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藤壺の宮は三条の里邸にお渡りになります。
兄宮でいらっしゃる兵部卿の宮がお迎えに上がります。
雪が降り、風が激しく吹き、院の内はしだいに人の出入りが少なくなっていきますところに
大将が参上なさり、昔のお話などなさいます。
お庭の五葉の松が雪に萎れて下葉が枯れていますのをご覧になり、兵部卿の宮、
「陰ひろみ 頼みし松や枯れにけん 下葉散りゆく 年の暮れかな
(広い陰を頼みとしておりました松も、今や枯れてしまいました。
庇護のなくなった下葉も散り散りになっていく、寂しい年の暮れですね)
とりわけすぐれたお歌ではありませんが、この場にふさわしくもの哀れですので、
大将のお袖はたいそう濡れるのでした。池が一面に凍っていますので、
「さえわたる 池の鏡のさやけきに 見慣れし影を 見ぬぞ悲しき
(氷の張り詰める、まるで鏡のように澄んだ池の水面に、
いつも見慣れた院の影を見る事が出来ないのは、何とも哀しいものです)」
と、大将殿がお詠みになります。
思いつくままなので、あまりに幼くはあるのですが。王の命婦は、
「年暮れて 岩井の水も氷とぢ 見し人かげの あせも行くかな
(年が暮れ、岩間から湧く泉の水も凍てつき、
見慣れてきた人影もしだいに褪せてまいります)」
このついでに詠める御歌はたいそう多いのですが、
これ以上書き続けるべき事でもありませんので。
藤壺の宮が里邸にお渡りになる儀式は昔と変わらないのですが、
これが最後と思いますと何となくもの寂しく、
三条のお邸にお帰りになりましてもまるで他人の家のような心地がなさいます。
日ごろは院のお傍で暮らす事が多く、
お里住みなど絶えてなかった年月を、お思い出しになるのでございましょう。