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昨年末は11通の喪中はがきをいただいた私は74歳だが、喪中連絡の中身は、会社勤務時代の同僚、後輩の【親】世代であるこのブログで言いたいことは、その亡くなられた方々がいかに高齢かということ喪中の挨拶状に年齢の記載が無い場合があるが・・わかる方では以下のごとし1061041019693878583平均年齢は、なんと94.4歳これは、幸せなのかなこの世代は第1次、第2次世界大戦を経験し、戦後の食糧難の時代をくぐってきている。今日のような飽食の時代ではない。人間、粗食の方が長生きするんだろうななんとかサプリメントで長生きはできないと思うね。私はよれよれになる前に死にたいなあ
2013.01.29
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2-3週間前に、肩が冷えるので寝る時にパジャマではなくフードつきの長袖シャツを着て寝ることにしたと書いたそれを実行している確かに、肩は冷えない昨日、TVで、熟睡するには【頭寒足熱】が良いと言っていたフード付きだと頭も暖かくなるな・・・と思ったそういうことにすぐ影響される私ですそれで、では、フード付きの服はやめて、“ハイネック”にしてみようと思い実行したただし、冬用パジャマほど厚手のハイネックの柔らかい生地の服は無いので、少し薄いけどハイネックの服を着て寝てみた確かに首は寒くないさて、もうしばらくテストしてみましょう
2013.01.28
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麻生副総理が1月21日の社会保障国民会議で終末期医療に関して胃ろうとかなんとかいつまでも生かしておくのではなく「さっさと死ねるように」した方が良いとかなんとか・・いったということで新聞、TVが騒いでいるそれをあげつらって、TVのコメンテーターが知った面して騒いでいる私は麻生さんの発言大賛成ちなみに私も74歳の老人だけど、そろそろあの世に行った方が良いと思っている80,90過ぎて、いつまでもベッドでぐずぐずしている人を大事にしすぎる必要はないおそらく、世のため他人のために大いに頑張った人たちはかえって老後他人に迷惑かけてないのではないのかな大体、ジャーナリストは格好つけすぎ自分だけいい子になって、人の揚げ足を取って騒いでいる麻生さんの言うことが正しいと思うね
2013.01.26
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五木寛之さんの【遊行の門】を読んだこの本を読んだきっかけは今年の年賀状にあるある人からの年賀状に「私は今年は75歳、遊行期に入ります。来年から新年のご挨拶はしないことにします。」というのがあった。“年賀状をそろそろ欠礼しようかな”ということは私も思うことがある年賀状のやり取りだけで50年も経った方たちがいて、形式だけだな、と思うのだ。もちろん、形式だけでも繋がっていようと思う方もおられるのだが。さほど縁の深くなかった方とはそろそろお別れしてもよいと思うのだ。そんな気持ちのところに上記の年賀状が来た。この年賀状の中の“遊行期”という言葉は不勉強にして聞いたことが無い。それで、インターネットで調べると、古代インドの思想らしい。古代のインドには、人生を四つに分ける思想があった。「学生期」生まれてから、独り立ちするまでの青少年期「家住期」大人になって、仕事に就き、結婚し、子供を産み育てる時期「林住期」職業、家庭や世間の付き合いから自由になる時期「遊行期」死への道行であるとともに、幼い子供の心に還っていく時期だそうである。私には「林住期」は分かるが、上に言う「遊行期」というのはよくわからないな確かに、人間最後はそうなるのかもしれないが、古代インドの短命な時代と、現代の長命の時代では、考え方を変えたほうが良いのかもしれないそれはさておき、この【遊行】という言葉が本の題目になっている五木寛之さんの本があったので読んでみた、という次第。結構、面白かっただけど、若い人が読んでも面白くないだろうな
2013.01.18
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我が家は1軒屋、老人の二人暮らし・・・その電気代6,000-7,000円/月です安いでしょう普通の家庭では15,000-20,000円くらいではないかなでは、我が家の電気代がどうしてこんなに安いかその理由は二つ(1)節電している・・エアコンは5台あるけれど、ほとんど使わない(2)太陽光発電をつけているので、日中の電気代がかなり発電でまかなっている太陽光発電がなかったら11,000-12,000円くらいになるでしょうそれでも平均よりは少ないのではないかな節電は経済的な理由もあるけれど、年寄りのせいで無駄はしないという意識もあるまた、暖房をいれているとボーーとするのがきらいだだから、私は足温器を使い、寒さは厚着でカバーしているところが、先月の電気代は約10,000円だった原因はお正月で孫が来ていて12/31-1/4の5日間はエアコンがフル稼働していたことでも、この差を見て女房は“そんなに節電しなくてもよいよ”と言うそれもそうだな・・・と思っている
