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一週間のショートを無事過ごし元気に帰ってきました。それは昨日のこと。 少々、おネムモードでショートをスタートした母。私は風邪を引くし、施設でも風邪がまだ蔓延している状態だった。どちらで過ごしても体調を崩すのは致し方ない。少々迷ったが私が風邪気味で母に風邪をうつす事はさて置き、体力的に無理だと判断した私は施設で過ごして貰う事を選んだ。お迎えの連絡があったらその時はその時。今暫し休ませて貰おうと思った。心配して過ごしたが、母は強かった。お迎えに行くと職員の方に車椅子に乗せられて降りてきた。「昼食が済んだところでウトウト始められたところです」「お母さん、お家へ帰りましょう」しっかり目を開け私を見るその笑顔は何とも言えないいい表情をしている。「あらぁ~」 (迎えに来てくれたの? とりよえりは勝手に解釈?)私の声かけに車椅子から降り車に乗り換えた。不思議なくらい何事もスムーズに。母の滞在中の申し送りや様子等を聞いて母が穏やかに過ごさせて貰った事が伝わってくる。 本当にお世話になりました。職員の方にご挨拶をし、見送られ施設を後にしました。乗るや否や母は爆睡にSwitching お昼のお迎えは正解だった。帰ってからも母はベッドに直行。夕食を済ませてもすぐに目を閉じおネムの様子。まだ眠り足りない? 早々に就寝の支度にとりかかった。「お母さん、眠たいね。 もう休みましょう。 その前にトイレに行って・・・」声をかけトイレに連れて行く。便座に座らせリハパンを脱がせると・・・なななな なんと 素晴らしいオブジェが綺麗な形でパットにのっかっている。??? 歩いている内に??? まさしく セーフ!! とにんまり 「快食、快眠、快便」 『トリプル快』 はありがたい。すっきりして着替えを済ますと信じられないくらい母はすんなり夢の中。「お母さん、ゆっくり休んでね。 私もすっかり風邪が治りましたよ。 ありがとうね」母の頭を撫でながらお休みの挨拶をするのは幼子のあの時の気持ちが蘇る。 疲れが残って起きない様子だったら今日のデイはお休みさせてゆっくり家で過ごしてもらえばいいと思っていたがいつもの時間より早めに目が覚めた母の様子はとってもはっきりしている。よく眠った感のそれであった。「お母さん、おはよ! 起きてごはんを食べましょう」にこにこして私の目線をしっかり捉え笑顔を向けてくれる。とってもいい表情をしている。これならデイで過ごせそう。母を起こし、トイレを済ませ着替えをするが一生懸命話しかけてくれている。何を言っているのか全く検討もつかない難語ではあるが心が弾んでいる様子が伝わってくる。食事も一生懸命一人で殆ど完食。いいお天気なのでデイのお迎えを外で待とうと支度をして階段を下りる。足がすくみ、「怖い」を連発。 階段を下りる動作をすっかり忘れてる。何度も何度も母に足を出して、こうやってとその動作を説明するが@○◆%&$#”=??? である。「お母さん、頑張って!」母がバランスを崩し前のめりで倒れてきたら私が下敷きになって母を受け止めるような格好で落下する。上がる時は母の手を握り、上から引っ張るような格好で吊り上げ状態で階段を上がらせる。バランスを崩せば母の上にのしかかるような格好で落下。これはどうしても避けなければならない。しかし、滅茶苦茶・・・母は重し。母の手に痣が出来るほどで「なんでこんな所に痣が???」と最初は判らなかった。過日に貼り付けた 「すべり止め」が効を成す。階段に取り付ける「可動式椅子」の設置を考えたがちょっと狭すぎる。この上り下りがいつまで通用するのか疑問だが毎回、毎回 その作業が終わると感動もので私はとってもうれしい。「お母さん、出来たぁ~。 すごいねぇ~。良かった、良かった」で感動を伝える。 母は今日も元気にデイのお迎えの車に乗って出かけました。お母さん、行ってらっしゃ~い元気をありがとう(*^_^*) 1月・2月・3月と体調を崩しどうなるのかと心配したが4月に入り漸く元気を取り戻した母。すっかり全てが安定し、いい方向に向いている。ずっと便秘でお薬でコントロールしていたがヨーグルトをデザートに毎食後に食するようになって便秘が解消されたようです。とってもいい便をしています。フルーツポンチを作り、ヨーグルトとブルーベリーソースをかけて食べている。春の不安定症状も毎年症状を見せお薬が必要だったが今年はもうそれも無く精神的な面も安定している様子。「快食、快眠、快便」 『トリプル快』が母の安定した生活を維持させてくれているのだろう。 一日でも多く、在宅で過ごせたら・・・うれしい。 知恵と力を与えられ主の平安と福音に守られた日々を過ごさせて頂き感謝です。 『創世記』28章15節「見よ、わたしはいつもあなたと共にいる。あなたがどこに行っても、わたしはあなたを守り、必ずこの土地に連れ帰る。わたしは、あなたに約束したことをはやすまで決して見捨てない」
