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娘の兄で童殿上する者が常にこの若君にお仕えしていますので、
いつもより睦ましくお話しなさって、
「妹の五節は、いつ内裏へ参るのだ」
とお尋ねになります。
「今年中には、と聞いておりますが」
と申し上げます。
「たいそう可愛らしい顔をしていたので、無性に恋しい。
いつも見馴れているおまえが羨ましいよ。そうだ、私に会わせてくれないか」
と仰せになりますので、
「滅相もない。私ですら見ることができないのでございます。
父上は男の兄弟であるというだけで私どもを遠ざけます。
ましてあなたさまに、どのようにしてお目にかけることができましょう」
と申し上げます。
「ならば、文だけでも渡してくれないか」
と御文をお渡しになります。童は、
『このような文使いはせぬようにと、父上から厳しく言われているのに』
と困ってしまうのですが、
何としてもと仰せになりますので断り切れずに持って参りました。
五節は、年の割にませていたのでしょうか、若君の御文に心が惹かれたのです。
筆跡は未熟なものの成長が楽しみに思える文字で、
「日影にも 知るかりけめや乙女子が あまの羽袖に かけし心は
(日の光にもはっきりお分かりいただけたでしょうか。
あなたさまが天つ羽衣の袖を振って舞った姿に、すっかり魅了されてしまった私の心を)」
と書いてあります。
それを二人で見ていますと、父・惟光が不意にやってきました。
二人は叱られるかと怖ろしく途方に暮れて、御文を隠すことを忘れてしまいました。
「どうした、その文は」
と取り上げますので、二人は顔を赤らめています。
「怪しからぬ事をしたものだ」
と叱りますと兄は逃げ出しますので、呼び止めて、
「これは誰の文なのだ」
と問います。
「源氏の殿の冠者の君から、しかじか仰せいただいた文でございます」
と応えますと、打って変って笑顔になり、
「何と可愛らしい若君の好き心であろう。
おまえたちは若君と同い年だが、ひどくたわいないというのに」
など若君を褒めて、母君にも見せるのです。
「もしもこの若君が、少しは娘を一人前に認めてくださるのなら、
宮仕えさせるよりは若君にたてまつろうではないか。
源氏の殿の女君たちへの処遇を見ると、ひとたびお見染めになった人を
ご自分からはお忘れにならぬようだから、まことに頼もしい。
明石の入道のような幸運に与るかも知れぬぞ」
と言うのですが、惟光の言う事には誰も耳を貸さず、宮仕えの準備を急ぐのでした。