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岸善幸「白鳥とコウモリ」キノシネマ神戸国際 別に、つい、先日亡くなった東野圭吾の死を悼んで見たわけではありません。出演者の名前に柄本佑とか、井川遥、風吹ジュン、吉田羊、ついでにいえば三浦友和の名前があることに興味を引かれて見ました。主演のお二人については、お名前も顔も知りませんでした。 発表当時から160万部も売れたという東野圭吾の作品を原作にして、岸善幸監督が撮った「白鳥とコウモリ」です。 原作は読んだことがありませんが、「放課後」(講談社文庫)で乱歩賞だったかを取ってから「容疑者Xの献身」(文春文庫)で直木賞を取るころまで読んでましたが、その後の超人気作家東野圭吾の作品は全く知りません。 で、映画です。2017年11月1日、白石健介という弁護士の刺殺死体が発見され、容疑者として、愛知県に住む倉木達郎という男が浮かびます。捜査するのは警視庁捜査一課の刑事五代努。で、倉木は弁護士殺害と33年前岡崎市で起こった殺人事件の犯行を自供します。 ドラマは2017年の東京と1984年の愛知を錯綜させて展開しますが、倉木の自供を巡って「なぜ父は、殺人を犯したのか?」「なぜ父は殺されないといけなかったのか?」と、登場した、容疑者の息子と被害者の娘のその問いが、謎解き映画の段取りでした。面白く見終えました。 面白さの一つは、スマホやネットの時代になっている2017年に33年前を重ねた結果、古いアルバムや手帳にあるアナログ情報が謎を解く鍵を握っていたことですね。 ボクがこの手の推理作品を見たり読んだりしていたのは1970年代からの10年間くらいのことで、たとえば、まあ、ちょっとベタですが、松本清張とかの作品の事件はたいてい戦後を引きずっており、捜査の武器は足でしたが、この映画の事件の一つがその時代を彷彿とさせてくれて、何だかワクワクしたんですね。結果的に街中に設置された監視カメラが決め手にはなるのですが、好景気に沸いたかに見えたバブルの時代の裏側の記憶を古い写真や手帳のメモで解き明かしていく展開は印象に残りました。 で、もう一つは、「父と子」の物語だったことですね。おそらく20代でしょうね、働き始めた息子から見た、娘から見た、それぞれの父の姿を、若い二人の俳優が、懸命の表情、ことばにならないことばの演技によって演じようとしているのにうれしい気持になりました。いつの間にか、ボクは殺され、殺した父の位置の人なんですからね。監督 岸善幸原作 東野圭吾脚本 向井康介撮影 羅偉恩編集 二宮心太音楽 網守将平主題歌 大森元貴キャスト松村北斗(倉木和真 容疑者の息子)今田美桜(白石美令 被害者の娘)柄本佑(五代努 警視庁刑事)中村芝翫(白石健介 被害者・弁護士)漆山拓実(白石健介・40年前)吉田羊(白石綾子 被害者の妻)三浦友和(倉木達郎 容疑者)井之脇海(倉木達郎・40年前)風吹ジュン(浅羽洋子 小料理屋「あすなろ」女将)井川遥(浅羽織恵 小料理屋「あすなろ」娘)前原滉(中町刑事)宇野祥平松岡依都美松尾諭丸山智己三浦誠己斉藤陽一郎原田琥之佑のせりん五頭岳夫2026年・145分・G・日本・松竹2026・09・07・no165・キノシネマ神戸国際no71追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.09.10
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徘徊日記 2026年9月6日(日)「あんカフェ!」和田山・法道寺あたり 玄関では、こんなお出迎えの方が笑っていらっしゃいます。ここはどこかといいますとこんな暖簾が下がっております。 「あんカフェ」という古民家カフェですね。もう少しカメラを引きますとこんな感じです。 朝来市和田山町の北西部を大蔵地区と呼びますが、そのハズレの法道寺という、今では三十数軒だと思いますが、小さな村があって、その村にあるのが「あんカフェ」というぼた餅とコーヒーの取り合わせが評判のカフェです。 実はここ、ゴジラ老人の生まれた家、実家なんです。ボクの実家、今ではカフェなんです(笑)。 で、今日は、もう秋ですけど、この夏というか、2026年というか、はじめての里帰りでした。 