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あちらこちらの珍しい風景を眺めながら、
「夕顔の君は気がお若かったから、この景色をお見せしたらさぞお喜びでしたでしょうね」
「されどもしもご存命でいらしたら、私たちは筑紫に下向することもありませんでしたわ」
と、互いに言い合っては返す波が羨ましく、わが身は心細く、水夫どもが、
「もの寂しくも遠くまで来たものだ」
と唄う荒々しい声を聞きながら、姉妹差し向かいで泣くのでした。姉が、
「舟人も たれを恋ふとか大島の うらがなしげに 声の聞こゆる
(舟人も誰かを恋しく思って唄っているのでしょうか。うら哀しげな舟歌が聞こえます)」
と歌えば、妹も、
「来し方も 行くゑも知らぬ 沖に出でて あはれいづくに 君を恋ふらん
(来し方行く末も分からぬ沖に漕ぎ出して参りましたが、
恋しい夕顔の君はどこにいらっしゃるのでございましょう)
都から遠い鄙の旅路で」
と、思いのたけを言い合うのでした。
鐘の岬を過ぎても「私たちは夕顔の君を忘れませぬ」という言葉を
口癖のように言い続け、まして都からははるかに遠い大宰府に到着してからは、
恋い泣きして、この姫君を大切に養育して暮らします。
乳母は、たまに夢に夕顔の君を拝見する時があります。
夢の中では同じ姿をした女がもう一人いらっしゃるのですが、
覚めた後の気分が悪く病気になったりしましたので、
『きっとお亡くなりになったのだわ』
と思うようになるのもひどく悲しいのでした。