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いくら単語が順序どおり正しく並べられても文法的に完璧な構成ができても一つ一つの単語の発音が完璧にできていても欠けていちゃぁ、どうにもならないことがある。それは「伝えたい」と思っている内容。私にとってこれが一番ぴんと来たのは高校生だったときのあるうららかな日。スポーツには中学のころからまじめに取り組んでいて高校になってから勉強にもまじめに取り組みだしていてなかなか好青年に変貌しつつあった某同級生が「楽天!俺の英語を聞いて簡単な受け答えをしてくれ!」と目を輝かせてきた。と言うわけで、「うん、いいよ。何か言ってみて」と軽く請け負った。ところが・・・。なかなかどうして何を言ってるかが全く!!わからない。本当に相手がどんなにがんばってもどんなに繰り返してくれても何を言ってるのか、皆目見当つかない・・・。びびったし、ちょっと焦った。というのは、発音がまずかったわけじゃないんだよ。何か言ってるな、ってのはわかったんだけど、内容がわかんなかったのよ。それで「いったい何を言おうとしてるの?」と聞いたみたその答えは覚えてないが、「それ、内容ないじゃん!何も伝えようとしてないから、何言ってるかわかんなかったんだよ!」と思ったことだけは覚えてる。その同級生は本当に何かを伝えようとしてたんじゃなくてまず英語で話して「伝えるポーズ」を取ることから英語を習得しようとしてたんだと思うのね。(日本語って意味のない決まり文句ばかりだらだら並べたスピーチがあってどう約すか通訳者・翻訳者の頭を悩ますってのは有名な話だけど問題はここではないと思う。)英語だけに限らず、コミュニケーションの手段として言葉を使おうと思ったら「伝えるポーズ」を取ることから覚えようとするのは間違ってるような気がする。現地語を習おうとしたり、自分と違う言葉を話す恋人ができると自然と「使える」レベルになるのが早くなるわけでしょ?それはやっぱり「伝えること」や「伝えたいこと」がいっぱい出てくるから。「使える」言葉って言うのは往々にして文法(特に細かい点)や発音がめちゃくちゃだったりする。でも、形式を整えるのは後ででいいんだよ、別に。「伝えるポーズ」を取ることで言葉を覚える必要があるのはやっぱり「外国語」を習おうとしてるときでしょ?そういう時は(人為的にでも)できるだけ本当に「伝えること」を作る機会を与えた方がいいんだよ。だからみんな一緒の文単位での練習問題をいっせいに解く、ってのはもってのほかだと思う。それやるぐらいなら採点する先生は時間がかかるかもしれないけれど生徒や学生に「文法のこのポイントを使って文を作成するように」って言って採点していった方がよほどいい。人間、伝えようとしてることがあると自然と一生懸命になるしあの手この手で内容を伝えようとする。だから自然といろんな伝え方にも関心が行くし覚えた文法もスンナリと「ああ言いたいときはこの構造を使えばいいんだな」とすぐに応用がきくようになるのではないの?と、まあ、語学教授法にまで踏み入ってしまいましたが今日言いたかったことはもっと簡単でさ、「言いたいことがなかったら何も伝わらないのは当たり前」ってこと。「言いたいこと」「伝えたいこと」がなかったらどんな単語をどんなふうにつなげて、どんなに「うまい」発音で言ったって内容スカスカだもんね、結局何を言おうとしてるのかわかんなくなっちゃうもんね。(くどいか。汗)あん、順位下がっちゃった。どうぞよろしく。
2005年04月29日
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忘れないうちに書いておいちゃいたいことなので、早速続きを・・・。韓国語を習ってるときにレベルがあがったときにそれまでは漠然とした「ネイティブ並みの韓国語」が目標とされてたのが「教養のあるネイティブ並みの韓国語」が目標にすりかわったって話の続きだけど、つまり、それが暗に示してるのは漠然とした「ネイティブの韓国語」なんて存在しないんだよ、ってこと。今回は発音にしぼって言うけど、学校や語学堂などで習う「韓国語」って言うのはソウル語を基にした「標準韓国語」。でもさ、韓国にも日本の方言のようなサットゥリなるもんがあってさぁ、一定の法則はあるにしろ、ソウル語に耳がなれてる人にはけっこう聞き取りにくいらしいよね。単語が違う場合もあるらしいし。それにさ、中国語って「中国語」ってことになっちゃってて各地方で話されてるのは「方言」ってことになっちゃてるけどさ、本当は北京語、上海語、福建語、とかお互い意思疎通できないほど話し言葉は違うんだよね。一応「方言」って位置づけされてるのは単に書き言葉が一緒なだけだからであって。習ってる言葉の方言が聞き取れない人ってのは「やっぱりネイティブじゃないと聞き取りにくいから」って言う人がいるけどそれは違うよ。単に「ネイティブ」という位置づけの人はあちらこちらでいろんな発音の「韓国語」を聞く機会があるからそれで聞き取れるようになるわけだよ。それは慣れの問題。同じアメリカでもさ、「外国なまりの」英語を難なく聞き取れる人と聞き取れなくて「外国なまりのヘンな英語をしゃべってやがる」って怒る人がいるけど慣れの問題だよ。私、家で英語を話して育ったけど、普段から接してる英語が標準的米語と日本語なまりの英語だけだったからちょっとそれと違った英語はすごく聞き取りづらかった。英国の英語なんてほぼ理解不可能だったしカナダなまりの英語でも理解できないことがあった。(ちなみにカナダとアメリカの標準的なアクセントの違いってアメリカの地域ごとのアクセントの違いよりずっと小さいですから。)中学のときにニュージーランドから留学生が来ててちょうど私の近所に住んでることもあってその子と帰り道が一緒だったことも良くあったけど私はその子の言ってることがほぼ理解できなかった。その子、話し方も早かったけど、発音があまりに私の慣れてるものとかけ離れていたものだからほんと、相手の言ってること100%理解しようと思ったら最低3回は聞きなおさないといけなかったんだよね。だからたいてい相手の言ってることは3分の1分かってるか、分かってない程度。あとは大体適当に聞き流して大切そうな部分や、返事を求められてる部分だけはわかるまで何回も聞きなおした。そんな私でもいろんななまりの英語が飛び交ってる学校に2年間通ったり(半数以上が英語ネイティブでない人たち)いろんなところからの移民や滞在者のいるマンハッタンに4年間住んだりして私の慣れてるのとはちょっと違う英語を話されてもひととり理解できるようになった。言葉を意思疎通の道具に使おうと思ったら「通じる」「通じない」は大切だと思う。通じないくらいのひどい発音は通じるようになったほうがいいのは当たり前。でも、「通じる」ようになるためのポイントは必ずしも「ネイティブ」の発音を真似ることではないんだよ。そういう方法もあるけど。で、「ネイティブ並みの」発音かどうかなんてのは全く大切じゃない。