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前回の旅は“定住型”の旅を試みました。部屋を借り、ランパーンの町で3ヶ月程過ごしました。2006年12月13日。ランパーンにあるお寺「ワット・コ」へ行くと2匹の子犬と出会いました。2匹共、警戒心が強く、近寄ると直ぐに逃げてしまう臆病な犬でした。飼い主がいないので、首輪もされていなければ、リードにも繋がれていません。殆んど野良犬のようなものです。この2匹の親は不明。お寺にこの2匹が捨てられ、そのまま寺に住みついた、言わば“寺犬”。(寺に住み付いた野良犬を“寺犬”と称しました) この2匹は姉妹。共に雌。左の茶色い毛の犬が「ケエ」、右の白に薄茶色の毛が混じった犬が「ヌン」。このお寺の尼さんが名付けました。一番の心配事は、餌でした。餌と云ってもドッグフードなどではなく、お寺の残り物が与えられています。お寺のお零れを犬達が食べています。残飯が餌と云う訳です。お坊さんが毎日、犬に餌をあげています。然し、この寺には他に3、4匹の犬がいるので、体の大きな犬が優先的に食べてしまい、子犬は餌を口に出来ないのではないかと云う懸念がありました。餌の時間を覗いてみると、案の定、体の大きな犬が食べている時、子犬達は恐れて近寄る事が出来ず。大きな犬が餌を食べ終え、其の場を退くと、漸く子犬達は餌に辿り着く事が出来ました。然し、其処に在るのは残飯の残飯と云った粗末なものです。肉や骨、魚などは既に食べられてしまい、残っているのは、ご飯や野菜。幾ら空腹でもこれでは食が進まない様子でした。これでは可哀想だったので、ドッグフードを買って来て子犬に与えて遣りました。其の後もドッグフードを持って足繁くこのお寺に通うようになりました。 約2週間後の12月26日。通い続ける内、徐々に子犬達との距離感が縮まって行きました。最初に警戒心を解いたのは、茶色い犬のケエでした。2週間経って、漸く向うから近付いて来ました。ヌンは相変わらず警戒心が強い様子でしたが、ケエの後についてこっちへ寄って来ました。 約3週間後の12月30日。ケエは完全に警戒心を解いて呉れました。頭を撫でて遣るとゴロンと寝転ぶようになりました。 当初は常に逃げの姿勢でしたが、もう完全に警戒心が無くなりました。 この2匹はいつも一緒で仲良し姉妹と云った感じですが、上下関係は歴然としていました。ケエが完全に上でヌンが下でした。この2匹に同時に餌を遣ると、ケエが餌を独占してしまいます。ヌンが食べようとするとケエが物凄い勢いで威嚇するので、ヌンは怯えて食べる事が出来ません。従って、エサは別々に遣らなくてはなりませんでした。 左がケイで右がヌン。大抵ゴロゴロしています。 ヌンは気弱で警戒心が強く、いつも逃げ腰。 会う度に体が大きくなっていました。 子犬の成長は早いなァと感じました。 野放し状態なのに、行動範囲が至極狭い。下手に寺の外に出ると、近所の飼い犬や野良犬の攻撃を受けてしまう恐れがあるので、寺にいるのが安全と知ってか、何時も同じ場所にいます。お坊さんから与えられる餌は何時も残飯。肉や魚が入っていないと、食が進まない様子が目に見えて判ります。 2ヶ月が過ぎた2007年2月15日。警戒心の強いヌンも漸く逃げなくなりました。 何時しか嬉しそうに尻尾を振って、キャイーン、キャイーンと吠えるようになりました。 2月下旬。漸く懐いて呉れたケエとヌンとお別れの時が来ました。 私は日本へ帰国。 日本へ戻ってからも、ずっとケエとヌンが心配でした。2年程前から、タイの犬の写真を撮るようになりました。タイの犬、特に野良犬は気性が激しく、無闇に吠えるので嫌いでした。然し、犬の性格は、荒々しい犬から従順な犬まで様々です。気性の優しいなどは実に可愛いものだと実感し、心持ちも変わりました。犬が多いタイでは子犬に出会う機会が幾度もありました。犬と接するようになったとば口は子犬でした。色々な犬と出会い、触れて行く内に犬って面白いなァと感じるようになりました。犬は感情を投影出来る希少な動物だと思うようになりました。