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世の中には、ぞっとする現実がたくさんあります。今週号の『週刊ダイアモンド』に次のような特集記事があるのですよ。【特集」「下流」の子は下流? 格差世襲 ―古今東西、格差のない社会はない。そして、今後もなくならないだろう。とはいえ、格差の底辺にいる人びとは増え続け、しかも次世代にまでその格差が引き継がれようとしている。格差の「世襲」である。政治家、官僚、企業経営者……。リーダー層も世襲にまみれている。このままでいいはずがない。―参考;http://www.zassi.net/mag_index.php?id=59この中で同志社大学の橘木俊詔教授はこんなことを言っています。「昔は、格差を逆転する一つのきっかけは教育で、たとえ貧乏人の子どもでもよい教育を受けられればよい職に就き、高い所得を得られた」ところが、いまや、生まれたときからある程度の社会階層は決まっているといいます。つまり、子どもに等しく「機会の平等」は与えられておらず、努力すれば、何にでもなれる未来が開けているとはいえないと、この記事は書いています。実際、両親の学歴や年収が子どもに引き継がれている現実が調査で、わかっているそうで「地位を獲得するゲーム」において、最初から公平な競争ではない「出来レース」であるという指摘もみられます。NPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」の湯浅事務局長によると、「貧困」とは金銭、人間関係、精神的余裕などがない状態で、そういう人は、何かあったときに頼れる人すら少ないのですから、小さなことでも大きなダメージを受けると……逆に、富裕な人は、金銭、人脈、精神的余裕などがふんだんにあり、余計にタフになっていくということでしょう。どんな社会にも裕福な人間と、貧しい人間がいます。しかし、本人の原因ではない格差、努力では乗り越えられない格差を“自己責任で……”ということはできません。また、いまの日本は“世襲制”が進んでいます。大分県の教育委員会汚職事件を見てもわかるように、就職においてもっとも公平であるべき、公務員でさえ、親の縁故や口利きがないと、なかなか就職できないようになってしまっています。そういう時代ですから、低所得の親は、子どもへの教育意欲さえ失いつつあるのが現状のようなのです。中央大学の山田昌弘教授によれば「自分の5年先も見えないのに、子どもに「10年先のため、将来のため勉強しろ」とは言いにくいから教育もおろさかになってしまう」と、言っています。これも現実なのかも知れません。では……このような社会はいけないと、全員が平等・公平に、そして自由競争して“実力のある者”が上にいく社会を作ろう!などと言っても「ウンそうだ!」という人は、いわゆるいま“勝ち組”と言われている人だけでしょう。では、競争とか評価のない社会がいいかというと、それこそ封建制度のような、王様の子は王様に、大工の子は大工に……という世襲の社会ですから、これも「ウンそうだ!」なんて人は、いま“勝ち組”の人だけになるでしょうね。実際、どちらか平穏で平和かと言えば、競争のない社会なんですよ。生まれたときから自分の身分とかが決まっていて、それであきらめて生きていけば、人と争うこともない社会だったりします。でもねえ……、よほど裕福な家庭とかに生まれないとイヤなんです。だから世界中で革命が起きたくらいですから。しかし、おかしな格差はなくしたい。そうするには、豊かな社会福祉や社会保障が必要になる。北欧のような社会保障が豊かな国になればとも思うのですが、北欧のように給料の7割が税金で持っていかれるような社会を、この国の国民が望んでいるとも思えないしねえ……まあ、みんな自分のことで精一杯なのが現状なのでしょうね。しかし!貧困者が貧困者のままでいいわけがないのです!貧困の“世襲”をなくすには、やはり教育でありましょう。それは、子どもだけではなく、大人に対しても教育が重要であると思うのです。わたし自身も、もっと学び続けねばなりません。勉強キライなんですけどね。(笑)
2008年08月29日
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以前から言っていたネットテレビ『生きぞこない放送局』のテスト版ができました。あくまでテストということで、ぶっつけ本番、台本もなくやっているもので、けっこういい加減なことを言っているかもしれません。(笑)何か提案とかご意見、これから、あつかって欲しい話題等ございましたら、お教え願いたく思います。また、これも第一期放送から関わっているネットラジオ『オールニートニッポン』にまた出演することになりました。直前放送として、29日(金)19:30~21:00頃まで生放送を、いたします。(これもどんな放送になるのかわかりません。(笑)合わせて、何か語ってほしい話題とかございましたらコチラまでご連絡をください。よろしくお願いいたします。
2008年08月27日
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人間、63億人いれば63億通りの人生があります。ただひとつとして同じ人生はない。人生のスタート、“生まれ”からして人は皆違う。スタートラインは一緒なんて幻想です。障害や病気を持って生まれてくる人がいる。才能や気質にも皆違いがある。環境も違う。そんなの常識当たり前。健康に生きていて、ある日突然、難病になってしまう人もいる。わたしの空手の先生もそうでした。「ケンカ十段」と異名をとった方でしたが、40代の後半に『筋萎縮側索硬化症』という難病にかかり、50歳の若さで亡くなりました。わたしが以前交際していた女性は、大病院の看護士をやっていたのですが、担当の病棟がやはり『筋萎縮症』でした。いまだに治療法がない病気で、30歳くらいの妻子ある患者さんが亡くなったときは、なんともやりきれない思いであったそうです。