どの言葉でも外しちゃいけない発音のポイントってのがあってさ、問題はそれを押さえられるかどうか。言葉によってはその「押さえなきゃいけないポイント」ってのが異常に多い言語はあると思う。(真っ先に思い浮かぶのが広東語とベトナム語だけど他には何があるんだろう?)逆にそれがすごく少ない言語も。(日本語、発声するのはすごく簡単なようだよ。)私は外国語を習うとなぜか発音が日本語なまりになる傾向があるのですが一度アラビア語を習ってるときにやっぱりRとLの発音が日本風に一緒になっちゃってたのね。でも、(どこでも話されてない)「標準アラビア語」ではRは巻き舌風でLの発音は・・・、まあ、Lの発音なわけですよ。だから私は巻き舌風をがんばってやってみてたのだけどどうしてもラ行に近くなっちゃうみたいなのね。(日本風な発音になってるってわけ)そしたら先生に「あなた、そういう顔してそういう発音ミスをしてると理解されないから同じ発音ミスをするならちゃんと英語風にRって言った方がまだましよ」と言われた。つまり、同じ発音ミスでも英語風発音ミスなら通じるらしいのだ。私みたいな顔のは日本風発音ミスをすると通じないんだって。(涙)(フランスでも「なんで日本人っぽい発音ミスをするの?」って不思議がられましたが。だから、日本人なんだってば!!!こういうところで余計に自分の日本人性を自覚させられるわけよ。)ちょっとわき道にそれたけどこの先生の言葉で思い知ったのはね、いかに正しく発音をしようとするかが大切なのではなくて通じる発音をすることが大切、ってことなのでした。あくまでも意思疎通をするのが目的ならば、の話ですが。(歌い手なんかの芸術家はまた別の理由で「言葉」を利用するからね。)言葉についてだったらまだまだ書ける。これで食傷気味にならなかったら、続きをリクエストしてくださいませ。あ、それとランキングの方の応援もよろしく。プチッ!
2005年04月28日
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私、いろんな言葉に手を出してるふしだらな女・・・とか言っちゃって。でも、本同様、まずは習いだした言葉を完璧に仕上げるまで次の言葉に手を出しちゃいけない、とも思っていない。だって一つの言語を「完璧に」知ろうなんて、どだい無理だし。私が言葉を習う過程で一番いらいらするのが「ネイティブ並みに」と言う発言。「ネイティブ並みの」発音。「ネイティブ並みの」語彙。「ネイティブ並みの」表現力。つまりは「ネイティブ並みの」流暢さの追求。頭じゃ分かってるんだよ、「ネイティブ並みの」って言ってる人は単に分かりやすい目標を定めて自分の語学向上への熱意を奮い立たせようとしてるってのは。だから「ネイティブ並みの」って言うレベルはその人の語学力の向上にあわせてどんどんどんどん吊り上げられていくんだよね。簡単に言えば、語学習得で言う「ネイティブ並みの」って言うのは宗教で言う「神様並みの」って言う、到達するのがほぼ無理な究極の境地。でも、だからこそ「ネイティブ並みの」っていう目標を定めて常に自分をそれと比較して「やっぱり無理ね、私なんて」って言うのを聞くと、違~~~~~~ううううううっっっっ!!!と思う。(そういう比較対照でもって謙遜の道具にしてるだけで実は「自分は結構できる」って自信があるならいいけどさ、本気でそれを思ってて、それが上達や語学習得の妨げになってたら困りものやん。)たとえば、私が韓国(「日本より西方」)に語学留学していたころ、(実生活でのレベルはともかく)授業のレベル的には「日常会話には困らない」レベルの一個上のクラスにいた。すると、それまでは目標があいまいな「ネイティブ・レベル」を目指そう、ってな感じだったのが突然「教養のあるネイティブ・レベル」が目標に設定された。これはね、「ネイティブは韓国語、韓国文化の神様」って神話をうまいこと利用してるんだよね。ここで「教養のある」ってのが付加されてるってことはつまり、私らがそのころ習ってる韓国語の語彙や言い回しなんかはいくらネイティブでも知らない可能性のあるものを習ってたってこと。ネイティブにもそれぐらい「自分の」言葉の知識に長けていない、ってことが十分あるわけ。あっ、疲れてきた・・・。と言うわけで、言いたいこたぁ、まだまだあるんだが、早々にまとめさせていただきやす。もしかして後で続きを書いたりするかも知れないけど。それでも「ネイティブ並みに」神話は健在。「ネイティブ」に比べてどうか、とかいうことを気にせずに「通じる話し方」「通じる書き方」「理解できる読み方」を目標にした方がいいのに。そうじゃなきゃ「外国語(=わからない言葉)は怖い」って恐怖心は抜けず、本当はみんなちょこっとずつならいろんな言葉が話せるようになれる可能性があるのにそれが実現できないままになるぅぅぅ~~~。なんとももったいないことよのぅ・・・・。応援よろしく!プチッ。
2005年04月27日
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漫画ですが・・・。筑摩書房のやり手編集者(『男流文学論』の編集者でもあると気づいたときには笑ったぞ。)藤本由香里の本で紹介されていたマンガ。桜沢エリカは好きでもともと結構読んでいたのでこないだ見かけたときに買ってみた。結論:あまり気持ちの良い話ではないなぁ~。桜沢エリカ特有のテンポの良いちょっと廃頽的な都会の若者の生活や暮らしぶりを描いてると言う意味では典型的な桜沢作品。なんで藤本氏の本で紹介されていたかというと、女性同士の同性愛を最初に異質なものでなく扱った作品として評価されてたんじゃなかったっけか?(最近読んだ本のくせに記憶あやふや。やばいって。笑)でもねぇ、まあ、このマンガ一個だけを見ちゃうとさ、異常な固執愛だよねぇ。しかも片思いで終わっちゃうしさ。本当に同性愛もの?って疑問がふつふつと・・・。(笑)どちらかと言えば「~~ちゃんは私の親友なの。手出ししたら許さないよ!」みたいな小学生の親友合戦的ノリの話が大人の女性同士の話になっちゃったって感じ?まあ、確かに藤本氏はこれを成熟した女性同士の愛の物語だとは言ってなかった。というか、現代の少女マンガにはまだそういうものは出てきてない、これからの発展を楽しみにしている、ってとこまで言い切ってたからある意味当然かも。別のマンガ、また読み直さなきゃ。ちょっと口直し、ってことで。(笑)おまけ。マンガの文学性について語った論文。(私もさっと目を通しただけでちゃんと読み込んではいませんが。)お願い。プチッと押してくださいまし。最近追い上げられてる模様です。
2005年04月26日
