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「ご心中を忖度申すようで恐縮でございますが、この曲につきお返事をいただけましたら」
と、しきりに御簾の内にご催促申し上げるのですが、
宮にはうっかりお返事がおできにならない曲目ですので、
ただしみじみと物を思い続けていらっしゃいます。すると大将が、
「ことに出でて 言はぬも言ふにまさるとは 人に恥ぢたる けしきをぞ見る
(言葉にしておっしゃらないとは、
言うにまさる深い思いでいらっしゃるということでございましょうね。
私にはあなたさまの恥じらいのご様子で、ちゃんとわかっております)」
と仰せになりましたので、終わりの節を少しばかりお弾きになって、
「深き夜の あはればかりは聞き分けど 琴よりがほに えやは言ひける
(深き夜に聞く想夫恋の風情だけは聞き分けることができますけれど、
それ以上の事を申してはおりませんわ)」
とお返事なさいます。
和琴は大まかな音色が特徴なのですが、昔の人が心を込めて弾き伝えたものは、
同じ調べのものであってもすごみがあります。
宮が少しばかり弾き鳴らしてお止めになったことを残念に思うのですが、
「物好きにも、あれこれ弾き出しましてみっともないところをお目にかけてしまいました。
秋の夜更かしをいたしますと亡き衛門督に咎められましょうから、
御いとまをさせていただきます。また改めて失礼のないよう御伺いいたしとう存じますが、
それまでこの御琴どもの調子を変えずにお待ちいただけましょうか。
引き違えることもある世の中でございますので、気がかりでございまして」
と、はっきりとではなく、心の内をほのめかしたつもりになって退出なさいます。