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2010年の南アフリカワールドカップに続き(タンポポさんのブログも参考に)、2014年はブラジルが決定!アフリカの次は南アメリカの順番、これがFIFAの決まりがあって、希望を出した国はブラジルだけだったのもある。本当はこないだ初めて女性大統領を選んだ、アルゼンチンと一緒に開催されたらまだいいと思ったのに、アルゼンチンは希望を出さなかった。でもまあ、これも両国が仲良く一緒にこんな大きいイベントのために手をつないでできるとことの不安もあるけどさ~とにかく、今度の2014年のワールドカップ、ブラジル人としてうれしいか悲しいか、気持ちがとっても複雑。。。旦那の一言のコメント:「ドロボたちがとってもうれしいでしょう!」確かに、これがとっても大きな問題。政府がどう治安をコントロールできるか。でも一番の問題は単純なインフラじゃないかな?現在の大統領、Lulaはこの開催についてとっても応援しているが、実際は次の大統領の課題だからちょっと無責任な態度。更に、開催が決められた時、大統領のコメント:「隣のアルゼンチンに自慢できるイベントになる!」このようにライバル意識を強めているが、問題はそれじゃないよって言って上げたい。。。昨日行われた発表式の時になぜかRomarioの姿が。しかも、Lula大統領とDungaと一緒にステージに立って???どういうこと?
2007.10.31
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9月の話だけど、今まで忘られないある絵の展示会のこと。バンコクの図書館、Neilson Hays Libraryのギャラリーで展示されていた絵がとっても感動的で、家に帰ったらもっとartistのこと(名はAnastasiya Rubanova)や彼女が使う技術(和紙のような紙の上のグラッフィク)のことを知りたくてすぐネットで調べた。情報があまりなくて、ロシア人だて分かったぐらい。早速そのギャラリーの責任者に連絡と取ってみて、アーチストの旦那さんの携帯番号を教えてくれた。でもそのアーチストは次の日にロシアに帰る予定なので連絡取りたいならすぐ電話したらいいと。。。でもそう言われたら、なんだか電話するのをちょっと遠慮して、結局しなかった。彼女の作品、本当に深い印象が残された。私は絵を観るのが好きでよく街のギャラリーを見学している。しかし、このRubanovaの絵のようなgraphicは初めて。近くで観たら、一つ一つの細かい線が見えて、とっても難しそうな技術だと思う。一つの絵を完成させるためにすごい時間がかかると思うし、なによりもpatience「隠忍」が必要じゃないかしら。感動したのはある特別の絵ではなく、その技術事態のこと。その細かさ、きれいさ。。。この写真で観られないのは残念。一つ一つの線をゆっくりと描いていく姿、私もこのペースで息をしている感じで、絵の前に立って鑑賞していたら自然に私が落ち着いた気持ちになり、まさに瞑想に入った。こんな気持ちにさせられた絵は今までない。絵や写真を観て感動したことは昔にある。ベトナム戦争の時にアメリカ軍が使った化学兵器のagent orangeの被害者たちの写真、Roberto Capaの写真、イタリアのおのおの有名な画家の作品の前でも息と待ったこともある。それぞれ違う意味で印象が強かったが、今回の展示会では心ではなく、魂が裸になった(って言われてもどう説明すればいいか分からない・・・)。そう、言葉でその気持ちを簡単に伝えられないんだよね。ちなみに、このartistは同時に他にbatikの展示もしていて、それもまた素敵な色ぐわいやパターンで優しさ、心の豊かさがあふれていた。裸の体の上にその batikだけを巻いていてもいいぐらい。batikは売りに出されていなくて、ただ展示されていたみたい、残念。絵はもうほとんど完売で、残されていたのは5cmぐらいの小さな作品だけだった。私が最も気に入った、とんぼの絵は20,000-25,000B$で売られていた。もし売られていなかったら今家に飾ってあったかも知れない
