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今週は図書館で借りた三浦哲郎さんのカセットを聴いていた。その中に“忍ぶ川”のテープが2本入っていた。一つは新潮カセットブック。もうひとつは横浜カセット文庫。新潮カセットブックの朗読は山本学さん。横浜カセットの方は女性のアナウンサーの小川道子さんだった。同じ作品でも読み手が変わると作品の雰囲気が変わる。そんな違いを楽しんでいた。ワタシが最初に忍ぶ川と出会ったのは高校生の頃。公立高校の受験に失敗して、私学に入学したワタシは、高校生活が楽しめず、もっぱら中学時代の友人たちと遊んでいた。この映画もそんな時期に友人と一緒に見たものだ。あれから数十年が経過した現在、映画の印象はほとんどないけど、主演女優の栗原小巻さんが若くて美しかったことだけを何となく覚えている。でも相手役の加藤剛さんのことはほとんど覚えていなかった。(^^;)実はこの作品のテープは3,4年前にも一度聞いたことがある。記憶していたことは、学生の私が深川の材木会社の専務である兄の所へよくお金をせびりにいっているシーンだけ、残念ながら、それ以外のことはとんと忘れてしまっていた。今回は立て続けに2回聞いた。3,4年後に再度聞いたときに忘れてなければいいのだが…。題名:忍ぶ川(N0.28) 著者:三浦哲郎朗読:小川道子 (93分)発行:横浜録音図書 (1998年4月)定価:1,600円+税
2006.01.31
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♪小さく小さく小さくなあれ、小さくなって蟻さんになあれ。♪大きく大きく大きくなあれ、大きくなって天まで届け~!このフレーズでピンとくる人は、かなりのお年(笑)。ワタシは蟻さんと天とのギャップが大好きでした。著者の砂川啓介さんは若い頃、体操のお兄さんとして脚光を浴びていた。その砂川さんが奥さんのドラえもんこと大山のぶ代さんとの出会いから現在にいたるまでを綴った本。この本を読んで思い出したと言うか、分かったんだけど、NHKの人形劇「ブーフーウー」のブーの役(声優)も大山さんだった。フーが三輪かつえさんで、ウーが黒柳徹子さん。この番組も子どもの頃、大好きでよく見たなぁ。♪ブーフーウー 3匹のこぶた♪1番上がブー ブーブーブーのブツブツや♪2番目がフー フーフーフーのくたびれや♪3番目がウー ウーウーウーのがんばりや♪ブーフーウー 3匹のこぶたというテーマソングだった。最近の事はなかなか覚えられないのに、昔の事はちゃんと思い出すね。ドラえもんと言えば、ワタシたちの世代にはもちろん大山のぶ代さんで、いまでもすぐにあの声で「ぼくドラえもん」とか「のび太く~ん」としゃべっているのがうかんでくる。ドラえもんの声優が変わったときに「え~ これが~?」みたいな反応があったけど、もう慣れたのかな。子供たちが大きくなって、ドラえもんを見る機会もなくなってしまったワタシにはなんとも分からない。この本で砂川さんは…時の流れは誰にも止められない。「大山のぶ代のドラえもん」も当然、いつかは終わる。と書いている。でも、これを書いた5年前には「その時が来るだろうけど、来ないで欲しい」っていう思いが強かったんだろうね。“カミさんはドラえもん”は砂川さんが大山さんに贈る感謝のラブレター。ワタシもカミさんに感謝の手紙を書く日が来るのだろうか?なんて思いながら読んでいました。題名: カミさんはドラえもん(N0.27) 著者:砂川 啓介発行:双葉社(2001年10月20日)定価:1,300円+税
2006.01.30
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戸隠奥社の駐車場に車を停めると、スノーシューをはいた人たちが車のそばでスノーシューを脱いでいるところだった。時間は2時前、遠くから来た人たちはもう帰る時間だ。空は昨日に続いて快晴。青空の中に真っ白く雪をかぶった戸隠の峰。1月1日に一人で戸隠奥社にお詣りしたときは、もう少し雪が少なかった。スノーシューの轍で参道は圧雪されていて、歩きやすかったけど、今回は雪に覆われて歩きにくい。多分、昨日降った新雪だろう。前回よりも雪が多く感じる。今シーズンはスノーシューを楽しもうと昨年末に2セット買った。そして1月1日に一人で戸隠を歩いたが、お母とスケジュールがなかなかあわない。ようやくこの日、午後から戸隠に出かけることができた。スノーシュー初体験のお母は喜んで、林の雪の中にズンズン突き進んでいく。ワタシは楽をしようと参道を歩く。ようやく着いた随神門。随神門まではスノーシュの轍があったけど、その先のあたりからはあまり見あたらなくなってくる。傾斜が急になるので、奥社よりも森林植物園の散策を楽しむ人の方が多いのだろうか。お母はマイペースで、ワタシははあはあ息を切らしながら奥社を目ざす。ようやく奥社に到着。いつ見てもほれぼれする戸隠ののこぎりの歯のようないただき。ふり返れば飯縄山中腹のスキー場からスピーカーの音が聞こえる。子どもたちがまだかわいかった昔はゲレンデスキーを楽しんだこともあったなぁ。なんてね…。行きに随神門の手前で先を歩いていたお母がサルを見つけた。参道を横切ろうとしていたサルは人の気配を感じて来た道を戻って、はるか向こうの方から私たちの様子をうかがっていた。じっと私たちが見ていると近くの木にするすると登っていった。子どもから青年期へと移行する年齢のサル。帰り道、そこを歩くとサルの足跡が付いていた。うまく横切っていったようだった。
2006.01.29
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安曇野市に県営烏川渓谷緑地という自然公園があり、そこで冬芽の観察会の取り組みがあったので友人を誘って参加した。“からすの学校・第4回「樹木の冬芽」観察会” 樹木は厳しい冬を越すために、 樹種によりいろいろな特徴を持った冬芽を形成して 春の芽吹きに備えています。 普段詳しく見る機会のない冬の樹木の生態を 観察してみませんか。 *日時 1月28日(土)10時~15時(受付開始9時半) 午前 : 園内の樹木の観察 午後 : 講義(冬芽の特徴や見分け方など) *講師 : 馬場 多久男講師の馬場先生は信州大学を一昨年退官された先生。“冬芽でわかる落葉樹”“葉でわかる樹木 625種の検索 ”という著書がある。今回は“冬芽でわかる落葉樹”の使い方の講習会といったおもむき。定員は25人だったけど、定員オーバーでお断りしたとか。それでもたくさんの人が集まってきていた。集合場所は烏川渓谷緑地の予定だったけど、凍り付いたのか水道がでなくなったとかで、近くのほりでーゆ~四季の郷に急遽変更、午後からの講習もそちらで行った。