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結論から言うと、おもしろかった。いやね、話の筋とかが特別面白いわけでも登場人物と共感できたわけでも先が気になって仕方がなかったわけでもないんだけどさ、『男流文学論』を読んだ後なんかに読むにはちょうどいい本だったかも・・・と思った。話のあらすじは、日本に妻子のある、外国帰りのある男性画家、湯浅譲二の心中未遂するまでの恋愛遍歴なんだけど、それが延々とこの話の主人公でもある譲二の一人称で語られるのね。この男(当時の画家、東郷青児がモデルって言われてますが)の無気力でどんくさいナレーションが延々と続くわけ。当時の無気力男?って感じ。なんだかさ、『男流文学論』の中にあった村上春樹の『ノルウェイの森』の主人公評を思い出しちゃった。そこではさ、小倉千加子がさかんに「だってこんな男(主人公)のどこがいいわけ!?」と盛んに言う。上野千鶴子も富岡多恵子も「まあ、最近の若い人はこういうものを求めてるんじゃないですか。小倉さんは一所懸命で生きてきた時代の人だから世代のギャップがあるかも・・・」ってなことを言うんだけどさ、私も小倉氏と全く同感でさ。(笑)『ノルウェイ』の主人公像の話を聞く(?読む、か・・・)限りでは私も「煮え切らんやっちゃ。魅力なし!」と思いそうな主人公だった。(爆)(私、『ノルウェイの森』、読んだことないからね。でもこの作品評を読んでますます読む気失ったよ。笑)それじゃあ、私は一気に何世代も飛んで小倉氏の世代と同じ感覚なんかい!?と思ったけど、まあそういうこともなきにしもあらず。なんと言っても、10代後半にして、親に「そうかぁ~。かぐやの味覚はおじいちゃん・おばあちゃん風の味覚なんだなぁ~」と言われるような人だし。(泣)とと、話が飛んだが、『色ざんげ』の二郎もなんかそういうどこに魅力があるかわかんないのに女には不自由しない男像。(実は本読んでたりするとよく出てくるんだけどさ。)でもさ、『色ざんげ』を読む面白さってのはさ、やっぱり男の都合のいい幻想だけにはまってないところなんだよね。処々にちょこちょこっとどうしてこの譲二がそんなに女にもてるのかが実は解説してある、それもちゃんと譲二の独白として。で、その中で別に譲二の性格自体に魅力があったわけじゃなくて譲二の有名人度とか、年齢とか、外国帰りってエキゾチックさとかの社会的な規範が自分を良い結婚相手に見せてるってことをちゃんと自覚してる部分が現れたりしてるんだよね。でもそれが二郎への「ちゃんとわかってるんじゃん」って評価にはつながらないわけ。だってそれをきちんと認識して、その幻想をどうにかしようと先手を打ってなくてさ、その幻想の元に築かれた関係が、幻想が突き崩されてどうしようもなくなってから「ああ、まあ、それはこういう理由なんじゃないか」って分析してるから。時、もうすでに遅しだよ、ほんとに全く。(苦笑)何人かの遍歴の中にはどうして譲二が魅力的な相手に映ったかが明らかにされてない場合もあるんだけどそっちのほうがほんとっぽい、って言うかね。理由なんていつもわかるわけじゃないから。で、何かわけのわからないうちに周りの雰囲気に流れてる譲二の独白がすごく受けた。「おいおい、もうちょっとしっかりしろよ」って茶々をいれたくなった。(笑)それとさ、結構周りの女性に「ばかね、~~~って言ったってことは、~~~って意味でしょ」って言われる場面が2回ほどあってさ、それで「そうか、そうだったのか」って納得してるあたりとか。(笑)実生活でも良くあるよね。それとね、女性、特に当時の「女学生」のスレ方とかがいやらしくなく描けてて、う~~ん、すごいなぁ~、と思った。と言うわけで、女性が男性の第一人称の話を書けるのか、って問題を追及するために読める作品だけど話の筋が大しておもしろくないくせにそれ以外の描写力がすごくて楽しく読めた本でした。追伸谷崎潤一郎の『鍵』(これも『男流文学論』で評論されてた)にある妻側の下手な一人称の日記の文体なんかと比べるとさらに笑えるよ。追々伸 『色ざんげ』の最後についてる「解説」には笑った。この解説を自信持って笑うために私は『男流文学論』を読んでおいたのかしら、ってぐらい的外れな「解説」だった。しばらく間隔空きますが、よろしく。プチッ!~~~~~*訂正*ごめんごめんごめん!最初、『色ざんげ』の主人公の名前を青山二郎だとか言っちゃったんだけど、違うね、湯浅譲二でした。実はさぁ、エントリーを書くときに本が見当たらなくて適当にネット検索したら「青山二郎」って出てきたからそうかと思ったんだけど私の早合点だったっぽい。今、たまたま本が見つかって裏表紙見てたら「外国帰りの洋画家湯浅譲二が」とか書いてあるからびっくりして飛んできてしまったよ。誤った情報を流してしまい、すみませんでした。m(__)m
2005年04月22日
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今晩、家に帰る前に近所のしがない(矛盾かいな?)大手スーパーに寄った。そしたら背中の開いた黒のベースに後ろはきれいな白の布をギャザーにしたドレスを着たお姉さんがジーンズ姿の男の子とお買い物をしていた。あまりに場違いだったのもあって、「そのドレス、きれい~~」と言おうと思ったのだけど、なんだか、なぜか、ちょっと言う機会を失ってしまった。でも「きれい~」と思ってじろじろ眺めてるうちに「ん??」と思ってよく観察してみたらそのお姉さん、どうやらオカマだったよう。そうかぁ~、と思って即、じろじろ見るのは止めることにした。と言うのも、過去にこういうことがあったから。私はさる観光地で会ったことのない年上のお姉さま、と言う感じの人と待ち合わせをしてたわけ。相手は「私は黒い長い髪の毛で・・・、まあ会えばわかるわよ」と言うから、対して詳しい描写も聞けないまま知らない人との待ち合わせ。(おいおい。汗)そこで待ち合わせ場所でそれらしき人?と思った人に見当をつけ、待ち合わせをしてる相手かな?と言う反応を試すためにさかんにそちらのほうをちらちら見てたの。誰とも待ち合わせをしてない人なら「何、この人?」って感じで反応がなくてやっぱり顔の知らない相手と待ち合わせをしてる相手なら何らかの反応があるかなぁ、と思ったからさ。ところがその人、反応はあるんだけど、ちょっと変なのよね。でも反応があることはあるから、その人のほうに行って「誰かとここで待ち合わせしてませんか?」と聞いてみたら、「何よ!そんなもの、してないわよ」と言ってさっさと側の店に入っていってしまったの。で、きょとんとしてしまったのだけれど、あとで考えてみたらその人、オカマだった。あまりにきれいで気づかなかったのだけど。(しかもかなり遠目で見てたし。)でもあのときのお姉さまの怯えたような表情は忘れらず。目立つ格好をしてても、じろじろ見られると不安になる要素があるのかも、と思って、以来、どんなにきれいな格好をしてても、直接話しかけてそう思ってることを言うつもりがない場合はじろじろ見るのは止めることにした。相手の事情はなんだか知らないけれど、無言で人を見ることで相手を不安がらせたり不愉快にさせるのは私がされてきただけ、他人にはしたくないと思うから。****う~ん、これより先、更新の間隔が開いちゃうと思うので順位は下がると思うけど・・・・、とりあえず今はよろしく。プチッ!