April 25, 2012
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今日から母は4月後半のショートへ。春の三寒四温ですっかり風邪を引いてしまったりよえり。母にうつしてはと気がかりだった私はショートに避難をと待っていたが何だか母も微熱を出したりで不安定。丁度、ショートの前に内科の診察日があり出向いたが母は心配ないとの事でショートへと送り出す。 朝から起床はしたものの母はおネムモード。 身体がどうもフニャフニャ状態。「お母さん、しっかり目を覚ましてね」「洋服に着替えるからね」「ご飯を食べるよ」しっかり声をかけないと母は無反応。それでも、テーブルに座るとボチボチと一人で食事を始めてくれた。食事を済ませ、段取りをして母を車に乗せたがすぐに眠ってしまった。今回のショートはおネムモードで過ごしそう。 施設内でも風邪が流行っているそうで風邪気味の私があまり長居をしてもと思い今日は昼食の介添えだけで帰ってきました。 4月の 「家族会」 が17日にありました。前月に続き、「家族会」についてです。参加者の自己紹介が途中で途切れてしまったのでまだ自己紹介が済んでおられない方から順次自己紹介をされた。 ◆ お名前 ◆ どなたを介護されていますか? 何年になりますか? ◆ 雑感色んな方が参加されお話の内容が判るだけにご苦労が伺える。同じ立場であったり、職業として現役で頑張りながら介護をされておられたり様々な方、若い方からお年を召された方とが参加されています。その中でいつも気にかかる方が居られます。年齢は70代で、ご主人が奥さまを介護されて居られる中、難病にかかられ、お見かけするたびにやつれてこられる。気になって時々お声かけをさせてもらうが「やっと施設に入所出来ましたが、 行かないと寂しがって混乱するので行かない訳にいかないし・・・」と苦笑いされる。どなたも介護をしながらお互いが支えられて過ごして居られる様子が麗しい。一通りの自己紹介が終わって部長先生から「当院は医師側が主体となってご家族の支援と学習の場を提供させてもらう形で テーマを決めて進めさせてもらっているが、 「家族会」をもっと充実したものにする為にも 今後の「家族の会」のあり方、進め方を皆さんと一緒に考えて行きたい。 医師側もなかなか時間がとれない事もあり皆さんにご協力を頂きたい」と提案がありました。家族会の中でもこの提案の一言で即、私たちに出来る事はしましょうとそれぞれが声を出し発言されました。後、数年でこの病院は閉院となる事も踏まえて「こんなに恵まれた環境(注1・下参照)は全国的に見て数少ない家族会です。 私たちはこの場をなくさない為にも病院を存続させるためにも 声を大にして守らなければいけない。昨年、署名運動をしましたが まだまだ声は届いていない。どうか皆さん一緒に頑張っていきましょう」と家族会をいつも引っ張ってくださる男性の力強い言葉に全員が頷いたのは言うまでもありません。会を重ね、交流の中で変わったなと感じることがあります。皆さんが自発的に会の準備や片付けに手を貸されるようになり「客人」的な方が少なくなったように見受けます。会が発足されてもう10年になるそうです。病院が存続してこの会がより多くの人が集まれる会にと願っています。先生が前回のアンケートの中から何枚か紹介されました。その中で印象的だったのが 「家族会に参加して良かったことは、 正しい知識は不必要な不安をなくし、今出来る最善の事をしていると言う 自覚が持て、気持ちが落ち着く。 実例を聞くことで、次のステップアップへの決断の一助けになる」本当に人の支えになったり、励まされたりでここまで頑張って来れたとそれぞれが思われている事なのだと共感しました。 (注1) 私たちがお世話になる「家族会」は大阪市立大学とのタイアップで 大学の教授陣の諸先生方が参加され講義をして下さる機会が多いです。
April 19, 2012