駐車場から馬場先生を先頭に雪道をぞろぞろ歩き出す。植え込みのドウダンツツジの前で立ち止まりお話が始まった。ドウダンツツジなどは芽の色で花の色が分かるとか。何でも踏み込んでやると面白そうだ。道路を下って渓谷緑地にたどり着く、球果の付き方で木の種類が分かる。木の同定をするときは夏なら葉や花や幹。冬は冬芽。冬芽でも取る場所を間違えると同定が難しい。採取するのは元気よく伸びている枝の先端。木の葉を採取するときは先端ではなく、日当たりのいい場所の枝のちょうど真ん中ぐらいの場所。午後からは6グループに分かれて、本をテキストに同定を始める。同定もグループでやっているときはうまくいくが、いざ自分一人でやってみるとなかなかこれがうまくいかない。(^^;)せっかく本も手に入れたことだし、木の芽の同定は雪や雨で外出できないときの遊びにはもってこいだ。題名: 冬芽でわかる落葉樹(N0.26) 著者:馬場 多久男発行:信濃毎日新聞社(1984年2月1日)定価:2,524円+税
2006.01.28
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題名:ヤマトは我なり! 〈宅急便〉セールスドライバー“サービス力の本質” (N0.25) 著者:大久保 隆弘発行:ダイヤモンド社(2003年12月11日)定価:1,600円+税1.ヤマトは我なり1.運送行為は委託者の意思の延長と知るべし1.思想を堅実に礼節を重んずべしヤマト運輸株式会社の社訓冒頭の一節です。以前、ヤマト運輸会長の小倉昌男さんの「福祉を変える経営」という本を読んだ。障害者の共同作業所の経営はカンパや助成金に頼らざるを得ないという当時の一般的な考え方に警鐘を鳴らした本だった。ヤマトの宅急便にしても今でこそ一般的だけど、20年前にはほとんど認知されていなかったように思う。それまで鉄道の手荷物や郵便局の小包はあったが、ずいぶん勝手の悪いものだった。それを一大事業に発展させた。先見の明と行政に対して一歩も退くことなく、利用者の便宜のために取り組んできたヤマトの姿勢は事業のあり方を示している。この本では11人のセールスドライバーに著者がインタビューし、そこで感じたことが記載されている。共通するのはセールスドライバーの会社に対する誇り。社員が会社の圧倒的なファンなのだから、こんなに強い会社はない。でも、わが事務所に毎日たずねてくるヤマトのセールスドライバーからはその気概を感じられないなぁ。朝、そのセールスドライバーが荷物を持ってきたときに“夕方、集荷お願いします”と言った事務所の職員に、こともあろうに“忘れるかもしれないので、電話してください”と言い放った。なんで‥!?せっかくお願いしてるのにね。この本に出てくるセールスドライバーとうちにやってくるヤマトの担当者と一体何が違うんだろう。
2006.01.27
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題名:天才伝説 横山やすし (N0.24)著者:小林 信彦発行:文芸春秋(1998年1月30日)定価:1,429円+税最近、上方演芸関係の本をよく読むのは、あの時代に自分の人格形成がされたからだろうか。よく遊び、そしてはたまたよく遊んだ青年時代(遊んでばっかりや)。友との交流や、趣味のフォークソングと漫画と同様に、当時大阪に住んでいたワタシにとってテレビで見る上方演芸は欠かすことの出来ない娯楽だった。やすきよの漫才もそんな青春の1頁だった。天才漫才師と称された横山やすし。最初の頃のボケはきよしだったと記憶している。やがてタクシー運転手との事件から謹慎処分を受け、次第にボケはやすしに変わっていった。横山やすしの出生、きよしとのコンビ結成。漫才ブームの絶頂期から吉本新喜劇の解雇。そしてアルコール性肝硬変となり51歳で死去。やすしの破天荒ぶりが自分自身の芸人人生を縮めていく。今のお笑いブームに第3次になるのか?第4次か?それはさておき、かつて上方漫才の父と言われた秋田實さん(漫才作家)は、それまでの下ネタを中心とした笑いから家族で笑える笑いへと漫才を改革してきた。その笑いはエンタツアチャコやダイマルラケット、いとしこいしへと受け継がれ、漫才は市民権を得た。でも今また弱いものを虐げる笑いが大手を振っているようにみえる。本来、市民の笑いは強きをくじき、弱きを助け、権力の横暴を笑いとばすところから始まった。そんな人たちが出てこないものかと、私は今日も楽しみに待っている。
2006.01.26
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題名:半パン・デイズ(N0.23)著者:重松 清発行:講談社文庫(2002年11月15日)定価:695円+税長野からの大阪への高速バスは順調に飛ばし、予定時刻を余して到着した。時間に余裕が出来たので、これ幸いとばかりにワタシはバス停近くの大阪梅田にある紀伊國屋書店で本を探した。手軽な文庫本をさがしていると目についた重松さんの名前。いくつかの本をチラチラ眺めてから、“半パン・デイズ”を手にしてレジにならんだ。父親の仕事の関係で、東京から中国地方にある父親の郷里に越してきたヒロシ。ヒロシは小学校の入学式を1週間後にひかえていた。田舎の子どもたちや言葉に対する不安。そんな都会の子どものヒロシが小学校に入学し、中学生になるまでの半パンの時期の物語。そう言えば男の子は、小学生から中学生になると途端に半パンをはかなくなる。これが思春期への第一歩。チビだったワタシも中学生になると半パンから卒業したもんな。重松さんのうまいタイトルに思わず感心。読みながら遙か彼方にあったワタシの小学生時代の想い出をたぐり寄せていた。
2006.01.23
