Bar UK Official HP & Blog(酒とPianoとエトセトラ)since 2004.11.

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2021/02/27
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カテゴリ: ITTETSU GALLERY
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 ITTETSU GALLERY:もう一つの成田一徹(121)~(140)

 バー・シーンを描いた切り絵で有名な成田一徹(1949~2012)ですが、実は、バー以外をテーマにした幅広いジャンルの切り絵も、数多く手掛けています。花、鳥、動物、職人の仕事、街の風景、庶民の暮らし、歴史、時代物(江戸情緒など)、歴史上の人物、伝統行事・習俗、生まれ故郷の神戸、小説やエッセイの挿絵、切り絵教則本のためのお手本等々。

 今回、バー・シーンとは一味違った「一徹アート」の魅力を、一人でも多くの皆さんに知ってもらいたいと願って、膨大な作品群のなかから、厳選した逸品を1点ずつ紹介していこうと思います(※一部、バー関係をテーマにした作品も含まれますが、ご了承ください)。
※故・成田一徹氏の切り絵など作品の著作権は、「Office Ittetsu」が所有しております。許可のない転載・複製や二次利用は著作権法違反であり、固くお断りいたします。


(121)江戸情緒:鮮魚の振売(ふりうり)  2005年頃
 ※「江戸の風物」は一徹氏の大切なテーマ(モチーフ)の一つだった。これは、いわゆる江戸期の物売りを描いた作品。当時、江戸や京、大坂の町では、様々な物品を前後二つの木桶に載せて売り歩く商人は、「振売(または振売り)」「担ぎ売り」あるいは「棒手売り」と呼ばれた。
 幕府は、「50歳以上または15歳以下の社会的弱者」に限ってこの商売をすることを認めていたそうだが、当時の絵画史料を見ると、実際には20~40代らしき振売も数多く描かれており、さほど厳しいルールではなかったようだ。
 浮世絵を下敷きにした切り絵も多い一徹氏だが、浮世絵作品で似た作品は調べた限りでは見当たらず、探っていくと出合ったのが、喜多川守貞という商人が残した近世風俗史の第一級史料である「守貞漫稿」(19世紀半ば)という文献にあった絵(下の画像ご参照)。これから着想を得たのかもしれないと、私は密かに想像している。
 なお、カラーが多い江戸情緒シリーズの切り絵にしては色の使い方が少ないのは、意図的だったのか、未完のままだったせいかは現時点ではよく分からない。





(122)40 Faces(ニューヨーカーたち)  1980年代後半
 ※1980年代、たびたび訪れたニューヨークで一徹氏は、そこで暮らす様々な人種の人たちの個性的なキャラクターと出会い、衝撃を受ける。そうした人たちのユニークな顔、顔、顔に、一徹氏の絵心は大いに刺激されたに違いない。この頃、外国人の顔のアップをたびたび、単独や集団で切り絵にしている。この作品は何のために、何の媒体のために制作したのかは不明だが、絵葉書にもしているので、本人の自信作でもあったに違いない。




(123)暖炉のあるバーのスケッチ  1981年  デッサン用黒鉛筆
 ※プロ・デビュー前の80年代前半、一徹氏は「バー・カウンターに座る一人の客」というシーンをたびたび絵にした。水彩画、版画(エッチング)で、ペン画で…。様々な表現手法にチャレンジした。これは、一番素朴な素材である鉛筆画のスケッチだが、かなりしっかり描き込んでいる(この店内に暖炉のあるバーは、おそらくは神戸の「YANAGASE」をイメージしたのだろう)。
 一徹氏は最終的に、バー空間を描くのには、モノトーンの「切り絵」という手法が一番と信じるに至る。そして、彼が創り出した切り絵によるバー・シーンは多くの人たちに支持された。私たちはいま、一徹氏の残した切り絵のお蔭で「今はなきGood Bar(古き良き酒場)」の情景に思う存分浸ることができる。この幸せは「後世への財産」だと信じて伝えていきたいと、改めて思う。






(124)「感性ルネッサンス」のために  1990年
 ※日刊工業新聞社主催の経済人によるシンポジウム「感性ルネッサンス」のために依頼された作品。新聞の特集紙面やパンフレットで使用された。テーマが抽象的なため、どのような作品に仕上げるか迷った一徹氏が出した答えがこの2枚。



