲戒免職になったということです。ま、こういったことは世間では“常識”とか“道徳観念”ではダメということになってたりするのね。ま、けっこうあったりしますけどね。凶悪犯罪のひとつに「レイプ」というものがあります。レイプは許されることではありません。でもね、それが「プレイ」や「ゲーム」でやるということもありますね。人間とは何ともやっかいなもんです。これを、他者の目からみて、「どこまでがよくて、どこからがダメ」なんてことを判断するのは非常に困難だったりします。動物行動学的に言えば、脊椎動物のほとんどが、メスがそれとなく誘い、オスが追いかけ、攻撃的(あくまで“的”ですよ)な行為をし、メスが受け入れるという風にして命が次世代に繋がれるということが多い。哺乳類サル目ヒト科であるあなたも、恋愛を何度か経験したことがあるならば、何となくそれはわかると思います。そしてぼくも何回か恋愛なるものをした経験がありますので、恋愛について言うとすれば…… 恋はするもんじゃないぜ~!堕ちるものさ~!!(笑) 恋愛にしても、夫婦、親子、家族なんてものは、幻想、フィクションで包まれていたりしますね。結婚して夫婦になる。結婚式のとき、多くの親族や友人、そして神にまで“永遠の愛”を誓ったりするんですけど 現実では、3組に1組が離婚してる! つまり男と女の関係っていうのは、実に不安定なものなんです。そこで、何とか安定させようとすれば、宗教や慣習、法律、倫理、道徳で縛るしかない。縛っても不安定であるのは、歴史が示す通り。さて、本題である「教師と生徒の恋愛」ですが、恋愛は常に不条理です。そこで文学とか芸術が生まれるんですね。(笑)ではぼくたちはどう考えればいいか?そこそこ柔軟に対応するしかないということになります。「教師と生徒の恋愛」が、道徳に反するからといって、恋愛は人には抑えることがなかなかできない感情であったりします。未成年だからいけない?馬鹿言っちゃいけません。女性は16歳から、男性は18歳から結婚ができるのです。つまり、両者と保護者がOKであれば、問題ないってことですね。え? ダメ?(笑)未成年の従業員と経営者の恋愛もダメですか?上司と部下の恋愛もダメですか?未成年同士の恋愛はダメですか?ダメと言われて燃え上がるのが恋愛です。(笑)不倫もそうですね。だから燃え上がる。と、いうことは、やっぱり一応ダメってことにしておいた方がいいのかも知れません。(笑)でも双方、保護者も納得していればOKでいいんじゃないの?ところが、こんなことをいう人がいる。「先生がダンナだと、テスト問題の漏洩やエコヒイキがあるからよくない」そうかも知れませんが、現実には生徒の親が教員なんてことはザラにある。これと同じことですね。おそらく多くの人が思っているのは、そんなことじゃない。“道徳的によくない”ってことでしょ。ところが、道徳なんてその時々や文化民族で変わる。ましてや“恋愛”なんていうバケモノには、常に道徳は負けるんです。(笑)ま、親としては教師に手を出されては安心できないというのもわかります。だから、そういうのは反則ということでいいんでしょう。でも双方と未成年なら保護者がOKといえば、もう仕方ない。(笑)それ以上、他人の恋愛に口出しするのは野暮というものです。でもね。ひとつ思っていることがあるのですよ。女子中学生とか女子高生とか妊娠しちゃうことがあるじゃないですか。女子高生なんて、もう結婚できるわけです。いいじゃない。結婚して子育てしながら高校生やっていても。いまの常識だと、たいがい退学とかせざるを得ないというのが現状だと思うんですよ。そんな常識はいりませんよ。それよりも、高校に行きながらでも子育てできる環境を作ってやんなよって思いますね。
2007年01月23日
