2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全7件 (7件中 1-7件目)
1
12月に入ってからいつもの正月のようにばたばたで、最後に出したクリスマスカードはクリスマスの3日前だった。もちろん、いくら早いと言われている日本の郵便局でも27日に友達の所に届いてくれたらしい。年末に続いた旦那の海外出張中、子供たちの食事を別として、私の食事が規則正しくなかったせいかで、たった一ヶ月で私の体重が1Kg増えてしまった!やっぱりお昼抜きとか夕ご飯抜きはよくないよね。年明けから3食正しく取る様に頑張らなきゃ、、、それに、子供たちの食事の残り物を片付けることもよくないこと、よく分かった。更に、旦那のお母さんに続いて、私の両親もブラジルから来タイしていたので忙しい一日が続いた。もちろん、外食が連発し、特に旦那の親と付き合うと美味しいけど健康に優しくない中華料理が多い。は~お姑さんのせいにしたい訳じゃないけどさ~21日旦那の会社のクリスマスパーティ。あるホテルのレストランで行い、バフェー式だったので子供たちは結局食べ物より甘いものを食べ放題にしていた。スタッフたちが子供たちの面倒を見てくれたので私はバフェで満足以上にお腹を一杯にしてしまった。。。22日UFOの幼稚園での”Family Day"イベントがあった。日本の”運動会”に相当するものかと思っていたら、ただの”家族と遊ぶ日”みたいなものだった。だって、ゲームがあってもそのクラスの子供たち全員並んでするものではなく、そのクラスの子たちで好きな人だけ参加すればいい。他の子たちは遊び場で自由に遊んだり、ペイントや工作ができるコーナーで遊んだりしていたので日本の運動会と全くイメージが違っていた。飲み物やアイスクリーム、タイ料理のいくつかのものが用意されていたり、サンドイッチもあったり、ただのパーティみたいな感じだった。子供や家族たちの参加も強制的なものじゃなくて、割と気楽に行けたことがよかったけど。うちは家族4人に加えて、UFOのおじいちゃん&おばあちゃん達4人もいたので合計8人で参加して、最も多かった家族だったみたい。でもおじいちゃん&おばあちゃん達、遠い国々からちょうど来ていたので孫の学校のイベントに参加できることで喜んでいたみたい。23日お昼は旦那の両親と中華料理へ。しかも、飲茶の食べ放題!夜は私の両親と日本の居酒屋(姉御)へ。久しぶりの居酒屋へ行った私たち、旦那が結構お酒を飲んだし、私はあれやこれも食べて来た。子供たちはやっぱり中華より日本料理の時の方がしっかり食べてくれた。24日一日早いクリスマスにして、子供達を朝起こして早速サンターさんのプレゼントを開けてもらった。結局おもちゃを散らかしっぱなしにして空港へ。そうそう、おじいちゃん&おばあちゃん達の4人を連れて家族での旅行だった。サンターさんから折角もらったおもちゃなのにあまり遊べなかったUFOは悲しかったようだ。でも飛行機に乗れることですぐ気分を変えてBEAと二人で空港の待合室で大暴れになった。飛行機に乗るまで大暴れだったBEAは飛行機が飛ぶ準備をしている間に寝てしまったので助かった!たった一時間のフライトなのでUFOはずっと起きていた。やっぱり興奮していたから寝れなかったみたい。その代わり、夕ご飯の時はほとんど寝てくれたので大人は助かった(笑)。UFOが起きた時はまだ食欲無かったようだけど少し食べてくれて、ホテルではミルクを飲ませてまた寝てくれたから疲れがまだ取れていなかったようだ。クリスマスイーブの夜、チェンマイで有名なnight bazaarを散歩したけど観光客の少なさに驚いた。10年程前に今の時期にチェンマイに遊びに行った時、バザーをゆっくり歩きながら色々な商品を見ようと思っても人が多くて通り抜けないぐらいぎゅうぎゅうだったのに、今年は余裕に乳母車を押している人もいたわよ! 観光地として知らされているチェンマイ、このまま人気スポットから消えて行くのかな?ちょっと悲しいな~25日定番のチェンマイの観光スポット廻り。