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何だか、すっかりこの『考えたこと 想い出したこと 読んだ本』のコーナーの常連になりつつある今日この頃ですが、今回はいつもの「軍事モノ」ではなくて、日曜日に購入した『エマ・アニメーションガイド(2)』を読んでいて、フッと思いついたことを書いてみたいと思います。その思い出した事は、ヴィクトリア朝に嵌まった原因が宮崎駿監督にあるという事です。以前、日記にも書いたのですが『エマ』に親近感を抱く要因のひとつとしてNHKで放映していた英国グレナダTVが製作したジェレミー・ブレット主演の『シャーロック・ホームズの冒険』を見ていたためだ、という事を書きました。しかし、よくよく考えてみるとそれより以前にヴィクトリアものを見ていたのです。それが、宮崎駿監督が製作に加わったアニメ『名探偵ホームズ』だったのです。この作品は、サー・アーサー・コナン・ドイルの原作を、『ハウルの動く城』の巨匠・宮崎駿監督が登場人物を犬に置き換えるという演出で映像化した劇場&TVアニメです。言わずと知れた名探偵ホームズが助手のワトソンと共にさまざまな難事件の謎に挑んでいくのですが、内容は原作とは全く別物です。ですので、あの宮崎アニメの躍動感に背景の美しさに、 ハドソン夫人や(なぜか作品では、18歳のうら若き未亡人になっています。ご主人は、飛行機技師でその飛行機の事故で他界して、下宿屋を開いているという設定。本人はいつもはお淑やかでしっかりしたお姉さんなのですが、一皮剥くと自動車をかっ飛ばし「街道マリー」と呼ばれたほどの運転の名手で飛行機も操縦できるというお転婆さんです。)モリアーティー教授の目茶苦茶さや少し性格の歪んだホームズにお茶目なワトソンなど登場人物の破天荒さや、派手なアクションや戦闘、ホームズもワトソンも悪役一味も果てはハドソン夫人まで拳銃をぶっ放し、心身疲労で頭の飛んだ海軍提督はモリアーティー教授に盗まれた秘密潜航艇を奪還すべく戦艦でテムズ川を遡行してロンドン市中で砲撃戦を展開するという、古きよき時代の娯楽アニメーションのエキスが凝縮した一品です。(これだけ大騒動をやっても、人、というか犬は吹き飛ぶシーンは数あれど、誰も死なないというところが古典的ですね。)当然、原作の舞台がヴィクトリア朝ロンドンだったので、この作品も、階級が幅を利かせ(『エマ』を読めばよくお分かりでしょう。)産業革命下の煤煙で噎せ返るような世界を描いているのですが、そこは作画の高畑監督の腕の良さ、何か新しいものを生み出そうとしている社会の躍動感溢れる19世紀末のイギリスを、色々と問題や汚点は数ある世界だったのだけど、見ようとしさえすれば、面白かったり美しかったりステキなものは見つけられるんだ!と、強調せんばかりの意気込みで作られている作品です。そしてまた、『エマ』同様に作品で描かれている小物が良く出来ているのです。フライホイールを回してエンジンをかけるホームズの愛車、ベンツ・プロトタイプ。戦艦が大砲を撃てばしっかり排莢する場面が描かれ(さすが、軍事マニアの宮崎監督。)、ワトソンは軍医の経歴を偲ばせる中折れ6連発回転式軍用拳銃を愛用(これは、原作の通りです。)しています。他に出てくる、自動車や馬車、飛行機に飛行船、蒸気船になぜか潜航艇など、全てが本当にその時代にあったものをモデルに出来る限り忠実に描かれています。さて、ここまで書いていていてフッと気が付いたことが、また出てきたので森薫さんの『シャーリー』を見てみると、「あとがき&いいわけちゃんちゃらマンガ 人生七転び八転び」に森さんが「それまで私は、メイドさんといえば「名探偵ホームズ」に出てくるハドソン夫人のようなしっかりもののお姉様キャラが一番!!と思っておりました」と、述べられているではありませんか!さらに、「ところが、「魔女の宅急便」を見てしまった事により、13歳少女メイド!!変なスイッチが入る」というお言葉が続き、こうして『シャーリー』が誕生しました、という逸話が載っていました。やっぱり『名探偵ホームズ』を見た人は、あのイギリス・ヴィクトリア朝時代に親近感や愛着を持ってしまうようになるのでしょうか?そのように考えるとやはり、宮崎駿監督は偉大だな~、と改めて感じ入った次第です。
2006年01月31日
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ようやく出ました。待望の『エマ・アニメーションガイド(2)』です。今回は、時代考証担当の村上リコさんの美しき訪英記「エマの英国を探して」と、森薫さんのヴィクトリア朝にかける情熱がヒシヒシと伝わる何と、5ページにもわたってただひたすら暖炉を語った渾身の書き下ろし、その題名も「ヴィクトリア朝の暖炉」がついています。説明するまでもありませんが、この本はアニメ『英國戀物語 エマ』の第6章「訪問」から第9章「ひとり」までをまとめて、解説を加えたものです。今回は、第1巻で好評であった美術設定ページが大幅に増強されて、私としては嬉しい限りです。(多少、本のお値段が上がっても十分、それに見合います。)今回も、各章のワンシーンに題をふって、見開き2ページで紹介しています。そして、作者、森薫さんと、時代考証担当の村上リコさん、そして監督、小林常夫さんの3人のミニコラムも充実していて、製作時の裏話から時代背景・建物や小道具の解説、果ては森さん、村上さんの独白まで色々面白い裏話が今回も楽しめます。とくに、この第2巻のミソ、村上リコさんの美しき訪英記「エマの英国を探して」は『英國戀物語 エマ』作製のために2004年11月、小林常夫監督以下の製作陣がアニメーションで「描かれるべき風景を求めてロンドンへ旅立った」時の旅程とエピソードを現地で撮影した写真を交えながら、各章の間に4回に分けて配されて、紹介されています。残念ながら性根を入れて、さらにDVDを鑑賞しながらコミックと小説版、それに『エマ ヴィクトリアンガイド』を一々チェックしながら読んでいるので(読んでいるといえるのか?)まだ、vol2最初の第六章の「訪問」、6~27頁までしか詳しく見ていません。一通り、斜め読みはしてはいますが…。(1話、25分くらいの作品を1時間以上かけて見るとは…。それにしてもパソコンはDVDを見るのにも便利ですね。)司書としては「ヴィクトリア朝の暖炉」のところで「こんなんじゃ足りない!もっと暖炉を!という方へ」という形で「暖炉に関するオススメ本」として紹介されいる2冊の本、ローレンス・ライト著『暖房の文化史』とMiranda Lnnes著『the fireplace book』(バリバリの洋書です。)、が紹介されているのですが、そこにキチンとISBN(国際標準図書番号。これさえ控えて置けば、ややこしいアルファベットの本でも国や言語に関わらずに探せます。)が書かれているの事が良かったですね。しかしこの「ヴィクトリア朝の暖炉」を読んでみてツクヅク感じたのが、好きなものにドップリと嵌まると収拾が付かなくなるな~、という事です。かく言う、私もその1人なのですが…。という次第でありまして、ますますその内容に磨きがかかった『エマ・アニメーションガイド(2)』について、またじっくりと私なりの紹介していきたいと思います。↑今回も『エマ・アニメーションガイド(2)』の表紙画像が無かったので、代わりに本文中で紹介されていた『暖房の文化史』を置いておきます。
2006年01月30日
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去年の12月後半に、ナポレオン戦争に関して「ご要望にお応えして『ワーテルーロー戦役』を」と「ナポレオン戦争に関する諸考察 其之壱&弐」を書きました。その中で、ナポレオンが活躍した時代、19世紀初頭の軍用銃に関してアレコレと解説をしました。しかし、このとき紹介したアルバート・A・ノフィ著、諸岡良史訳『ワーテルロー戦役』(コイノニア社、2004年)では、軍用銃に関しては実物の写真がありませんでした。また、当時の兵士の姿や戦場の様子を描いた絵画は掲載されていたのですが、兵士個人の装備やその詳細についても、文章だけの解説でした。そこで、当時の戦争の小道具についてカラーの写真やイラストを使った解説した本は無いものか?と探してみたところ(これが司書の商売ですからね。)ありました。ちょうど良いものが。しかも、何処の公立図書館でも置いてありそうなシリーズものの中で。それが、リチャード・ホームズ著、川成洋日本語版監修『ビジュアル博物館(第63巻) 戦闘』(同朋舎出版〔アレ!?この会社、確かもう無いぞ!角川書店販売だ。〕1997年)です。この本は、長い歴史をもつ戦闘や戦争を、新しい切り口でいろいろな角度から語る、ユニークな博物図鑑です。古代ギリシアから中世ヨーロッパ、ナポレオン戦争、そして第二次世界大戦までの各国、ヨーロッパが中心ですが、軍服、兵器などの戦争の道具と、戦争を描いた絵画やイラストが美しく豊富なカラー写真で全ページに掲載され、戦争にまつわるものすべてが、いきいきと再現されています。この本を読んでみたところでは、紹介されている兵器やイラストの比重はナポレオン戦争から第一次世界大戦までの戦争に関する解説が多いです。さて、いつものように内容を詳しく見ていきますと、まずこの本は見開き2ページを用いてひとつのテーマを紹介するという方法を取っています。では、この本を探した理由の1つ、ナポレオン戦争時代の軍用銃が載っているのが「小火器を使って」というコーナーです。ここでは、18~19世紀にかけて歩兵がマスケット銃を所持し、どのように活用したかを解説しています。その中で、イギリス軍がナポレオン戦争時に使用した、ブラウン・べス・マスケットとベーカー・ライフルの綺麗で銃の全体の特徴までわかる写真が掲載されています。この本が素晴しいのは、銃だけではなく銃に付属する銃剣までセットで紹介されていることです。また、「身を救う兵器の訓練」というコーナーでは、「構え、狙え、撃て!」と題して、ナポレオン戦争当時のイギリスのライフル連隊の将校、下士官、兵士の軍服を着た3人がそれぞれ、ベーカーライフルを立射、膝撃ち、座り撃ちの3種類の射撃姿勢で構える姿が掲載されています。その軍服に関しても詳細な解説、例えば将校の十字ベルトの銀色の鎖については「十字ベルトには、命令を下達するための笛がついている」とか、帽子の羽飾りについては「将校、下士官、ラッパ手がつけた羽飾り」という具合です。また、このコーナーではナポレオン戦争時に使われていたイギリス陸軍の指導書『ライフルの操作と射撃姿勢』(1804年)のイラストもあり、当時の雰囲気が満喫できます。このコーナーを見てみて『ワーテルロー戦役』で解説されていた「ライフル連隊の濃緑色の軍服」がどのようなものか、理解できました。他に私が気に入ったコーナー、写真・イラストを並べてみますと、「最前線の歩兵部隊」のナポレオン戦争時代のフランス歩兵第21連隊伍長が着ていた軍服と銃と銃剣、その他装備一式の写真が面白いです。次は、「勇猛果敢な重騎兵」のナポレオン戦争時代のフランス胸甲騎兵の軍服一式です。ここでは、胸甲にあの派手な赤い羽根飾りがついたかぶとに、騎兵の長靴、鞍覆いカービン銃(騎兵銃、マスケット銃より短く馬上で扱いやすくした銃。)などが紹介されています。また、イギリス軍では「階級を表すもの」というコーナーでイギリス第7近衛フリントロック銃(火打ち石式発火装置付き銃)連隊の将校の真っ赤で金ぴかの帽子から長靴までの全身の軍服が紹介されています。イラストでは、先述の「訓練と規律」ではクリミア戦争「アルマの戦い」でのバッキンガム宮殿の衛兵でお馴染みの、熊の毛皮の帽子を被った真っ赤軍服のイギリス軍近衛フュージリア銃(火縄銃という意味です。勿論、クリミア戦争では火縄銃は使っていません。名誉の名称です。)部隊の攻撃を描いた「一線になって前進」が好きです。次がまた先述の「階級を表すもの」でのクリミア戦争での「細い赤い線」というイラストです。これは「シン・レッド・ライン」(映画の題名にもなりましたね。)とも呼ばれ、1854年に起きたロシア騎兵軍団のイギリス軍基地バラクラヴァ攻撃の際、わずかな兵で迎撃したスコットランド第93サザーランド高地連隊(英国では部隊に地名や名称をつけて現代でも表示しています。)の戦闘を描いたものです。このイラストでは、タータンチェックのキルトの民族衣装にガチョウの羽で出来た帽子を被ったスコットランド兵の独特の軍服がよく解かります。あと、「剣(刀)を振って」という剣と刀のコーナーの「騎兵の突撃」という題で紹介されている、1870年の普仏戦争時に発生した「フォン・ブレドーの決死の騎乗」という題の絵が素晴しいです。これは、「最後の成功した騎兵の乗馬突撃」で、プロイセン軍のブレドウ将軍指揮下の騎兵2個旅団が自軍の背後に回ろうとしたフランス軍を阻止すべく、歩兵や砲兵の援護無しで歩兵の銃剣の槍衾(そして後込式のシャウスポー銃で武装していました。)の中へ突撃して、見事にフランス軍を撃退したという戦いです。この逸話は軍歌ともなり、日本語訳もされています。(歌では「友軍の窮、救うべく、頼むは騎兵旅団のみ」とか「高名長く後の世に、聞かずや高く誉めらるる」とか歌われていたと思います。詳しくは武市銀治郎 著『富国強馬 ウマからみた近代日本』(講談社、1999年9に歌詞が載っています。)他にも、色々と面白いものが紹介されているのですが、全部は解説できないのでこのあたりで辞めて於きますが、このように、なかなか日本人にはイメージし難い戦争の道具、兵器や兵器を修理したり整備する道具や、兵士の日常を支える品々、戦闘の様子を博物館の展示を見るように紹介してくれている『ビジュアル博物館(第63巻) 戦闘』。その方面に関心が無い人でも、純粋に見て楽しめる内容になっているので、一度手にとってみては如何でしょうか。(本日、メインで紹介した本の表紙画像がアフィリエイトにありませんでしたので、久々に画像無しです。)