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●ダイヤモンドトレール(大阪府、奈良県)上ノ太子駅出発(9:10)→ダイヤモンドトレール入口(9:47)→二上山分岐(10:45)→万葉池(10:58)→平石峠(11:46)→岩橋山(112:25)→(14:22)大和葛城山頂上(14:33)→(16:33)河内バス停二上山(517m)、岩橋山(658.8m)、大和葛城山(959.2m)ダイヤモンドトレールは1970年から5年かけて、大阪府と奈良県が中心になってつくられた自然歩道。屯鶴峰(どんづるぼう)を起点に、二上山、大和葛城山、金剛山、紀見峠、岩湧山、槇尾山と全長約45kmにおよぶ。正月に大阪に帰ってきたときに、山と渓谷社の「大阪府の山」というガイドブックを買った。そのときは家を出る時間が遅くなってしまったので、金剛山へと向かったが、ダイヤモンドトレールはいつかは歩きたい道になっていた。1月23日に大阪で会議が開催されることになり、これ幸いとばかりダイヤモンドトレールに向かった。近鉄南大阪線上ノ太子駅。ここからダイヤモンドトレール入口へと向かう。近鉄にそってつづく県道香芝太子線をしばらくすすむとダイトレ北入口がある。ここから登山道を登り二上山に向かう。二上山に近づくまでほとんど人の気配がない。人の声が聞こえたと思ったら、二上山への登山道と合流。頂上近くまで車で上ることが出来るので、子ども連れの家族客も多い。すこし登れば二上山山頂にのぼることが出来るが、先は長い。ここから竹内峠へと斜面を下る。たどり着いたのは万葉池。交差する国道166号線(竹内街道)は日本最古の国道。大和に向かって少し登ればウグイスの関だ。 この表示板をみて安心したのがいけなかった。ワタシはそこから国道にそって大和方面へと歩いたのだが、どんどん山が離れていく。もどるのもおっくうだ。ようやく見つけた“平石峠”の標識にホッと安堵し、その方角に向かった。二上山に向かう途中はほとんど雪も残ってなかったが、このあたりからは日陰には雪が残りアイスバーンになっている。順調に進んでいるときはそうでもないが、道を間違ったのに気づいたりすると途端に疲れてしまう。しかもこの時、歩いた距離はけっこう長かったのでなおさらだ。長野ではこの時期カラマツはすべて葉を落とすが、こちらではけっこう残っていた。それにしてもスギ林は手入れが行きとどかないようだ。日が差していてもほの暗い。岩橋山へと続く登山道はちょうど補強工事中だった。作業する人たちに感謝。岩橋山658.8m。岩橋山から葛城山への登山道は雪も残りアイスバーンもあり、ツルツル滑る。岩橋山まではなんとか登り切ったが、右足ヒザの後ろに異変があった。平坦な道や下りでは何ともないが、登りではいたくなる。古傷が痛み出したようだ。出来れば金剛山まで歩きたかったが、今日は無理か?!葛城山に14時までに到着できるようなら金剛山まで歩きたい。葛城山に到着したのは14時過ぎ。足の痛みでスピードが出ないどころか歩くのがつらい。頂上では雪が降り、強風が吹き付ける。隣りに金剛山、南東の方向に大峰のやまなみが見える。葛城山への登山口はサクラの名所の弘川寺(河内バス停)と、水越峠に向かう途中の青崩葛城登山口の2カ所がある。弘川寺への登山道は距離は長いが傾斜は緩やかなのでそちらを選んだ。歩き出してからあつくなってきたので、ジャンパーをザックの後ろに挟んだ。いくつか道を折り返し、下ったところで後ろに手をやるとジャンパーの感触がない。どうやら落としてしまったようだ。下りだして1時間近くは経過している。弘川寺まではさらに残り1時間ある。「残念だけどあきらめよう」。ここからもう一度登る元気はもはやなかった。ワタシの足取りは更に元気がなくなった。足を引きづったような格好でようやく弘川寺にたどり着いた。駐車場に自転車に乗った人の人影。駐車場に降り立つとその人が声をかけてきた。「五つ辻でジャンパーを落としませんでしたか?」。その人の自転車カゴにワタシのジャンパーが入っていた。「すみません。ありがとうございます」思わずいった。「五つ辻ならこちらにおりてくるだろうと思って…」。おりてくるジャンパーの持ち主をここで待って頂いていたようだ。そのときはただただ感謝の言葉を述べていたワタシだったけど、あとになってふと考えた。途中、誰とも出会ってなかったのでジャンパーを拾ってくれた人は、青崩登山口からおりたはず、そこからこの弘川寺まではかなりの距離。たとえ自転車があったとしても大変だったろうことは想像に難くない。ワタシはもう一度心の中でその人に頭を下げた。
2006.01.22
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題名:地図を見るのが10倍楽しくなる本~国道の秘密編~(N0.22)著者:中川 文人(ジャーナリスト)発行:青春出版社(2005年8月10日)定価:800円+税23日に大阪で会議があるので、21日(土)午後1時半の大阪行きの高速バスに乗り込んだ。この時、読んだ本がこれ。そして翌22日、二上山から大和葛城山へとダイヤモンドトレールを歩いた。近鉄南大阪線上ノ太子駅で電車を降り、二上山に向かう途中にダイヤモンドトレールの入口はある。その途中に竹内街道の案内標識がでていたのは少し覚えている。二上山にのぼったあと葛城山に向かう途中に、河内と大和の国境、竹内峠がある。ここで案内パネルを見ているとなんと日本最古の道と書いてある。日本最古の道?むむむ!なんだかどこかで見たような…。そう、昨日読んだこの本で「日本最古の国道が走る場所」と紹介してあったのがまさしくこの場所。竹内街道こそが日本最古の国道だったのだ。不思議な偶然にワタシは喜んだのでありました。●今日の教訓本を読めば旅が広がる
2006.01.21
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題名:~127人の店長を成功させた~繁盛の天才 2時間の教え(N0.21)著者:大久保 一彦(経営コンサルタント)発行:三笠書房(2005年7月30日)定価:1,300円+税“はじめに”で、訴えたい思いを全て語っているので、全体を読んだあと、“はじめに”にもどると納得!のはず。それでは、少しさわりを…では、繁盛できる人と、繁盛できない人は、まずどこが違うのか?ワタシは、この疑問に対する明確な答えを、導き出すことができます。繁盛できる人は「3年後の自分」を見ています。そして、繁盛できる人は「商品のインパクト」を考えています。(中略)仕事とは、「あなたの人生」そのものです。仕事では、「あなたの人生観」を売っているのです。その「人生観の対価」として、売上が発生するのですから。(中略)これは自営業であろうが、サラリーマンであろうが変わりはありません。売上が上がらない人は「人生観が希薄な人」か、この原則に気づいておらず、「自分の人生観を上手にアピールしていない人」といってもいいでしょう。●今日の教訓人生観を明確にする。
2006.01.20