2005年04月20日
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この間、ここ何年かの知人のお家にご飯を食べに行った。この人、すごく面白い50代のおばさん。とにかく知識も豊富で話題に事欠かないしけっこう思ったことをずばずば言うから私はある意味で楽でもある。この日お呼ばれされたのは私、A、おばさんの古い友人夫婦(私も知り合い)。おばさんのアパートに入っていくとちょうどアパートの管理人さんがいたのでそこで私たちをみんな紹介。ほかの人たちは名前だけ。私のことは名前を言った後に「この子ね、半分日本人なのよ!!」と嬉々として紹介する。するとすかさず友人夫婦が「それを言ったら、私たちもカナディアン・アメリカンだわ」と横から言う。なんだか私の「外人さ」をアピールしてるのが気になったらしい。うまくかわしてくれて嬉しかった。誰かが不適切なことを言っても周りの誰かがちゃんとそれをフォローしてくれるから嬉しい。******日本では自分以外では旧知の友人しか私のこういう立場を守ってくれる人がいない。だから私が何も言わなくてもこういうふうにフォローしてくれる旧知の友人としか会いたくなくなる。でも、自分の立場をはっきり主張するからって私と同意見・同見解でない人とは付き合えないと思われても心外。そんな基準で友人選んでたら、友人なんて一人もできなかっただろうし。私にだって至らないところは十分あるし、相手にだってそういうところがあるのは当たり前だし初対面の人にそこまで期待はしてないつもりなのですが。******「普通」でなくていい、「普通」でありたくない、と言えるのは本当に「普通」の枠に当てはまらない人が悩んで悩んで悩みぬいて得た結果か「普通」に思わず当てはまっちゃう人が「つまんなぁ~い」と駄々をこねてたどりついた場合かと。後者の人に「いいじゃん、普通じゃないなんて。普通なんてつまんないよ。」と言われるとイラッとすることがある。「(何か突出したものが欲しいのに)普通すぎて・・・」という悩みも切実なものだと頭ではわかっていてもそんな、いとも簡単に「普通でなかったこと」が「良いこと」みたいな図式を立てられてその裏にあった苦悩を無視されたような気になる。それは向こうも同じ気持ちなのかもしれないけどね。プチッ!
2005年04月19日
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『男流文学論』、とってもおもしろいのだけど、なかなか読み終わらない。理由はやっぱりほかにやらなきゃならないことが目白押しだから。(泣)一日に1~2時間読めればいいほう。普段はあっちで30分、ここで10分盗み読みしてるような状況。でもほかにも読まなきゃならないものもあるし・・・で、アウ~~~~!!!こんなときに思い出す師の言葉。国語の先生だったのだけど、「楽天、本なんてのはなぁ~、全部読まなくたっていいんだぞ。先生だって本棚に本がいっぱい詰まってるけど、全部読んだことがあるのは3分の1ぐらいだろう」と自信満々に語ってくれた。いったいどういう脈絡でそんな話になったのかはよく覚えてないけど多分、いろんな本に手はつけているけれどちゃんと読み通した本が少ないんです、などとしおらしく(?)言ったからなのかもしれない、と状況を逆読みしてみる。(笑)でも、この先生の言葉、印象に残ったの。その前は本を全部読み通せないと「本を一冊も読み通せないなんて・・・」と思ったり、ほかに読みたい本が現れても「いやいや、今読んでる本があるから・・・」と我慢してしまったり。(全部食べ終わるまでお代わりしちゃダメ、の心境ですね)いらんことを気にしていたように思う。でも、本なんて全部読み通さなくたって困らないし、途中で別の本を読み出したりしたっていいのよね。それを気づかせてくれた先生は国語の授業もとっても上手でとても尊敬していた先生だったのでした。プチッ!!