(125)ウイスキー魂  2002年
 ※2002~03年に朝日新聞夕刊(大阪本社版)に約1年間、週1回連載された「どこへ一徹 切り絵旅」。当時の新聞にしては珍しい、オールカラーの企画で、一徹氏も毎週、全力で取り組んだ。
 連載では、主に関西のネタで切り絵にしていたが、時にはこうした関西以外のエリアにも足を伸ばした。これは連載の第33回目の作品。せっかくなので、紙面に残した一徹氏の言葉(文章)を全文再録したい(人名の英文表記は私の付記)。

 「友人のバーテンダーの誘いで、東京都千代田区にある某ホテルのバーに行った。そこにいたのは、来日中のウイスキー業界の重鎮。ラフロイグ蒸留所(スコッチウイスキー)のイアン・ヘンダーソン氏<Ian Henderson>(右)と、ワイルド・ターキー蒸留所(バーボンウイスキー)のジミー・ラッセル<Jimmy Russell>氏。海を隔ててはいるが、両ウイスキーの関係は深い。琥珀色した”命の水”。造りに情熱を傾けてきた2人の老職人。しばし、”ウイスキー魂”の熱い交歓が続いた。久々に、いい顔の男たちに出会った。」

 オーセンティック・バーは大好きでもウイスキーの銘柄にはほとんど拘りがなかった一徹氏だが、その顔に仕事への情熱や年輪が刻まれた、「絵になる」業界人には大いに興味を示した。




(126)タヌキの夫婦  1992年
 ※週刊「サンデー毎日」誌上での石川雄一郎氏の連載「東京あなロジー」の挿絵として制作。



(127)バー切り絵のためのスケッチ  1980年代後半  鉛筆
 ※バーの切り絵を制作する際、一徹氏は基本、以下のような手順をとった。
 (1)カメラで自分の描きたいと思う構図の写真を撮る
 (2)写真に基づいて、鉛筆で下絵のスケッチを描く
 (3)トレーシング・ペーパーにそのスケッチを写し取る
 (4)切り絵のベースとなる黒い上質紙(時には白い上質紙を)の上に、スケッチを写しとったトレーシング・ペーパーを置いて、鉛筆のラインに沿ってカッティング・ナイフで切る

 これは、スケッチブックに残されていたプロデビューした頃のバーのスケッチ。初期の頃なので、遠近図法(アイソメトリック)に忠実に、かなり丁寧に細かく描き込んでいる(後年、技術力が上がってくると、ここまで正確にはスケッチしなかった)。
 ちなみに、この絵に描かれた店(バー)はどこだろう?(一徹氏のバーの切り絵を見慣れた私には、既視感はあるのだが、なぜか名前が思いつかない)。昔の十三トリスっぽいけれど、椅子の形が違うような気もするし、顔も江川マスターの若い頃とは違うような感じ…。曽根崎の「ハイボール小路」にも似ているような気もする(それとも、今はなき「酒司にむら北店」かなぁ…)。どなたかご教示くださいませ(情報は →arkwez@gmail.comまでお願いします)。




(128)「夜のない窓」の表紙のために  1993年
 ※闇夜に浮かぶ鳥かご。舞い落ちる3枚の枯葉。かごの扉は開けはなされたまま。中には鳥の姿はない。そして、かごを見上げるようなカウンターに残された2個のグラス(ロックグラスとカクテルグラス)。まるで、男と女が先ほどまで、そこに居たかのように…。
 一徹氏が何をイメージしたのかは謎だが、作家・連城三紀彦氏の短編小説集「夜のない窓」(文春文庫版)の表紙ために制作した作品。小説は、「男と女の間の奇妙な心模様を描く作品集」という触れ込みだが、実際は、不倫や裏切りをテーマにした少し怖いミステリー。