この「あんカフェ」はアキヤマさんという、ボクの姉のお友達らしいのですが、もともとは、小学校の保健室にいるセンセーをなさっていた方が切り盛りしていらっしゃいます。 今日は、ひろみちゃんという、アキヤマさんのお嬢さんも手伝っていらしゃって、はじめて、ご挨拶しました。 実は、彼女のお父さんはボクの高校の同級生です。「エッ?アキヤマくん?」「オッ、シマクマ?」 まあ、そういう、懐かしくも思いがけない出会いもありました。 あんカフェでは、ひろみちゃんが焼いていらっしゃるらしいあんパンとかも販売していらっしゃいました。 というわけで、コーン・クリームパン・ランチとかいただいて、美味しいコーヒーを堪能して久しぶりの実家の裏庭の景色に浸りました。 池もあります。ケヤキとか、昔は栗の木もあって、なかなか立派に見える裏庭があるのが、亡くなった父親の自慢の庭だったんですね。松の木、梅の木、さつき、つつじはもちろんですが、但馬の奥の、どこかの山から掘って来たシャクナゲとかの植え込みもあるはずです。 こうやって写真で見ると、いかにもシブイ庭園にみえますが、裏の畑にのぼる石段です。 玄関を出ると、松の枝にこんな看板です。またのお越しを お待ちしております あんカフェ また、帰ってこようと、しみじみ思いました。にほんブログ村追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうで(笑)
2026.09.09
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「播但線、終点、和田山!」 徘徊日記 2026年9月6日(日)駅あたり 2026年、9月6日、日曜日の朝の10時です。 但馬の朝来市和田山駅の特急「はまかぜ1号」鳥取行きです。播但線を経由して大阪から鳥取まで行くジーゼル特急車です。寺前から和田山間が電化してないんですね。廃止が話題になり続けている路線です。 9時前に姫路駅から乗りました。到着したのが、先日、同窓会で出会った和田山中学のある町のJRの駅です。数年ぶりです。故郷の町です。 今日の用事は親族の御不幸です。まあ、そういうことでもないとここまでやってくる気力というか、やる気が出ない徘徊老人の今日この頃です。 駅前では和田山で暮らし続けている姉の出迎えです。ここから豊岡まで久しぶりの但馬の道でした。 葬儀が終わって、和田山まで帰ってきました。午後3時40分ころです。今から、播但線、寺前行き普通列車、1両編成です。1両ですが、ちゃんとトイレもあります。ジーゼル車です。 これまた懐かしいですね。こういってはなんですが、今どきジーゼルです(笑)。 普段の日なら、和田山中学校の中学生が乗ってくる時刻ですが乗客はまばらです。今日は日曜日ですからね。 何年ぶりでしょう、帰省のたびに乗った列車です。天空の城とかの竹田を越えて青倉、新井、生野峠に差し掛かるあたりから生野駅まで、上り坂に苦労してスピードが、ぐっと落ちのは相変わらずです。まあ、それが懐かしいんですね。 車窓の風景に釘付けです。頭のなかは、湧き出してくる思い出でいっぱいでした。 なつかしい一日でした。にほんブログ村追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうで(笑)
2026.09.08
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ミスティスラフ・チェルノフ「戦場0地点」シネリーブル神戸 何となく行き当たりばったりで見ました。ビックリしました。コトバを失いました。スゴかったです! ミスティスラフ・チェルノフというウクライナの監督の「戦場0地点」、原題は「2000 Meters to Andriivka」、「アンドリーウカまで2000メートル」です。 Andriivkaというのは、この撮影の時、ロシア軍に占領されていたウクライナ国内の小さな集落の名前でした。 一面の、この時は何も作られていないのですが、多分、普段は耕作地、麦畑の真ん中に、戦禍のせいでしょうか、枯れた潅木の茂みが続く、幅数メートルの直線地帯があって、周辺の畑地は地雷地帯だそうですが、そこだけは歩ける通路のようです。 