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2026年04月12日
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カテゴリ: 津軽八十八霊場
津軽半島の西側に突き出す様にして伸びる権現崎。その岬を中心として東や南に小さな漁村が広がっています。ここは小泊、徐福伝説の残る地です。小さな村ではありますが、村内に神社や仏閣は多く、今回紹介する寺院もその内の1つです。

2025.6.1
津軽八十八霊場十三番札所:小泊山 春洞寺


小説”津軽”の記念館から徒歩で向かいます。初めて参拝した時もそうですが、この寺院へ行きつくまでの道が複雑すぎて、必ずと言っていい程迷ってしまいます。
舗装道から外れたじゃりけんどを進み、程なくして本堂が見えてきました。



ご由緒です。
小泊山 春洞寺

曹洞宗 石神山勝岳院末寺
開山:春洞和尚
本尊:釈迦三尊

 北郡小泊村の東側、通称花丘町にあるのが曹洞宗の小泊山 春洞寺。開山は、今から360年前の元和2年(1616年)春洞和尚と伝えられているだけ。無住職という空白もあったといわれており、長い間「春洞庵」と称した。山号・寺号を公称、春洞寺になったのは明治に入ってからのこととか。
 もともとは小泊港に近い丸山の寺屋敷に立地していたが、明暦年間(1655~1658年)の火災以降、やっとの思いで再興されたのにもかかわらず、大正8年、昭和29年と二度の大火に見舞われた。宝暦年間(1751~1764年)からの過去帳の一部は現存しているが、それ以前のものは大正の大火で無くしてしまった。本尊の釈迦牟尼仏は、坂本芳英現住職がその際背負いながら山へ避難して火を免れた。しかし、十六羅漢像と極微細画の地獄極楽図は失ってしまったという。昭和の大火は、派立一帯120戸を総なめにしたもので、このとき移転を決意し現在地に構えた。
 先代の芳宗和尚は、弘前市から養子として入山、28歳で寺院後継者になった人。26歳で遷化。現住職は昭和21年から8年がかりで本堂を築き上げた。「ところが完成翌月の大火で跡形もなく焼け落ちてしまった。この年は干ばつで川に水がなく海から取水して消火に当たったが、火勢は強く、なすすべもなかった」と話す坂本住職。現在の本堂、庫裏は、大火翌年の30年から増・改築を重ね、46年に装いを新たにした。
 かつては、漁獲高県内2番目という実績を誇ったこともある小泊村だが、昔から春洞寺を中心に大漁祈願が行われてきた。ニシン場だったこともあって「西沢」「斎藤」ら10人の網元が漁港・小泊のカナメだったという。村内にある尾崎神社の由来は、約700年前の大同年間にさかのぼるという古い村でもある。室町時代には、ヒバの宝庫だったこともあって越後地方から大勢の切り出し人夫が入村、仏閣などの建築材切り出しに従事した。ここで亡くなった人も多かったといわれ「越後谷」「敦賀屋」の姓はその流れをくむものと伝えられている。
 ここに安置されている「聖観音」は昭和48年の夏、小泊村突端の国道開削に当たっている自衛隊員が、冬部付近の海岸から拾い上げたもので、開削工事の守護にと春洞寺に寄進した。南方系の仏像とみられており、どのぐらいの間、海にあったものなのだろうか。身の丈一尺余の木像だが、そうした経緯から植信徒らにも丁重に扱われている。
 春洞寺の檀信徒は市浦村など広範囲に及んでおり、弘前市勝岳院の末寺。寺宝の秋葉大権現は桃山時代のものといわれ、木彫り身丈約一尺。

17世紀創建の曹洞宗寺院です。面白いのが札所本尊の聖観音で、これも海からもたらされたものなんですね。実際津軽半島西浜には大陸からのものがいろいろと流れ着きます。七里長浜の海岸を歩いていると、キリル文字やハングル、繁体漢字などかなり多国籍のゴミが流れ着いているんです。日本海の荒波にのってもたらされるんでしょうが、札所本尊の仏像もそうしてこの地にたどり着いたのかも知れません。とにかく謎が多いですね。

山号額です。面白い書体ですね。



堂内です。ふと見上げると、天井には舎利礼文が描かれていました。曹洞宗寺院ならではの装飾でしょうか。良き。



堂内右手には双龍の沙弥壇と、その奥に2つの厨子が置かれています。このどちらかに札所本尊の聖観音が収められているんではないでしょうか。さらに奥には八大竜王の娑伽羅龍王?と善女龍王?が描かれた掛軸が掛かっており、港町の風情があります。




入り組んだ所に有りますが、小泊の中では一際大きな御堂を持ちます。村には他に浄土宗:​ 海満寺 ・真宗大谷派:正行寺などの寺院が有り、様々な宗派の檀信徒に対応しております。
以上、地名を山号に採る春洞寺でした



御詠歌
みほとけの おもきちかひにつみのみも やすくわたらん うへのなみぢを
札所本尊:聖観音 आर्यावलोकितेश्वर




以上です。

次の記事
・十四番札所:無縁山 観音院 海満寺 観音堂 海満たす無縁仏を弔わん 津軽西浜ここは観音院

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最終更新日  2026年04月12日 21時11分13秒
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