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今日は県内のスイミングスクール対抗のマスターズ大会エントリーの締切日。少し早めにスクールへ着いたらフロントに今年の大会のヘッドを務めるイケメンコーチ。「マスターズの申し込みしますよ~。」と言ったら、実に爽やかに「ありがとうございます!」と返してくれた。 「今年はたくさんのみなさんに申し込んでもらって本当に嬉しいです。」と言うので「コーチの頼みを断れるオバサンは居ないよ~。私もオバサンだけどねぇ。」などと言ったら「えへへっ」と笑った、その笑顔がまた嫌味がなくて感じが良いのだ。 先週はスイミングスクールを目の前にして後続車に追突されてしまったので、代理でスクールを担当したイケメンコーチの指導も受けられずに本当に残念だった。今日はいつもの担当コーチからフロントで「プールでお待ちしています。」って声を掛けてもらった。愛想が良くて声のデカイコーチ。 2コマ目のマスターズは、思ったよりきつくなかった。 スクールの帰りに、手芸品店に寄って、ドラッグストアをはしごして、図書館に寄って・・・。帰宅したらそろそろワンコたちの散歩の時間。ゆっくりしていたら入院中の母の夕食の時間に間に合わない。ちょうどたこが下校してきたので、ともの散歩を頼み、私はてつとスーパーのATM経由の散歩に出かけた。 病院に着いたら、今日は珍しく夕食が遅め。たいてい5時半には食事を載せたプレートが運ばれてくるのに・・・。 父は先に義姉に病院に連れてきてもらっていたが、義姉はパワー(三男)の用事で父を病室に残して先に帰ったので、私が父を兄の家へ送るはずだった。 兄からの携帯で、父は兄が迎えに来る事になったので、私も父を残して病院を後にした。 従弟が修理の終わったタ○トに乗って帰宅途中に家まで来てくれる事になっていた。お帰り!私のタ○ト、なのだ。従弟は代車に乗って帰って行った。 明日は父の診療日。ご指名があったので、また父の付き添いだ。
2007.02.28
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今日はたこが休校日なので、ワンコたちの用足しに行ってくれた。お陰で水泳教室の準備も余裕を持って出来た。 キックが苦手で、先輩指導員にお願いして指導してもらった例の生徒さんは残念ながらお休み。ここで頑張って続けなければ、泳ぐ楽しさが解らないままになってしまう。 もう1人、やっぱりキックが進まなかった生徒さんが居るのだけれど、彼女はとにかく休まずに通い続けて、今ではキックが楽しい、泳ぐのが楽しい、とニコニコしながら言ってくれる様になった。 私は「お手伝い」に過ぎない。やっぱり個人のやる気が大きいと思う。もちろん「やる気」が出るように工夫はしているつもりだけれど。 背泳ぎの導入で、殆どの生徒さんは「浮く事」はできるようになったのに、腕を回す段階になると、とたんに力みが入る。力むと沈むのだ。当然顔も水の中・・・苦しいよ~。 生徒さんたちの力む様子を真似して見せたら、私の鼻にも水が入ってきて満水状態。それでも生徒さんたちの前では平気な顔をしていたけれど、結構つらかった。 水泳をする時に力んでいい事なんて1つもない。頑張る事と力む事は違う事に気付いて欲しいと思う。 生協を済ませて、たこと手分けしてワンコの散歩を済ませてから母の入院先へ行った。丁度夕食の時間に間に合った、と思ったのに、主治医から話しがあるから、と面談室へ。 母が転院してきた時の様子は、腎不全で本当に生きるか死ぬかの状態だったそうだ。今は透析を受けて、原因の病気の治療もしているから、小康状態。 病気の原因や、治療方針、薬の副作用など、いろいろ丁寧に話してもらった。閉鎖病棟の医師の様に「説明したんだから署名しなさい」なんて事は一切なかった。そして「いつ」とは言えないけれど、リハビリの話も出た。 病室に戻ったら、母の夕食のプレートは下げられていたので、どれくらい食べたのか確認は出来なかったけれど、まぁまぁ食べたんだと思う。 母に「リハビリ」の話をしたら早速リハビリ病院でやっていた言語療法を思い出して「笹の葉ささやく、さしすせそ」などとやりだした。 車椅子での生活は避けられないけれど、実家に帰って外来で治療が出来るようになったら本当に良いね。
2007.02.27
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父を連れて母の医療関係の申請や資料の提出のために市役所へ。病院の相談員の方から私と一緒に説明を受けて、細かく注意点を示した手書きの説明書までもらっていたはずなのに、父は殆ど理解していない。 車を運転しながら「市役所で二ヵ所の窓口に行かなくちゃいけないんだよ。」と言うのに「1つの窓口で済むはずだ。」と言い張る。 とりあえず保健課へ。窓口にはなんと手話関係の講演会などでよくお見かけするKさん。どことなく義姉に似ているので印象が深かった。Kさんは有名人?だけど、私はその他おおぜいなのでKさんは私の事は知らない。それにしても手話通訳者が市役所の窓口で働いているって、とっても素晴らしい事だと思う。市役所でフルタイムのお仕事をしながら、手話関係の仕事?があると土、日曜、夜昼無しに駆けつける。良いお手本像を見つけた思いがした。 Kさんの窓口で手続きが済んで「こちらの書類は?」と聞いたら、やっぱり別の窓口だった。父は、まだ納得していない様子。とにかく市役所での用足しは済ませた。 母の入院先へ行く前に、イトー○ーカドーに寄って、足運びののろい父を車の中に待たせて、私の買い物を済ませ、テナントのパン屋さんでサンドイッチとミニクリームパンを買った。 病院の窓口で市役所から制作してもらった証明書を提示してから、母の病室へ。ちょうどお昼時間だった。母の食事プレートを見てびっくり!かなり食が進んだようだ。それでも「サンドイッチ食べる?」と聞いたら「ちょっと食べようかな」と言うので一切れ手渡した。「美味しいねぇ」と言いながら食べてしまった。 父には「食べたら?」とは言わなかったのに、さっさと食べ始めているし・・・。父も母も久しぶりのサンドイッチは美味しかったそうだ。 私が半分食べるから、とクリームパンを半分手渡したら、母はいらない、とか言いながら、結局食べてしまった。 看護師さんが「食欲が出てきて本当に良かったわぁ」と言ってくれた。食後でも熱は少し高め程度で、母は透析2日後でもそれほど調子は落ちていない様子。 「もう帰るよ」と言うのに、母から「もうちょっと居ても良いよ」と引き止められるのには苦笑だったけれど、母の毎食に付き合っていると、私もいろいろ大変だし。 父を兄の家まで送って帰宅した。青空が広がって車の中は暑いくらいの良いお天気だった。
2007.02.26
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入院中の母の食事、やたらと「てんぷら」が多い。最初は「てんぷらなんて、本当に久しぶり」と喜んでいた母も、毎日の様に続くとつらいものもあるらしい。 今日、母の夕食時に合わせて病院に行ったら、またも「てんぷら」。肉と甲殻類を食べない母には、茄子やピーマン、大葉、かき揚げなど。 看護師さんが食後の薬を持って来てくれたので「てんぷらが続くのは何か訳があるんですか?」と聞いてみた。 腎機能が低下して人工透析を受けている母のためには「高カロリー、低タンパク」の食事が必要なのだそうだ。手っ取り早くカロリー吸収するには、てんぷらが一番だそう。 少しずつ食欲も出てきて、母の調子は一時期に比べたら悪くない。てんぷらのお陰かな。 それにしても検査ミスで閉鎖病棟のある病院に入れられてしまったのは返す返すも悔しい。その前に、リハビリ病院がもっと早く今の病院に転院させる事を決断してくれていたら、母はこんなに腎機能を低下させることもなかったのに。 今はちゃんと治療もしているので高熱が出て苦しむ事もなくなった。ありがたいことだ。 明日は父を市役所に連れて行って医療関係の書類提出や申請に行かなければならない。