犬と接している内に不思議と情がわくようになりました。 タイへ行って、また犬と遊びたいなァと切実に願う今日この頃です。 帰国後、ランパーンの友人にメールし、幾度もケエとヌンの近況を尋ねました。 6月。 「2匹共、だいぶ痩せている」とメールが来ました。 最も懸念していた事が…と心配が募りました。 「餌をあげて置いたから心配しなくて良い」とメールが来ました。 7月。「ヌンが子を孕んでいる」とメールが来ました。 何処の犬だか判らない近所の野良犬の子を孕んでしまったらしい。 ヌンがもう妊娠…成長したとはいえ、未だ子犬ではないかと心配でした。 其の後、「無事出産」とのメールが来ました。 5、6匹生まれたが、既に3、4匹死んでしまったと云うのでした。 8月。写真が送られて来ました。以下は友人のイムさん撮影の8月上旬頃の写真。 相変わらず、餌は残飯ばかりのようです。かなり痩せてしまって、体調も良くない様子です。 ケエとヌン、相変わらずいつも一緒のようです。生まれて来た子犬とも一緒で、微笑ましく思いました。成長して大きくなったものの、めっきり痩せてしまったので体調が心配です。 フォトアルバム こちらもご覧下さい
2007.08.26
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バンコク庶民の足となるのがバス。バンコク市内を移動するのに大変便利だと云いたいところですが、便利と云うには程遠いものです。其れは矢張り、バンコクの交通に付き物となる渋滞が絡むからです。運が悪いと其れに「大」が付いて大渋滞となってしまいます。 バンコク市内には、1999年12月にBTS(スカイトレイン)、2004年7月には地下鉄が開通しましたが、渋滞は一向に解消されていないようです。電車に乗れば渋滞に遭わずに済むのですが、どうもこのスカイトレインや地下鉄は使い勝手が良くないようです。先ず、駅に行くのにバスに乗らなくてはならないし、目的地を電車が通らなければ、使えない。料金も少し高めなので庶民的ではありません。旧態依然と移動にバスを使っている人が多いようです。 よくこんな光景を目にします。 渋滞にハマり、一向にバスが動ず…。目的地が目前なのに…。これなら歩いた方がマシだと言わんばかりにバスを降りて歩き出す人がいます。 最安値のノンエアコンの「赤バス」は2004年の1月までは一律3.5バーツと格安だったのですが、2004年2月より4バーツに値上げ。其の後、5バーツ、6バーツと値上げ。現在は7バーツになってしまいました。3年間でバス料金が倍。バンコクに行く度に料金が上がっているので、次回、バンコクを訪れたらまた上がってそうだ。どのバスも大幅に値上げしてしまいました。原油価格高騰の為とは云いますが…庶民には大きな打撃だと思います。 ノンエアコンバス。爆音を響かせて走るのでかなりうるさい。車内はこの通りオンボロ ノンエアコンバスは料金が一律。終点まで何処で降りても料金は同一。行き当たりバッタリで、何か面白そうなものが目に入ったら其処で途中下車したりもしました。 恐竜発見!途中下車して写真を撮りました。 エアコンバスは距離で料金が違う。車掌が何処で降りるかを尋ねて来るので、目的地を告げなくてはいけない。 大渋滞にハマり、信号が青に変わっても、前が詰まっていて、バスが前へ進めないなんて事がありました。 バスの車内から撮影 以前、バンコクの馬鹿渋滞で痛い目に遭った事がありました。 4年前の2003年2月14日でした。クローントーイ市場からホアランポーン駅に向かうバスに乗っていました。 金曜日の夕方…。帰宅時なので渋滞は致し方ない事だと覚悟を決めていましたが、何だか様子がおかしい。ラマ4通りでバスが全く動かなくなってしまったのです。花金渋滞かァ…と溜息。それにしても渋滞が酷過ぎると怪訝に思いました。一向に前へ進まないバスの窓から外を眺めていました。歩道を歩く若いカップルが矢鱈と目につきました。しかも、ハートのクッションなんか持っちゃって、真にご機嫌だぜィ!と思うや否や、2月14日…バレンタインだ!と云う事に気付きました。