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August 17, 2005
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カテゴリ: 教授の読書日記
昨日外出した折、書店に寄って『ふたりの山小屋だより』(文春文庫)という本を買ってきました。詩人・画家の岸田衿子(えりこ)・女優の岸田今日子姉妹が、北軽井沢の別荘で過ごした若き日々のことなどを回想している本なんですが、昨日読み始めて、今日読み終わってしまった。なかなか面白かったですよ。そもそも私は岸田今日子のファンですし、彼女たちのお父さんは劇作家の岸田国士(くにお)氏。そういう才人一家の別荘ライフとなれば、ちょっと読んでみたくなるではないですか。しかも私は子供の頃よく軽井沢で遊んだので、そういう懐かしさもあります。

ちなみに私にこの本を薦めてくれたのは、タレントの小泉今日子です。なーんて言うとびっくりさせてしまいますが、彼女がどこかの新聞でこの本のことを「夏の読書に最適」であると薦めているのを、たまたま私が目に留めたというわけ。

読んでみて、まず面白かったのは「北軽井沢」の成り立ちですね。そもそもこのあたりが別荘地として開けてきたのは、野上豊一郎・野上弥生子夫妻に与るところが多かったのだそうです。法政大学の文学部長だった野上氏がこのあたりの土地持ちで、それで法制大学の先生方に呼びかけ、「大学の先生の薄給」(妙に納得・・)でも別荘が買えるよう、1坪1円、500坪単位で分譲した。それで、教授たちが次々とこの地に別荘を建てるようになり、それで「大学村」が出来上がったというわけなんですね。外国語の辞書を編纂する先生なんかも多かったので、「字引村」などと呼ばれたこともあったとか。

しかも、この村には「各自の生活を尊重して侵し合わない」「都市の奢侈や華美の風を持ち込まない」といった不文律があったというのだから、なかなか高尚です。で、始まりがそんなですから、野上夫妻や岸田国士一家の他にも、たとえば哲学者の谷川徹三氏(詩人の谷川俊太郎氏のお父さん)、ロシア文学の米川正夫氏、イギリス文学の吉田健一氏(お父さんは吉田茂(白足袋)首相)など、錚々たる人たちが別荘を持っていたんですね。それだけにこういった北軽組のところに遊びに来る連中というのがまたすごい!「鉢の木会」の面々(大岡昇平、中村光夫、福田恆存、神西清、三島由紀夫)はもとより、武満徹や大江健三郎なども来るし、また岸田今日子の方面からは文学座の小池朝雄、仲谷昇、北村和雄、山崎努といった連中が来る。こんな才能豊かな、しかも当時はまだ若い連中が、別荘地のもつリラックスした雰囲気の中で集うというのですから、これはさぞ面白かったことでしょう。

しかし、この本のいいところは、そういう錚々たる連中がどうしたとか、こうしたとか、そういうことが面白おかしく書かれているのではないことですね。そういうことは岸田姉妹にとっては単なる日常の一場面に過ぎない。ですから、ただそういう日常の一場面として、他の日常的なこと、たとえば「リスやムササビが遊びに来た」とか「近くの小川に熊の親子が出る」とか、「スケッチブックをもって写生に出かけた」とか、そんなことと同列のものとして書かれるわけ。だからいいんです。そういう書き方をされた方が、「いい時代をここで過ごされたんだなー」ということがしみじみ伝わって来ますからね。

それからお二人の書いたものを読むと、岸田国士という人がどんな人だったのか、なんとなく分かるような気がしてきます。どうやら岸田さんは、ここを単なる避暑地としてとらえていたのではなく、自給自足・晴耕雨読の生活を可能にする拠点として考えていたみたいなんですね。しかし、もちろんそんなことができるわけもないですから、自給自足も晴耕雨読もみんな中途半端に終わる。でもやっぱりそういう生活に憧れるところはあって、つい羊とか山羊とか飼って、羊毛でセーターが編めたとか、山羊の乳が搾れたとか、その程度のことで得意になってしまう。そういう、可愛らしいところが岸田国士にはあったらしいんです。写真を見ても、いかにも照れ屋な感じの岸田さんが、えらい劇作家としてではなく、二人の娘のいいお父さん、という感じで写っている。私は岸田国士の作品を読んだことはありませんが、こういう可愛い人だと知れば、その作品も読んでみたい気になってきます。

ま、そんな岸田さんご一家の別荘にまつわる楽しい話を、そこで善き少女時代を過ごされた岸田衿子・今日子姉妹の筆で読めるのだから、なかなか贅沢な本です。まあ、個人的な好みも含めて言わせていただきますと、特に私が感銘を受けるのは、この本の中で岸田今日子さんが筆を執っているパートですね。その筆致は淡々としているようで、どこかユーモラスだったり、しみじみとさせるところがあったり。また意外な発想に驚かされることもあったりします。彼女は女優としてのみならず、文筆家としても一流ですな。

ということで、昨日から今日にかけて、東京のうだる暑さの中、空想の中だけでも優雅な北軽井沢ライフを楽しませていただきました。この本、「教授のおすすめ!」です。


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ふたりの山小屋だより
ふたりの山小屋だより





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Last updated  August 17, 2005 06:50:36 PM
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野上弥生子氏のこと  
AZURE0702  さん
以前わたしが住んでいたところは、野上家の東京の邸宅にわりに近いところでした。野上弥生子氏の日記には、軽井沢の別荘に行く時の事が書かれているのですが、いつも死装束を用意して行ったそうです。この話に「居住まい」ということを私はおそわりました。きょうは、そんなことを思い出しました。 (August 17, 2005 10:47:16 PM)

別荘族。  
紅ずきん  さん
実家と軽井沢はわりと近かったせいか、小さい頃に連れて来てもらったようですが(写真は残っている)まったく記憶にありません(×ロ×;)
数年前、ひょんなことからにわか別荘族体験をしたことがあります。
そこのお宅も確かご主人が大学教授でした。

岸田今日子さんと言えばムーミン(!)ですが、彼女の文章が面白いとは。
今度読んでみようと思います。

(August 19, 2005 09:37:46 AM)

死装束ですか・・・  
釈迦楽  さん
AZURE0702さん
うーん、そこまでの覚悟をして日々を過ごすなんて、一種のサムライですなぁ。軟派な私は、別荘にはテレビを持ち込まない、くらいの理想しかないですが・・・。 (August 20, 2005 05:33:04 PM)

偽別荘族  
釈迦楽  さん
紅ずきんさん
実は私も子供の頃、知人の別荘を使わせてもらって軽井沢別荘ライフを楽しんでいたのでした。
で、その頃、例の有名なテニスコートの脇にくずれかけた民家があり、不動産屋に700万で買わない? と持ちかけられたことがある。バブルが始まる10年前のことです。保守的な我が家は速攻で首を横に振りましたが、どうやら首を振る方向を間違えたようです。 (August 20, 2005 05:36:54 PM)

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釈迦楽@ Re[3]:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 丘の子さんへ  ああ、やっぱり。同世代…
丘の子@ Re[2]:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 釈迦楽さんへ そのはしくれです。きれいな…
釈迦楽@ Re[1]:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 丘の子さんへ  その見栄を張るところが…
丘の子@ Re:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 知らなくても、わからなくても、無理して…
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