また、ある友人は以前、ひきこもりや不登校者の支援施設に勤めておりましたが、10年20年という長期のひきこもりであった人が、やがて社会に出て行くのを何度も見てきているといいます。また、一生ひきこもって生きていく人もいることでしょう。わたしはときどき思うんですよ。10年20年ひきこもりであった人の人生と、そうではない人の人生にどんな違いがあるのかなと。人生は、その人によってすべて違うものです。人生にはいろいろある。数十年の人生を、病院の中ですごす人生もある。人もうらやむような生活と思われていながら、苦悩の一生を送る人もいる。人から大変だなあと思われているような人生を楽しんでいる人もいる。人は生まれ、いつか死ぬ。生まれてきて亡くなるまでの間が人生。その生き様は、みんな違うんですねえ。正解などないのが人生。どのような人生を歩もうとも、それはたった人類史上たったひとつの人生なんですねえ……
2008年08月26日
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最近、友人や知り合いがバタバタとぶっ倒れております。50代で神経を病む者。40代の若さで狭心症でぶっ倒れる者。30代の若さで、成人病でぶっ倒れる者。10代・20代の若さで、自殺をたくらむ者。その原因のほとんどすべてが ストレス ってんだから、これはちょいと考えないといかんですな。ストレスってのは、元々工学や物理学の用語で、外からの力によって生じる、固体内部の“ひずみ”のことでした。つまり、外部からの圧力、あるいは刺激による“ひずみ”ね。これは生きている限り、必ずあります。刺激のない人生なんて退屈だしね。軽い“ひずみ”、つまり、ちょっとした刺激や圧力は気持ちいいんです。体をマッサージしてもらったり指圧をしてもらうと、気持ちがいいってのと一緒といえます。ところが、刺激や圧力が強すぎると、心地よい刺激や圧力ではなく苦痛になる。これがストレス!(※ちなみに、専門ではストレスの原因を『ストレッサー』と呼びますけど、一般では、両方含めて『ストレス』と言っておりますので、ここでも、両者を含めることとします)人間、肉体的、精神的にいろいろな刺激や圧力が、生命の危機、あるいは負担になると、当たり前のように防御反応をします。つまり、悪いストレスとは 肉体・精神に対する、不愉快で危険・危機的な刺激・圧力に対する自己防衛反応 と、いうことができそうです。悪いストレスにさらされ続けると、交感神経が働き、動悸がときどき、血圧を上げ上げ、呼吸ばくばく、副腎髄質からアドレナリンが出てきて血糖値を上げ、身も心も緊張状態になるっちゅうことになりますな。そしてその結果として、ありとあらゆる病気の原因となるのが、悪いストレス!いいストレスってのは、さっき少し書いたみたいに、肉体の刺激でいえば、マッサージや指圧の刺激。凝っていた肉体に刺激を与えて、血流をすみやかに流し、神経を心地よく刺激し、固まった筋肉をほぐします。心へのいいストレスでいうとね、例えば友だちと会って、楽しい話しをするとか、楽しい映画を観て笑うとか,逆に悲劇を見て泣くことで、普段ある心の鬱屈を、流してしまうと、心がスッキリします。遊園地の絶叫コースターは、「安全に危険や恐怖心を楽しむ行為」ということができます。危険や恐怖心は、本来最大級の悪いストレスなんですけど、安全が保障されることで、ストレス解消になるんですね。良いストレスは、心地いい刺激や楽しさや充実感を作り出してくれます。悪いストレスを受け続けると、病気になったり苦痛となります。同じ行為や原因でも、状況や環境、気の持ちようで、よいストレスにも悪いストレスにもなります。ストレスに苦しむ人は、どうもマジメで世間体を気にしすぎる人に多いと感じるんですよ。もう少し、気持ちを楽にして、ゆるゆるとやった方が、最終的にはうまくいくと、ぼくは思うんですけどねえ。必死でやるときは、ガムシャラに必死でやるべきでしょうけど、そんなことは、そうしょっちゅうはないと思うんです。他のときは、ゆったりまったりと、らく~に行きましょうよ。らく~にね。
2008年08月23日
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わたくし、来る8月22日(金)に、新宿ロフトプラスワンにて、トークライブにゲスト出演いたします。 今回の主役は、ネットラジオ【オールニートニッポン】で共演してきた【元ひきこもりナ○パ師】夏目涼介が、はじめて本を出版することになりました! これはその出版記念イベントです。 ひきこもりで女の子と話も出来ず ひきこもりのため、ロッテリアでハンバーガーの買い方も知らなかった男が このままひきこもりで、自殺してしまいそうになったとき、せめて女の子とお話をしてから死にたいと思い、街に出かけて女の子に声を掛けてナンパをはじめます。 しかし、そういまくいくはずもなく、それでも「これまで女の子と話したこともない」この男は、ビビリながら、必死の思いで声をかけます。そのうち、女の子に気にいられるためには、服装も気を使ったほうがいいとか、髪形を変えてみたり、ダイエットをしたりします。そうやっているうちに、どうみても「非モテ」であった夏目さんが、少しずつ、改善されていき、女の子とお話ができるようになります。わたしは『オールニートニッポン』というネットラジオ番組で、ずっと彼と一緒だったのですが、最初は痛々しくて見ていられなかったのですよ。先ほど「少しずつ、改善されていき」と書きましたが、実際は“あるとき劇的に”といってもいいと思います。外面的、内面的には“少しずつ”でありましたが、実際は、ある日、ナンパに成功し、初エッチに成功してから、劇的に変わったのです。よく 100の論より、一つの成功例といいますが、彼の場合はまさしくそれかも知れません。夏目さんの場合、ナンパが成功し、本の出版が決定した後に、なんとカノジョができます。それも、ナンパで知り合った女性ではなく、それ以外のところで知り合った女性をお付き合いをするようになるのです。