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<教育再生会議>いじめで出席停止明記へ 首相の意向で復活 (毎日新聞 - 01月11日 21:30) 政府の教育再生会議(野依良治座長)は11日、東京都内で運営委員会を開き、今月下旬に取りまとめる第1次中間報告に、いじめなど反社会的行為を繰り返す児童・生徒への「出席停止」措置を明記する方針で一致した。教育バウチャー(利用券)の導入も今年12月の最終報告に向けた検討課題として盛り込む。 (中略)学力向上を図るため「ゆとり教育の見直し」を明記することも改めて確認した。高校の履修単位不足問題で対応に不手際が目立った教育委員会については、教委を評価する第三者機関の創設などの改革を提唱する。「ダメ教師の排除」を狙った教員免許更新制の導入や社会人教員の大量採用も盛り込む。19日に全体会議を開き、今月下旬の報告取りまとめを目指す。ふ~ん、って感じですね。この政府案が出される前からぼくは、「いまの不登校や登校拒否っていうのは、いじめと深刻な関係がある場合の少なくないので、悪質で犯罪的はいじめを続ける児童・生徒は、学校側から“登校を拒否”するくらいでもいいんじゃないか」っていうことを主張していたんですけどね。だって、いまの現状だと、いじめられた被害者の側が、登校を拒否するしかないことが多いわけですから。で、ほとんどの教育関係者や、不登校関係者も「いじめをする側が悪い」って意見であるわけで。ところが、ほとんどの不登校関係者は、ぼくの意見に反対だったりしましたね。「学校はどんな児童・生徒でも受け入れるべきだ」みたいな。ま、教科書的にはいい言葉ではありますね。でも現実では、毎日のように暴力を受けたり、金品を取られたり、レイプまでされている児童・生徒がいて、学校としても事を「なあなあ」で済ませたいわけですから、結局被害者が泣き寝入りしなくてはいけないのが現状。つまり、彼等は「いじめる側の味方」ってことになるなあ。(笑)教育バウチャー制度っていうのは、児童生徒が利用券をもらって、学校や先生を選べる制度なんだけど、これに反対する関係者も多いね。もちろん議論や問題点が多いのも事実だけど、反対する人の多くは、「教育格差が出るので反対」「学校に競走が起きるので反対」っていう意見が多いみたい。バウチャー制度って、格差を無くす為に考案された制度なんですけどね。また、競走はよくないと思っている人は、バウチャー制度を利用して競走がない・もしくは少ない学校を選べるという利点があると思うんですけどね。ただ、荒れた学校やダメ教師は淘汰されていくでしょうから、そういった学校や人たちはアセっているのかも知れません。まあ、これは政府案ですから、当然政争の具になる。そして、なあなあで落ち着いて結局あまり良くはならないってことになるような気もするなあ。ほんと、教育を政争の道具にして欲しくないなあ。児童生徒や保護者のことを第一に考えて欲しいですね。そんなことで、結局ぼくはあまり期待していなかったりするのです。
2007年01月12日
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東京渋谷区で、兄が妹を殺しバラバラにするという事件が起こりました。家庭内殺人というのは、決してめずらしいことではなく、むしろ殺人事件の中ではもっとも多いというのが悲しい現実。実際に殺すまでにはいたらないものの、その寸前までや殺意を感じた人は多いと思います。また、人は「ささいなこと」で人を殺す生き物であり、殺意の対象は身近な人、つまり家族や友人、同僚ほど多くなってしまうものです。だからこそ、人は、よほど注意をして人と人との間に関係性を結んでいかないと、その関係性は容易に破壊されてしまいますね。それは親子、兄弟、夫婦であればあるほど、関係性が深くなりますから注意が必要です。また、家族というのは、他人にはうかがい知れぬ密室の中で生活をしています。一見仲の良さそうな家族でも、その内部が修羅場であることも少なくない。家庭内暴力があったとしても、家族はその実態をなるべく世間から隠そうとします。どんな家族でも、人に言えない・言いたくない裏側があったりしますね。きょうね、友人達と新年会ということで飲んでいたんですよ。で、ひとりちょっとヘコんでいる人がいた。「どうしたの?」って聞いたら、渋谷での兄妹殺人事件の被害者、加害者とも小学生時代から仲が良かったらしいんです。お父さん、お母さんとも交流があったらしい。兄弟とは電話での交流をいまでもしていてね。で、正月にあの事件があって……当然、大きなショックを受けたといいます。他人には、ただのワイド・ショーネタであっても、身近な人にとっては現実です。そして、その現実は意外と身近にあったりもしますねえ。
2007年01月07日