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3月後半のショートから1週間の在宅で4月前半のショートへ出向いた母。2月は風邪をこじらせてショートをお休みした母は3月にショートを復活させてもすっかり施設を忘れてしまい職員の方に色々声をかけられてもキョトンとして馴染めない様子だった。そして、まだ病疲れから抜けきっていなかったのかずっと睡眠モードが入っていた。 でも、今回は前回との日数があまり空いていなかったのが良かったようで職員の方に声をかけられても表情が柔らかく落ち着いている。 バイタルチェックが済み施設の衣類に着替えとなる。母のそばには3人~4人の職員の方がついておられそれぞれが母に声をかけながら着替えを進めていかれる。下着から全部の着替えなので母はやれ冷たいだの寒いだのと大騒ぎ。その度に職員の方は 「ごめんね」 「すぐ済むからね」と答えながらスムーズに着替えが進む。ここでいつも私は在宅と施設の違いを目の当たりにする。「1対多(数)」の関係。 在宅 1 に対して 施設 多(数) の関係。母のお世話をしながら 「あぁ~もう一人そばに誰か居てくれたらな」と思う一つの場面である。「今日はね、お花見会なんですよ。外の桜の木の下でしたかったのですが 少々風が冷たいようなので屋内ですることにしました。 おうすをたててお茶会にしました。楽しみにしていてくださいね」 そのお茶会がおやつの前にありました。職員の方やボランティアの方が用意された場所には施設内に咲き誇った桜の花がいっぱいに飾られお茶を振舞われました。 本格的に釜が用意され・・・ 先ずはお饅頭から・・・ 母はお饅頭もおうすもしっかり頂きました。その後、いいお天気なので施設のお花見をしようとお散歩に連れ出しました。 去年位までは「私を身近でお世話してくれる人」と感じてくれていた様子だったのに母はもう全く私の事が判りません。母のトイレ誘導、口腔洗浄、入れ歯の取り外し、目薬の点眼、階段の上り下り等で母の嫌がる事を機嫌を損ねないように手を変え品を変えてしなければならない。そんな事が毎日繰り返し行われる中で私の何気ない動作でとてもびっくりする時がある。「この人は私の嫌がることをする」のスイッチが入り身を構えるのだろう。「嫌われてしまった」と思いながらそれぞれを手短に済ませる。一瞬の出来事として手際よく、気持ちよく済まさなければならない。言葉も忘れかけているがまだ大丈夫。判らなくなっても心は生きている。こちらが笑顔を向けるととってもうれしそうに笑ってくれる。こちらが笑顔で話しかけるとうれしそうに答えてくれる。残された機能が失われないよう、沢山の笑顔を母に見せ語りかけてあげたい。笑顔は心の栄養素。 市から母の「白寿」のお祝いのレセプションのご案内を頂きました。 とっても感無量です。母より私がうるうるしちゃったよ。
April 8, 2012
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今回の特養の順番のからくりにすっかり驚かされたりよえり。その後、昨年いくつか見学に行った施設の中の1件にケアマネさんが特養への申請手続きを急いで下さった。そして、特養の申込と同時にショートのお試しも進めて行くにあたって面接をいたしましょうと施設が言ってくださり事が運んだ。そして今日、施設の方、ケアマネさんが母のデイの帰りに合わせて来訪された。ショートの段取りや注意事項、提出書類の説明等々を話される。もうすでに何ヶ所かで出された書類と同じなのでご承知の事だろうと端折りながらも的確な説明をされた。 先日の出来事の後の面接だったので色んな角度からお話を聞くことが出来ました。ショートステイ、ロングステイがあって今回申し込む施設はロングステイは定員が4名で3名の利用者さんが居て全て入所され現在空きがゼロであること。今、土日以外の平日は空きが多く取りやすいのでショートの日程をとって慣れて頂き、ロングステイが出来るまでに進め、特養の入所が決まるまで繋ぎましょうと言うことになった。ロングステイは30日限度で31日があるときは一旦自宅に帰るそうです。そして、その施設は新しい施設が来年オープンする事になっているので今の段取りで行けばそちらに入所が決まると言われた。慣らしショートステイの準備は施設の方とケアマネさんで調整して下さるそうです。 最後に何か質問なりご要望や不明な点はありませんかと尋ねられ私は特養の入所の決定の連絡のあり方を聞いてみた。「 『入所の順番になりました』とお電話頂くのは数名の方に連絡されるのですか? 入所希望に変更はないか? 他に決まって居られるか? 亡くなられたかの 確認を順次取られてから一人に電話されるのですか?」