2006年01月27日
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今日も昨日に引き続いて、『MOE』2月号の特集、「巻頭大特集 まんがセレブに選ばれた真の名作100 もう一度、まんがに夢中!」(あらためて、私はず~っと、まんがに夢中ですが…。)に関して書きます。さて、みなさんが定期購読していない雑誌を買うときの基準って、どんなのがありますか?私は大抵、気になる特集や記事が見開き2ページ以上で紹介されている場合に購入します。今月の『MOE』2月号では、「「エマ」とともに旅するイギリス」がちょうど見開き2ページ、さらにカラーページだったので他の部分はほとんどめくらずに購入してしまいました。そして寒空の下、自転車をこいで帰宅してじっくり読んでみると以外に他にも関心がある分野の記事が載っていたので、これは700円出した価値があったな~、とちょっと得をした気分になりました。その得をしたと感じた内容が、「巻頭大特集 まんがセレブに選ばれた真の名作100 もう一度、まんがに夢中!」と「BOOK in BOOK★永久保存ガイド マンガセレブに選ばれた真の名作厳選100」です。「BOOK in BOOK★永久保存ガイド マンガセレブに選ばれた真の名作厳選100」では、、「巻頭大特集 まんがセレブに選ばれた真の名作100 もう一度、まんがに夢中!」で取り上げられた名作100作のあらすじとポイントを紹介しているのですが、ここで、例によって私が所有&注目しているマンガたちをピックアップしてみたいと思います。まず、「ドキドキときめいちゃう 珠玉のまんがが勢ぞろい! 恋愛」編では、当然のことですが森薫さんの『エマ』が「ピュアで劇的な、究極のラブロマンスに、ドキドキするもよし。確かな時代考証に、基づいたヴィクトリア朝の時代のリアルな描写にハマるのも一興。」とお勧めされています。(さすが、というべき書評です。これだけ端的に紹介することが私には出来ません。いつも長々、ネタばれを交えて書き綴っているので…。)あと、羽野海チカさんの『ハチミツとクローバー』もありました。アニメ化もされましたが、今度は実写映画となるそうです。たしかに、この2つの「現在進行形片思い」を笑いとギャグを交えて描いた恋物語は、秀逸ですからね。(私は最初の「コロポックル」でハマりましたね。)次は「じんわりからボロボロまで、いろいろありあます 感動」編です。ここでは、山下和美さんの『不思議な少年』と、私も何回か取り上げましたこうの史代さんの『夕凪の街 桜の国』が出ています。『不思議な少年』は人間という不思議な感情を持つ「生物」に関心を持つ「不思議な少年」の目を通して描かれる「人間の光と闇、正と負の物語」です。『夕凪の街 桜の国』は原爆によって平和な戦後の時代になっても理不尽に命を奪われる皆実と、彼女の姪、ななみの目から見た「ヒロシマ」と「原爆」、そして原爆によって奪われた家族の幸せを描いた作品です。ここでもですが、あと、安野モヨコさんの『働きマン』が出ていました。出版界を中心にして、その周囲の働く人に焦点を当てて描く、この作品も良いですよね~。そして「妖怪の同居人や夢の住人たち過ごす不思議な時間」では、(先ほど、風邪の熱の影響か摩訶不思議ないや~な夢、解説不能、これを文章に出来たら作家に転職できそうです、を見て飛び起きて、寝付けないのこれを書いているのですが…。)岡野玲子さんの『コーリング』(『コーリング(第1巻)』表紙画像がありませんせん!)が出ていました。岡野さんはこの他にも、『陰陽師』でも取り上げられています。この『コーリング』ですが、これも夢枕獏さんの『陰陽師』を原作に取ったのと同じくパトリシア・A.マキリップの『妖女サイベルの呼び声』が原作です。中世ヨーロッパの雰囲気漂う世界で、人の世と交わりをたって伝説の獣たちとエルド山で暮らす魔女、サイベル。彼女はある日、サールのコーレンなる騎士から血縁にあたる1人の赤子を渡され、育てる破目となります。その出来事がきっかけで、下界の権力争いと愛憎の渦に撒き込めれる彼女の運命は…、という内容です。本当にこのお話は中世の幻想的な雰囲気が岡野さんの繊細な絵で表現されていて、私のお勧めでもあります。(『陰陽師』も良いのですが、なまじ日本史を齧っていると…。モノを知りすぎるという事は、時々少し不幸な事もあります。)最後が「ギャクで笑ったり、バトルで興奮したり、幅広く楽しむ ギャグetc」編です。ここでは、あずまきよひこさんの『よつばと!』と昔懐かしい大雪師走さんの『ハムスターの研究レポート』がありました。『よつばと!』は天真爛漫(今や希少な言葉となりました。)な女の子、「よつば」が翻訳家の「とーちゃん」とお隣の『萌え』キャラ3姉妹とその母親、そして「とーちゃん」の友人の「ジャンボ」さんと繰り広げるほのぼのとした日常を描いた作品です。これはアニメ化が確定された作品だと、私は確信しております。ついで、『ハム研』ですがこれは懐かしいのひと言ですね。昔、ハムスターが流行った頃に読んだ代物です。かわいいハムスターが活躍(?)する、4コマのテンポの良い作品でした。他にも「怒涛の展開に、一度読み始めたらもう止まらない! 大河」編が合ったのですが、これは該当作品ナシでした。ということで、『MOE』2月号の「BOOK in BOOK★永久保存ガイド マンガセレブに選ばれた真の名作厳選100」で紹介された、私の所有&興味関心のある作品一覧でした。
2006年01月26日
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今日も今日とて、仕事が終わってから公立図書館へ本を漁りに寄りました。そして、児童コーナーの雑誌のラックをフッと見てみると、『MOE』の2月号が置いてあります。手にとって表紙を眺めると「大ヒット作「エマ」舞台を訪ねて」との文字があるではありませんか。即、手に取っていた本を借出し、全速力で行きつけの本屋まで自転車を飛ばしました。『MOE』は毎月3日発売、いつもは必ず月末まで一冊は残っていたはず、と思いながら書店に駆け込むと、ちゃんと所定の位置に鎮座してくれていました。良かった~、と心の奥底から思って購入して、家路につきました。さて、その「大ヒット作「エマ」舞台を訪ねて」の記事の内容ですが、この企画は今月号の「巻頭大特集 まんがセレブに選ばれた真の名作100 もう一度、まんがに夢中!」(私はず~っと、まんがに夢中ですが…。)の中で、「「エマ」とともに旅するイギリス」と題してヴィクトリア朝の面影が残るイギリスを、『エマ』の内容紹介とともに案内するというものです。この記事の半分ほどが、『エマ』の内容紹介と解説に充てられているのですが、これは仕方がないことでしょう。まず、19世紀のイギリスヴィクトリア朝の時代背景、とくになぜ主人公のメイド、エマ(下層階級)と恋人のジェントリー、ウィリアム(新興上流階級)の恋愛が、かように波乱万丈な恋物語になるのか、簡単に説明しなくてはいけませんからね。そう、この『エマ』』は恋愛小説の王道、「身分違いの恋」を描いた作品なのですから。本編では、踏ん切りを付けたウィリアム君が攫われたエマと一緒にエマの現在の勤め先、メルダース邸に戻ってきたところですが、この記事ではそのエマが務めているお屋敷、「カントリー・ハウス」(「マナ・ハウス」とも言います。英国では、荘園・領地のことをマナと称しているので。)が出てきます。実は、この『エマ』で描かれている愛憎悲喜こもごもの富裕階級(英国の上流階級は爵位持ちや特別な土地を持った人たち、軍人などで構成されているので、新興してきた大商人たちは蔑まれていたのです。ですので、新興企業家・ジョーンズ家の長男であるウィリアム君は子爵令嬢、エレノアと婚約して血縁を結ぼうとしたのです。)が住んでいた「カントリー・ハウス」は、今は美術館や博物館として一般開放されていたり、この記事で紹介されているように、我々外国人旅行者が利用できるホテルになっているからです。その理由は、かつて『エマ』にも描かれているように舞踏会を催し、社交界で優雅な生活をおくっていた英国貴族も、第一次世界大戦から第二次世界大戦後の激動の中で、身分に伴う特権を失い普通の庶民と同じ社会的状況に置かれることになりました。(一部の名門や事業に成功した貴族等は別ですが…。)貴族とは言え、領地や屋敷を売り払い、挙句に貴族がその知識と礼儀作法等を買われて成金の召使として働いている、という話があるぐらい、「階級による差別」は消えてしまいました。(笑い話は、その召使をしていた貴族のもとへ、何も知らない成金の友達からその成金の屋敷でパーティーを開くから、といって招待状が送られてきた話です。まさか、召使がパーティーに出るから休みを、とは言えずに悩んでいると、運よくその日に休みが取れて、何食わぬ顔でそのパーティーに出席して周囲の度肝を抜いた、という嘘のような話があります。社会的・経済的に市民と同様の地位にいても、伝統と慣習による地位や身分は消えていないという証でしょうか。)そんな、ホテルとなった「カントリー・ハウス」の中は『エマ』の世界がそのまま現在に保存されたかのようだそうです。古い肖像画や美術品が飾られたラウンジ、寝室には天蓋つきのベッド、さらに食事も当時と同様『エマ』に描かれているようにダイニングでの美味美食が供され、ホテルの従業員は洗練された物腰で接してくるという夢の世界だと、記事ではその体験が書かれています。(笑えるのが、ベッドメイキングのスタッフが、エマそっくりのフリルの付いたエプロンをしていた、という逸話です。いいな~。)また、記事ではヴィクトリア朝の面影が随所に残るロンドンの様子、エマとウィリアムが一緒に歩いたハイド・パークにエマが旅立ったキングズ・クロス駅なども少しですが紹介されています。ほか、国会議事堂の時計台、ビッグ・ベンとテムズ川を写した写真や「カントリー・ハウス」の概観や内部の写真、そしてメルダース夫妻が宿泊したようなロンドンのホテルの写真(もっと豪華だったのでしょうが、雰囲気は十分伝わります。)もあります。(このホテルは、ヴィヴィーが行きたがったハロッズの近くにあるそうです。)他にも小コラムとして「「ベルサイユのばら」とともに行くフランス」と「「CIPHER」とともに旅するアメリカ」の二つが掲載されています。 もうすぐ、『エマ』の描かれた時代より少しさかのぼるのですが、ディケンズの『オリヴァー・ツウィスト』が映画となって公開されます。記事の中でも同じディケンズの『クリスマス・キャロル』やシャーロック・ホームズ(これは『エマ』の時代と合致します。)が紹介されいます。文章を書いた山内史子さんは「同時代を描いた作品を読んでおけば、エマの生きた社会背景がよりはっきり見えてくるでしょう」と書かれていて、『エマ』を読み解くコツを伝授されています。私は、歴史を学んでいたためかごく自然にヴィクトリア朝に関連する書籍を読み漁って「上流階級と庶民との間にはどれほどの距離があった」のかや、「身分を越えた恋がどんなに難しいものだったのか」も資料を読み解いて理解しました。(本当に当時の階級社会は悲惨でした。資本主義の初期の社会はとくに都市の下層労働階級の生活が劣悪で、マルクスとエンゲルスが『資本論』を書いた背景が理解できました。)如何ですか?文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞し、今後ますます注目度が上がる森薫の『エマ』。この19世紀のイギリス・ヴィクトリア朝の世界を舞台とする恋物語に、現世を離れてしばし浸ってみませんか? 「「エマ」とともに旅するイギリス」の中に載っていた5巻の表紙のイラストです。他、『エマ』を読み解くのに必須と言える『エマ ヴィクトリアンガイド』(表紙画が無い~。)には、アニメでも時代考証等で活躍された村上リコさんが、資料や参考文献を紹介してくれています。『英国カントリー・ハウス物語』は、題名そのままで「カントリー・ハウス」の歴史や逸話、どのように運営されどのような生活が営まれていたかを紹介している1冊です。あと、ヴィクトリア朝の社会を知るのに手軽な本としては私が読んだ中では『十九世紀イギリスの日常生活』がお勧めです。それと、ヴィジュアル的に面白いのがヴィクトリア朝のジャーナリスト、ヘンリー・メイヒューが下層社会の人々を取材して作られた『ヴィクトリア時代 ロンドン路地裏の生活史』上・下巻があります。これは、もう手に入らないので図書館で探してみてください。
2006年01月25日
