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新聞に載っていた話。終戦直後、ある女性が自分も女手一つで娘3人を育てているのに、戦災孤児を引き取って育てた。それも一人や二人でなく多い時には百人以上の子供たちを家で面倒を見た。家は結構広い家があったらしいが、それでも百人以上住むとなると雑魚寝。それでも協力してくれる人もいて、何とか子供たちにおなか一杯食べさせる、愛情をもって育てると決心してずっとやってきた。今はその孤児たちを育てた女性はなくなっているがその娘が後をついでその施設を運営しているという。今戦争孤児はさすがにいないが、今は親の虐待や離婚などで居場所のない子たちが生活しているという。自分たちの生活も大変だった時代に、孤児たちの母となって、自分の私財をなげうって面倒を見たのはすごいと思う。
2015.11.29
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我が家にとうとう石油ストーブが登場した。 昨日までは電気ストーブ。 寒いというと夫は電気ストーブはすぐに出してくれた。 しかし寒くなるたびに灯油買おうよというものの夫はまだ、まだええというばかり。 夫に灯油を車で買いに行ってもらうので夫がオッケーしないと石油ストーブが出てこない。 今朝起きてきたら夫がストーブをつけていてリビングはあったか。 寒くなると私は夫がストーブをつけて温まってから下りていくことにしている。 するとリビングに踏み台がおいてある。ん?あれは台所に置いていたもの 夫に聞く。なんであれがここにあるの? 夫が言う。 灯油を買いに行くのに食器棚の上に夏の間おいてあった灯油の容器をおろして買って来たら置き場所がないので食器棚の前に会った踏み台をのけてそこに置いたという。 踏み台は台所にある方が便利なのに(´・ω・`) 高いところのものを取ったりこれから大掃除で高いところの掃除をするのに使うのに。 また台所に置く場所を考えよう。 それにしてもやはり石油ストーブは暖かくていい。 うちでは灯油を入れるのも買ってくるのも夫の仕事。 実家でも父がやっていた。 父の晩年県住に引っ越したので集合住宅では危ないからとストーブを処分した。 うちも夫が元気でいる限り灯油の係をやってもらおう。 私は灯油を入れたくない。あれは男性の仕事ということで(^^♪
2015.11.25
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うちは家族みんなミカンが大好き。 娘たちがまだ家にいたころ、ミカンを買っても買ってもすぐになくなるので。箱で買っていた。 それもきちんと分けておかないと気が付くとなくなっている。 夫が僕が食べようとしたらいつもないと怒って買ったら4人分分けることになった。 夫は自分の分を食べようとして僕のミカンは堅いのやおいしくないのばかりを集めていると文句を言いう。 そんなの考えてないし、見ただけでおいしいかどうかなんてわからない。 夫のひがみだ(´・ω・`) そして月日は流れて今は夫婦二人暮らし。 ミカンを一袋買ってもなかなかなくならない。 夫と食べようと二個持って来たら夫が半分ずつ分けようという。 夫は自分がむいたミカンを私に渡して、私の分を半分取る。 もし自分のが外れだったときのために半分ずつにしたらしい。 長女に送る救援物資にミカンを入れながら家族でミカンを取り合った頃を思い出した。 長女がなかなかうちに行けないので喪中はがきと(長女が出す分)ゲームソフトを送ってというのでほかにもいろいろ詰め込んで今朝送ってきた。 なんか恵んで。援助してと言われたから夫がいそいそとミカンやリンゴを箱に入れた。 お菓子も入れた。 一人暮らしでお菓子や果物を買う余裕はなかなかないらしい。
2015.11.21
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父が亡くなって半月。骨上げも終わったのにまだなくなったような気がしない。以前よりもっと父のことを考える。多分母もそうだろうと思っていた。今日弟夫婦が来ているらしい。父の遺品整理。ちょっと早すぎる気がする。母のペースでのんびりボチボチやったらいいのに。父の遺品を整理するというのは母の心の整理もつけるということ。親らしいことをしてもらってない。いい思い出なんてないと思っていた。でもそうでない思い出も確かにあった。父の思い出は私の心の中に確かにあるのにもういないなんて信じられない。故人のことをたびたび思い出してあげるのが一番の供養という。いい思い出も悪い思い出もいろいろ思い出しながら生きていこうと思う。
2015.11.07
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