2007.10.30
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23日はチュラロンコーン大王(ラーマ5世)が崩御(1910年)された休日の前の夜、子供たちはいつもの様に夕ご飯を食た後に遊んでいた。仲良く遊ぶ時もあるけど、その間に何回か喧嘩もする。特に昼寝しないUFOはその時間帯ちょっと不機嫌で、「ダメ!」と言われるとさらにやりたがることが多い。弟に嫌がらせをして泣かせるし、怒られたUFOも泣いて、二人で同時に号泣き!私か旦那、もう泣き声を聞いているだけで我慢できなくなるとどっちかを連れ出して違うことをさせるのが普通。ごれが1時間にでも何回か繰り返すことも少なくはない。その日、私がBEAを抱っこしそのままお風呂に連れて行こうとしたらUFOが後ろを付いて来た。私のズボンのウエイストを両手でつかんで膝の裏から私の体に上って来るやっぱり猿年の子だ前身に12KgのBEAを抱っこし、後ろに13KgのUFOがぶら下がっていたら頼れなくてバランスを崩した私、後ろに倒れるところだった。運がよく、私たちのすぐ後ろに壁があって、そこに全身を支え掛かってUFOがつぶされなくて済んだ。は~本当にもう少しで大きな事故になっていたかも知れない!しかし、その時から私の腰がおかしくて、次の日の朝に起きたらぎっくり腰が判明。折角の休日なのに、どこへも行けなくなった。代わりにみんなでバンコク市内にあるChinatown(ヤオワラット)へ。そこに前回(Songkran水祭りで階段を滑って、腰をぶつかった時)にお世話になった鍼灸の先生のクリニックがある。針の治療 にて休日なので人が少なく、あまり待たされなくてすぐ治療してくれた。前回の様に、針が刺される瞬間は場所によってとっても痛い!痛々しい顔をしながら8カ所ぐらい刺されたのか?体を1時間動かせないから血の循環がよくなくて手がしびれることが多い私、前回は手が紫色になってとっても痛かった。今回はそれを思い出して反対側の手(針刺されていない)で治療を受けている側の手や足を軽く撫でるように気をつけた(軽い刺激でも血の流れがちょっとよくなる) 。倒れる女性他の患者さんたちは年寄りが多くて、みんな痛みに慣れているか、針を刺されているのになにも感じていないみたい。私のように痛々しくしている患者はほとんど見かけない。今回、後から入って来た患者さん(年齢も私とあまり変わらない)は私の隣に座って、針を刺され始めたら悲鳴も出した。でもお話が好きでずっとお話しながら手をぶらぶら動かしていたので先生に注意された。だってそんな激しく動かしたら針がパッチっと割れる場合があるのでとっても危険。もちろん、その人は初めての治療だった。結局その女性、10分も針を針されていないのに急に先生を呼び出して、目が見えなくなったと、あわてて言う。先生はすぐに針を外し、彼女の鼻にアルコールをまいた布を与え、横のベッドで寝かせた。このように、めまいをする患者は時々現れると、先生が話していた。でもこのことを見るのは初めてだった私はちょっと驚いた。責任を感じたUFO?先生は中国人でタイは長いからタイ語は話せる(発音はちょっと違うけど)。でも私の日常的なタイ語では不安で旦那が通訳のため治療室に一緒に入って来た(UFOを抱っこして)。治療室の風景を初めて見るUFO、他の感謝さん(既に針を刺されている)一人一人の顔を見ながらきょろきょろする。先生が私に針を刺していること、旦那の説明を聞きながらじっと監視していた。「痛い~痛い!」と顔で示している私の姿を観たらなんだか自分の乱暴でmommyがこんなことにんなっていることを感じたらしく、小さい声で私に「Mommy, DES-CUL-PA!」、ポル後でちゃんと言う!