2007.02.25
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今朝は寒いのだけれど、やっぱり暖冬であることには変わりがなく、このまま春になるのかな?という感じだった。 英会話サークルの当番だったので、早めに公民館に行った。私と一緒に当番のメンバーはなかなか来なくて、結局私1人で机や座布団などの準備を終えた。 今日は出席率がいまいち。もう1人の当番のメンバーは急用でお休みだと代表に連絡があったそう。 なんと講師もなかなか現れない。代表や私が講師の携帯に連絡を入れても「留守番電話サービス」に繋がるだけ。 せっかく準備していたので、メンバーだけでWhat's new? の発表をした。地球温暖化の事、春が早い今年の事・・・などなど。 講師とは連絡が取れないまま、時間になったので解散することにした。それにしても携帯のある時代に連絡1つ寄こさないなんて、ちょっと考えられない。切羽詰った用でもあったのだろうか。 月曜日に市役所へ母の医療関係の書類を提出する時に母の顔写真が必要なので、今日は父を迎えに行って、兄のデジカメを持参して母の入院先へ向かった。私のプリンターは写真をプリントアウトするにはどうかな・・・だし。 母の髪を整えて、私がベッドに上がりこんで母を撮影。まぁまぁの画像かな。母も透析後で具合は悪くなさそう。画像処理とプリントアウトは兄に任せよう。 母は夕食をいつもより多めに食べた。私が持参した納豆が気に入ったみたい。病院では納豆は食べたことがないそうだ。 しばらくして兄とパワー(兄の三男)が来た。昨日大阪に出張に行っていた兄は、見事?に花粉症が発症していて、鼻水、くしゃみ、目のかゆみで辛そうだった。 帰りのバイパスの温度計は1度。雪が路面を舞って、慣れない代車で結構怖かった。 帰宅して夕食後の眠い事。やっぱりもう春なんだろうか。
2007.02.24
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県内のスイミングスクール対抗のマスターズフェスティバル。去年は平泳ぎがS1(得意種目)のコーチがスイミングスクール内のヘッドとして大会参加者を募っていたけれど、姉妹校に転任して行ったので、今年はイケメンのコーチが後を継ぐ事になった。 しばらくスイミングスクールに行けなかったから、参加申し込みの締め切りが近づいていたのも分からなかったけれど、コーチから「出てくださいね。」と言われたら、やっぱり協力してあげたくなるもの。何だか今年は参加者が多いみたいだ。おばさんはイケメンに弱いからねぇ。コーチの頼みだったら聞いちゃうよね。 三種目エントリーが出来る。リレーは若いコーチに任せて、個人種目を頑張ろうと思う。 今日はすんなり?スイミングスクールに行けるはずだったのに、出かける直前に爆睡モードに入ってしまってスクールの時間に少し遅れてしまった。他のメンバーから「重役出勤」ってからかわれてしまった。反省・・・。 夕方、兄の家に父を迎えに行って母の入院先へ。バイパスを一旦降りてまた乗って、の手間が掛かるけれど仕方ない。 父は昨日母から頼まれていた「飲みきりサイズの麦茶を買って欲しい」を義姉に伝える事を忘れていなかったし、久しぶりに床屋に行ってさっぱりした頭になっていたので、鬱は回復傾向のようだ。 今日の母は透析の前日だけれど一昨日ほどには具合が悪くなさそうだった。食事に付いたクッキーを父と分けて食べたり、チーズやリンゴも少しだけれど食べた。 明日は出張から帰った兄も久しぶりに母に面会に行くことだろう。
2007.02.23
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ともがきゅ~ん、きゅ~んと鳴きながら、クレートの扉を引っ掻いている音で目が覚めた。!この様子はemergency(緊急事態)だ。急いで起きて風除室のトイレケージにシートを敷いて、とものクレートの扉を開けた。トイレケージに走りこんだともは大ウン○。間に合った。散歩の時にしなかったから、変な時間に催したんだろう。時計を見たら午前3時半だった。眠いのに全くいい迷惑だよ。 水泳教室でどうしてもキックが上手くいかない生徒さんが1人。前に先輩指導員からアドバイスしてもらったとおりに指導した時は確かにコツを掴んだはずだったのに、掴んだコツを自分のものにしないうちに教室を休んでしまうので、文字通り「水の泡~」 どうも自主練というものがお好きなタイプではないらしい。苦手意識で身体に力が入るからますます「浮く」事が難しくなる。水泳教室の日は疲れ果てて、翌日までも疲れを引きずるそうな。 今日は教室が終わって自由遊泳の時間の時に、そばを先輩指導員が通りかかったので、声を掛けて件の生徒さんの指導をお願いした。正直、私の経験だけではどうにもならない感じだった。優しい先輩指導員は、快く指導の指導?を引き受けてくれた。 先輩指導員のリラックスボイスで、生徒さんも少し余分な力が抜けたよう。 1回で上手く行く人もいるだろうけれど、やっぱり一般人は何事も繰り返し数をこなさなければ上達って望めないと思う。今期の水泳教室はもう後半に入ってしまったけれど、生徒さんたちには、ほんと、休まないで通い続けて欲しいと思う。 帰宅したら、従弟から車の修理代の見積もりのFAXが届いていた。私がお金を受け取るのではなく、相手から車屋に振り込んでもらって、入金が確認できた時点で修理を開始してもらう事に決めていた。 相手に電話したらすんなりと承諾。少しして旦那さんからも電話。難癖付けられるのかと思ったけれど、確認の電話だった。「どうして保険に入っていないのですか?」と聞いてみたら「期限が切れていたのを忘れていた。」とか。 父を心療内科に連れて行って、母の入院先へ着いた時に、従弟から入金確認の電話が来た。はぁ~太っ腹なお家だぁ。15万円近くのお金をポンだもの。しかし、そのお金があったら保険に入っておけよって話なんだけど・・・。 代車は運転に慣れないのはもちろんだけれど、車内がタバコ臭くて適わない。ファ○リーズしたり、窓を開け放して換気したりしたけれど、タバコ臭さはなかなか消せない。早く私のタン○帰って来ーい!! 透析後の母の具合はまずまず。昨日は弱りきった様子だったけれど、今日は夕ご飯もいつもより多く食べたので、父も安心したみたい。病院を変る度に手続きをいろいろしなければならない。父も同席して病院の職員から説明を聞くのだけれど、老化して鬱病の頭にはなかなか理解出来ないみたい。月曜日には私が父を連れて市役所へ行く事になった。
2007.02.22