2005年04月18日
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私は結構スープを作るのが好き。昔からおねえちゃんはご飯派、私は味噌汁派。そして海を渡って味噌汁に使う原料が高くなってしまったこのごろはもっぱら野菜スープだ。適当なんだけどね。まずは薄切りにしたたまねぎと潰したにんにくを炒める。そこににんじんとセロリを放り込み、ちょっと炒めて粗く切ったトマトを入れる。そこに塩・こしょうやスパイスなどの調味料を入れる。私の昨晩使ったスパイスはコリアンダーの種(適量)黒胡椒チリペッパー(たっぷり)オールスパイス、ナツメグ、シナモン、クローブはひとふり、ふたふり程度。で、野菜になじませてちょっと炒めたら水を入れる。あとは沸騰するまで待って火を弱めてぐつぐつ煮るだけ。昨日はそれにレンズ豆を少々と仕上げに豆腐を入れてみました。食べるときにはご飯を炊いてその上からスープをかけてみたり・・・。味噌汁ご飯の要領で。(笑)以上、かぐやの台所からでしたぁ~。そうそう。やっと審査教官の一人に論文を送れたわぁ~。ほっと一息。
2005年04月18日
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私、アルコールアレルギーです。で、これは悲しいかな、遺伝。体調の良し悪しにもよるんだけど、体調がよければ、ちょっと口をつけても大丈夫。体調が乗ってないときは、ちょっと口をつけただけでふらふらしちゃったり、気分が悪くなったりする。ところが、この「体調」ってやつが気分がいいとか、風邪気味、とかそういうわかりやすいものでなくて自分では察知できないレベルでの話なので基本的にはお酒はダメ、ということにしている。でないといついやな目に合うかわからない・・・・。でも、でも、でも・・・・、今週末はなぜか人の飲んでるお酒がとてもおいしそうに見えて、一口、なめる程度だけなのだけれども、何度か口にした。そのせいか、はたまた花粉が飛びまくっていてカビやホコリが舞いまくっている古い建物の多いところ(私が前に2年ほど済んでいた街)で週末を過ごしたせいか、この週末は時間を経るごとに体調が悪化していって疲れた。自分のアパート&街に帰ったら徐々に気分が良く・・・・。そうかぁ~、私は自分がアレルギーの根源がウヨウヨしているところに2年も住んでいたんだなぁ~そりゃ、辛いわけだ。体調がどんどん優れなくなっていく昨晩、Aと語り合ってしまいました。さて、論文に取り掛かると宣言したばかり。今度こそは・・・・。
2005年04月17日
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あう~~~、なんだか別のことをしたい気分でもある。 いや、実は論文がほんと、あと一息で終わりそうなところなんです。じゃあ、なんでこんなところで油売ってるかって?いや、そういうもんでしょ。(笑)どうせ提出してもまた「こことこことここと(リストは延々と続く)・・・は、最低書き直さないとね」なんて言われるとわかってるから余計やる気が・・・。うそうそうそ。仕上がり直前になって怠け者になる私の性癖なだけ。(汗)今朝はAが週末に来るとき恒例の朝、ちょ~早起きしてAを空港まで送り届け、家に帰る・・・、と言うパターン。一日半ははっきり言って短すぎ。特に、あの大変な1ヶ月を過ごした後だからもっと二人でまったりする時間がほしかったし、結婚式のことで話し合わなければならないことも山盛り。Aも盛んに「もっと一緒の時間が欲しいね」と言っていた。なんだかこの期に及んでいかにも遠距離カップルしています・・・、ってほかの人に比べたらそんなに遠距離でもないんだが。今朝はそれで軽く寝なおしたあとに最近マイ・ブームのジムに行く予定だったの。すごく楽しみだったから、今朝の起きにくさは異常に感じた・・・。仕方がないから「ほら、起きて。めんどくさいことなんて何もないんだから!服はもうバックに入ってるんだから、起きて、ジーンズはいて、靴はいてバスに乗ればいいだけなんだよ!ほぉ~ら、簡単!」と自分に何度も何度も言い聞かせて、やっとこさ起き上がった。それで自分に約束したとおり(笑)顔も洗わず歯も磨かず(いや、実はもう全部寝なおす前にやったことなのよ。笑)ジーンズ履いて、靴はいて、寝癖を直して、水の入ったボトルを持ってふらふらとバス停に向かっていきました。そんで15分ぐらい前に着いたら・・・・、オイオイオイ・・・・開いてないし・・・・。仕方なくそこらへんをぶらぶらしてお茶でも買おうかと思って考え直しなんだかありえないぐらいのらりくらりとした10分をすごし、やっと中に入れてもらえました。あんだよ~、外にすでに5人ぐらい集まってたぞ~~~。でもクラスは大満足で、普段は一クラスじゃ物足りないので、連続して二クラスぐらい受ける私なのだけど、今日はなんだかあまり本調子じゃないし、論文をさっさと終わらせて送りたい!という気持ちが先行して(私も変わったなぁ~。しみじみ)さっさと切り上げてきました。実は、論文を今日までに送ったら明日までには感想が聞けるかしらん、とちょっとした期待もあって・・・。もしかして「出版用でもないし、こんなんでいいんじゃない?書き直し部分なし!」と言ってもらえるかも・・・・(ありえないし・・・。涙)というひそかな期待もあったりする。指導教官には「この間書いた直しを入れれば、あとはもう大体オッケー」とこの間言われたので、期待は大きいのだけど。同時に「書き直せ、って言われたら落ち込んじゃ駄目だよ。そう言うのが、ほかの審査教官の仕事なんだから。直すところを全く指摘しなかったら、それ、その人がちゃんと仕事してないことになっちゃうんだから。落ち着いて受け止めるんだよ」と、なんとも優しいことを言われたのですが、これは裏を返せば、つまり「こんなんで終わったと思うなぁ~。まだまだこれからだぁ~。ギャオ~ス!!」と言われているのだなぁ~、と思ってみたり・・・。いやいや、それをちょっと修正してみよう。やっぱりとどのつまりは「まあ、最後の詰めはこれから」と言われてることになるのでしょう。でもこの何ヶ月、「最後の詰め」を仕上げている気になっていたのだろう、ワ・タ・シ。(涙)まあ、ここらへんで愚痴はやめて、本業にとりかかることとしましょう。*****紹介文を変えてしまったことで、どうも内容まで一変してしまったような感じのするこのブログ。これからも暖かく見守ってくださいませ。プチッ!
2005年04月17日
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上野千鶴子、小倉千賀子、富岡多恵子が繰り広げる文学論。ほかに読まなきゃならないものとかやっておかなきゃならないものとかいろいろあるのにさ、ちょっと読み出したら面白くて止まんなくなっちゃったよ!!でも、一応今のところ80ページ目でわきに置いてみた。しかし、明日と週末にかけてAが来るというのに、Aそっちのけでのめりこんでしまいそう・・・。またAが「僕も日本語読めたらな・・・」と言い出すのだろうなぁ。日本語を学ぶ動機になっていいわ!うん!!この感覚、懐かしい。かれこれ5年ほど前にある友人に薦められて「女たちのジハード」を読み始めたときの感覚にそっくり。私の篠田節子本との出会いはこのときだった。このときも一旦中断して置いたんだけど、次に取り上げたときにはもう下に置けなくなっちゃったのよね。「男流文学論」、座談会形式なのになんでこんなに面白いの!?珍しいわ。普通、座談会形式って話があちこちに飛んじゃってまとまりがなくて、結局みんなあいまいなことを言って終わっちゃうって印象が強いんだけどね。しかし、ここで論じられてる作家の半分以下しか読んだことがないのは自分のことながら、ちょっといただけない。みんな有名な人たちなんだからもっと読もう。そしたらきっとこの談議も(今よりもさらに)もっと面白く読めると思うのよね。あらぁ~、今日はめずらしく宣伝文句にかなった内容に!?