これも、一つの成功例で、何となく自信がつき、自己肯定ができるようになったからだとわたしは踏んでいるのです。8月22日、新宿ロフトプラスワンにおいて、そんな夏目さんをお祝いしてあげてください。正直、全然ダメダメであった夏目涼介を知っているわたしは、本当に彼を褒めてあげたい!そして、いまカノジョ・カレシがいない人も、決してあきらめてはいけないのです!(夏目涼介ごめん! わたしがそう断言するくらい、一年前のキミは痛々しくダメダメであったのだ。でもわたしはいま、成長した夏目を見て、とてもうれしいのだ。(笑))今回のイベントの司会は、『こわれ者の祭典』の月乃光司さん!ゲストの多彩です!グラビアアイドルの疋田紗也ちゃんも出演! なんでも歌や踊りも披露してくれるらしい!(さっき、疋田紗也ちゃんの知り合いから、「ナンパ師」とか「非モテ」とか、「絶望男」とか、ズンゴイ異名をとる人たちのところに行って大丈夫か?という問い合わせが、なぜかわたしのところにありました。(笑)大丈夫!紗也ちゃんはわたしが守る!(いえ、わたしが一番あぶない(笑)))では皆様、8月22日、新宿ロフトプラスワンでお会いしましょう! ================================================================== ●『僕のひきこもりナンパ宣言』出版記念イベント~見逃し三振より、空振り三振~ 【日時】 2008年8月22日(金)開場18時30分/開演19時30分 【会場】 新宿ロフトプラプラスワン 【地図】 http://www.loft-prj.co.jp/PLUSONE/access.html 【出演】 アイズさん(プロナンパ師)、伊東裕之(恋愛アドバイザー)、巨椋修(漫画家)、白井勝美(「絶望男」著者)、長さん(凄腕ナンパ師)、疋田紗也(グラビアアイドル)、古澤克大(革命的非モテ同盟)、山本繁(NPOコトバノアトリエ)、渡部伸(「中年童貞」著者)、夏目涼介、司会・月乃光司(こわれ者の祭典) 【料金】 ¥1500(飲食別) 当日券のみ※当日は、直接会場にお越しください。【本の紹介】 書名:僕のひきこもりナンパ宣言 著者:夏目涼介出版社:新紀元社 発売日:2008年7月26日 定価:1,365円(税込)内容紹介:「ひきこもり」で「ナンパ」!?ネオニートによるナンパ体験記を書籍化! 元自衛隊員・ひきこもり青年が、ナンパ師をめざして大奮闘! ナンパ師になるための特訓を始めた頃から、初めてホテルに行けた日までの記録。ブログ:http://natsumeryosuke.seesaa.net/ 【お問い合わせ先】NPOコトバノアトリエ担当:山本、番野TEL.050-1071-8324
2008年08月21日
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夏ですねー。夏といえば、怖い話。怪談というヤツなんですが、今月16日にですね。友人たちとスティッカムというネットテレビの、怪談番組(?)に参加してきました。http://www.stickam.jp/video/178347299(怪談親父倶楽部より)※白いシャツを着ているのが、わたしなんです。え~、みんなで5時間か6時間くらい喋りましたね。怖い話を徹夜でな!(笑)一緒に喋っているのは、友人のホラー作家の山口敏太郎さんや、怪談の語り部のファンキー中村さんたちです。(わたしだけ浮いているような気がする(笑))わたし自身は、怪談だのってのは苦手であるのですよ。(怖いし(笑))しかし、なぜか友人にそういった類のことをお仕事にしているホラー作家さんとか、怪談の語り部さんとか、幽霊を見るような人がおりまして、なぜかわたくしは、そういったイベントに呼ばれてしまうのです。幽霊とか、オカルトとか、あの世のお話なんてのは、確かにおもしろいし、(怖い話は苦手ですが)興味もあるのですが、『不登校・ひきこもり・ニート』にかかわっていると、それらが妙にリアルに感じるときがあります。つまりね、精神的に不安定になった人というのは、幻覚や幻聴(いわゆる幽霊とか神のお告げとして表れることもあるのです)を見たりすることが多くなるわけですし、家族や自分が、追い詰められると、占いや拝み屋さんに頼ることも少なくないわけです。これは無理からぬことですし、そういうものに頼ることで、多少でも心の安定が得られるのであれば、まあ仕方ないかなあと思ったりもします。(でも、できればお医者さんの方が信用がおけますので、そちらのほうをオススメすますが……)これは、神社やお寺にいって、お守りだのおみくじだのに頼るとか、ロザリオに頼るとかと一緒で、人間なんて弱い生き物なんですから、そういうものに頼って楽になれるのなら、それはそれで頼り過ぎなければ、いいのかなとも思ったりするのと一緒ですね。(ただし、悪質な霊感商法とかにご注意を! またハマりすぎることにご注意を! まあ、軽い占い程度に思っていたほうがいいと思いますよ)わたしは、ある意味(ある意味においてですよ)すべての宗教は霊感商法であると思っているのですが、世界中で宗教や占いのない民族はなく、原始の時代より、人々はそういったものに、心の安心を求めていたという事実があります。ですから、そういったものにある程度頼るのは、悪くはないと思います。しかし、主体はあくまで自分自身であったほしいなあと……ホント中には、悪質な霊感商法もありますし、変に宗教とか占いとかに凝ってしまって、自分を失っては、いけないなあと思うのですよ。ときどきね、『不登校・ひきこもり・ニート』に悩んだ方々が、過剰にそういったものに頼るのを見て、ちょっとどうだかなと思うことがあいますからね。あなたの主体はあなたであり、占い師さんや、拝み屋さん、あるいはカウンセラーさんやお医者さんでもないんです。あなたの人生は、あなたが主人公なんですから。それからね、本当に怖い話は、怪談とか幽霊とかのお話じゃないんですよ。生きている人の話です。学校に行けない、仕事に就けないがために、心の奥底にうつうつとした怒りや怨念を、持っている方がよほど怖いんですよ。