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すっごぉ~く久しぶりにスイミングスクールに行く時間が持てそう。用意をして車を出して「あの信号が青になればスイミングスクールまではもうすぐ・・・。」とわくわくしながら信号待ちをしていた時に、いきなり後ろから衝撃!な、何!? 後ろの車に衝突されてしまった。運転手は私よりは、かなりおばさん。ぼぉ~っとして車から下りても来ない。 私が車から下りて「とにかく道の端に車を移動してください!」と言ったらようやく動き始めた。アンタがまず車から下りるのがスジってもんでしょうが・・・。 おばさん「車、保険に入ってないんです。修理代だけで済ませてもらえませんか」!!馬鹿言ってもらっちゃ困る。その上「主人と相談したいので一旦家へ帰って来てもいいですか?」って「はぁ!?」だ、全く。 おろおろしているおばさんを放っておいて携帯で110番した。何で被害者の私が通報しなきゃならないんだよっ! しばらくしてパトカー到着。二人別々に実況見分。おばさん「(私の車が)動いていた」と言い張る。信号待ちでブレーキ踏んで居たんだよ。もし動いていたら私の車は押し出されて前の車と衝突していたかもだよ。警官に「とにかく動いていたとしても止まっていたとしても、その車にぶつかったのはあなたでしょう?前の車がバックしてきたわけじゃないんだから」と突っ込まれていた。 「いつも車間距離はきちんと取っています。今日は考え事をしてぼぅ~っとしていました。」言い訳にならないってのに。母は入院中、父は鬱病、の私が考え事をしていたって言うなら解るんだけどね。 車屋の従弟に電話して、事情を話しているうちに、胃がきりきりと痛み始めた。おばさんの名前と住所と電話番号を聞いてから車を出した。警察に調書は取ってもらったんだから、逃げも隠れも出来ないはず。 スイミングスクールの1コマ目には間に合わなかったけれど2コマ目のマスターズのクラスには間に合った。1コマ目は現役大学生のイケメンコーチの担当でお題は「バタフライ」だったそう。コーチ受けたかったよ~(; ;) 従弟によると、相手が保険に入っていない場合、当事者間の話し合いになるんだそうだ。私が動くしかない訳ね。トホホ。 帰宅したらたこも合宿を終えて帰って来ていた。たこを乗せて従弟の職場に車を走らせた。代車を出してもらうしかないし。 つくづく従弟が車屋で良かった。証拠写真もちゃんと撮っておいてくれるそう。後ろのドアとバンパーの取替えになるらしい。明日見積もりが出るので、おばさんに従弟の職場に振込みをするよう連絡しなくては。 代車、慣れないから怖いよ~。タ○トが用意できなくてごめんって、従弟のせいじゃないし。そして従弟の職場からの帰りにまた道に迷ってしまった・・・。帰宅しないで兄の家まで父を迎えに行って母の入院先へ。母の具合が良くなさそうで、ますます凹む・・・。もちろん母には事故の事は知らせなかった。
2007.02.21
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ここのところ水泳教室が終わって後片付けが済むと、日誌は殴り書き状態で、走りながらプールを後にして母の入院先へ駆けつけていたので、先輩指導員といっしょに、ゆっくりコーヒーを飲みながら雑談をしている時間もなかった。 今日の母の予定は午前中に透析。お昼ごはんの時間に駆けつけても透析室から病室に戻っているかどうかも判らない、と思ったので、久しぶりに雑談に加わった。 雑談、と言っても、生徒さんたちにどういう表現をしたら解ってもらえるか、しかじかの問題を抱えた生徒さんにはどうアドバイスしたら良いか・・・など、指導員としてだけでなく、自分のためにもなる、ありがたい雑談なのだ。 今日の雑談も収穫大。この雑談によって得られる知識がなければ水泳教室の指導に入っている意味も半減すると言っても過言じゃない。 白熱し時間も延長した雑談タイムを終えて帰宅したら生協の配達時間までそんなに余裕はなかった。先週は当番だったのに閉鎖病棟のある病院の主治医に呼び出されて急遽、同じ班の人に当番を代わってもらった。本当に助かった。 玄関のともが入ったクレートを移動するのが手間なのだ。でも何とか生協には間に合った。 ワンコたちの散歩を済ませて、ようやく母の入院先へ。今日は機嫌が良いみたい。たくさんは食べないけれど、かたくなに拒否という姿勢はなかった。 もともと遠くなっていたのだけれど、高熱が続いていた頃に比べると、耳の調子も回復してきて、かなり聞こえ方が良くなってきたらしい。足のむくみもだいぶ引いて、血栓予防のために履かせられているキツイ靴下が、それほど苦ではなくなったそうだ。 とにかくよく喋る。兄が来るまで帰る機会がなかなか見つけられなかったくらいだ。 たこは専門学校の合宿。たこがいないと何だか家の中が寒いみたいだ。ブルーのピアス。これは便利だと思う。自宅のお風呂で岩盤浴、良いと思う。
2007.02.20
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「Cドライブの空き容量が少なくなっています・・・」の警告の連続に、ようやく使わないけれど消すわけにもいかないオフィスをUSBに移した。 再起動したら警告は出なくなった、はずなのに、また「Cドライブの・・・」の警告。一旦は「解消されました。」のメッセージも出て、空き容量も200を超えたのに、今日は90そこそこ。何でだ!?なにもダウンロードした覚えもないのに。 らくだが「ホームページめぐりをすると、履歴がパソコン内に蓄積されて・・・」みたいな事を言うのだけれど、楽天でホームページ巡りをしない日なんてないんだから、その履歴を毎日消してから電源を落とせば良いと言う事!? DドライブはCドライブの3倍の容量があるのに、全く使いこなせていない。せいぜい画像の倉庫にしているくらいだ。 だいたい、Cにしか入らないソフトって何?最初からCに入っているソフトが多いのも納得できない。そもそもどうして使いこなせないDの方が容量が大きいのだ!? 「Cドライブの・・・」が出るたびに、パソコンにおちょくられているような気がしてかなり頭に来ている。 お昼時間を目指して母の入院先へ行ったら、母は病院の食事を自分で食べていた。昨日は人に養ってもらわないと(口元まで運んでもらわないと)食べられないみたいな様子だったのに。やっぱり手がいっぱいあると(兄、私、甥っ子たち)甘えが出るのかも。 もちろん充分な量を食べているわけではないので安心は出来ない。 初めての透析の後は「生き返った様な表情」だった母が「透析中は地獄だ」だの「殺してもらっておけば良かった」だのと言う。生きている事をもっと前向きに捉えてもらいたいと思う。 夕食の後で、兄と長男甥っ子と三男甥っ子(別名パワー:母の手を握ってパワーを送るから)と一緒に父も母の顔を見に来た。思いがけなく父の笑い声をすっごく久しぶりに聞いた。父も鬱病から回復しつつあるようだ。
2007.02.19
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のどもと過ぎればなんとやら。母は、兄も私も呆れるくらいわがままになった。 「食べなきゃ駄目」というのに、全く努力しようという気が見えない。確かに透析直後のような気持ちは薄れているのだろう。明日の透析後はまた気分が良くなるのかも知れないし。 今日は兄のイケメン長身(187センチ)長男も母の見舞いに駆けつけた。「おばあちゃん、初孫のいう事を聞いてよ。」というのに、母の食は進まない。 それにしても食べる事を拒否する時の母の力強さ、素早さ・・・たいしたものだ。そのうえ私と兄を「無理矢理食べさせようとする鬼だ」とまで言う。クソバサ(くそばばぁ)・・・! 今日はかなりゆっくり寝たのに、病院の冷蔵庫の前で眩暈を起こしてくらぁ~っ。確かに体調は良くない。病院からの帰りにドラッグストアに寄って「ヘム鉄」のサプリを買った。効果があるといいけれど。本当はDr.に血液検査とかしてもらいたいとこなんだけれど、病院の往復で時間を取られてなかなかDr.のところへ行く時間も割けない。 私が倒れたら、お母さんだって困るんだからね。「鬼」って言っても我慢するから言う事聞いてちゃんと食べてよね!!