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今日、帰宅して机の椅子に座って一息ついたら、左横に『フルーツバスケット(19)』と『Aria(8)』が積んでありました。なんでそこに置いてあったかは、置いた本人ですらわかりません。私は本棚に収納する時は図書館と同様に、十進分類で並べてあるのですが、机の周りは(あと、ベッドの枕元も。)すぐに手に取ることが出来るように読みかけの本と書類でゴチャゴチャです。そんなわけで、息抜きがてらまた最初から『フルバ』を読んでいたのですが、いつもより早く出た(気のせいかな?)にもかかわらず、今回もあの薄い1冊の中にぎっしり濃い内容が詰まっていますね。この19巻は夾の行く先を案ずる透の焦りと、綾女の過去と美音との関係(相変わらず、2人仲良く異世界に住んでいます。)とか、透の過去と翔の彼女、小牧(「お肉大好き」というところが私とそっくりです。さすがに朝からステーキとはいけませんが、朝からローストビーフのサンドウィッチとかコロッケパンとかは食しています。)の過去が絡むエピソード等々から構成されています。徐々に物語の中張り巡らされていた伏線と明らかになってゆく中で、ずっと気になっているところを高屋先生はまだぼかしているので、これはまだしばらく続きそうですね。高校時代は十二支の数から大体、15巻ぐらいで終わるのかな~、と話していたら早、19巻…。私も…歳。は~ぁ~。お話の中でも、紅葉がいつの間にか大人になっているし。ところで、最近『フルバ』を読んでいて作品全体の中の恋愛色が濃くなってきたな~、と思いませんか?(私が、恋愛に飢えているだけかな?)ついで、夕飯(我家は両親ともにまだ現役で働いているので、夕飯は大体、7時半から9時の間という遅い時間になります。)を食してから読んだのが天野こずえさんの『Aria(8)』です。今回の表紙は3大妖精の1人、オレンジぷらねっとのアテナさんです。いつもながら、水の惑星「アクア」(火星)のネオ・ヴェネツィアを舞台にまた~りとした癒し系の物語が綴られています。この8巻の季節は夏です。主人公灯里とゴンドラのエピソードから始まり、アテナさんの意外な一面が判明する一幕、最後は、アリスちゃんの季節を惜しむ気持がチョッピリ切ない「船(ゴンドラ)の火送り」というお祭りのお話が掲載されています。この中で私が一番好きなのが、「墓地の島」という一幕です。このお話は、ネオ・ヴェネツィアの怪談話です。喪服を着た女性「噂の君」をサン・マルコ広場から墓地の島、サン・ミケーレ島まで乗せていった舟漕ぎは神隠しにあうと言う話を藍華から聞いた夜、灯里は礼儀正しい黒いドレスの女性を「友達」(半人前の灯里は、1人でお客を乗せることが出来ないのです。)として中世公開処刑が行われたとされる広場の2本の円柱近くからサン・ミケーレ島まで乗せていってしまいます。夜の「墓地の島」で灯里が体験したモノとは…。このエピソードでツボに嵌まったのが「噂の君」の黒いドレス姿です。勿論、物語の雰囲気が気に入ったのが第一の理由ですが。あと、「猫の王さま」も登場したのが中々… 。このように『ARIA』は、日常の中にあるちょっとした発見や別れ、そしてちょっとした秘密など、これら本当に私たちの周りにあるようなものをクローズアップし、そこにファンタジーの要素まで組み入れて、読み手に共感できる話に仕上げています。本当に素晴しい腕前の持ち主ですよ、天野さんは。(今、私が注目しているマンガ描きの1人ですものね。残りは、『エマ』の森薫さん、『働きマン』の安野モヨコさん、『よつばと!』のあずまきよひこさん等々です。)ところで、最初にちょこっと出てきた私の部屋は、不思議な配置をしています。机は部屋の中心線上に西よりの壁に向かって置いているのですが、壁側には自前の卓上書架に辞典類と歴史や図書館、書道関連の概説書や事典が鎮座しています。また、机の両隅には書類入れがあり、その上には読みかけの本が付箋や栞を挟んで、積んであります。ですので机の上は「コ」の字型の配置になっていて、肩幅より少し広いスペースしか利用する余地がありません。ちなみにその書類入れの横、机の両脇には背の低い本棚が置いてあり、その上には論文やら史料のコピーが山積みとなっています。そして、机の下にはコロが付いた箱が置いてあり、時たま読むような本やらマンガを収納しているのですが、その上にも、読みかけの論文・史料の束がおいてある状態で、机に向かう時は足を伸ばす事が出来ない状況にあります。さらに、ベッドの下にまで本が詰め込んであって、部屋中、本と雑誌と紙の山。火事か地震が来たら一巻のお仕舞いという状況です。最後に、ひと言。なんで『フルバ』と『ARIA』の最新刊の表紙画像が使えないのだ~!!! 仕方ないので、それぞれ表紙画像のある『フルバ』18巻と『ARIA』7巻を載せておきます。でも、『ARIA』の方、横向きに出来ないものか…。
2006年01月24日
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今日は、いつもと異なり時事問題について書いてみたいと思います。取り上げる話題は、今日の夕方以降のニュースを塗りつぶした「ホリエモン逮捕」です。証券取引法違反で遂に両手が繋がってしまいました。しかも、よりにもよって東京地検特捜部の手によってです。一巻の終わりですね。東京地検特捜部に逮捕されて無罪放免になった人間はいませんから。元々、私は堀江さんが嫌いでした。最初のうちは、なぜだか理由もわからず嫌いでした。私の周囲は私のことを、守旧派、改革に抵抗する側の人間、とか言っていましたが、それでも私は嫌いでした。そのうち、ああ、この人は日本の社会にとって異質な存在だから、伝統的な社会に育った私は違和感を感じるのか、と思い始めました。そして、小泉首相等、改革推進派が堀江社長などの革新的行動を行う人たちを擁護しだすと、確かにあの破壊力は日本のコチコチ凝り固まった閉鎖的な社会を打破する力になるのかな?と考え始めたのですが…。それを、ぶち壊したのが去年の日本放送株取得事件でした。あの時、私はホリエモンがいつか近いうちに足元を掬われるな、と確信しました。なぜなら、彼は虎の尾を、踏んではいけない地雷を踏んだからです。それは、新聞社に喧嘩を売ったことです。歴史を、日本の近現代史を少しでも齧った人なら、日本の大手新聞社のほとんどのルーツが、政党の機関紙的側面を兼ね備えていた事を知っているはずです。私の専門からはメディア史は外れるので詳しくは語れませんが、政党、つまり政治とそれに付随する権力と新聞のつながりはかなり深いのです。その新聞、フジテレビと同じサンケイグループの産経新聞だけではなく、新聞の存在自体に堀江社長は喧嘩を売ってしまったのですから。ただでさえマスコミは現在、国家権力に次ぐ力を持った集団なのですからね~。その新聞業界の神経を逆撫でして、同じテレビや週刊誌等のマスメディアを通じて売名&商売をするとは…。怖いもの知らずにもほどがあります。ですのでその後、国政選挙に堀江さんが討って出た時は、意外さと小泉自民党は本当に今までの日本を変えるつまりなんだな~、という感慨にふけりました。まぁ、堀江さんが選挙に勝てるとは思ってはいませんでしたが。比例区なら兎も角として。今考えれば、自民党は何とかかんとか命拾いをしたわけですが。(この辺も、裏ではどうなっている事やら。それにこの後、通常国会でどうなることやら。)そもそも、日本はこれまでの社会にとって異質なものを排除してきた歴史があります。太古、飛鳥の時代には聖徳太子(正確にはその子の山背皇子。)、戦国時代には織田信長、現代では田中角栄と、枚挙に暇がありません。そして、その先覚者や改革児が行ったことを、その人が失脚した後にその下にいた人やそのやり方を学んだ人たちが、緩やかに実行して社会を変えてきたのが日本という国です。さらに言うと、日本はトップではなくその下にいる人間が閥を作ってその中で組織を動かして、または、組織自体が人を動かして、これまでやって来ました。トップは最初のうちはアレコレ指図はしますが、そのうち、お飾りだけとなって、極端に言いますと責任を取るだけの存在になってしまいます。その良い例が、戦前・戦中・戦後の官僚たちです。戦後、政・官・軍・民の代表は、それぞれ連合国から戦犯として逮捕されたり、公職追放されてしまいました。でも、その後の昭和史を見てください。その後、日本の政治を動かしたのは、その人たちの下にいた官僚や外交官ではありませんでしたか?吉田茂は、重光葵首相の下にいましたし、満州国建国の立役者の1人、革新官僚・岸信介は戦犯収容されたのにも関わらず、首相にまで上り詰め、旧軍の良識派(?)の面々は自衛隊の幹部として活躍しています。組織やその運用に関しても、戦前の総力戦体制運営の形態、つまり統制経済が戦後そのまま傾斜生産方式に運用され、つい最近までこのお上による護送船団方式で国家の基幹となる産業は運営されてきたのです。今回のライブドア事件も、堀江さんが「お金儲け至上主義」を打ち出して、その下にいたライブドアの宮内取締役たち幹部が「バレはしない」、「死なばもろとも」、「お上の保護があるだろう」、「いざとなれば、責任は社長に」というような考えで危ない橋を渡っていたところを、このところの株価の高騰に危機感を抱いた沈着冷静な官僚機構が(世間は散々、悪口を叩いていますが、日本の官僚ほどプロフェッショナルな集団はいません。ただ、その人たちを〔彼等は、穴を深く掘りすぎて周りが見えないので。〕大局的な見地に立って活用できる人がいないだけです。)、市場に冷や水をかけて沈静化させ、また、欧米の市場に比べてまだまだな規制の緩い部分を引き締めるために人柱として、そしてその他私たちが知らなくて良いような、複合的な要素をが複雑に絡んで今回のライブドア幹部の逮捕という事態になったのでしょう。当然、上記の文章を読んで「違うわい!!!」と思われる方々も多いでしょう。でも今回は、あえて私の考えている事の過激で独断と偏見に満ちた部分ばかりを選んで、つまり極論ばかりを抜き出して書いてみました。当然、これは私の考えばかりではなく、様々な情報源からえた情報を私なりに考えて組み立てた代物です。以下に、3冊ほど今回参考にした本を紹介しておきますが、この本を読んでみた人は、どのような考えを導き出すのでしょうか? 佐々木隆著『日本の近代(14)メディアと権力』(中央公論新社、1999年)は、明治維新からの日本のメディアの概説書として裁量の一冊です。政治権力と記者との関係や大手新聞社の歴史などが紹介されいます。次は、水谷三公著『日本の近代(13)官僚の風貌』(中央公論新社、1999年)です。この本は、明治維新から日本という国家を動かしてきた、顔の見えない人々の誇りと驕りを詳細に解説した1冊です。最後はお手軽な、一冊を。小林英夫著『満州と自民党』(新潮社、2005年)。これは戦後の日本の再建が、戦前の官僚や南満州鉄道調査部の関係者などの実務者の手によって行われたことを解説している本です。
2006年01月23日
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えー、当然ですが模様替えを行いました。以前からこのウサギと花の「和風」のデザインは気に入っていたのですが、色が何ともはやピンクなので、配色を変えようと詳細設定等をいじったのですが、どうもイメージに合う色にならないので、デザインを一新してみたわけです。そこで、「デザインテーマの設定」を久方ぶりに久方ぶりに覗いて見ると、このブログを始めた時は、この「和風」と「ドラゴン」しかなかったのに、新たに「もみじ」と「金魚」がそれぞれ色違い3種類ずつが追加されていたので、まず、デザインが気に入った「金魚」をチョイスして、次に色は「裏葉」というのを選んだのですが、どうも「和風」と比べて暗い印象があったので、また、詳細設定で配色を試して、このような状況に落ち着いたわけです。では、なんで今日、模様替えをしたかと言いますと、これも久しぶりに日曜日の夜が暇になった事と、昨日のコメントに「たぶん訪問した時に配色か画像を見て、危険を感じて?何も読まずに退室したと思います、ごめんなさい。」というk++さんの書き込みがあったからです。まあ、表紙画像は兎も角として(本当に、コミックやライトノベルは誤解を受けますよね~。しょうがないけど…。)配色は先述の通り何とかしようと思っていたので、ちょうど良い機会だということで、決行致しました。でも、このコメントを読んで、「やっぱり、本の表紙と同様にブログも第一印象が重要なんだな~」と再認識いたしました。もし配色等、読みにくい、見にくい等のご意見がありましたら、遠慮なく注文を付けてください。うわぁ~、また表紙画が無いよ!今日帰りに買った『フルーツバスケット(19)』のが!!!で、なんで、ココで『フルバ』の話が出てくかと言いますと、このコミックも表紙と裏表紙に問題が…。そう、ずーっと読み続けている(&購入している)人は分かりますよね。表紙が十二支の方々ではなくなってしまっていると言う事に。表紙が十二支の面々、例えば紅葉くんだったら卯(兎)、燈路くんだったら未(羊)、杞紗ちゃんだったら寅(虎)と言う様に、裏側には変身する動物を描いておけばよかったのですが、普通の登場人物となると…(ちなみに透さんは、「おにぎり」でしたね~、懐かしい。)私が高校の時、『フルバ』は13・4巻ぐらいで終わるのでは?その理由は、表紙を飾る十二支の面々がいなくなるから、と話をしていたのですが、ハヤ19巻。私も…歳。月日の経つのは矢の如しです。ちなみに今回、19巻は、生徒会副会長のトブナベ君です。で、裏にはトブナベ君の彼女の「お肉大好き」小牧ちゃんのステーキ食べてる絵が…。ちなみに表紙画があった、18巻は「師匠」で、裏の絵は「おまんじゅう」でした。何で「師匠」で「おまんじゅう」?と思っていたら、19巻目を読んで謎が解けました。と言うか高屋先生、ひねりすぎですよ!
