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「もしも私が帰京を許されず、長い年月を過ごす事にでもなりましたなら、
巌の如き住処であってもあなたをお迎えいたしましょう。
しかし今同行いたしますのは、世間への手前も悪うございましょう。
朝廷から謹慎を受けた人は、月や日の光さえ憚らねばならず、
気楽に振舞う事さえたいそう罪深い事なのです。
私にとって無実の罪ではありますが、
これもしかるべき前世からの因縁なのであろうと思います。
ましてや愛する人を伴うなど前例のない事ですから、
このような狂気じみたご時世ではどんな災難が降りかかるか知れないのです」
などお教えになって、日が長けるまで寝室でお過ごしになります。
帥の宮や三位の中将がおいでになりましたので、
ご対面になろうと御直衣などお召し替えになります。
源氏の君は官位を失っておいでですので、
無紋の直衣をたいそうなつかしいふうにお召しになって身をやつしていらっしゃるのが、
反って上品なのです。
御髪をお調えになるとて鏡台にお寄りになりますと、面痩せなさったお顔が、
ご自分でもたいそう上品でうつくしいとご覧になりながら、
「ひどく衰えてしまったものだね。痩せて、まるで影のようではありませんか。
やれやれ、何と言う事だ」
と仰せになります。紫の女君は目に涙を浮かべながら、
じっとお顔を見詰めていらっしゃいますので、源氏の君は耐え難い思いになります。
「見はかくて さすらへぬとも君があたり 去らぬ鏡の 影は離れじ
(私はこうして須磨へと流離って行く身ではあるけれど、この鏡の中に映った私の面影は、
決してあなたさまの元から離れる事はありませんよ)」
と申し上げます。紫の女君、
「別れても 影だにとまるものならば 鏡を見ても なぐさめてまし
(あなたさまと別れても、影がこうして留まってくれるものならば、
せめて鏡を見て心を慰めることもできましょう。けれど......)」
柱の陰に隠れるようにして涙を紛らわせていらっしゃるご様子は、
多くの女君達のなかでも類ないとお思いになるほどお気の毒なご様子なのでした。
帥の宮は、しんみりとしたお話をなさって、日が暮れる頃にお帰りになりました。