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まずはひと言。久しぶりに、ブログを更新しようと思って、管理画面を開いてみたら・・・。何ですか?これは・・・。管理画面がリニューアルされている。されているのはいいのですが・・・。見難い!使いにくい!!これが新しく作った管理画面なのか!?も~っ、これは改悪としか言いようのない画面構成ですね。今回の改悪、必要なものを削って不必要なものを増やしただけの完全な失敗ですね。新着記事は見づらくなっていますし、リンクスとかタグは不必要な機能ですし、本当に、以前の画面に戻して欲しいです。以前の画面も使い勝手が良いとは言えませんでしたが、今回の改悪された管理画面よりはよっぽどマシです。楽天事務局さんはもうちょっと利用者の使い勝手を考えてリニューアルをしていただきたいものです。本当は、今日は最近やっと落ち着いてきた学校図書館の近況でも書こうかな、と思っていたのですが、管理画面をアレコレ弄っているうちに何だか目が疲れてきたのでこの位にしておきます。これだけでは愚痴をこぼしているだけで画面が寂しいので、最近、ページを捲ってる本、『僕僕先生』表紙画像と簡単な書評だけでも載せておきます。時は西暦700年代の唐王朝、6代皇帝玄宗の御世。22才となる若者、王弁は県令であった父の溜め込んだ財産に寄りかかり(中国の役人は薄給で、そのため役職から得られる副収入、つまり賄賂でガッポリ儲けていたのです)学ばず、働かず、娶らず、ひたすら安逸を貪っていました。そんなある日、愛想を付かした父の命で黄土山に最近住み着いたという仙人の元へと出かけた王弁は、そこでひとりの美少女と出会います。自らを僕僕と名乗るその少女が、なんと何千何万年も生き続ける仙人だったのです!ニートの青年が、 一万年以上?も生きている仙人に見込まれて、五色の雲と駿馬を走らせ天地陰陽を駆け抜ける大冒険の旅に出るというのがこのお話です。内容は中華風ファンタジーを基調として、仙人相手の奇妙な恋物語であり、中国古代の伝説上の皇帝から唐代の玄宗皇帝まで登場する壮大な歴史ファンタジーでもあります。中国に古くから伝わっているだろう色々な仙術、伝説上の人物、神々にまつわるエピソードや時代考証もしっかりとされていて、それらがふんだんに盛り込まれた興味深い作品です。ただ、そのため登場人物や地名などが小難しいところがありますが、ライトノベルのような読みやすい文章で書かれた「柔らかな」作品です。『十二国記』(最近、NHKBS2の月曜日の深夜に再放送を始めましたね)『風の王国』シリーズや『封神演義』などの中華風ファンタジーを読まれている人におススメな作品です。
2007年01月18日
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はい、今日は私のような軍事・安全保障問題に深い関心を寄せる人間とって、記念すべき1日となりました。そうです!今日、平成19年(2007)1月9日、昭和29年(1954)7月1日に防衛庁が発足してから約半世紀・・・。幾多の困難を乗り越えてついに、防衛庁が防衛省に昇格を果たしたのです!祝!防衛省昇格!!です。これによって、自衛隊を動かすだけの実働的な内閣府の外庁から、自ら防衛・安全保障問題に関する政策立案が出来、これまでのように内閣府を通さずに予算や法案を防衛省独自に閣議に提出できるようになり、ようやく「ふつうの国」の「軍隊」への一歩が踏み出されたという、記念すべき日となりました。この防衛庁の省への昇格は、これまで何度も何度も企画されては大騒ぎを引き起こして消えていくという状況が55年体制下の自民党と社会党の関係で中々、省への昇格は見送られ続けてきました。しかし、時代が変わったのです。朝鮮半島では将軍様が核のオモチャを玩び、東シナ海では中国が海上権益、具体的に言いますとガス田とか釣魚島などの南西諸島近海に危険な視線を向けています。