2007.02.18
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今日は「聾の薬剤師第1号」さんの講演会を聞き(見)に行ってきた。まだ若くてきれいな女性だった。普通学校で教育を受けてきたので、彼女が手話の習得をしたのは大人になってから。とても判り易くて生き生きした手話だと思った。 彼女が中心になって編纂した「医療関係の手話」の本。会場で売り出されていた分は完売だったので予約をしてきた。医療関係の手話って興味がある。 昨日、母の入院先で先月末に修了した手話講習会の同期に会った。彼女は病院の看護師さんだった。看護師さんが手話を使えることは聴覚障害者にとっては大きな助けになると思う。彼女が手話の学習を始めた動機も「聴覚障害者の手助けをしたい」から。彼女のような看護師さんがいる病院は、やっぱり良い病院だと思った。 帰宅してからすぐドラッグストアに寄って母が病院で必要なものを買ってから病院へ向かった。 母は「夕ご飯に何と何が出て、どれくらい食べて」と報告してくれた。その上、私が持参した焼き芋(三口ほど)とベビーチーズ、りんごなども食べた。 熱は平熱。耳の聞こえも高熱の頃や、透析前と比べるとすごく良くなった。 母のおしゃべりは止まる事がなく、院内放送で「面会の方はお帰りください」と言われるまで付き合う事になってしまった。 つい3日前までは諦めかけた母の命。こんなに回復するなんて夢みたいだ。医術の進歩って凄い。 みなさんの温かいコメント、とても励みになります。ほんとうにありがとうございます。
2007.02.17
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大病院の駐車場は大混雑。駐車場出口と連動した入り口のゲートは「満車です、満車です・・・」を繰り返して、他の車が出口から出て行くまでゲートが開かない。 ようやく駐車場に車を止めて、母の病室まで階段を登って渡り廊下を渡って曲がって曲がって階段を下りて・・・ようやくたどり着いたら、血のついた脱脂綿やガーゼ、手術器具などが載ったワゴンが目に飛び込んできた。 足の付け根部分からカテーテルを入れるというのは手術みたいなものだと気付かされた。 看護師さんがベッド周りのカーテンを開けて出てきた。母の顔を見たら、グッタリしていた。よく頑張ったなぁ・・・。 朝ご飯はひと口も食べなかったという。少ししたら義姉も来てくれた。母に何か食べたいか、聞いたら今日も「おにぎり」 ロー○ンでなくても構わないか、確認したら、どこでも良いと言う。セブン○レブンなら病院のすぐ近くだ。買出しに出かけた。 母に具は何が良いか聞いて来るのを忘れた。義姉とのお昼にしてもいいので、五種類のおにぎりと飲み物を買った。 母は今日は「たらこ」が良いと言う。いろいろ買って来て良かった。最初は「半分でいい」と言っていた母が一個完食。 しばらくして母は透析室に運ばれていった。私と義姉は一旦帰宅する事にした。 母が「胡瓜の漬物を丸齧りしたい」と言っていたので、てつの散歩の途中でスーパーに寄って買い物をした。ともの散歩も早めに済ませた。 まず実家まで母の下着を取りに行き、わたしとたこのDr.のところでは薬のみ。そして再度母の入院先へ。 急いで病室へ駆けつけたが、母はまだ病室に戻っていなかった。一旦帰宅している間も何か緊急連絡がないかと携帯が気になって仕方がなかった。 義姉が一口大のおにぎりと胡瓜1本の漬物を用意して置いてくれた。私は切った胡瓜の漬物を持参。 ようやく母が病室に戻ってきた。一言「疲れた・・・」それでも「何か食べる?」と聞いたら「胡瓜の漬物」と答えたので、義姉が置いていってくれた胡瓜を見せたら1本ものをかぶりついて食べ始めた。次はひと口おにぎり。 夕食も運ばれてきたので「てんぷらが着いたよ」と教えたら「食べる」と言って実に良い食べっぷり。「美味しい」と満足そうだった。 母が美味しそうに食べるのを見るのは何日ぶりだろう。透析の前にはぱんぱんに浮腫んでいたお腹も平らになったし、胸の圧迫感もなくなったと嬉しそうだった。 リハビリ病院で母の高熱の原因が判らない時点ですぐにこの病院に転院させてくれたら・・・。閉鎖病棟のある病院に転院することがなければ・・・。今、言っても仕方が無いけれど(本当はリハビリ病院を訴えてやりたいくらいだけれど)、とにかく母の状態は危機を脱したと言えると思う。主治医には病気の原因も、ほぼ特定できたらしい。昨日転院してきて、もう目星がついたなんて、すごく優秀な医師らしい。 まだまだ予断を許さない母の状況だけれど、透析のパワーってすごいっ!と実感した。仕事を終えて駆けつけてきた兄も、母の様子を見て大いに安心していた。
2007.02.16
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朝から風が強くて寒い。こんな天候に母の転院だなんて。昨日までは、まだ晴れ間もあったのに。JRも強風で遅れている。たこにはJRが動いていなかったらバスで通学するように言いつけて、ワンコたちの用足しに出た。 昨日、いったんは師匠のNさんに水泳教室の指導代理を頼んだのだが、母の転院時間は午後1時からの予定だと連絡が入ったので、Nさんには「やっぱり私が行けそうなので」と電話して、水泳教室を済ませてから病院に行く事にした。 雪混じりの強風。母は父も同乗して救急車で搬送。私と兄はそれぞれの車で転院先の病院へ。 今までは看護師さんが1名転院先まで救急車に同乗してくれていたのだが、今日は主治医も同乗していた。 昨日の兄の、やんわりだが痛いところをついた話が効いたのかも・・・。「先生には日常的な話で慣れていることでしょうが、私たちのような医学的に素人にとっては最悪の場合の話ばかりだと受け止める覚悟をするのが難しいのです。そのあたりをもう少し配慮していただけませんでしょうか。」 転院先は救命センターが併設されている大病院。母の病室に行くにも迷う迷う。父は絶対に1人ではたどり着けないだろう。 母は具合が悪いと言って、朝ご飯も昼ごはんも食べていない。しかし昨晩「ロー○ン(実家の近所にあるから?)の筋子おにぎりが食べたい。」と言っていた。病室のベッドに落ち着いたところで聞いてみたら「食べたい」と言う。 強風の中、病院の近所をロー○ン尋ねて歩き回った。セブ○イレブンもデイリー○マザキもサー○ルKもあるのに、どうしてもロー○ンが見当たらない。「ロー○ンの筋子おにぎりを食べたら母が元気になる!」その一心で歩き回った。でも父を心療内科に連れて行かなければいけないので、父の診察が終わってから、またロー○ン探しをする事にした。 父の診療が終わり、らくだの職場近くにロー○ンがあったのを思い出して車を走らせた。病院に着いて、迷いに迷って母の病室にたどり着いたら、もう夕食の時間だった。 