あと、話は変わりますけど、わたしは、空手拳法や格闘技護身術の道場というかサークルをやっておりますので、こんど『不登校・ひきこもり・ニート』系の皆さんに対しても、生徒募集をしようかと思っているのです。http://ync.ne.jp:8080/cms/html/17511240001.html若者だけではなく、50歳を越えた主婦や男の人でも、一生懸命汗に流せば、多少のストレス解消にはなるでしょう。また武道ですから、精神統一のために座禅というか瞑想なども取り入れ、心身の鍛錬も行うつもりです。近いうちに、このブログに募集をしますから、健康、護身、ケンカに強くなりたい人などは入門してみてはいかがでしょう。初心者からじっくりと教えます。まあ、詳細は後日ということで。そういったことをやっていると、本当に怖いのは、死んだ人間じゃなくて、生きている人間だと思うようになりますよ。そして何より、一番怖いのは自分だと思うようになるかもしれませんね。(笑)
2008年08月20日
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この前 映画プロデューサーと、吉祥寺のハモニカ横丁で、焼き鳥で痛飲し。別の夜は、アダルト・ビデオ専門のモデル事務所の社長と、ヨッちゃんイカとトリスウヰスキーで盛り上がり。(アダルト・ビデオの裏話はいっぱい聞いて、すごくおもしろかったけど、ここでは書かないのです)次の夜には、や●ざ漫画を描いているや●ざ漫画家と焼酎で飲みまくった巨椋です。こう書くと、誰もがとんでもないろくでなしと思われるでしょうが、その通りだから文句は言わない。(笑)まあ、正直言って、教育・福祉や、不登校とかひきこもり業界と称する人々が、わたしが飲んだアダルト・ビデオのモデル事務所の社長や、や●ざ漫画家さんくらいの、教養や優しさ、気配りがあれば、もう少し世間に不登校やひきこもりが理解されるのでは? と、思っちゃったのですが、わたし自身が教養も優しさも、気配りもあまりできない人間なので、やっぱり文句は言えない。(笑)文句を言うとすれば、ときどきわたしのことを、社会派だとか、人権派とかいうやからがいることですな。冗談じゃない!人権派などということは、言っていただきたくない。人権なるものが、いかに大切か、保護されるべきものであるかなんて、重々わかっているつもりです。で、あるから人権なるものを、打ち出の小槌のように武器にする方々と一緒にしていただきたくない!人権とは何か?人が人として生きる権利である。例えば、人が人を殺す。これは犯人が、被害者の人権を犯したことになる。しかし、犯人も人間である。よって、犯人にも人権はある。しかし、殺された人間は、もうすでにいないわけだから、人権などないと言うことになりかねない。事実、最近までのマスコミ報道はそうでした。何かおかしいのですよ。犯人が捕まる。テレビで犯人の姿は写る。 手錠にはモザイクがかかっている。でも、顔はそのまま写っている。これは、犯人の人権保護のためにそうやっているのだそうな。これが現在の人権意識である。何かおかしい。犯罪者にも人権はある。被害者にも人権はある。人権と人権の対立になる。これがおかしい。この場合、人権と人権の対立になるのがおかしい。弱者にも人権があるのなら、強者にも人権はあり踏みにじられた人の人権を大切に思うのならば、踏みにじった人の人権も等しく尊重するのが当然。つまりは、人権派などというものは、己のご都合によって、どちらにもつける人のことと言えますなあ。つまりは、極めて浮薄。極めて軽薄。人権などあってないのですよ。 もともと人には、権利も義務もない。生きる権利もないし、死ぬ権利もない。生きる義務もないし、死ぬ義務もないのです。権利と義務の思想は、人造的は考えなのです。人は、本来、ただ生まれ、生き、ただ死ぬのです。そこには権利も義務もない。権利義務の思想は、後付けの人造的思想である。そしてその人造的思想は、ときとして人を脅迫する材料になる。だからわたしは言う。「人には、元々、権利も義務もないよ。それは取ってつけたものだよ」と。繰り返しいうと、わたしはこの「あってないものである人権」、「人造的思想である人権」がいかに重要であるかわかっているつもりです。だからこそ、それを軽々しく武器にする人と一緒にしていただきたくない。だから、わたしのことを、『人権派』などという方々に言いたい。 人権派なんて言わないで!そんな酷薄な人と一緒にしないで! ホント、そんな人権を無視するような人たちと一緒にされたら、たまったもんじゃありませんもんね。(笑)
2008年08月19日
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しばらく前の事件なんですが、『長田塾裁判』の判決については、何も書いていなかったなあと思い、いまさらながら書きましょう。「はてなダイヤリー」によるとこうあります。http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%B9%C5%C4%C9%B4%B9%E7%BB%D2【不登校、ひきこもり又は非行などで悩む当事者の家庭に出向き、当事者(親又は子)を罵倒する手法はテレビで幾度も取り上げられてきたが、様々な批判を浴びていて、民事裁判で敗訴したこともある。「長田塾」の元寮生から損害賠償請求(500万円)された裁判の2006年12月の判決で、名古屋地裁は「長田の行為は自身の社会的評価を高めるためのもの」と非難し、「本人の承諾を得ないままNHKの撮影に便宜を与えたり、『長田塾』指導員が男性をこづいたりした行為は違法」と認定したが、損害賠償請求権の時効が成立しているとして、訴えを棄却した。2007年9月の控訴審判決で、名古屋高裁は、長田らの行為の違法性を改めて認定したうえ、一審判決を変更し長田側に100万円の賠償を命じた。逮捕監禁致死事件で実刑判決を受けた「NPO法人アイ・メンタルスクール」(解散)の元代表理事・杉浦昌子は実妹。