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「このままでは死んでも死にきれない」中国山西省の元残留兵、奥村さんは戦後補償を求めて裁判所に向かう。蟻の兵隊は、このドキュメンタリー映画の主人公、奥村和一さんにスポットをあて、戦争とは何かについて鋭く迫る。中国で敗戦を迎えた軍隊の一部は中国山西省に残り、日本帝国軍の復興を目指して国民党と手を結ぶ。敗戦後も4年近くに渡って中国で共産党軍とたたかわされていた日本兵が2600人もいた。そのうち約550人が戦死、700人以上が捕虜として過酷な強制労働を課された。奥村さんは昭和29年に捕虜から解放されて、郷里の新潟に帰る。新潟の県庁で知ったのは昭和21年の段階で「現地除隊」の扱いにされていたこと。上官の命令(国の命令)で残留兵として戦後3年以上もたたかってきたにもかかわらず、とっくの昔に軍籍を剥奪されていた。この映画では戦争の被害者であるとともに、戦争の加害者である日本兵としての奥村さんにもスポットを当てる。初年兵教育として、罪のない中国人を銃剣で刺し殺す訓練をさせられた。軍国主義教育の仕上げの場として殺人をおかした山西省寧武の地に奥村さんは再訪し当時を知る中国人たちと対面する。すごい映画だった。戦争と向き合い、加害者としての自分とも向き合う奥村さん。日本軍が敗戦後も中国に残り戦争を続けたその事実を国に認めさせるために、今も国を相手に軍人恩給の支給を求める裁判を提訴し戦い続けている。「蟻の兵隊を観る会」というボランティアの応援団ができ、各地で自主上映の運動を繰り広げている。機会があれば是非、この映画を観ていただきたい。蟻の兵隊を観る会blogも要チェックです。
2006.08.29
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長野県環境保全研究所の自然ふれあい講座「植物の秋模様」に参加した。内 容は“飯綱高原の植物を観察し、その標本づくりを体験します。”というもの。参加者は24人、そのうち18人が岡谷市の長地薬草愛好会の人たち。主催者の川上さんは、自然ふれあい講座としてはひさびさの盛況と話していたけどこの会によるところが大きかった。川上さんが植物の説明をしながら先頭を歩く。研究所敷地内の山を散策。ところどころの木に、むかし学校で用務員のおじさんが始業、就業を知らせるために使っていたようなベルがぶら下げてある。これで人間が来たことをクマに知らせる。チリンチリンとベルは高く心地良い音をたてる。一行は研究所内から飯綱スキー場へと向かう。このあたりにはトウモロコシなどの農作物で育ったクマが棲息しているという。自分で自然から得たエサをとったことのないクマが成長しているので、山に帰しても生きていけるのか、人とはち合わせして危害を加えなければ良いがと研究所の人は心配している。草地が減少している。日本は雨が多いので、草地は放っておくと樹木が育ち森林になる。そこに人の手が入ってこそ草地として維持できる。草地は森林と比べて格段に植物、昆虫の数が多くなる。スキー場は人の手が入るために草原としての環境がのこっている絶好の場所で、特有の生物やチョウが住んでいる。草地は動植物が豊富にあるためイヌワシなどの猛禽類の狩り場としても活用されていた。草地が無くなってきたことがイヌワシたちの生息を困難にしている面もある。草原は食物連鎖の広場でもあったのだ。スキー場から研究所にもどり、午後からは研究所敷地内で採集した植物を使っての標本づくり。ワタシはハルニレの木。草なら根っこから採集し、木なら枝のわかりやすい部分を採集する。採集するのは多くの情報を集めるためで、葉は表だけを上にするのではなく、ある部分は裏を向ける。随を斜めに切り取り断面を見せるなど。タブロイド(標本の国際規格だそうです)の大きさに切り取った段ボールの上に植物をのせ、テープで固定する。その上に新聞紙をのせ、植物を乾燥させる。新聞紙を取り替えて3日、標本づくりは完成。つくった標本には、採集場所、採集日時、植物の名前などをカードに記入し添付しておく。長野県環境保全研究所の標本室は国際的に登録されているところで、ミズゴケや今では採集することの出来ないめずらしい植物が標本として保存されており、研究者が日本中から訪れているところだそうだ。
2006.08.27
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星を見ようと思っていた。でも夕食の焼き肉丼とみそ汁、サンマの缶詰をあてにキャンプ場の売店で買った2本の缶ビールですぐにいい気持ち。山の疲れもあってか午後7時を過ぎた頃にはもう夢の中だった。前日の夜、駅前の石井スポーツで食事用にアルファ米、フリーズドライの焼き肉丼や中華丼を買った。アルファ米は2合用。水にひたして約1時間、お湯なら半時間ひたしておくだけででご飯ができる。フリーズドライのおかずの方は湧かしたお湯を入れてしばし待てばいい。まわりの人たちはせっせとバーベキューなどの用意、いいにおいをこちらにも振りまいてくれていたが、ワタシは手間いらず、あまりよごれものもつくらずに食事を終えた。