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今、ふとしたきっかけから会社の産業看護師Yさんのお友達のKさんの勉強の相談に乗っています。Kさんは私より少し年上の社会人ですが、大学に入って勉強し直したいと考えたのだそうです。ところが、Kさんは高校の時も進学クラスではなく就職クラスだったため、受験のことがまったくわからず、何年も受験に失敗し、途方に暮れていたそうです。YさんはそんなKさんに私を紹介しました。私は一応独学で大学院まで行きましたし、予備校講師のバイトの経験もあります。ところが、そんなことよりもYさんが私を紹介した最も大きな理由は私が「挫折を経験しているから」。Kさんの苦しみは私の苦しみとは違いますが、「挫折」していることには変わりないのです。私が大学受験をしてからもう7年が過ぎていますので、具体的に数学や理科などを教えることはもうできません。しかし、英語の文法は予備校で教えていましたしその他の教科も勉強方法のアドバイスならできます。(もちろん仕事の合間を縫って、ですが…)Kさんは私に出会えて本当に良かった、やっと理解してくれる人が現れた、と泣いたそうです。私だって、まだまだ救われる立場なのに…。でも、もしかしたら私も他人を救うことができるのかもしれません。YさんやKさんとのつながりに不思議な縁を感じます。
2006年07月31日
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彼への暑中見舞いを書きました。彼ができるだけ重荷に感じないように彼以外の研究室の教官への暑中見舞いも同時に作成しました。もちろん、彼のだけ内容が違いますが…。実家を出る時、画材を何も持って来なかったので手持ちの色鉛筆とマーカーで下手なイラストを描き、彼への素直な想いを綴りました。私は信頼できる人の協力で立ち直りつつあること、仕事は問題なくこなしていること、今まで彼を傷つけてばかりだったのを謝りたいこと…。失敗するかと思ってハガキを10枚用意したのですが、集中して一気に書き上げました。どうか、想いが届きますように。
2006年07月30日
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今日は診療日。昼間眠くて会議中に眠ってしまうことを主治医に伝えましたが、今は状態が安定しているので薬を変えない方が良いということでいつもと同じ薬が処方されました。色々なことを思いながら帰路につきました。以前の日記にも書きましたが、私の夢は版画家になることです。ところが、うつになってから版画どころか、絵も描けなくなりました。自分より年下の友達が作家として活躍しているのを見て焦らないわけはありません。みんな、どんどん作品を発表して評価されている。私は絵の描けない、ただの会社員。そう思うと辛いです。それでも、今この時間が無駄ではないことを願います。以前よりも、他人の痛みが分かるようになりました。挫折した他人の気持ちがわかるようになりました。これだけ苦しんだ末に立ち上がりかけているのだから、きっと完全に立ち直れる。そんな私にしか描けないものはきっとある。いつか、苦しんでいる人のこころに響く作品を創りたいです。
2006年07月29日
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ああ、1週間が終わった!復職以来、いつも週の半ばで落ちていました。しかし、今週は少し凹んでも酷く落ちる日がありませんでした。落ちそうな日は家事を手抜きしてさっさと寝て、調子のいい日は飛ばし過ぎないように自分をコントロールしています。これらのことが、今のところうまくいっているようです。空いた時間を有効利用するため、ある資格取得のための勉強を始めました。通信教育も考えましたが、今のお給料では厳しいので独学しています。高校も、大学も、大学院も全部独学で入ったからきっとできるはず。「合格しなくては」ではなく「合格したらいいな」くらいの気持ちで取り組んでいます。少しずつ、本当に少しずつですが、勉強するのが楽しくて仕方がありません。仕事も、同期に追いつくまでは行かなくともこの一ヶ月で前進できたように思います。明日は診療日。病院へ行って、帰宅したら家事をして、その後ゆっくり勉強して過ごそうと思います。
2006年07月28日
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今日は仕事の合間に2週間振りに会社の産業看護師さんとお話しました。話していて、決めたこと。彼に暑中見舞い(あるいは残暑見舞い)を書こう。彼は私のいた研究室の助手だから、他の先生や助手さんにもハガキを出せば不自然ではないでしょう?今日は残業して疲れました。でも、気分はそれほど落ち込んでません。こうやって少しずつ元気になってきていることを伝えよう。傷つけたことを謝ろう。自分で絵を描いて、本文に添えよう。本文は簡潔に、要領良く。でも、こころを込めて。
2006年07月27日
