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「これほどまで明石の人を気使い見舞うのは、私の思う所があるからなのです。
されど今その仔細を申し上げると、あなたが誤解なさるようですから」
とおっしゃって、
「人柄が好ましく思えたのも、きっと場所柄のせいで珍しかったのでしょうね」
など、お話しなさいます。
もの哀しかった夕べの塩焼く煙や明石の君の返歌など、すべてではありませんが
その夜の明石の君の容姿や琴の音など、御心にしみたふうに仰せになるにつけても、
紫の君は『これ以上の悲しみがあるまいと思うほど私は嘆き悲しんでいたのに、
お戯れにでも他の女に気を移していらしたなんて』とお思い続けになって
『いいえ。私は、私だわ』とそっぽをお向きになり
「思い通りに行かない、悲しい世の中ですわね」
と独り言のようにため息をおつきになります。
「おもふどち なびく方にはあらずとも われぞ煙に先立ちなまし
(明石の御方とあなたさまと、思い合っていらっしゃるお二方とは
別の方向でもかまいませぬ。私こそ先に死んで煙となってしまいたいわ)」
「おや、何と嫌な事をおっしゃる。
たれにより 世をうみ山に行きめぐり たえぬ涙に 浮き沈む身ぞ
(一体どなたのために憂き世で海や山にさすらい、絶えまのない涙に
浮き沈みする私とお思いなのでしょう。みなあなたのためではありませんか)
ほんにどうしたら私の真心をお見せできるのでしょう。
でもそれまで私の命があるものでしょうか。
ちょっとした事でも女に恨まれまいと思いますのも、
ひたすらあなたを思えばこそなのですよ」
と仰せになります。
筝の事を引き寄せて調子を合わせ、少しばかりお弾きになって
紫の君にもお勧めなさるのですが、明石の君がお上手だったとお聞きになったせいで
癪に障るのでしょうか、手をお触れにもなりません。
紫の女君はもともとたいそうおっとりとして可愛らしく柔和でいらっしゃるのですが、
さすがに執念深いところがお付きになり、
焼きもちをお焼きになるご様子は反って愛敬があるのです。
女君がむきになってお怒りになるご様子を、
源氏の君は『おもしろくて可愛らしい』とお思いになります。