2005年04月15日
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昨晩遅く(テレビを見てたから遅くなった)推敲を終え、教授様々に(自分では完了したと思った)論文を送ってみた。そう、今まで私の「仕事」は何?と疑問に思っていたあなた。私の「仕事」は大学院生。これで微々たる(そしていとも簡単に足が出る)生活資金を稼いでいるもんで(条件としてバイトをすることはもちろん、職を持つことも禁じられているし)自分がだらだらせずにちゃんと責務を果たすためにも(学生は結局、自分に対してしか果たさなきゃならない義務・責任がないので)「仕事」と呼び、そう心構えております。以後、あしからず。さて、この先生、前回何かを送ったときは戻ってくるのに3週間ほどかかった。そういうわけで今回も最低何日かはかかるかと思っていた。しかし!今朝目覚めてみたら早速!!推敲の入った論文がメッセージボックスに!!早すぎるし・・・。(涙)いやいやいや、そんな罰当たりなことを言っていてはならない。と、言うわけでただいま先生さまさまのご助言に従い再度、推敲中。ああ、このしろもの、何度推敲を重ねたことか・・・。いいのよ、いいのよ、書く実力がつくんだから・・・。(涙)と思っては見るものの・・・。あああ・・・・・、ここまでの道のりは長かった。そしてこれ以降の道のりは・・・・、昨晩は目的地が見えたと思ってAと電話先ではしゃいでいたが・・・、甘かった・・・・。また目的地が遠のいていくような気がするぅ~~~!!プチッとね。よろしくね。
2005年04月14日
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昨晩は久しぶりにテレビを見た。やっぱりたまに見るとはまるねぇ~。なかなかおもしろいよねぇ、テレビって。コマーシャルなんかも全然見たことないものばかりだからさ、目新しくてついつい見入っちゃうのよ。(笑)昨日見たのは、アメリカンアイドルの最後三人分(&最後のおさらい。だから気分的には全員分見たつもり。)ザ・ハウスという、偏屈で非常に優勝なお医者さんの連ドラもの。その合間合間に殺人犯を控訴側がどういう物的証拠で追い詰めたか、というもの。それからかなり前に一世を風靡したフレンズ。それとコスビー・ショーの名場面集。ははあ、いいねぇ、フレンズ。ほのぼのとしててさ。どうりで人気があったわけだ。しかしここに出てた役者はみんな本当にすごく有名になっちゃったよね。エポックメイキングな番組だわ、ほんとに。すごい。それからコスビー・ショーってなかなか面白い番組だったのね、と新発見もした思い。(名場面集なんだから、面白くなきゃ仕方がないんだけど。)ウィル・スミスってコスビーショーの人だったんだ、とはじめて知った。しかし、スミスは一人で非常にかっこいいですね。スタイルもろいいし、顔はかっこいいし、今まで人気が出なかったのが不思議なくらいだ。(って前までは知る人ぞ知る・・・という存在だったらしいけど。)ってたまにテレビを見る人はこんな新鮮(?)な目を持ってテレビを見るものなのでした。くそまじめな苦学生に愛の手を。
2005年04月13日
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本当は今日読んだものではないのだけれど、ま、最近だからいっか、と。重い内容を扱ってるはずなんだけど、読み物としては楽しくぱらぱらと読める作品ねぇ。徳永直(すなお)は戦前のプロレタリア作家として有名。で、『戦旗』という雑誌に1920年代に連載されて一躍有名になった尋常小学校しか出ていないという、一労働者 兼『太陽のない街』の著者がこの人、徳永 直。うん、面白いよ。彼自身も参加した大同社という大会社に対するストライキ、という史実を元にしてるお話なんですがね。よくこんな難しい話をこんなに読みやすくしたなぁ~、って言うのと、このころの作家で女性を人間として描写してるものが少ないのでその中で キラン☆ と光ってた。ところが、これを読みながら思ってたのがぁ、「あれ?この人の語り調が誰かに似てる・・・誰だ?」しばらしくしたら思い当たった。篠田節子だったの!!もう、びっくり!!実際、読み比べてみたわけじゃないから印象だけかもしれないけどね、どうも篠田氏の『絹の変容』とか(特に)『夏の災厄』とかに似てるんだよなぁ、と思った。読み比べてみたら面白いと思う。****参加ブログ数も64になって、なかなか競争率があがってるブログランキング。順位確保も難しくなってます。協力してね。
2005年04月12日
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今日はPCの壁紙を変えてみた。(今のところ)仕事の大半をPCの前に座ってやるこの私、PCの設定状態とか、細かいことが仕事の効率を左右するのですごく気を使う。(終わりに報酬とかわかりやすい結果が待っていないので一時の心理状態に振り回されやすい。目標を立てにくいのね。)だから今日は壁紙を更新!!こんなんしてみました。ど?案外シンプルで驚く?いらんことをすぐにいろいろと連想し出しちゃう私には、こういう、気持ちいいんだけど意義付けを拒むデザインが必要なんだ。で、この壁紙を見つけたYnot、すべて無料でいいよぉ~。Eカードなんかも良いデザインそろってるしねぇ。プチッとね。よろしく。
2005年04月11日
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ぐお~~~~~!!!つまんない!!つまんない!!つまんない!!!!そんでもって暑いぞ!ってなわけで、また、最近では恒例になった掛け布団を蹴っ飛ばしてみたり、足だけ出してみたり、肩や腕も出してみたり・・・。いろいろやってみたけど、どうにも寝れない・・・。やはり、今日、体が要求するまま18時間ほど寝てしまったからか・・・。いや、でも、はたと気づけば、発熱もしてないような気がする。暑いのは、体温のせいではないよう・・・。その証拠にほとんど発汗していない。えっ??今日の夜まではしっかり38度台まで出て、頭痛もガンガンしてたのに??て、今現在、明朝3時半でございます。で、ちょっと気になって体温を測ってみたら・・・、ビバ!6度台になってましたぁ~~。しかも微熱ともいえない程度!やっほ~~!!食っちゃ寝、食っちゃ寝が効いたね!(処方してもらった坑ウイルス剤も飲んでたし、あまりに頭痛がひどかったので、一応、本当の就寝前に解熱・頭痛薬も飲みましたが。でも頭痛薬はぜんぜん効かなかった・・・。)本当はこれで、今日から日常生活に復活!!と行きたいところなんだけど、ちょうど1ヶ月ほど前に、やっぱりインフルエンザに罹った姉から「良くなっても丸一日は安静に。できれば二日は休んだほうがいいよ」というメールをもらったばかりなので、「まあ、最低でも今日はおとなしくしてなきゃ」と思ってる。(あと、頭痛がかなり引いたけど、まだ完全になくなってはいないので。)振り返ってみれば、(振り返るのはまだ早いかもしれないが)今回の症状は熱と頭痛だけだった。(しみじみ)症状は辛かったけど、ほかの箇所に広まらなくて良かったなぁ、ほんと。復活の前祝にプチッとよろしく♪