さらに、国際環境も変化し、金だけではなく「人」、つまり人的貢献を国際社会から(ぶっちゃけアメリカから)求められ、外交的にも自衛隊を活用せざる得ない状況に追い込まれています。ですので、自衛隊の海外派遣が本来業務に格上げされたわけなのですが、実際問題として今、国連やアメリカを中心とする多国籍軍の求めに応じて海外での対テロ作戦への支援や復興支援活動等が現在進行形で行われている状況では、事後確認的な意味合いしか持たないものでしょう。ただ、日本の商社が必死になっている資源獲得競争において、資源保有国が求めてくる条件の中に軍事的要求、武器の輸出や部隊の派遣などを要求してくる国もあるそうなので、資源を他国に依存している日本としては、自衛隊の海外での活動が国際貢献(若しくは皮をかぶった行動)の他にどのように変化していくのか、注視する必要があるかな、と考えたりもしています。そんなこんなで、前の年となる2006年はまさしく防衛庁が省に昇格するために必要な条件がピッタリ一致して、法案も教育基本法改正などの重要法案、といっても防衛省昇格に関する法案も超重要法案だったのですが、いともあっさりと国会両院を通過して可決成立、で、今日の防衛省昇格となったのですが、この防衛省昇格に関する審議に国民があんまり関心を払わなかったのが少し気がかりではありますね。文民統制=シビリアン・コントロールの視点から考えると。そもそも、シビリアン・コントロールと言う言葉は日本が敗戦するまでに概念すら存在しないものでありまして、日本国憲法政策の際に出てきたシビリアン・コントロールという言葉を軍人ではない人間、文民が統制するという内容に訳したわけなのですが、未だにこの文民統制という言葉、おかしな使われ方をするのですよね。元々、西洋においては国民皆兵制度の上に文民統制が成立するという前提があったのです。だって軍隊の事を何も知らない政治家や国民が、軍隊が何をしているか監視する事なんて不可能でしょう?また、軍事知識を持たない政治家によって運営される政府がどうやって軍隊を統制する事が出来るでしょうか?軍からこのような事をしたいのですが、と言われて小難しい解説を受けて、ポンと承認してしまっては、文民統制の意味がないでしょう。ですので、日本人は自衛隊がいかなる組織であるのか、また、どのような能力を保有し、何が出来て何が出来ないのかをしっかりと把握しておく必要があると考えます。ちなみに、今の日本には他国を侵略するだけの軍備はありませんよ(苦笑)。軍事を知らない人は、軍隊が根拠地を離れて行動するのにどれだけの武器・弾薬・食料等の物資が必要であるのか、またそれらを管理運用し移送するだけの輸送力がどれほどのものか分かっていらっしゃらないのですよね。ちなみに、日本のこのような部隊の展開に必要な輸送艦・輸送機は本当に必要最小限の能力しかありません・・・。輸送艦はおおすみ型輸送艦が3隻出来て多少はマシになりましたが、空輸能力と言えば・・・、というような状況です。小牧のC-130もイラクへ行っていますしね~。実際問題、日本の離島が特定の武装勢力に制圧された場合、迅速に部隊を展開できるかは法的要素、機材の問題等々で「?」マークが付くのが実情ではないでしょうか?でも、最近は西部方面普通化連隊がアメリカ海兵隊から島嶼への上陸作戦の指導を受けたりして、島嶼への部隊の展開を重視してきているので期待しましょう。ただ、国内の部隊の迅速な配置に必要な輸送機やヘリコプター、輸送艦などは使い方ひとつで防御的運用から反対の方向へも利用が可能なので、その辺を文民統制でしっかりと管理していかないといけないのでしょうね。では、最後の自衛隊が何故必要とされ、どのように誕生しどのような過程を経て現在に至ったのかについて手に入りやすくて、分かりやすく解説してある本を紹介しておきましょう。まず最初は、前にもこのブログで紹介したことのある永野節夫著『自衛隊はどのようにして生まれたのか』(学習研究社、2003年)。