実は今回はワタシにしてはめずらしく、早くから山行とキャンプの用意をしていた。前日の夜には用意をすませ、翌朝は荷物を積み込むだけだった。家を出てから忘れ物に気が付いた。テントは持ったし、マットも新たに購入した。ところが…寝袋をわすれたのだった。代わりに雨具はあるし、ツェルトもある。寝袋の代わりに雨具を着込んでツェルトを羽織ればなんとか寒さはしのげるだろう。それでもダメなら家に帰ろう。そして寝た。まわりのテントのざわめきがときおり気になったが、目覚めれば5時過ぎ、寒さに震えることもなく、高原で一人の夜を過ごすことが出来た。テントから外に顔を出すと細かい霧雨、あたりはガスに覆われている。ツェルトをたたみ、雨具をしまう。片づけをしているうちに雨はやんだ。テントからイスをだして横たわる。植物図鑑をぱらぱら眺める。まわりのテントでも起き出してきたキャンパーたちが、炊事棟に向かい、食事の支度を始めだした。キャンプ場の朝が始まろうとしていた。
2006.08.27
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高妻山から牧場にたどりついたその足で隣の戸隠キャンプ場へと向かった。翌朝10時から飯縄高原の環境保全研究所で自然ふれあい講座があるので、そのままこちらで朝を迎えることにした。申し込みをしてキャンプサイトを聞くと、バンガローエリア以外ならどこへでもどうぞとのこと。適当な場所を探して2人用のテントを設営する。もう20年以上前に買った骨董品だが、国産のテントメーカーのモノでしっかりしている。テントの設営を終えて、車で戸隠神告げ温泉 湯行館に向かった。山でかいた汗を流し、疲れた身体を温泉の湯でほぐす。う~ん、至福の時。気分爽快でキャンプ場に引き返す。それにしてもキャンプ場に来るのは何年ぶりのことだろう。キャンプに行くときにはいつも子どもたちがいたが、今回は一人。テントの横にアウトドア用の折りたたみイスを並べ身体をもたらせて草花の図鑑を眺める。まわりには最後の夏を楽しむ家族連れの都会のキャンパーたち。長野市内はすでに2学期が始まっている。
2006.08.26
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【高妻山】5:56牧場駐車場→6:04第1ゲート→6:09第2ゲート→6:49鎖下→7:03氷清水→7:30一不動→7:45二釈迦→7:58三文殊→8:12四菩薩→8:30五地蔵→8:36六弥勒→8:42七釈迦→9:04八薬師→9:14九勢至→9:54十阿弥陀→9:58高妻山10:23→10:35十阿弥陀→11:16九勢至→11:24八薬師→11:45七釈迦→11:51六弥勒→11:55五地蔵→12:08四菩薩→12:22三文殊→12:31二釈迦→13:02一不動→13:10氷清水→13:56第2ゲート→14:01第1ゲート→14:10牧場駐車場牧場駐車場には6時前に到着する。駐車場に車は10台弱。山はガスに覆われている。入口で登山届けを書いていると岐阜から来たという青年が到着。挨拶を交わして先に進む。第2ゲート手前の登山道で牛が5頭、草をはんでいる。歩くワタシをチラッとみる。おとなしい草食動物と分かっていても大きな身体が近くにいるとなんだか気持ちのいいものではない。第2ゲートを過ぎれば勾配のゆるい山道。木々の梢を抜けていく。岩にかかる鎖場を越したところで見たことのない鳥が3羽、鳴きながら近くの枝にとまった。ノドに真っ赤な色が付いている。野鳥図鑑で調べるとノゴマのオス。北海道に住む鳥で渡りの途中に立ち寄ったらしい。ノゴマを図鑑で調べているときに私を追い越していった先ほどの青年が、少し行ったところで立ち止まって休憩をしている。水場だ。でも氷清水はもう少し上のはず。おかしいなと見渡すと5mほど上に「氷清水」の案内板。上で湧いていた水が下流に移動したらしい。へえ、こんなこともあるんだ。移りかわりを見るのも同じ山に登る楽しみか。一不動付近はツリガネニンジンが群生。ここのところ天気予報は晴れでも山に登れば、山はガスに覆われたまま、まわりの景色を見渡すことが出来ない日が続いている。遠景はあきらめて、近くの花を目に入れながらアップダウンを繰り返して高妻をめざす。一不動から八薬師まで標識がついていたが、九に該当するところに小さい祠はあるが、標識はない。調べれば九勢至。どうしたんだろう。ここからガスがすこし晴れた。見上げれば高妻山はまだまだ高い。岩に手をかけ足がかりを見つけて急な斜面を登る。十阿弥陀から高妻山頂上で休憩をしている人たちが見通せる。もう少しだ。高妻山に到着。残念ながら頂上からの景色はない。天気がよければ乙妻山まで足を伸ばそうと思ったけど、あいにくのガスで楽しめそうもない。乙妻山は次の楽しみに。しばらく休憩して下り始めると岐阜の青年が頂上にやってきた。彼とは抜きつ抜かれつし、ときおり会話を交わしたりしながら同時に牧場の登山口にたどりついた。
2006.08.26