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題名:あなたの仕事が劇的に変わる メール術(N0.20)著者:平野 友朗(メルマガコンサルタント)発行:ビジネス社(2005年6月10日)定価:1,400円+税メルマガをよく読んでる人なら著者の名前を何度か目にしたことがあると思う。平野さんはメルマガのつくりかたの本なんかも書いておられるその道のプロ。この本のサブタイトルは“達人が教える45のヒント”となっていて、その名の通り、平野さんがどのようにメールを使っているかという“極意”の秘伝書。平野さんの仕事はメールを中心にしてまわっているけど、メールにはメールの、電話には電話の、面会には面会のそれぞれの良さがあり、状況によってうまく使い分けており、デジタル媒体で無味乾燥になりがちなメールを、相手への思いが伝わるように工夫を凝らしている。参考になったのは、単語登録とテンプレート。例えばこの文頭に“題名、著者、定価、発行”。ワタシはいちいちその都度入力していたけど、テンプレートに登録しておけば、以降はわざわざ入力しないですむ。或いは新年に、「あけまして おめでとう ございます」とメールを書くときに「あけ」と単語登録しておけば、それですべてが表示され、無駄な時間が省略できる。使いこなしている人には当然のことなんだけど、ワタシにはなるほどなぁの世界でした。●今日の教訓1.相手の存在を思いえがく2.省略できるものはないか考えてみる。
2006.01.19
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題名:SOSツキノワグマ(N0.19)著者:東根 千万億発行:岩手日報社(1993年9月10日)定価:1,300円+税山に登り始めた頃、何も知らずに近くの里山を一人で歩いた。山でクマがでるなんて思いもしなかった。最初にクマに出会ったのは長野市松代にある奇妙山の頂上付近。11月だった。いまから思えばクマはナラの木の枝に登りドングリを採っていた。傾斜が急だったので見晴らしは悪かった。坂道の終わりにさしかかり、前方を見ると黒い固まりが枝でごそごそしている。クマだッ!幸いクマはワタシに気づいていなかった。ワタシはこっそり後ずさり、しばらく立ってから大急ぎで山を駆け下りた。それからしばらく山に登れなかったのは言うまでもない。そしてクマ関係の本を読みあさりクマに迷惑をかけないように、一人で山に登るときはクマ鈴やラジオを携帯するようになった。この本には駆除されるクマとそれを取り巻く人々の生活をていねいに取り上げている。ドラム缶ワナにかかり逃げようと鉄格子をかじり口中、血だらけになり、ツメもはげてしまったクマ。エサがなくコーン畑に入り駆除(殺)されるクマ。クマを目の敵のように駆除しようとする人がいる一方で、あたたかく見守り共に生活しようとする人もいることが描かれ、少し心が救われる。山をひらき、道路を造ってクマを生活の場から追いやったのは人間。その人間が考えを改めなければクマたちの生活できる環境はなくなってしまう。それがやがて人間自身に及ぶと言うことを我々は気づかなくてはならないという著者の強いメッセージ。
2006.01.18
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題名:日本でいちばん幸せな医療(N0.18)著者:泰川 恵吾(ドクターゴン診療所所長)発行:小学館(2004年8月1日)定価:1,300円+税昔、バリバリの救急医で、今は患者さんとじっくり向き合い人間関係をつくって、その生活を見つめながら健康をサポートする。医師が書いた本を読むと最近はそういうパターンが多い。最新式の医療機器に囲まれた医療から抜けだし、例え先端技術はなくても、心と心でつながり患者さんに寄り添う医療。そういう方向に向かっている人たちをよく見かけるようになった。
2006.01.17
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題名:売り込まなくても売れる!実践編(N0.17)著者:ジャック・ワース発行:フォレスト出版(2005年10月17日)定価:1,400円+税表紙の裏にはこんな記述がある。あなたなら、どちらを選びますか?●これまでの営業法顧客に頭を下げてお願いする。でもいくらがんばっても売れない。むしろ頑張るほど顧客から嫌われる。●高確率セールスお願いしない。説得しない。ところが最小限の努力で、これまでよりもずっと売れる!しかも顧客に感謝される。高確率セールスは、これまでの営業法を時代遅れにした!となっている。買ってくれ!買ってくれ!って言われると買いたくなくなるよね。何か買おうと思ってお店に入っても、店員さんがそばによってくると、もう嫌になってその場から離れてしまう。でも、あれがほしいと思って、買うことを決めてからいくと、あの商品とこの商品との違いは何?って聞いて、店員さんの情報が適切であれば、思わず「ありがとう」って言って買ってしまうもんね。「ありがとう」は店員ではなくて、お客が適切な情報をくれた店員に対して言うのです。そんなお客さんの見極め方とフォロー方法について書かれている。ワタシも最近商品を案内するときは、商品情報だけでなく、選択の方法についての情報をていねいに紹介しているよ。
2006.01.16
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今シーズンはよく雪が降るね。何度雪かきをしたことだろう。きっとこれまでで最高。ワタシの家は北側が道路に面している。それで家の影になって道路に降った雪がなかなか融けてくれない。日曜日は10時過ぎから12時過ぎまでの約2時間、家の前の雪かきをしていた。雪が氷になっている。凍り付いた雪をスコップで砕いて道路脇によける。見ると往来のあちこちで雪かきをしている人たちがいる。山歩きではよく汗をかくけど、家で汗をかくのは久しぶり。午後からはスノーシューをしに戸隠に行こうかと思ったけど、往復2時間の行程を考えると少しおっくう。犀川の河川敷を散歩することにした。ここは犀川の中州にあるので、人がほとんど入ってこない。ニセアカシアが自然にはえて、森をつくっている。昨年来たときには雪にたぬきの足跡が残っていたけど、今回は何が見つかるだろうか?と雪に覆われた森に入って行った。最初に見つけたのはニセカシアの種。マメ科の植物なのでタネもちゃんとマメの形をしている。鳥も見かけたけど、よく分からなかった。なんだろう。アカシアの大木の上にはサギの巣。川から流れてくる色んな素材が巣の材料になっている。中州には伏流水がわき上がってくるところがあり、そこからまた川が出来ている。その川沿いを歩いていると、目の前で突然バタバタっと音がした。ドキっとしてそこをみるとキジがいる。キジも突然の人の来訪に驚いた。あわてて枯れた背の高い草に羽根がぶつかりうまく飛び立てない。それも束の間、雌のキジは遙か彼方へ飛んでいった。ヤブから抜け出たワタシのズボンに、枯れた草やオナモミのタネがまとわりついていた。
2006.01.15
