老父のつぶやき

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2025年02月24日
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テーマ: 法事(24)
カテゴリ: 視・紙・誌面から
報恩講の案内に、「今年は勲さん(父)の25回忌です」と記述があったもので、もうそんな年になったのだなあと思い返すことだった。母が長寿でまだ7年にもならない。20年もの独身生活だった訳だ。

命日は4月5日なのでそれよりは早く法事をしたい。次は33年、8年後だからひょっとしたら生きていないかも知れない。ちょうど男性の平均寿命に近くなる。そろそろ息子にトレーニングをしておいた方がいいかなと女房に話すと、「流れだけは教えてやっとかないとなあ」葬式については、都合3回やっているので何となくの流れは分かるだろうし、金さえ出せば葬儀屋が仕切ってくれる。

息子に話すと、「そろそろかなと思っていた」うむ、良い覚悟じゃ。が、父の兄妹はもう入所しているか要介護の有り様で、出席は期待できない。4人の子供のうち、生きているのは2人で、妹は子供がいない。弟嫁も細菌孫が出来、障害児の親でもあるので出席できないと返事があった。となると、私の子と孫でいっぱいの法事になる。

法事自体は僧侶のお経が休憩を挟んで2回に分けて読まれる。休憩時の茶出しとか、焼香盆をまわすとかで最後に説教を聞き、仏事は終わる。昔は僧侶を含めた会食が一般的だったが、この頃は膳料としていくばくかのお礼で引き取り頂く方が増えた。

ただ、近ごろは法事自体をやらない方向に進めているようだ。3年の法要(満2年)を勤めれば終わり、と言うのが多いらしい。故人を偲ぶ、と言うのはもはや過去になったそうだ。父は、息子が運転をするようになって「なかなかうまいやないか」と褒めていたものだが、嫁の顔もひ孫の顔も見ることはなかった。母はだいぶ認知症にやられていたが、娘の出産で女の子が生まれたことは理解していたようだ。その半年ほど後に亡くなった。

故人を直接覚えているのはまあ祖父母までだろう。その人を偲ぶ会として法事があるのだろうが、33年がまあ限界だろうか。50年になるともう子供は仕切りが怪しくなってくる。亡くなった叔父や叔母が「年寄の葬式は孫の祭りだ」と言っていたが、さもありなんと実感するこの頃だ。

33年までに自分の終活ノートをまとめるのが次の課題だろうか。





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最終更新日  2025年02月24日 23時25分01秒
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