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前日の疲れが残っている。さりとて家でじっとしているのはつまらない。そこで戸隠森林植物園に出かけることにした。森林植物園では5月~10月までの期間、毎週午前10時から2時間、ボランティアが森林ガイドをしてくれる(200円)。今日のガイドはベテランの古澤さんと野鳥が得意な加藤さん。客は年配の女性とワタシの2人、とても贅沢な見学会だ。最初のミドリ池で「笹の葉っぱの上を見て下さい。何か見つかりますか?」と古澤さん。じっと見るワタシ。「あれ、笹の葉の上に小さな蛙がのっている!」「モリアオガエルの赤ちゃんです。池に卵を産み落とされたモリアオガエルが笹の葉の上に上がってきています。やがて森の中に帰って、産卵の時にまたこの池にもどってきます。調べによるとモリアオガエルは4kmも離れたところまで行ったというデータが残っています」「すごいなあ」ワタシは池の畔の笹にのって、あちらこちらでひなたぼっこをしている蛙をもう一度見てみた。
2006.08.20
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【鹿島槍ヶ岳】大谷原駐車場6:39→7:24西俣出合→8:59高千穂平→10:09冷乗越→10:20冷池山荘→11:19布引岳(2689m)11:26→12:05鹿島槍ヶ岳12:25→12:54布引岳→13:36冷池山荘→13:48冷乗越→14:19高千穂平→15:13西俣出合→15:52大谷原駐車場朝4時にセットした目覚まし時計が鳴っている。ボタンを押してセットを解除。安心して再度寝る。ときおり意識は目覚めるが身体は起きられない。鳩時計が鳴る。耳を澄ませば「ポッポ」の音が5回。「いけない、5時だ!」あわてて飛び起きて準備に取りかかり、車に乗るとすでに5時半を過ぎていた。今日は鹿島槍ヶ岳。前回通りのタイムでも10時間の行程、これ以上遅くなると予定を変更しないといけない。大谷原駐車場にはすでに7台の自動車。ここから登山口の西俣出合まで約1時間。ときおり鹿島槍の穂先がのぞき、爺ヶ岳がのぞく。登り始めた段階では山がはっきり見えていた。緩やかな砂利道の林道を2本のストックを頼りに黙々と歩く。ダムの下をくぐればすぐに西俣出合。20数人の男女のパーティが先を歩いていたがここで追い越した。山と高原地図「鹿島槍・五竜岳」のコースタイムによると大谷原駐車場(1132m)から鹿島槍ヶ岳(2889.1m)までが8時間半。そして下りは5時間40分。あわせて14時間の行程。一般的に100m登るのに30分かかると見て、1750mの高度を上がるのには8時間弱。しかし、それだと帰りが夜になってしまう。2年ぶりの鹿島槍ヶ岳、久々の登山に際して前日、解説書に目を通した。「鹿島槍ヶ岳は、後立山連峰の盟主といってもよいだろう。穂高もさることながら、双耳峰をいただく独特の山容が、見るものを魅了するのだ」そうなのだ。長野に来て最初に覚えた山は、北信五岳(飯縄山、黒姫山、戸隠連峰、斑尾山、妙高山)。そして河原に行くと見える双耳峰の鹿島槍ヶ岳を手始めに爺ヶ岳、常念岳などの北アルプスの山を覚えていった。鹿島槍ヶ岳はワタシの初めての北アルプスなのだ。「赤岩尾根から鹿島槍ヶ岳へ」の項には「鹿島槍ヶ岳に向かう最短距離のコース。縦走の下山路として利用されることも多い。別名は「長ザク尾根」。道はよく整備されているが、ハシゴや木段のかかる急な箇所が多数あり、稜線直下には鎖のつく岩場もある」とあった。前回の登山を思い返してみたが、ハシゴや鎖場の印象が希薄だった。変わりに布引岳と鹿島槍ヶ岳に登る石に覆われた急勾配の登山道が鮮明にインプットされていた。高千穂平までは展望のない登山道をひたすら歩く。このあたりをかつての修験者は懸命に歩いたのだろうか。解説に書かれていたハシゴはよく管理されており、注意して歩けば大丈夫。やせ尾根が多いのでそちらへの注意がより必要だろう。冷乗越にたどりつけば剣、立山が目の前に姿をあらわす。赤岩尾根ではほとんど人に出会わなかったが、冷乗越につくと爺ヶ岳と鹿島槍ヶ岳をいききする多くの人に出会った。しばらく歩いて振り返れば爺ヶ岳の3つの峰。お花畑にはハクサンフウロ、ウサギギク、トリカブト、マツムシソウ、コオニユリと様々な花が迎えてくれた。布引岳に登る頃、山はすっぽりガスに包まれる。しかし、登山道の脇には白いリンドウ。ときおり青い本来のリンドウも見かけるが圧倒的に白が多い。布引岳を越え、砂利道に足音をきしませながら鹿島槍に登る。冷乗越から冷池山荘、そのすこし向こうまでにかけてたくさんの登山者と出会ったが、その後はほとんど出会わなくなった。一面のガスに不安になった頃に上方から人の声。見上げれば頂上。東京方面から来た人たちが標識を背に記念写真を撮っていた。ついでにワタシも携帯のカメラで2889.1mの木の標識をおさめた。頂上にはいくつかのザックがおかれたままになっている。ここにザックをおいて空身で北峰に行った人たちだ。時間は12時過ぎ。ここから北峰まで往復すれば約1時間。後の行程に支障が出るので北峰は次回へのお預けにした。頂上で休憩の後、布引岳、冷乗越へと急ぎ足で下る。頂上で出会ったカップルが先に下山していった。冷池山荘で休憩しているのを見かけたが、冷乗越で今度はワタシが休憩しているとすぐ後ろについていた。そこから赤岩尾根を下り始めると2人も同じコース。つかず離れずついてくる。西俣出合で振り返ると2人の姿はどこにも見えない。かなり後方なのかなと思いながら林道を下り始めた。しばらく歩くと後方で物音。振り返ると2台の折りたたみ自転車に乗ったあのカップルが颯爽とワタシを追い越していった。大谷原から登山口までは約1時間。この時間を15分に短縮できれば、往復で1時間半の短縮。この効果は大きい。次回はワタシも取り入れてみたい。
