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乳母となった宣旨の娘は、洛中を牛車で出て行きました。
源氏の君は腹心の者を従者としてお遣わしになります。
乳母には、「決して明石の女君の事を口外せぬように」と口固めなさって、
明石にお遣りになります。
御守り刀をはじめしかるべき品々を、所せましとばかり大量にお持たせになり、
乳母にもありがたいほどの細やかな御心付けを十分になさいます。
『明石では入道が姫を大切に養育しているであろう』とお思いになりますと嬉しく、
自然に微笑まれ給うことが多いのです。
あのような田舎住いを哀れにも心苦しくもお思いになるにつけ、
ひたすらこの姫のことが気掛かりに思われますのも、
前世からの因縁が深いからなのでございましょう。御文にも、
「姫君を疎かにお扱いなさいませぬよう」
と、何度も明石の女君へ注意なさいます。
「いつしかも 袖うちかけむをとめ子が 世をへて撫づる 岩のおひさき
(いつになったら私は愛しい我が子をこの腕に抱けるのでしょうか。
無限の可能性をもった我が娘を)」
乳母は、津の国までは舟で、それより先は馬に乗って大急ぎでやって来ました。
待ち構えていた明石入道は大喜びで、限りなく喜びます。
都の方角に向かって手を合わせ、もったいないお心持ちにますます姫を大切に思われ、
責任の重さに恐怖すら感じるのです。
小さな姫は忌々しいほどうつくしくいらして、世にも珍しいほどですので、乳母は、
『畏れ多い源氏の君のお考えで姫君を大切にご養育申し上げようとなさるのは、
ほんに尤もなことでしたわ』
と見たてまつり、今までの不安も吹き飛んで、
何ともお可愛らしく思えて大切にお仕えします。