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別れは口惜しく悲しく、
「私もご一緒に」
と、泣きながら故・院を見上げなさいますと、そこには誰もいないのです。
ただ月の面がきらきらと輝いているばかりなのですが夢と思えず、
まだ故・院がいらっしゃるような心地がなさいます。
空には心に沁みるような雲がたなびいていました。
今まで夢にさえお逢いしたこともなく、恋しく気がかりにお思いだった院の御姿を、
ほんの僅かではあってもはっきりと拝見したそのご様子だけはありありと思い出されて、
「私が悲運の底に沈み、このまま死んでしまおうとしたのを助けるために
天翔けておいで下さったのだ」
と、ありがたくお思いになり『この暴風雨があってこそ』と、
夢の名残を頼もしく嬉しくお思いになるのです。
それでも思わず故・院恋しさに御胸が塞がり、お逢いしたために反って御心が乱れ、
ここでの悲しい暮らしも忘れて
『夢の中で院にいま少し御返事を申し上げなかったことが、なんとも残念であった』
と、気が晴れません。
『また夢に見られようか』と、ことさら寝ようとなさるのですが、
眠ることがおできにならぬまま夜が明けてしまいました。