母には夕食より「ロー○ンの筋子おにぎり」が先決。美味しい、と2/3食べた。夕食にも少し箸をつけた。 母が「これ(ロー○ンの筋子おにぎり)を食べないうちに死んでしまうと思っていた。」と言うので、探し回った甲斐があったと思った。 母の熱は、転院が決まった昨晩は微熱、今日はほぼ平熱。熱が下がった理由は全く不明。とにかく「結核ではなかった」事と、「自分の母親が最後を迎えた病院から出られた」事が母の心理状況に良い影響を与えたのは間違いが無いと思う。耳の遠い母と話す時に、もう私も兄も父も防塵マスク?をしなくても良いのだ。 閉鎖病棟では立ち入り禁止だった兄の三男坊が母の手を握って「パワー」を送りに面会に来てくれたのも、それこそパワーの源だ。 今度の主治医は、とても親身になってくれて、外来が済んだ後、兄と1時間以上も話をしてくれた。透析も「とにかく明日にもやってみましょう」と心強い回答をしてくれた。 一時は「母に負担を掛けたくない」と躊躇した転院だったけれど、兄の決断に脱帽だ。後は透析をしつつ、母の病気の原因を突き止めて治療の開始を待つ。久しぶりに希望の光が見えた思いだ。
2007.02.15
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母がリハビリ病院に転院したのは「リハビリに専念するため」だから異存は無かった。そのリハビリ病院でやっとリハビリも軌道に乗ってきて明るい気持ちになっていた頃だったのに、母の発熱が始まり、高熱が約3週間続いた頃に病院から「結核菌が出た」という事で即、閉鎖病棟のある今の病院に転院となった。 母親(私の祖母)が最後を迎えた病院に移るということは、母にとっては相当なショックだったはず。気の強い母が泣きながら「死にに行くんだわねぇ」と言うのを「熱を下げて楽になるためなんだよ。」となだめた。 母の着ていたパジャマをビニール袋に入れて「煮沸消毒をしてから洗う」ように言われた時の悔しさは忘れない。・・・私の母をばい菌の固まりのような扱いをして・・・。 今の閉鎖病棟ではマスクや消毒の徹底は義務付けられたけれど「洗濯物を煮沸消毒」する必要は無い、と言われた。・・・リハビリ病院には基礎知識が欠けていたらしい。 今日も病院から呼び出しがあった。兄も同席した。母の腎機能の低下はかなり深刻で透析を受ける必要があるとのこと。 かなり体力が弱っている母が透析に耐えられるか、とても心配だったけれど、病院には透析の施設がないので、転院するしかない。転院だけでも今の母には相当な負担だ。 入院時から「結核かどうか判断しかねている」という主治医の話は何度か聞いた。今日「遺伝子レベルでも結核菌は見つからなかった」と言う話を聞いて「では、この1週間はなんだったんだ!?ただでさえ弱っている母を結核菌に晒し続けた1週間。リハビリ病院で見つかった菌はなんだったんだ!?結核の治療として施した事が母の身体に悪さはしていないのだろうか!?高熱だってずっと続いていて1日として母を苦しめない日は無かったのに!?」 たくさんの「!?」で頭の中がいっぱい。この気持ちは納まりがつかない。とにかく明日の転院後の母の生命力を信じるしかない。
2007.02.14
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水泳教室を終えて、今日も母の入院先へ急いだ。昨日より少しは具合が良いみたい。ちょっとだけ安心して帰宅した。 しばらくして病院から電話。兄が出張中なので私の所に連絡が来た。「先生からお話しがありますので来院してください。」・・・何でいつも主治医が電話してこないで看護師さんに電話させるよ!? 生協の当番を同じ班の人に代わってもらって病院へ急いだ。ほんの2時間ほど前には頑張ってお昼ご飯(半分も食べられないんだけれど)を食べていた母が、また熱を出して辛そうにベッドに臥せっていた。 主治医からの話は「血液検査の結果、腎機能の低下が見られた。~~の処置をしたいけれど~~の心配もある。承諾したという証明(?)に署名して欲しい」 つまりだ、何かあった時のために「家族にはキチンと説明して署名ももらってある」という念書が欲しい訳か!? 主治医と話していると、とっても落ち着かない。質問しても面倒臭そうに「だからさっきから言っているように」と来る。さっき聞いた事を忘れるくらい私はアホじゃないんだけど(怒!)。そしていつも「最悪の場合」の話を聞かせる。嘘でも希望を持たせてくれるような話はしてくれない。 私としては母の命を預けているのだから、医師と険悪にはなりたくない。でもなぁ、誠意を感じさせる医師ではないな。例えば、「母は耳が遠いので耳の近くで話してください」と伝えても、工夫して伝えようとしている様子は見えないもの。 兄は明日出張から帰るので、一刻も早く主治医と面談がしたいのだ。しかし、またも「忙しいから」と木曜日まで待たされることになった。 兄も病院側へはかなりきつく怒ったらしい。でもいつも電話に出るのは主治医ではなくて看護師さんなのだ。看護師さんに言っても仕方が無いから兄もたいがいにしているみたいだけれど。 兄がどのように主治医と話し合うのか・・・少し怖くもある。
2007.02.13
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昨晩、母の入院先で兄から「明日、主治医と会って話をする時はお前も同席して欲しい。」と言われた。正直、母の病状についてはもう一回聞きたい話ではないから、同席はしたくなかったけれど、断る事は出来ない状況。 結局、主治医の都合がつかなくなって、今日の話し合い、は中止になったけれど、兄は主治医の予定に合わせて私の同席を強制しそうな雰囲気。・・・お前(兄)1人で聞けよ。私はもう聞きたい事はないから・・・。 母のお昼ご飯の時間に合わせて病院へ行った。兄が父を連れてきていた。兄は昼から仕事があるので、私が父を兄の家に送る事になった。 兄が父の居ない所で「親父を預かっていると何かと物入りで、食費だけでも入れてくれるように言ってくれないか?俺が言うと角が立つと悪いから」と言った。・・・確かになぁ、大学生2人居るし、食べ盛りの三男坊もいては、経済的にきついよな。でも、何で私に言わせるよ!? 仕方が無いので、父を車に乗せてから「兄ちゃんの家に『自分の食い扶持』くらい入れてるんだろうね!?」と聞いてみた。父は「当たり前だ。毎月ちゃんと払っている」と言う。?話違うじゃん。 お金の事を言われて不機嫌になった父を無理矢理実家まで乗せていって「毎月支払っている」と同額のお金とキャッシュカードを父に持参させた。 実家には郵便物や灯油の請求、留守電などが入っていたので、どっちにしても実家に寄ったのは正解だった。留守電についてはすぐ折り返し電話。灯油の請求は集金に来てもらわなくても済むように自動口座振替の手続きをしたい旨、私がガソリンスタンドに電話した。父は電話の側でぼぅ~っとしている。全く男って奥さんが入院すると腑抜けになるもんだ。 父を兄の家に送り届けて帰宅したらもう午後3時過ぎ。たこが「また病院に行くの?」と聞くので、半分は行くつもりだったけれど、家に居る事にした。 兄には帰宅したら電話するようにメールしておいた。兄からの電話によると、お金のことについては、父と兄の間での取り決めがあるらしい。そんなん私知らないし。自分たちで話しろよ!だ。 私って頼りになる娘であり、妹らしい。確かに私は『たこの母』になってから、ますます強くなったさっ!「お茶」で痩せる訳が無いと思いつつ、ストレスで食い気に走りそうな私には、とっても気になる・・・。病人を抱えて出口の見えないような毎日の愚痴を受け止めてくださり、温かいコメントを頂いて心から感謝しています。ありがとうございます。