杉浦昌子と学習塾を共同経営していた時期もあった。】事件の経緯については、わたしが過去に書いた『長田塾裁判』シリーズを読んでいただくとして、原告の主張は、ほぼ認められたと言えるでしょうね。『長田塾』が、かつて行っていた暴力ともとれる行為が、違法と証明されたわけです。ほぼ、時を同じくして長田百合子氏の実妹で、長田百合子氏と同様の方法で、不登校やひきこもり者を強引に、家から引きずり出していた『NPO法人アイ・メンタルスクール』元代表の杉浦昌子氏は、逮捕監禁致死罪で逮捕、実刑判決を受けています。はやり『はてなダイアリー』から引用させていただきましょう。http://d.hatena.ne.jp/keyword/%bf%f9%b1%ba%be%bb%bb%d2【1956年、岐阜県生まれ。不登校・ひきこもりからの社会復帰支援を謳った「NPO法人アイ・メンタルスクール」(解散)の元代表理事。2006年4月、当時26歳の男性を手錠及び鎖などを使用して監禁し死亡させ、逮捕監禁致死罪に問われ、2006年12月、名古屋地裁で懲役4年の実刑判決を受けた。2007年6月、名古屋高裁でも懲役3年6カ月の実刑判決となり、実刑が確定した。民事裁判で損害賠償請求され、敗訴した実姉・長田百合子と学習塾を共同経営していた時期もある。】これらの事件で、杉浦はもちろん、長田氏もマスコミに表れることはなくなりました。この人たちが、どのような方法で、ひきこもり者や親に接していたかを、よくご存じないという人がいるかも知れません。ユーチューブにありますので、少しあげてみましょう。(※ショックを受ける方もいるかも知れませんので、嫌だ観たくないという方は、観ないでください)http://jp.youtube.com/watch?v=wcZjMGZbo8Y白い服を着て「コラ」とか言っている女性が長田氏なのですが、自らは相手を殴ったりはしていません。ここには出ていませんが、親や家族に「殴りなさいよ! アンタが殴らなかったからこうなったんだ!」などといい、親や家族に子どもを殴らせるというのが、長田氏がよくやっていた手法でありました。そして、長田氏に有罪判決がでたり、同じような手法をとっていた実妹の杉浦が、死亡事件を起こしたりしましたが、このような手法が正しいと思っている人は、まだまだいるのです。あるいは、親が“良かれ”と思って、各家庭内で同様のことが行われていたりもします。現実的にいいますと、このような手法は、人間不信、家族不信を増やしたり、子どもの自尊感情、自己肯定感を潰していくようなものですから、決してすすめられるものではありません。ひきこもりや不登校の人の多くは、自分の家や部屋以外に安心できる場所がないと感じていたり、学校や外が安心できない・安全でない場所と感じており、おそらく過去の経験から、それは事実であったのでしょう。そういう気持ちの人に対して、暴力的は方法、力で強引に引きずり出すという方法は、決して有効ではないでしょう。ただ、特例として、ひきこもっている人が、自傷他害の恐れや、他人や家族に多大な迷惑をかけている場合、ひどい病気の場合などは、部屋から出して入院といった手続きをとった場合もありますが、それでも、できるだけ強引なやり方ではなく、合意のもとに部屋や家を出てもらうというようにするのが理想です。(相手が納得しない場合も多いため、理想通りにはいかないこともありますが……)まして、この映像にあるように、親がバケツで何杯も水をかけたり、家族が取り囲んで殴ったりするなどということは、論外です。それにしても、長田氏のように、家族に殴らせたりするのは最低でありましょう。また、困りきった家族が、ひきこもりの当事者に対して、暴力でどうにかしようと思ったり、周囲の人が「甘やかしているからだ! そんなの殴ってやればいいんだ!」と、短絡的な解決を求める場合が多くあるそうなのですが、決してそれはすすめられません。『不登校・ひきこもり・ニート』を抱える家族も、大変苦しいというのは理解できますが、そういうときは、暴力に頼るのではなく、まず、病院や、ちゃんとした相談機関にいって、対処の仕方を相談するべきでしょう。
2008年08月16日
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ひきこもりの人たちは、多くの場合恋愛とか性愛で、不利ですよね。まず、出会いがない。知り合ってもお金がない。コミュニケーションの苦手な人が多いから、どうしても奥手になってしまう傾向があります。でも、人間という生き物は……、いえ、人間に限らず、生き物のほとんどは、恋をして、SEXして、自分の遺伝子を次世代につないでいくことが本能であり、生きている使命といってもいいくらいの、重要なことです。しかし、ひきこもり系の人たちは、異性が苦手、恋がうまくできない……で……、ここの1人の男がいる。もともと内向的な人であったらしく、職場でいじめに会い、ひきこもりに、自殺まで考える毎日……そこで彼は考えるわけです。「このまま、ひきこもりで自殺するくらいだったら、女の子をナンパして楽しく生きたい!」な、なんとポジティブといいましょうか、本能に正しいといいましょうか。(苦笑)実のところ、そのころの彼は、ファーストフード店に行っても、どうやって注文していいのかが、わからなかったくらい重度のひきこもりだったわけです。働いていたときも、ほとんど買い物とか、世の中に接することも避けていたんですね。で、その彼が、一年発起して、街にでて女の子に声を掛けようとした。当然、最初はできないわけです。それまで、女の子とお話すらしてことないんですから。彼は悩み、苦しみ、その手の本を買い、人に教えを請い、女の子と話ができるようになれるよう、がんばります。わたし、巨椋修(おぐらおさむ)と知り合ったのはその頃ですね。その頃は、なんとか女性と話はできるようになっていたんです。でも、それで精一杯。何か、みんなで集まるようなことがあるでしょ。そんなとき彼を探すと、とにかく誰でもいいから女の子の横にいて、一生懸命話しかけているんですよ。