2005年04月10日
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味覚も復活し、食欲も多少戻ってきて、熱も下がりつつある今日、全体的に見て上がり坂です。というのは否めないのだけれど、どうにかならんのか、この汗の量!だってとにかくタラタラと汗をかくのよ。夜だって何度か汗だくで目が覚めるし、昼間も布団の中でごろごろしてると水滴が見えるぐらいに汗だくになるし、着てる木綿製の服はところどころ汗で色が濃くなっちゃったりしてます。怖いです・・・。運動してないのに、まるですごい運動量をしてるかのような発汗量。これが「熱がある」という状態なのね、と妙に納得。わりと健康な子供時代を過ごしたばかりでなくちょっと特異体質である私は滅多に熱を出さない。(微熱はしょっちゅうだけど。)というわけで高熱を出す、というのがどんなものだかちゃんと知らなかったフシがある。あ、あと、ほかのときは周りに面倒見てくれる人がいたりね。昨日は一応、お昼にお医者さんに見てもらったのだけど、何時間かして血液検査の結果が変なので救急外来に行ったほうがいい、と言われてうちのすぐ側の病院の救急外来に行ったのだけど、その間中、交互に電話をし続けてくれたのは母とAでした。二人とも「今、その場で面倒を看てあげたい・・・」と盛んに言ってた。確かに本当に傍らで面倒を看てもらえればそれに越したことはないけれど、地理的に離れすぎちゃってる今、気持ちだけでもありがたく受け取っておきますわ。あ、それとね、診断は、なんのことはない、単なるインフルエンザのよう、と言われました。まあ、めでたし、めでたし、ってわけにも行かないけど・・・。がんばって治すんだよ、と言われて帰された。その間、待ち時間も含め、4時間強。最初はすわり通しで辛かったけれど、途中から病院のベッドで寝ていられたので、良かった。今日は体力もちょっとだけ回復してきてます。日曜日くらいまでおとなしくしてられれば、大丈夫かな?月曜日ぐらいまでには、また部屋やアパートの外のことも普通にこなせるぐらいになってたいな。そうでないと結局そうしちゃって長引くからなぁ~。(笑)
2005年04月08日
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なんだか体の調子が変だわぁ~、と思って2~3日。発熱していたのもわかっていた。でも私は発熱=辛い、何もできない派ではなくて逆に熱が出てしまったほうが意識がはっきりして、調子が悪いながらもいろいろと(頭を使う)用事を片付けられる人なので「あ~、発熱~~」と思ってあまり相手にしてなかった。ところが、寝る時間がそんなに早まったわけではないのに、昨日今日と連続2日で朝5時半に目が覚めてしまったのだ。なぜかは定かではない。発熱のせいか、頭痛のせいか・・・・。とにかく昨日一日は寒気がするし、バファリンが切れだすと激しい頭痛が舞い戻ってくるし、最悪。でもくしゃみやのどの痛みは格別ない。昨日あたりから申し訳程度に咳がちょっとと、鼻水がやっぱり「一応」出るくらいしかなかったので、どうも風邪とかインフルエンザじゃないような気がしてたのよね。でも、こんなに何日も発熱が続いてるし、どうやらどんどん熱が上がっていくようなのでいい加減熱を測ったほうがいいのかしら、と今朝起き抜けに熱を測ったら39.4度。ぬお~~~~!これってやばくない、やばくない??一応こっちは華氏なので華氏に直してみたら102.9度。でもそんなの、ピンとこないけど。(苦笑)まあ、とりあえず緊急の事態ではないと思うので、9時ごろになったらお医者さんに電話しようかと思う。また生姜・ニンニク茶の出番かしら。協力してね♪
2005年04月07日
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日米比較編って偏りすぎる気があるので、極力避けるようにしてるんだけど。先日、また話題に上る機会があってさ、ちょっと書き出したくなっちゃった。同じ大学院の似たような専門の人なんだけど、とっっっっっても優秀で、しかもそれが全然嫌味でない人。(この人は、まあ、天才です。もちろん人並み以上の努力家でもあるけれど。どれだけ努力できるか、集中力が持続できるか、ってのも才能のうちだからね。)その人にちょっと最近、悩んでることを相談したら、その話の過程で本人の過去をちょっと話してくれた。日本には大学を卒業してからすぐ大学院生として留学したんだけれども、そのときにバイトをしてたんだって。で、「ふう~~ん、それって週に何時間くらい?」って聞いたら、「週40時間ぐらい」って言うのよ。「え!?何それ!?だって大学院生やってたんでしょう??」って言ったら、「だって、日本の大学院生だよ!?」と返された。その人によると、日本の大学院生活はほぼ自主学習らしい。指導教官になんて定期的に会ってる人もほとんどいないらしい。まあ、一人の人間の言うことだから鵜呑みにしちゃあいけんかも知れんが、いかんせん、もともとあったイメージと近すぎるから。どうもね、アメリカの大学院生って大学生以上に授業やら、研究やら、課題やら、インターンやらで大変そう。でも日本ってさ、大学生もバイト漬けの人がやたら多いじゃん。私さ、大学生のころ、びっくりしたことがあんの。学期の途中でさ、日本のある有名大に行ってた友人が遊びに来るって言うのよ、飛行機代が安いからって。え?そっちは春休みかなんかなの?って聞いたら、「うんや、新学期始まったばかりだけど、そんなの大丈夫」って・・・。「まあ、いいけど、こっちは学期の途中だからそんなに相手して上げられないよ」と言ったにも関わらず、実際、現地にきたら「授業ぐらい何日か休んで」相手してあげなかったのが心外みたいな態度をちょっとされた。そんな態度されてもねぇ。こっちとしては、そんなほいほい授業休んでられるような身分じゃないし、今になって考えてみたら、ほぼ毎日、出席だけがものを言う、ダンスのスタジオクラスが入ってたんだよね。だからそんなに気軽に休めたりしなかったわけ。講義の授業だってそんなに休んだりとかできないよ。課題に出された読み物(もちろん英語)を全部読むのが辛いから、授業で内容をほぼ全部理解しようとしてる人間が、ねぇ。(苦笑。)あとで、やっぱり同じ大学に通ってる別の友人に聞いたら、日本は大学での成績が卒業後、全く関係ないからねぇ~、ってことだった。