最初に向かったのはDoi Suthepだった。去年行った時はBEAはまだ6ヶ月ぐらいだった。その時、私がおんぶしてあの長い階段を上る自信がなくてケーブルカーで上ったので今回は子供たちをその階段を歩かせた。途中で抱っこを求められたけど「もう少し!」と言ってあげながら抱っこしてあげなかった。UFO は階段の上の方は張り切って一気で上ってくれたし、BEAもふぅふぅ言いながらよく頑張った!お昼前に動物園でパンダさんを見るつもりだったのに、行ったらパンダさんたちはお昼寝中だったので結局見なかった。チェンマイの動物園の他の見所はコアラしかいなかった。。。シマウマや黒い熊さんを見たかったUFOは車の中でずっと文句言っていたので、今度バンコクに戻ったらお友達のたっくん(Phungさんの)を誘ってサファリへ行く約束をさせられてしまった。「マミー、電話して!!!UFOはたっくんとサファリに行きたいことを話したい!」と、またうるさく言われるからたっくん、一緒に行こうねこの日のお昼はチェンマイ市内の日本料理屋さんだった。チェンマイにでもあんな美味しい日本料理食べれるなら私はいつでも住みに来てもいい~26日子供たちは朝から食欲がない、、、しかも、BEAは結構ぐずる。この日は像さんのキャンプへ。像さんのショーが始まる前に像さんたちが川で水遊びを披露してくれた。その後、像さんがサッカーをしたり、絵を描いたり、ハモニカ演奏したり、踊ったり、、、子供たちが喜びそうなことばっかりだった。像さんが上手に絵を描いていた時にUFOに、「ほら見て、像さんはちゃんと学校で描きを習っているんだね、UFOも習っているんでしょう?」「うん。。。像さんの学校どこ?」「ここよ。UFOみたいに毎日学校へ来て、描きしたり、ボールで遊んだりしているのよ」「UFOも像さんの学校に行きたい!」ちなみに、一つの像さんが描いた松の木の絵がとっても上手で最後に中国人や韓国人の観光客たちが その絵の前で写真をぱちぱち写っていた。その中の誰かがその絵を購入したんじゃないかな?少なくても2,000バーツもするらしい!?!?UFOは色々楽しく過ごしていた割に、BEAは元気なく、熱っぽい感じだった 。疲れ気味だったようでお昼も夜ご飯を食べずにずっと寝てくれた。おじいちゃん(旦那の父)は次から次、像さんのためのバナナを買って来てくる。 UFOは怖いながら手を延ばして像さんにバナナを与えていたけどBEAは全く上げようとしない。いいえ、BEAは近づこうもしないんだ。。。27日昨日ほとんど食事を取らなかったBEAはさすがに今日はお腹ぺこぺこ状態で起きて来たが、機嫌はまだ悪いままだった。ホテルで朝ご飯を食べた後、市内の日常マーケットで時間つぶし。午後から帰りの飛行機に乗るため、また空港へ。機嫌の悪いBEA はまだ疲れ気味だけど昼寝しないまま空港へ行ったので空港で結構ぐずり、周りの人たちに迷惑をかけていた。便が呼ばれるまで待合室で待っていたのに、外の飛行機を見たBEAが待ちきれなくて早く飛行機に乗りたがって大きい声で泣き始めた。いくら待ちなさいと言っても聴かなくて、とってもな頑固ぶりをみせてくれた。あれだけ暴れんで泣いて飛行機に乗ったら今度は窓から見えた飛行機に乗りたいと言う!自分がもう既に飛行機に乗っていることが分からないのか、ただのわがままで言っているのか分からないけどBEA の泣き声がまだ止らない、、、バンコクについても興奮しすぎた様子で寝られなかったBEAはやっと10時に寝てくれた。28日UFOの学校の最後の日なのでパーティがあった。UFOはずっとチェンマイで学校休んでいたので分からなかったけど、その日は学生たちはみんな私服だった。学校に送りに行ったらUFOだけが制服だったけど、運がよく、鞄んぼ中に彼が気に入ってチェンマイで買って来たsupermanの衣装が入っていたので先生にそれに着替えさせてもらった。200バーツのプレゼント交換のため、先週絵本を用意していたけど誰がもらったか分からない。でもUFOは友達からラジコンのレースカーをもらって来てとってもうれしかったみたい(やばい、サンターさんのおもちゃより気に入っているよ!)