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『希望の国のエクソダス』を読んでいる。予想通り、『愛と幻想のファシズム』や『共生虫』に連なる作品だと思う。私は村上龍が好きだと言う割には、余り彼の作品は読んでいない。上に書いた3作品と『限りなく透明に近いブルー』と『トパーズ』と『69』、確かあともう1つ読んだけれど、つまらなかったから題名も忘れた。『限りなく…』と『トパーズ』はよく分からなかったし、好きじゃない。『69』はよく若い子に勧める。『愛と幻想…』と『共生虫』と『希望の…』は面白い。たぶん3作品とも、ある人物が既存の世界を破壊し作り変えていく物語だ、という点で同じだと思う。スカっとするだけの小説でもないけれど。例えば『愛と幻想…』の拷問シーンは不愉快だったし、『共生虫』も、読者が共感しにくいよう、わざと醜悪に描いたのだろうと思える主人公だったし。『希望の…』も、中学生の行動を私は肯定できない。でもこれは年を取ったせいなのかもしれないな。考えてみれば『希望の…』は、私が中学生の時に夢中になって読んだ『ぼくらの七日間戦争』をさらに過激にしたような話だ。まだ半分も読んでいないから、この後『希望の…』で中学生達がどのような「戦争」を繰り広げるのか分からないけれど。タリバーンの話も出て来るんだけれど、それがどう物語と絡んでくるのかまだ分からないし。2000年7月に発表された小説に既にこのグループが登場していた、というのが凄いと私は思う。『共生虫』は引きこもりの話だけれど、これも、発表された後に新潟の監禁事件が発覚して話題になった。あれ以来私は、ただ作品を楽しむだけでなく、村上龍を尊敬するようになってしまった。その割には長い間『希望の国のエクソダス』未読だったけれど(汗社会の「今」を上手に切り取って見せる人は多い気がするけれど、「先」を見通すというか、見抜いて、しかもそれを、「文学」にしてしまう所が……カッコ良いわ、龍。
2003年02月28日
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彼に「本当に私で良いの?」と訊いてみた。2回目かな、この質問をするのは。前に訊いたのは、付き合い始めて2、3ヶ月経った頃で、自分が精神疾患を病んでいる事をカミングアウトした時だった。その時は電話口で泣きながら、病気の事を話した。今度は、彼とのこれからの事を考えて、もう一回気持ちを聞いておきたい、と思った。彼からは、思わぬ答が返ってきた。「野蒜は、もっと良い人間になろうとは、思わないの?」どきっとした。私は最近、どういう自分になりたいのか分からないのだ、と、先日この日記にも書いた事を言った。でも。彼との電話を切った後、色々考えた。今の彼との付き合いの中でいつも思うのは、愛されている実感はあるけれど、愛している、と自信を持って言い切れるほど、私は彼に愛情を注いでいるだろうか?ということ。もちろん、愛しているんだけれど、愛されている、と感じるほどには、愛している、という実感はない。本当は好きじゃないとか、愛情を感じられないとか、そういう意味ではない。うまく言えないけれど、例えば、彼の為に存在している、というような、彼に尽くしている、というような、そういう実感。それが足りない。この間、珍しく女性向けの雑誌を買った。四柱推命での今年の運勢が載っていて、私の不安に思っている事が分かり易く書いてあった。いわく。「彼と一緒になれば私は幸せになれる、というだけでなく、 私と一緒になれば彼は幸せになれる、と思えるなら、 大丈夫」それだよ、と思った。まさに私が気にかけている事がそれだ、と思った。以前、「ロクデナシ」と付き合っていた。私と付き合うまでに関係した女性の数を聞くと、「20人までは数えられるけれど後は分からない」と言う。人を楽しませる術を心得ていて、一見人生を謳歌しているのかと思えばそうではなく、心の底には自己否定ばかり。周囲の人間に対しても、非難ばかり。自分を信じるという事を、欠片も出来ない。他人を信じるなんてもっと出来ない。攻撃以外に守る術を知らない。他人を攻撃し、自分を攻撃する。自分を幸せにするのが下手な人。幸せになりたいという思いを前に向けられない人。私は弱い人間だけれど、あの人は私よりも弱かった。とんでもなく弱くて、可愛い人だった。私はその人を愛していた。私が幸せにしてやると思っていた。この人は私といなければ幸せになれない、この人に私は必要な存在だと信じていた。その人は、よく分からない理由で私を振った2ヶ月後、好きでもない年上の女性を妊娠させ、結婚すると言って私の前から消えた。私は泣きながら、「神様、どうか彼を幸せにして下さい」と天に祈った。愛する「ロクデナシ」が私の前から消えた時、幸せに出来なかった自分を呪った。自分の愛が足りなかった・届かなかったんだと思った。私は弱いから、愛されたい気持ちが強すぎて、愛する人を、本当には愛せていないのではないかと思った。それ以来、好きになった男性に対して、「愛している」と強く思うことが無くなった。あれから数年、私にとって一番辛かったはずの思い出は、仕事による激鬱に取って代わり、大切な人が突然いなくなる事へのトラウマも、今私を支えてくれる彼のお陰ですっかり癒えた。私自身、多少人が変わったと思うし、今の彼はとても強くて大きい人で、私がいなくても十分幸せになれる人だ。昔付き合った男にした事をしようと思うのは間違いだろうけれど、「私が彼を幸せにする」と思えるようになりたい。彼より強い人にはなれないだろうから、私が彼を守ってあげる、と言えそうにない。もっと素敵な女性になって、彼を喜ばせたいけれど、今の私はいつもギリギリで、毎日疲れた顔をしてうなだれている。どうしたらいいんだろう。と考えた。小さな事から始めたら?とアドバイスをくれた人がいた。小さな事……。自分で自分を好きになれるようにしたい、と思った。何か、ちょっとずつでも良いから、より良く変わっていく自分を見たい。本当にちょっとした、些細な事を思い付いた。少し恥ずかしいのでここには書かない。いちばん昔から続いている、私の好きな事と、今いちばん気になっている、私が出来ていない事を、毎日、ちょっとだけでも良いから、続けてみる。きっと、そうする事で私はちょびっとずつ、育つと思う。自分で自分を育てている自分が、ちょびっと好きになれると思う。ちょびっと自信がつく。ちょびっと強くなる。ちょびっとだけ、ほんのちょびっとだけかもしれないけれど、「こんな私と一緒にいて、彼も幸せなはず」と思えるようになる。今度彼に会う時に、言おうと思う。私、もっと素敵な人になるからね。
2003年02月04日
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