2006.08.19
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3合目登山口 8:06→8:37 4合目(水場)→8:59 5合目→9:32 6合目→9:48 7合目→10:04 8合目→10:15 和山分岐→10:45 山頂 11:10→11:28 和山分岐→12:24 8合目→12:38 6合目→12:51 5合目→13:04 4合目→13:30 3合目登山口チングルマ和名は実に生えた羽毛状の毛が輪状に並ぶ姿が、子供が遊ぶ風車(稚児車)に似ることことにちなむ。ちょうどこの頃ですね。なだらかな山に浮かぶ池塘をみると、苗場山にきたことを実感する。花茎の先に散房花序の白い花をつける。この花がカラマツの葉ににており、葉がモミジに似ていることからモミジカラマツの和名がついている。鳥甲山にはまだ登っていない。今年中にはきっと…自然体験交流センター(苗場山頂ヒュッテ)お盆の最終日、時間は午前5時半を少し過ぎたところで家を出発。犀川の土手を長野東インターに向かう。朝日がまぶしい。高速道路を中野インターで降りて志賀高原から栄村へ。雑魚川沿いの道を走り、鳥甲山への登山口をやり過ごすと切明。川を渡り小赤沢から3合目登山口を目ざす。鳥甲山の登山口に車は3台ほどしか停まっていなかったが。こちらは20台以上の車が停まっている。3合目登山口を8時過ぎに出発。陽ざしは既に高くなっている。最初に出会った花はヤマアジサイ。青い色が色あせている。今日は写真の日。足取りもゆっくり被写体をさがす。すぐに大きなブナの木。見ると登山道に何本も並んでたっている。杉の根が登山道をおおう。根はたくさんの人に踏まれてツルツルになっている。4合目は水場。見れば木に大きな赤いペンキで「水」と記してある。そんなに書かなくても…。なんだか木が可哀想。5合目あたりで山頂から降りてきた年配のご夫婦らしき人に出会う。聞けば「昨夜の夕日も、今朝の朝日もとっても素晴らしかった」とのこと。私はこの山はいつも日帰りなので、朝日や夕日に出会ったことはないが、一度ゆったりと山で夜を過ごすのもいいだろう。8合目をすぎればやがて視界が開けてくる。鳥甲山の向こうには北アルプスと鹿島槍の二つの峰が、そして南側には前回登った裏岩菅山が見えている。地塘にはワタスゲ、チングルマが早い秋の訪れを伝えている。頂上にたどり着く頃にはガスが空をおおい。楽しみにしていた景色を見ることは出来なかった。紅葉のシーズンにでももう一度、訪ねてみようか。苗場山の帰りにはいつも小赤沢温泉「楽陽館」の赤茶色い温泉とキノコそばを楽しみにしている。この日、温泉には私一人。ときおり吹いてくる網戸越しのさわやかな風を受けながら入浴を楽しんだ。
2006.08.16
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爺ヶ岳登山口(柏原新道)7:14→7:44八ッ見ベンチ→8:07ケルン→8:42石ダタミ→8:52石ベンチ→9:26種池山荘→10:02爺ヶ岳南峰10:18→10:35中峰→11:00北峰→12:00種池山荘12:08→12:30石ベンチ→12:37石ダタミ→12:45一枚岩→13:02ケルン→13:34登山口スケッチを絵はがきにして毎月、10数人におくっている。来年米寿を迎えるというI婦人もその一人で、ワタシが大阪で働いていたときの理事長の奥さん。I先生は1998年に亡くなられたがそれまで毎年、前職の友人とお正月に先生を訪ね、奥様の手料理を味わっていた。6月に入ってI婦人のご子息のN先生から電話が入った。8月のお盆休みにI婦人を連れて大町の別荘に行くので、「よかったら訪ねてきませんか」という話し。「爺ヶ岳に登った後、大町のお宅を訪ねよう」。ワタシはお盆の計画を立てた。午前7時、扇沢の登山口に近づくに連れて道路脇に自動車がたくさん止まっている。通常はこれほどではないがさすがにお盆。爺ヶ岳登山口に近い2つの駐車場はいずれも満車、車の置き場はない。少しやり過ごしたところに一時的に開放した駐車場があった。入り口付近に車一台がおけるスペースがあり、そこに駐車することにした。登山靴に履き替え、スパッツをつける間にヤブ蚊が押し寄せてくる。首から携帯電話をぶら下げ、デジカメをぶら下げる。…しかし、変だ。デジカメが軽い。見ると電池が入っていない。昨晩、念のためにとカメラから電池を取り出し充電した。充電したまま、その電池を入れ忘れて山にやってきてしまったのだ。