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題名:いとしこいし漫才の世界(N0.16)著者:喜味こいし・戸田学発行:岩波書店(2004年9月16日)定価:2,600円+税1月4日、長野から大阪に来る車中で読んだ「浮世はいとし人情こいし」に続き、今回もいとこいさんの本。前回の本はいとこいさんの歴史を追っかけた内容だったけど、こちらはいとこいさんに関わる人がメッセージを寄せたり、漫才の名作選を載せたりとバラエティに富んだ内容。中でも大阪漫才の父と呼ばれる秋田実さんとの関わりがていねいに描かれていた。秋田実さんはNHK大阪の朝の連続テレビ小説「心はいつもラムネ色」でも描かれている。ワタシはリアルタイムではなく、BSの再放送で見たけど、これは面白かったよ。それはさておき、ワタシはいとしさんのほんわかとしたボケがとりわけ好きだった。覚えているのが「長男がじなんで、次男がちょうなんで」というくだり。「なんや、それ!長男は長男で、次男は次男やろ」とこいしさんがつっこむと…。「いや、うちは長男が痔難で次男が腸難なんですわ」とぼけていた。これはいとしさんの段階ボケというテクニック。本にはこんなのが載っている。いと (自信に満ちて)近所通りかかったんがネコ学生や。こい (無言でいとしの顔を見る)いと (しまったと口に手を当て遠慮気味に)トラ学生。こい そらまた来た。いと (困った表情で)あのね、ねずみは何んて鳴く?こい (笑いながら)チュウや!いと (ここぞとばかり)チュウ学生!上方演芸と過ごした時間はワタシの至福の時でした。
2006.01.14
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題名:動物の見つけ方、教えます!(N0.15)著者:宮本拓海監修:佐々木洋発行:数研出版(2004年4月1日)定価:1,300円+税サブタイトルは都会の自然観察入門。話は東京のど真ん中、代々木公園でカワセミを見たところから始まる。そして「何故、ここに?」と考えると動物が生息する条件は二つ。「食べ物がある」ことと「繁殖できる」こと。生きていくために必要なこの2つの条件が満たされると、こんなところにというような場所でも動物を確認することができる。まずは思いこみを捨てること、そして踏み出すこと。そうすると都会に住むいろんな動物が見えてくる。その他に多摩動物園にあらわれるオオタカや、東京23区にすむタヌキ。カラス問題の解決法など興味深い話題がのっている。これも「何故、ここに?」と考えると見事に2つの条件が満たされていることがわかる。
2006.01.13
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N0.14題名:ゴリラの森からの絵手紙著者:竹内伸子発行:東京堂出版(2001年10月30日)定価:1,500円+税絵手紙がたくさん掲載してあるので、読んだと言うよりは見たという感じ。著者がゴリラが大好きで、よおく観察している様子が伝わってきます。タイトルののリンク先をクリックしてみて下さい。かわいいゴリラの絵が出てきます。
2006.01.12
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題名:3分で右脳が目覚めた。著者:中谷 彰宏発行:三笠書房(2003年2月10日)定価:1,200円+税巻末の著者の主な作品一覧を見ているだけでも優に100冊以上はありそう。本屋さんでもよく中谷さんの名前がならんでいる。だからへそ曲がりのワタシはこの人の本を読んだことはなかった。読んでないのをいいことに、“あれだけの本を書いてるのだからきっと中身は薄い。でなきゃあんなに書けるはずはない”と決めつけていた。でも、どうしたことか図書館でタイトルが気になって、本を手に取ると著者は中谷彰宏さんだった。これが本屋だったら、きっと買うなんてことはなかったんだろうな。でも、図書館ならおもしろくないとしても金銭的なリスクはない。あるとしたら読むのに費やした自分の時間。尺度を少しあまくして、試すことが出来るのが図書館の利点だとワタシは思う。いくつか納得出来ることがあった。その中でも、身につまされたのが「さあー」。卓球のあいちゃんのかけごえじゃないよ。それは…「今日は雨が降りますかね」と聞かれたとき、たまたまその日の天気予報を見ていなかったとします。しかし、そこで「さあー?(わかりません)」と言ってしまったら、会話は終わりになってしまいます。そう言うときは、「天気予報は見てないけど、昼は暑かったから、夕立が来るかも知れませんね」といえば、会話はすすんでいきます。分からなければ、「聞いてみましょう」「調べてみましょう」といえばいいのです。「さあー?」と言った人は何の行動もしません。聞いた人が置いてきぼりにされます。「さあー?」は返事をパスした言葉です。それだけでなく、考えるのをパスしているのです。このあとにも話は続くんだけど、これは身につまされた。ワタシ、よく言っちゃうんです。「さあー?」って。「そんなこと、言われてもわかれへんやろ!」と思ってしまうのです。それでいつもおっかあに怒られていた。なるほど、なるほど、そこでスイッチをオフにしてたんか。これからはちょっと建設的に、もっと創造的に、そう思えただけでも、読んでよかったよ。…と、もうひとつあった。それは“125歳まで生きるプロジェクト”。中谷さんは125歳まで生きるプロジェクトというのをやっている。同じ年齢だとしても125歳まで生きるぞと言う人の今は、70歳で死んでいいという人と比べて、もっと若い状態でいられます。あと何年生きるかという意識を持つことは、何歳で死ぬかと言うこととは違います。長く生きるのを目標にするのではありません。今をいかに元気良く生きるかです。実はワタクシ、この本を読むまで、人間の寿命を80歳としたら、すでにあの時、折り返し点を過ぎてしまった。もう残りが少ないんやなぁ…。なんてことをこっそり思っておりました。でも、これを読んで考えが変わった。まだまだやりたいことは山ほどある。さあーやるぞぉ!って思わず元気になっちゃった。そう言えば、人間の身体は125年くらいまで持つように出来ていると聞いたことがあった。それならワタシも125歳まで生きるつもりで人生を謳歌しよう。なんだか嬉しくなってきたなぁ。
2006.01.12
