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私は小学校高学年ごろから、学校から帰るのが遅くなった。夕焼けに染まる雲、だんだんと薄暗くなる空を見ながら、肌では急激に温度が下がるのを感じつつ、家までの短い道のりをポテポテと歩いていた。温度が下がりだすと同時に、家々からのいい匂いが強烈に強くなってきて、すでに旺盛な食欲をもっと刺激する。中学生ともなって、通学距離が伸び、帰る時間もさらに遅くなると、その夕餉の匂いがよけい食欲と想像力をかきたてたものだった。家が迫ってきて、台所の小窓からいい匂いが漂ってきてると、限りない幸せを感じた。そこから台所の小窓をのぞいて「ただいまぁ~」とやるのも大好きだった。夜も7時か8時ごろになると、どこか近所の人がピアノの練習をしているのが聞こえてくる。下手だろうが、上手かろうが、私は、誰かがピアノを真剣に弾いてる音を聞くだけで気分が良くなった。最近は、レストラン街にでも行かない限り夕餉の匂いもあまりかがなくなったし、ピアノの音もあまり聞かなくなった。子供の頃の思い出小景。
2005年03月31日
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今日初めて、タマーレという南米料理を食べてみた。西海岸に住んでいるのに、どうして南米料理やメキシコ料理にもっとなじんでないの?とよく聞かれるけど、ひとつにはここに定住する気がまったくないのと、南米料理は、せっかく主原料が野菜や豆類だけでも油にラードなどの動物性油脂を使ってる場合が多くてしっかり意思疎通ができてるのかわからない私はラード使ってないよね?だしも全部植物性?と聞いてもちゃんと伝わってるかどうかがわからないのでせっかくおいしくて安いと評判の南米料理店が店を連ねてるここでも南米料理に触れる機会が少ないのだ。植物性油脂しか使ってません、ってところはかなり(ヒスパニックでない)アメリカ化されていて、普通に外食するところ並みに高いので、そんなにしょっちょう外食しない(できない?笑)私は南米料理を得意とする友達もいないし、特に南米料理に触れる機会がないのだ。と、前置きが長くなりましたが、今日はすごく久しぶりにでき和えの食べ物、タマーレを買って食べてみました。元の料理のおいしさはわかる、というか十分推測できる。でも、レンジでチンしたその料理は味が死んでる、と思った。昔々、たまにできあえや冷凍の料理を買っていた頃、感じてたことを思い出した。栄養表示を見る限りでは、しっかり栄養価は足りてるはず。それでもなぜかそういうでき和えの食べ物は食べた後もなぜか物を食べた気がしない。おなかに何かが入ってる、と感じるだけで満足感どころか食後感(なんて言葉はないが、意味を汲み取っていただければ幸い。)がない。で、私は電子レンジを使うことがものすごく少ないのだけど、これが理由だったけ・・・、と思い出した。なぜか同じできあえのものでも暖める過程で、よりアナログな暖め方をしたほうが元の味が生きてくるような気がする。でも、そうすると逆にその料理の古さが際立つ。というわけで、原材料を全部買いそろえるよりも割高のくせに八方塞。しかし、こういうできあえのものを売っているから今まで食べたことのないものでも気軽に食べられるし忙しいときでも形態だけでもちゃんと整った食事ができるようになった。その便利さは否めないよね、ほんと。
2005年03月31日
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なぁ~んかなぁ。最近ほとんど開店休業状態のじゅうにひとえですが、それでもこんなことをやってたりするといろいろなことを目にして考えさせれる機会に恵まれたりする。「じゅうにひとえ」は、多文化人・多文化家族のための、を謳っていて、結局何なんだかわからん、と言われることが多いのですが、とりあえず国単位で文化を区切れるとすれば、いろんな国の文化が混在してる人や家族のための場所なわけですよ。(ってこれでもわかりにくいか・・・。苦笑)だから「国際結婚」カップルも入るし、その延長線上にある「国際児」「ハーフ」「ダブル」(っていろんな名称がありますが)や「クオーター」「混血児」「ミックス」「ブレンズ」などなどの人だって入るし、名称からして二重の文化が入ってる「在日韓国・朝鮮人」「在日コリアン」「コパニーズ」(名付け親はリールーさん)や「在日中国人」「在日外国人」などだって入るし、長年を日本外やさまざまな国の間で過ごした「帰国子女」「TCK」「ATCK」だって入るし、本当、結構広範囲な人が含まれちゃう。で、この人たちを集めて何しようかって、お互いの経験の共有をしたり(みんな文化的マイノリティではあるから、なんらかの共通点はあると思う・・・)または違いを話して、どこまでが自分の地理的(または家庭)環境の結果でどこまでが自分の性格でどこらへんがあいまいなのかをお互い自己探索するお手伝いがしたい。所属するコミュニティごとの違いだってあるし、(こういう場合は特に)年齢ごとの違いが顕著に現れると思う。でも、それもいいと思う。全部一緒だってつまらないし、全部違っても疲れるし、何よりもいつもマジョリティ(多数派)に合わせるのに慣れてしまってるマイノリティ同士、意外なところで意気投合できたら面白いじゃない?でもその自己探索の過程で私が絶対したくないことは「こう感じるのが正しい」「こう思うのが正しい」「そう感じるのはくだらない」「それ、思ってもいいけど、結局は自分のためにならないよ」とほかの人に自分なりに考えて出した結論を押し付けること。結局は自分で考えて出した結論でなかったら、納得できるはずがないんだもん、だって。だったらそういう結論を出せるようにその方向に導くのはいいとして、いまそのステージにいる人に、そこにいること自体を非難したりしてみても仕方がないじゃん?本人は、戸惑うか、傷つくか、自分の気持ちを抑制して無理してしまうだけだと思う。ちょうど、その結論にたどり着いたところでなかったら。それと、一番いただけないのは、他人であり、他人でない、「親」に「勘違いの激しい困りものの他人」としてものを諭すこと。これって親の人格や一個人としての立場を無視した行動だと思う。子供が親の延長だけでないように、親だって子供の延長(または源泉?)なだけでもない。親には親なりの立場と経験や親があるのに、それを無視して「教えてやんなきゃ」って態度をとるのはどういうこと?そもそも親が子供にしてやれることはすごく限られてる。親が子供のことを知ろうとしてくれるのはとてもありがたい。そして小さい頃ほどその親の知識が役に立つことが多い。でも結局は子供だって巣立っていって、親の付属品としてではなく、独立した社会の一員になる。それがわかってる親はいろいろと下調べして、ある程度、子供の進む可能性をいくつか把握していてもそれを期待や不安として子供に押し付けることは極力さけるのではないか?そういう意味では「子供の進むかもしれない方向」をつかんでおかなきゃいけない、と感じる親とそう感じない親では子供に対する対処法はたいして変わらなくて案外親がどれだけ「準備万端!!」と思えるかどうかも差でしかないのかもしれない。(ま、これはちょっと極端だと思いますが。)どっちにしろ、親が無関心を装えば「知っておいたほうがいいよ」親が不安な気持ちを見せると「心配しすぎ」で結局その人の「子供」としての発言権は、その人の実際の子供でもない「子供」代表にあるって、どういうこと??