。鞄の中に他3つもプレゼントが入っていたけど、それは他のクラスメイトたちが友達たちに配っていたものらしい。あ~うちはそんなこと知らないのでなにも用意しなかったよ~大した物じゃなくても子供たちはみんな喜んでくれるから来年は是非なにかを用意したいな、、、29日ブラジルのおじいちゃん&おばあちゃんが朝早く出発。沖縄で年越しを過ごしてすぐまたブラジルへ戻る。タイ滞在がたった2週間で短かった~UFOは朝起きた時におじいちゃん&おばあちゃんの部屋へ行ったらきれいに片付けられていたのでちょっと寂しそうな顔で、「UFO、ばあちゃん好き!UFOもブラジルに行く~!」と、泣きべそで言っていた。年末のイベント、今日の30日にでも続いているけど一段落したところでこのブログのみなさんたちに☆”来年はまた良い年になりますように!”☆
2007.12.30
コメント(1)
2歳2ヶ月もしないBEAがナンパ???誰に教えてもらったのか分からない。でもしかしてパパのDNAを披露。だって、周りに他に誰がそんなことを言っているんだろう こないだ、お掃除のお姉さんがいつもの掃除会社の制服ではなく、シャワーからでたばかりでまだシャンプーの臭いがぷんぷんしていて、きれいな私服を着て歩いているのを見たBEA:「スワェーイ・・・」、タイ語=きれい☆と言いながら手でバイバイを降る。これってめろめろ《なんぱ》でも自分の時も同じ言葉を間違って使っているんだけど、、、男にはタイ語で別の言い方がある。お出かけの時、きれいな服を着ていると思ったらすぐ鏡の前に走って前でポーズしながら、その姿にも:「スワェーイ・・・」 とも言っているし。最近も突然私の首に両手を開いて抱きしめながら、「マミー、チョープ !」、タイ語=ママ好き~!こんなラブラブな言葉はパパに言わないし、UFOにも言わないだけどな~マミーはおっぱいあるからかな?母乳を辞めさせたらこんなこと言われなくなるかしら?悲しいな~とにかく、最近はこんな甘い口癖(?)がついて来て、誰の真似なんだろう?
2007.12.19
コメント(6)
ブラジルの両親が明日BKKに到着する予定。UFOが産まれた頃から毎年遠いブラジルからわざわざタイに遊びに来てくれる両親の顔を見るのがとってもうれしい。いつもはドイツ経由(フランク乗り換えのみ)で来られるけど今年はNYと成田で乗り換え。BKKの後は父の実家、沖縄で年越しのため日本経由を選んだそう。実は、親の長いフライト時間の前に今晩(BKK時間)電話しようと思ったけど、時差の計算をしてみたら、、、なんと、親はもうブラジルを出発していたのだ~!BKK到着時間は明日の夜の9時頃。しかし、ブラジルを出発されたのはBKK時間の今朝の10時だったのだ。今晩電話しようと思ったけど親もうすっきりとどっかNYと成田の間を飛んでいるかも(それかNYのロビーでトランスファーの時間待ち?)そうすると?。。。出発した時点から、。。。 35時間後に!!!BKKに到着予定になるのだ!簡単に考えればUFOはその間2回幼稚園に行っているし、私たちは2回もお昼ご飯と夕ご飯を食べている 、、、なんだか、親に情けない気持ちが、、、だって、《時間》って戻らないものでしょう?それに大切な時間、ブラックホール見たいなところに消えてしまう、、、こんなことを考えていたら、SFの映画のように、もし"Matter Transportation"(適切な日本語が見つからないが、 Star Trekのように”物質”を移動させること)ができたらいいな~って思ってしまった。実際にいつか実現できそうかな?映画のように秒間隔で出来なくても、1時間以内でも私たちの体が世界のどこでも簡単に移してもらえる時代になったらどうかな?それ以前にきっと誰でも簡単に宇宙に行ってしまうだろうけどね。もう一つの方法は、やっぱり、ブラジルから一旦宇宙へ行ってからまた地球の反対側に戻ればいいでしょう?35時間より短縮できそう、、、あ~こんなバカな夢を見ながらきっと今晩寝れそう。とにかく、親ば無事に着く様にだけは神様にお願い! お休みなさい!