2013.01.17
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夕方散歩に出たこのところ、歩く、スロージョギング、ジョギングはすることがあっても走ったことが無いそれで、走れるかなと思って結構頑張って走ってみた20-30歩くらいは走れたそれで、では歩幅はどうかな・・・と思ったら、つい深入りしてしまって、自分のいろんな歩幅を測ってみたメジャーを持っていないので、基準は道路の側溝のコンクリートの蓋を基準にした経過は省略して:スロージョギング・・30-40センチジョギング・・・・・45-5センチ普通に歩き・・・・・85-9センチ走る・・・・・・・・100-12センチでは、一般的に歩幅はどのくらいかなと思ってネットで調べたが、あんまり信頼性の高いデータにお目にかからない一つあったのが「走る歩幅は身長の0.6-0.7」というもの私は170センチだから、その0.6-0.7=102-119センチまさに、私の測定値とぴったりしかーーーーーし、私は74歳の老人若い人なら、もっと歩幅は長いはず確か、短距離の場合の歩幅は(身長にもよるが)2.2-2.4メートルくらいあるはずということで、一般論は分からないのですが、私の歩幅は上のようでしたそれで、私のような老人では、長距離を行こうとしたら、走るより歩く方が効率がよさそうです
2013.01.14
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昨年暮れから1日1万歩を目標にした朝の散歩で3,000-4,000、家の中を動くので1,000-2,000、夕方の散歩が5,000くらいである以来、なんとか毎日1万歩達成している我が家の周りは変哲もない街なので散歩に格好の公園や森は無い従って、毎日の散歩は家の周りをうろうろするか、駅まで往復するか、家の裏の「イーオン桑名」に行くかの3種類くらいの選択になる家の周りをうろうろするのは、何処そこに新しい家が工事中とか、庭の垣根を直しているとか、某豪邸が取り壊されているとか・・・何かニュースがあると面白いただ、家の周りは毎朝散歩しているので、夕方も同じところは歩きたくないそうすると、夕方の散歩は駅方面か、時に本屋と家電店、それ以外は「イーオン」になる我が家は丘の中腹にあり、裏の丘を越えると国道258号線があり、その向こうにイーオン桑名がある。昔はマイカル桑名といった。できたばかりのときは日本最大級といううたい文句だったが、今ではさほど大きくないのだろうここへ散歩するようになって、楽しみが増えた買い物があるときはもちろんのこと、買い物が無くてもいろいろひやかして歩くのも結構面白いだいぶイーオンの中が分かってきたが、まだまだ探検するところがあるマイカル桑名はできた当初は小さなお店が沢山あった。しかし、この手のショッピングモールでは時とともに小さなお店は淘汰され、大手チェーン店がのさばってくるイーオン桑名でも小さな店が数十店舗消えて、マツモトキヨシ、ユニクロ、BOOK OFF、ジョウシン電器が進出した。時代の流れである片道2,000歩、店の中をうろうろ1,000歩散歩して合計5,000歩だ
2013.01.10
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しばらく前に北方謙三の「水滸伝」を読んだ。面白かったので、引き続き「楊令伝」を読んだ。しかし、楊令伝は途中で読むのをやめた。理由は、何処まで行っても同じと感じたこと。何が同じかというと、ストーリーは展開していくが、お話の雰囲気が同じ。話はどんどん展開はしていくが、何処まで行っても似たり寄ったりの話だと感じた。次に読んだのは宮城谷昌光さんの「香乱記」。この本の内容は、秦が滅んで世の中が再び群雄割拠となり、その中で斉の田一族、特に田横がたどった栄枯盛衰を描いたもの。このお話の中では、田横を中心に田一族を立派な人物として描いている。宮城谷さんの小説では「香乱記」に限らず、主人公は皆大変立派、高潔な人物として描かれる。また、血筋をとても大事で価値あるものとする。この点に私は引っかかる。例えば、田一族は斉の王室の血筋を引いている。しかし、斉という王室自体にどれだけの絶対価値があるのか。その後の漢にしても、宮城谷さんの三国志では漢の末裔は尊いとする。しかし、漢を起こした劉邦は田舎の不良だった。