痛みで目が赤かった私、今度は息子の言葉で実際の涙が・・・「もうママにあんな乱暴なことしないでね!分かったね」って、旦那が彼の耳に話していたんじゃないかな?患者2治療してもらったら足が重く感じていたことがなくなって、痛みも無くなっていたけど今度は背中の方がおかしくなっていた。確かに、腰の痛みがまだあるので腰を庇うために体がまた変な姿勢になっているからだ(結局治療してもらっても家に帰れば子供たちをたまに抱っこしたり、まだBEAのおっぱいも上げている、無理はしている)。二日後にまた針の治療へ。今度はもう旦那の通訳もいらないので一人で。先生を待っている間、私の横に置いてあったゴミ箱をちらっと除いたら、そこに先生が患者さんたちの針を外す時に使うコットンの丸い頭がどんどん捨てられて溜まっていた。普通は白いままなのに、その中の1個の色が違う。。。ちょっと黒い色の血だった(もう時間経っていたので赤より黒くなっていた)!へっ?まさか、違う患者さんが出血ちょっとびびりながら、今度は緊張しながらの治療だった。効果は?怪我してからもう1週間近く、2回治療を受けに行った。下半身と上半身の痛みが治療のおかげですぐ消えたけど中心のところ、腰の痛みがまだ続く・・・確かに少しは楽になって、母乳も抱っこも痛くない。だけどちょっとした動きで気になる痛みがまだ残っている。前回も3回目の治療で完全に治ったので今回も3回受けなきゃいけないかな。日々のことから 本当は痛みがまだ残っている場合、無理を全くしない方がいいだろうが、子供が泣いたりるすると抱っこせざるを得ない。でも母乳は、今回も思ったけどもうそろそろ閉めにした方がいんじゃないかな?これから年末にかけて旦那に協力をしてもらおう後はやっぱり、運動だ~日常から気をつけて腰の筋肉を鍛えていたら事故が少ないだろう。これから子供たちが、特に男の子だから、大きくなるに連れて、こう言った激しい動きが増えて来ると思う。ママも体力付けしなきゃいもう頼られなくなっちゃう~
2007.10.28
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インドネシア料理で有名なテンペ(日本の固い納豆のような物)、納豆苦手な私はもちろんインドネシアで全く食べれなかった。実は今日(20日)で終わるタイの「キンジェー」祭りの中でもこのテンペが食べられる。偶々行ったスーパーでテンペの試食があって、おなか好いていたBEAは文句言わずに食べてくれた。更にもっと食べると言う。。。2回もお変わりしたのでさすが、買わないと行けないと思って、棚から2個を買って来た。テンペを試食と同じ、細長く切ってフライパンで揚げるだけで、とっても簡単。切っている時、テンペの臭いがちょっと気になったけど揚げればなんともなかった。味付けに抹茶塩や正油、マヨネーズなどをかけて食べる方がおいしい。子供たちに小さい時から納豆を食べさせたかったけど親(私も旦那も)は食べれないのにどう子供たちに食べさせられると、問題があったので諦めていた。たまに納豆食べられる友人にうちの子たちに食べさせてもらったことある。二人とも嫌な感じなく、親よりは食べれそな雰囲気だった。しかし、残念ながら私は子供のために、いくら栄養があると言われても納豆を買う気が無く、このテンペなら本来の納豆の臭い、食感、見た目も違うのでこれならいけそう
2007.10.19
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一昨日、友達に誘われ、陶器屋さんに行って来た。やっぱりブラジル人も陶器好きで、お店やっているのはタイ人と結婚しているブラジル人の女性で、BKK在住ブラジル人の6人と行って来た。みんなが買うのはこんな大きい飾り物で、リービングや玄関の傘立て、上にマーブルやガラス版をかけてテーブルにするなど、アイデアが色々あって聞いているだけで楽しかった。値段は色々あったけど、私が見に付いたものは3000バーツもしなかった!