家を出るときは、爺ヶ岳の山野草をカメラに納めようと考えていたけど、予定は初っぱなから狂ってしまった。そこでワタシはコースタイムをどれだけ短くすることが出来るかに目的を変えた。ケルンから先にはオレンジ色のニッコウキスゲが幾つも花をつけていた。「カメラがあれば…」と口おしい。仕方がないのでドンドンあるく。いくつかのツアー客を追い越し、山から下りてくる人をやり過ごしたり、先に行かせてもらったり‥。すれ違うときに「ゆっくりどうぞ」と声をかけてくれる人。「ありがとうございます。もうゆっくりしか歩けません」とこたえるワタシの声には元気がない。 石ベンチを越えたガレ場は雪渓が残る。おそるおそる雪の上を通りすぎる。雪渓を越してしばらくあるくと視界が広がり、種池山荘の小屋が見える。これまで視界のない登山道を歩いてきたので、広がる青空と山荘の赤い屋根が新鮮だ。爺ヶ岳山頂(南峰)が見える。 中腹から北を見れば鹿島槍ヶ岳、ガスがあたりを覆っていた。 山荘から南峰、中峰、北峰と歩く。南峰、中峰には登山道があるが、北峰には通っていない。北峰近くまで足を伸ばしきびすを返す。振りかえれば中峰、南峰はガスにまかれ、ときおり姿をあらわしている。種池山荘付近に集まる人の気配。何事かと視線の先を見ればライチョウの親子が登山道から5mくらい離れたところを歩いている。「こんな時、カメラがあれば…」悔し紛れに携帯を取り出しカメラに設定して写してみるが、被写体はほとんど判別出来ない。山小屋からN先生に「これから山を下りて3時過ぎにそちらに向かいます」と連絡。山を駆けおり、大町温泉郷「薬師の湯」で入浴。しっかり疲れを落とした後、N先生を訪ねた。別荘にはI婦人とN先生夫婦、そして息子さんのご家族(3歳くらいと4歳くらいの女の子2人)で来ておられた。I婦人はワタシが先般、大阪の実家に帰ったときにお会いしていたので、2ヶ月ぶりの再会だった。そのときにもこれまでどこに行くときにも車を使っていたので、足が思うように動かないと嘆いておられた。しばらく話しをしているとN先生は釣りに行っている息子さんを迎えに行くと2人のお孫さんを連れて外出。近くにいた小さい方の女の子の手をとって「握手、ばいばいばい」と手を振った。少しするともうひとりの女の子がワタシの右隣にたった。「何?」と思ってみると、左にやってきたさっきの女の子が「この子にも」と握手を催促。「そうか、握手か!」ワタシはその女の子の手を取り、もう一度「握手、ばいばいばい」をやった。そう言えば我が家の子どもたちもこれが大好きだったなぁ。ひとしきりI婦人とN先生の奥様とお話をしてから、ワタシはN先生のお宅を後にした。
2006.08.14
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●2006トレッキングツアー 志賀高原ガイド組合・裏岩菅山コース 東舘山山頂9:04→9:37寺子屋山→9:47金山沢頭→10:56ノッキリ→11:30岩菅山山頂12:00→12:40裏岩菅山山頂→13:32岩菅山13:40→14:00ノッキリ→15:00アライタ沢 志賀高原ガイド組合主催のイベント「岩菅山登山」に参加した。ほっぽバス停前に8時半集合。参加者はワタシを含めて11人。ガイド2人、自然保護レンジャー4人(学生男女2人づつ)。チケットを購入し東舘山ゴンドラリフトで東舘山へ。歩く前に荷物の確認。「雨具。水(1リットル以上)」、これはOK。「ヘッドランプ」、4時には行程が終了となっていたので持っていかなかったけど、雨が降り暗くなると夕方でも必要とのこと、次回からは持参するように心がけよう。「志賀高原は標高は谷川岳よりも高くて、天気の変更も激しく高山病が出ることもあります。雷の心配もあるので裏岩菅山まで一生懸命歩き、4時くらいには出発点まで帰りましょう」。最終的には裏岩菅山を目指すと言うことで、歩くピッチが早い。リーダーのAさん(女性ガイド)が説明の後、さっそく歩き出す。えっ?せっかく東舘山自然植物園に来たのに花を愛でる時間もないの。植物園にはピンクや紫、青や黄色の山野草が咲いている。ワタシはそれをやり過ごす。Aさんは黙々と歩く。寺子屋山の手前で小休止。振り返れば焼額山のスキー場が見える。ここからこれまでのスキー場を歩くコースから山道のコースに変わる。相変わらずピッチは早い。寺子屋山で3人で参加していた人がリタイア。男性ガイドが3人組をリフト乗り場までおくっていった。残ったのは熟年夫婦2組、京都からやってきていた中年女性2人組(Aさん、Kさん)、あとは長野市内から来ていた若い女性(Yさん)とワタシ。次は誰がおいて行かれるかと内心ひやひや。ノッキリに行く途中、京都から来た2人組のうちの1人Kさんの足取りが重くなった。「大丈夫ですよ。歩き出しは早いけど、すぐにペースを落として歩くから、自分のペースで歩いてください」と声をかける。しばらくするとガイドさんたちが花を見ながら立ち止まっている。追いつくとまた歩き出す。「私は大丈夫なので先に行ってください」とKさん。後ろからはレンジャーの4人が末尾を歩いてくるので後を任せることにした。