この本は、警察予備隊時代からどのように陸海空の自衛隊が誕生する事になったのかを分かりやすく、今に尾を引く安全保障問題の解釈の仕方の問題点などを取り上げながら解説した、自衛隊の歴史を知る入門書としてはピッタリの1冊です。次いで、取り上げるのが増田博著『自衛隊の誕生 日本の再軍備とアメリカ』(中公新書、2004年)です。この本では、陸・海・空の3自衛隊のそれぞれ異なる成立の事情を、占領から独立へと向かう1950年代前半に焦点を当てて、冷戦下、日本の再軍備を望むアメリカと経済復興に優先させたい日本との間で進められた交渉を通して自衛隊誕生の歴史的経過を明らかにした1冊です。最後は、阿川尚之著『海の友情 米国海軍と海上自衛隊』(中公新書、2001年)です。これは、海上自衛隊が敗戦後、旧帝国海軍軍人と敵であった米国海軍軍人との交流と、旧海軍軍人が敗戦直後から周到な計画を立てて新生日本海軍の復活を米国海軍との2人3脚でいかに進めてきたかを解説し、今日の海上自衛隊と米国海軍との関係までも考察した良書です。まぁ、とりあえずは『自衛隊はどのようにして生まれたのか』を図書館で借りて来て読んでみるところぐらいから始めてください。自衛隊が、どうして日本に必要であると判断されたのか。なぜ、今日のようなあやふやな立場に自衛隊が置かれてしまったのかを確認して、今日の防衛省昇格がどのような意義を持つのか、考えてみていただけると嬉しいです、はい。
2007年01月09日
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酷い目に遭いました・・・。物凄くキツーィッ、風邪に罹ったのです。その風邪の凄まじさときたら、土曜日の夕食を取った後、自室で父親が定年で暇になったのでこれ幸いと、新しく作ってもらった高さ2.4m、幅120cm、棚の数が10段という天井に達するほどの大きな本棚に、嬉々として本を収めていた最中、急に胃の腑がムカムカとして何だか文字通りはらわたが煮えくり返るような感じが身体を襲い「これはマズイ」と慌ててベッドに横になること2時間弱。急に気分が悪くなり、お腹も痛くなり、トイレに駆け込んだら、下だけではなく、上からも夕食を吐き出し、その後吐くモノが胃の腑からなくなると血まで吐き出し、文字通り「地獄の苦しみ」を味わいました。当然、その夜は余りの気持ちの悪さと、奇妙な倦怠感、そして体の節々の痛みの為、一睡も出来ずに夜を明かし、朝になったらイの一番で掛かりつけの医者の所へ親に車で運んでもらって診察を受け、その後、注射1本、点滴1時間の処置を受けた次第であります。そんな具合でしたので、日曜日はウンウン唸りながら病床に臥して1日を過ごし、今日、月曜日も午前中までは倦怠感が抜けず、ボーッと病床で妄想を練っていました。そして、午後からは薬が効いてきたのか倦怠感も少し抜け、気分も良くなり、しっかりと睡眠を取った為か睡魔も襲ってこなかったので、本棚に収納予定だったマンガの中から、新旧入り混じったモノを取り出して、読むと言うより眺めて過ごしました。では、どのようなマンガを「眺めて」過ごしたかと言いますと、まずはあずまきよひこさんの『あずまんが大王』シリーズ。これは、知る人ぞ知る「名作」でアニメ化もされているので紹介&解説は必要ないでしょう。この4冊を「懐かしいな~」と眺め終わって次ぎに手に取ったのが、これまた同じくあずまきよひこさんの『よつばと!』シリーズの最新刊です。それにしても、『よつばと!』、これも何だかアニメ化しそうな勢いですよね~。ちなみに最新刊の6巻目のキーワードは「自転車」です。天然自然児、よつばちゃんが自転車を使ってどのような活躍を見せてくれるのか、ジックリと読んでみて下さい。ちなみに、この6巻のお話の終わりには、とーちゃんとジャンボさんが本棚を作る、というお話もあって奇妙な因縁を感じましたね。私の部屋にも新しい本だが鎮座していますので。 続いて、ベッドの傍から手を伸ばして取ったのが天野こずえさんの『ARIA』シリーズです。このシリーズも有名どころですね。