しかし、うちは小さい子供がいるからこんな買い物できないわ~とっても残念だった!友達たちが買われたものはみんな素敵で、いつか私も買って家に置きたいなって、遠い遠い夢をまだ見るしかない。 どうせ、子供たちがそこに自転車や三輪車で打ち込んで来るでしょうし、気がついらら中にミニカーがあったりするんだよね¤¤¤私ともうー人の友達(同じく3歳の子供持ち)はこんな小さいもの(植木鉢)しか買えなかった。。。430バーツ更に、旦那にもっとおいしいご飯を食べてもらうためにこれも: 1個160バーツちなみに、ブラジル人の友達はその大きい陶器を(みなさん一人2−3本も買ったのよ!)いずれブラジルや引っ越し先の国に持って帰ると言っている!私はChiang MaiやKhon Kaenに引っ越しすると思うだけでこんなのは持って行けないと思うのに・・・※そのお店はRam Indraの方にあるのでBKK市内からちょっと離れている。でも陶器好きな人には見に行く価値はあると思う。
2007.10.18
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完全にオムツを外し、トイレ行きが楽しくなったUFOは弟に大きな刺激を与えている。オムツ外されたのも逆に弟の存在に影響されたのもあると思う。私がトイレに付いて行こうとしたら断られるけどBEAをよく誘って行くので、それは自分が自慢したいからだ。「ほら、BEAも来い!僕ウンチするからね!ちょっと待って!」「ばー!」(しばらく二人でこうやって遊ぶ) 「チッコ、チッコ!」「う~Θ !」「ほら、大きいのが出て来た!」BEAは興味深くお兄ちゃんを付いて行くので私が知らんうちにお兄ちゃんに訓練されているのかも。 BEAは今月で2歳になるけどもしかして卒乳よりトイレの方が先にできるのかも知れない。
2007.10.17
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9日にUFOが丸3歳3ヶ月になり、オムツに完全に”さようなら”できた!ほぼ同時に昼間も夜もオムツ取れ、思ったより苦労しなかった。課題はまだ残っていて、それは立ってチッコすることがしたがらないこと。パパと一緒にトイレに行かせても同じ。確かに大人のトイレで子供がパパと一緒に並べて立ってできるわけない。高さの問題で、男性が立ってできるが子供の頭の高さになる。UFOはよくそこに顔を突っ込んじゃうからすぐ「汚い!」と、私が怒ってしまうんだよね。あっ?そうそう、人があまり出入りしないトイレだと私が一緒に男性トイレに連れて行くこともあるのよ~(と言うか、本人がたまに走って急に男性トイレに入ってしまうのでパパがいない時は私が迎えに行くしかない-ω-)ちょっと前からたまに自分で普通のトイレの座席の上に立ってできるようになった。本人は遊んでいるつもりでやっているようで、家のトイレでもやっている。困ったもんだ~トイレ・トレの流れ2歳6ヶ月。お風呂に入る前に 裸にさせ、風呂場に連れて行くついでにトイレに座らせる練習から始めた。もちろんなにもしないけど座らせるだけで、2秒ももたないで立ってしまうことがほとんどだった。1ヶ月後に偶然にチッコが出た時にシールを与えて、自分で壁に付け、それからチッコするより、トイレで座るだけでシールもらえると勘違いされたよう。こんな調子でチッコが成功することは本当に偶然の偶然で、10回ほどに1回ぐらいだったかな?旅行行ったり、風邪を引いたりすると1ヶ月ほど練習を中断されること度々あった。 いいえ、折角2歳6ヶ月で訓練させ始めたのに、たった1ヶ月で完璧に中断させ、3ヶ月間もお休み状態だった。2歳8ヶ月で保育園を通い始め、学校でトイレの練習をやってくれることを期待する親。。。でも実際に学校を通い始めるだけで子供に大きなストレス。トイレの練習させたら余計な不安を与えてしまうばかり。今訓練を休んだ方がいいと大人が判断。学校を通い始めて1ヶ月後、やっと泣かずに学校へ行ってくれるようになった。