2006年01月22日
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最近、風邪気味です。鼻は詰まるは、関節は痛む、消化に悪いものを食すとお腹に来る…。熱が出ないのだけが幸いですが、そのため、体内で風邪の菌が熾き火の如くジクジクと蠢いている様で、厄介です。明日は、医者ですね。これというのも、乾燥して暖かく生徒が大量にやってくる図書室で作業を行っているためです。いくら、換気をしようが細菌にとって、図書室は理想的な繁殖空間。オマケに各学年・各クラスの生徒が密集した空間に詰め込まれるので、感染しやすいですしね。冬休み前に、保健の先生と相談して図書室の前と図書室内の洗面台の前に「手洗い、うがい(作った後に、コップが無いじゃん!と、気が付きました…。)をしましょう!」というポスターを貼って、注意を喚起したのですが…。その当人が風邪をひいてしまうとは…。あと、体のことで厄介なのは、手の乾燥ですね。書架整理の時など一度に本を扱う時は手袋をはめて作業をするのですが、本の装備や修理、貸出やちょっとした作業の時は、手袋などはめずに作業をしてしまうのですが…。そうしたら、本というのは、まぁ、紙なのですが、手の皮膚を保護するための油を吸い取ってしまうのですよ!そのため、良く本に触れる右手の親指、人差し指、中指の先がカサカサになってさあ大変!家に帰って皿洗いや洗濯など、水仕事をしようものならあっという間に指が割れてしまいます。で、これが痛いんですよ…。直りかけは、痒いですし…。そのため、最近ではハンドクリームを持って学校へ行っています。さて今日は、少々不愉快な事が…。余菱さんの日記にもありましたが、この時は残った予算を使い切るため、アレコレとモノを買う段取りで忙しい時期でもあります。学校図書館では当然、図書の選書と相成るわけのなのですが…。ここで、ウエの方から(学校外の方からなのですが。)「マンガやらライトノベルをあまり買うな!」というような趣旨の発言があったのです。ライトノベルは生徒からのリクエストでちょくちょく購入はしているのですが、マンガは本年度はこうの史代さんの『夕凪の街 桜の国』や先生からのご要望で入れた手塚治虫の『ブッダ』全巻ぐらいなもので、10冊も入れていないのですが…。また、この発言をした人が「軽い本ばかりではなく、もっと生徒にとって読み語応えがある本を入れなさい」なんて事を言うものですから。ムカ!ってきましたね。目の前で言われるますと。これまで、購入した図書のリストを見てみろ!って言いたかったですね。これまで、言ってきている様にライトノベルは、生徒を図書室に呼び込むための「誘い水」です。本当は、マンガが一番効果的なのでしょうが、選書の基準がうるさいのと、私にもやはり「活字が…」という意識があって、取り合えず公共図書館にも配架してある電撃文庫や講談社のホワイトハート、角川のスニーカーやビーンズを購入していた訳なのですが、それを頭越しに「教養のある本を入れてなさい」みたいな事を言われるとは…。まぁ、この人はライトノベルやマンガを読まない人なのでしょう。いつも思うのですが、マンガは言うに及ばすライトノベルは変な誤解をいっぱい受けていますね。腹立たしいことですが!幸い、最近の学校には田中芳樹さんの『銀河英雄伝説』(新装の徳間デュアル文庫〔最初の『銀河英雄伝説(vol.1(黎明篇 上))』を。〕で入れて、と言われたのですが、如何せん全20巻、外伝9冊、ハンドブック1冊という量なので…。)や『創竜伝』(文庫版の1巻目『創竜伝(1)』です。)、水野良さんの『ロードス島戦記』や森岡浩之さんの『星界シリーズ』(初巻の『星界の紋章(1)』を。)を読んだ世代の先生方が多くなってきたので、ライトノベルに関する壁は薄く、低くはなってきてはいるのですがね。さらに、ライトノベル自体も質が高くなってきていますしね。時雨沢恵一さんの『キノの旅』なんて、ショートショートの旗手、星新一さんと張り合うほどの質を持っているのではないかと、最近では思うほどです。でも今日は、誰が何と言おうとも、森薫さんの『エマ』だけは入れてやる!と心に固く誓った日でもありましたね。こういう様な分からず屋や、頭でっかちを撃破・粉砕する手段を手に入れましたからね。何せ今回は、お国のご公認があるのですから、『エマ』には。文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞受賞という素晴しい栄誉が森薫さんと『エマ』に与えられたことに乾杯!!! 付足之壱:こういう人たちって、なんでこんな言葉に弱いのでしょうかね?まあ、どちらにせよ、強行突破をする予定でしたが。私は学生時代から、2度、丁寧に玄関からお願いをして、余りにも無礼&理不尽な対応を取られると3度目は、裏口を蹴破るか、玄関にトラックで突っ込むというような手段を用います。院生時代には、「お前は戦車のような奴だ。目標に向かって障害をなぎ倒しながら一直線に突き進む。性質が悪いのは、穴に落ちても引き吊り上げて、地雷を踏んだり対戦車砲で粉々にされても、戦車を一から組み立て直してまた突き進む。始末に終えん」と後期過程の先輩から言われたことがあります。付足之弐:それにしても、私は文章を創作する人たちに偉そうに、この本は程度が低いだの、アレコレ言って評価、この場合はランク付けでしょうが、連中は嫌いです。評論家など、自分の顔と名前を出して職業にしている人は兎も角、理由も無くあれダメとか、この本は面白くなかったから、表現が気にくわないとかの理由で、他人に本の評価を押し付けるな!と言いたいです。感性その他の問題で、その人にとって合わなかった本でも、他人にとってはまた別の評価があるでしょう。それよりも、薀蓄垂れるだけの事が出来る人は、大学の卒論で原稿用紙100枚以上の論文を書いているのか?と聞きたいです。どれだけの人が、人に読んでもらうために(お金を払ってまでですよ!)文章を作ることが大変か、身にしみて理解しているのでしょうかね。
2006年01月20日
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昨日は、第一次世界大戦中に中国大陸や南洋諸島などで日本軍の捕虜となり、四国・徳島県の坂東(現・鳴門市)の捕虜収容所に収容されたドイツの将兵と地元の人たちの交流を描いた『ドイツさん』を紹介しました。今日はその関連で、戦前の日本での在日ドイツ人と日本の関係とはどのようなものであったのかを知る本として、上田浩二(筑波大学教授、専攻はドイツ文化、異文化交流論。)・荒井訓(早稲田大学助教授、ケルン日本文化会館に勤務。)著『戦時下日本のドイツ人たち』(集英社、2003年)で書いてみたいと思います。(この本で言う「戦時下」とは日中戦争の始まった1937年から、在日ドイツ人の大半が送還された1947年、終戦の2年後までの事を指します。)日本とドイツの関係と言いますと、歴史の教科書ではまず、大日本帝国憲法との関わりで出てきますよね。帝国憲法のお手本となったのが当時のドイツ帝国の欽定憲法である事は、よくご存知だと思います。また、軍事に詳しい方なら、陸軍がドイツ式に編成・訓練された事や、陸軍大学校にメッケル少佐を招聘した事などを思い出されるでしょう。そして、歴史の教科書では昨日取り上げた第一次世界大戦の次に出てくるのが日独伊三国防共協定で、この同盟関係のまま、日本は枢軸国側として第二次世界大戦に突入することになるのです。このように戦前、とくに昭和に入ってからは、日本とドイツは非常に緊密な関係にありました。では戦前、日本にはどのくらいのドイツ人がいたかと言いますと、なんと終戦時でも約3千人ものドイツ人が日本に滞在していたのです!では、これらの人は一体何をしにドイツからはるばる万里の波濤を船で越えて、またはロシアの原野を汽車に揺られて(戦前、欧州から日本への最短ルートは、シベリア鉄道を使う事でした。このルートだと、2週間程度で東京からベルリンまで行けました。船だと最低一月はかかります。)日本へやってきたのでしょうか?まず、日本にやって来たのは外交官です。次はビジネスマンなのですが。では、どのような人がいたかと言いますと、まず、真面目に仕事が目的で来た人。本では、親の代から住み着いて貿易商をやっていた人から、中国大陸で仕事をしていて都合で日本にやって来た人の話が載っています。また、日本に知人の勧めで遊びに来て(女性一人で!)、第二次世界大戦の勃発で船が日本に逆戻りして仕方なく、日本で就職した女性。そして、ナチス・ドイツの迫害から逃れて日本へとやって来て、食うために真珠商となった危険人物(笑い話は、商売が上手でよい真珠が手に入るということで、ナチ党幹部がネックレスを買いにお忍びでやって来たという逸話です。)等など、実に多彩な経歴の人が来日しています。そして、次はドイツから日本へ勉強しに来た留学生。。これは、第一次世界大戦後の日独両政府や大学の文化交流の一環として交換留学生という立場で来日にしました。この『戦時下~』の交換留学生の部分を読んでみて意外に思ったのが、留学生たちが法学や政治学を日本で専攻していた事です。日本が憲法や各種法律の手本としたドイツからの留学生が「日本における検察の役割」というテーマで博士論文を書くため、来日するとは。以外でした。その他には、やはりというか東洋美術専攻で「日本の伝統美に憧れて」来日して、今の日本人が真っ青になるほどので礼儀作法を学んだ女学生や、ドイツで歌舞伎の公演を見て日本の演劇を学ぶべくサラリーマンをやめて来日した男性(奨学金が無いので、NHKの海外向け放送のアナウンサーになって、終戦時に国外に向けて日本の敗戦を報じることになります。)など、実に様々な若者が日本にやって来ていたのです。これら、外交官や貿易商・商社マン・技術者、留学生は主に東京や神戸などの大都市に住んでいたのですが、実は意外と地方にもドイツ人は住んでいたのです。その地方に住んでいたドイツ人たちは、旧制高校の先生たちです。戦前、旧制高校では外国語としてドイツ語も教えていました。その教員としてドイツ人がやって来たのですが、面白いのが彼らが「言語」が専門ではなくて「日本文化」等で、日本を研究するために教員として来日した人が多かったようです。(あと、宣教師も。)彼らは、長野県の松本や、広島、高知、茨城県の水戸などの地方都市で教鞭をとっています。この『戦時下~』には彼らが家族と共に、地方都市でどのように日本人と接して生活していたかを生き生きと描いています。ここでも面白い話があって、松本で教鞭をとっていた先生の娘さんが語るには、お父さんは和食が好きで信州名物のイナゴでも食べていたのに、イギリス風のトーストは「綿を噛むよう」で嫌だったそうで、わざわざ神戸からライ麦粉を取り寄せて、ドイツ風のパンを焼いていたそうです。当時の地方での外国人の生活の苦労が、垣間見えますね。(他にも、昨日紹介した神戸のフロインドリーブから定期的にパンを取り寄せたとか、和食には慣れたけど、時々、東京のドイツレストラン、ローマイヤーで食事した、という記述もあります。)さて、私がこの本を購入したの理由とは、篠田正浩監督の映画『スパイ・ゾルゲ』を見て、戦前のドイツ人はどのような環境にいたのかな?と興味を抱いたためです。戦前、最大のスパイ事件として有名な「ゾルゲ事件」はドイツ、フランクフルト新聞の特派員として来日したリヒャルト・ゾルゲが首謀者です。彼は、スパイ組織を築き上げ、ドイツ大使館に潜り込んでオット駐日大使に取り入り(駐在武官時代から。)、ナチス党員になって日独双方の信用を得て機密情報を収集し、ソビエトにその情報を無線で送っていたというものです。そしてソビエトは、日本の真珠湾攻撃をゾルゲからの情報をもとに、対日戦用にシベリア・極東に貼り付けていた部隊を対独戦に投入することが出来て、モスクワを救う事ができたのです。この事件により、日本側の首謀者、尾崎秀実(ほつみ)が時の近衛文麿内閣のブレーンだったため、近衛周辺の人物まで逮捕されてしまい、これが近衛内閣退陣、東条内閣組閣の要因となったほどの日本を揺るがす大事件でした。この事件に関しては、尾崎秀実の実弟、秀樹(ほっき)が『ゾルゲ事件 尾崎秀実の理想と挫折』(中公新書、楽天では在庫なし。)を読んでみて下さい。私はこの部分を読んで、当時のドイツ人とドイツ人社会は、ゾルゲをどのように人物であると認識していたのかが理解できて面白かったです。他にも、ナチスの影響がドイツ人社会に及ぼした影響、ヒトラー・ユーゲントや党員の集会に関すること、日本人との間に生まれた子は「アーリア人」ではないので、党の集会に参加できない、というような記述や、大使館のゲシュタポ(秘密警察)の活動についてなど、これまで分からなかった新事実が載っていて、非常に興味深いものがありました。また、このような政治的なものから、先に紹介した日常の生活、さらに、戦時下、束縛されていたと思われていたドイツ人たちが意外と自由に行動し、疎開先も軽井沢とか箱根というような観光地であったことは驚きでした。このように『戦時下日本のドイツ人たち』は、当時、日本で生活していた人々、24人から実際にインタビューをして、戦前の日本でドイツ人たちがどのような生活を送っていたのか、当時のドイツ人社会はどのような状況だったのか、そして、ドイツ人、つまり外国人の第3者的視点から見た太平洋戦争下の日本はどのようなものだったのかを、記録し解説を加え紹介した一冊です。それにしても日本という国は、太古の昔、弥生時代には中国大陸の戦乱を逃れてきた渡来人に稲作や青銅器を。飛鳥時代には動乱の朝鮮半島を経由して仏教が。戦国時代末期には倭寇の手によって鉄砲が。幕末には黒船の武力で開国し、明治以降の異文化交流も、日清・日露戦役の清国・ロシアの捕虜に第一次世界大戦のドイツ兵捕虜からそれぞれの国の文化が。また、同じく第一次世界大戦時、地中海への船団護衛のため派遣された海軍の艦艇の乗組員たちは遠い異国での体験を故郷で話し、中国・インド・ロシアから亡命してきた革命の志士たちもそれぞれの国の文化を(新宿、中村屋のカリーは、インドから亡命したラス・ビハリ・ボースが伝えました。ちなみのこの人、中村屋の娘婿におさまっています。)伝えました。このような例を並べてみると、日本という国は、戦火の火の粉と共に異国からの文化や技術がもたらされてきたということが良く分かるでしょう。皆さんは私のこの考えについて、どう思われますか。