2007.12.18
コメント(4)
12月14日の新聞記事(IHT:"The house Kenzo built")、『KENZOが立てた家』の話。ファションデザイナーのKenzoがパリー市外にお家を持っていること、なにも驚くことない。$17.7 ミリオン(17億円!)で手放したいという1,300m2のお家、どんなお家だろう。ファションデザイナーとして引退し、現在インテリアデザイナーとして活躍中の彼、《東洋》と《西洋》のそれぞれのいい特徴をブレンドした作品の数々を残し続けている。このお家も、彼が自ら手を加え、デザインしたもので、タイや世界中で知られているJim Thompson(JT)にインスパイアされたと言う。 JTの場合、East Comes to West。要するにタイで西洋的な雰囲気を取り入れた。KENZOはその逆、West Comes to Eastで、パリで東洋的な雰囲気を取り入れたの違い。どちも上品で居心地良さそうだけど夢もたらせるんだったらKENZOのお家に足を踏んでみたいな。いいえ、住んでみたい!(笑)ブラジルの実家に実はちょっとEast Meets Westを取り入れたものがある。父の拘りで家のfamily roomは畳部屋だった。壁や天井に日本の物もあって、普段は私たちが畳の上でごろごろくつろぎができ、お客さんが来たらお布団を並んで寝泊まりしてもらっていた。泊まりに来ていた日本人の方、「日本で畳に寝ることないのにブラジルで畳で寝るなんて、、、」と、(ちょっと文句?)のコメントを聞いた覚えがある。旦那と二人で持つ夢、KENZOやJTのようなおしゃれなものじゃないけどちょっとしたEast Meets Westを表現するもがある。もしいつか自分たちの家を持つことになったら2点、必ず実現したい:寝室は畳部屋で、お風呂も日本式。まあ、でも私たちの現実を考えれば、家をまず買うことがないんだろうね、、、
2007.12.16
コメント(5)

寒い日本の今では考えられない、盆踊り大会が週末にタイのバンコクで行われた。いいえ、タイでも12月、今も冬、、、行き先のNational Stadium、法被や浴衣姿の日本人とタイ人が目立つ。旦那はその夕方、フランス出張からBKKに着く予定なので、私と子供たちだけで、そしてタイ人と日本人の友達たちと行って来た。入り口で入場券を渡したおじさんは日本人会のレストランでいつもお世話になっているウェーターさんだった。「あら、こんなところで」、と言う挨拶から親切に中へ案内された。人が大勢でちょっと不安を感じながらグラウンドの真ん中へ。そこに300人の日本人の子供たちが立ち並んでいた。しばらくしたらイベントが始まり、その子供たちが一斉に元気よく踊り始めた。 熱心で自分の子供たちの写真(ビデオ)を撮ろうとする親たちの数が・・・次はタイ人の子供たちの出番。王様の音楽が流れ、まず男の子たちが旗を持ってパレードする。UFOは毎朝、学校でその歌を聞いているので、「がっこう、おなじ」と、親しみを感じながら踊りを楽しんでくれた。タイ人の男の子たちのパレード 途中、タイ衣装を着ている女の子たちが合流して真ん中に踊り始めた。思わず感動して目がぬるぬるしたのは私だけだったかな、、、二つの国の交流を、タイ人の子供たちが素敵なダンスで明るく表現してくれると平和、そのものを感じさせられた。感動の!日タイの子供たちの盆踊り 子供たちのイベントが終わって、うちの子たちがお腹空いて来たようなのでなにか食べ物を買おうと思ったらショック・・・券を買う列がフィルドの真ん中をずっと長く続けていた。