(笑)そのために、女の子からウザがられることもありました。その頃は、ファッションもほとんど気にしてなくて、いかにも「ひきこもり現役中」みたいな(笑)ファッションだったんですが、女の子に好かれるには、清潔じゃないといけない、ちょっとはオシャレじゃないといけないと思ったらしいんです。で、高価でおしゃれな服装よりも、ユニクロでいいから服装をチョイスして組み合わせるとか、気を使うようになりました。それでも、なかなかナンパで女の子に声をかけられなくて……ナンパはなかなか成功しなくて……でも、少しずつ女の子とデートをしたりするようになったんです。くわしいことは、彼が書いたブログが書籍になりましたので、ぜひ、ぞれを読んでください。彼、夏目涼介くんは、『不登校・ひきこもり・ニート』の人たちのネットラジオ番組【オールニートニッポン】で、わたしと一緒にやっていた人なんですよ。その彼のブログが出版され、こんどそれを記念してイベントをやることになりました。お時間のある方や、興味のある方は、ぜひ会場に足をお運びください。わたしもゲスト出演します。たぶん、会場内をウロウロしてますので、見かけた方は声をおかけください。(笑)==========================================『僕のひきこもりナンパ宣言』出版記念イベントのお知らせ第1期からオールニートニッポンにレギュラー出演中の夏目涼介くんが、去る7月26日に書籍『僕のひきこもりナンパ宣言』を出版し、デビューしました。そのお祝いで、以下のイベントを企画しましたので、ぜひぜひ皆さん会場へお越し下さい。(スタッフより) 『僕のひきこもりナンパ宣言』出版記念イベント~見逃し三振より、空振り三振~ 【日時】 2008年8月22日(金)開場18時30分/開演19時30分 【会場】 新宿ロフトプラプラスワン【出演】 アイズさん(プロナンパ師)、伊東裕之(恋愛アドバイザー)、巨椋修(おぐらおさむ)(漫画家)、白井勝美(「絶望男」著者)、長さん(凄腕ナンパ師)、古澤克大(革命的非モテ同盟)、山本繁(NPOコトバノアトリエ)、渡部伸(「中年童貞」著者)、夏目涼介、司会・月乃光司(こわれ者の祭典) →追加:疋田紗也(グラビアアイドル)さん出演決定! 【料金】 ¥1500(飲食別) 当日券のみ※当日は、直接会場にお越しください。 【本の紹介】 書名:僕のひきこもりナンパ宣言 著者:夏目涼介出版社:新紀元社 発売日:2008年7月26日 定価:1,365円(税込)内容紹介:「ひきこもり」で「ナンパ」!?ネオニートによるナンパ体験記を書籍化! 元自衛隊員・ひきこもり青年が、ナンパ師をめざして大奮闘! ナンパ師になるための特訓を始めた頃から、初めてホテルに行けた日までの記録。ブログ:http://natsumeryosuke.seesaa.net/ 【お問い合わせ先】NPOコトバノアトリエ(オールニートニッポン)担当:山本、番野TEL050-1071-8324 / e-mail. info@kotolier.orghttp://www.kotolier.org
2008年08月14日
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そもそも、義務教育なるものが、なぜあるかというと、子どもに教育を与えることによって、将来その子が仕事を持ち、より豊かになることによって、ひいては国家自身も豊かになるための投資である。親がなぜ、子どもに学校に行くことを求めるかというと、子どもに教育を与えることによって、その子が将来より大きな利益を得ることができるようにするためである。この場合における“利益”とは、金銭に限りません。それはあらゆるプラス面のことを指します。利益を“幸せ”と置き換えてもいいかも知れませんね。国も親も社会も、子どもに教育という多額の投資をすることによって、将来、自分の利益(幸せ)になると考えていると言ってもいいでしょう。ときとして、人は“無償の愛”という幻想を見ます。ときとして、親は“無償の愛”を子どもに与えていると思ったりもします。でも、よくよく考えればそれは、必ずしもあたらない。結婚し、子どもを作り、育てるというのは、それ自体には、大きなリスクがあり、デメリットでもあります。しかし、人はメリットがあると信じてそうしたことをするのですよ。それが、リスクとデメリットだけであれば、“ただの義務”だけとなり、やがて苦痛のみが残るでしょう。当然、ただの義務として、子どもを学校にやるというのでは、いささか無理が出ています。そこには、子どもの利益(幸せ)を考えていてほしい。子どもの利益は親の利益(幸せ)になるからです。でもね、もし仮に、学校に行くことで、いじめや、どうしても学校になじめないといった過度の苦しみや傷つくことになるとすれば……それでも無理やり学校に行かせるというのは、子どもに不利益(不幸せ)を強要する場合になることさえあるかも知れません。それは、いじめなどが原因で自殺する子どもが後を立たないことからも、わかることであるでしょう。子どもの利益を考えるなら、子どもの不利益(不幸せ)を強要するのは、どうなのでしょう?子どもの将来が心配であるというのは、わかります。しかし“いま”子どもが苦しんでいるのに、子どもの将来のためにその苦痛を無視するというのは、ちょっと違うように思えます。これは、子どもが風邪にかかっているのに、治療をせずに“子どもの将来のために”と、称して学校に無理やり行かせることと同じようなものです。また、子どもが学校に行かないことに悩み苦しむ親御さんもいますが、これは、子どもが難病になったときに、その親御さんも一緒に難病になることと同じです。もし、子どもが風邪にかかったのなら、親の役目は一緒に風邪になって苦しむことではないはずです。また、不登校に限っていえば、「いまの苦労は、将来報われる」というものではありません。「いまの苦痛は、一生の傷になる」という場合が少なくないからです。どうしたら一番、子どもの利益になるのかを考えるべきでしょうね。これは、親に限ったことではなく、国も社会もそうするべきでしょう。それは、それぞれの利益(幸せ)のために……、とも言えるかも知れませんね。