2006年01月19日
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今日も今日とて、長々と本の感想、というより気に入った場面などを切り出して勝手に解釈を述べただけなのですが、を書き綴っている間に2000アクセスを突破していました。考えてみれば、去年の10月27日の「文字・活字文化の日」にあわせてブログを始めて早、84日目。おかげをもちまして、最近では一日の訪問者が延べ60人を越える日も出てきて本当に、嬉しい限りです。また、楽天広場以外からも数多くの方々が駄文を読みに来ていただいているようでして、これもありがたいことだと深謝している次第であります。これからも、本を通じて児童文学やファンタジー、ライトノベルに歴史関連の書籍、防衛・軍事といった濃いジャンルのものから、学校図書館での出来事など、雑多な出来事を筆の進むままに、ツラツラと書き進めてみたいと考えています。これからも、拙く読み難い文章を見捨てないで「濫読屋雑記」と宜しくお付き合い下さい。 花開貴富追伸:我儘言ってすいませんが、楽天以外で訪問された方も、何かひと言、残して下さるととっても嬉しいです。
2006年01月18日
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昨日、仕事の帰りに図書館へ寄って予算消化用の図書を見繕っている最中に目に止まった原田一美著、みやこうせい解説『ドイツさん』(未知谷、2005年)を今日は取り上げてみます。この本の題名にある「ドイツさん」とは、日本が1914年に日英同盟を理由として第一次世界大戦に参戦した際、当時ドイツ領であった中国青島(チンタオ)にある要塞と軍港を攻略した時に捕虜としたドイツ陸海軍の将兵の事を指します。この時、日本は太平洋戦争時のような事は行わず、日露戦争のロシア捕虜(この辺りの事を知りたい方は、司馬遼太郎大先生の『坂の上の雲』を読まれると良いでしょう。)と同様、捕虜の待遇を定めた戦時国際法、ジュネーブ協定を厳格に遵守して対処していました。そして、この捕虜たちが収容されたのが四国、徳島県の坂東という片田舎の小さな町でした(今の徳島県鳴門市大麻町坂東)。当時の日本といえば、東京・大阪のような大都市と横浜・神戸・長崎・函館のような開港場を除いては直に外国人と接する機会が無かった時代です。また、外国人を写真ですら見たことが無い人が大半。さらに言うと、自分たちの住む地域から歩いていける範囲へは出て行かない、いけない、というのがこの大正初期という時代でした。そんな片田舎に突如として捕虜収容所が出来て千人もの交戦国・ドイツの捕虜たちがやって来たのですから、女子どもは夜、外へ出すな!自警団の編成だ!と、町は蜂の巣を突いた様な大騒動となります。そして、実際に紅毛碧眼で大男のドイツ兵たちがやって来たのですが、彼らは楽隊を先頭に胸を張って堂々と行進してやって来ました。この光景を見た時の、坂東の人たちの驚きはいかほどのものだったでしょうか。当時はまだ日露戦争の記憶が鮮明な頃。外国人に関する知識も庶民には皆無といってよい時代。また、「生きて虜囚の恥を負うべからず」と言う様に、この頃から「捕虜」は恥の代名詞でした。(日露戦争の時、統計を見ると日本の捕虜の数がロシアと比較して、極端に少ないことからも理解できるでしょう。)それなのに、ドイツ兵は、規律正しく誇りを持ってやって来たのですからね。このように、この本では祖国から遠く離れた異郷の地で戦わされた(極東方面のドイツ軍は、急遽、現地中国や日本等アジア地域で「皇帝陛下と祖国のお危機のため」に動員された召集兵が大半だったそうです。そんな軍隊で、本国からの援軍も来ない、武器弾薬の蓄えも無い要塞に立て篭もらされたのですから…。)ドイツ兵たちと四国・徳島の坂東の人々との交流をフィクションを交えて描いた作品です。ドイツ兵たちは、兵役に就く前の職業、大工・機械工・仕立屋・時計職人等々の手に身につけた技術や知識を生かして、図書館や病院、果ては製パン・製菓工場まで作って、文明の先進地ヨーロッパから本国の生活をそのまま収容所に持ち込みました。また、印刷所まで作り新聞を刷り、本まで作ってしまいます。収容所内では、ドイツ人の合理精神と合目的を信条とする規則正しく時間を無駄にせず、様々なスポーツや音楽を楽しむという快適な生活を築きあげてしまいます。そして、最初は「鬼」のような得体の知れない者と、恐ろしくて近寄りがたいドイツの捕虜と思っていた坂東の人々が「ドイツさん」と親しみを込めて接することが出来たのは、坂東収容所の所長、陸軍中佐 松江豊寿の寛容な精神と慈悲の心のお陰でした。この人は、明治政府からは賊徒扱いされた賊軍の会津出身者です。その後、陸軍に入ったのですが、陸軍は官軍・長州出身の山県有朋が「長州閥」という派閥を作って人事を牛耳っていたので、さぞかし苦労したと思います。その後、日露戦争開戦の1904年から韓国に駐在し、抑圧されている韓国民衆の姿を目にし、苦悩しています。そんな松枝中佐は、先に述べたドイツ人の国民性を重視して、力による抑圧を避けて自由な気風を尊重して、温情を持って捕虜に接します。また、捕虜も大半が職業軍人ではなかったので、そのような環境に順応して収容所の生活を築いていったのです。そのような和やかな雰囲気の中で、「ドイツさん」と地元の人々の交流が広がっていきます。「ドイツさん」たちから音楽を学び共に楽しみ(日本で最初にベートーベンの第九が演奏されたのも、この坂東収容所だったそうです。)、本職からのパンやケーキ作りが伝授されます。(あの有名な神戸のユーハイムも、青島で捕虜となったドイツ人の製菓職人、カール・ユーハイム氏が戦後、日本に定住して始めたお店です。ついでに、名古屋の敷島製パン・パスコも同じく捕虜仲間のハインドリッヒ・フロインドリーブが主任技師となり製パン事業に着手、後にフロインドリーブは独立して、神戸にお店を出しています。以上、ドイツと日本のパンに関する豆知識でした。)面白いな、と思ったのが「ドイツさん」たちと本国の家族との手紙や荷物のやり取り(ジュネーブ協定で認められている捕虜の権利です。中立国を通してなら、通信は可能ですから。ただ、本国・日本双方で検閲されていたでしょうが。)が活発で郵便物が多くて、文明の利器・自転車が公用で購入されたという件です。当時、町には町長さん、お医者さんしか自転車を持っていなかったそうです。今で言うと、自動車のようなものですが、それも捕虜収容所が設置されてから起こった変化の風の1つでしょう。そのような、変化の風で象徴的なのが地元の農家に建てられたドイツ式牧舎でしょう(現存しています!)。ドイツといえばお隣のスイスやデンマークのように酪農が盛んな国です。当時の日本は、米と麦中心の農業で、一部地域でしか茶や藍のような商品作物を生産していませんでした。酪農も、北海道で国や道庁が支援して行われている程度でした。坂東では、牛は農作業用に飼われてだけです。そこに松江中佐の「農業の近代化を!」勧めで(このような発想1つとっても、この時期の軍人が如何に広い見識を持っていたか理解できるでしょう。この後、時代は視野の狭い頑迷な軍人が幅を利かせていくようになります…。)、「ドイツさん」から酪農技術と経営を学び、「ドイツさん」の協力と地域の有志の力を得て牧舎を作り(完成の時には知事が来たそうです。この時代の知事は、内務省の高級官僚。雲の上の人です。)さらにバター・チーズ・ハム・ベーコンの作り方を学ぶ。また、ドイツ式の野菜の栽培法を学ぶ際には、ドイツ式の科学的考察に基づく知識と栽培方法を学んで「農業は学問である」ということを会得していきます。このように、坂東の地にやって来たドイツ兵たちは、地元の人たちから「レイヤー(Lehrer、先生という意味。)」と呼ばれたように、青い目の先生として地方の日本の近代化に力を貸したのです。また、「ドイツさん」たちも積極的に日本語や日本についての知識を学び、果ては土地の陶器作りを習得する者まで出てくるほど、探究心旺盛でした。このような、歴史の教科書に書かれていない日本史の裏側にある、世界を知らない日本の片田舎に暮らす素朴で善良な人々と、祖国から遠い異国の地で捕虜として暮らすドイツ兵たちとの友愛と異文化交流を描いた物語を読んでみて如何でしょうか?この本を読んでみると、現代日本の生活にどれほどドイツの影響が染み込んでいるか驚かれると思いますよ。↑この本の表紙のコスモスは、本国へと帰還する「ドイツさん」が坂東の地にこっそりと撒いた種から咲き、広がったそうです。最後に、本文中で「ドイツさん」たちが行進しながら歌っているドイツの民謡のCD『リリー・マルレーン~ドイツ名行進歌集』を紹介しておきます。『ドイツ名行進歌集』とありますが、ドイツで人は行進曲が大好きで、さらに合唱も大好きです。行進曲=軍歌と連想される方もいらっしゃるかもしれませんが、これは誤りです。このCDに収録されている曲は、民謡やその当時の流行の曲から編曲したものが大半で、本当に行進の途中、退屈紛れにみんなで歌うといった陽気なものばかりです。残念ながら楽天には無かったので、別のところで探してみてくださいね。
2006年01月18日
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昨日は、小野不由美先生の『くらのかみ』を紹介しましたので、ファンタジー繋がりで、角野栄子さんの『ファンタジーが生まれるとき 『魔女の宅急便と』とわたし』(岩波書店、2004年)を取り上げてみたいと思います。角野栄子さんといえば皆さんご存知、宮崎駿監督の『魔女の宅急便』の原作者です。また角野さんは、顔ともなってしまった『魔女の宅急便』の他にも、様々な絵本・童話を創作されていて(あと、色々翻訳もされています。)、その道では日本を代表する作家の1人でもあります。私と角野さんの作品の出会いも、幼稚園の頃に母親から読み聞かせをしてもらった『ネッシーのおむこさん』でした。そして高校時代に、角野さんが文化祭に講演会に招待されて来校された時には、講演の後に学園長室の前で待ち構えて私が持っていた『魔女の宅急便』にサインをしてもらった思い出があります。スケジュールが詰まっている中、僅かな時間を割いてサインをしてもらったので、角野さんとは少ししか会話を交わすことが出来ませんでしたが、今でも心に残る高校時代の良い思い出の1つです。(高校ではかなりやりたい放題、天上天下唯我独尊的行動をしていました。勿論、規則の許す範囲or灰色境界線上ですがね。)ただこの時、『ネッシーのおむこさん』を屋根裏部屋から発掘できずに持って行けなかった事は、今でも非常に後悔しています。さて、ここから本題の『ファンタジーの生まれるとき』の中身の紹介をしていきましょう。この本は、副題に『『魔女の宅急便と』とわたし』とあるように、角野さんがどのようにして作家となったのかというきっかけや、あの「魔女キキ」を生み出されたのかという創作の秘密などを、ご自分の人生を振り返りながら書かれた本です。私が、この本を読んで驚いた事を幾つか並べますと、まず、角野さんが結婚後すぐの20代の時、2年間も地球の反対、ブラジルへ移民として滞在していたという凄まじき事です。デザイナーの旦那さんの「新首都、ブラジリア建設を見てみたい」という気持ちと、珍しいもの見たさにブラジルに渡航されたのが1960年(昭和35年!当時、日本政府は移民を奨励していました。)。今とは違い、国外に出るということは港で一族郎党が総出で水盃を交わして見送り、船で(飛行機なんて、外交官等一部の特権を持った人しか使えない!)出国したという時代です。(さらに、外貨、簡単に言うとドルですが、これに持ち出し制限があった時代です。)凄まじき事をしたな~、と素直に感嘆してしまいました。(歴史を勉強していると、時代背景が手に取るようにわかるので、本を読むときは楽です。とくに日本の近現代は専攻していたので…)でも、その時の経験が帰国後の角野先生の処女作『ルイジンニョ少年―ブラジルをたずねて―』の誕生に繋がり、ブラジルへの航海の思い出(とその後、世界を旅した思い出。)が『ズボン船長さんの話』の創作のもとになって、サンパウロの下町での生活が『魔女の宅急便』の魔女キキの、新しい町で暮らす不安と新しい発見が入り混じった不思議な感覚の表現(ここの表現が恥ずかしながら、上手く出来ません。私、1人暮らしをしたことが無いので…。兎も角、『魔女の宅急便』と『ファンタジーの生まれるとき』の二つを読んでみて下さい。)へと生かされているのです。(角野さんは、ご自身の人生を「効率の悪い人生」と言っています。そして、その間に体験した様々な事を「私にとって長い、長い散歩道」と仰っています。でも、その体験が創作のもとになっているのですから、本当に、人生に無駄なことなんてひとつもないんだな、と考えさせられました。)他にも、角野さんが初めて物語、『ルイジンニョ少年―ブラジルをたずねて―』を書いた時、子どもさんが3歳という手が掛かり目が離せない時期に物語を書くということの大変さ(卒論や会議などで提出するレポート等々、文章を作った経験のある人なら、一部の特殊な感覚を持っている人を除いて、この凄まじさが理解できると思います。)などなど、思わずウワーッとか、へぇーと言うような事がたくさん語られています。私は、角野さんのそんな体験の中から不思議な物語の扉が開いて、もしかしたら隣にひょっこり現れそうな魔女が生まれたのだな~と思いました。この本はそんな、ファンタジーが紡ぎ出されていく道程が、角野先生の心情と作品への思いとともに語られている本なのです。最後に、この本は『岩波ジュニア新書』といって、未来を考え、これから人生を歩む若人たち、ようするに中高生向きに作られた新書なのですが、大人でも、児童文学やファンタジーに関心のある方、そして文章を書いたり物語を創作される方、そして、子どもさんがいるご両親や教職にある方々にも、是非読んでいただきたいとお勧めする1冊です。という事で、今日は少し思い出を交えて『ファンタジーの生まれるとき』を紹介してみましたが、如何だったでしょうか? ↑個人的な趣味ですが、このスカートを少しつまんでいるところが中々…。
2006年01月17日