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いつもガクッと調子が落ちる「魔の水曜日」…でも今日は大丈夫です。会社でいつも指導して下さっている先輩が奥様の出産のため、午後からお休みされました。半日とはいえ、初めて一人で仕事をしました。私はメーカーで開発の仕事をしています。手順は指示されていたのですが、開発のラボテストはなかなか思い通りに行かないものです。自分で考えて、やってみました。なんとか必要なサンプルを採取することができました。今日は大丈夫です。心配なのは彼のことだけ。地方にいると東京の彼の様子が全くわかりません。お盆に帰省予定ですが…。どうすればいいのか、悩んでいます。
2006年07月26日
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後輩によれば、今日は昨年まで私が所属していた研究室の飲み会だそうです。今頃彼は参加しているのかな。笑っているのかな。本当は大勢で飲むのが好きじゃないってことも、私は知っているよ。誰にも自分を曝け出すことができないから…。お酒は好きなのに「一人で飲むのがいい」っていつも言ってたよね。私じゃなくてもいい、彼が想いを吐き出せる場所を見つけてくれることを願います。
2006年07月25日
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今日、給与明細が配られました。先月丸1ヶ月休職したため、新入社員の私は有休を使えるだけ使ってもお給料はいつもの5分の1でした。働いていなかったのですから、当たり前と言えば当たり前なのですが…。ゼロを覚悟していたのでまだ良い方だったのですが、これからますます節約しなくてはと思うことしきり。給与明細を配りに東京本社から見えた人事のKさんに久しぶりにお会いしました。「すっかり社員っぽくなったね。」社交辞令かもしれないけれど、私には嬉しい一言でした。お給料が少ないのはちょっと辛いけど、それも今月でお終い。これから体調を崩さないようにやっていけば、同期のみんなにも追いつけるよね。
2006年07月24日
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昨日は同じアパートに住む同期の部屋で私を含め4人の同期が集まって、誕生日会をしてくれました。1人は他に約束があったため途中で帰りましたが残り3人で深夜まで語り合いました。バカな話ばっかりで、喉が枯れるまで笑いました。こんなに笑ったのって久しぶりです。1ヶ月前はこんな日が訪れるなんて思ってもみなかった…。今日は朝ゆっくり起きて、買い物や料理をして1日のんびり過ごしました。大丈夫、落ちる時もあるけれど大分自分の波が掴めてきました。心配なのは、彼のことだけ。明後日は彼の勤める研究室(つまり、私のいた研究室)の飲み会があるようです。彼も参加するのかな…。彼は私みたいに笑えるのかな…。
2006年07月23日
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昨日誕生日を迎えて、重大なことに気付きました。彼と別れたとは言え、(もう付き合うことはなくても)連絡は取れると思っていたのです。でも、冷静に考えると彼の性格からして別れた直後に私への連絡手段を全て抹消したはずです。メールアドレスから、携帯番号から、何から何まで。ですから、彼と連絡を取ることは不可能なのです。(彼を追い詰めた張本人の私から連絡することは、できません…。)彼は私よりもずっとずっと長い間苦しみ続けてきました。私よりもずっと深い傷を抱えています。私はうつ病ですがこのブログを始め、ここにいらして下さる皆さん、主治医、カウンセラー、会社の看護士さん…など気持ちを吐き出して受け止めてもらえる場所がたくさんあります。でも、彼にはそれが一切無いのです。彼はおそらく今もうつ病、統合失調症を患っているのでしょう。それに加えてアル中になりかけているかもしれない。それでも、治療はしていないし、気持ちを吐き出すこともできないのでしょう。ああ、もう私は一生愛すると決めた人を救うこともできないのです。
2006年07月22日
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激動の25歳でした。25歳の誕生日を迎えて間もなく、元恋人と付き合い始めました。10月にうつ病であることを打ち明け、続いて11月に脱毛症であることを打ち明けました。3月に大学院を修了し、4月、まさかの地方勤務になりました。就職、初めての一人暮らし。5月、元恋人との間に別れ話が持ち上がりうつ病が悪化。6月、1ヶ月休職することになりました。6月20日、元恋人と別れ6月21日に自殺未遂。7月3日に復職、現在に至ります。今願うのは、自分が今の調子で少しずつ前に進めることそして、元恋人が元気になってくれることです。ここを見て下さっている方からもいくつかお祝いのメッセージを頂きました。お一人ずつお返事できなくて申し訳ありません。この場を借りて心より感謝申し上げます。