辺りを見ると、カップルで乗る車が矢鱈と多い事にも気付きました。渋滞の原因はこいつらだ!と解りました。 恋人達の乗る車が多数繰り出しているのでした。恋人達が挙ってドライブに出掛ける…これが渋滞を悪化させていたのでした。忌々しき「バレンタイン渋滞」でした。恋人達にとっては特別な日。恐らく、渋滞なんて気にならないんだろうなァとこっちは皮肉でした。いい迷惑だ。このおかげで駅へ辿り着くまで3時間もかかってしまいました。通常20~30分。渋滞しても1時間くらいだと考えていましたが、まさか3時間かかるとは…。恐るべし、バレンタイン渋滞! 近年、タイではバレンタインデーが恋人達の特別な日になっているようです。丸で日本のクリスマスのようです。 アヌサワリーチャイ(戦勝記念塔)周辺。 アヌサワリーのロータリーには沢山のバスが止まるので、乗り継ぎに便利。モーチット(バスターミナル)へ行く時によくを利用しています。 周辺には、デパートや屋台など、庶民的な店が多く、買い物や食事にも便利です。 騒音に包まれるバス停で眠る野良犬。如何にもタイらしい光景です。 移動する屋台も車道を通っています。 黄色、ピンク、水色、オレンジ…と色取り取りのタクシー。年々カラフルになっていると感じます。 バンコクの渋滞も夥しいが、交通事故も夥しい。過去に何度か事故現場に遭遇しました。幸い巻き込まれた事はありませんが…。 初めてバンコクへ行ったのは11年前(1996年)。首都なのに田舎臭さがあって、何だか懐かしさを感じたのが最初の印象でした。あの頃は、今よりもたくさんのオンボロ車が走っていました。傷だらけのタクシーが客を乗せて走っていたのには驚きました。ぶつけた跡が無数にあるタクシーに乗る客は余程の無頓着としか思えなかった。 バンコクは年々小奇麗になっていると実感します。スカイトレインが開通し、地下鉄も開通、高層ビルが増え、オンボロの中古車が目立たなくなり、高級車が目立ち始める。タイ国の経済的発展、生活水準の上昇が階段を一歩一歩上がるが如く、着実に進んでいるとバンコクに足を踏み入れる度に実感しています。 バンコクでは過去3度だけタクシーに乗った事があります。3度ともタイ人の友人達と一緒でした。土地勘の知れぬ場所で一人タクシーに乗るのは何となく危険な気がして避けてしまいます。 タクシーに乗って騙されたと云う日本人旅行者に何度も出会った事があるので、尚更、タクシーは避けた方が良いと云う気持ちを強く持っていました。バスで行けるのなら何もタクシーを使わなくても良いと云う考えもあります。 よく聞く話では、バンコクのタクシー運転手は質が悪いと云う事。態と渋滞にハマったり、遠回りして距離を稼ぐと云うものから、法外なチップを要求する輩がいたり…と耳の痛い噂ばかり。仮令、タイ人の友人と一緒でもタクシーに乗るのは一寸…と思ったが、乗ってみれば3度とも、運転手は何方様も気の良い人ばかりでした。 過去にトゥクトゥクや長距離バスの料金を通常より多めに請求されて憤慨した事がありましたが、幸いタクシーで嫌な目には遭っていません。 タクシーの車内から窓ガラスを通して撮影。窓ガラスがフィルター代りとなり、靄がかかったような特殊効果を生み、少しだけ幻想的な写真になりました。 タクシーの止め方が日本とは相違していました。タイ人は手を横に上げてタクシーを止めます。因みに、インド人がヨガのポーズでタクシーを止めると云う噂は嘘です。バスでも習慣の違いがありました。 タイでは男性が女性や子供に席を譲ります。譲り方も、「どうぞ」と優しい感じではなく、座っていた男性が無言で立ち上がり、譲られた女性や子供も空いた席に無言で座ると云った感じです。全ての男性が女性に席を譲ると云った感じでもありません。立っている女性がいても一向に譲ろうとしない男性もいます。其の辺は、まあ、適当にと云ったところでしょうか。 お年寄りに席を譲ると云うのは何処の国も同じですが、タイのように子供に席を譲ると云うのは何とも不思議に思いました。
2007.08.15
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