まあ、それだけネームバリューのある大学に行ってる、って面もあったんでしょ。私はそこまですごい大学に行ってません。(キッパリ)日本の大学でもまじめな人はちゃんと勉強してるのはわかってるし、特に二流から一流へ、三流から二流へのし上がろうとしてる大学は見上げた教育をしてる場合が多いことも聞いている。アメリカの大学でも勉強せずに遊び暮らして卒業できるのは・・・・、いや、それは非っ常に難しいね。そういうことができるのは、そもそも自分の実力よりも1~2ランク下の大学に行った人とパーティー校、または大金持ちのご子息・ご令嬢が通ってて、滅多なことじゃ大学側がどうにもできない、と知られている大学に行った場合のみ。アメリカの四大に行った人なら、大学のレベルに関わらず、試験勉強なり、ペーパー作成なりで徹夜を経験した思い出があるはず。(本当に言い切っちゃっていいのかなぁ~?)アメリカの教授は、本当に「話になっとらん」と思ったら、落第点を出すし、それがちゃんと学生の全体の成績に影響するからねぇ。ついでに、大学卒業後、就職・進学するときにも、成績はしっかり見られるし。ネームバリューの高い大学ほど成績は軽視される傾向はあるにしてもDやF(落第)が2つ以上あったりしたら「こりゃ、なんだ」と思われるんでは?特にアメリカの有名大学・大学院では成績インフレがすごいからね。ちょっとやそっとのことじゃ、C(並)は付かない仕掛けになってる。Cがいっぱいある学生って言うのは、並以下、ってことなんです。あ~、厳しい!!(ちなみにC-がまだ通過点なのは学部までの話で、大学院では院のランクにもよるけれど、Cは落第点とみなされるところも少なくないのよぉ~。)おお、初めてランキングに関係のある話をしたかもぉ~。プチッとね、よろしく。
2005年04月06日
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「それって何?」と聞けない人は自分に自信がないのだろうか。でも、ものをどんどん知っていくのに、いっちゃん効率のいい方法って「それ、何?」と問うことなのに。知ったかぶりは自分が損するだけじゃん?---------------------------------------------最近、二項対立でばっかり物事を考えちゃう。どうしたんだろうね、私。---------------------------------------------さっきAと話していたら、「なんでかわかんないけど、ここのところ甘いものとか食べ物とかを体が欲しがってるんだよね。今日なんてデザートにアイスクリーム食べちゃったよ。」と言うから、「妊娠でもしたんじゃぁ~~ん」とからかってみた。---------------------------------------------クリック!ご協力、よろしく。
2005年04月05日
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離婚率が増加して久しい昨今ですが、離婚したほうが良いほど仲の悪い夫婦の元で育つのと、離婚した親の元で育つのとではどっちのほうがいいのだろう?と、ふと思った。私だったら断然離婚するほど上手くいってないのだったら離婚した人の下で育ちたいなぁ~と思うのですが。離婚どころが、その元となる結婚もしてない甘ちゃんの言うことなので「わかってないなぁ」と思ったら聞き流してほしいけど・・・。やっぱり離婚ってちょっと前までは「絶対しちゃいけないこと」って価値観を持ってた人がほとんどだったと思う。多くの人がそう思ってた、ってことは、それがつまりは社会の風潮でもあった。今でも「離婚って絶対いけない!」って思ってる人は数多くいると思うけど、少なくとも「先進国」の都市部やそこらへんを中心としたところでは(要は核家族化が進んでて、それなりに経済的に安定してるとこ?)離婚ってそこまで「しちゃいけないこと」でなくなってるような気がする。そういう意味で、結婚をするときに誤った選択をしてしまった人や、結婚してから状況が思わぬ方向に進んでしまった人たちが軌道修正しやすい世の中になってきたな、と思う。これって、私から見ればいいことだ。特に「離婚すれば良かったほど仲の悪い夫婦」の下で育った人たちに会うたびにそう思う。だって夫婦仲がそこまで悪いと、子供も生き辛くなるのだ。離婚すれば良かったほど仲の悪い夫婦って、その「仲の悪い」状態のまま来てしまって、「離婚後」という新しい環境のもと、再出発を切ることさえできない。そしてその「仲の悪さ」のために子供も含めた周りにどんどん新しい課題を上乗せしていく。離婚した人たちの子供もいっぱい知ってるけど、親の離婚が原因でそれなりに自分なりの課題を背負っていても、それはその「(仲の悪い)夫婦」の課題にはならず、(子供の)自分だけの課題となる。そういう意味で、責任転嫁もしにくいし、問題が簡略化されていいじゃないの?と私は思う。それに離婚後のアフターケアの仕方で、特に問題なく育った子供も私はいっぱい知ってるなぁ。だから、離婚って夫婦間だけの問題ではないにしろ、離婚したことを「大人の身勝手」とはとうてい思えないし、子供に対して罪悪感を抱く理由もないと思う。どう思う?
2005年04月04日
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どうしてそれが記念すべきことかって?それは、最近また運動を始めたから。で、それで体重がちょっと(1kg強)増えたってことは、また筋肉がつき始めたからなのでは・・・って思ってるからよ!!う~~ん、嬉しい!!また体が生き生きとしてきたような気がした。転機は?Aといろいろあって、返事待ちをしていて落ちつかなったとき。いい加減、ほかの事をして気を紛らわせなきゃ、と思って、長いこと「始めなきゃ・・・」と言っていた運動を再度始めることにしました。南方でちょっと始めた武術を再開したのだけど、ジム制みたいになっててさ、1ヶ月一括の支払いなのね。ちょっと財布が傷みましたが、これで無駄にしちゃ、あかん!と行く気も起きるかしら・・・、という算段でもある。・・・セコイ自分の性格をうまく利用しようって魂胆。(笑)ま、とにかく、まだ一週間経ってませんが、順調です。今日も行く予定!でもそのためにはやるべきことを片付けてしまわなくては・・・。そうそう、それとどうして机で座っていると物事はかどらないのか、発見!ずばり!腰に優しくなぁ~い、このいす!で、痛いのです。いけませんね。これ、どうにかしないとなぁ。さて、ご協力、よろしく。ブログランキングでございます。
2005年04月03日
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