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人はどういった生き方をしてもいいと思っています。それが、自分と他人に迷惑をかけなければね。もし自分かあるいは家族とか他人が困っているのなら、それなりに行動した方がいい。そもそも、『不登校・ひきこもり・ニート』に悩む人の中には、過剰に苦しんでいる人がいます。それは、世間体や親戚などの目を気にしている場合も多い。不登校とかは、そういった面が如実に出ますね。たかだか学校に行かないというだけなら、それほど悩み苦しむこともないんです。「人はパンのみによって生きるにあらず」という聖書の言葉がありますが、「子どもは学校のみによって生きるにあらず」とも言えますね。しかし不登校の当事者やその親とかは、過剰に苦しんだりします。その理由に「人は学校に行かないとダメだ。子どもは学校こそすべてだ」という、極めて狭い固定観念に呪縛されているからとも言える。もっともぼくが見てきた限りですが、不登校の人の本当の問題って、「学校に行かない」ってことだけじゃなかったりしますね。それ以外のこと……他の人とうまくやっていくことが困難だったり、親や家族との関係がよくなかったり、何らかの神経症的なことがあったりね。そういったことが、「学校に行かない」というよりも本当の問題である場合がほとんどであったように思います。ひきこもりの場合もそう。ちょっと違うのが、ニートってやつでね。ニートっていい加減な言葉なんだけど、これを「若年失業者」と考えた場合、社会システムとか政治の不備みないなものが含まれてきます。「ワーキング・プア」なんて言葉があって、時給800円で1日8時間働いて日給6400円。それで月25日働くと6400円×25日=160.000円家賃、電気、ガス、水道、税金、年金、健康保険料その他雑費とかって引いていくと、ギリギリの食費しか残らない。これに借金、母子家庭、介護する親と同居などといったことが重なれば、かなり悲惨なことになる。場合によっては、食費もままならないなんてことになりかねない。よりいい職に付くために学校に行きたくても、そのお金が貯まらないなんてこともありますしね。場合によっては、例えば対人恐怖といった病気とか、他の事情で週に4・5日しか働けないとか、1日数時間しか仕事がないという場合もあります。これじゃあ、生活保護をもらった方がマシだあなんてことにもなりかねないっていうか、実際、そうなっている人がたくさんいる。または、サービス残業が多くて、働かない方がマシだあっていう場合だって少なくない。ニートに関しては、このような社会システムという現実が、不登校やひきこもり以上に強くなってくるというのは、かくのごとく事実。ニートとひきこもりっていうのは、確かに重なるところもあるんだけど、まったく同じじゃないんです。ひきこもりの人の中には、人に自分を紹介するときに「ぼく、ひきこもりなんです」というよりも「ニートなんです」と、いった方が気が楽だという人もいますね。ニートはそれだけ多くに人を包含するということでもあります。よほどの資産家でない限り、働かない子どもを一生食べさせて行くというのは、難しいわけですから、できれば少しずつでも何とかしていった方がいい。最初はワーキングプアと呼ばれるような環境でいたとしても、少しずつでも働ける状況に慣れていって、やがてフルタイムで働けるようになれればいいと思うのですけどね。実態は、なかなかうなく行かないときもあります。すべての仕事はつらいものですから、そこで挫折してしまって、やっと盛り上がってきたやる気が損なわれてしまう場合もあります。ニートの人の中には、「自分はこんな仕事をするために生きているんじゃないんだ」という過剰にプライドが高い場合と、「どうせぼくなんて、何をやってもダメなんだ」という自己評価が過剰に低い場合がいたりもするんですが、そういった場合、やっと見つけたアルバイトも、すぐに辞めてしまう傾向があったりします。それをうまくカバーしたりフォローしたりするもの支援者や親の役目なのかも知れませんね。そういった意味でも、ぼくは前作『大丈夫』を製作したんですけど、なかなか上映運動の準備ができないなあ。(苦笑)誰か手伝ってくれる人いない?(笑)
2007年01月05日
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