訓練を少しずつ開始する。トイレに座らせ、偶然にチッコがでたらシールを張ってもらう。でもこの頃からトイレに入ると一人にしてくれって叫び、仕方なく一人にさせてあげていた。チッコが偶然出てくる回数が多くなってきた様子で順調。それでも7回に1回ぐらいの確率で成功するからまだまだ。。。一方、学校へ通い始めると風邪をもらってくることが多く、折角始めた訓練を中断ばっかり。結局三日も続けてすることがない。周りを見ながらなにか遊べるものを探している様子。今回もなにも出ないまま立ってしまい、終わり。ちなみに、なぜ風邪だけで訓練が進めないのか?ただ子供の機嫌がよくなくて、お風呂に泣かずに入ってもらうだけで精一杯だし、その上、薬を飲んでもらわなくちゃいけない。トイレ行かせて不機嫌にさせたら余計なことだし本人に精神的によくない。トイレの訓練のアドバイスを色々読んでいたら本人が嫌だったら別に無理させない方がいいときいていた。本人が喜んで行ってくれるのがポイントだそう。2歳10ヶ月のある日、UFO が一人でトイレに座らせていた時、様子を除きに行ったらなんと、壁がシールだらけ!チッコしてもしなくても、自分でシールをぱちぱち張っていた!これでシール効果無だ~2歳11ヶ月。やばい、もうそろそろ3歳なのに、クラスの子たちはオムツを外している子が多く、外していないのは彼よりうんと下の子たちだけみたい。これまで家にいる時は「オムツを外しましょうね」って声をかけても全く拒否されていたのであまりプレッシャーできなかった。焦らずに、ゆっくりでもいいから本人が協力するまでじゃないといけないからね。3歳になってもオムツ外す様子が全くなかった。先生も学校で協力してくれていたそうだけど彼はいつも怒っていたそうだ。学校から帰ってきたらいつも弟と楽しく遊んだり、プールに入ったりしていたのでその時間にちょっとずつパンツを履かせ始めた(ポイントは彼に相談せず、遊び夢中の彼に気ずかれないように素早くパンツを履かせると成功!)。チッコ漏れの失敗はあったけど機嫌いいときにトイレに誘ったらチッコが出る回数がほぼ90%に近い。しかし、すぐ遊びに戻りたい時は2秒も座ってくれない時がぼちぼちあった。7月中は2週間ほどの学校の休みがあって、家にいる時間が長くなったのでついでにパンツで過ごす時間が長く。訓練が少しずつ進歩し、失敗は1日に1回あるかないかぐらいだったので夕方までオムツしなくなった(夕ご飯を食べる後はよくウンチの時間なのでそれの前にオムツさせていた)。。。ウンチはやっぱりまだトイレでは無理みたいで、自分がウンチしそうって分かったらすぐオムツ欲しいと声かけられる。トイレでウンチしてもいいよって説得しようとしても絶対駄目だった。でもチッコは私が定期的に彼をトイレに誘うように気をつけていたら失敗しなくなった。しかし、自分からトイレに行くことはまだなかった。学校が再開しても行きの車の時にオムツをしていたが、学校ではパンツに着替えさせてもらい、学校でも訓練を少しずつし始めた。しかし、彼はまだ不安だったみたい。学校ではそのごろ、風邪が流行、彼はよく風邪を引き始めたのでまたもやオムツさせないと不機嫌。しかも、彼が熱っぽい日に学校でオムツをしていなかった日になんと、ウンチを漏らしてしまった!その日に迎えに行ったら風邪がよっぽど酷いから病院にそのまま連れて行こうと思って先生に相談したらウンチ事件を知らせた。やっぱり落ち込んでいるのは風邪よりウンチのことでしょう。ちょっと無理させちゃったみたい。3歳1ヶ月。3歳になってから訓練が少しでも進歩したと思ったら、たった1ヶ月後にまたオムツ100%の時間に戻った状態になってしまった。学校でウンチを漏らした事件は彼に大きな傷が残されたと思う。あれだけ落ち込んでいるUFOは見たこと無かった。しばらく風邪が治らなくて、ちょっと治ったと思ったらまた風邪引いて、結局1ヶ月過ぎてしまった。8月末、今度は学校で『手口足病』が流行、1週間閉鎖される。