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明石の女君も、源氏の君と別れてから物思いにばかり沈み、
身体も衰弱するようで生きる気力も失っていたのですが、
このようなご配慮をいただいたので少しは気持が慰められます。
頭をもたげて、御使者にもできる限りの贈り物をします。
「早く帰りますので」
と、使者は帰京を急ぎもてなしを渋りますので、
女君は心に思うことなどを御文に少し書きました。
「ひとりして なづるは袖の程なきに おほふばかりの 蔭をしぞ待つ
(私一人でこの子を育てますにはあまりに非力でございます。
覆うばかりに大きなあなたさまのお力を、私はお待ち申しております)」
源氏の君は、不思議なほど小さな姫のことが気掛かりでいらして、
見たい、逢いたいとお思いになります。
とはいえ紫の女君には、今までのいきさつをお話ししてはいらっしゃいませんので
『小耳にはさむことでもあったら困る』とお思いになり、
「実はかくかくしかじかのことがあるのです。
それにしても妙に皮肉なものではありませんか。
私が『このひとにこそ子がほしい』と思うあなたにはなかなか子ができなくて、
思わぬ所に生まれるとは実に残念なことです。
しかも女の子ですから、将来が望めなくてつまらない。
その子をこちらでお世話せずとも構わないのですが、
そう思い切って捨て置くこともできないと存じまして。
いずれその子を呼び寄せて、あなたにお目にかけましょう。
私をお憎みにならないでくださいね」
と申し上げますと、紫の女君はお顔を赤らめて、
「不思議な事に、いつも嫉妬といった事でご注意を受ける私の心根こそ、
我ながら情けない気持ちになりますわ。
『嫉妬』など、いつ私が習うのでございましょう」
とあてこすりなさいますので、源氏の君はにっこりなさって、
「ほらほら、そうやってお恨みになる。
『嫉妬』は誰が教えたのか知りませんが、あなたのその態度は心外ですね。
私が考えてもいないことに気をまわして、嫉妬していらっしゃるように見えますよ。
それを思うと私は悲しいのです」
と仰って、果ては涙ぐんでいらっしゃいます。
須磨や明石に流浪していた年月、いつも恋しいとお思いだった御心内や、
折々の御文のやりとりなどをお思い出しになりますと、
他の事などはすべてその時々の慰み事にすぎないとお思いになってしまうのでした。