2006年07月21日
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一人で生活するって大変だなぁと思います。私は別れた父親のせいで経済的に苦労してきたけど、一人暮らしをしてその苦労が改めて身に染みます。国立大を目指していましたが、受験に失敗したためバイトを始めて自宅浪人しました。大学時代はバイト代と奨学金で学費を全額自分で出しました。大学院に進学してからはそれに加えて生活費を月3万家に入れ、定期代なども自分で出していました。それだけで経済的に少しは自立した気になっていたのですが、結局は母親と弟に頼っていたのだと思います。就職して一人暮らしをして初めて解る、お金の重さ。部屋にほとんど家具はなく、収納はダンボールをフル活用。電気も水もガスも節約しています。外食は絶対にしません。お弁当も自分で作っています。会社に制服があるから被服費はほとんどかかりません。でも、役員クラスのお客様に応対する機会が少なくないので全く化粧品を買わないわけにも行かないのが痛いところです。次に何を切り詰めるか、考えます。(医療費が一番家計を圧迫しているのは明らかなのですが…。)今は、生活するだけで精一杯です。情けないけれど、実家に仕送りができません。最初は本社に自宅通勤するつもりで地方勤務になるなんて思っていなかったけれど、一人暮らしをして良かったです。お金を稼ぐことの大変さ、生活することの大変さに気付くことができたから。先月1ヶ月休職したため今月の給与がほとんどゼロです。そのため余計にこんなことを考えてしまうのでしょうか。
2006年07月20日
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会社の事務所で学生時代と全く同じニックネームを頂戴しました。「眠り姫」この3年で薬も随分変わりました。眠気は院生の頃が一番酷くて(先生と学生1対2の授業でも眠ってしまったことがあります。)その頃に比べればまともになったと思っていたのですが、会議中などに無意識に眠ってしまっているようです。薬の副作用なんだけどな…。もちろん仕事なのですから居眠りなど許されないことは重々承知ですが、本当のことを言えないのが悲しいです。言う勇気もありません。
2006年07月19日
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私から去っていったあの人を、愛そう。もう、付き合うとか付き合わないとか別れるとか別れないとかそんなことはどうでもいい。あの人を心より愛している、それだけで私は生きていける気がする。二度と会えなくてもいい。連絡がつかなくてもいい。ただ、あの人が元気で笑って過ごしていてくれることを願って私は生きよう。
2006年07月18日
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先日の日記で、興味が戻ってきたのでマンガを読んでみる気になったと書きました。そのマンガを読んだのですが、あまりにも心に響いて涙が止まらなくなり思わず作者の方へメールをしました。(ちなみに10年以上前からのファンなのですが、メールをするのは初めてでした。)自分の身の上話のようなメールでした。今朝、作者の方から丁寧な返信が来ました。詳しくは書けませんが、その方も若い頃に病気を患い同期が元気に昇進していく中で苦しんだそうです。それでも「苦しんだ自分だからこそ描けるものがあるのではないか」と思うそうです。そして、「きっとあなたにしか描けない絵が絶対にある」と…。そのメールを読んで、また泣きました。昨日の日記で「また描けるよね?」と書いた自分。そんな自分の背中を押して下さったメールでした。*このマンガの詳細が知りたい方は直接メールを下さい。紹介します。
2006年07月17日
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私の夢は銅版画家になることでした。高校の頃銅版画に出会い、その魅力に取り付かれました。図書室の銅版画集を眺めてはため息をつき、毎日、放課後誰もいない美術室で警備員に「帰れ」と言われるまで黙々と作品を創り続けました。美大を目指しましたが受験には失敗し入ったのは普通の大学でした。それでも在学中は作品を創りましたがうつになってからは全く絵が描けなくなりました。そこから何とか芸術系の大学院に入りましたが専攻は版画ではありませんでした。もちろん、実技試験を突破する力など到底なかったからです。私の友達には美術をやっている人がたくさんいます。中には私より年下で、作家として活躍している人もいます。うつになって、全く描けなくなった私。普通の会社員になって、田舎で何もできずにいる。気が付いたらもう26歳になろうとしている。版画がやりたい。でも、できない。東京の本社に戻れたら実家の近くに工房を借りて、また作品を創りたい。うつが治ったら、きっとまた描けるよね?