この被占領地の小さな集落を奪還しロシア軍の補給を絶つことを目指すウクライナ軍の2000メートルの奪還作戦の始めから終わりまで、手持ちのカメラ、兵士のヘルメットのカメラ、多分、ドローンによる空中撮影を駆使して撮影した、ホンモノの戦場の実況中継でした。 時々、煙や火の手が上がるのは見えますが、実際に飛び交う弾丸は見えません。見えたとしても埃のようですし、銃声もパンパンと玩具のような音で聞こえるだけです。でも、次の瞬間、目の前の兵士が倒れるのです。本物の戦場です。面白がる余裕はありません。ただ、ただ、目の前の予想を超えた出来事に目を瞠り、結果的に考え込まされました。 撮影しているミスティスラフ・チェルノフ監督も命懸けですが、撮影に協力している兵士たちも命懸けです。それぞれがウクライナの青年たちで、塹壕でホッと一息ついたときにカメラマンと兵士のあいだで交わされる会話は、何だか、そのあたりで交わされる日常会なのですが、それが、かえって、互いが命懸けで、そこにいることを実感させて、文字通り本気の言葉のやり取りです。 劇場で座って見ているボク自身の立場を痛感しました。ロシアが悪いとか、ウクライナの国内情勢はどうとか言う気になりません。「たのむから、早くやめて!」 浮かんできたのは、そんな、頼りない言葉でした。やっぱり、戦争は悪です。監督・脚本・撮影 ミスティスラフ・チェルノフ製作 ミシェル・マイズナー ラニー・アロンソン=ラス共同製作 アレックス・バベンコ追加撮影 アレックス・バベンコ編集 ミシェル・マイズナー音楽 サム・スレイター2025年・108分・G・ウクライナ原題「2000 Meters to Andriivka」2026・09・05・no164・シネリーブル神戸no410追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.09.07
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エドワード・ヤン「恐怖分子」シネリーブル神戸 「海辺の一日」という初期の作品が上映されたので初めて見て「ふーん・・・」とか思っているとこの作品も上映されたので見ました。 エドワード・ヤン監督の「恐怖分子」です。 小説を読むときに、この描写の書き手は?ということが気になる読み方をするようになって久しいのですが、映画館を徘徊し始めて10年近くたって、最近、ようやくですが、このシーンは誰が見てるの?ということが気になり始めました。 小説なら、作家が書き手ですが、プロット、プロットでは、作家による創作人物が語るということが組み合わされて「書かれた世界」が、読み手の意識の中で立体化するわけですが、映画であれば「映像」ですね。 上のチラシで、ビルの窓から拳銃が出ていて何かを狙っているようなんですけど、普通、この拳銃は、誰が誰を狙っているのか、なのですが、ボクの場合は、ここの、このシーン、誰が見てるの?という疑問です。 このシーンは予告編でも映されていて、実際、映画の本編の中にもありました。でも、このシーンが誰の目によって見られているのか、ボクには最後まで分からなかったんですね。 この映画には出来事の視点人物としてカメラ小僧とでも呼ぶべき少年が登場して、目の前で偶然起こる事件にカメラを向けて夢中になりなりながら、被写体である不良少女に心を奪われるという、本筋を支える裏筋ともいうべきストリーが配置されていて、ややこしいことこの上ない展開なのですが、じゃあ、このシーンを見たのはカメラ小僧なのかといえば、ボクは怪しいと思うのです。 だいたい、このシーンはあったのか?ですね。 このあたりがエドワード・ヤンという監督の才能というか、映画的感性の図抜けた所なんでしょうね。中国語では「恐怖份子」という題なのですが、份子なのですね。いうならば、ナレーション的なこのシーンを挿入することによって、映画が描く「恐ろしさ」を観客に負担させる、分担させるとでもいう意図なんでしょうかね。実に面白い発想でしたね。拍手! ただ、ボクは、そういう映画的作為には、大いに喜んだのですが、映画そのものには、それほど感心しませんでした。まあ、ボクの好みというか、感じ方のせいだと思いますが、最後に銃に弄ばれた主人公といい、作家である女性といい、まあ、こういってなんですが、ありきたりというか、通俗だと感じちゃったんですね。 