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2024年11月23日
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津軽三十三観音霊場の四番札所は岩木山の麓、髙杉にあります。この辺は田んぼもリンゴ畑も半々くらいで、津軽らしい風景が見られます。髙杉周辺は津軽地域のなかでは加茂神社・賀茂神社が集中して存在することから、この辺りの産土神として祀られていた可能性があります。​
今回の札所本尊ももともとは近くの加茂神社に祀られていた様です。

以前観音像が祀られていた加茂神社の記事ができました!
・​​弘前市:加茂神社(高杉) 高杉の元観音、加茂神社


津軽三十三観音霊場四番札所:紫雲山 南貞院 観音堂


髙杉集落の中心にあります、紫雲山 南貞院です。境内はこんな感じ、幾つかの祠とお堂、石碑などがありますね。



こちらは地蔵堂。



中には素晴らしい地蔵尊像が置かれています。千羽鶴の奉納も見られます。篤く信仰されているのか、供えられている花々がとても美しいです。



境内の石碑群。見た感じ道祖神や地蔵尊、供養塔のように見えます。







説明書きです。




 ここのすぐ近くに八重の森があり、その昔曹洞宗八重山長徳寺があった。その寺は、弘前に城が築かれて間もなく茂森に移されたが古い時代の墓石はそのまま寺院跡に残されたのである。昭和の初めごろの記録では十一基確認されているが、現在は四基しか残っていない。
 この石碑も、もと八重の森にあったが、いつのころからか南貞院に移されてまつられてきたものである。
 碑面には、

南無阿弥陀仏
正和仲冬日 施主
光明遍照 十方世界 念仏衆生 摂取不捨
右円宛義御前 当五七忌為仏陀 刻石塔坐 九品一刹証被生思
元年壬子中句 謹*

のように、関東地方の板石塔婆と同じような形式で刻まれている。南無阿弥陀仏の名号と阿弥陀三尊仏の種子、光明遍照・・・の観無量寿経の掲文などから浄土宗の信者のお墓であることがわかる。また、正和元年(1312年)の三十五日法要に建てられたということがわかる。
 この石碑は、津軽地方に現存する浄土真宗関係の最も古い年号が刻まれたものとして非常に貴重な資料である。
昭和57年4月27日 高杉部落委員会







こんな感じです。



更に隣には、 津軽三十三観音霊場四番札所である観音堂 がありました。堂内の厨子の中に 聖観音像 が収められているようで、これは聖徳太子の作とも伝わっています。秘仏だと思うのですが、いつかその姿を見てみたいですねぇ・・・。
もともと観音像は同集落の加茂神社に祀られていた様です。ここから徒歩で数分の距離にあるので、一緒にお参りするのも良いでしょう。




入り口には紫雲山の扁額が見えます。ここで御由緒を見てみましょう。



南貞院



 加茂神社の創建は大同2年(807)、坂上田村麻呂(征夷大将軍)の子供とされる花輪丸が東夷東征の際、この地に陣を張り蝦夷を平定した後、神意に感謝し勧請したのが始まりと伝えれています。
 当初、多くの記録、社宝を所有していましたが江戸時代初期の元和年間(1615~1624年)の火災で社殿と共に粉塵に帰しています。
 古くから神仏混合して聖徳太子が自ら彫り込んだと伝わる聖観音像を本尊とする「高杉観音」又は「観音稲荷宮」として津軽三十三観音霊場第11番札所(寛延年間:1748~1750年以降は第4番札所)に選定されるなど広く信仰されてきましたが明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏教色が一掃され加茂神社として独立しています。

 廃仏毀釈の気運が下がると再び観音霊場として信仰されますが、観音堂を独立させる気運が高まり昭和42年(1967)に南貞院に移されました。 南貞院は延宝年中(1673~1681年)に南貞和尚(弘前にある西福寺の住職の高弟)が開いたのが始まり と伝えられて当初は南貞庵と称し草庵的な扱いでしたがその後(大正時代前後)寺院となっています。

宗派:浄土宗
本尊:阿弥陀如来

説明内に出てくる西福寺は、現在新寺町にあり、津軽八十八霊場の四十三番札所になっています。

堂内には本尊の阿弥陀如来座像を始め、様々な仏像が置かれています。



本尊阿弥陀如来坐像。光背の表現が見事です。



地蔵菩薩立像です。手前は阿弥陀如来の脇侍である勢至菩薩だと思われます。



釈迦如来立像です。手前にもう一つ釈迦如来像があります。その隣には阿弥陀如来の脇侍である聖観音と思われる仏像も見えます。

仏像が多すぎておなかいっぱいです(?)・・・。




はるばると 詣で来る間のわが心 名は髙杉の 森にとどまる

本尊:聖観音 आर्यावलोकितेश्वर

以前貰った御朱印です。



以上です。

次の記事
・五番札所:巌鬼山神社(十腰内観音堂) 古神社 いわき見守る 二本角






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最終更新日  2025年01月05日 10時57分47秒
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