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笑わせて笑わせて桂枝雀著者:上田 文世発行:淡交社(2003年6月6日)定価:1,500円+税本を読み終えて、そして日記に書くためにもう一度この本を広げてみて、枝雀さんのことを思い返せば、何だか切なく辛い思いがよぎる。ワタシが中学高校のころはまだ桂小米と言っていた。漫談家の吾妻ひな子さんとの掛け合いを覚えている。ワタシの中学時代のスケジュールは新喜劇や漫才、落語のテレビ観劇を中心にまわっていた。よく覚えているのが土曜日の午後。学校から帰ると1時からは吉本新喜劇、2時からは松竹新喜劇が始まった。ワタシは土曜日の午後を心待ちにしていた。思えば当時の大阪の中学生はみんなそうだったのかも知れない。当時の大阪の深夜放送からは桂三枝、笑福亭仁鶴といった人気落語家が生まれ、そうした人気者を配してテレビでヤングオーオーという人気番組がつくられた。若い力でなんでもつくり出していける。そんな思いが充満していた時代。枝雀襲名は1973年(昭和48年)10月とある。昭和50年代には枝雀さんのオーバーなアクションと「すびばせんね」が一世を風靡していた。テレビの番組欄で枝雀さんの名前を見れば番組をチェックして、見落とさないようにした。長野に来てからは大阪に帰省する度に枝雀さんのCDを何度も聞いた。子どもたちの耳にもきっとこびりついているだろう“地獄八景亡者戯”。でも、しんどかったんやろうなぁ。同じ時代を同じ場所で過ごせて幸せでした。本を読みながらそんな思いにひとりひたって枝雀さんを思い出していた。
2006.01.11
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6日が初出の日だったけど、4日から8日まで大阪に帰っていたので6日は休みを取った。それでワタシの初出は10日。事務所の人と年始の挨拶をして、今年の春の大まかな目標を立て、数社の方が挨拶に見えて、そうこうしているうちにあっという間に一日が終わる。年末に図書館で借りた本と、大阪で買った本はこの休みの間にみんな読んでしまったし、昼休みに駅前の本屋で何か良い本はないかと物色していた。読んだのは「泉田式10速発想法」著者:泉田豊彦(経営コンサルタント) 鈴木領一(ビジネスプロデューサー)出版:東洋経済新聞社(2005年12月29日)定価:1,500円+税副題に“ビジネスのIQが高まる”とあるようにビジネスになる商品や企画を考えるための発想法。著者の泉田さんは船井総研の設立に携わり、数多くの経営者の話を聞く中で、経営者の発想法を学んできた人物。その数十年に渡る氏の発想法を公開している。第3章には課題が掲載されていて、それを読者が考えるという趣向。例えば…“Q6 京都の呉服組合です。これからの呉服業界の生き残り策を提案して下さい。”という問題にあなたはどんな方法で呉服業界をすくいますか?。着物を着る人も、つくる側の職人の数も減っている。はて?どんな解決法があるだろう?著者の答えは…“浴衣に絞り込み「世界YUKATAコンテスト」を開催し世界進出をする。”答えを見るとナルホドねって思うけど、そこにいたる思考の過程で、ステップ1は“ルールで思考の範囲を決める”。そのルールは泉田式ルール12の“マーケットが小さいなら世界に広げよ”を使う。ステップ2は、“キーワードで思考を具体化させる”。ここでのキーワードはコンテスト。世界中から浴衣のデザインを募集し、YUKATAを世界の共通語に定着させ、コンテストを開催する。そして最後のステップ3が、“ケースでアイデアを裏打ちする”。これは国際ワインメーカーのチョーヤが世界のマーケットに出て行くのに際して、梅酒を食前酒として料亭などで徹底的に売り込んで販売に成功していった。それに学び、呉服もまずはYUKATAに絞り込み、世界に進出するとしている。これは読み物と言うよりは教科書。じっくり読み込んで実践する事で効果の出てくる本。わが組合も夜明けは近い。
2006.01.10
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何日も過ぎてから日記を書いたもので日付を間違ってしまった。水呑地蔵に行ったのは1月4日。1月9日は、終日家で読書。重松清さんの流星ワゴンを読んでいたら、途中でやめられなくなってしまった。重松さんは直木賞作家なんだけど、賞だとか新作に疎いワタシはチェックしていなかった。六甲山に登ったときにとまぴょんが「重松清はええでぇ」と「その日の前に 」と「流星ワゴン」の紹介をしてくれた。重松清という名前にはぴんと来なかったけど、「中国地方の人でジャーリストやってん」という話を聞いて1月5日に読んだあさのあつこさんの「The MANZAI」を思い出した。あの本の最後の所であさのさんと対談していたのが確かそんな名前だったような…。「The MANZAI」は関西地方に転校してきた中学生が、そのクラスのユニークな少年に見初められ、学園祭で漫才コンビを組んで出演しそこでおこる学園ドラマを描いているのだけど、重松さんと同じように視点があたたかい。それぞれに様々な問題を抱えているが、それを乗り越えて未来に向かう少年達がていねいに描かれていた。そのお互いの視点、描き方についてあさのさんと重松さんが対談しているもので、重松さんの作品を読んだことはなかったけど興味を抱いた。その翌々日にとまぴょんとの会話で重松さんが出てくるなんて、これはなんかの因縁だ。そして8日は“きよしこ”、9日は“流星ワゴン”と重松作品にのめり込んだ。そうそう、“きよしこ”の解説はなんとあのあさのあつこさんが書いていた。●もう1冊読んだのはももといっしょ 著者:宮沢 厚(アニマルトレーナー)発行: 河出書房新社 (2003.07.30)定価:1,200円+税
2006.01.09
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朝5時、目覚まし時計のタイマーが鳴る。「もう、5時?」昨晩の寝付きは悪かった。仕方なくベッドからはい出てパジャマから着替える。隣ではミャンコが“もうちょっと静かに起きたら”と迷惑そうな顔をこっちに向け、そしてまた眠りに落ちる。ダイニングの電気を点け、ストーブをつける。やがてあたたかくなるころにようやくしゃんとする。6時13分発の長野発名古屋行き特急しなのに乗る予定だった。洗面所で凍てつくような水で顔を洗い、タオルで顔をぬぐう。だいたいの荷物は昨夜のうちに用意しておいた。家を出ると雪が舞い降りていた。昨年来、雪は降り続いている。例年よりも降り続く雪。毎日の雪かきにまわりの人たちは辟易としている。駐車場で車のエンジンをかける。朝5時を過ぎた真冬の早朝の空は真っ暗だ。6時過ぎ長野駅に到着した。しなのにはすでに多くの乗客が乗り込み、禁煙車自由席にあきはなかったので、年配の男性の隣りに席を見つけた。名古屋まで席は満席だった。名古屋からは新大阪行きの列車だったため、のぞみの1号車は空いていた。途中、滋賀県の彦根あたりで田畑は雪で白く覆われていた。やがて京都、大阪に着くころには、長野や滋賀県の雪が嘘のように雪は跡形もなく、青空が道行く人を照らしていた。途中、読んだ本は…題名:浮世はいとし人情こいし著者:夢路いとし、喜味こいし(漫才師)発行:中央公論新社(2002年10月25日)定価:1,300円+税読売新聞で連載した話を再構成した本。上方の寄席や文化に興味のある人には参考になる話が満載。ついこの間まで僕たちを幸せにしてくれた本格派漫才のいとしこいしさんが懐かしい大阪を縦横無尽に語ってくれる。さて、このあと大阪には昼過ぎに到着。元気な母親と挨拶を交わし、小学校時代からなじみの水呑地蔵へと足を運んだ。