2006年07月16日
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今日は診療日です。主治医から素敵な言葉を頂いたので、書き留めておこうと思います。「全力で頑張っている人とは、7~8割の力で頑張り続けられる人。10割を目指したら誰だって折れてしまう。」そう、今までの私は全力というのは10割の力を出すことだと思っていたのです。今は2~3割というところでしょうか。ゆっくりとじっくりと7~8割を目指そうと思いました。それから、月曜日に会社の産業看護師さんとお話しする中で新たに気付かされたことがあるのでフリーページにupしました。家族、友達、先輩、後輩、上司、同僚、主治医、看護師、カウンセラー…私はなんて、人に恵まれているのだろう!*フリーページ「世界を広げる」更新しました。
2006年07月15日
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うつには波があります。朝調子が悪くて、夜にだんだん上昇してくる「日内変動」は良く知られていますが、私は逆です。朝は元気でも、夜になるとぐったりしてしまいます。そして、どうも私には「週間変動」もあるようです。水曜日と木曜日が危険です。さらに看護師さんには夏に調子が良くて、秋に落ちる「季節変動」もあるので注意するように言われています。でも、これらのことを知って意識していればうまくやり過ごすこともできるはず。健康な人だって波はあるのですから波を次第に小さくしていければ、と思います。今日は上がり調子の日でした。少しずつ仕事を任せられるようになり楽しくて仕方ありません。
2006年07月14日
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今日は出張。新しい出会いがありました。出張に同行した本社のS先輩。お会いしたことはあるのですが、これだけ長い時間一緒にいるのは初めてです。先輩は「会社で自分のポジションを確保すること、でも決して焦らずに。」とアドバイスして下さいました。そして訪問先の新入社員Fさん。私と同じく芸術系大学出身で話が弾みました。芸術系の大学を出て、一般企業に就職するのは少数派。それなのにFさんと出会えました。今の会社に採ってもらえて本当に良かった。今日はこころからそう思えた日です。
2006年07月13日
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昨日はあんなに疲れて落ち込んだのに、今日は上り調子です。今、猛烈に勉強がしたい!(明日は急遽出張になったので、息を切らさないように自分をセーブしていますが…)会社でやりたいことを見つけました。そして、高校の頃から抱いていた夢を思い出しました。どちらも叶えたいです。そのためにも今の自分と正直に向き合いたいです。
2006年07月12日
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同期が通信教育や資格の勉強を始めています。まだ、何もしていない私。正社員にもなれなかった私。焦ってはいけないけれど…辛い。興味が少しずつ戻ってきてやってみたいこともあるのだけれど身体がついていきません。そういう時は自分の身体の悲鳴に耳を傾けなければ。今日は早く休みます。
2006年07月11日
コメント(6)
今日、今年初めて蝉の鳴き声を聞きました。私の大好きな季節がやってきたのだと実感します。今日も仕事の合間をぬって産業看護師のYさんにお会いしました。Yさんは私が吐き出したことを全て受け止めて下さいます。そして、私が進んでいくための手助けをして下さいます。本当に感謝しています。短期目標と中期目標、長期目標を決めました。短期目標:無理をしない。焦らない。(例えば疲れた日は家事の手を抜くなど、意識的にする。)中期目標:夏を乗り切る。(体力が落ちると、気持ちも落ちる。)長期目標:病院・薬なしでもやっていけるようにする。(意識的にではなく、自然に無理をしない、焦らないようにする。)一歩、踏み出しました。
2006年07月10日