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最近、奇妙な方向の本ばかりを重点的に紹介してきたので、今日は反省&方向転換(一時的であれ。)しまして、私の敬愛する小野不由美大先生の『くらのかみ』(講談社、2003年)を取り上げたいと思います。これまで、『十二国記』大好き~!!!と、声高らかに叫んできたのに、一度も『十二国記』で日記を書いていないじゃないか!と、指摘される方もいるでしょうが、これには、深~い理由があるのです。それは、気に入っているシリーズなので、筆が進んで止まらずエライコトになるのではないか?という不安です。現に、『ナポレオン戦争に関する諸考察』編では、調子にのって「範囲内(半角 8~10000 文字)の長さの文字列を入力して下さい(現在: 半角 15704 文字)」という警告を出してしまった位、書くことが出来るので、もうしばらく…、と思っているうちにココまで来てしまったと言うわけです。ただ、そろそろ訪問者も2千人を越えそうですし、プロフィールにも『十二国記』大好き~!!!(&『星界シリーズ』も!!!)と書いてあるので、ボチボチとこの2つのライトノベルの巨塔の世界について語らなくてはなぁ~、と思い、先ずは手始めに図書便りでも紹介を書いた『くらのかみ』を攻略して、『十二国記』へ進もうと思い、今日のテーマとなった訳です。さて、この『くらのかみ』は、このブログを書き始めた最初に紹介した、田中芳樹先生の『ラインの虜囚』(講談社、2005年)と同じ講談社の『ミステリーランド』シリーズの最初の配本のうちの一冊となります。もう一度、解説を入れておきますが、この『ミステリーランド』シリーズは『「本」の復権(ルネッサンス)を願い…』と題して講談社が小野先生、田中先生に有栖川有栖、篠田真由美、二階堂黎人の各先生等々、日本を代表する超大物作家が「かつて子供だったあなたと、少年少女のために」というテーマで書き下ろしている作品集です。この栄えある『ミステリーランド』の第1回配本に選ばれた(シツコイ!)『くらのかみ』ですが、私、まだ買っていません。正直、すごく欲しいのですが、この『ミステリーランド』の本は中身も一級品なら装丁も同様で、1冊2,100円するのです!この値段を見る度に「文庫が何冊…」と悲しい計算をしてしまうので、まだ、未購入という次第なわけです。前振りが何時もの如く長くなりましたが、ココから『くらのかみ』の紹介へと入ります。そこで、ちょっと内容紹介は楽をしまして…。小説『十二国記』シリーズで有名な小野不由美さんが書いた怪奇ミステリー。でも登場するのは、悪いことはしないという、座敷童子なんですね。事件現場は、行者に祟られ座敷童子に守られているという田舎の古い旧家、そこで起こる事件は財産相続にからんだ殺人未遂事件、のはずなのだけど大人たちはただの偶然、事故だと言います。それに納得できない子どもたちと、子どもたちの中に紛れ込んだ座敷童子は、犯人を見つけるために少年探偵団を結成するのですが、さらなる事件が発生します。子どもたちは犯人を見つけられるのでしょうか?そして座敷童子はいったい誰なのでしょうか?というわけで、この上の文章は、私が図書便りに書いた新刊紹介の文章です。これから少し文章を削って載せたと思うのですが、大体こんな感じです。私がこの『くらのかみ』が気に入った理由の第一は、小野先生の作品である事もさる事ながら、この物語の世界観が気に入ったことです。ひと昔前まで日本の何処の田舎にあった白壁と門、そして蔵があってとどめに「行者に祟られ座敷童子に守られている」という伝承がある旧家のお屋敷が舞台。そして、遺産相続のために親戚が呼び集められて、そこで殺人(未遂ですが。)が起こるとパターンは金田一耕介が「どうも。」と出てきてもおかしくない、古き良き昭和の時代を感じさせます。(小野先生の作品は『黒祠の島』もそうですが、なぜか横溝正史大先生の作品の雰囲気を感じるのですよね~。設定が似ているからかな?)また、「少年探偵団」というネタは江戸川乱歩を連想させますし、こう考えると、小野先生は「かつて子供だったあなた=大人」が必ずといってよいほど読んだことのある、日本の二大探偵小説を見事に作品の中で利用していると思います。あと、座敷童子という身近な妖怪(?)を登場させたことにより、小野先生お得意のファンタジー・ホラーを絡めて座敷童子と、食べ物に毒を混ぜた犯人探しという2つの謎解き、をするという設定は、上手い!のひと言です。この物語で重要な役割を果たす座敷童子が登場する場面も、大人たちが難しい話をしている間、退屈になった4人の子どもたちが、「おくらさま」という家の守り神が祭られている蔵の中で、「4人ゲーム」というまっくらな部屋の四隅に四人の人間が立ち、肩を順番に叩きながら部屋をぐるぐる回るゲームを始め、そこで、とうぜん四人では成立しないはずのゲームのはずなのに、5人目の子どもが出てきて、この子が座敷童子、という仕組みはもう、天晴れとしか言いようがありません。子どもたちが「あれ?」と思って顔を見合わせたけど、どうしても最初からいたとしか思えない顔ぶればかり、というのも、初めて顔を合わせた親戚の子同士、という設定に、大人が全然気づかない(or目に見えない。)という座敷童子が登場する昔話の定番(実は他に小野先生は、昔から座敷童子が行ってきた「子どもを見守る」という二重の役割を掛けて、物語を膨らませています。)をフルに生かしているもので、読んでる者まで納得して、すんなりと物語の中に入り込めてしまいます。そして、普段の生活とは逆に、子どもたちが大人を守るために一団となって知恵を絞って探偵をするという、子どもたちの夏休みの「非日常」を昔風の(江戸川乱歩の『怪人二十面相シリーズ』みたいな、子どものグループが冒険するノリの。)児童文学的な作風で、子どもたちの視点から描いているところも大好きです。という次第で、本日はリハビリを兼ねて『くらのかみ』を紹介&解説してみました。でもこの本、冬じゃなくて夏休みに紹介する本だったな~、と書いてから気が付きました…。
2006年01月16日
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昨日は、日本最強の特殊部隊、海上保安庁のSST(と、公表されている実戦経験や能力等々から私は考えています。)に関する組織の誕生と成長を解説&紹介した本、『海上保安庁特殊部隊SST』について紹介してみました。この海保の特殊部隊に関しては、私が軍事方面に関心を持ち始めた時期と重なっていたので、新聞等の各種報道や雑誌記事などから断片的な情報を集めて、この特殊部隊に関してはアレコレ想像していました。例えば、この本にも紹介されていたUSS・SEALs(合衆国海軍特殊部隊)を招聘しての訓練に関しても、SSTの部隊設置が公表された際に新聞にすっぱ抜かれていた記憶があります。(曖昧だな~。)元々、身内や周囲の人間に官憲が多かった事もあり、昔は日本の警察はいざと言う時、直ぐには役に立たないこと(重武装した犯罪者に対してですが。昔、『西部警察』やら『特捜最前線』といった刑事モノを見て、アレコレ質問したところ、ライフル持っているのは警視庁と大阪府警、あと福岡県警が持ってかな~、と言う話を聞いた記憶があります。今では、各都道府県警察の機動隊に銃器対策班が設置され、自動小銃やらMP-5のような機関拳銃、狙撃銃等々で武装しているので、隔世の感がありますね。)や、自衛隊もいざと言う時までどうなるかわからない、と言うような役に立たない事を中学に入る前から知っていました。そして、学部・院へと進んで歴史学を修めたのですが、この歴史学という学問は目的を持って集めた情報を取捨選択し、その情報を理論的に構築して結論を導き出すという事を行います。そもそも、人間は見たり聞いたり体験した事を、人に話したり書いたりする際に、必ずと言って良いほどその人の「主観」なるものが紛れ込みます。これは、写真や映像についても同様です。なぜなら、ある目的を持って対象を分かりやすく、あるいは美しく撮影したものであるからです。当然そこには、その人の美意識や映像を移す感覚などが影響されるわけです。ですので、1つの新聞記事やニュース映像の情報を鵜呑みにしてしまう事はある意味、危険なことであります。一例を挙げましょう。今日、各チャンネルのニュースでは「アメリカ、カリフォルニア州に於いて、長崎県佐世保の陸上自衛隊西部方面普通化連隊の選抜された隊員が合衆国海兵隊より離島の奪還、及び海からの着上陸作戦の訓練を受けている」との報道がありました。ところが上の文章、私が視聴した2つの別チャンネルのニュースを足したものです。そのニュースでは、取り上げた時間も内容の質にも差がありました。このように、ニュースを1つをとっても番組の編成や取材した記者の目線や注目の仕方、その人の経験・知識に、ニュースを取り上げるか否かを決める人間の裁量等々で、私たちが知る「事実」は大きく印象の違うものとなってしまいます。また、その人個人個人の関心の度合いによっても、得られる情報に差が生じてきます。私のような変な方向に関心のある人間は、NHKのBSの海外ニュースやドキュメンタリーを見てまで情報を集めようとしますが(お正月前にやっていた『戦後60年世界を変えた戦場』という、ドキュメンタリー番組のシリーズ一挙報道は良かったです。)、一般大衆の方は、そこまでしてふと気になった事を、情報を集めてまで調べようとはしないでしょう。大体、時間や方法(近年は、インターネットで簡単に情報が手に入るようになりましたが、インターネットの情報はいい加減なものや怪しいものがあるので、注意しましょう!情報を集める時は、情報の出所が確実に分かる書籍、つまり本や雑誌で!そして、情報を扱うプロフェッショナル、司書のいる図書館で調べてみて下さい!)が無いでしょう。チョッとおかしな方向に転がっていったの軌道修正しますが、このように、国防・軍事、公安・警備に関する情報は我々一般大衆には中々手に入らないものです。近年になって、ようやくその筋に関心がある人々が増えたこともあり、雑誌(なぜかモデルガン専門誌に、そのような情報が多いです。)や専門書が出版されて少しずつ情報が出てくるようになりましたが、それでも外に出てくる情報は100ある内の20出てくれば良い方でしょう。このような情報の断片を繋ぎ合わせて、足りないところを他の情報で補い、理論的に推理して真実らしきものを作り出すことが、私は大好きです。先の西方連関係のニュースも『SAPIO』という雑誌の記事で、自衛隊の部隊について特集する記事の連載があり、その中で西方連が取り上げられていた関係で、離島奪還に関する訓練に関しては、やっぱりやったか、という程度でしたが、堂々とマスコミにまで公開して訓練やってるぞ~!と宣伝するのにはどういう意図があるのだろうか?と考えてしまします。やはり、ニュースで連隊長のインタビューにもあった対中国問題(東シナ海のガス田問題に、軍事費の増大等々。)になのか(西方連は、西日本、とくに九州・沖縄の離島防衛のために空中起動能力と特殊技能を持った隊員で編成された部隊です。)、それとも今騒がれている米軍と自衛隊の再編問題、東アジアでの防衛協力に関連するのか、さらに裏があるのか、と色々と考えて暇つぶしが出来ると言うものなのです。昨日も書きましたが、私たちの知らないところ、あるいは知る必要のないところで世界は動いています。そのような、下手をすると小説まがいに近い日の当たらない世界があること、そして、そのような世界の事がたまに、または蓋を開けても良い時期になったので(そのような歴史史料を掘り返して論文を書いて、歴史を構築しているのが歴史の研究者たちです。)、日の当たる所に出てきて私たちが見聞きできるようになった事柄について、頭の体操、暇つぶし、趣味等々、何でも良いですから少し考えてみては如何でしょうか?【昨日紹介した本です!】1967年、中国文化大革命の火の手が英領、香港に飛び火、「香港暴動」が勃発した。中国軍の介入が噂される中、英国は軍を増強。戦争が始まった時、在留邦人をどのように脱出させるのか?警察庁から出向していた香港領事、佐々淳行はその対応に当たる。在留邦人の避難計画に、情報収集。しかし肝心の邦人を避難させる輸送手段が無い!その手段確保のため日本に帰国した佐々に、外務省と防衛庁、佐藤栄作首相の出した答えとは?「危機管理」一筋の人生を歩んだ著者の原点と、知られざる昭和史の一面が明らかとなる!1950年、突如朝鮮半島において戦争が勃発。進駐軍は朝鮮半島へと動員され、日本国内の防衛能力に問題が発生した。そこで、GHQは日本政府に対して進駐軍が出動後の治安維持を目的とする「7万5千人のナショナル・ポリス・リザーブ創設と、海上保安官8000人の増強を許可」したのだが…。今日に至る自衛隊と防衛問題の原点を分かりやすく解説した良書!そして知られざる警察予備隊創設時の信じられない裏話、「総監、西に向かって赴任せよ!」との意味とは?なぜ、海上自衛隊は旧帝国海軍の伝統を引き継げたのか?など、自衛隊とはどのよう組織なのか、その誕生からの歴史を通して理解できる一冊です。ちなみに私は、海上自衛隊創設の事項だけのために買いました
2006年01月13日