2005年03月31日
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あの、のろけてすみませんが・・・。私とA、ちょっと前まで一日に5回ぐらい話してました。別にいちいち長電話ではないし、結構お互いだんまりしながら別のことをやってる時間というのもあったり。(通話料がタダだからできる贅沢。これだから一時的に国際遠距離になると禁断症状が出て大変だったり・・・。笑。冬に3週間ほど実家に帰ったときに、うまく時間帯が合わなくて、Aと話しそびれたときには「Aと話がしたい」と、母の前でダァダァ涙を流してしまいました。笑。困っちゃった母のほうが気の毒だよ、まったく。)反省点。回数多すぎ。やらなきゃならないことが手につかなくなったり、あまりに電話でつながってる時間が長いために相手の生活の仔細に渡ることまで知ってなきゃおかしい感じがしてきて、遠距離なのに遠距離であることを忘れ、実は自分は相手の日常生活にそれほど食い込んでなかったと気づいたときのギャップ感がショックとなり、私には逆効果。と、いうわけで、一日の電話の回数を減らすことにしました。一日2~3回ぐらいが適当かと・・・。(それでも多いかもしれないが、通話料タダなのに、それより少なく電話したりしたら窒息死しそうだ。笑)さらに。私、Aと付き合いだすまでデート・コースを選ぶ、とかお勧めのデート・スポット、とか、デートに頭を悩ます、なんてこととは無縁の人でした。「そんなのにどうして時間を費やすわけ?相手がいて、楽しくお話できればそれでいいじゃん。安上がりだし」と考えていた、妙に冷めた人。逆に「デート」なんかに妙に時間やなんかを費やす人って自分の人間としての魅力に自身を持ってないのかなぁ?と意地悪なことを考えたりもしておりました。罰当たり??(笑)Aと付き合い始めた頃は、その信条どおり、どこに行くかとか、何を一緒にするかとかに頭を使ったことはなくて、ただ一緒にいれればいい、って感じでした。気分転換はAの役割だったかも。そういえば何かをするときは、Aがいつもどこに行くかを提案してたような気がする・・・。が!!しばらく(半年ぐらい)すると、たまたまA抜きできれいなところに行ったり、おもしろいものを見つけたり、おいしいものを食べたりしたときに、「Aにも見せて・食べさせてあげたい!!」と強烈に思うようになり、デートの醍醐味なるものを味わいだしました。(でもやっぱり「最初はここで雰囲気の盛り上げておいて、それからここで・・・」とかそういう計画は立てられない。ここがおいしいから、連れて行く、ここの風景がきれいだから見せに行く、とかそういうレベル。妙に即物的な私。笑。)そしてもっと最近は恋愛の駆け引きの楽しさというか、そういうものを味わいだしてるかも。だって多分そう簡単には別れない相手。だとすると、うちらの仲をより円滑にするためにいろいろと努力もしたくなる。(普通は逆?でも私は逃げるものを追うよりも、今あるものを大事にしたいからねぇ。)相手の呼吸を見ながら、会話や話題提供の間合いを計るのは、それはそれでなかなか楽しい。壊れないだろう、という一応のお約束があるから。安心してその中で実験していける。うまくいかなかったら、素直にごめんと謝って、また試行錯誤。と、こうして見ていくと、私ってなかなか臆病者かも・・・、と思えてきた。「普通」と段階が逆なのは、安心感がないと冒険する気になれないから?これって私の恋愛観にもつながってるような気がする。Aに最初にアタックしたのは私。でも私は、「ちょっと気に入ってるんだけど、付き合わない?」と提案しただけで、Aが一度「気持ちは嬉しいけど・・・」と言ったので、「惜しいな」と思いつつも引き下がる準備は万端でした。ところが次に会ったときに、どうももう一押しして良さそうな感じがしたんですね。それでもう一回だけプッシュしてみたら、もろ手を挙げて歓迎された、ような感じ。あまりに反応が良かったので逆にこっちが驚いちゃったよ。(笑)でも私、この2回目(しかも単に2日後)でダメだったら、後腐れなく、さっぱりと引き下がる予定でした。そこであまりネチネチしちゃうと、お互い気持ちが悪いじゃない?それだけの価値があるかどうかわからない関係にそこまで入れ込めないよ、正直言って。って厳しいこと言ってますがね、私はこういうスタンス。私にとっては、花開くかどうかわからないような関係にこだわって、Aとの関係を完全に反故にしてしまうよりは、ちょっと気まずくても、まだ良い友人関係に発展できるだけのスペースを確保しておくことが重要だったのね。とにかくAって「すごくいい人だぁ~」というのが私のそれまでの印象だったから。だからきっかけを作るにしても、真正面から正直にアタックしてかつさっぱりしておくことが大切だった。そっちのほうが私の性格にも合ってるし。きっかけはさっさと作るから「度胸がある」なんて言われますが、単に面倒なことがいやなだけ。いつかは忘れたけど、ある時期からうまくいくか、いかないか、わからないような関係にそこまで頭や気持ちを悩ますことができなくなったのです。とりあえず動いてみなきゃわからないじゃん!みたいな、ね。面倒なことをしたり努力するのだったらそれなりに結果が期待できないといや。だから時期が熟してるのに、結果がわからないのだったら、結果が出るような行動に出る。そして答えが出たら、あとはもう振り返らない。(ようにする。せめて心構えだけでもね。)だからAとの恋愛過程も逆になったのかも。別にそれで問題が起きたことは一度もありませんが。ただ面白いな、と思って書き留めてみてます。久しぶりの長編だ、今日は。完全に復活を果たしたかな。(笑)性に似合わず、地道にがんばってみるぞ。クリック。
2005年03月30日
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心配をかけてしまったので、ちょっとご報告。とりあえずは予定通り進行ということで解決いたしました。心配していた「縄張り問題」も今のところオッケーのよう。と、言うわけで、心配かけてごめんねぇ。今は時間がないのでここらで切り上げますが詳細はまた後ほど。それでは♪
2005年03月30日
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ごめんなさい、ちゃんと説明しなかったことでみなさんにいろいろと心配をかけちゃったようで。あのね、私は今返事待ち状態なんです。私は爆発してスッキリしたのだけれども、Aはどうも私の不可解な不安に振り回されただけ、という感覚が拭えないようで今、考え中。そういうわけで「まだ愛してるよ」とは言うけれどここ二週間ほどのあいだにおきたことがいったい何だったのかについてまだ頭を悩ませているところ。「返事」は今週末ぐらいに出るはずなんだけど、それまではAだけの時間を確保してあげなきゃいけない。電話してもそんなに話すことがあるわけじゃないし、メールはやり取りする人なわけじゃないし。というわけで、考え出すと(特に悪いほうに考え出すと)止まらない私はそうしないように努めてる。それで「あとちょっとで・・・」なんです。創作の世界に入り込んでしまえば頭が別のことでいっぱいになるから現実世界での不安はあまり気にならなくなるし、逆に現実世界の中でのことが余計チャッチャカすんじゃうんですよ、私の性格上。現実逃避とはちょっと違うのかな。聞こえは一緒だけど。(笑)ただ多分解決できない問題はあると思う。それがネックになりそうな気はしてる。一番の不安といえばそこです。でも、考えないようにしてるんだも~ん!!-----------------協力、よろしく!
