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February 11, 2025
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カテゴリ: 教授の読書日記
常盤新平さんの短篇連作『たまかな暮し』を読了しましたので、心覚えをつけておきましょう。これ、単行本としては2012年、すなわち常盤さんが亡くなる前年に白水社から出ている(白水社って、日本人作家による小説を本にすることもあるんだ・・・)んですけど、もとは『四季の味』という雑誌に、1997年から2003年まで連載していたもの。

 そう、『四季の味』という調理雑誌に連載されていた、というのが、この小説のポイントよ。つまり、ある意味、料理ありき、という。

 『孤独のグルメ』って、井之頭五郎さんが偶然見つけた店にふらっと入って、そこの料理を食べる、というところがメインであって、五郎さんが「腹が減った」と呟く前までのちょっとしたドラマというのは、いわば付け足しみたいなものでしょ。それと同じで、この連作短篇も、主人公の出版社勤務の青年・悠三、その恋人(後に妻)のやよい(小料理屋の娘)、そして悠三の父で翻訳家の啓吾が、物語中、何らかのモノをおいしそうに食べる。それがメインで、彼らがモノを食べるまでに費やされる三人の日常というのは、いわば付け足しなんですな。

 で、思うんだけど、これは作者の常盤さんとしては都合がいいわけ。というのは、彼は実際の日常の中でやたらに外食する人で、しかも店の好みが激しい。逆に言うと、好きな店には徹底的に入れ込むタイプ。そういう好きな店の好きな料理というのが沢山あるので、それを一つずつ描いて行けば、このくらいの連作ならすぐにできちゃうと。

 プラス、常盤さんは池波正太郎の大ファン。ご存じのように池波さんは食通で、彼の時代劇の中にも料理の話がやたらに出てくる。だから、常盤さんとしては、大好きな池波小説の料理登場パターンをうまく真似して、現代小説に取り入れたいというのがあったのではないかと。そうなればあとは常盤さんの小宇宙、つまり、出版社勤務、離婚した老翻訳家、小料理屋の娘との付き合いという、いつもながらの勝手知ったる常盤ワールドを展開するだけ。

 で、これもいつもながらのことだけど、常盤さんの小説にはエピソードはあるけれど、ストーリーはない。だから、離婚した翻訳家の啓吾は、老年を嘆きつつ淡々と日々を過ごすだけだし、給料の少ない出版社勤務の青年・悠三は、万年安月給に耐えるばかりで将来的ヴィジョンがなく、唯一、やよいと結婚した、というのがストーリーとは言えるものの、それ以外、何の進展もない。そしてやよいはそんな父・息子に何の不満もなく、可愛い嫁として仕えているだけと。

 で、その進展のない、普通の人の普通の日常を、「たまかな暮し」と言うわけ。「たまか」なんて言葉、聞いたことがないけど、「つつましい」という意味なんだって。だから、啓吾も、悠三も、「このたまかな暮しがいつまでも続けばいいな」と思っている。

 まあ、そんな感じっすよ。

 だけど、いつもながら、すべての登場人物には造形モデルがいるし、とりわけ主人公は常盤さん本人。だから65歳の啓吾はまだいいとして、二十代の青年たる悠三まで常盤さんがモデルだから、やたらに年寄りじみているわけ。だって、二十代の青年にして、携帯は使わない、パソコンは仕事以外では使わない、きわめつけとして愛読書が歳時記で、気に入った俳句に出会うとすぐにノートに書き写すというのですからね。どういう青年よ。それに、悠三の妻やよいは、年がら年中、沖縄の紅型の着物を着ているけど、いくら小料理屋の娘とはいえ、外出時にも着物を着る若い女性なんて、空想上(妄想上?)の生き物みたいなもんじゃないの?



 反映といえば、登場人物のネーミングもそう。常盤さんは、当時大活躍中の評論家・坪内祐三さんと親しかったけれど、主人公の青年が「悠三」、その悠三の妻やよいの旧姓が「坪内」だからね・・・。

 まあ、そんな感じっすよ。

 ただ、一ヵ所だけ意外だったのは、この連作短篇の中で一つだけ、妙な工夫がしてあること。「春の夜風」という短篇の中で、啓吾が店で食事をしていると、そこへいきなり本作の「作者」が登場する。で、作者と登場人物が会話をするというシュールなシーンが展開するわけ。で、啓吾はその作者に向かって、「どうもこの小説は話が綺麗ごと過ぎますね」などと注文を出したりするの。まあ、『孤独のグルメ』でも原作者の久住さんが登場するシーンがあったりしますが、常盤さんの小説としては虚を突かれる場面ではありましたね。常盤さん、一世一代の工夫のつもりだったんじゃないの?

 ということで、この短篇連作は、邪魔なうるさ型の奥さんがどこかに消えて、自分の息子の嫁に沖縄の紅型着物を着るべっぴんで小柄で胸の小さい、そしてよく気の付くやさしい女が来たらいいなと思っている還暦過ぎのおっさんの妄想がたっぷりつまったものだったのでした。そういうのがお好きな方は、ご自由にどうぞ!


これこれ!
 ↓

【中古】たまかな暮し /白水社/常盤新平(単行本)





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Last updated  February 11, 2025 01:19:37 PM
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釈迦楽@ Re[3]:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 丘の子さんへ  ああ、やっぱり。同世代…
丘の子@ Re[2]:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 釈迦楽さんへ そのはしくれです。きれいな…
釈迦楽@ Re[1]:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 丘の子さんへ  その見栄を張るところが…
丘の子@ Re:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 知らなくても、わからなくても、無理して…
釈迦楽 @ Re[1]:京都を満喫! でも京都は終わっていた・・・(09/07) ゆりんいたりあさんへ  え、白内障手術…

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