なんていうか、人って、こういうふうに、こういうことに振り回されて、死んだり生きたりしているんですかねえ・・・という感じですね。しんどいですね。 普段は、そんなに遅くまで外にいることが少なくなった夜、午後9時を過ぎた帰り道で、映画の作意を反芻しながら、何だかこの世界のむなしさに浸りました(笑)。 しかし、まあ、よく考えられた作品であったことは事実なわけで、やっぱり、拍手!ですね。監督・脚本 楊徳昌エドワード・ヤン製作 リン・トンフェイ脚本 シャオ・イエ撮影 チャン・ツァン美術 ライ・ミンタン編集 リャオ・チンソン音楽 ウォン・シャオリャンキャストコラ・ミャオ(周郁芬 作家)リー・リーチュン(李立中 医師)チン・シーチェ(沈維彬 編集者)クー・パオミン(警察官)ワン・アン(不良少女)マー・シャオチュン(カメラ小僧)ホアン・チアチンリウ・ミン1986年・109分・香港・台湾合作原題「恐怖份子」英題「The Terrorizers」2026・08・31・no161・シネリーブル神戸no409追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.09.05
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チャン・リュル「ルオムの黄昏」元町映画館 元町映画館が2026年8月の末から9月の初旬にかけて張律(チャン・リュル)監督の作品を、2本連続で上映してくれてます。 「柳川」とか見て、ただものじゃないなあという記憶で印象深いチャン・リュルというこの監督について、その出身が朝鮮なのか、中国なのか、訝しく思っていましたが、彼が中国の吉林省の延吉市生まれの朝鮮族三世だということ、で、もともとは小説家を志していた人だということをようやく知り、ますます興味をそそられての鑑賞でした。 まあ、時間の都合もあって、まず見たのはチャン・リュル監督の「ルオムの黄昏」でした。 北京で中国舞踏のダンサーをしているらしい白(バイ)という女性がルオムという町を訪ねてやってくるという旅の映画でした。ルオムというのが、漢字で書けば羅目鎮、四川省の峨眉山という仏教の聖地の麓の町の名前であることに気づいて「へぇー、そうなんだ!」という調子で見始めたのでしたが、白が泊まったホテルの女主人である劉(リウ)という、ナカナカ個性的な女性が登場し、北京の魯迅博物館とかで働いていた過去がある人だということなのですが、彼女が、「天国は嫌だ、地獄は嫌だ、君たちと付き合うのも嫌だ」という意味(まあ、ボクが、そう理解したという適当な記憶ですけど)の、魯迅の詩の一節を暗唱するシーンで鷲摑みでした。 ボクの勝手な見方にすぎないのかもですけど、そこからは、この映画に登場するすべての人たちのこころの奥底に流れる通奏低音として、魯迅のこのことばが聴こえてくる印象で、とどのつまりの結末にも、「ああ、やっぱりね。」という納得でした。 白のかつての恋人、王(ワン)が送って来た一枚の絵葉書に記された「羅目鎮の黄昏」が、白を、この地に招き寄せた物語の発端なのですが、この監督が、今まで見てきた作品でも描き続けてきた、見知らぬ土地を歩く「旅人」としての人の姿と、その人々が見あげたり、座ったり、歩いたりする、山々の風景、水辺、階段、廃墟、庭、すべてのシーンが、この映画でも美しさを湛えながら、ある哀しさを孕んでいる印象が素晴らしいですね。 やっぱり、この監督、ただものではありません。拍手! ダンサーである白のたよりなげに踊る姿に漂うこころの揺れ方も、劉と黄(ファン)という老カップルの別れに至る淡い関係も、吃音を気にして大人とは口をきけないのに子どもとは話せるメイド、雷(レイ)の存在も、朝鮮族の旅の男朴(パオ)の登場と退場も、たしかに、見失った恋人を探す白の内面については、かなり丁寧に描かれているのは当然としても、それぞれの登場人物たちの「心のかたち」を意味ありげに焦点化しない、この監督の世界の描き方の自然さがボクはスキですね。 さて、次は「春樹」です。ワクワクですね(笑)。監督・脚本 チャン・リュル張律製作 ポン・ジン製作総指揮 ホアン・ジェンシン撮影 ピャオ・ソンリーキャストバイ・バイホー(白バイ 旅の女性)リウ・ダン(劉リウ ホテルの女主人)ホアン・チエンシン(黄ファン ホテルの居候)ワン・チュアンジュン(王ワン 白の恋人)ポン・ジン(彭ポン 劉の女友だち)レイ・シャーヨン(雷レイ ホテルのメイド)ピャオ・ソンリー(朴パオ ホテルの客)2025年・99分・中国原題「罗目的黄昏」英題「Gloaming in Luomu」2026・08・29・no160・元町映画館no393追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.09.04