ノッキリで休憩。ガイドさんにKさんの足取りが重いことを伝えると、「ここまではのぼりがきつかったけど、この後はそんなに急ではないので時間をかければ大丈夫です」とのこと。ノッキリから少し登れば山頂が見通せる尾根伝いの道。南に赤石山、志賀山、横手山。北東に苗場山、鳥甲山。目標がはっきり見えるだけに気持ちの負担は少ない。ガイド、夫婦2組、ワタシ、Yさん、京都組、レンジャー4人が岩菅山に向かって歩き出す。リタイアした3人組の客を東舘山のリフト乗り場まで送り届けた男性ガイドがそれに続く。山頂手前はガレ場、足場を慎重にさがしながら一歩一歩、足を進める。夫婦連れのうちの男性がガイドに続いて登頂した。「ついたぞ~!」ワタシの目の前にいる配偶者に声をかけている。三々五々に一行は到着。時間は11時半。「12時には出発しますのですぐにお弁当を食べて下さい」。ところどころ雲はかかっているけど360度の眺め。時間になったので休憩もそこそこに歩き出す。女性レンジャー2人はここで待機することになった。カミナリを気にしているのか、ガイドのAさんは急いで歩き出す。道は細く、登山道右手は切り立った崖。不安を感じたKさんの動きが遅くなった。ガイドさんに「京都の方、リタイアみたいですよ」と声をかける。京都の2人はもうすでに来た方向に引き返しつつあった。「この先は険しいし、その方がいいかも知れません」とガイド。11人が8人になり、8人が6人になる。険しいとは言っても急登はない。足下にはササとコバイケイソウの茶色くなった葉。小さなクルマユリもところどころに咲いている。尾根づたいに見晴らしのよい道を歩けば裏岩菅山に到着。待たせているからと休む暇もなく、すぐに引き返す。このあたりには食虫植物のムシトリスミレが咲いているとか。さがすとかすかに葉が残っていた。岩菅山に残っていたメンバーを拾い下山開始。帰りはノッキリでアライタ沢へとコースを変える。これまでとはうってかわって林間コース、景色はのぞめない。アライタ沢手前で一行がとまって岩の割れ目をのぞいている。何かとのぞけばヒカリゴケ。岩の奥で緑色の蛍光塗料をぬったように輝いている。アライタ沢からの登山道は沢と並行に進む。しばらく歩くと底清水。水が岩の間からわき出ている。のどを潤し、ペットボトルや水筒に水をくんで小休止。林道に出るとヨツバヒヨドリにアサギマダラがとまっていた。「わぁ。きれい」みんなはカメラを取り出し、思い思いにシャッターチャンスを狙っていた。今回のツアーでは反面教師的に学ぶことが多かった。1.ツアー参加者の登山力は一定ではない。一定レベルを要求するなら事前に要件を明示する。2.ツアーは楽しく安全にが基本。途中、半数近くがリタイアしたのは安全(カミナリがくることに対して)を重視するあまり行程を急ぎ、楽しい要素が欠如していたから。改善策:事前に登山レベルを明示する。ここまでの人しか参加してはいけません。それが出来ないのならあと半時間、もしくはあと1時間早いスタートにする。せっかく参加したのにリタイアした人たちは悔しいと思う。その点を謙虚に反省し今後の計画に生かして欲しい。
2006.08.13
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「あっ、流れた!」子どもの声が弾む。「えっ、どこ?」みんなはいっせいに空の隅々を見上げる。環境省・戸隠を知る会主催(共催:北信森林管理署・戸隠観光協会・ボランティアの会星の観察会)の星の観察会に参加した。時間は夜8時から。かみさんと家を7時前に出て戸隠を目指した。車を走らせているうちに景色は薄暗がりからやみに変わる。ところが会場の緑地広場(豊岡地区)が分からない。小学校のあたりを行ったり来たりして、外に出てバーベキューをしている家族に場所を訪ね、ようやく会場を探し当てたが、開始の8時を少し過ぎていた。集まっているのは30数人、ほとんど親子連れのようだった。案内の人が声をあげる。「新しい人が来るたびに説明しているので、もう何度も話しましたが、毎年8月12日から8月13日がペルセウス座流星群が一番よく見える日です」空を見上げるとまたたく星。薄い雲が南半分にかかっている。分かるのはひしゃくの北斗七星。Wのオリオン座。「雲がかかってきているのでだんだん見づらくなっています。月が長野の方から上がってきたら月の光でもっと見えにくくなってきます。」「いま、木星が見えました。望遠鏡をあわせるので観て下さい」「あっ見えなくなりました」雲のいたずらで観ようと思うと木星は雲に覆われてしまう。そんなとき…「あっ、流れ星が見えた」「本当だ」と声が上がる。闇夜の中、光が右から左に2つ、3つさっと横切る。「ああ、あれは電線に光が当たっているんです。ほら!」と案内人が懐中電灯の光を当てるとさっきと同じ光が右から左へと動く。どうやら下の県道を走る車のライトがあたっていたためらしい。「なぁんだ!」と一同がっかり。「見えた」と声をあげた私もちょっとはずかしい。でも、実はこの後、本当の流れ星をひとつ目にした。ワタシが観たとき、2,3人「あ、見えた」と言ったので間違いない。でも瞬間だったので願い事をする暇はなかった。残念。「皆さんの頭の上にある夏の大三角が分かりますか?」「ひこ星とも呼ばれるわし座のアルタイルと、織り姫星のこと座のベガ、それからはくちょう座のデネブ、この3つの明るい星を夏の大三角と呼びます」ときおり説明をしてくれる案内人の話に耳を傾ける。「あまり星が見えなくなってきました。外は寒いですし、いつでも帰っていただいてけっこうです」の声に帰る人もちらほら。私たちも流れ星に後ろ髪を引かれながらも、案内の人に礼を述べて戸隠の山を後にした。
