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年末26日、ずっと体調を崩していた義母が、病院で亡くなりました。86歳だったので、それなりの覚悟はあったけれど、そのときが来るまでわからないこともたくさんありました。親戚づきあいの好きだった義母のために、親族が集まってくれて、すべてのことが一気に過ぎていきました。親族には、明るい女性が多く、悲しい場ではあるはずなのに、生きる力が芽吹いてくるような時間でもありました。義母が入院してから、ちょうど1ヶ月。その直前に、ひどく体調を崩した義母を、病院に連れて行った頃のことなどは、もう、ほとんど思い出せないほど遠くなりました。それほど、義母の最期の一ヶ月は、忙しく、何が起こるかわからず、それでも、確実にそのときに向かって紡がれていたかのように、力強いものに運ばれていただけのようなスムーズさがありました。どうしても、葬儀にはそれなりの作業が必要で、仕事との兼ね合いだけは、ずっと心配でしたが、そのタイミングも、図られたかのようでした。26日の夜7時半に年末の最後のレッスンを終え、軽く買い物などをして家に着いたところで、いきなり連絡が入り、病院に駆けつけたのは、8時半過ぎくらいだったような気がします。8時過ぎに、一人で旅立ってしまった義母を見守ってくださったお医者様にお礼を言うのもやっとのような秒刻み、分刻みのようなスケジュールがそこから一気に始まりました。まだ、誰も来ていない病院。慌てて連絡を取る先にすら、見当もつかないような不安。義母を迎える部屋を整えることなどから、何一つわからず、連絡を取りながら知っていくようなところがありました。葬儀の準備を整えながら、仕事が休みでよかった、と、何度思ったかわかりません。葬儀が終わっても、まだまだ片付けなくてはいけないことが山盛りですが、そういうシンプルな作業が、私達を支えてくれることは、経験してみないとわからないことでもありました。義弟の奥さんと、身を寄せ合うようにして、いろんな作業をこなしながら、お互いの気持ちが昔よりずっと分かり合えるようになっていることも感じました。義母が私達に遺してくれたものは、そういうものなんだろうと思います。人と人が繋がることの尊さを、こんなときにこそ、良くわかるように、相変わらずのおふざけを交えて、私のサンタが準備をしていてくれたかのように、今日までのすべての日々に意味があったように感じました。そこは、グッとくるというより、ついつい、私にそこまでさせるか、と、苦笑いのような感情も混ざってしまうのですが、その骨太な逞しさに、これからも頼りっぱなしで大丈夫そうだな、なんて気持ちにもなりました。体調の良くなかった義母も、もう、その苦しみから解放されて、今は、ホッとしていてくれるといいなぁと思います。義母を送った景色の中で、今でも思い出してしまうのは、斎場の外の雪かもしれません。突然の雪の白さと、晴れていく空の青。それは、相変わらずの私だけが忘れた約束を思い出させるかのように、どこまでも澄んだ色でした。
2016年01月03日
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