またもや、風邪でずっと体調が弱かったUFOはやっぱりこれももらってくる。口の中に赤いブツができ、食欲あってもなに食べても口に染みるので機嫌がますます悪い。もちろん、パンツ履かせようとしたらすごく怒られる。8月はオムツで過ごし、残りのオムツを使い切ってしまったので小さい一パックを買い直しし、それが切れてから今度は弟のオムツも使い込んでしまう。3歳2ヶ月。体調がよくなり、学校も再開。1週目はまだ少し様子を見るつもりでいた。しかし、いきなり本人からオムツいらないと、初めて言われた!早速パンツにさせたらその日から自分でトイレへ行くようになった。「付いて来るな!」と言われるけど自分でパンツを脱ぎ、自分でトイレに座ってちゃんとチッコもする。ちり紙は届かないところにあるのでチッコの音が聞こえなくなったら入れてもらえる。一緒に手を洗ったらまたそのまま(裸で)遊びに走って戻る。は~パンツ+ズボンはトイレのドアの前におっきぱなし。。。でももっとびっくりなのは、ウンチもほぼ同時にトイレでできるようになったこと。チッコと一緒に出るようになって、チッコする度にウンチもする回数が1日に3回ほど!3歳2ヶ月2日。学校の帰りの車の中でまたびっくりさせることがある。UFOが急にトイレに行きたいと言い始め、まだ学校を出たばっかりなので仕方なく我慢してもらうしかない。車の中で何回か「まだ大丈夫ね、もうちょっとね」 と確認しながらやっとコンドーに着いた。車から降りてダッシュでロビーのトイレへ。ちょっと遅れてトイレに行ったらUFOはもうちゃんと服を脱いで、トイレに座ってチッコをしていた。長ーくゆっくりと出たので沢山溜まっていたようで、よく我慢できたと思った。3歳2ヶ月1週間。家、学校、旦那のオフィスにいる時のオムツ外しは完全にできて、今度は他の外出の時に挑戦。週末を迎えるのでちょうどいい機会だと思い、最初はいつも遊びに行っているISETANデパートでパンツデビュー。遊びに夢中になる前にトイレに連れて行って、きれいなトイレで座ってできたのでよかった。そうだ、まだ立ってしたがらないんだよね。旦那のオフィスでは植木鉢の中でやっていたけどな~こうやって、初めて外出も含めて夜以外でのオムツ無しの生活が二日間続いた。3歳2ヶ月3週間。これまでパンツに少しチッコ漏れても自分で急いでトイレに行くことがあるが、それはだいたい遊びに夢中や怒られて号泣きする時、弟と喧嘩中で粘っている時、テレビに夢中の時などの時。それ以外はいつも自分からトイレに行くし、自分で服を脱いだり、トイレの電気を付けたりもする。機嫌がよっぽどいい時や余裕がある時は自分で流して手も自分で洗ったりする。珍しく、脱いだ服を自分でまた着ることもある。このごろはオムツを履いている方が違和感があるらしく、こないだの結婚しに出かけた時に念のためオムツを履かせたのに、わざわざトイレに行きたいと言うぐらいになった。私がもし一緒にトイレまで行こうとしたらわざともう行きたくないと言われる。一緒に遊んでいる時に彼が急に立ってトイレに向かって歩き始める時に「わ、トイレに行くのね」とか、声をかけたら嫌がられ、もう行かなくなる。これって、やっぱり親と独立していること、自分はもう一人前だと表しているようで、なるべく邪魔しないように。ようし、そんな自信あるんだったら今度は夜にも自信あることを見せてくれ!っと思って、今度は寝る前にオムツをさせなくなった。親がドキドキ、、、本人は知らん顔、、、普通に受けいられ文句も言わずに寝てくれた。3歳3ヶ月。 夜中のオムツを外してからもう1週間で失敗は一度も無かった。ミルクを飲んだら歯磨きしてチッコもしてベッドに入る、この順番に慣れてくれたみたい。朝起きたらミルクを飲んで、またちょっとベッドの上で寝転んでから完全に起きて、朝ご飯を軽く食べ始めたら自分でトイレへ。これがもう習慣になってきたので大きく、☆★オムツから卒業しました!☆★そんな、1ヶ月もずっとオムツさせないと嫌がっていたのに、ある日オムツしなくなっただけで急にトイレでできることって、あるのね。でも色々読んでいたらこれが普通らしい。やっぱりオムツ外しは急にできる物だってよく分かった。必死に訓練させるものではなく、子供の成長の一つだからその順番を待てればいいみたい。 ポイントは: プレッシャを与えないこと、恐怖感より楽しさの気持ちを与える トイレに行きたいことを自分から言い出せる 膀胱のコントロールができること 自分で服を脱ぐことができるこんなもんだろうね。
