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「有島安子」という女性を、ご存知でしょうか。
30歳にもならず3人の小さな男児を遺して病死した、有島武郎夫人を知る人は、案外少ないように思います。
夫人亡き後、武郎が編んだ遺稿集「松むし」によると、夫人は明治二十二年東京に生まれ、東京女学館専修科在学中に武郎と結婚、夫の任地である札幌で暮らしていましたが、
「大正三年九月突如肋膜肺炎に犯され、・・・鎌倉平塚等にありて専心静養に尽したるも、病勢漸く革り、八月二日朝静かに世を去れり。越えて七日青山墓地内先考の墓側に葬られたり。行年二十有八。」とあります。
ページを開くと、22歳の時のポートレートが載っています。髪をゆったりと前高に結い、柄の入ったおしゃれな半襟の胸元には紐が回ってい、その先は帯の中に入れられています。ご年配の女性によると、これはネックレスのようなアクセサリーではなく、時計ではないかとのこと。まだ幼さの残る可憐な美しさがあり、「ちひさきものへ」の中で「その頃の母上は殊に美しかった」と武郎が書いている通りなのです。