2008年08月12日
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昨夜『こわれ者の祭典』なるものに行って来ました。友人の月乃光司さんが代表をしている団体で、月乃さん自身、高校時代に「自分の顔は醜い」と思い込む「醜形恐怖症」「視線恐怖」という神経症の一種をわずらい、ひきこもりになる。さらに、何度かの自殺未遂を行い、アルコール依存症、薬物の乱用、手首を切るなどの自傷行為も、止まらなくなってきたといいます。やがて、精神病院に入退院を繰り返すようになったのが25歳のとき。入退院を繰り返していた27歳のとき、知り合いのアルコール依存者が、腐乱死体で発見だれたことを知り、それがキッカケでアルコール依存症の自助グループに入り、奇跡的にアルコール依存症から脱することができたといいます。自助グループに参加しはじめの頃の月乃さんは、最初はあまり積極的な発言はしなかったといいます。それがある日の集会に参加したとき、自分の経験をスピーチする元アルコール依存症だったけど、いまは立派な紳士がいて、スピーチの最後にこう言ったそうなんです。「わたしはもう二度とアルコールは飲みません! その証拠にわたしは二度と女子高校生を見ながらオ●ニーはしません!!」いきなり立派な紳士が、そんなことをいうものだから、月乃さんは驚いてしまったらしく、そしてこうも思ったそうなんです。「ああ、この場は、ダメな自分を正直にさらしていいんだ……」また、アイコさんという女性の方も出演なさっていました。アイコさんは、家族からのDVを受けて育ち、電車に乗れない、人の視線が怖いという脅迫神経症になり、高校のときに不登校になります。不登校の間は、友達が学校に行っている間が、いつも苦しくて、学校が休み時間だというときに、「学校のみんなは、休み時間だからわたしも少しは楽にしていても、いいのかなあ……」と、いう思いであったそうです。毎日、毎日が、「自分なんて、必要ない人間」という自己否定の毎日。そんなアイコさんを救ったのも、自分と同じように苦しんでいる多くの人と接したことであったといいます。自分と同じように苦しんでいる人と接することで「苦しいのは自分だけじゃない」「わたしも生きていていいんだ」と、思うことができたそうです。月乃さんも、アイコさんも詩の朗読というパフォーマンスを見せてくださったのですが、それぞれ、胸に迫るものがありました。ユーチューブに、月乃光司さんのパフォーマンス映像がありましたので、関心のある方はこちらをどうぞ。昨夜は、半年ぶりに全国精神障害者団体連合会の事務局長さんとも会い、その後痛飲したのでした。
2008年08月10日
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2008年8月2日、漫画界の大御所、赤塚不二夫先生がお亡くなりになられました。享年72歳。赤塚先生に見出されたタレントのタモリさんが、告別式の弔辞で、次のようにいっています。「赤塚先生は本当に優しい方です。シャイな方です。(中略)あなたはすべての人を快く受け入れました。そのためにだまされたことも数々あります。金銭的にも大きな打撃を受けたこともあります。しかしあなたから、後悔の言葉や、相手を恨む言葉を聞いたことがありません。(中略)あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに、前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また時間は前後関係を断ち放たれて、その時その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち『これでいいのだ』と……」わたしは、『不登校・ひきこもり・ニート』に苦しむ皆さんにに、タモリさんが、赤塚先生について語ったこの言葉を伝えたい。そして「これでいいのだ」と言える人になって欲しいと思います。もちろん、みんながみんな赤塚さんのようには生きれないのですが、タモリさんがいうように人に優しくすべての人を、すべての出来事、存在をあるがままに、前向きに肯定し、受け入れられるような人間を目指してほしいと思います。そして、自分をも受け入れ、こう言えるような人になって欲しい。「これでいいのだ」わたし、巨椋修(おぐらおさむ)の職業は漫画家で、わたし自身は赤塚先生と面識はありませんが、アシスタントなどをさせていただいた先生は、赤塚先生のフジオプロ(赤塚先生のプロダクション)出身の方でした。つまりわたしは、赤塚系統の漫画家ということになります。心よりご冥福をお祈り申し上げます。
2008年08月07日
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『不登校・ひきこもり・ニート』が問題化した場合【誰かのせい】に、されてしまうことが多いようです。誰のせいにされやすいかというと、子どもや母親がその矢面に立たされる場合が多いのです。もちろん、そうとは限らず、父親や祖父母、近所の人や親戚のせいにされることもあります。それぞれの人に、それぞれの事情と理由があるでしょうから、すべてを一概には言えないのですが、わたしが見てきた限り【本人や母親のせいでそうなった】と、いうのを、ほとんど見たことがありません。もちろん、本人や親の性格や生活態度が、その一因であることは多いのです。しかし、それは一因にしか過ぎず、そのせいで『不登校・ひきこもり・ニート』になったと断言することは、まずできないのです。もっといえば、『不登校・ひきこもり・ニート』当事者や親御さんがもっている性格や生活態度、環境などは、他の人たちにも同様にある場合が当たり前にあり、なぜその中で『不登校・ひきこもり・ニート』などになる人と、ならない人に分けられるかという、因果関係は、いまだにわからないのです。