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2016.03.23
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カテゴリ: 「京」ものがたり
「ちょっと言いたくなる京都通」として奥深い京都の良さや
京都の人も知らない情報などをおりまぜながら、
わかりやすく紐解いていきたいと思います。
ぜひ身近に京都を感じてください。
今回のテーマは
源氏発祥の由来をもつ 『大覚寺 ( ) をご紹介します。

源氏由来の地やそうどす
京都嵯峨野の中ほどに位置する大覚寺。
平安時代、嵯峨天皇が皇后とのご成婚の新殿として建立されました。
嵯峨離宮として、華やかな王朝文化が生まれた舞台でもあります。
歴代天皇や皇族の方が住職に就かれてきた門跡寺院であることから、嵯峨御所と呼ばれていました。
嵯峨天皇は、弘法大師を度々招き親交を深められ、それが真言宗の立教開宗につながったそうです。
広い境内には、五大堂、宸殿 ( しんでん ) 、勅封心経殿など、貴重な歴史的建物が見事な風格を見せています。
とりわけ素晴らしいのは、東に広がる大沢池です。

離宮ならではの優雅なロケーションは、時代劇の撮影にもしばしば使用されていることでも有名です。
この美しい地で「いけばな嵯峨御流」は、生まれました。
大覚寺はお花の寺としても親しまれています。
美的・芸術的なものへの造詣が深かった嵯峨天皇は、花、草木など自然に対する愛情も豊かでした。
このような自然への慈しみの精神が「いけばな嵯峨御流」として現代に伝承されています。
また、大覚寺は源氏物語の「源氏」姓の発祥の地だとも伝えられています。
そもそも、天皇をはじめ皇族の方々は姓を持ちません。
源氏物語では、主人公の光源氏が皇族でありながら、「源姓」を授けられます。
これは、嵯峨天皇が自身のご子息たちに「源姓」を与えたことに由来していると言われています。
中でも、嵯峨天皇の第十二皇子である「源融 ( みなもとのとおる ) 」が、光源氏のモデルになった人物だったと見られています。
源氏物語「松風」の巻では、当時の大覚寺境内の建物を表すような表現も出てきます。
さらに、筆者である紫式部が「式部日記」の中で、「嵯峨野の月はたいへん素晴らしく、その中でも特に素晴らしいのが大覚寺の大沢池の月である」と述べており、平安朝の雅やかな嵯峨離宮を彷彿とさせます。
今も変わらず美しく、涼やかな風が流れる大沢池。しばしの間、避暑を味わってみませんか。

宮廷絵巻へ、おこしやす
今年、「源氏物語千年紀」を記念して、大覚寺では様々なイベントが開催されています。
「紫の縁 ( むらさきのゆかり ) 」と題された典雅な名前そのままに、王朝文化へとタイムスリップ。
イベント参加者が本物の十二単を身に付けて、源氏物語の絵巻を実体験するというもの。
絹織物を幾重にも重ねてまとう、ずっしりとした十二単 ( じゅうにひとえ ) は、平安王朝の服飾文化を代表する価値ある装束。
一枚に、なんと蚕を 2700 頭も必要とする高貴な宮廷の衣装です。
その貴い装束を身に付けて、雅楽を聴いたり、大沢池で船遊びに興じたり、葱花輦 ( そうかれん ) という宮廷人だけが乗ることができたみこしに乗ったり といずれも貴人にだけ許された王朝の豪華な遊びを体感します。
1200
年前に、実際に繰り広げられていた昔と同じこの御所で、かつての装束から王朝料理にいたるまでを再現する贅沢なひととき。
歴史を再現することで、体験した人がどのように感じるかを問いかける文化イベントです。
華やかな十二単を身に付けてみると、上手に歩くことがいかに難しいか、重い装束の不便さも痛感することでしょう。
当時、衣装は身分を表すものでした。
十二単は皇族の女性であることを表すシンボルであり、優美な身のこなしは宮廷での任務でもあったのです。
雅楽や船遊びには、現代の癒しカルチャーに通じる共通点も感じます。
大沢池でゆったりと、自然の美しさを愛し、尊んだ当時の人々はまさしくエコロジストでした。
日本特有の風流な文化的・芸術的財産としてももちろんですが、王朝文化を実体験することで、現代の私たちが学ぶことも大いにあります。
源氏物語ファンならずとも、参加者にとっては満足度の高いものとなりました。
人気の「源氏物語千年紀」関連のイベントは、また秋にも開催予定。
次回は、ぜひ参加してみませんか。

「写経」で心を無にするんどす
嵯峨天皇御代の時代、弘仁 9 年、大飢饉に追い打ちをかけるように疫病が流行し、多くの人々が亡くなりました。
そのような世相に苦しまれた嵯峨天皇は、弘法大師に助言を求められます。
そして弘法大師は、嵯峨天皇に「般若心経」の写経をお勧めになられました。そこにこちらが「心経写経の本山」と言われている由縁があります。
特筆すべきは、嵯峨天皇が一字三礼 ( いちじさんらい ) という礼節を尽くして書写されたことです。
それは、 262 文字の般若心経の本文に対して、一文字書くごとに 3 回、両手、両足、額を地面になげ伏して書かれたことを意味します。
当時、天皇という地位にある方が、頭を下げるなど考えられないことでした。
それは、前代未聞の光景だったと言われています。
それほど、国民を疫病から救いたいという思いが強かったのでしょう。
その願いが見事にかない、疫病は治まり国に平和が戻ったと言われています。
その時、嵯峨天皇が書写された般若心経は現在も心経殿に奉安納されています。
人々の安泰と幸福を祈願する写経。
大覚寺では一般参拝者も写経体験ができます。
ぜひ体験してみませんか。薄く書かれた下書きをなぞっていくように書くので、初めての人でも心配はいりません。
40 分の間、何も考えずに無の境地で 262 文字の般若心経を書き写します。
ストレスが多い現代、複雑な物事や人間関係に答えを求めがちですが、あえて何も答えを求めず、ひたすら書くことに集中していると気持ちが晴れやかになるようです。
写経をする際、まず甘い香りの塗香 ( ずこう ) で手を清めます。
心地よい香りがたちこめ、作法そのものが心を落ち着かせるように、癒しへと導いてくれます。
緑したたる洛西の嵯峨御所、大覚寺の本堂にて、一字一句心をこめて書く写経。
またとない特別な体験となることでしょう。
願い事も書くことができ、書いた写経用紙は翌朝、奉納されます。
般若心経は、もともとサンスクリット語で書かれていますが、漢訳するにあたり、間違って後世に伝わることを防ぐために訳されずに伝えられている語があります。
その部分だけを音写 ( おんしゃ ) するギャーテー写経という写経もあります。
また、現地に行くことができない人には、自宅でも写経ができるのでご相談を。
「般若心経の根本道場」として人々の平和を見守ってきた大覚寺。
千年以上も続いている写経の素晴らしさを改めて感じます。

写経は毎日体験できます ( 受付は午後3時まで )
法話も拝聴できる写経法会を体験されたい方は、毎月 1 日、 11 日、 21 日です。
8
20 日は宵弘法 ( 万灯会 ) のイベントが盛大に行われます。
写経、イベント共に希望者は一度お問い合わせを。

今日もちょっと京都通。 では、次回もよろしくお願いします。

取材協力:旧嵯峨御所 大覚寺門跡
京都市右京区嵯峨大沢町 4
電話  (075)871-0071





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最終更新日  2016.03.23 10:34:59
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