2007.02.12
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入院中の母には何の罪もない。でも、入院中の母が居る、という事実は、何をしても楽しくない毎日と無関係ではない。 寝ても覚めても食べても出かけても、母の具合が頭から離れる事はない。 入院中だから常に様子を見ていたり、世話をする必要はないのだけれど、精神的に負担が無いとは言えない。 病院の廊下を通るときに、他の患者さん達の様子が見える。 経管で流動食や薬を入れるためのチューブを鼻から入れたまま、意識があるのかどうかも知る事は出来ないが、ベッドに仰向けになったまま寝たきりの人も少なくない。 どんな姿になっても生きていて欲しいと思うのが肉親だろうか・・・。でも自分が「意識も無く寝たきりの状態」だったらどうだろう。やっぱり生きていたいと願うのだろうか。経済的な負担も少なく無いと思う。その負担を家族に強いる事を私は望まない。でも、意識が無くなったら、その意思を伝える術もなくなる。いざという時の事、今からでもしっかり話しておかなければと思う。
2007.02.11
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検定試験を受けに行くためにたこが乗る次の電車に乗れば私は手話のステップアップ講座の開始時間に間に合うはずだったけれど、試験の時にはお守りの様にかならず飲んでいくアミノゼリー飲料をたこが飲み忘れていったことに気がついて、急いで家を飛び出して、駅まで走った走った。自分の限界を超えたかも~ゼィゼィ。何とか間に合って、たこにアミノゼリーを手渡した。 1本早い電車に乗ったお陰で、講習会会場には随分早く到着した。先月末に基礎講座を修了したばかりの同期の何人かも参加していて、また会えて嬉しかった。 受講生の中には初めてお目にかかる人たちも多かった。 順番に前に出て手話表現の発表をするのだが、私は職業柄?人前で話したりする時にそれほど緊張はしない。ビデオ撮影でも「カメラ目線OK」だ。 いろいろな人の発表を見ることが出来た。比べちゃ何だけど、参加していた「私の同期たち」は、やっぱりレベルが高いと思った。 週に一回、木曜日の講習会を30回受け続けただけの事はある!と実感。 午前9時半~午後3時半まで。昼食と休み時間を挟んでの講習会だった。集中力が必要で疲れたけれど得るものはいっぱいあったので、受講して本当に良かったと思う。 帰宅してから入院中の母の夕ご飯の時間に合わせて病院へ。兄と父が先に来ていた。母はさらに熱が上がって坐薬を入れたところだった。夕ご飯は全く手をつけていない。兄と私が水分だけでも摂らせようとするのだが、母はあまり飲んでくれなかった。 少しして坐薬が効き始めた様で汗が出てきた。後は病院に任せて帰宅したが、兄の方には「熱が下がりました。汗をかいて着替えたので下着の用意を」と電話があったそうだ。病院からの電話ってドキッとする。 下着は5組を回転させているのだけれど、もう少し買い足して持っていかなければならないようだ。
2007.02.10
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昨日の疲れがどぉ~んと残っている。歳だな・・・。スイミングスクールを休むのは簡単だけれど、水曜も休んでしまったし、やっぱり行くことにしよう。 水泳教室でプールに入っているとはいえ、生徒さんに指導する時は、頭を使う方が主だから、泳いでいるという実感はない。 やっぱりプールの中は良い。泳ぎに集中出来る時間は貴重だ。 あんなに疲れていたのに、帰宅後にワンコたちの散歩に出かけたら、身体が軽い事!プールで泳ぐ事が私には1番のリフレッシュなんだとあらためて実感。 夕方に母の入院先へ行った。依然熱は下がらない。転院したら熱が下がると期待していたのに、なかなか効果もなく母が一番ガッカリしている様子。「どこの病院でもかわりばえがしないねぇ。」と弱音を吐いていた。 病院でも薬や注射などで対応してくれているのだが、あまり効き目が見えず、私もどうやって母に言葉を掛けて良いやら・・・。 廊下で兄とすれ違った。兄も心配して様子を見に来たところだった。兄も直接主治医と話がしたいのだが、仕事の関係でなかなか時間が取れない。 兄の質問を私が代わってしても兄は納得しないと思う。兄が聞きたいことは兄自身が主治医に聞くしかないと思う。
2007.02.09
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今週の土曜日に検定試験があるので、たこは連日7時間授業+補習。当然弁当持ち。たこに施錠を頼んで一足先にワンコたちの用足しに出かけた。 帰宅後すぐに水泳教室へ。生徒さんたちの楽しそうな様子がとても励みになる。 教室終了後、いつもは先輩指導員達と日誌をつけた後でコーヒーとお菓子で雑談、だけど今日は早めに失礼して母の入院先へ直行。 母は昼ごはんの最中だった。昨夜は坐薬のお陰で汗が出て着替えをしたそうだ。少し気分も良さそうだった。高熱が続いたせいで母の耳はますます遠くなって会話にも不自由する。 「すぐに下着の追加を」と言う看護師さんの要請に母の洗濯物を土産に帰宅。洗濯機に放り込んで、がぁ~と昼ごはんを食べて、洗濯物を乾燥機に入れて、ワンコたちの散歩。 父の診察日なので、3時半には家を出て、兄の家に居る父を迎えに行かなければ。 病院で父に付き添って医師と話した。父はSSRIの効き目は出ているのだが、母の病状の事でショックを受けた事を考慮して、少し薬量が増えた。 父の診察後、実家へ回って今の病院では使わない服などを置いて、溜まっていた郵便物などの回収。暗くなった頃に父を連れて再び母の入院先へ。 昼は楽そうだった母が、具合が悪そうにのろのろと夕ご飯を食べていた。また熱が出たらしい。・・・昼間の母を父に見せてやりたかった。 父を兄の家まで送って帰宅したら7時半過ぎ。しかし家は真っ暗!たこは補習からまだ帰っていなかった。 来週の土曜日もたこは検定試験があるので今週と同じようなスケジュール。父の診察日も一週間後。来週の木曜日もこんな調子の訳だ。はぁ・・・。
