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2026年02月04日
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陸奥一之宮の1つ、 八槻都々古別神社 が鎮座する棚倉町。中心地から南下すること数分、近津という集落に辿りつきます。小川を越えるともう都々古神社の境内が見えてきて、道路を挟んで反対側には、今回紹介する寺院が置かれています。
この様にあまりにも神社と寺院とが近いと、何かしら関係があるのが常です。特に別当という訳ではありませんが、この寺院は都々古別神社の社僧を務めていたんだとか。神社に置かれる僧侶のことなんですが、やはり神仏混淆の度合いが強かったことが伺えます。

2024.12.19
仙道三十三観音霊場二十三番札所:聖務密山 持宝院 如意輪寺(八槻観音堂)


広い駐車場に車を停め、一段高くなっている境内を目指します。参道の先にはどっしりと寺門が構えてあり、脇には鐘楼も。規模が大きな寺院ですねぇ!



参道右手には清水が湧いています。水盤も古めかしく、風情が溢れています。



その隣には石碑。供養塔や庚申塔です。



奥の方には洞があり、扁額には不動明王の真言が刻まれています。先ほどの清水の水源かもしれませんね。波切不動とかが勧請されているのでは?



山門をくぐり左手には鐘楼。こちらもなかなかに年季が入っています。







次は右手を見てみましょう。
境内のかどっこには子育地蔵尊。真っ赤なべべ着て立っています。



隣には瑠璃光と刻まれた扁額が懸かっています。おそらく薬師堂でしょう。



更にその隣には沢山の石碑と共に、にんまりと笑う地蔵尊が置かれています。ここまではっきり笑っている仏像も珍しいのではないでしょうか。



本堂です。五色の垂れ幕が素晴らしいですねぇ!手前にはしだれ桜もあり、春には絶景が拝めるんではないでしょうか。



御由緒です。




聖務密山 持宝院 如意輪寺

真言宗智山派
開山:行基菩薩
開基:四十五代聖武天皇
本尊:如意輪観音

 当寺の歴史は古く、その源を温ねれば遠く1,200年余り前、四十五代聖武天皇の勅願により、僧 行基が如意輪観音を奉じて当地に一宇を開創す、と伝えられる。江戸時代には「東奥密林(檀林寺院・子弟教育機関)」の寺格を付与される。
都々古別神社 ​の東の地に隣接し、古くより社僧の職を相努めて来たが、明治初期、神仏分離令により現在地に移り覺乗院と合寺、更に系列の諸末寺が合併され、「如意輪寺」を公称して今日に至る。
 旧覺乗院本堂は、中世より此の地に在ったと推定される。老朽により元禄15年(1702年)に改築され爾来300有余年経過、また、山門は旧如意輪寺より移築したもので、築後既に260年余の星霜を経、共に老朽著しく、この度檀信徒一同、菩提寺護持の志篤く、本堂並びに山門の改築に向けて檀信徒総会を開催、更に建設委員会を組織する。即ち全檀信徒に対する懇ろなる呼びかけが行われて、機運ようやく熟し、茲に檀信徒及び多くのご協力者により貴い浄財が寄せられる。而して当寺の檀徒である工務店を主体とし、また、設計を社寺建築専門の設計事務所に、棟梁を宮大工に依頼して工事を進むること約2ヵ年、茲に念願叶い、如意輪寺の新たな出発に相応しく、伽藍、輪奐の美相整い、山容が見事に一新せらる。
平成24年4月8日



おおよそ8世紀初頭の創建といったところでしょうか。八槻都々古別神社の社僧(別当とは別)を努めており、かつては社殿の東側に境内があったようですね。宗派は真言宗・・・。中世から続く別当 八槻家は天台系の修験だったとされています。そこから考えると当寺院の宗派は、もしかしたらどこかのタイミングで変わったのか、もしくは天・真両宗派が共存していた可能性もありそうですが・・・はて。

扁額には美文字。豪華な金縁です。



内陣には金色の厨子と、金色の如意輪観音が座します。



腕に結えられた紐は、外の柱まで伸びています。
というか、脇侍?が不動明王と聖観音という例は初めて見ました。密教系寺院だと、曼荼羅に則して何かしらの観音+脇侍(不動明王・毘沙門天)という例は良くあるんですが・・・。これも何かしら曼荼羅を再現したものなのか、それとも特に関係はないのか・・・知りたいですねぇ。



斜めから。
福島と茨城の県境に屹立する八溝山。そこを霞とした修験の元締めは八槻家です。八槻都々古別神社の別当として君臨し、熊野先達を務めたことで絶大な権力を持っていたとされています。今回紹介した如意輪寺も、都々古別神社を守護する寺院の1つという事で、大いに八槻家とも関りがあったんではないでしょうか。行基菩薩が奉納した如意輪観音は、今も静かに座していました。




ほど遠き 道の境と聞きしより 参ればここに 近津寺かな

本尊:如意輪観音 चिन्तामणिचक्र

以上です。

次の記事
・二十四番札所:八溝山 日輪寺 観音堂(八溝山観音堂) 八溝の山照す、日輪の観音堂

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最終更新日  2026年03月22日 18時28分08秒
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