(129)舞台「私の呼んで ガソリンと善人」のために  2007年
 ※「ステージ茨(いばら)」という劇団が俳優座劇場で開催した「私を呼んで ガソリンと善人」公演のポスターのために制作された作品。「学校内でのいじめ」をテーマにした舞台らしいが、詳しいストーリーはよくわからない(この劇団は、一般公演のほか学校芸術鑑賞教室公演にも力を入れていたようだが、現在も活動しているのかどうかは不詳)。ポスターへの新作を頼まれた一徹氏は、蓋つきの小瓶に活けられた1本の花を描いた。昨日の小説本の表紙もそうだが、これも、何をイメージしたのかは本人に聞くしかない。



(130)一輪車に乗るピエロの習作  1980年代後半
 ※ご存知サーカスのピエロ。これも何の媒体のために、何のために制作したのかは現時点ではよく分かっていない。紙のつぎはぎなど粗さも目立つので、正式の作品をつくる前の習作だったのではないかと想像するが、一徹氏らしいユーモラスな味わいはしっかりとにじみ出ている。





(131)松尾 和子  2002年
 ※「ムード歌謡の女王」と言われた歌手(1935~1992)。この連載の31回目(ちあきなおみ)、103回(青江三奈)と同様、ビクター・レコードがこの年発売したリマスター・ベスト盤CDジャケットの表紙のために制作された。2枚あるのは松尾に関してはVol1とVol2の2枚リリースされたため。
 戦後、進駐軍のキャンプで歌い始め、1959年にレコード・デビュー。1960年に出した「誰よりも君を愛す」(マヒナスターズとの共演)は大ヒットして、この年の日本レコード大賞に輝いた。他に代表曲は「東京ナイトクラブ」(1959年)「お座敷小唄」(1964年=250万枚と当時最多ヒット記録を樹立)など。
 私生活では離婚後、長男が覚せい剤取締法違反で逮捕され、本人も自殺未遂事件を起こすなど晩年は不幸なトラブルが相次いだ。92年9月、自宅の階段で転落して頭を強打したことが原因で、57歳の若さで急逝した。




(132)男たちの宝塚  2004年頃 (原画から直接スキャニングした画像ではなく、撮影画像なので少し画質が粗いのはご容赦ください) 
 ※一徹氏の古い友人だった、某新聞社の編集委員(当時)T氏のために制作した作品(メディアには未公表)。
 T氏の話によれば、「2004年頃、『男たちの宝塚』という本を出そうと執筆していましたが、出版元が決まらないまま、成田さんの神戸の実家へ早朝に訪問しました。そして、本の表紙の切り絵を強引に依頼したのです。半年後に完成したものの、残念ながら様々な事情で結局、拙著に使われることはありませんでした」とのこと。
 T氏は「芸術性よりも友情が優先した作品で、彼の一連の作品とはイメージが違うこともあり、これまであえて公にはしませんでした」と話すが、いえいえ、この「もう一つの成田一徹」の連載でこれまで紹介してきた作品の、実にバラエティに富んだ、幅広い芸術性でも分かるように、こうした切り絵も当然一徹氏の「射程内」で、傑作であることは疑いない。




(133)水 仙  1995年
 ※花をモチーフにした切り絵も多く手掛けた一徹氏。遺された作品ではサクラが圧倒的に多いが、それ以外の花種もあれこれ絵にしている。これは、晩冬のいま、各地で咲き始めている水仙。


(134)ジャックと豆の木  1980年代前半  ペン画
 ※これも「切り絵」にたどり着く前、表現手法で試行錯誤していた時期の作品。有名な寓話の有名な場面だが、単に練習用に描いたのか、何かの媒体から頼まれたのかは不明。



(135)ダイヤモンドのペンタクル  1993年
 ※一徹氏が得意分野の一つとしていたのは、ミステリー小説の表紙や挿絵。これは、ジョン・ディクスン・カーの短編小説=月刊ミステリマガジン(早川書房刊)1993年5月号に収録=の表紙のための作品。絵の上の方にはほとんど何も描かれていないが、ここには表紙に必要な文字情報が入る(完成形のレイアウトが指定された版=下の絵=も比較のために紹介しておきます)。
 ちなみに「ペンタクル (pentacle)」とは、ある種の図形または物品の名称で、主として西洋魔術やタロット・カードなどで使われる。「ペンタクル」と呼ばれるものには例えば、古い魔術文献にみられる「護符」 の類。羊皮紙、金属、石などの上に「印章」(魔術的な図形)が描かれる。タロットでのペンタクル・カードには「金貨」「円盤」「薔薇十字」などが描かれ、金運を表すともいう。