2005年03月29日
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創作の世界に踏み入れる感じなんだけどな。そうすれば、本業にももっと身が入るし考えたくないことにも気が回らなくなるし楽になれるんだけどな。昔好きになった人、自分からだめにしてしまったけど後々考えてみてもどうせ喧嘩ばかりして幸せになれなかったから・・・、と自分に納得させてた。違う相手でも結局そうなっちゃうのかな。----気晴らしになるかな?クリックよろしく。今日はおやすみなさい。
2005年03月29日
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一時のメランコリーに足元を掬われ、しっかり忘れてました、ブログランキングの存在。協力してね☆順位がどんどん下がっております。(笑)
2005年03月29日
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というわけで、対したことは書けないのですが・・・。すごく疲れたんです、A訪問。詳細は省くけど、別れようか、というところまで話が進んでしまって、結局そうはならなかったけれど、そこまで一旦行ってしまったってだけでお互いにものすごく疲れてしまいました。そこにたどり着くまでの喧嘩や不仲などもあったわけだし。ここ一ヶ月くらいずっとお互いに対する気持ちは変わらないんだけど、些細なことで喧嘩をしちゃったり、ちょっとしたことですれ違っちゃったり、ということが重なっていたのですでに二人ともちょっとお疲れモードで始まった10日間。状態が改善したと思いきや、間違った相手にアドバイスをされて、また状態が悪化したりして行ったり来たりの中でついに爆発。二人でもう別れなきゃならないのか、真剣に思い悩んでしまいました。私はいろいろと感じていた不安を全部吐き出すことができたことで疲れたなりにも結構すっきりしたので、今はゆっくりと蘇生中。昨日はAを送り出した後、友人Jとその日2回目のヨガに行き、その後、Jの手料理をまた別の友人Dと食べ(Jの作るサラダはうちの父の作るサラダと並ぶ絶品!!)DにAとの今までのことをいろいろと聞いてもらったりしてのんびりしました。Aも南方に帰ってからは実家に帰らず、親友のところでのんびり。この先どうなるかはよくわからないけれどまあ、何が起きてもそれが運命ってもんよね、って受け止められるだけのことはしたような気がする。
2005年03月28日
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一応帰ってきましたが、いろいろとあってとても疲れた10日間でした。今度はAがこちらに来てるのと、まだいろいろと話しあわなきゃならないことがあったり、となんだか落ち着かないので、たぶん本当に復活するのはAが引き上げる何日か後か。それまでレスはちょっと待っててください。どうもすいません。
2005年03月25日
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ちょっくらお出かけ。Aのところに行ってまいります。その間、書き込み、できるかなぁ~?多分できない・・・。っちゅ~わけでしばらくお休み。その間、左の読み物ページや、「じゅうにひとえあれこれ」や右のリンク集にあるおもしろページを眺めていてください。10日ぐらいしたらまた戻ってきてねぇ~~。お願い。
2005年03月15日
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いつも思うことだけど、貧富の差って比較対象が何かによるんだよね。最近良く思うのは、「もうお金がない状態は嫌だ~~~」ってことだ。なんだか最近人が遊びに来るときにカリカリすることが多い。それにはいろんな理由があったりするんだけど、ひとつにはこっちの経済状態を全く考慮してくれなくて、遊びに来たら、外食するのは当たり前、そこここでちょっと出費があるのは当たり前、って調子でこっちもつられて(一緒に行動するから)いろいろと出費が重なるのに気を使ってくれない相手といるのが嫌だ、と感じることだ。みみっちいのは私のほうなんだよ、言っとくけど。ここで数ドル、あそこで何ドル、そこでも何ドル・・・、って数えていって、結局週末だけでもいつもよりも20~50ドルほど出費が増えるだけなんだよ。でもね、私にはそういうお客が一ヶ月に一回来るだけでも金銭的ロスになるの。痛手なの。元々、赤字が出る財政状態なの。さらに赤字が増えるのよ。CDやDVDをコピーさせて、って言うのも全然かまわない。元々持ってるものだし、でもそのときに空のCDやCDケースを持ってって当然だと思われるのも辛い。1~2ドルぐらいのもので、高価なものじゃないんだけど、1枚や2枚ぐらいならいいけれど、私、元々そういう遊びだけのものにまったくと言っていいほどお金を使わないんだよね。だからさ、買うときにもすごく悩んでから買うのよ。単価が下がるように何枚もまとめて買ったしさ。それなのに5~6枚ごっそりと持ってかれて、しかも仕事で使うコンピューターを使って、一枚20分以上もかかるCDコピーをされたり・・・・。「遅いねぇ~、このコンピューター」って文句言われてもさ、私にとってコンピューターは遊びのためにあるわけでも、職場がお金を出して買い与えてくれるものでもないし、CDコピーするために使うものじゃないからさ、そんなの考慮しないで買うわけよ。用途以外のものに使おうとして最新の機能が載ってないからってケチつけないでほしい。こういうことも全部、もっと金銭的か精神的余裕があれば、おおらかに受け止められるんだろうな、と思うとがっくりくる。嫌なんだよな、頭の中で「ここで5ドル使ったら今週はあれはお預け」って計算してる状態に常にいるのは。家賃も電気代もすべて不自由なく払えて、自分の好きなところに住めて、十分幸せで、十分事足りてるのはわかってる。でもその「足りてる」って状態を自分と全く違う物差しで計る人と一緒にいるってのは厳しいなぁ。
2005年03月14日
