しぐれ茶屋おりくの部屋

しぐれ茶屋おりくの部屋

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

しぐれ茶屋おりく

しぐれ茶屋おりく

Calendar

Comments

やすじぢい @ Re:鈴鹿野風呂『續俳諧日誌』刊行(02/17) こんばんは この「鈴鹿野風呂『續俳諧日…
やすじ2004 @ Re:爪相、手相(01/24) こんばんは 手相についての記事、参考に…
やすじ2004 @ Re:塩をめぐるライバル同士(01/11) こんにちは 歴史的なエピソードが面白か…
やすじ2004 @ Re:かわった町名「弁慶石町」(12/05) こんばんは 町名の由来や歴史がとても興…
やすじ2004 @ Re:大念寺の阿弥陀さん(11/13) こんばんは お寺の歴史や由来に触れると…
2008.04.12
XML
カテゴリ: 雑感・雑学


年々廃れ行く大阪落語に喝を入れようと清水町の北むらで九里丸の漫談、笑福亭枝鶴の「植木屋娘」、三木助の「あみ船」などが演じられ好評だったことが書かれています。

また大阪唯一の講談定席が松島町(旧松島遊郭近辺)にあって、木戸銭15銭、小人5銭、火鉢5銭、敷物3銭、土瓶茶4銭と書かれた張り紙があったそうな。定員116名の札が煤けていたそうな。

講談華やかなりし頃を言えば、法善寺おたふくの野村席、弥生席、生玉の玉旅軒、堀江宇和島の玉龍席、阿波橋南詰の玉英席、新町に1軒、北浜3丁目に1軒、桜橋の藤井席、空堀の沢井席、上本町2丁目の梯亭、下大和橋の端正亭、日本橋3丁目の太田亭、御霊神社に1軒、松島天神にも1軒と14席もあったそうな。

大阪芸苑で最も特色あるものと言えば、聴くものでは義太夫、観るものでは「俄(にわか)」。大阪俄の起源は堺の二羽屋嘉平次という人で、二羽(にわ)と嘉を取り合わせ略したことから「俄」と呼ばれ出したそうな。

明治44年11月落語日曜会百回記念に発行された大阪演題見立落語番付表によれば、大関格の「百年目」「千両みかん」、「立切せんこ」「古手買」「三枚起証」「猫の忠信」「どうらん幸助」などは解りますが、

もう演じられなくなって久しいものが可なりあるように思われます。桂米朝師匠は随分掘り起こされ復活しましたが、関西人には大阪落語の方がフィーリングがぴったり。現在活躍中の落語家にも面白そうな演目を復活して欲しいと思っています。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2008.04.12 10:34:16
コメント(2) | コメントを書く
[雑感・雑学] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: