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籠田山月山神社(鶴輪山 九星寺)
神道(修験)
祭神:月夜見大神
札所本尊:見渡し観音(聖観音?)
・・・。
月山神社の「見渡し観音」は、別名「見晴し観音」とも呼ばれ、ここから見下ろす松舘部落の田園風景は素晴らしいものである。御詠歌にあるように、まさに下界は海のように見えたのかも知れない。
しかし、この観音像は、どのような姿をしているのかは現在のところ知るすべがない。それは、月山神社の御神体のひとつとして、内御堂の祭壇奥深くに納められているからである。そして、この観音像はもともと月山神社に安置されていたわけではなかった。向こう側の細越部落山頂に愛善院が安置した見渡し観音を、明治初期の廃仏毀釈により合祀されたのである。
月山神社が鎮座する籠田山のふもとには、朱色の明神鳥居が立っている。その傍らには「牛頭天王」と刻まれた自然石が置かれ、いかにも信仰の山といえそうな雰囲気が漂っている。月山神社の祭神:ツクヨミノミコトと牛頭天王:スサノオノミコトは兄弟で、弟が入口で兄を守護していることになる。
奥には籠田の山伏神楽で知られる権現堂が鎮座している。その前には、昭和59年(1984年)、吉田アエ氏が寄進した籠田観音の御詠歌の木柱が立っている。一見、権現堂を観音堂に間違えそうである。
一の鳥居から急勾配を登ると、大社造りの月山神社が構えている。現在の社殿は昭和39年(1964年)12月に改築されており、「鶴輪山」と書かれた扁額が掲げられている。
この「鶴」の由来は、遠く根城南部時代までさかのばる。応永18年(1411年)十代光経公が秋田征伐の際、陣中で出羽月山に戦勝祈願したところ、その夜、二羽の鶴が舞い、天空より九曜の星が落ちてきた夢を見たという。これは吉兆の知らせだということで、翌日の戦では大勝利を得た。永享8年(1436年)十一代長安公は、その神恩報謝として、当地へ勧請したという(『八戸家伝書』)。
別名、鶴輪山 九星寺とも称し、向鶴の紋と南部家九曜の紋の由来を伝える。九曜紋の中心に配置している土曜星は、仏教の九曜曼荼羅によると、聖観音に定められていることから、おそらくこの 見渡し観音は聖観音ではないだろうかと思われる。
このように、南部家と由来のある堂舎のため、旧9月29日には、必ず藩主の参詣があった。付近には、一行が休息した際、茶を献じたという湯立場が残っている。明和5年(1768年)3月には、八戸南部五代藩主信興公が絵馬を奉納している。そのため、「殿様の神社」とも呼ばれ、門前を通る農民たちは、頬かぶりを取ったり、乗馬している者は、 必ず降りて歩いたという。
現在の祭神は、内御堂の祭壇の奥に5体並べて安置され、代々、籠田家が別当として管理してきた。初代が藤本坊、二代大蔵坊、三代大行院、四代善性院、五代德善院、六代から八代 愛善院 、九代徳善院、十代善正院、十一代喜楽院、十二代愛善院と、山伏修験道場でもあり、十二代目で復飾(還俗:一度僧となった者が元の俗人にかえること)し、籠田定寿と名を改めて明治に入っている(『明治初年神社調』)。
とにかく、世襲制が続く、歴史の深い堂舎、それが籠田月山神社である。




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