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ポゴシッポ。(ハングルフォントが使えない~~~。ギ~~~!!)「(あなたの姿が)見たい」I miss you. (アイ・ミス・ユー)「あなたの不在が感じられる」とか「あなたが欠けている」Tu me manqu?. (テュ・ム・モンケ)「私はあなたを欠いている」個人的には、フランス語の(最後の)が一番好き。なんだか誰かに会いたいときの気持ちを一番良く表してくれているようで。相手がそこにいないから自分のハートにぽっかり穴が開いた気分ってのを、一番よく表してくれてる気がする。韓国語の(一番目の)は相手の姿を見たい、って言うってのが、ダイレクトに現れていて、一番素直な気がする。やっぱり英語と日本語は特別な感慨がないわぁ~。ほかの方言や言語でも知ってたら、どんどん教えてちょ。特に特別な思い入れがあったら知りたいわぁ。あ、あと、ここに出てる言語でも、「こういう言い方が好き」とか、「こういう思い入れがある」とか。知りたいです!*******かぐやのささやかな夢をかなえるお手伝い。クリック。
2005年03月13日
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コンピューターには、仕事関係のサイトのブックマーク・ファイルがある。たまに、飽きたかな?と思うときもある、この仕事。でもこのブックマーク・ファイルをちょっと覗いてみて、目に飛び込んでくるタイトルにどきどきしてしまう自分を認識すると、ああ、これは本当に天職ってヤツかもしれない、と思う。「ゴルゴンゾーラの製造過程」「チーズの歴史」「モンゴル産チーズ」「ヤギ乳を発酵させる」などなど・・・。こういうタイトルが目に飛び込んだ瞬間に疲れたときでも、心の奥にぼっと火が点るような気がするのだ。普通はわからない感情だろうと思う。説明もできない。ただ、そのタイトルの裏に隠れてるヒミツを思うと、興奮してきてならない。つまらなく感じるときも、無力感を感じるときもあるが、おいしいチーズの秘訣を知ってる人がいる、と聞いただけでその秘訣を知りたくて、うずうずし出してしまう自分を自覚するたびに、こんな職に出会えて、なんて幸せなのだろう、と思わずにいられない。
2005年03月11日
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わたしは今日も23年前の銀婚式のときに新調した、なじみの深い布団にもぐりこんだ。隣には、この布団を買ったときからほぼ毎晩となりで寝ていたSのぬくもりが感じられるような気がした。お互い、まだ血気盛んで、好奇心と運命に導かれるまま各地、各国を転々としていたころに出会った。Sがあと少しで現地を離れる、というときに私はそこに降り立った。お互いの予定のまま行けば、私たちはわずか2ヶ月間だけ時間を共有する仲になる予定だった。それが一生の残りを共有する仲に変わってしまった。出会ったときはまだ若かった私たちも、年齢とともにじょじょに白髪やしわが増えてきいった。でも、ついに二人ともしわくちゃなおじいちゃん、おばあちゃんになったときに、わたしは二人のしわがお互いのしわになじんでいることに気づいた。一人でしわくちゃになったのではなくて、一緒にしわしわになったのだ。Sの暖かい手が、わたしの手をそっと包む。その動作は、出会ってからずっと変わらなかった。そして、しわが増えるたびに、わたしたちのしわ達は申し合わせたかのように、お互いになじむように増えていった。Sの手は暖かいときも、熱いときもあったが、年を重ねるごとに、だんだん低温の温かみで落ち着いてきた。冷たいときには、手を引いて、手をすこし温めてからまた私の手を握りなおした。わたしは横に寝ているSの脚をそっと抱くのが好きだった。その脚も、最初は若者らしいしっかりした筋肉質の脚だったのが、働き盛りの中年のときには多少たるみだし、それでも定年後には、また再開した運動のおかげで、部分的に昔なみの張りを取り戻していた。細さは昔以上になった。布団に入るのは、だいたい私のほうがあとだった。わたしが布団にもぐりこむと、そっと後ろから抱きかかえてくれたS。そのSの脚に腕を絡めて深い眠りにつくわたし。もうSのもぐりこまないこの布団の中で、私はあと何年、Sの優しい動作を、その存在を想像しながら安心した眠りにつくのだろう。
2005年03月11日
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「ホテル・ルワンダ」という映画。ルワンダのフツ族とチツ族の紛争のお話らしいです。昔通った学校でルワンダ出身の先生がいました。とても暖かくて優しい先生。最近、不当に解雇されたということを聞きましたが、(人種差別が原因だったという人もいる)真相はあっちの現状から離れすぎている私にはわかりません。その先生には妹もいて、私と同級生でした。私たちがそこにいたのはその民族紛争が勃発した直後。その先生の家族も先生を頼りに命からがら逃げてきていたようです。ほかにもスーダンの黒人の子もいたな。(スーダン西部のダルフール地方ではアラブ系民兵と黒人住民の間に紛争が起きている。Wikipedia参照。)その子は夏休みに実家に帰りたかったのに、ケニヤでビザ申請がどうしても通らなくて、結局ケニヤで足止めを食らったまま、学校に舞い戻る羽目になってました。旧ソ連から来る予定の人や、中国から来る予定の人たちはビザがなかなか出ないから学校が始まって1ヶ月してもまだ到着しなかったり、なんてことはよくあったし、出身国に戻るためのお金がなかったから、大学出て(それも奨学金がもらえなかったら自分で働きながら大学に通って)親や家族を呼び寄せるか自分が故郷に錦を飾れるところになるまでず~~~っと、何年も帰らないつもりで来てた人も結構いた。世の中は厳しいのですよね。そこでは国際的な貧富分布の不均等さも身にしみて思い知りました。ホテル・ルワンダ、できるなら観たい。ただ、それがいつになるのか不明・・・。レビューはhttp://navi.rbbtoday.com/contents/4905.html やhttp://www.jtnews.jp/cgi-bin/review.cgi?TITLE_NO=11868 など。ゴーグル(www.google.co.jp)で「ホテル・ルワンダ」または「ホテルルワンダ」と探せば結構出てきます。公式サイトはこちら。(英語)観たら、感想・・・・。書けないかもなぁ・・・。
2005年03月10日