これらのことを考えた場合、『不登校・ひきこもり・ニート』になる人というのは、いくつかの因子があり、それが不幸にもつながって、『不登校・ひきこもり・ニート』になったとしかいいようがないのですよ。つまりは偶然。つまりはたまたま、そういうことになってしまったとしか、言い様がないのです。たまたま、繊細な性格に生まれてしまった。たまたま、障害があった。たまたま、同級生に嫌な人がいた。たまたま、おかしな先生とあたってしまった。たまたま、親同士の関係が悪いときと当たってしまった。たまたま、景気が悪かった……それらの因子が複雑にからまりあい、それでたまたま『不登校・ひきこもり・ニート』という現象に現れてしまったという場合が多いようです。ま、確かに一時的な“方便”としてね。誰かのせいにするというのは、回復へのファーストステップとしてはいいのかも知れません。“方便”というのは、手がかりや手段、方法、寄る辺のことで、一時的に誰かのせいにすることで、自分の心が楽になるのなら、それもいいでしょう。一時的に「わたしがダメなのは社会が悪いからだ」「ウチの子が学校に行けなくなったのは、学校が悪いからだ」「オレがうまく生きていけないのは、親の育て方が悪かったからだ」などなど……それらは、あくまで“一時的”な逃げ場、心を一時的に慰めるための手段としては、ある程度有効です。しかしそれはあくまで一時的だけのこと!いつまでも、●●が悪いなんていっていると、みっともないし信用をなくします。実際に、誰かひとりのせいというわけじゃないしね。だからといって、本人が悪いということもないのです。たまたまそうなってしまっただけなんですね。そして、不幸なことに“負の連鎖”に巻き込まれて、なかなか抜け出せなくなってしまっているのです。負の連鎖から、逃れる方法っていうのは確かにあるんです。いってみれば、幸運になる方法ですね。次回はその方法について述べてみましょうか。
2008年08月06日
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巨椋です。この3日間ほど、風邪と熱でフラフラのエビフライ巨椋です。ふと思ったのですが、野球用語で、ボールが高く上がることを、「フライ」といいますが、あれはもしかしたらフライを揚げるのシャレなんでしょうか?知っているお方がいらっしゃったらお教えください。ああ、話しが関係ない方向へ行ってしまいました。これも風邪のせいにしておきましょう。『不登校・ひきこもり・ニート』の人で、ずっとくよくよと悩んでいる人がいるじゃないですか。悩むっていうのは、いいのですよ。人は悩むものです。で、悩んだあとは 企(たくら)め! そして、「うしし」となって最後に「しめしめ」となったら楽しいねえ。
2008年08月04日
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さて、そろそろ「ニート・ひきこもりは甘えか?」という問いに対して、わたしなりの答えを言わせていただくとしましょう。「ニート・ひきこもりは、甘えでない場合もあるし、甘えである場合もある」ということです。さらに付け加えるなら「甘えであってもかまわない」であり「場合によっては、もっと甘えてもいい」というのが、わたしなりの答えになります。『不登校・ひきこもり・ニート』の支援者の人には、「不登校やひきこもりは、甘えではない!」と断じる人も多くいます。不登校だけではなく、ひきこもりやニートの人にも言えることなのですが、その多くの人は、過剰に苦しんでいまっている人が多く、それらの人や家族は、世間の人たちから「甘えや怠けである!」「甘やかしているからだ!」と、不当に攻撃されていることがあまりにも多いため、そういった人たちを救うためにも「不登校やひきこもりは、甘えではない!」という言葉を使ったのだと思うのです。事実、圧倒的多数の『不登校・ひきこもり・ニート』当事者は、甘えでも怠けでもありません。彼らの圧倒的多数は、毎日毎日、ひきこもりやニートから抜け出せないことに苦しんでいるのです。苦しんでいる人を、「甘えている」と決め付けるのは間違いでありましょう。また、その人たちの中には親から、甘えることを許されずに育った人や、甘え下手のために、甘えずに育った人がとても多いのも事実なのです。しかし、わたし個人としましては、『不登校・ひきこもり・ニート』について常に冷静でいたい。『不登校・ひきこもり・ニート』関係者がよく言うように、「百人百様」であるのだとすれば、その中に「甘え」や「怠け」の人がいて当然であろうと思うのです。また、もっと甘えてもいい人や、怠けというとおかしくなりますので言葉を変えますが、もっと休養をとった方がいい人も、たくさんいるのです。また、「甘え」の原因と思われている過保護・過干渉は、子どもの将来を潰す“虐待”に類するものです。しかしこの過保護・過干渉の親の態度にも、問題があって、「過保護・過干渉は虐待」と聞くと、反省し、これまでとまったく反対に厳しくしすぎたり、『不登校・ひきこもり・ニート』の子どもは子どもの頃に、甘えることができなかった子どもが多いと聞くと、まったく逆に、急に甘やかしてしまうこともあります。つまり、いい感じの中間がない。極端から極端へのオール・オア・ナッシング、二者択一思考法になってしまうこともあります。甘えも休養も、人生をより良く生きていくためには、必要なものです。できれば、いい意味で【良い加減】に、いい意味で【適当】に甘えを利用していけたらいいですね。(笑)まとめ● 『不登校・ひきこもり・ニート』は、甘えである場合もそうでない場合もある。● しかし、圧倒的多数の『不登校・ひきこもり・ニート』当事者は、甘えでも怠けではない。● 甘えや休養は人生に必要なものなので、うまく利用すること。●ときに甘えも必要なので、極端にならず、いい意味で中間になること。
2008年08月02日
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