2006.01.09
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8日は長野へ戻る日。でもどの交通機関をつかうか。何時の便にするかは決めかねていた。ワタシは髪は大阪の益田理髪店という散髪屋で切る。大阪時代も長野に来てからもそこでしか切らない。前回、大阪に帰ったのは8月だったからそこから5ヶ月髪を切っていない。髪はボウボウ。髭も年末から剃っていないので伸び放題。自分で言うのも何だけど、むさ苦しい。長野に来てから何軒か違う散髪屋に通ってみた。しかし、どうも居心地が悪い。益田理髪店は60がらみのオヤジとその娘2人で店をまかなっている。かつてはおかみさんが洗髪やひげそりを手伝っていたけど、身体を悪くして入院してからは引っ込んでしまった。今は既に退院してときおり顔を見せておられるが店の手伝いはしていない。壁には理容組合のコンクールの優秀賞がいくつもかけてある。オヤジさんの名前で1枚。娘さんの名前で3枚(だったかな?)。腕はいいみたい。しかし問題がある。それは時間が長いこと。いつも2時間かかっている。先客がいる場合はそれを待ってからなので、その店に3時間も4時間もいることになる。これで予定が立てられない。朝8時前から電話をして「今から開けるところです」という言葉を聞いてから、益田理髪店に向かった。シャッターはまだ閉まっていたけど、既に先客が1人そこで待っている。2人目までならセーフ。やがてシャッターが開く。娘さんが「おはようございます。お待たせしてすみません」と声をかける。その人が先に店に入り、イスに座る。しばらくしてオヤジさんが出てくる。そこでワタシもイスに座る。そして2時間、ようやく世間の人並みの頭になった。このあと、カミさんの実家に訪ねたのだけど、話が長くなるのでおしまい。12時30分、難波発の近鉄特急(名古屋行き)にのって長野へと家路を急いだ。●読んだ本きよしこ著者:重松清発行: 新潮社 (2002年11月) ハリスの旋風著者:ちばてつや発行:ゴマブックス(2005年12月 )
2006.01.08
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阪急芦屋川(9:15)→高座の滝(9:43)→風吹岩(10:40)→雨が峠(11:30)→(13:16)六甲山山頂(13:46)→有馬温泉登山口(15:08)→有馬温泉金の湯年末にとまぴょんに声をかけ、正月には一緒に山に登ろうという話になっていた。とまぴょんは中学時代からの友人で今でもけっこう行き来がある。JRで大阪駅に向かい芦屋駅で下車。しばらく歩くと阪急芦屋川駅に到着。芦屋の住宅地を抜けると高座の滝へと向かう道に出る。咲いている花は椿かサザンカ。どうしてこの花たちは花期を冬に求めたのだろう。交配の手伝いをしてくれる虫たちの動きもおとなしくなっているのにと気になった。空ではカアカアとカラスの声。道の看板には「イノシシに注意」とある。今、日本に住む野生動物でもっとも危険なのはイノシシではあるまいか。人も恐れない。何でも食べる。出てくるなよ。高座の滝には2軒の茶屋がある。前回、来たときは食べ物を持ってきてなかったので、手前の店でパンを買った。今回は奥の店の前でたき火をしていたので、手を温めさせてもらった。するととまぴょんが声をかけてくる。「なあ。この神社なんて名前やろう?」ワタシはそちらに振り向いた。「えっ?」(※鳥居の後ろの石碑に彫った字が読めますか?)前回、来たときには全く気が付かなかったけど…。さすがはとまぴょん。しかし、言えない。「玉がひとつしかないから、こんぎょくや。二つやったら違うけどな!」台座には金色の玉が一つ祀ってある。“目の付け所が違うなあ”と思わず感心。ロックガーデンあたりからは神戸の港が一眺のもとに見渡せる。風吹岩の標識で風吹じゅんを思い出した。私たちの高校時代にでてきたアイドルだ。「かわいいだけで、すぐ消えると思うたけど、長続きしてんなあ。役者としてもええ味でてるし」「そう言うたら、浅田美代子もとぼけた味でうまいこといってるなぁ。人柄がええんやろな」「それにしても天地真理はショックやったなぁ。一度脚光を浴びたらどんなことしてでももう一度って思うんかなぁ」「夢が消えてしもうたわ」彼は天地真理のファンだった。わかるでその気持ちと多感な時代を一緒に過ごしたとまぴょんとの他愛のない話はとりとめもなく続く。日当たりのいい登山道は難なく登れるけれど、日陰になると雪が残りアイスバーンになっている。六甲山の頂上まではいくつかのアップダウンを繰り返すけれど、登り道より下り道がすべりやすい。なんどかすべったところでアイゼンをつけた。頂上付近は雪が覆っていた。苦労して登ってきたけど、実は自動車道が続いていて、ここまで車で上ってくることもできる。ここから三角点のある本当の頂上まではあとわずか。まわりを被う木がないので風が吹き付ける。ようやく頂上到着。時間を見ようと思って携帯を見るとなんとバッテリーが切れてしまった。それでとまぴょんに時間を聞くと「13時16分」。せっかく頂上まで来たので記念写真を撮ることにした。まずとまぴょんの写真を撮って、ワタシの写真も撮ってもらおうと用意すると、なんとデジカメもバッテリー切れ。近くで「2人の写真を撮りましょうか」と声をかけてくれていたおじさんも、おかしな偶然(いえ、いえ、準備が悪いのです。)に声を出して笑っていた。頂上からおりたところにある一軒茶屋であたたかいきつねうどんとビールを頼み、身体を温めたり冷やしたりして一休みしてから、有馬温泉へと歩き出した。読んだ本は…ペンギンはなぜ飛ぶことをやめたのか 著者:田代 和治 発行: 実業之日本社 (1993/02)
2006.01.07