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ちょっと前にニューヨークに帰った折、奇妙な再会を果たしてしまった。最初にこのひとに会ったのは何年か前に私がニューヨークを離れ、西部のある町に引っ越したばかりのころ。最愛のニューヨークでは9・11が発生し、それに伴う私の動揺は私を情緒不安定にせしめ、新しくできたルームメートは長期の海外旅行に出てしまい、私は新しい環境の中でぽつん非常な孤独感にさいなまされていた。そんなときに出会った、元気の良い、年上のひと。偶然会うことが何回か重なり、ちょっとずつ会話をするうちに実はお互いから徒歩2分ほどのところに住んでいることがわかった。出てる大学も同じで、同窓の仲、というのも急速に仲良くなったきっかけになったかもしれない。ある日、一緒にまる一日過ごしたあとは、毎日電話で話し、たいていは夜のお散歩に出かけるような仲になった。少し様子がおかしいと感じ出したのは、私に「いい人を世話してあげたい」という割には行動がその言葉と伴っていないどころか、思いっきり逆らっていたところ。(笑)彼女のお気に入りの彼と私が一度同席になったことがあった。それも本をただせば、「いい人だけど、私の恋愛対象には向いてない。何?かぐやは興味あるの?じゃあ、今度、うちに誘ってみるよ。」とセッティングした場。その後私が、「いい。いい。連絡取れるようにして!」と頼んだら、何かと言い訳をつけては、なかなか実行に移してくれず、それどころか「こないだ彼に会ってきたんだけど、いろいろ考えたら、やっぱり私が彼にアタックしたいんだよね。だから今回はあきらめてくれる?ごめんね」と言われた。その後、二人の仲が進展したとは聞かなかった。彼女からは、「私、もしかして女性のほうが合うのかも、と思って女性とも付き合ったことがあるけど、やっぱり私は男のほうが好きみたい。」と話してもらったこともあったが、彼女の、女性と試しに付き合うというのは、キスすらもできずに、単に彼女を気に入ってくれた人と何回かデートに出かける、というものだったらしい。そのくせ、男とは3ヶ月以上続いたためしがなく、なぜだかわからないとも。非常な恐怖感を持って人生を歩んでいる人だった。女性の自己防衛用のクラスも受けていて、一応インストラクターの資格も持っていた。「家には、内緒だけど、金庫の中に短銃を保管してるの」と言って実物を見せてくれたこともあった。自己防衛とたまのストレス発散のために使うのだと言っていた。一度、街中を一緒に歩いていたら、「男は決して女に道を譲らないのよ。本当なんだから。見てて」と言って、正面から来る男性の前を、相手が避けようとするのに、相手に合わせて自分の位置を調整するものだから、結局正面衝突しそうになって「ばかやろ~」と叫ばれていた。そのとき「ほらね」と得意そうに言われたときには「この人の眼に世の中はどういうふうに映っているのだろうか」と恐くなった。「そのひと」と知り合ってから約2ヵ月後、私は、ちょっとかっこいいな、と思ってる彼にデートに誘われた。その頃、もちろん「そのひと」との話題にも彼の話は出していた。別に何を期待してる相手ではないけど、かっこいいと思うってことだけ。そしてある晩、彼と「その女性」とルームメートと、友人2人でお食事をした。彼女は彼のことがたいそう気に入ったらしく、彼も彼女に惹かれたようで、次の晩、二人はパーティーに行き、彼はそのまま彼女のところで一晩を過ごした、と彼女から聞いた。その彼と私は一回デートしたぐらいで、まだ付き合うところまで行ってなかったから、嫉妬するも何も、そういうレベルの話ではなかったが、二人の仲は彼女のほかの恋愛歴の例に漏れず、一ヶ月ほどで立ち消えになった。私は、裏切られた、と感じた。そのひとと私の仲は、その間も、その後も、変わらず続いていた。ある日、彼女が非常に取り乱していた。どうしたのかと聞くと、ある友人(女性)との仲が悪くなったというのだ。泣いて泣いて取り乱す彼女を慰め、話を聞いて、ひたすら黙ってそばにいてあげた。その友人と彼女とはくっついたり離れたりを繰り返している、と言っていたが、それでも痛むものは痛む。ひどい仕打ちだとも言っていた。そしてある日、ぱったりと連絡が取れなくなった。仕事が忙しくなった場合は、そう言って、それでも少しは話す余裕があったのにおかしいな、と思っていると、ある日、メールが来た。私が彼女の拒否している態度を無視して、彼女に迫っている、嫌だ、という内容だった。それを読んだ私はすごいショックを受けた。大切に思ってる相手から、私が相手の気持ちを踏みにじるようなことをしている、と言われたのだ。非常に動揺し、でもこの場合は謝るのが先決、と思った私は、「わたしはそういうつもりはなかったんだけど、不愉快な思いをさせていたのだったらごめんね。またあとで連絡する」という短い返信をした。でも、今までにもちょっと尋常を逸したさまざまな行動を見ていて、これ以上この人と関わりあうのはもう嫌だ、とも思っていた。その後は、「話し合う」という目的で一度会って、そのあとは「忙しいから」と言い訳をして、会うことを徹底的に拒んだ。それでも一度無理に遊びに来たことがあったが、私はそのころよくやっていた完徹サイクルに入っていて、貴重なお昼寝タイムだったので、「話したい」と言う彼女の願いを拒んだ。そのときに私の部屋で一緒に徹夜をしていた友人(女性)は「あなた、こんなとこで何してるの?ってばりにギロッと睨まれて恐かったよ~」と言っていた。そういうこともあるかもしれない。「じゃあ」というときに私の頬にキスして言ったのだが、今まで私の頬にあんなキスをしたこともなかったし、なんだか誰かへのあてつけでしているようにしか感じられなかったから。彼女と私の出会ってから「別れる」までの期間もざっと3ヶ月。(笑)そんな「思い出のヒト」にまたばったり会ったのだ。いや、メールリストに名前が載っていたから、その場に彼女が来ることはわかってたんだけどね。もう何年も前の話になるのに、落ち着いて攻められましたよ。「あなたがわけもわからず突然、私を拒むから私は非常に傷ついた。今からでも一体何があったのか話せるだろうか」って。私はにっこり笑って、「そう。それはごめんね。メールぐらいだったらやりとりできるんだけど。メールで話し合えるような内容ではないしね。今日もこのあと友達と会う約束をしてるし、ニューヨークを離れるまで余分な時間も全くないの。悪いけど、また今度ね。」と、冷たい外面を一刻もはずしませんでした。冷たい?ああいう人とは、もう一生関わり合いになりたくないんです。でも、被害者意識の固まりのような彼女を見て、かなり勉強になりました。私もこういうふうになってはいけないな、って。こういうふうには見られたくないな、って。彼女は反面教師になるべくして、私の前に現れてくれたのでしょうか?それとも最初の何ヶ月間かの孤独をやわらげてくれるために?それとも単なる偶然の出会い?悪いことばかりではなかった、全然。でも後味の悪い関係だったことは確かです。さて、ブログ・ランキングにご協力を!(今回は忘れなかったぞ!)