との質問に「数名の方に同時に連絡します。 殆どの方が複数の施設に申請されておられ 中にはもう既に他の施設に入所されているとお返事される方も居られます。 亡くなってしまった方が居られたりがありますので複数の方に連絡をし、 希望者だけをこちらの方で利用者さんの現状況などを鑑み審査させて頂いた上で、 入所決定の方にお電話を入れさせていただきます。 他、お電話させてもらった中で次送りになられた方にもお電話で 説明させて頂きます。連絡なしはありません。」ときっぱり言われた。 私は家族会等で色んな方の語るも涙、聞くも涙のお話を聞いたりする。その度にその大変さが身をもって判るだけに一日も早く入所が決まり家族の方が安心して過ごせるようになればと思うばかりでした。まだまだ母よりもっと大変な方が待機される中、選ばれる立場は皆さん同じだと思うし、よしんば次に回ったとしても入所され助けられた家族が居られる事に納得されると思う。ちゃんと連絡が頂ける事を確認出来てホッとしました。 ケアマネさんのフットワークの軽さとすぐに対応して下さった施設の方に本当に感謝の気持ちでいっぱいです。 今回は「ピンチはチャンス」 「災い転じて福となす」 この言葉がぴったりな気がします。 今回の事は 認知症外来の診察日が無かったらまだ暢気に待っていただろう。そして、主治医の「それはおかしい」が無かったら確認の電話もしていなかったであろう。色んな事が絡み合って良い方向に導かれた。そして、何よりそれにまつわる施設の立場からの助言を頂いたり、励ましのお言葉を頂いたりでとっても勉強になり励まされたりよえりです。本当にありがとうございました。 何もかもが主のみ心の内に運ばれた事と主にあって感謝です。 イザヤ書第48章 17節「私はあなたの神、主である。私は、あなたの利益のために、あなたを教え、あなたを導いて、その行くべき道に行かせる」
April 4, 2012
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一夜明けていつものように朝が来た。春の優しい日差しが部屋に入り込む。何だか心が軽くなっている。 今回の特養の施設の対応には釈然としなものが残りましたが一夜明けたらもう忘れてる。 皆さんのコメントを読ませて頂いてしっかり「学習」させて頂きました。何もかもを暢気に構えていた事は否めません。次回の順番にはちゃんと今回の事を頭において対処して行こうと思います。皆さん、ありがとうございました。 思い返せば、母の特養の入所の順番が次と言われ書類を提出した時点から緊張した日々を送っていたように思います。「いつ電話がかかるんだろう」「もう母はこの家に居なくなる」「母の体調が崩れないようにしっかり健康管理しなくては」等々すっかり足が弱くなり、歩く事も難しくなってきている母の色んな事が気になっていた。 でも、振り出しに戻った順番。ゆっくり母と過ごせる。大変だけど、もう少し母と一緒に頑張ろうってゆったりした気持ちになれました。やっと気持ち的に軽くなった感じです。 コメントありがとうございました。とっても参考になりました。
April 2, 2012
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1月のお正月を迎えて2日目。母と午後の昼下がり寛いでいる所に申し込んでいた特養からお電話を頂いた。「明日からとか1週間後とかの対応でも準備はOKですか?」の内容だった。 あれから3ヶ月が過ぎた。先日、母の認知症外来の診察があって出かけた。その時に主治医の先生に「特養からの提出書類お世話かけました」とご挨拶をしたら 「その後どうなりましたか? 面接は済みましたか?」と聞かれた。「は? 面接はまだです。その後3ヶ月にもなりますが連絡はありません」「それはおかしい。 診療情報提供書を出す前に面接があって 施設に入所が可能かどうかの判断をされ入所OKで書類の提出を 用意してくださいなんですが。 それでは入所もまだまだ先の事でしょう」と言われた。 驚いた私。考えれば考えるほど、施設から連絡ないのにただお気軽に待っていた自分がアクションを起こしなさいと周りから忠告を貰いながらも暢気に構えていた自分が「おかしい?」と思いだした。 慌てて、施設に電話するも電話を下さった担当者の方がお休みだったり不在だったりでなかなか繋がらなかった。確実に在席されておられる時間帯を確認して電話を再度入れた。 「あのぉ~。 