2007.02.08
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母の転院のために兄は仕事を半日休んだ。しかし、担当医が外来の仕事中だったので、お昼過ぎにならないと時間が取れないために話は私が病院に残って聞く事になった。 私が一通りの荷物の整理をしている間に兄が父を迎えに行った。父が風邪を引いている間、母との面会を控えていたので、両親が対面するのは久しぶりだ。長年連れ添った間の事は私には良く解らないけれど、両親は良い夫婦なんだろう・・・。 兄が職場に向かってから、1時間以上待ってようやく主治医との話。父も同席した。リハビリ病院で出来なかった治療が出来るとはいえ、母の状態はあまり楽観できないらしい。 父はすっかり凹んでしまった。鬱病のせいもあって主治医の話もよく理解できなかったみたい。(理解したくなかった?) 私は事実を受け止めた上で、今の母にとって最善の治療を施してもらえれば良いと思った。今、先回りしていろいろ考えるより、やっぱり少しでも前向きでいたいと思う。 父は兄の家でも黙り込んでしまってほとんど話さなかったらしい。電話で兄も「前向きに」と言っていた。 明日は午後から父を診察に連れて行く。兄の家での状態は聞いている事しか判らないし、見ているわけでもないので父の主治医に上手く説明出来ないかも知れないけれど、父が一人で病院に行ける状態ではないので付き添いくらいはしようと思う。
2007.02.07
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母の検査結果が出た。リハビリ専門病院では治療できない少々やっかいな病気なので転院が決まった。 母は「熱が下がるんだったらどこでも行く。」と言っていた。我慢強い母が口に出して言うくらいなのだからそうとう辛かったのだと思う。とにかく発熱の原因が判って、きちんと治療を受けることが出来る事が決まったので少しは気持ちも落ち着いた。 じじぃ(父)も母の心配をしていたが、じじぃ自身が風邪気味だったりしてなかなか母の入院先へ行けない状態だった。兄の家に電話をして、久しぶりにじじぃの声を聞いた。えらく寝ぼけたような声。「寝てたでしょう?」と聞くと「いーや」と答えるけれど、義姉からの電話やメールで知らせてもらっているから、抗鬱薬や安定剤の副作用?で一日中ほとんど寝ているのはお見通しなんだよ。見栄っ張りなじじぃだな。別に寝ていたって今はそれが1番の養生なんだから責めるわけがないのに。 今日の水泳教室では予告?通り生徒のみなさんにフィンを使ってお魚気分を味わってもらった。みなさんとても気に入ってくださって大喜び。一般の人は市営プールでフィン使用は認められていないので、フィンを使えるのは「水泳教室の特権」?なのだ。 フィンを脱いだ後、不思議な事にみなさんのキックが確実に上手くなっていた。フィンマジック!! それでもどうしてもキックが上手くいかない生徒さんが悩んでいたので、残業?して見てみた。やっぱり何かつかめていない・・・。「足の甲で水を後ろに押してやるイメージでキックしてみて」と言ったら、急に進み方が良くなった。ほんの言葉ひとつなのだ。それでも私のアドバイスで何か掴んでもらえた瞬間に立ち会えるのは本当に嬉しい。
2007.02.06
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手話サークルを辞めてから1年以上経つけれど、近頃は殊に「やっぱり辞めて良かった」と実感している。 サークルに所属していた頃は、例え日曜日に水泳大会の手伝いなどがあって疲れていても、何とかサークルに顔を出さないと・・・みたいな気持ちがあって、かなりしんどかった。PDのプッチ(軽発作)を隠しながら参加しても 催し物と文化祭の発表の練習で1年の半分は本来の手話の学習が出来ない状態だったのが、すごく不満だった。 今は、月曜日にたこに弁当を持たせて送り出すとホッとする。ワンコたちの散歩も気持ちに余裕がある。 しかし、ここのところ風邪のせいもあって今日も体調はイマイチ。てつと散歩に出たけれど、ふらつく。頓服のソラナックス(精神安定剤)を半分齧って残しておいたものを発見したので飲んだ。ソラナックス、飲むのは何ヶ月ぶりだろう?久々の頓服の効きの良い事!!ともの散歩の時は少しは落ち着いた。 昼間は義姉が様子を見に行ってくれたので、私は夕方になってから母の入院先へ車を走らせた。 兄が出張中なので、私が院長先生から話を聞いた。母の血液検査の状態が悪いそうだ。明日はCTを撮る予定。もしかしたら転院かも。 昨日、少しは食欲もあったのに、今日の母の様子は「もうくたくた」という感じ。半月以上も高熱が続いているのだから当たり前だ。今日は4人部屋から個室に移されていた。 ただでさえ小柄になってしまった母が満足に食事も取れない状態で、しかも高熱が続いている。点滴と検査の注射で腕が痛々しい。一刻も早く何とかしてやりたいと思う。 出張中の兄の携帯に院長の話を伝えた。兄も心配していた。兄は明日の夕方に帰ってくるので、また病院でいっしょに話を聞くことになると思う。
2007.02.05
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けっこう寝たのに、眠くて眠くて仕方がない。昨日は母の入院先に行く時間がなかったので今日は兄から連絡のあった品物を持参して出かけた。 交通量の少ない時間帯だったから良かったけれど(決して良くはないけれど)、運転しているのに目が閉じそう。なんでこんなに眠いのだろう。 病室に着いたら、母は寝ていた。やっぱり熱があるみたいだ。偶然、看護師さんが点滴の準備をしに来たので「院長先生から発熱の原因について他の医療機関の診察依頼をするかもしれないと伺っていたのですが、どうなりましたでしょう?」と聞いてみた。 看護師さんからは「明日の診察の後で検討すると思います。決まり次第ご家族に連絡いたしますので」という答え。 私が「他の医療機関で」という話を院長先生から聞いたのは木曜日だ。その時も同じ答えだった。相変わらず熱が下がっていないのに、どうしてもっと早く検討してもらえないのだろう・・・。日曜日だし、看護師さんに言ってもどうにもならないと思ったので黙っていたけど。 目を覚ました母が「スポーツドリンクばかりで口の中が甘ったるい。」と言うので病院の自販機から冷えた緑茶を買って来て飲ませたら「さっぱりした。」と言った。 お昼ごはんの時に残しておいたらしいバナナを「私に持って行って」と言っていたのに、口の中がさっぱりしたら食べる気になったみたいで私が見ている間にまるごと1本食べてしまった。食欲があったら安心だ。 病院を後にしてバイパスに乗ったけれど眠気はまだまだ強烈。本当に困った。 何とか無事に帰宅。それにしても眠い~。「ウリナリ社交ダンスクラブ」でダンス指導を担当していた金髪先生がうつ病の闘病生活を綴った本。先生は「鬱病になって良かった」と書いていた。私は一生「PDになって良かった」とは思わないと思う。使う薬は同じでも、症状は違う。あの辛い症状とは今後も一切無縁でいたいと願う。