2005年03月10日
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いつも面白い占いを見つけてきてくれるcieloさんのところから拝借してきましたぁ~。結果が面白いので(&私好み)なのでここで公開!! 最期の言葉:うぉっほっほ元旦、餅を喉につまらせ...(推定年令:108歳) 総合運 ☆☆☆☆☆基本的に楽天家でプラス思考のあなたは自分の人生を、いや、運命を受け入れ、いかなることでもプラスへと変換し、楽しむことができる人です。うらやましいことです。そんなあなたの最期は考えようによってはとてもドラマティカル。108回めの元旦、お年玉をせびる孫に入れ歯を披露したり、入れ歯を使って腹話術など、家族団欒、楽しいお正月を過ごしていたのですが、あなたが2杯目のお雑煮を食していた時に事は起こります。あれ、なんか飲み込めない。ちょっと苦しくなってきたかも。『うぉっほっほ』 そのままあなたは帰らぬ人へ。まさか自分が、餅で...。笑っちゃいますね。あなたの仕事運 ☆☆☆自我が強いところのあるあなたは、働く環境にうまくはまれば結果を出すことができそうですが、はまらないと最悪です。次から次へと職を転々とするはめになるでしょう。しかし、才はある方なので、自分の得意とするものの分野でその才を磨き、向上を望めば、それなりの結果を残せることでしょう。金銭運 ☆☆☆☆気風よく、買い物好きなあなたはお金を使うとこに惜しむことを知りません。結構な値のするものでも、気に入れば即買いなんてこともざらなのでは?そんな金使いをしていても金銭感覚はそれなりにある方なので、ほんとうにお金に困るといったことはなさそうです。貯蓄というものを意識すれば、それなりにお金を貯めることもできそうです。恋愛運 ☆☆☆惚れっぽく、移り気激しいあなたはなかなか恋人と呼べる人ができなかったり、できたとしても長く続かなかったり、と、かなり不安定です。もしかして恋愛下手の床上手? でも、出合いは少なくないようなので、そのうちこの人は!と思えるような人に出会えることと思いますよ。ラッキーワード『おしゃれ完了!』 (家を出る前に鏡に向かってつぶやくとラッキー度、更にアップ!)
2005年03月09日
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ああ~~~、私ってプライド高いよなぁ~。そのせいで損してる。絶対してるときがある!!でもなぁ~、プライドの存在位置が「普通の女性」とはちょっと違うんだよなぁ。「普通の女性」に比べたら、逆にプライドをかなぐり捨ててるところがあるような気がする。(笑)だからほかのところでもってバランスを取ってるつもりなのだけれど・・・。そっちのほうが(文化は問わず)封建的男性とは諍いの種になりやすいようで・・・。(笑)だって「普通の女性」とは違うから、相手に「ムム??」と思われて、「分けわかんないヤツ」にされちゃうんだよ?もう、女性はプライドを持ってちゃいけない、とされてるところでプライドが高いからねぇ~。それだけに普段からはあまり付き合いのない「封建的」男性と遭遇するとショックが激しいですわぁ~。ところで、四大卒の女性・男性が女性学の授業をひとつも取らずに卒業できる今の世の中はおかしいと思う。ついでにマイノリティ学をやろうとする人が女性学にタッチしたことがないなんて、言語同断。そんなあなたはもぐり、と断言したい。
2005年03月08日
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大変、大変!!ブログランキング第二位になってるよ!!かぐやを一位にするためにもここをクリック。(笑)実は、毎回毎回書き込みをするたびに、このブログランキングのURLを入れるのをすぅ~~っかり忘れてる。それなのに順位は着々とあがってるから嬉しいわ。しかし、44位中なのに・・・、ってところが中学のころ柔道で市の柔道大会で優勝したってことと同じレベルの気がする。あのね、優勝って聞こえはいいけどさ、これって10年くらい前の話しだし、柔道の女子部は参加者自体が3人ぐらいしかいなかったんだよ。だからさ、優勝者ってのは語弊がある・・・。(涙)でも姉は未だに「かぐやは中学のときに柔道のチャンピオンになったんだよね!」って・・・。実体も伴ってなかったのに恥ずかしいからやめて、って思うんだけどね・・・。(泣)姉の好意はありがたく受け取っておいてます。
2005年03月08日
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うちの母はとってもかわいい。昔から母が遊びに来ると、決まって周りに「かわいいお母さんだね」と言われ、おかげで私の株が上がるので、(笑)実はけっこう楽しみにしてたもんだった。いろいろと「ほんと、かわいいなぁ~」と思うときはあるのだが、とぼけてておちゃめだ、と思うエピソードが突出してあるのでご紹介。母は出勤するときに電車を乗り継ぐ。一度、一緒に仕事場に行った。そして帰りには父とも合流して3人で電車を待っていた。すると、母。「あのね、何でか知らないけど、電車が来るといつもぴったりと私の前に止まるのよ。ほんと不思議なんだけど」私。「だって電車が止まるって、ところにちゃんと並んでるんだから当たり前じゃん」母。「違うの。ちゃんと停車位置にいてもちょっとすれるから本当にちょうどいいところに止まるとは限らないんだから。でも私の前にはちゃんと止まるのよ。不思議なんだけど。まあ、いいわ。見てて」すると電車がホームに滑り込み速度を落とし出すと同時に、ホームの最前列に躍りだし、電車のドアの来そうな位置に向かってチョコチョコと自分の位置を微調整し出す母。それは、電車が母の位置に来てくれるのではなくて、母が電車の位置に合わせている姿・・・・。おいおいお~~~いい!!(笑)違うって。それ、自分で電車のドアの位置に合わせてるじゃん。父を振り返って、「いつもこんなんなの?」って聞いても、「う~~ん、どうだろうねぇ。よくわかんないなぁ」となんともとぼけた返事。あんまり気づかないらしい。そして、ちょうどいい位置から電車の中にダッシュしていって席を奪い取り、意気揚々と「ここ、ここ座ったら?」とぽんぽん自分の隣の席を指している母はオバタリアンそのもの!!(爆)でも、かわいいのよね。そう思っちゃうのって娘の欲目でしょうか?