2006.08.12
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裏銀縦走のために休みをとっていたが予定が中止になったので一人で火打山、妙高山に行くことにした。天気予報は晴れのち曇り。台風7号が近づいているけど、翌日の天気予報も晴れのち曇り。これなら大丈夫と家を出た。登山口のある笹ヶ峰キャンプ場に向かう。近づいてくる妙高山、火打山。青空の中にくっきりときれいな姿を見せている。笹ヶ峰登山口に車を停める。登山口で登山届を出し登山道に足を踏み入れる。きれいに整備された木道がつづく。黒沢橋で最初の休憩。勾配がきつくなったあたりから木道が無くなる。しばらく歩くと木立に出てきた大きなこぶのある木。ミズナラだった。こんなに大きな木になるまでどれだけの歳月がたっているんだろう。としばらくワタシは見入っていた。
2006.08.11
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根子岳に向かう登山道は、牧場と隣り合う。道の右にも左にも有刺鉄線が張り巡らしてある。いつもは根子岳からの下りを歩いていた。それで緩やかな登山道と思いこんでいたが、こうして歩いてみるとそんなことはなかった。汗をかきかき、それでも道ばたの花に目をやりながらゆっくり登山道を登る。マツヨイグサ…ノハラアザミ、ウツボグ、そして秋の訪れを知らせるワレモコウ。今回、この山で見る花すべてを写真に撮ろう。そう思って登った山だったから、いたるところで足が止まる。足もとを草についた朝露がぬらす。すると下から登ってくる人の声、脇によけて追い越すのを待つ。登山者は2人。撮った写真はハクサンフウロ。ワタシと同じく行きすぎるのを待っていたかのように鳥が近くの木に飛び移った。そして続いて1羽。しばらくしてもう1羽。あわせて3羽がこっちと向こうの木で行ったり来たり。頭にかぶった帽子。アオゲラかと思ったけど、どうやらホシガラスみたい。これものんびり登山でなければ気の付かない情景だろう。根子岳は花の百名山。この時期、花にはイヤと言うほど出会う。ホタルブクロ、マルバダケブキ、ハクサンオミナエシ、ヤマハハコ、クガイソウ、ソバナ…そしてところどころで見た白い上品な花ミネウスユキソウ。あのエーデルワイスの親せきだ。黄色いマルバダケブキには様々なチョウが遊びに来ている。羽の表は真っ黒、羽の裏はクジャクチョウに似た模様。それからアサギマダラ。アブたち。菅平の山ではマルバダケブキが主役というように笹に覆われた山を彩っていた。来た道を振り返る。車を停めた菅平牧場の駐車場。その向こうには善光寺平の山々。はるか遠くに北アルプスの峰みね。鹿島槍ヶ岳、剣岳、爺ヶ岳、そして南側には槍ヶ岳、穂高。青空に映える久しぶりの眺望だ。根子岳頂上には先についた人たちが360℃に広がった展望を楽しみながら優雅な食事タイム。そしてワタシは人びとの歓声を聞きながら志賀のやまなみをスケッチした。
2006.08.07
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登山口駐車場6:58→8:46根子岳頂上9:41→10:48四阿山分岐点道標→11:02四阿山11:25→11:36四阿山分岐点道標→13:10四阿山登山口かみさんは昨日、朝から焼き物仲間と旅に出た。甥は広島。それでワタシは土曜日の夜、ひとりでビールを飲みながら山の計画。計画、練る。計画、ねる。計画、寝る。…というわけでいつの間にかうたた寝をしていた。5時半過ぎに目が覚める。実はそれ以前に目覚めていたのだけど、早い時間からネコたちのモーニングコールを受けたものだから、なかなか起きられない。ミウが餌をくれとワタシのベッドにやってきてまくら元で前足をすりすり、それでも起きないワタシの身体に乗って、お腹のあたりでおりて、またスリスリ…を何度も繰り返す。次にミャンコが部屋の前にやってきて「みゃう、みゃう」と餌をせがむ。ミウとミャンコの攻撃をこちらも負けずにやり過ごしていたが、あきらめてようやく起き出した。2匹は自分の餌入れの前でちょこんと座って順番を待つ。さあ、朝のお勤めが終わった。それからおもむろに山の支度を始める。それでも6時には家を出た。長野市内から落合橋(犀川と千曲川が合流点)を渡り、県道長野菅平線を走る。長野にやってきた当時、この道路を走っていると山の中で親子連れのカモシカを見て驚いたものだった。今ではカモシカもけっこう増えていて、あっちこっちに出没するようになった。この道路を使えば、落合橋から菅平まで30分弱で到着できる。