これだと順番待っている間に子供たちは死にそうで可哀想~とにかく鞄に持っていたせんべいを全部食べてくれてくれている間にタイ人の友達が会場の外でパンを買いに行ってくれた。待っている間、メインステージでは挨拶の言葉なのでなんだか詰まらなさそう。UFOは「はなび」ばっかり言うし、待つしかない、、、でも子供たちの気持ちを盛り上げてくれたのは、タイ人たちのカメラの前でポーズすること!そう、なぜかタイ人の若者やおばさんたち、色々な子供の写真を撮りまくっていた。たまに子供たちにポーズしてもらったり、タイ人たちのグループと一緒に撮らせたり、とにかく子供たちはスター気分だったことに違いない。だって、UFOはめったにしない、ピースのサインまで覚えてしまった。BEAはまだ自分でピースのサイン(2)ができないのでカメラの前で一生懸命手を見ながら指を動かしてお兄ちゃんを真似しようとする。ピースなかなかできないBEA お腹がちょっと落ち着いたから次のイベントに参加できるかと思ったら今度は、、、BEAはどっか行く目的なくても、歩いていると前しかみないので急に大人の目から離れることが多い。でもその日は大人4人でなんとか子供二人の面倒は大丈夫だと思った。甘い考え方だったのか、BEAは2回程人並みのところに混じってしまって一瞬行方不明になったことある。私より見てくれていたタイ人の友達の方が真っ青だった。近くにいたタイ人の高校生たちのグループがBEAの行き先を指で指してくれ、10m先にBEAの姿がいた。私たちがうろうろして彼を探しているのを楽しんでいるかのようにじっと私たちの方を見ていた。でもタイ人の友達が迎えに行こうとしたら更に遠くへ走って逃げられる。なんとかBEAをつかまえ、その後はも子供たちが疲れてきたのでますます私たちが言うことを聞かなくなるので、花火を待たずに会場を後にした。ちょうど旦那が空港からその近くまで来ていたので途中で合流。久しぶりにパパを見た子供たちはそこでまた元気になった。照れくさく、私の足の後ろで隠れるBEAと笑顔ですぐパパに抱っこされて迎えるUFOの違いがよく分かった。UFOは楽しみにしていた『は・な・び』のことをまだ忘れていないようなので今度はそのまま、パパの長い旅の疲れを関係なく、みんなまた電車に乗ってQueen Sirikit公園へ。着いたのは8時だった。予定は9時ごろだったのでとりあえず込み合う前に着いてよかった。公園の目の前にあるオフィスビルの屋上、花火を楽しめる最高の場所だった。待って1時間過ぎても始まる様子が全くない。それなら盆踊りの最後の花火を待てればよかったんじゃないかな、ちょっと後悔するが、、、9:30PM。ここはタイだから時間通りに始まることはないだろうから仕方無く待つ。またお腹空いて来た。。。BEAは一人で大豆の冷凍パックを一人で食べ切って、UFOが食べたいと言い出した時は最後の2個しかなかった。でもこんな時間、外でなにかを買いに行こうと思っても道がこんな状態: 10:00PM。やっと花火開始!今年は期待通りじゃなくて、ちょっと物足りない気分で終わってしまった。去年の方が玉が大きかった気がする。きっと盆踊りの方がきれいだったに違いない。また後悔、、、でも期待の"80"の数字とハート形はきれいに観えた。ちなみに、あれだけはなびを待ちきれないぐらい わくわくしてしていたUFO。実際に始まると、疲れていたおかげでほとんど観ず、抱っこされ目を閉じた状態だった。実は、小さい花火は平気だったけど大きい花火は怖がっていたようだ!でもその怖さはすぐこんな笑顔に変わった。11:00PMで急にこの笑顔に花火が終わった11時近く、帰りの電車も込んでいるし、道も込んでいるのでしばらく近くのレストランで待機することにした。行き先はアソックのsoi 16のKUPPA。食べ終わったらちょうど道がもう空いていたのですぐタックシーに乗れてやっと長い一日が終わった。子供たち、本当に疲れていたようで、朝までゆっくりとたっぷり寝てくれた。みんな、お疲れさま!特に空港からそのまま私たちと合流した旦那が一番疲れていたようで、3日たってやっと疲れが取れたと言っていた。子供たちの一日の食事がまともに取れなかったけど色々な体験ができてよかったと思う。