2005年03月07日
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先生に、頼まれてもいないのに、「次回これを教えるときはあれとこれとこれも含めたほうがいいですよ」と助言する人。あんた、何様?と言いたくなる。今日の分のエキスパートは自分、って勝手に思ってるらしいが、発言とか聞いててもあまりそういうふうにはとれないぞ。昔取った杵柄で、5年以上も前に書いた卒業論文を引っ張り出してそこから自分の発言を引用するのもやめてね、みっともないから。いい加減そこに書いたことも包括して、また考えが新しいレベルに達したところを見てほしい。自省の念がなさすぎるんでない?
2005年03月06日
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いじめっ子体質の人っているんだなぁ~、というのが最近の私の驚いたこと。言っても仕方がないのに、人に嫌味を言ってそれで満足してる人や、人が自信を持ってないことに対して、さらに自信をなくすような発言をする人。そんなことして何になる、と思う。人を嫌な気持ちにさせるだけじゃないか。人の劣等感を刺激して自分が上位に立ってるような気持ちに浸りたいの?でもそんなの虚構の「優位な立場」だよ。相手が自信を持ったとたんに突き崩される立場。そんなことに頭を使う暇があるぐらいだったら自分のしてることにもっと自信が持てるようにそっちに労力を使えばいいのに。そんなの時間と頭脳の無駄遣いだよね、ほんとに。
2005年03月04日
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私はほめられるのが大好き。人間として自然なこと、といえばそれまでだけど。でもほめられ方で嫌いなほめられ方、というのがある。(贅沢ものだから。苦笑。)それは他人(または自分)をこきおろすことでほめられる方法。人がほめられてるのを聞いてるときも、他人をこきおろすほめ方は聞いててもあまり気持ちが良くない。その人のことを評価してるのだったら、単純に何がどのようにいいのだか言えばいいのに・・・、と思う。と言うわけで、人をほめるときにも他人と比べたほめ方は極力避ける(ようにしてるつもり)。
2005年03月03日
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今日はびっくりごとの連続!!まず、今まで中華料理店で見ては「どうやるんだろう~。きっと難しいのね。さすがはプロ」と思っていた豆腐料理法が実は結構お手軽にできることを知ってウキウキ。あのね、言葉で説明して伝わるかどうか不安なんだけど、写真を取るのを忘れてしまったから・・・。たまに中華屋さんで豆腐料理を頼むとさ、すごいふわふわしてて、ちょっと角が丸まってるぽっちゃりとした感触の豆腐の薄切れ系の料理が出ることがあるの。たいていはチンゲンツァイ(青梗菜)の炒め物にのっかっててアンがかかってたりするんだけど。素菜(ベジタリアン)料理として出されることが多いので、実は日本では私は見かけたことがない。で、その豆腐料理なんだけどね、常々、すごいなぁ~、難しそうだなぁ~と思ってたわけよ。そしたら今日、お豆腐を焼いてるときにちょっと火を強めにして台所をちょっと離れてたのね。それで戻ってきて、「お~、うまい具合に焼けてる・蒸されてるね」と思ってふたを開けたらさ、お豆腐がむにゅ~と大きくなってたわけよ。あの角が丸まったぽちゃっとしたお豆腐になってたの!!そっかぁ~、強火で蒸せばいいのかぁ~、って感動した。それがお昼。それで同じ原料&手法を用いて、晩御飯も作った。つけあわせをちょっと変えてね。それでどうも野菜が足りてない、って感じてさ、野菜をメニューに足して、豆腐と一緒に食べてみたの。そしたらあまりに想像しなかったおいし~~~いい味でぇ。本当に、一瞬眼を丸くしてしまったよ!それで食べるつもりもなかった豆腐の残りもそのコンビで食べてしまったよ。ああ~~~、至福のときを過ごさせてもらいましたぁ~~~。(幸)そこで、豆腐レシピと最高の付け合せ:まずは中華風豆腐ステーキ:テフロン加工のフライパンにバターを適量。(できあがりにほのかな甘みと滑らかさが加わるから。)適当に薄切りにしたたまねぎとニンニクを入れるてちょっといためる。(別にそこでちゃんと火が通ってる必要はない。あとでしっかり蒸されるから。)ガスレンジだったら中火くらいにしておき、そこに厚さ1センチぐらいの長方形に切っておいた豆腐一丁半ほどを入れ、みりん少々としょうゆを適宜、フライパンの底がかぶれる程度にいれる。(私はうす口好みなのでこれぐらいでちょうどよかったけど、もうちょっとしっかりした味付けが好みなら、みりんとしょうゆはもうちょっと足したほうが良いかも。)ふたをする。そこで私はちょっと台所から消えるので、間はよくわからないけど、多分1~2分ぐらいしたら、ふたが蒸気でシューシュー言ってたり、あるいはふたがちょっと動いてたりするかも。そこでふたを開けて豆腐がぽっちゃりしてるのを確認したら出来上がり。晩御飯時に発見した付け合せは赤いベルペッパー。あの甘みとみずみずしい食感が豆腐のやわらかくて、ほのかな甘い塩っぽさとうまく調和して本当~においしかった!!私はベルペッパーを豆腐の下に敷いて、ミニ・ピザ風にして食べたけど、ほかには賽の目切りにして豆腐の上に散らす、ってのもいいかもね。あと、お豆腐は先にそのたまねぎ、にんにく、しょうゆ、みりん汁に浸けておいても良いんだよ。そうしたら、焼くときの手間が省けるからね。そしたらフライパンにバターを溶かして、豆腐を漬け汁と一気に流し込んじゃって、ふたをしたらおしまいだもんね。以上、かぐやの3分間クッキングでしたぁ~。(まだやってるの?土井勝の3分間クッキングって。確か何年か前に土井さんのお弟子さんに変わったよねぇ?)