その不良が興した漢も何百年経つと尊い血筋だという。これはおかしいと私は思う。さて、昨日司馬遼太郎の「項羽と劉邦」を読了した。この小説を読むのは3度目だ。1回目は完全に忘れているが、今から26-27年前である。この本が新潮文庫で発刊され2年経った昭和61年の第14刷を買ったのだ。だから、この本はもう全体が茶色に変色している。2回目は数年前に読んだと思うのだが、やはりほとんど忘れていた。そして、今度3回目に読んで、やっぱり司馬遼太郎はすばらしいな・・・と思った。ちなみに「香乱記」に描かれている斉の田一族のお話は「項羽と劉邦」の中で数ページ触れられている。それは、「香乱記」の顛末は「項羽と劉邦」の時代の一部分にすぎないからだ。司馬遼太郎の歴史小説には思想や哲学がある。北方謙三の小説はストーリーの面白さはあるが、この時代を読む思想や哲学は感じられない。宮城谷さんには独特の価値観があるが、あまりにもきれいすぎるように思う。その点、司馬遼太郎の小説から受ける様々な印象には柔らかな深みが感じられる。司馬遼太郎さんの本はたいてい読んだが、また、読み直してみたいと思う。何年か先には「項羽と劉邦」の4回目を読もう。
2013.01.08
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昨日、ふと見たら、靴下のかかとに穴が開いていた靴下や靴があっという間に擦り減ったりするのは子供の特権私の場合、このところ、靴下は薄くなって透けて見えるようになることはあっても、穴があくまで履くことはなかったどうやら、昨年12月19日から思うところあって1日1万歩を始めたせいかな・・・靴下に穴が開いた何だかうれしくなった・・・
2013.01.07
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常日頃苦々しく思っているものにサプリメントがある有名俳優や女優を使って効果があるという宣伝をするその俳優や女優たちはサプリメントの効果を身をもって体験したわけでもなかろうに無責任も甚だしい大々的に宣伝するのは儲かっている証拠美味しくもなんともないものに大金をつぎ込む人の気が知れないそもそも、人類何千年、祖先からは何万年・・・人間は天然の植物、動物を食べて生きてきたサプリメントで健康なんて言うのはまやかしだと私は思っている少なくとも私はサプリメントなるもののお世話になっていないそれでも74歳で健康だ
2013.01.06
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さっきTVで放送していた・・・新年のマグロの競り市で、大間のマグロ最大の物222kgが1匹1億5千5百万円築地のなんとかいう寿司屋が競り落としました貧乏人はすぐ計算してみるのですが・・・骨も皮も含めて、1グラム約700円です20グラムの寿司ネタにしたら、寿司1貫14,000円こんな寿司誰が食べますか間違いなく、これは経済性を度外視した宣伝目的ですねしかし、それで寿司屋としての採算が合うということは、逆にその寿司屋はべらぼうに儲かっているということですね
2013.01.05
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今年も1月1日からNHK朝6時半のラジオ体操始まりです孫が付き合ってくれましたただし、まさに三日坊主四日目はお休みし、ついさっき東京に帰りましたやれやれ、いつもの静かな日常に戻りました「孫は来て良し、帰って良し」です孫に会うのは楽しいけど、疲れますな
2013.01.04
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今年はどんな年になるかな?と思って、去年の自分のブログを見た。なんだか大したことを書いていない。去年と今年の大いに違うところは・・・(1)去年は毎日書いていたのに、今年は1週間に1度くらいしか書いていない。(2)去年はほぼ毎日自転車に乗っていたのに、今年はほとんど乗っていない。それ以外は去年とあまり変化なし。年末に東京の娘が孫二人と来た。元旦には近所の神様二つにお参りに行った。2日には名古屋の娘一家が来た。副王神社へお参りに行った。3日は孫4人と映画を見に行った。去年と少し違うことは・・昨日は回転寿司に行ったがあんまり混雑していなかった。今日はスパゲッティ屋に行ったがあんまり混雑していなかった。景気が悪いせいか昨年末から円が安くなり、株が上がっている。これは本当に良い傾向なのだろうか実体経済には何も変化がないのに、たんに政治家が財政、金融政策を変えただけで、デフレから脱却できるなんて嘘っぱちだと思うのだ
2013.01.03
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