2007.10.17
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3歳2ヶ月になったUFO、急に自分からトイレへ行き始めた。それに、一緒について行こうとしたら断られる。電気をつけるのも自分で(便座のふたの上に上って届ける)、ズボンを下ろすのも、全部自分で。隣で立って待っていてら、「mommy, vai!」(ポル後で”あっち行け!”)と怒られ、外で待つことになる。用事が終わったら大きい声で知らせてくれる:「A-CA-BOU!」(ポル後で”終わった”)。興味ない人はここからスルーしてください でもその頃はウンチはまだ駄目で、その時だけオムツが欲しいと、声をかけられる。いくらトイレにしてもらうように説得しようと思っても駄目。無理させたら、災厄にウンチさえ出なくなる可能性があるから、結局オムツをはかせていた。その状態が1−2週間ぐらい続いた。そのうち、チッコと一緒にウンチも出たことが2回ほどあった。つい気がついら、最近はウンチもちゃんとトイレでしている。 家のトイレじゃないと拒否していた時もあったのでオムツで出かけていた。でもこれもだんだん他所のトイレも大丈夫になって来て楽になったが、今度は別の問題。公衆トイレだとなるべく立たせてやってもらいんだけど便座があったら家みたいに座ってやりたがる。紙を広げて座らしたら、紙いらないと言って自分で取ってしまう!まあ、今まで汚れの酷いトイレには連れて行ったことないからいいけど。。。やっぱり、その時はトイレじゃなくて立ってやってもらいたい時はどっかの庭を探さなきゃいけないかな?ちなみに、出かけている時は一応トイレに行きたい場合は声をかけられる。トイレまでは一緒について行っても家みたいに一緒に入らせないでドアの外で待たされる。他所のトイレに慣れてもらうためにまず、行き慣れている場所に行く時はオムツを外して出かけていた。最初はもちろん、時々ズボンがちょっと染みたりしていたこともあった。面白いのが、漏らしている最中、彼の顔が真っ青になるから分かりやすい。その合図分かれば急いでトイレに連れて行ったらちゃんと続けてしてくれる(男の子は途中でチッコを止められるんだよね、知らなかった)。最近は失敗がほとんど見られなくなって、車の中などではちゃんと我慢もしている。夜中もオムツ無しで寝かせているけど、失敗はまだ無いが、いつかあったらどうしよう???こっちがまだ安心できないね。来週丸3歳3ヶ月になるのでこの1週間に夜中も失敗しなければ3歳2ヶ月の間に(遅いって!?)完璧にオムツ卒業になるのかな?ちなみに、一昨日のPlaaさんの結婚式にはやっぱりオムツをさせた。大勢の中で、もしトイレへ行きたいと声をかけられても気がつかなかったらと思って、オムツをさせてしまった。帰りの車に乗ってからトイレへ行きたいと言い始め、それまで一度もチッコしていなかったみたい。遊びに夢中でずっと我慢していたんじゃないかな?もう車を止められない状態だったので家に帰るまで我慢してもらうのも可哀想だからオムツにしてもいいと言っているのに。。。泣きべそで、「オムツ嫌!チッコ!」。暴れていたらその後、我慢の限界が来てチッコがじわじわ~とオムツの中に・・・その瞬間、UFOが一瞬固まった。オムツの中にチッコは久しぶりで気持ち悪かったのかな?
2007.10.02
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