2005年03月02日
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ってそれに対して言うことは別にないんだが・・・。このあとどうなるかは不明。とりあえずは母はまだまだあと10年近く定年にはならない予定なので、(二人の職場の定年年齢の違いのため)まあ、なんとかなるんだろう。ただ、父がね、「おれは役立たず」って変な妄想に悩まされなければいいな、と思う。父には結構その「人の、世の役に立ってないのではないか」っていうのが一番応えるらしい。特に子供のころからあれこれと期待を背負って生きてきてしまった人だから。そしてそれに本当に応えてきてしまった人だから。(笑)父は人に「あれやってください。これやってください。それからもあれも!」って頼りにされるのを生きがいにしてるよう。だから人と毎日関わりあうような職場がなくなるのは辛いかもしれないなぁ~、と思う。自分の目標を定めてそれに向かっていけてれば大丈夫な母とは対照的。(それだけに自分の成果ってものに非常に厳しい判断をくだすけど。)大好きなお父さんだから、定年退職にまつわるなんやかんやが一息ついたら、自分の能力をまた十二分に発揮できる場が見つかると良いなぁ、なんて思う。さて、もうちょっとマジに参加したほうがいいかも、と思い始めたブログ・ランキング。クリック、クリック。(ただいま44位中、なぜか4位。そうなるとナンバー・ワンになってみたいなぁ~、というわけわからん欲が出始めるもんのよう。失笑。)かぐやの想像するママの自画像 & パパ像
2005年03月02日
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と言ったところで、今朝はいいことがひとつあったのを思い出した。結婚式で演奏してくれるミュージシャンが決定して、その打ち合わせの電話をちょっとしたのよね。ウェブ上のサンプルを聞く限りではかなり素敵な演奏家たち。これは出す食事代をちょっと削っても雇いたい・・・、と思ってしまった。そして日本の思い出の曲もAと私が出会った韓国の民謡なんかも演奏してくれる予定。しっかしなぁ、日本とアメリカの物価と人件費の違いをひしひしと感じるなぁ。私がやってる予算内で日本でライブ音楽、食事、場所付きなんてまず無理だと思うもん。特にマンハッタンみたいな大都会では。あっ、でもそうでもないかも。私もいろんな穴場を見つけてしまうところがあるのですが、東京とか京都にだってそういう穴場って、「一般的な」とか「普通に立派な」ってことに執着しなきゃ、いくらでもありそうだもんね。ちゃんと結婚式が挙げられるだけでも本当にありがたいですわ。
2005年03月01日
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うわぁ~~~~。ちょ~~~気分悪ッ!!今日は二件。一件目。今日は友人がプレゼンをした。すると、その最中に友人を馬鹿にしてる人が「あ~あ」とか「やってらんねぇ~」とか「あんなこと言ってるよ?」的な目配せをしてくる。総勢7人のところ。プレゼン者はそのときは気づいてなかったが、あとで「オレのプレゼン、そんなに悪かった?」と聞いてくるからなんでそんなこと聞くのかと思ったら、私に目配せしてた人が「あんたのプレゼン、前より良くなったけど、まだまだね。」と言ったらしい。そう言ってる本人のプレゼンや発言が毎回すばらしいものだったり、態度がすばらしかったり、せめてまじめな努力のあとが見られるような人だったら、そこまで憤慨しないけどね。のべ3年間に渡って、毎回毎回、ほんっと、テキト~で、もうちょっとちゃんと調べて来いよ、もうちょっとちゃんと準備して来いよ!的なプレゼンをするあんたがそんなこと言える立場じゃないでしょうよ。しかもさぁ~、なんで5年以上前書いた卒業論文とかまだ引っ張り出して、そこから自分の授業中の発言を抜粋してるわけ?(「私の卒論ではこう書いたんだけど・・・」って引用するの、ほんとに。)本当にそこまで素晴らしいものだったのかなぁ?なんだかなぁ、ほかの発言とかと総合してみても、過去の栄光を引きずってるようにしか思えないんですけど。まあ、もちろんまだ実際読んでないからわかんないんだけどね。今日プレゼンをした友人のことをあまり高く評価してない人はもう一人いるけれど、その人はやっぱりそういうところちゃんとわきまえてるから、単に意地悪で(あるいは鬱憤晴らしで)相手をくじけさすようなことは言わない。それにその人は本当に努力の塊みたいな人。だから、その人が同じことを言ったのだったら、私も「まあ、あなたから見たら準備不足に見えたかもねぇ」と納得できる。でもそういう人こそ、高く評価してない相手のプレゼンでも、よい所、使える部分を見つけていこうとポジティブば態度を取るのよね。二件目。今日、地主から電話が来た。困ったことがあった。ある人から譲り受けたボックス・スプリング(ベッドの下の部分)を外に出しておいたら今日、ホームレスの人がそれに寝ていて、それが通報されたのだ。ホームレスの人が寝ていて、通報されたのはルームメートが外出しようとしていたとき。多分、出かけるルームメートを引き止めた人が地主に電話をかけたのだろうけど、今晩11時近くにその件で電話が来た。詳細は面倒だから省くけど、すっごいむかついた。この地主も、地主としての責務を(放棄してるとは言えないが)ちゃんと納めてるとは言いがたい人。そういう人に自分のことは棚にあげてなんやかんや言われるのは本当に頭にくるなぁ、と思う。ルームメートはさすがにこれからの地主との関係を悪化させたくないので、天井のペンキがはがれかけて一年以上経ってるのを直してくれ、と言っても直さないのを黙っていたり、水漏れがひどくて水道代が高くなっても文句を言わずにいたりする。面倒なのもかなりあると思うけど。でもそういう人にね、電話口でギャーギャー騒がれるのは本当にうるさいですわ。ほんと、もっと落ち着けよ、と思う。
2005年03月01日
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