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この日も歩く計画を立てていたけど、朝起きたら足が重い。翌日は友だちと六甲山に行く計画がある。それでこの日はおとなしくスケッチ小旅行へとしゃれ込んだ。目指すは伏見桃山。近鉄電車を大和八木駅で乗り換え、西大寺経由で京都方面に向かう。近鉄桃山御陵駅で電車を降り、商店街をぶらぶら。商店街のはずれをしばらく歩くと煉瓦造りの煙突に木製のたてもの、ここが松本酒造という会社だった。 このあと川沿いに歩くと伏見港、ここから淀川を下って大阪へと舟が発着した場所だ。 しばらく歩けば幕末の志士、坂本竜馬で有名な旅館寺田屋。そのまま川に沿って歩いてたどり着いたのが月桂冠酒造。 酒蔵を見学し聞き酒をしておみやげに酒蔵限定のレトロ月桂冠という日本酒とワインを買った。その夜、酔っぱらって自分を失ってしまったのは言うまでもない。かあちゃんごめん。佐々木かをりの手帳術著者:佐々木 かをり発行:日本能率協会マネジメントセンター (2005/10/27) http://www.kaorisasaki.com/
2006.01.06
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大阪に帰って登りたくなるのが、水呑地蔵のある信貴山。そして大阪一高い山の金剛山。阪神タイガースの応援歌六甲おろしで有名な六甲山。今年はこの3つの山に登った。年末から今年にかけて全国的にすごい大雪で長野でも毎日の雪かきが必要。去年もけっこう雪が多かったけど、今年はそれを遙かに上回る大雪。長野ではスノーハイクはできても、雪山に一人でのぼるのはちょっとこわいし…、で大阪に帰るのを楽しみにしていた。そして5日は金剛山。この山は中学生だったか高校生だったかの頃に、中学時代の社会科の教師と越年登山をした。担任ではなかったけど、どうしてその教師と行ったのか、2人だけで行ったのかは今となっては覚えていないけどね。当時、ワタシは山の装備なんて何も持っていない。多分、長靴をはき、わら縄を持って登ったように記憶している。深夜の冷気で山の雪は氷に変わっていた。登山道の折り返しのところですべる箇所があった。なんど登ろうとしてもつるつるすべって登れない。そこで長靴にわら縄を巻き、その教師に手を貸してもらい、ようやくその箇所をクリアーした。そんなことをかすかに覚えている。その教師も数年前に定年退職した。今は北海道に移り住んだようだ。ワタシも長野に越し、山が親しい友になった。おかげであのとき難儀した金剛山もアイゼンをつけてすんなりと登れるようになっている。10:50 富田林駅(金剛バス)11:20 金剛山登山口11:24 登山開始12:41 金剛山山頂13:08 下山開始14:37 ロープウエー登山口駅14:57 金剛山登山口 The MANZAI1著者:あさのあつこ発行:ピュアフル文庫さおだけ屋はなぜ潰れないのか? 身近な疑問からはじめる会計学 著者:山田真哉発行:光文社新書
2006.01.05
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ワタシは好きな人がたくさんいる。小沢昭一さんもそのひとり。仕事帰りに乗り込んだ車の中で小沢昭一さんの「あしたの心だ~」というフレーズを聞けば、なんだか儲けた気分になってしまう。それで今回は小沢さんの本。題名:小沢昭一がめぐる寄席の世界著者:小沢昭一発行:朝日新聞社(2004年11月30日)定価:1,600円+消費税小沢さんは東京の下町に育ち、子どものころから寄席を見て育った。早稲田大学の学生のころは、俳優座養成所に通うかたわら「芸能文化研究会」という落語の研究会をたちあげ、一時期は“落語家になりたい”という夢を持ったことがあるくらい落語が好きな人。歳をとった現在、“自分を培ってくれた寄席とはどういうものなのかを改めて点検してみたい”と落語家の桂米朝さんや桂小金治さん、立川談志さん。講談師の神田伯龍さんや浪花節芸人さん、出囃子の演者などと対談をする。古き良き時代のノスタルジーともう一度、寄席を盛り上げたいという熱い思いが交錯する。
2006.01.03
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昨年の終わり、1日1冊読書の目標をたてた。記録していないのでその目標が達成できたのかどうか心許ない。でも本のおもしろさだけは痛感した。それで、今年もその目標を継続することにした。そして、出来るだけ記録しようと思う。2日は天気模様は悪かった。山に遊びに行く気持ちにならなかったので、読書の日にした。読んだのは…上野原町立病院物語著者:江口英雄(上野原町立病院院長)出版:悠飛社(2003年3月10日)定価:1,600円+消費税地元の人から“死にに行く病院”と不名誉な称号を付けられていた山梨県上野原町立病院。そこに著者の江口さんが赴任することになり、再生への記録とそこで起こる患者さんたちとの様々なドラマ。
2006.01.02
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2006年の山歩きは晴天の戸隠から始まる。年末から休みで娘が帰ってきていた。娘とおかあを長野駅まで送り(二人は大阪の実家へ)、その足で戸隠に向かう。雪山はこれまでスノートレックという山スキーで歩いていたけど、年末にスノーシューを購入したので、新年のお参りをかねて戸隠奥社に向かった。雪でせまくなった駐車場は、それでも30台近くがとまっていた。奥社に向かう参道は参詣客で踏み固められ、スノーシューを付ける必要はなかった。梢からは鳥の声が聞こえる。キツツキのドラミングが聞こえる。そんななか、スノーシューを手に携えて、ストックを突きながら参道をあるく。ときおり、木の枝に乗っていた雪がザザッと音を立てて落ちてくる。奥社では先についた人たちがお参りし、記念写真を撮影している。ワタシも手を合わせ、家族の健康と幸せを祈った。戸隠スキー場のアナウンスの声が聞こえる。青空のもと格好のスキー日和だ。奥社からの下りはスノーシューを装着し、雪の道を歩き始める。さすがに快適だ。入口鳥居までもどってから森林植物園を目指した。こちらはスノーシューと山スキーの轍しか残っていない。ミドリ池まで足を伸ばし、池のまわりを一周した。帰りに誰もラッセルしていない道へ踏み出した。誰も歩いていない雪面は重たい。汗をかきかき道をつくる。ふり向くと自分だけの足跡が残っていた。読んだ本はドクターのカルテ、六輔の診察券著者:永六輔(病院評論家) 平田亮一(那覇・泉崎病院院長)出版:扶桑社(1991年9月9日)定価:1,359円+消費税=1,400円はて、永六輔さんが病院評論家という肩書きだったなんて初めて知った。永さんが沖縄のジアンジアンに毎月話をしに通っていて、そこの地方紙にコラムを書いている平田さんに知り合った。その平田さんのコラムに永さんが感想を書く形でこの本は成り立っている。お二人のあたたかい人柄が、読者に心地良い。
2006.01.01
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