これも、また~りとした気分で眺めていたら、睡魔が肩をトントンと叩いて、午睡に入ってしまいました。で、起こされたのが夕食の時間。胃腸を風邪に無茶苦茶にされていたので、軽く卵入りのおかゆを2膳分だけ食べ、薬を飲んで、腰湯をして身体を温めてから再び病床に戻り、寝る前に手に取ったのが岩永亮太郎さんの現在アニメ絶賛放送中の『パンプキン・シザーズ』シリーズです。で、これを読みながら寝ていこうかな~、と思っていたのですが、何だか3巻目迄読んでも目が冴えているので、病床に愛用のノートパソコンを持って来て、ブログを書いているといった状況です。 ところで、今日ボヤ~ッと「眺めて」いたマンガ、もうお気付きですよね。作者名が50音順だということに。丁度、ベッドから横になって手の届く範囲にあったマンガの山がア行の作者の山だったのでこのような内容になってしまったわけです。司書という商売柄、どうしても本の整理に関して、NDCに準拠しないと落ち着かないとか、マンガでも著者名が50音順じゃないと本棚に並べてすっきりとした気分にならないという、職業病のため本を整理すると自然とこのような状況になるのです。ですので、新しい本棚に本を並べる時の凝り様といえば、図書館の書架整理と同様の注意を払って整然と並べないと気がすまないという有様でして、只今、私の部屋には本の山が計7つも出来ているという惨状でありまして・・・。本当はこの3連休中に本棚にみんな本を収める予定でしたのに、忌々しい風邪の所為で、今は空しく、中途半端に本が入った本棚を病床から眺めている、という状況です。あ~ぁ、明日からはいよいよ仕事が始まるので、この本の山に今週の土曜日までズ~ッと私の部屋は占拠される模様です。みなさん、今年の風邪は相当きつく、また、激しい症状を引き起こすようなので、くれぐれもご注意下さい。
2007年01月08日
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最近、欝が原因なのかどうかは分かりませんが、物事を斜めや間違った方向から考察する事が多くなってきたような気がします。そのような状況の中で、今日は昨年末に書架整理と本の修理をした時に考察した絵本に関するちょっとしたお話を書いていきたいと思います。絵本、と一口に言っても種類は様々あります。それこそ、『ブルーナ』や『ノンタン』のような幼児向きから大人が読むような、というか大人向けに書かれたのだろう、というような絵本までジャンルはそれこそ多種多様であります。そんな理由で、私の勤める中学校にも絵本が100冊ちょっと配架されています。この前も、1年生の国語科の先生が「授業で読み聞かせをするので、なにか良い本はありませんか?」とのレファレンスを受けたので、馬場のぼるさんの『11ぴきのねこ』を薦めてみて、その本を授業で読み聞かせしたところ、中々評判が良かったです、との評価を戴きました。それにしても、この『11ぴきのねこ』という絵本。私も子どもの頃から読み聞かせてもらったり、自分で読んできましたが、大人になった今、改めて読んでみると子どもの頃には思わなかった感想とかが出てきて面白いのですよね。例えば、最初の魚が落ちていた場面。落ちていた小さな魚を11等分するのですが、絵を見てみるとどう考えても尻尾とか尾ひれの部分も含めて11等分されているので、腹身や頭の部分と比べてみると不公平な配分です。絵本の中でも「しっぽのところはいやだな」とのセリフがありますが、まぁ当然でしょう。そんなお腹をすかせた猫たちに年寄りの猫が大きな湖に巨大な魚がいる、との話をしたので、11ぴきの猫たちは勇んでその巨大魚を捕まえに湖にどう考えても浮かびそうに無い筏に乗って漕ぎ出し、湖の真ん中の島で巨大魚が出現するのを待ちます。で、巨大魚が水から飛び上がったのを発見するや、筏に乗って無謀にも素手で巨大魚に特攻するのですが、あえなく玉砕。