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昨日に引き続き、海軍ネタの延長で小峰隆生著、坂本新一協力の『海上保安庁特殊部隊SST』(並木書房、2005年11月)を、帰りに図書館で手に入れたので、取り上げてみたいと思います。この海上保安庁の誇る特殊部隊SST(スペシャル・セキュリティ・チーム、特殊警備隊)は、日本の自衛隊や警察などの防衛・警備関係の組織の中で、おそらく一番実戦経験を積んだ実働部隊です。このSSTの活動で記憶に残っているものとしては、1999年の日本海能登半島沖の不審船事案と、それに続く2001年の奄美大島沖での北朝鮮工作船の自沈事件があります。私は、2001年の自沈事件の時、工作船から銃撃を受けた海上保安庁のPM(巡視船)〈あまみ〉の被弾した艦橋部分を切断したものを名古屋の4管本部まで見に行きました。その当時、新聞報道では旧ソビエト製のAK自動小銃で撃たれた、としかありませんでしたが、〈あまみ〉の艦橋をよ~く見てみるとかなりの弾痕があり、自動小銃だけでなく軽機関銃も使われたのでは?と思いました。また、艦橋には明らかに他の弾痕とは違う大きな穴が開いていたので、これは13mmの弾痕では?と保安部の人に質問した記憶があります。実際、後から工作船には14.5mmの2連装機関銃が据え付けられていたのが判明して、よくぞ死人が出なかったものだと、今でも思います。なにせ、〈あまみ〉は船足を速くするため、ペラペラのアルミ合金で作られていたからです。ちなみに工作船の方も、東京の船の博物館で展示された際に見学へ行きました。さてこのSST、どのように誕生したかと言いますと、きっかけは日本初の大規模海上国際空港である関西国際空港を警備するために設置された「関西国際空港警備隊」(海警隊)がその原点だそうです。この部隊は工事着工の前の1985年、海側からのテロに対する備えとして設立されました。恐ろしいのは、設立当時は人員が8名!しかいなかった事です。予算が無かったとはいえ、いかに日本のお役所がテロに対して何の知識も無かったかが理解できようモノです。それではまずいと言うので(空港が広いというので)、16名増員して24名体制になったのが1987年。そして、武器はS&Wモデル19リボルバー「コンバット・マグナム」という古式ゆかしい代物と、警備専用艇2隻に若干の車両、と言うのですから…。そしてトドメが、海警隊内に警備の指導・訓練をする人材がいないと言う事。本によれば、最初は大阪府警の機動隊と爆発物処理班から手ほどきを受け、次は文献や資料(映画や銃関係の本など。)を見たり読んだりして、手探りで技術を会得していったそうです。なぜ、米国のコーストガードなどの手を借りなかったのでしょうか?(ちなみに警察は、爆発物処理や用心警護などの実情調査のため、アメリカやイギリス・ドイツへ調査・研究のため人を派遣しています。詳しくは、「危機管理」と言う言葉の生みの親、佐々淳行氏の『連合赤軍「あさま山荘」事件』や『香港領事佐々淳行』(共に文芸春秋)を読んでみて下さい。)まさに、「神代時代」といったところです。(この「神代時代」と言う言葉は、永野節雄氏の『自衛隊はどのようにして生まれたか』(学習研究社)から拝借しました。「神代時代」とは、当然、GHQから警察予備隊作りなさい、と指示されて右往左往しながら組織を作り上げていった時代の事を指します。)それでも、自衛隊(その前身の警察予備隊。)は良かったのです。何事も無かったのだから。(私たちの知らない、裏側で何かが起きていたかも知れませんが…。)この海警隊は何と、1987年に翌88年韓国ソウル行われるオリンピック警備のため関釜フェリーの警備を命じられたのです。当時、朝鮮半島は現在以上に軍事的緊張が続いていました。何せ北朝鮮が、今のミャンマーで1983年、大統領を狙った爆弾テロ(ラングーン事件)を起こしていたので、当然、オリンピック妨害が考えられたからです。(この当時から、SSTは北朝鮮との戦いをしていたわけなのです。)そこで、テロ対策として設立された海警隊に、自衛隊の64式小銃と警察の狙撃手が使っていた狙撃用ライフルが渡され、警備をさせようとしたのですが、そんなものの使い方を知っている人間は海保にはいませんでした。(海保は、元々自動小銃は持っていました。海の上ではピストルなんて豆鉄砲。射程距離は長いし、相手はお船です。なので、巡視船には昔から、自動小銃に機関銃、機関砲が搭載されていました。)急遽、陸上自衛隊の富士学校のレンジャー班に隊員を送って訓練を受けさせたという、まさしく泥縄をやったわけです。その他、様々な訓練に調査を行い、海警隊は無事に関釜フェリーの警備の任務を果たします。そして、この警備活動以後、海警隊は特殊部隊としての地位を確立し、海保内にこれまでメインであった「救難」活動のほか、「警備」活動が認知されていくのです。実際、海警隊は海保の切り札として、日本の警備機関として始めてドイツ製機関拳銃MP-5が配備され、1988年には公海上で発生した外国船籍の貨物船の船員暴動事件の鎮圧にも投入されています。(これの事件について私は、辺見正和『海上保安庁巡視船の活動改訂版』(交通研究協会、1996年)の中で、紹介されていたのを読んでいました。その中では、ヘリコプターで船上に降り立った隊員が制圧した、ぐらいにしか解説されていませんでした。そして、その後に新聞報道でSSTの存在を知って、この時出てたのでは…、と思っていたので想像が当たっていたわけです。)そして次にSST誕生のきっかけとなったのが、フランスからのプルトニュウム輸送問題でした。1992年に行われたこの原爆の材料となる物質の郵送は、政治問題の関係で海保が担当する事になりました。当時、私は友人たちと「こんな重要な警備を海上保安庁に任せて良いのか。護衛艦を2隻ぐらい出して警備しなくては。」なんて話していました。普通、核兵器の原料を運ぶのに海軍を使わない国はありません。この時、日本はわざわざ警備専用のPLH(ヘリコプター搭載巡視船)〈しきしま〉を建造して、護衛に就かせました。(今、考えると、この時〈しきしま〉と搭載のヘリコプター、スーパー・ピューマを保有した事は、海保にとって大正解だったのですが。)このプルトニウム輸送のために編成されたのが、「警乗隊」です。この部隊は、13名の隊員が海警隊と警備任務のため選ばれた人員から編成されました。そして、海警隊とその選抜要員を訓練したのが合衆国海軍特殊部隊SEALsでした。海警隊が設立されてから5年目にしてようやく本職の指導・訓練を受けれる事になったのです。このように、関空開港とプルトニウム輸送というどちらも「対テロ」という任務を目的に設立された部隊が、1996年にSSTという名称で正式に海上保安庁直属の特殊部隊として発足したわけです。この後も、SSTは中国からの密入国船や麻薬など密輸船の摘発(当然ですね。いつも思っているのですが、日本へ犯罪行為を目的に渡航する外国人は軍隊上がり、つまり武器や徒手格闘の訓練を受けている!が多くて、体格も日本人より大きく、向こうは捕まりたくないばかりに躊躇無く武器を手に襲い掛かってきます。こんな連中を黙らせ、安全に確保するためには、先方より強力な武力で制圧するのが一番です。)、先に述べた不審船・工作船事案にさらに、驚愕の東ティモールでの邦人救出活動、近年国際的活動が盛んな大量破壊兵器拡散防止構想(PSI)への参加に東南アジア各国への技術指導と、SSTは私たちの知らないところで日本を守るべく、静かにそして命を懸けて戦っているのです。この本の作製に協力した坂本新一氏の姓名は仮名で、紹介では海上保安官でSST設立のメンバーの1人であったそうです。SSTは『海猿』で有名になった羽田の「特殊救難隊」とは異なり、その任務の性格上、国民の目線からは厚いベールに隠されたままでした。そのような、真の意味での日本の特殊部隊、SSTとは何かを読んでみて、日本を取り巻く国際情勢を確認してみては如何でしょうか? ↑オビが邪魔だ~!!! ↑海上保安庁全般について知りたい方は、こちらの本をどうぞ。
2006年01月12日
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今日は久方ぶりに、本の紹介でもしてみます。取り上げますのは、ジェイムズ・H.コッブ著、伏見威蕃訳『ストームドラゴン作戦 ステルス艦カニンガム2』(文藝春秋、2000年)です。ところで、このブログで私が叫んでいることの1つが海軍大好き人間!!!と言うことです。そのような人間なので、海軍史や各国海軍&海上自衛隊、海上保安庁関連の書籍などは目に入る限り読んで、お財布に余裕がある場合は購入してます。その購入図書のジャンルの1つに海洋冒険小説なるジャンルがあります。分かりやすく説明しますと、映画『マスター・アンド・コマンダー』の原作がずばりその世界です。書名を挙げますと、NHKBSでドラマが放映されたC・S・フォレスターの『ホーンブロワー・シリーズ』やアレグザンダー・ケントの『ボライソー・シリーズ』、ジュリアン・スットクウィンの『トマス・キッド・シリーズ』にパトリック・オブライアンの『オーブリー&マチュリン・シリーズ』(『マスター・アンド・コマンダー』の原作シリーズ。以上、全て早川書房より出版・発売中。)が海洋冒険小説となります。これら上記に説明した海洋冒険小説は、作家がイギリス出身で物語の舞台はナポレオン戦争当時、主人公はロイヤル・ネイビー、つまり英国王室海軍に所属していて、それぞれ士官候補生(『キッド』は水兵から。)時代から幾多の戦闘を経て昇進し、最後は提督へと上り詰めるというお話です。かつて、海洋帝国として栄えたイギリス人らしい作品で、時代考証や物語の設定もしっかりしていて、日本で初めて紹介された『ホンーブロワー・シリーズ』などは、主人公、ホレイショ・ホーンブロワーを実在の人物と勘違いしたほどの質の高いものが揃っています。また、第二次世界大戦時を舞台としたものも多く出版されています。さて、今日紹介いたします『ストームドラゴン作戦』はその海洋小説の血筋を受け継いだ直系の子孫と言える作品です。この『ストームドラゴン作戦』はジェイムズ・H.コッブ氏の著書『ステルス艦カニンガム出撃』(文芸春秋、1999年)に続く2作目です。このシリーズは他には、『シー・ファイター全艇発進』(上・下巻、文芸春秋、2001年)、『攻撃目標を殲滅せよ』(上・下巻、文芸春秋、2002年)と4作目まで出版されていて、主人公、アマンダ・リー・ギャレットの名をとって『アマンダ・ギャレット・シリーズ』や『ステルス艦カニンガム・シリーズ』と呼ばれています。このシリーズを書いているジェイムズ・H.コッブ氏は、軍事史と軍事テクノロジーの研究者でもあり、合衆国海軍研究所のメンバーでもあるという人物です。また、アメリカの海軍の家系に生まれて育ったと言うのですから、筋金入りです。そんな、現代海軍を研究している人物が作り上げたのが、『ステルス艦カニンガム・シリーズ』となるわけです。次に、このシリーズの主人公、合衆国海軍中佐アマンダ・リー・ギャレットについて紹介しましょう。彼女は、著者コップ氏と同様、海軍一家の家系に生まれ、当然のようにアナポリス(海軍士官学校)の門をくぐり、海軍将校になったという女性です。そして、海軍において数々の勲功と実績を積み重ね、ついに海軍将校の憧れ、艦長の椅子を手に入れた、という優秀な人物です。その艦が、USS(合衆国海軍)〈カニンガム〉DDG(ミサイル駆逐艦)-79(この物語は、2006年という近未来を想定して書かれたのですが、現実の世界の艦の番号が追いついてしまい現在、DDG-79は〈オスカー・オースチン〉という艦名でUSSにて就役・活躍しています。)という最新鋭のステルス戦闘艦だったのです。このステルス艦は、現在合衆国海軍が進めているDD-21級ステルス駆逐艦をモデルにしたものです。『アマンダ・ギャレット・シリーズ』の魅力の1つが、現役の海軍研究家が近未来を予想して、現存の最新テクノロジーをさらに進化させた兵器を登場させるなど、合衆国海軍の政策や戦略・戦術の研究に抜かりが無く、この成果を見事にフィクションの世界に織り交ぜ、作品を作り上げるというところです。(著者、コップ氏は『攻撃目標を殲滅せよ』の「おぼえがき」で、先のDD-21を例にして「アメリカ海軍の次世代の主力戦闘艦の姿と運用について予想しようとした」が「幾つかの面では、予想がずばり的中した」けど「他の多くの面ではまったく的をはずしてしまった」と述べられています。しかし、それは謙遜であると訳者、伏見さんは指摘されています。詳しくは本を読んでみて下さい。)それに、これまでの海洋冒険小説の王道、主人公と主人公を支える仲間、指揮下にある一癖もある部下たちとの関係、困難な任務に敵との戦闘や政治家の介入に戦場などでのロマンス等々、主人公の成功物語と成長を描く教養小説というつぼを見事に押さえていることも大きいでしょう。これも、何度も繰り返しになりますが、私はハッピーエンドとなるお話が大好きなので、最終的には主人公たちが知恵や忍耐、勇気を総動員して勝利や栄光を得るという海洋冒険小説は、見事に私の好みに合っているのです。この『ストームドラゴン作戦』の内容ですが、時は2006年。民主勢力の蜂起に苦しむ中国へ、台湾軍が侵攻を開始。劣勢となった中国は逆転の切り札として核兵器の使用を考慮し始めます。当事者の中・台に米・韓・日・比各国は政治的解決を模索するのですが、その最中、中国近海に派遣された我らが〈カニンガム〉は、長江河口、上海沖にて、核攻撃を狙う中国原子力潜水艦の不審な行動と遭遇します。未曾有の危機を阻止すべく苦闘するギャレット艦長と〈カニンガム〉の取った作戦とは…。というお話なのですが、この物語のミソは、中・台の核攻撃の応酬とその結果を恐れた日本が米国・韓国・フィリピンに台湾と同盟を結び、原潜を追跡、撃沈するための軍事行動を共にするというところにあります。物語の中で、コップ氏は日本が軍事行動に参加する意思表示する場面で、日本の憲法上の問題をちゃんと説明して、日本の大使に「核兵器による破壊の脅威がわが国におよぶことは、十分な動機になるとも思います」と語らせています。意外と、日本の憲法、第9条の戦争放棄という言葉は世界的には広く認知されていないので、こういうところでアピールしてくれることは、嬉しいものです。そして、ほんの少しですが我らが海上自衛隊の潜水艦が活躍してくれる場面もありますしね。最後に今日、なぜこの本のことを思い出して取り上げたかと言いますと、最近、「中国脅威論」なるものが唱えられ、中国の軍事費の増大や軍備の近代化が進められている、等の報道がよく耳に入るので、本棚からこの本を取り出して捲ってみたわけなのです。まぁ、中国がどうあがいても幕末から日清・日露の戦役、第一次世界大戦、太平洋戦争を戦い、戦後も敵国、アメリカ海軍のアーレイ・バーク提督(イージス艦アーレイ・バーク級のネームシップの艦名にもなっていますね。)にして、「大洋海軍を建設するためには一世紀もかかる。一海軍軍人として、空母機動部隊まで運用した日本海軍を消滅させることが惜しい」と言わしめた我が海上自衛隊に伝統・技術・装備などの面からいって、今のところ敵う訳が無いのですがね、一応…。(日本は、根本の法整備が出来ていないので、それだけが怖い。) 記念すべき1巻目なのに、これだけ表紙画像が無い!!!ステルス艦カニンガム出撃 ↑ 〈カニンガム〉は出てきませんが、ギャレット大佐が大活躍する作品です!