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ハロルド作石「THE BAND 5」(講談社) 我が家へのマンガ便の配達人トラキチ君はハロルド作石の傑作「BECK」(講談社)のファンです。当然、このマンガは大好き!なんですね。 ボクも好きですが、トラキチ君とか、まあ、ゆかいな仲間に教えられて読んだんですね。2002年の講談社漫画賞、懐かしいですね。ハロルド作石だって、もう、58歳だそうですし。 8月のマンガ便で届いたハロルド作石の「THE BAND」(講談社)、第5巻です。 表紙のユウヘイクンも、彼がよせてもらっているドラカリスという3人組のバンドも、まだまだヒヨッコです。今回、初めて、人前で演奏するシーンがありました。「新曲が唸りを上げる?!」 この新刊の腰巻にはそうあるんですが、ユウヘイクンも、読者も納得してません。でも、まあ、いよいよ、始まったようです。まあ、それにしても、登場する人たち、みんなカワイイ(笑)。がんばれ!2026-no082-1297 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.09.03
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鈴ノ木ユウ「竜馬がゆく 17」(文藝春秋社) 2026年8月のマンガ便です。司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を鈴ノ木ユウがマンガ化している「竜馬がゆく」(文芸春秋社)の第17巻です。 第16巻の表紙は岡田以蔵の苦闘の顏でしたが、この17巻の表紙では笑っている武市半平太です。舎弟というか、彼を信じた足軽岡田以蔵を見捨てた(?)武市半平太が、「郷士ごときが!」と隠居したはずの藩主山内容堂に見捨てられ、切腹を命じられて果てるのが17巻のメインストーリィーです。 伝説として語り伝えられることになる三文字切腹で、見事に死んでみせた武市半平太最後の笑顔!ですね。もちろん着ているのは死装束です。 機を見るに敏とばかりに、公武合体に舵を切った土佐藩で徹底的に弾圧された土佐勤皇党破滅のピークです。容堂派の走狗として板垣退助、後藤象二郎が登場するのが、歴史の面白さといえばいいのかもしれませんが、ここからの「竜馬がゆく」の結末と、明治新政府の茶番的権力闘争を歴史事実として知っている眼から見れば、やはり「人間的悲劇」の連鎖!にしか見えませんね。 この作品をマンガ化している鈴ノ木ユウは、原作の司馬遼太郎が、どんな思いを「竜馬がゆく」(文春文庫)に托していたのかを考えるとき、司馬遼太郎のトータルな歴史観を云々する以前の、文学的感受性というか、人間に対する興味のあり方をこそ描きたいという絵柄と場面描写を続けて描いています。マンガとして描くにあたっての焦点化もあるのでしょうが、鈴ノ木ユウというマンガ家の人間観も感じられて、面白いですね。2026-no081-1296 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.09.02