2007.12.11
コメント(6)

今年、子供出来てから初めてクリスマスツリーを飾ることになった。子供が小さい時はツリーを飾ってもどうせ飾り物を壊したりすると思ったので、窓周りにだけ電球をピカピカさせていた。でも今年は下の子はもう2歳だし、サンタクロースの話をしても少しはもう理解できそうだし、これから毎年クリスマスを楽しめるようになるだろう。準備をしながら幼い頃の自分のことを思い出してちょっぴりノスタルジックな気分に。子供たちは思ったよりツリーの飾り物を触らないのでよかった。彼らが一番興味を持つのはやっぱりサンタさんの人形だ。その人形、2個飾ってあるのにいつもミニカーの袋に入っていたり、全然違う場所で発見することが多い。でもサンタさんの人形をツリーの上に飾ったら逆に子供たちが無理して取ろうとすると思うので取られても安全な場所に飾ってある。Nババ手作りの靴下を2個頂いたので早速ツリーに飾った。本来なら窓に飾るべきだろうけど家の窓に鳩がよく来るので汚~い!BEAにこれがサンタの靴下と言ったら自分で早速履いてしまった~ サンタさんの足、割と小さいねぇって、話したら子供たちは大笑い!イブにちゃんと子供たちにベランダぐらいに出してもらおうと思う。中に入れるおもちゃ(ミニカー)もNババが用意してくれたので後で入れてあげればいい2歳のBEAにサンタがどう言う人で、いい子にしてくれる子供におもちゃを持って来てくれる、とっても優しいおじいちゃんだと言う話をしても知らん顔。でも3歳のUFOはしっかり覚えてくれて、最近ちょっといたずらしそうな時に、『サンタさんが来なくなるよ』と言ったらすぐいい子にしてくれる。BEAと喧嘩する時に言ったらすぐ喧嘩しなくなる。こうやってサンタさんの名前を使い放題にして、最近UFOはとってもいい子。最近本当にサンタさんのおかげだと思っている、心の弱い親。。。いつまでお世話になれるかな、、、クリスマス過ぎたらどうしようでも困るのは一つ。UFOがこうやってとってもおりこさんにしてくれる理由は一つある。彼が欲しい物があるのだ。それは電気付きのバイク~コンドーの韓国人の男の子が持っていて、同じ物が欲しいと言うのだ。一応旦那と相談したけど、二人とも意見が一つ。。。。「電気付きのバイクは意味が無い!」。。。運動にならないし、子供の成長を考えたらもったいないおもちゃである。どうせなら今の二輪車をアップグレードし、補助を取っても格好いいマウンテンバイクの方がいい。は~子供たちの初めてのクリスマス(本格的な物を迎えられる年として)なのに、早速こう言った悩みを、、、来年、再来年、もっともっと大変になるんじゃない???冷静的に考えるとサンタって嘘の話だから小さい時からサンタの存在を信じない子たちがいるよね。私の周りにはそう言う人はいないけどどっかの本で読んだことある。でも私、やっぱりツリーを飾り付けしていた時に懐かしくサンタを信じていた自分を思い出してから言ったので、それは嘘だと、後で分かっても信じていた頃の自分が幸せだったことに違いない。