1月に入所の順番がきましたとお電話頂いて書類を提出したのですが それ以降、連絡がありませんが・・・今の状況を確認したくてお電話しました」「はい、確かにおたくは次になっていますが。 いつになるか判りません」と1月のお電話での対応とは打って変わって 「それが何か?」と言う物言い。 何を言っても、うだつの上がらないのらりくらりとした対応で拉致があかない。段々、職員の方の物言いにこちらのボルテージは上がってくる。話が違う。 「順番は確かに次でした。 しかし、あの時点でお電話させて頂いた方は 何名か居られ、書類を提出された方が先に入所されたので 今度はまたいつになるか判りません」といとも簡単にしゃぁ~しゃぁ~と仰る。 「はぁ~??」 「はぁ~??」 「はぁ~??」 「はぁ~??」 である。納得がいかない。待機家族がどんな思いで入所を待っているかを理解することもない、配慮さえも感じられない言葉だった。施設側の態度は変わらず「何か問題がありますか?」だった。なぜ、お電話頂いた時に何人かにお電話させていただいています。その内、書類の提出が早かった人が先になります。と言われなかったのか?なぜ、書類が遅かった私たち入所出来なかった者に入所は他の方に決まりましたなので、順番は振り出しに戻りますと電話連絡してもらえなかったのか?待機者はお宅だけではないです。いっぱい待って居られます。そんな事は100も承知です。1月の時の言葉足りない、状況の説明の足りなさを指摘したが黙って待ってなさいの姿勢は崩れないどころか黙り込んでしまわれる。それよりも「提出書類に不備があったこともありました」と今頃言われても。「なぜ、その時に連絡して下さらなかったのか?」の返事についてはそこからは別の職員の対応で私には知るところではないと言いたげに話される。施設内の仕切りは私たちに関係ないし、担当者が替わってもお電話下さった方が最後まで責任を持って家族に連絡するのが筋ではないのか?謝罪の言葉もなく、「次は確実に順番ですので」の言葉しか返ってこない。そんな事を言われても今後、又次回もお電話頂いた時に何名かピックアップされた待機者の中から選ばれるのですか?の回答にもはっきりと返事をされない。結局、書類審査をされる職員の方に変わられ、すぐにお家にお伺いして説明させて頂きますと言われる。そんな事、飛んで来て釈明されても今更であるし、電話で済む事をわざわざ訪問される事はないとお断りした。 何もかもが待機者の家族がどんな状態の中で生活し、待っているかを全く無視した施設側の対応に辟易してしまった。我が家よりもっと切実に困窮されている家族も居られるだろうのにこんな対応でいいのかと不信感が募った。 母の特養の順番は振り出しに戻った状態で何時入所になるか判らないとなった今全てが神さまのみ心の内に運ばれているのだと思える事が救いです。そして、私にとっては母との大切な時間を過ごさせてもらったと感謝をするが、施設の対応とはこんなものと心の中に畳み込まなければならないのが何とも釈然としないしこりとなってしまった。 認知症家族の会の方が「りよえりさん、入所はゴールではありません。 施設には沢山の問題があります。びっくりする事の方が多いと思っていいです。 それの一つひとつを解決していくのは家族でしかありません。 しっかりお世話に通って職員の方と一緒になって やって行かないと何が起こるか判りません」と言われた言葉が今になってひしと感じます。どこの施設でも同じなのだろうか。家族がアクションを起こし、対応していかなければ施設側の姿勢は変わらないと感じました。 待機者は数年待ち。 複数件の申し込みをしても回ってこないのです。1件でも多く施設を申し込みなさいはやっぱりしなければならないことだったのか? しかし・・・「ここなら安心してお世話になれる」はなかなか出会わなかった。どこでもいい、当たれば儲けもの? にはならないのが心情です。 なんだか不信感いっぱいの施設の対応にここはもう待機する程の値打ちのない施設だったと新たに探さなければならないのか。判らない。ただ、数ヶ所見学に行き施設の中の部屋の明るさが気に入った一つだっただけに期待していただけに、残念でならない。電話に応対して下さった職員の方に今後、このような言葉足らずな対応ではなく、待機者の家族を思いやって対応して頂きたいと切にお願いして電話を切りました。 なんだかすっかり頭が混乱してしまった出来事でした。
April 1, 2012
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