2007.02.04
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来週の土曜日は英会話サークルの当番だけれど、手話のステップアップ講習会に出るので休む予定。どなたかと当番を代わってもらわなくてはならないので、今日は前半だけは顔を出してきた。 快く当番交代を承知してくれたメンバーが居て助かった。テキストの学習の前に講師自ら持参してきたポータブルDVDプレーヤーで、講師のフィリピン家族旅行の画像を見せてもらった。やっぱり前半だけでも顔を出して良かった。フィリピンって行った事はないけれど、面白そうな国みたい。 後半はパスして帰宅し、軽く早めの昼ごはんを食べて大会会場のプールへ向かった。集合は12時だったけれど、余裕で到着。 今日は2日間に渡る大会の1日目。県内ジュニア対象の大会だ。 小学校高学年ともなると、私なんかの泳ぎと比べては何だが、ほとんど倍の速さだ。泳ぎも本当に軽やか。・・・水着もみんなブランド物だし、ウォームアップスーツや、小物始め、スイミングスクールに通わせる費用や合宿の費用など、親御さんたちは何かともの要りだと思う。でもお子さんたちの頑張る姿には代えられないんだろうなぁ。観覧席は温水プールより熱気がありそうだ。 今回の大会もいくつか好記録が出た。私が担当していたコースの男子も記録突破。アナウンスの後で思わず「おめでとう~」と拍手を送ってしまった。 心配していたような失敗もなく、無事今日は終了。明日は私はお手伝い担当ではない。今期は今日を含めて2回、先輩指導員たちの代役を勤めた。どうしても都合がつかないなら断るけれど、お互い様の事だし、私自身としては気安く代役を頼めるような人間で居たい、と思う。「あの人にだけは頼みたくない」なんて思われるようでは人間お終いではないか。 それにしても、まだまだ伸びしろを感じさせてくれるジュニアの泳ぎは素晴らしい。
2007.02.03
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朝、外を見たら雪が積もっていた。暖冬と言われていたけれど、2月になったら急に寒くなって、雪が降るようになった。まぁ、温かかった1月は「もうけもの」だな。 今日はスイミングスクールの日だったけれど、休んで家でゆっくりしていた。 明日は午後からだけれど水泳大会のお手伝いがある。とにかく風邪はすっきり治しておきたい。 昨日は水泳教室の先輩指導員達から、水泳大会の長距離種目の「コール」と「鐘振り」の話を聞いた。 水泳大会では頼もしく感じる先輩指導員たちも、新人の頃は「コール」と「鐘振り」が上手く出来なくて、さらに先輩の指導員たちにお世話になったそうだ。 私も最初に長距離の計時をした時はすごく緊張した。もちろん今でも泳ぐ距離のチェック・コール・鐘振りには緊張はつきものだ。 「コール」は800メートルの400メートルターンの時、1500メートルだと500メートルと1000メートルのターンの時、自分の担当コースを泳ぐ選手に、ターンの前後10メートルの間、選手の耳が水面上に出ている時を狙って?500メートルの時ならば「500!500!」と叫んで選手に距離を知らせるお仕事だ。「鐘振り」はあと1往復でフィニッシュを知らせるために鳴らす鐘。 選手の耳が水上に出ている時とタイミングがずれたり、上手く鐘を響かせる事が出来なかったりなどは新人がよくやりそうな不手際。しかし、鐘がタッチ板に当たって電光掲示板を止めてしまった!などというミスは絶対にいけない。 距離が長いだけに集中力を切らせないでいるのは結構大変だ。レースのために一生懸命に練習を積んできた選手たちに迷惑を掛けてはいけないのだ。 選手のみなさん、頑張ってください。
2007.02.02
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朝、熱を計ったら平熱だった。木曜は午前授業なのでたこの弁当を用意する必要はない。外はかなり寒そうだ。ワンコたちは大人しくしているので、とりあえず水泳教室に出勤? 師匠のNさんにお願いしたら快く教室の代理指導員をしてもらえるとは思う。でも、何と言っても未熟者の私。師匠のNさんのキャリア、センス、指導力を知れば、今私が受け持たせてもらっている生徒さんたちは絶対に私に不満を持つ事になると思う。「やっぱりあの先生(Nさん)の方が教え方が上手だよね~」などと言う事になると、これからの私の教室運営がやり難くなるのは目に見えている。生徒さんたちには申し訳ないとは思うけれど、今期は私なりの方針で教室を進めたいと思う。そのためには風邪が治りきらなくても教室を休むことは避けたいと思った。 他の指導員から「鼻声だね」と心配してもらったけれど、プール棟に出たら不思議な事に鼻水が止まった。温水プールの湿気のお陰かな。 生徒のみなさんには「体調が悪い時は無理しないで休んでくださいね。」なんて言っておきながら、私は嘘つきだ・・・。 教室の間は体調のことはすっかり忘れていた。時間になって生徒さんたちがプール棟から引き上げて、後片付けを始めた時に、いきなり鼻がズルズル~。 他の指導員には「プロじゃん!」なんてからかわれたけれど、やっぱり教室の時間中は集中していたのかな。 木曜夜の手話講座は先週で修了したので、今日は午後から母の入院先へ行くことが出来た。やっぱり原因不明の熱が下がらない。明日、内科の先生と相談して他の病院で診てもらうことも検討中だと院長先生からお話しがあった。 今日は母の入院先の心療内科の診察日なので、午前中に兄に着いていってもらって父も診察を受けた。夜、兄に電話して聞いたら、やっぱり鬱病の診断。でもちゃんと薬を飲めば回復するらしい。ただ年齢的にボケの症状だか鬱の症状から来ているものだか判らない物忘れが心配だが、とりあえずは鬱状態が改善しないうちは医師も何とも言えないらしい。 「一番休養中のじじぃ(父)に、まだ休養させるのも難儀な話だよねぇ」と言ったら兄も笑っていた。父の次の診察は私が付き添う事になった。
2007.02.01
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