PR
カレンダー
キーワードサーチ
お部屋にお入りになって、故・藤壺の宮の御事を思いながらお寝みになりますと、夢ともなく宮の面影をほのかに拝見しました。藤壺の宮はひどくお恨みのご様子で、
「私との事を『人には漏らすまい』とおっしゃったのに、辛い秘密があらわになってしまい、恥ずかしく苦しい思いをしております。それにつけても、あなたさまを恨めしく存じます」
と仰せになります。
『お返事を』とお思いになるうち何かに襲われるような気持ちがして、紫の女君が「まあ、どうなさいましたの」とおっしゃる声に、目が覚めてしまいました。
あっという間の出来事がひどく残念で、お胸も騒ぐのですが、抑えてみても涙まで流れるのでした。今もひどくお袖をお濡らしになるのです。
紫の女君はどうした事かとお思いになるのですが、源氏の大臣は身じろぎもせずに臥していらっしゃるのでした。
「とけて寝ぬ 寝ざめさびしき冬の夜に むすぼゝれつる 夢のみじかさ
(物思いのために安眠できなかった冬の夜の寝ざめに見た夢。その夢での逢瀬は、何と短く儚いことでしょう)」
その短い逢瀬のために反って物足りなく悲しくお思いになって、朝早く起き給いて、藤壺中宮の追善供養とはお明かしにならず、あちらこちらの寺に誦経をお命じになります。
藤壺中宮がお夢の中で『苦しい思いをおさせになる』とお恨みでいらっしゃるにつけても、『さぞお苦しみのことであろう。生前から死後の罪を軽くなさろうと仏道修行をしていらしたのに、この秘事ひとつのために成仏がおできにならぬのであろう』と、お考えになってみますとひどく悲しくて、
『知る人もない冥界におわすであろう藤壺中宮をお救い申すためにはどんな事でもしたい。できる事なら地獄にまで尋ねて行き、身代わりになって罪をお受けしたいものだ』
と、ぼんやりとお思いになるのです。
とはいえ『もしも藤壺の宮のおんために特別の御供養をなさるとしたら、人が取り沙汰するであろう。帝もお気付きになるかもしれぬ』
とお考えになって、藤壺中宮の極楽往生のために、一心不乱に阿弥陀仏を念じていらっしゃるのです。願わくは、ご自分も中宮と同じ蓮の上にと、
「なき人を したふ心にまかせても かげ見ぬ水の 瀬にやまどはむ
(この世に亡き藤壺中宮を慕う我が心に任せてあの世に行ったとしても、あの御方の御姿も見えない。私はきっと、三途の川瀬で迷ってしまうことだろう)」
とお思いになるのも、辛い未練というものでございましょうか。