菅平高原にたどりつけば一面の高原野菜。まだ7時前だというのにランニングするジャージ姿の生徒たち。夏休みの合宿だろうか。あちらこちらに学生がいる。ラグビーの合宿で有名になった菅平にはサッカー、マラソンの高地トレーニング。コンビニのまわりには早くから学生が集まっている。なんだか学生銀座といった面持ちだ。 菅平牧場駐車場に車を停めたのが7時前。一番上の駐車場にまだあきがあった。前日には縦走をしようと決めていた。今年と一昨年は雪の残るゴールデンウィークに四阿山から根子岳へと向かった。「今日は逆コース。」一度、反対から四阿山に登ってみたかった。そして歩く前に「急いで歩かない。」「生き物をじっくりみる」と決めた。いつも急ぎ足のワタシの今までとは違う山へのアプローチ。ふたつの約束ごとを決めて、ワタシはゆっくり根子岳に向かって歩き出した。
2006.08.06
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長野ゴスペル プレイズ クワイヤー毎年、この時期にやっているJAZZ in ちとせ。職場の同僚が長野ゴスペル プレイズ クワイヤー(後ろで歌っている人たち)のメンバーとして参加したので応援(邪魔)に駆け付けた。「2006 CHITO SESPESIAL(藤井康一・荻原亮・照本史・外)」をメインにたくさんのバンドや団体が2日間に渡って熱い舞台繰り広げた。司会の藤井康一さんの話が面白く、参加者をうまく盛り上げる。ボーカルはもちろん、サックス、ウクレレ、ハーモニカと楽器もなんでもござれで演奏。そういえば昨年も「面白い人だなぁ」と話と演奏を聞いていた。生ビールを飲み、枝豆や焼きそばを食べながら好きなJAZZが聞けるなんて、とってもHAPPY。おかげで胴回りがまた大きくなったような…近くの錦町通りや南千歳公園周辺では「第36回 びんずる夜店」。ふわふわ風船、射的、ヨーヨー吊り、輪投げ、和太鼓、ジャズダンス、フラメンコ、サルサダンス、アマチュアバンド、ミニびんずる踊り(ながの東急)、などなどが出ていた。
2006.08.04
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戸狩の植物オオカメノキ(スイカズラ科)見所は4回ある。宇宙人のような冬芽。雪解け後すぐに芽吹いて咲いた白い花。虫に好まれ、虫食い状態の葉。最初は赤く熟し、やがて黒くなる実。大きな亀の甲羅のような葉からオオカメノキという名前が付いたが、葉がよく虫食いになるのでムシカリとも呼ばれる。ナットクだね。木島平村稲泉寺周辺の蓮。稲泉寺では周囲の休耕田計約5000平方メートルに、2000年以上前の古代ハス「大賀ハス」などがピンクの花を咲かせている。長野駅からJRで飯山駅に向かうとひとつ手前の駅が「蓮」と書いて「はちす」駅。きっと以前からこのあたりには蓮の花がそこかしこに咲いていたのだろう。
2006.08.03
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コバネイナゴおんぶしているバッタを見るとおんぶバッタと思うけど、これはイナゴ。水田やその周辺の草原などに極めて普通にいる。イネの害虫だが、イネ以外の雑草も良く食べる。人間はそのイナゴを佃煮にして食べる。蓮の葉の日陰で日よけするトンボ。さすがにこの日射しでは真っ赤になってしまうね。アキアカネ?
2006.08.02
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●戸狩温泉のチョウ昆虫を見つけるとヤマケイジュニア図鑑でまず確認。そこで見つからないと「とりあえずこれは新種だ」と決定する、…ということもないけど、次にネットで検索。すぐにみつかるといいが、そうでないときは大変だ。でもサカハチチョウは割と簡単に見つけることが出来た。漢字で書くと逆八蝶。なるほど、「八」の字が逆さまになったように見える。そしてもう一度、名前から手元の「戸隠の自然」で再確認した。サカハチチョウ(タテハチョウ)春と夏の年2回発生して、それぞれの羽の模様が違う。これは日長によって変わると言われている。夏型は幼虫が育つ頃の長日(軽い時間が16~20時間)によって、春型は短日(明るい時間が8時間)によって出現する。このように季節によってかたちや色が違うものを季節型といっている。(戸隠の自然)ユリの花で吸密するカラスアゲハを見つけた。シャッターチャンスと近寄れば、すぐに飛んでいきなかなかうまく写真が撮れない。黒いアゲハチョウを見ればみんなカラスアゲハだと思っていた。近似種にミヤマカラスアゲハがいるのを意識したのは、今回、いろいろと調べてから。ミヤマカラスアゲハはカラスアゲハより大きめ、「カラスアゲハに似るが、より色彩が鮮やかで美しく、前翅の表面に白っぽく輝く線が入っていること、後翅の裏面に白い帯が弧状にあることで見分けられる。」とある。後翅裏面に白い帯が見つからないのでこれはカラスアゲハか。
2006.08.01
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