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ヨハン・グリモンプレ「叛逆のサウンドトラック」シネリーブル神戸 60年代のアメリカでの、さまざまな社会批判、公民権をはじめとする抵抗運動と、同じ時期のジャズというか、音楽的シーンを絡ませた回顧映画かな、まあ、そんな、実にいいかげんな興味で見ました。仰天しました! 凄い作品でした。先日見た「美しく、黙りなさい」も、そうだったのですが、まず、自分も生きていた同じ時代に、世界で起きていたことについて、あまりにもな、無知、無関心だったことをストレートに指摘される、実に厳しい映画でした。 見たのはヨハン・グリモンプレという1962年、ベルギー、ブリュッセル生まれの監督の「叛逆のサウンドトラック」です。 映画は、出だしから、50年ほど前に、大学生になった頃のボクが初めて聴いて、「ああ、これがジャズいう音楽か、サイコーやん!」そう思ったことを鮮烈に覚えているメロディーとリズムが流れはじめ、ルイ・アームストロングをはじめ、マックス・ローチ、ガレスビー、コルトレーン、エリントン、ニーナ・シモンといった、まあ、ボクでも顔とか、音とかがわかるビッグ・ネームが、次から次へと登場します。「スゴイ顔ぶれやけど、音楽映画やんな?」 焦点が定まらないまま、そう思ってみていると、戦場化しているコンゴというアフリカの国の写真や映像が重ねられ、はしゃいでいるとしか見えないフルシチョフが登場し、そして、マルコムX、国連事務総長ダグ・ハマーショルドです。最後にはアイゼンハワーやカストロも登場します。映画が、何を描こうととしているのか、なかなか理解できていません。で、この音楽と、この事件と、この政治家たちは?で後半に入っていきました。 座って見始めて40分くらい、まあ、時計で確認したわけではありませんが、マルコムXが、繰り返し登場し始めるあたりからでしょうか、そういう、困惑が徐々に解きほぐされていきます。監督が何をやろうとしているのかが、何となくわかり始めて、ドキドキし始めました。抵抗のリズム覚醒のリズム革命のリズム チラシの裏にあるウタイ文句ですが、「茶番に利用されたジャズ・ミュージシャンたち」がチラシの表にあったことも忘れたらあきませんね。 フルシチョフがテーブルを叩くのも、マックス・ローチのドラムも、サッチモの懐かしいトランペットも、ある時代のBGMだったんですね。 スゴイ描き方でした。 マックス・ローチとアビー・リンカーンが国連で暴れる姿の映像に感動しながら、果たして、世界は20世紀の植民地主義、人種差別を本当に反省したのだろうか?というスルドイ問いを突き付けるヨハン・グリモンプレ監督に拍手!拍手!でした。 1903年以来、ベルギーの植民地であったコンゴが1960年、一旦独立したのち、指導者であるパトリス・ルムンバが1961年に暗殺されたということを、まず、歴史事実として知りませんでした。当時の国連事務総長ダグ・ハマーショルドが良識派のスウェーデン人だったらしいという理解でなんとなく記憶していましたが、彼が、アフリカの人たちの尊厳を本当に希求していた人だったかどうかも、この映画の問いの一つでした。 ベルギーの監督が、今、この映画を作る時代認識の鋭さに唸りました。スクリーンのアーカイブな映像も衝撃的でしたし、音楽も楽しいんですね。まだまだ、知るべきこと、気づくべきことが山ほどあることをいろいろな映画が教えてくれますね(笑)。拍手!監督・脚本 ヨハン・グリモンプレ製作 ダーン・ミリウス レミ・グレレティ編集 リック・シャウベットナレーション マリー・ドールン パトリック・クルーズ・オブライエンキャストルイ・アームストロングディジー・ガレスピーアビー・リンカーンマックス・ローチニーナ・シモンミリアム・マケバジョン・コルトレーンデューク・エリントンメルバ・リストンエリック・ドルフィーチャールズ・ミンガスオーネット・コールマンル・グラン・カレロック・ア・マンボドクター・ニコマリー・ドールンパトリス・ルムンバエディ・ウォーリーウィリス・コノーバールネ・マグリットアンドレ・ブルアンニキータ・フルシチョフイン・コリ・ジャン・ボファーネマルコムXコナー・クルーズ・オブライエンアレン・ダレスジョン・F・ダレス2024年・156分・ベルギー・フランス・オランダ合作原題「Soundtrack to a Coup d'Etat」2026・08・28・no159・シネリーブル神戸no408追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2026.09.01
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