そこで、今度は巨大魚が夜、歌を歌ってから寝ているのを知って、その巨大魚がサザエの貝殻を枕に寝ている島(この辺が絵本の絵本たる所以ですが)に上陸、子守唄を歌いながら徐々に接近し、枕を蹴飛ばし巨大魚をふんじばってしまうのですが、これは明らかに卑怯な闇討ちです。で、捕まえた巨大魚はといいますと・・・、あとは絵本を読んでみてください。ついでに、ひどい絵本といえば私が大好きな同じく、馬場のぼるさんの『11ぴきのねこふくろのなか』という絵本があります。これは、11ぴきのねこがハイキングに出掛けるのですが、行く先々で看板に書いてあることを無視して勝手な行動、例えば、花畑の「はなをとるな」だとか、吊り橋の「はしをわたるな」とか、大木の「きにのぼるな」という警告を無視して行動した挙句、最後の「ふくろにはいるな」という看板のところにあった大きな袋に入り込んだところ、怪獣ウヒアハにとっ捕まって、怪獣の城へ連れて行かれて、牢屋にほうり込まれて城の運動場作り(明らかに強制労働)を強いられてしまうという、ある意味、自業自得なところがあるお話です。そこから絵本ならではの11ぴきのねこが知恵を出して、強制労働から逃げ出すのですが、当然、ウヒアハは何処へ逃げたかと城の中を探すわけです。そして、城の階段の上に「たるにはいるな」という看板が立てかけられている樽を発見し、勢い込んで樽の中に頭から突っ込んでしまうのですが、その直後、11匹のねこがその樽を棒で谷底に突き落として、ウヒアハを退治してしまう、というのがこのお話のあらすじですが、この最後のほうの怪獣を樽に閉じ込め、谷底に突き落とすというのは、なかなか残虐な話とは思いませんか。大体にして、絵本の大本となる童話にしてからもちょっと斜めから眺めてみるとアクドイ話や残虐な話が多いことは、皆さんご承知の通りだと思います(その残虐性や性的表現を誇張した本が、幾年か前に出版されて売れたことをご記憶している方もおいでかとは思いますが)。例えば、かの有名なフランス人のペローが集めた童話集に収録されている『長靴をはいた猫』のネコなどは暴虐の限りを働いています。まずは、ご主人様から帽子とマントと長靴を買ってもらった水車小屋のネズミ捕りのネコ君。身なり一式整えて起こした行動が、猟場荒らしです。物語には「王様の狩場から」小鳥やウサギなどを捕まえては「カリバ侯爵(こっちの侯爵でよかったかな?)様からの贈り物でございます」としゃあしゃあと言って、密猟して来た獲物を当のご本人に貢いでご機嫌を伺うのですから大した役者といいますか、知恵者です。ちなみに、中世ヨーロッパではこのような王侯貴族の狩猟場、若しくは御用林で密猟したら絞首刑(あぁ、なんと甘美な響きかな!)です!ちなみにこの法律は18世紀末まで適用されいます。で、その次に酷いのはご主人の服が水浴びの最中に盗まれた、と言って王様とお姫さまの乗っている馬車に「言上」仕って(しかも、王様たちが領地を視察する予定を知っての姦計です)、貧しい水車小屋の粉屋の三男坊を身奇麗な格好に仕立てあげさせて、王様の馬車に乗せた後です。馬車の道行く先々の領民を恐喝、例えば畑で働く農夫には「お前の小麦畑にネズミを追い込むぞ!」と脅して三男坊「カリバ侯爵さまの領地でございます」、と無理矢理言わせていますし、仕上げは、悪魔の住む城に通りがかりのご機嫌伺いと称して上り込み、口先三寸で悪魔を二十日鼠に変身させてペロリッとたいらげてしまい、悪魔の持ち主であった城やら領地やらはみ~んな「カリバ侯爵」閣下の持ち物となり粉屋の三男坊はめでたくお姫さまと結婚し、ネコは貴族に取り立てられました、というあらすじです。実は、これらの童話のネコのひとつひとつの行動や、長靴といった道具ひとつを取っても色々な中世ヨーロッパの史実に裏付けられた社会性が見えてくるのですが(例えば、ネコが長靴を要求したことは裸足=奴隷・農奴身分から騎士階級、皮の長靴は乗馬用の履物です、への出世、若しくは隷属からの脱却を暗示している)、そういうような難しい話は、私が学部時代の西洋史概説で使った森義信先生の『メルヘンの深層』(講談社、1995年)に分かりやすく解説されているので、そちらの方を読んでみて下さい。