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6月のどん底状態の時には、何事にも興味が持てませんでした。唯一興味がある事といったら「死ぬこと」くらいでした。7月に入って、少し興味が戻ってきたように感じます。まず、ネットで前から気になっていたマンガを注文しました。(まだ本を読めるほどの集中力はないので、マンガくらいなら読めるかな、と思って)そして、今興味を持ち始めたのが通信教育。何か勉強をしたいと思ったのです。気になっているのは心理関係の講座。もちろん自分がこうなってしまったせいもありますが、元恋人の方がこころが壊れていました。彼ともう会うことはないかもしれないけど、もし再会することがあれば、彼の気持ちをもっと解ってあげたい。ちょっと調べてみたところによると、臨床心理士というのは指定大学院を修了しているのが条件らしく時間的にも金銭的にも無理です。でもカウンセラー講座くらいなら、どうにかなるかしら??…ちょっと待った!ここで資料請求なんてしてしまったら元の木阿弥。少し調子が上向きになると張り切りすぎる(そしてその後落っこちる)私の悪い癖です。せっかく自分をセーブする術を覚えつつあるのだから焦らない、焦らない。まずはマンガを届くのを楽しみに、仕事もプライベートものんびりやろうと思います。
2006年07月09日
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今日は受診日でした。先生とカウンセラーにこの怒涛の1週間のことを話してきました。どちらの先生にも言われたことは「表情が変わったね」ということ。確かにこの1週間で考えが変わったのかもしれません。それが表情に出ているのでしょう。会社のイントラネットの社内掲示板で人事発令が出ていました。同期が正社員に採用される中、私の名前だけがありませんでした。私は試用期間に1ヶ月休職したので今月のお給料はほとんどゼロです。試用期間が3ヶ月延長になってしまったため、冬のボーナスも激減するでしょう。同期が正社員としてどんどん力をつけているのに私だけが遅れています。でも、焦らない。あとで「たったの1ヶ月」と思えるように。きっとみんなに追いつける。仕事も家事もほどほどに。完璧なんて目指さない。それでも辛い時は周りに助けを求めよう。浮上できる日が訪れますように。*フリーページ「自立すること」更新しました。
2006年07月08日
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仕事に復帰して1週間が経ちました。色々なことがありました。同僚は何事もなかったように接してくれたこと。お世話になった先生の訃報を知ったこと。良き理解者に出会えたこと。結局試用期間は3ヶ月延長になってしまい正社員にはなれませんでしたが、クビにされなくて本当に良かったです。1ヶ月のブランクがあったので、仕事に関しては不安でした。内線のかけ方を忘れて何度も間違い電話をしてしまいました。社用車を久々に運転することになり(免許を取って間もないということもあり)最初、どちらがブレーキでどちらがアクセルか分からなくなりました。でも、実験だけは大丈夫でした。私はメーカーの研究職で開発を担当しているのですが、実験は学生時代からやっていたせいか身体に染み付いていたようで何の問題もなくできました。今日は工場見学に来た取引先の新入社員に実験のデモンストレーションをしました。大丈夫、きっと大丈夫。身体がきついときは安定剤と眠剤の助けを借りて乗り切ればやっていける。正社員になれる3ヵ月後まで、ゆっくりと確実に仕事を覚えていこう。今日はそう思えます。
2006年07月07日
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私、寂しい。今とても寂しい。今まで自分がこんなに寂しいと思っているということを自覚したことはなかった。誰かに頼りたいけど、誰にも頼れない。何を頼りたいのかもわからない。電話は嫌いだ。用もないのに電話したことなんてほとんどない。メールだって面倒だ。友達は何年も連絡を取らなくても大丈夫だから「友達」なのだ。助けて欲しい。でも、何を助けて欲しいのかわからない。
2006年07月06日