だからこそ、今の自分の子供たちにもいい思い出を残せ、幸せを与えたいからそう言う話ができたと思う。決して嘘であっても、夢を与えてくれた。心の中でサンタみたいな人、どっかいると信じているからだと思う。今は子供たちに、いい子だったらサンタさんがプレゼントを沢山持って来てくれるとか、そんな話できても後4−5年でもう嘘だと分かるだろう。こんな夢を与えてあげられるのは人生の始まりの今しかないよね。ちなみに、私は7歳まで信じていた。周りの子たちはもう大分分かっていたようでちょっとバカにされていたこともあった。分かった時のショックはしばらく消えなかったけど大人になって今でもそのショックのことより、サンタを信じていた頃の幸せの方が思い出に残っている。
2007.12.08
コメント(4)

12月5日はタイの王様の80歳の誕生日。先月まで入院されていて、手術も受けたのにも関わらず、1時間以上に元気で恒例のスピーチをされたそう(うちはテレビもラヂオも聴かなかったけど)。その日、それより花火が見えるのを楽しみにしていた。川沿いのレストランで食事に行って終わり頃に花火があがるだろうと、予想していた。しかし、その前に子供たちの疲れが大きくて早めに家に帰ることになった。帰りの車に乗ったら、街角に立てられていたでっかい王様の写真の前でロウソクっぽい物を持ってお祈りするタイ人たちが目立つ。全てのラヂオで同じ物が放送される。その放送を聴きながら、全国の国民たちが同時にその写真の前でお辞儀したり、王様の歌を歌っている。なんだか、不思議な雰囲気。こんな、全国の国民たち、北から南、西から東まで、皆さん同じ気持ちになれることはすごい!車を運転しているタクシーのお兄ちゃんに悪そうと思いながら、彼の運転が荒っぽすぎることを文句言った私。本当は彼は他の皆さんたちと一緒にお祈りしたかったんじゃないかな?タクシーを呼んだ私たちを恨んでいた気持ちで運転してくれていたみたい???チャオプラヤ川を渡る橋の上を通過する時にちょうど花火が上がったら子供たちが最高に喜ぶだろうと思ったのに、私たちはそんな付いていなかったみたい。ちょっと過ぎたところで花火の音がし始めた、、、 それより車が進もうとしたら急に道が込み、タクシーのお兄ちゃんの運転が更に荒っぽくなって、今度は私が後ろの席で吐きそうにもなる。車が込み合っている道をわざと避けてくれたタクシーのお兄ちゃんのおかげ(?)で割と早めに家に到着。花火の音がまだするので、ベランダのドアを覗いたらなんと、そこから花火がきれいに観えた!3カ所から上がっていて、子供たちがやっと花火を楽しんでくれた。たまにハート形の花火もあって、とってもきれいだった。タイの花火は日本の花火並みの技術を持っているのでは、今年はそう思った。去年だったけ?日本から花火の技術者(花火師)が来てタイ人たちに教えていた話、どっかで聞いた覚えがある。今年、記念する80歳の誕生日をお祝う切手も発売されていて早速手に入れた。セットで140バーツだったけど、真ん中の切手が特に高く、80バーツ(他は全部5バーツの切手なのに)。おまけにこんな切手も:さて、今週中は毎日バンコクのどこかで花火が上がっていると言うけど、家から観えたのはその一日だけみたい。明日(土曜日)はQueen Sirikit公園の方から上がるそうで、会社のオフィスのの屋上からすぐ真上の花火が見えるので誘われている。でも夜の9時だから子供たちには無理そう。。。また明日、ラムウォン祭り(日タイ修好120周年記念)でも花火があるそうだけど、子供たちはその時間まで元気で待ってくれたらいいけどね~
2007.12.07
コメント(1)
全7件 (7件中 1-7件目)
1

![]()