こんな感じで、ちょっと物事を斜めや間違った方向から考察して今日は書いてみましたが、先日、とある友人より凄まじき絵本が存在するので、読んでみたら、と『人殺しの女の子の話』という絵本を薦められたので、これまた公立図書館の相互貸借で借りようと思ったのですが、近県には1館しか所蔵がないので、絵本の1冊ぐらいと只今楽天に発注をかけて家に届くのを今か今かと待っているところです。この絵本が届いたらまた、このお話の続きみたいなものを書いてみたいと思います。それでは、今日はこの位で、おやすみなさい。
2007年01月04日
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皆様、あけましておめでとうございます本年も、濫読屋雑記をご愛読のほど、宜しくお願いします。で、今日は何の本を読んだか?と言いますと、実はゆっくり本を読む暇がありませんでした(苦笑)。朝、目が覚めて身支度を整えたら、即、御屠蘇を一杯、二杯と飲みまして、それから歩いて氏神様へ初詣。鎮護国家と「今年こそは運が開けて、よき出来事が私の身に起こりますように」との切実なお願いをして参りました。去年は分の分からない意固地なオバサン先生に振り回された挙句に、敬愛する伯父が他界、その影響で見事に鬱病に罹り現在も闘病中という「厄年」でしたので、今年こそは何とか良い出来事と出会いたいな~と、切実に願う元旦でありました。それから、伯母の家に新年の挨拶をしに出向き、そこでついでに従兄夫婦にも挨拶を済ませ、帰ってきたら丁度、サッカー天皇杯の時間でしたので、早速テレビ観戦です。このサッカー天皇杯を元日に見る「儀式」は我が家の伝統行事でありまして、Jリーグが始まる以前から、読売川崎や横浜日産時代からズ~ッと続いている神聖な(とくに父親にとっては)儀式であります。試合の結果は見事に浦和が87分にFW永井のゴールで先制して1―0で勝利!三菱重工が松下電器を破って(注:浦和レッズがガンバ大坂を破って)二冠を達成、ブッフバルト監督の有終の美を飾る事ができました。その試合をワインを飲みながら観戦していたのですが、飲んでいたワインは下の銘柄、ルイジ・ダレッサンドロ COROTONA SYRAH コルトナ・シラーであります。楽天には2003年ものしかありませんでしたが、私が飲んだのは2004年もので、赤ワインなのになんというかあっさりというか、すっきりとした口当たりなのですが、しっかりと「俺は赤ワインだー!」と主張する後味の残る少し変わった感じのする美味しいワインでした。そして、試合が終わった後に吟醸酒とワインのチャンポンが効いてきたので午睡を取ろうとベッドに入って少し読んだのが正月早々物騒な『太平洋戦争の日本軍防御陣地1941ー1945』(大日本絵画、2006年)です。この本、映画『硫黄島からの手紙』を昨年12月の半ばに見てきてから、旧日本軍の陣地構築とは如何なるものだったのか?という疑問に答えてくれそうな良書だったので、地元の図書館に無かった物を相互貸借で借りてきている本です。それから、心地よい午睡を5時ごろに叩き起こされ、晩餐を食して、また7時位から今度はロッキングチェアに座りながらウツラウツラとしながら読んだのは、『中世ヨーロッパを生きる』(東京大学出版会、2004年)です。この本は、今読んでいる『狼と香辛料』関連で、中世ヨーロッパの様子を知りたかったので借りてきた1冊です。でも、数ページ読んだところで意識はなくなっていましたけどね。 そうして、先ほど目が覚めて風呂に入って現在、パソコンの前に座って今年の初ブログを書いている次第であります。今日はこんな感じで、酒に浸りゴロゴロ寝ていた元旦となってしまいました。まぁ、なんと非生産的な一日を過ごしたわけなのですが、お正月ですからね。しょうがないですよね。それでは!
2007年01月01日
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