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昨日の1件で、私のこころは随分と落ち着きました。布団に入ると涙が出てきます。でも、その涙は今までの苦しいものとは少し違います。Yさんと話すことで少しずつ見えてきたこと。彼に対する心無い言葉の数々。それを思い出して、涙をたくさん流しました。まだ夜はよく眠れませんが、確実に何かが変わった気がします。今日は仕事がきつかったです。現場での新製品のテスト製造の立会い。新入社員の私はまだ立って見ていることしかできないのですが、それも勉強です。ただ、今日のように気温が25℃程度でも工場内は常に30℃で湿度は90%にもなります。復職したての身にはかなり堪えます。新製品のテストというのは時間通りに行かないもので思わぬ設備のトラブルなどでどんどん予定が狂っていきます。今日は昼食をとる時間も10分しかありませんでした。結局2時間の残業。世のサラリーマンには「たった2時間」かもしれませんが、今の私にはこれが限界です。こころは解れつつも、疲労が蓄積されていきます。疲れるとどうしてもマイナス思考に傾いてきてしまいます。それでも、今は「消えたい」「死にたい」とは思いません。
2006年07月05日
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素晴らしい出会いがありました。会社の健康相談室の看護師Yさん。私が休職を上司に言い出せなかった時、最初に電話で相談した方です。今日、初めてお会いしました。復帰したことを報告し、今後のことを相談するだけのつもりが気が付けば2時間半、私は思いのたけをYさんに吐き出していました。Yさんはすべてを受け止めて下さいました。今までは糸が絡まって自分では解きようがありませんでした。解く術を知りませんでした。それをYさんが解く手助けをして下さいました。まだ、全ての糸が解けた訳ではありません。もしかしたら、また絡まってしまうかもしれない。Yさんは「そんな時はいつでも来ていい。絡まったら何度でも解いていこう。」そう言って下さいました。自分がいかに精神的に未熟であるか、いかに自立できていないか、思い知りました。でも、それを知ることができたお陰で絡まった糸を解くきっかけを掴めたのです。絡まった糸は、いつか必ず解けます。今はそう信じられます。*フリーページ「挫折」更新しました。
2006年07月04日
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「復職、そして衝撃的な出来事」の続きです。長文なので辛い方はスルーして下さい。H先生はいつも笑顔でした。先生と初めて会ったのは学部4年の4月。うつを発症した直後です。私はその頃ほとんど大学に行けない状態だったのですが、どうしても受講したい実技の科目がありました。その科目を担当していたのが非常勤で大学に来ていたH先生でした。H先生の担当するその科目は他学科が対象だったので、もしかしたら受講を断られるかもしれない、と思って最初の演習に行きました。そして「私は学科が違うのですが、どうしてもこの演習に参加したいのです。」と、伝えました。H先生は受講を快諾して下さり、他学科の学生に混じってその演習に参加することになりました。半期の演習である作品を制作するのですが、5限だったその演習は毎回夜遅くまで続きました。とても大変な演習でしたが、H先生は他学科の学生と分け隔てなく、熱心に私を指導して下さいました。6月に入った頃、うつが非常に悪化しました。私は演習に参加したい一心で週に1日だけ大学に行っていましたが、1回だけ辛くてどうしても演習に出れない日がありました。演習の時間が限られているので、1回でも休んでしまうと作品制作の進行が遅れてしまいます。それをフォローするために、H先生は休日に自宅の工房に私を招いて下さいました。作業をする前に先生は先生は工房の屋上に私を案内して景色を見せて下さいました。少し曇りがかった東京の空。今でも思い出せます。それからはどんなに辛くても演習に出ました。演習が終わる時間はどんどん遅くなっていき、H先生の奥様がお手製のお弁当を差し入れて下さったこともありました。そして7月。受講生全員の作品は完成しました。自然と拍手が巻き起こりました。そしてH先生は受講生一人一人を作品と共にカメラに収めて下さいました。それから半年。私はうつと闘いながら何とかH先生が勤める大学院に進学しました。先生の所属は私の研究室とは違ったものの、私が学部の頃のことをよく覚えていて下さいました。2年の課程が終わり、修了制作展を迎えた時H先生に就職が決まったことを伝えました。先生は大変喜んで、私の写真を撮って下さいました。先生はその日も笑顔でした。それがH先生に会った最後の日です。あれから2ヶ月弱で逝ってしまわれたなんて…。