(136)冬の鷹  1996年
 ※自著「切り絵工房 秋・冬を切る」(誠文堂新光社・刊)の表紙のために切り下ろした作品。吹雪もものともしない、精悍な鷹の表情が見事に描かれている。


(137)ニューヨークのデリカテッセン  1980年代後半
 ※一徹氏は、この絵のタイトルを「ニューヨークのデリカテッセン」としか記していない。しかし、絵を細かく観察すれば容易に分かるが、この連載の第87回目で紹介した「ハウストン通りのデリカテッセン」(1992~93年頃の作品=下の画像ご参照)と同じ店「KATZ’S」を描いたことは、ほぼ間違いない。ただし、制作時期は切り絵のタッチからして、「ハウストン…」よりは少し早い時期だと思われる。「ハウストン…」の絵はほぼ正方形だったが、この絵は横長。登場人物もかなり違う。一人ひとりの仕草や表情などを「人間観察」するだけでも面白い作品だと思う。




(138)東京ステーションホテル  1990年代後半
 ※プロデビュー前の1980年代、一徹氏はしばしば夜行バスで神戸から東京へ通った。そして、時には一泊することもあったが、その際には、時には東京駅ビル内にある、この東京ステーションホテルに泊まった。このホテルは作家・松本清張が、泊まった部屋の窓から眺めた東京駅構内の光景から、名作「点と線」の着想を得たことでも知られる。
 ただし、一徹氏がここを選んだ一番の理由は、ホテル内に「カメリア」というオーセンティック・バーがあり、そこにSさんというお気に入りのバーテンダーがいたことだったという。このホテルは先般東京駅ビルの大規模な改修に伴いその姿を大きく変え、「カメリア」の雰囲気も一新され、残念ながら昔の面影はなくなった。




(139)シカゴ・ギャング  2002年頃
 ※小説(またはエッセイ)の挿絵として制作(何の小説かは現時点では不明)。同時期に出した切り絵漫画集『The Cigar Story 葉巻をめぐる偉人伝』(城アラキ氏との共著)でも、「アル・カポネ」の章で、同じような雰囲気の切り絵を掲載している。作風も似ているので、おそらく同時期の作品だろう。



(140)小野寺マスター※  1980年代半ば  デッサン用鉛筆&ボールペン
 ※大阪ミナミの老舗Bar「Whiskey」と言えば、一徹氏がサラリーマン時代からお気に入りだった酒場の1軒。これは、そのBar Whiskeyの小野寺清二マスターの肖像(スケッチ)である。当初、正面から描こうとして途中でやめ、その上から、やや横向きの顔を描いている。
 一徹氏は30年以上の画業の中で、たびたびBar Whiskeyや小野寺マスターを切り絵にし、親交は終生続いた(ちなみに小野寺マスターは近年、すっかり白髪・短髪となり、ヒゲもないスタイルに変えられたので、この絵の面影はまったくない(笑))。



※絵の制作時期については正確に分からないものも多く、一部は「推定」であることをお含みおきください。

★過去の総集編ページをご覧になりたい方は、 こちらへ。

【Office Ittetsuからのお願い】成田一徹が残したバー以外のジャンルの切り絵について、近い将来「作品集」の刊行を計画しております。もしこの企画に乗ってくださる出版社がございましたら、arkwez@gmail.com までご連絡ください。


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kopn0822 @ 1929年当時のカポネの年収 (1929年当時) 1ドル=2.5円 10ドル=25円 10…
汪(ワン) @ Re:Bar UK写真日記(74)/3月16日(金)(03/16) お久しぶりです。 お身体は引き続き大切に…

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▼Bar UKでも愛用のBIRDYのグラスタオル。二度拭き不要でピカピカになる優れものです。値段は少々高めですが、値段に見合う価値有りです(Lサイズもありますが、ご家庭ではこのMサイズが使いやすいでしょう)。 ▼切り絵作家・成田一徹氏にとって「バー空間」と並び終生のテーマだったのは「故郷・神戸」。これはその集大成と言える本です(続編「新・神戸の残り香」もぜひ!)。
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