大学院の友達からメールが来たのは私がまだ休職中だった数日前。「修了展の時の写真を送りたいんだけど、現住所を教えてくれないかな?」という内容でした。私は実家に送ってもらうことも考えましたが(その時はまだ実家にいたので)不思議に自宅のアパートの住所を伝えようとメールを返信しました。復職1日目にH先生の訃報を知ることになったのは何かの運命のような気がします。先生は私がうつであることなど知っていたはずはありません。でも天国で先生が、「生きなさい」そう言っている気がしてなりません。H先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
2006年07月03日
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復職しました。今日は課長が出張で不在だったので、私は少々拍子抜けしたのですが他の同僚は何事もなかったように接してくれました。(直属の上司以外には「自律神経失調症」ということにしてあります。)「ワールドカップ見に行ってたんでしょ?」くらいの冗談を飛ばしてくれたのでほっとしました。仕事も指導を受けている先輩からこの1ヶ月の経緯を説明していただいた後は普通にこなしました。デスクのパソコンを立ち上げたら、未読の社内メールやお知らせが溜まっていて一つ一つ見るのに時間がかかりました。訃報が多くて、(従業員本人ではなく、高齢のOBや親族ですが)私も死んだらこうやって社内中に知れ渡るんだな…でも、死因は「自殺」なんて書けないだろうから「急性心不全」なんかになるんだろうな…そんなことを思って帰宅すると、大学院の友達から郵便が届いていました。中に入っていたのは今年2月末に行われた大学院の修了制作展の写真。それに添えられた手紙に、「先生が皆に配れるように生前整理しておいて下さったらしいです。」と、ありました。生前?どういうこと?一瞬頭の中が真っ白になりました。その先生は私も学部時代からお世話になっていて、修了展の時には私達の門出を心から喜び、カメラを向けて下さいました。友達に電話をしました。曰く、先生はちょっと体の調子が悪いと思って病院へ行ったら末期癌で治療の施しようがないことが判り、癌の発見から1ヶ月持たず御家族に見守られて4月中旬に旅立ったそうです。ショックでした。学生にも暫く知らされなかったそうですが卒業後すぐに今の場所に引っ越した私は今まで何も知りませんでした。「死にたい」と考えていた自分は一体何なのだろう…?
2006年07月03日
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明日から仕事だというのにうつ全開です。今はまだ正気ですが、夜になったらまたパニックになるかもしれないので今のうちに更新。今日は明るいネタと暗いネタ投入します。まずは明るいネタ。友達のブログで紹介されていたこのページ。ハジメちゃん150の質問に答えて人生の経験値を算出するらしいです。が、質問に「銃で撃たれたことがある」等あってなかなか面白い。ちなみに私は19歳でした。気持ちはまだ10代。ひゃっほう。そして、暗いネタ。フリーページで100の質問に答えてみました。時間に余裕がある方はどうぞ。元気になったらもっと明るい100の質問にも答えたい…。
2006年07月02日
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7月です。私が1年で一番好きな季節です。いつもはね。今年は最悪ですが。何とか自宅に帰ってきました。新幹線に乗るのも苦痛でした…。病院に着く頃にはぐったり…。主治医を前にしたら何も言えなくなってしまい、何とか「仕事に復帰したい」とだけ伝えました。1週間後に受診すると言う約束で復帰を認めてもらいましたが…。正直不安です。と、いうのもその後自分のアパートに帰るなりパニック状態になってしまったのです。泣くわ、わめくわ、暴れるわ、近所迷惑この上ない。仕事、本当にできるのでしょうか?でもクビにされたくないし、行くしかないです。が、「死にたい君」は勢力を増しているようです。
2006年07月01日
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全32件 (32件中 1-32件目)
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