2006年01月11日
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すみません。読書・コミックのジャンルの中で、このお話が書けるのはここかな~?と思いまして、軒先をお借りします。さて、本日は昨日に続いて文化庁メディア芸術祭に関する話題です。昨日は森薫さんの『エマ』を中心に「マンガ部門」のお話をしました。そして本日は当然、「アニメーション部門」に関するお話と相成ります。さて実は私、最近アニメを見る暇が無くて、もっぱら放映しているアニメをDVDに録画して溜め込んでいる日々が続いています。『英國戀物語エマ』だけは根性で放映時間に目覚ましまでかけて視聴していましたが、同時期に放映していた気になる作品は、ようやく正月休みに見終わったところだったのです。そして、今回の第9回文化庁メディア芸術祭の受賞作品の各部門の一覧を見たのですが…。なんと、『かみちゅ!』〔長編〔TV・OVA〕)がアニメーション部門で優秀賞を取っているではありませんか!やっぱり、良い作品はちゃんと評価されるのだな~、としみじみと感じ入りました。さすが文化庁&審査委員会。この『かみちゅ!』ですが、この作品は私が『エマ』に次いで始まった今年度7月スタートの作品の中で最も注目してした作品です。(次が、この前終了した『ARIA』です。今年は、良作が出揃ったな~。)『かみちゅ!』は、原作がベサメムーチョさん、脚本が倉田英之さん、監督が舛成孝二さんのコンビで作られた作品です。物語は昭和50年代後半ぐらいの瀬戸内海に面した小さな街が舞台です。(映画のロケ地にも幾度となった本州側の有名な町がモデルです。)内容は、ライトノベルのジャンル分けを借用すると「学園コメディ」というところでしょうか?主人公は平凡な中学生、一橋ゆりえ。このゆりえがある日突然、神様になってしまうのです。さあ!周りは大騒動、というように話は進まず、淡々とゆりえを中心に、友人四条光恵と神様、ゆりえを利用しようとする神社の娘、三枝祀と霊感の強い妹、みこたちの日常を綴っていきます。(と言っても、神様なので色々な事件に巻き込まれてしまうのですが…。詳しくは下のバナーから『かみちゅ!』のホームページへ。)この作品は、私が好きな(子どもの時代の)古き良き昭和の時代の生活が丹念に描かれていて、さらに、神様やもののけといった純日本的なものがこれでもか、というぐらいに出てくる事など、日本!!!を前面に押し出した作風が私は大好きです。作品を見ていて、私はなんだか宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』を思い出していました。そんな作品です。映像も綺麗ですしね。そして、題も端的で良いですね。中学生の神様だから略して「かみちゅ」とは…。(命名は、祀です。)この他の、文化庁メディア芸術祭アニメーション部門受賞作品についてですが、まず大賞が榊原澄人氏『浮楼』〔短編〕、優秀賞が川本喜八郎氏『死者の書』〔長編(劇場公開)〕、 橋本大佑氏の『flowery』〔短編〕、山村浩二氏(アカデミー賞短編アニメーション部門にノミネートされた『頭山』を作ったアニメーション作家。この人以外は、お名前を初めて知りました。勉強不足です。)『年をとった鰐』〔短編〕、そして奨励賞に藤田純平氏の『seasons』〔短編〕といった作品が受賞されています。あと、文化庁メディア芸術祭アニメーション部門の審査委員会推薦作品では、私が見たり興味があるもの、TVアニメ・OVA・長編部門では、新海誠監督の『雲のむこう、約束の場所』(年越し前にNHKBS2で放送していました。)、原作は言わずと知れた荒川弘先生、水島精二監督の 『劇場版 鋼の錬金術師 シャンバラを征く者』(映画、1人寂しく見に行きましたよ~。)、カサヰケンイチ監督の『ハチミツとクローバー』(まだ、半分しか見ていない…。)、そして新しいところでは今放映中の藤咲淳一監督の『BLOOD+』や、超王道、富野由悠季大先生の『機動戦士Ζガンダム ―星を継ぐ者― 』などが受賞しています。(詳しくは、検索サイトで「文化庁」を検索して、「文化庁ホームページ」から「文化庁メディア芸術祭ホームページ」へとアクセスして下さい。リンクの許可が現時点では、まだ出ていないので。) では、最後に、文化庁メディア芸術祭アニメーション部門で受賞された作品と製作に携わった方々、おめでとうございます!!!そして、このような素晴しい作品を私たち読者に日々提供していただいて、ありがとうございます!!! 『かみちゅ!』DVD全6巻のパッケージの画像です。(ロゴ無し!)どのような作品か、雰囲気が伝わると良いのですが。『かみちゅ!』ホームページには、こちらのバナーからどうぞ!
2006年01月10日
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昨日、名古屋での新年会の前に書店さんに立ち寄ったら、吾妻ひでおさんの『失踪日記』(と私が心魂から愛する森薫さんの『エマ』がフロア入り口の「島」(詳しくは、久世番子さんの『暴れん坊本屋さん』を読んでください。)にデデーン!と陳列されていました。おやっ!?と、先ず最初に思いましたね。『失踪日記』は、ずいぶん前から通常の陳列棚の平台に平置きされていましたので、新刊でもないし、『エマ』も新刊はまだのはず…。と思って『エマ』をよく見てみると… 平成17年度 文化庁メディア芸術祭 優秀賞受賞 とのオビがかかっているではありませんか!!!それを見た瞬間、私の脳裏に過ぎったのは、「しまった~!!!」のひと言。去年のとある出来事から、メディア芸術祭の発表は1月の初めかな?と思っていたので、全然、チェックしていなかったのですよ!(12月16日に発表されていました…。)せめて、『エマ』が連載されているエンターブレインの『空間コミックビーム』のホームページを覗いていれば…、と後悔しました。本当に! と言うわけで遅ればせながら、森薫さん!文化庁メディア芸術祭マンガ部門、 優秀賞受賞!!おめでとうございます!!!ちなみに、吾妻ひでおさんの『失踪日記』は、大賞でした。ここで、少し文化庁メディア芸術祭についての紹介をしましょう。この芸術祭は、日本のメディア芸術の振興を図ることを目的に、新しい技術や創造性に優れた「メディア芸術作品」を表彰し、受賞者への支援とその作品、作家を紹介する作品展を行ったりする催しで、今回で9度目の開催となります。文化庁メディア芸術祭は、「アート部門」、「エンターテインメント部門」、「エンターテインメント部門」、「マンガ部門」と、4つの部門に分かれていて、当然、『エマ』は「マンガ部門」での受賞となります。今回は、『エマ』の他に、優秀賞は原作が手塚治虫大先生で『マスター・キートン』(これは全巻、所有しているので。)等を書かれている浦沢直樹さんの『PLUTO』(小学館)と、ドラマ化もされた超話題作、三田紀房さんの『ドラゴン桜』(講談社)〔以上が、ストーリーマンガです〕、そしてせきねゆきさんの『晩夏』(新風舎)〔コママンガです。〕です。あと、中江嘉男さんの『Web四コマ漫画』〔オンラインマンガです〕が奨励賞を受賞しています。あと、審査委員会推薦作品として曽田正人さん(『め組の大吾』や『昴』の作者です!)の『capeta』(最新刊のcapeta カペタ 10を)や小栗左多里さんとその旦那様、トニ-・ラズロさん(『ダーリン』シリーズは、学校図書館に全て入れました。)の『ダーリンの頭ン中 英語と語学』、これも話題の作品、二ノ宮知子さんの『のだめカンタービレ』(もうすぐ発売の『【予約】 のだめカンタービレ(14)』を。)に、雰囲気が好きな山下和美さんの『不思議な少年』(これも、最新刊の『不思議な少年(4)』を。)、エマと同じくコミックビーム連載中の福島聡さんの『機動旅団八福神』(『機動旅団八福神(3巻)』)など、ストーリーマンガ・コママンガ・自主制作マンガ・オンラインマンガという4つのジャンルで、23作品が選ばれています。(詳しくは、検索サイトで「文化庁」を検索して、「文化庁ホームページ」から「文化庁メディア芸術祭ホームページ」へとアクセスして下さい。リンクの許可が現時点では、まだ出ていないので。)さて、最後になりましたが、文化庁メディア芸術祭マンガ部門で受賞された方々に、心からお祝いを申し上げます。おめでとうございます!!!そして、このような素晴しい作品を私たち読者に日々提供していただいて、ありがとうございます!!!
2006年01月09日
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最近、趣味の街道を一直線に爆走しているので、本日、本年の初出校だったこともあり、この辺りで、学校図書館に関する真面目なお話をしてみようかと思います。今日は当然、東海地方にある私の学校は冬休みの最中です。そこで、イソイソとクリスマスの飾り付けを外して、正月バージョンに午前中のうちに切り替えました。なぜなら、午後から来年度の新入生に対する制服の寸法合わせとカバンなどの物品の販売があって、記録的な寒さのこの冬、強力な石油ストーブが鎮座している図書室が控え&待合室となったためです。で、保護者が新入生を連れてきたのですが…、予想外のコブがこれまたかなりの数、やって参りまして、悲鳴を上げる破目に陥ったのです。幼稚園児&それ以下の子どもと小学校低学年生の群れです。ストーブに近寄らないように気を付けねばならないは、親はとっとと寸法合わせに子どもを置いて行くは、中学校の図書室なのに、なんだか幼稚園の先生になった心境でした。これで、読み聞かせをやろうものならもう…、しませんでしたけどね。さて、今日は個人のホームページやブログでも時々見かける、本、書籍・雑誌の表紙や挿絵の利用についてのお話をしたいと思います。みなさんは、本には著作権があり、本を調査・研究以外の目的で、さらに総ページ数の半分までしか複写できない事は、良くご存知であると思います。また、雑誌の新刊は次号が発刊されるまで複写できない事なども、ご存知ですよね。さて、これらは本の内容、言い換えれば文章やそれに付随する挿絵や写真等が主体であります。(漫画や写真集は横に置いておいて下さい。)そして、本を書いた人間、著作者を保護する法律が著作権法なのですが…。では、挿絵や本の表紙はどうなるのか?と言いますと、これが、なかなか厄介な問題なのですよ。ここでは、挿絵や写真はひとまず置いておきましょう。本を複写する際、これはどうしてもページの関係上一緒に複写せざるおえない場合が大半ですしね。問題が、表紙、ここからは表紙画と便宜上置き換えます、表紙画なのです。私も、学部の司書過程では文章や雑誌記事等に関しては、事細かく実例も交えた図書館での利用者への複写の対応を学んだのですが、表紙画については何にも教えてもらえず、学校図書館へ赴任した時も、何にも考えずに図書便りに出版社のホームページからコピーした表紙画像を貼り付けて、本の紹介を作ったのです。そうしたら、図書担当の先生から「このように本の表紙画像を使用する際は、出版社の許可がいるのよ」と言われて、大変驚きました。そもそも、学校図書館もとい教職員には著作権法の特例措置があり、生徒の学習指導等の利用に限っては自由に複写が出来ることになっているので、てっきり何の問題もないや、と思って図書便りを作ったのですが、これが間違いだったと言うわけです。どうやら、表紙画には本の著者以外の権利、出版社や表紙の絵を描いた画家さん、表紙をデザインしたデザイナーさん、もし、その本がドラマなどで放送されて、そのドラマのワンシーンが表紙になろうものなら、放送局にタレント事務所、ドラマに出演した俳優さんの肖像権等が加わりまして…。このような各種多様な権利が、表紙画には複雑に絡んでいるらしいのです。さらに、昨今は映画のDVDの海賊版等の問題から知的財産保護が叫ばれているので、そのような問題に業界は敏感なので、余計に神経を使わなくていけない状況なのでしょう。これは、やはり技術の進歩、画像印刷やインターネットの問題が大きいのだと思います。一昔前なら、表紙画像を一般人がコピーしてもモノクロでしたし、例え、カラーにして配布してもメリットはほとんど無かったでしょう。しかし、今日ではスキャナーはありますし、デジカメもあります。素人が簡単に表紙画をいじれますし、ネットに画像を流せばあっと言う間に世界中にばら撒かれてしまう世の中です。では、なぜに表紙画についてうるさいのかと申しますと、私もはっきりと出版関係の人に聞いたのではないので、分からないのですが、表紙画自体が完成された1個の美術作品であり(パソコンで処理すれば、表紙画の主題や著者名等、余計なものは消せますからね。)、また、挿絵画家さんたちの技術や地位が向上したことにより、それら挿絵を描かれる画家さんたちの作品展や作品集が売れるようになってきたことが要因ではないのでしょうか?(私の好きな、『キノの旅』のイラストを描かれている、黒星紅白先生も作品集を何点か出されていますしね。最近、ライトノベルの電撃文庫は、人気作品のイラスト書いている画家さんの作品集をよく出すな~。)と言うような次第でありますので、皆さんは本の表紙画像を利用する際は、十分な配慮が必要である事を理解しておいて下さい。まぁ、個人のサイトやブログに出版社なんかがクレームをつけてくる事は、ほとんど無いと思いますが。表紙画を使いたい時は、楽天ではアフィリエイトを利用すればいいことですしね。ただ、本と言う知識媒体には各種法律ががんじがらめに絡まっていて、うっかり解こうとすると痛い目に遭いますので、世間一般の良識と節度を持ち、著作権法を遵守して複写して下さいね。
2006年01月06日
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今日は、これまでブログで何回か取り上げました、ドイツの戦史作家であるパウル・カレル大先生とその著作について、紹介したいと思います。第二次世界大戦時のドイツの戦争について関心を持った人間なら誰でも必ず目を通すという名著の数々を書いた、パウル・カレル氏。氏は、1911年生まれのドイツ人です。(当然ですね。)彼は、キール大学にて経済学・哲学・心理学を専攻し、その後、キール心理学研究所を経て、外務省公館参事官を歴任して、各種の知識を得たとされてきました、ところが、その正体が戦争中に外相リンペントロップ配下の外務省報道局長(ゲッペルスと同じ穴のムジナ。)であったパウル・シュミットであったことが判明しました。シュミットは戦時中、数々の情報活動に従事した人物でもあり、ドイツをはじめ日本、フィンランド、スペインの勲章を受けた功績抜群の人物であります。そのため、ドイツ敗戦時にアメリカ軍に身柄を拘束されますが、2年後に釈放され、以後、著述活動に勤しむわけとなります。偽名を使用した理由も、情報担当官としてナチス・ドイツの中枢に深く関わったことや、対ソ情報活動を行っていた事にも関係するのでしょう。(そのため、アメリカ軍に拘束され、裁判無しで釈放されたと、考える事ができます。)さて、そんなパウル・カレル氏(この名前は、日本で言うと「山田太郎」と同じような、ありふれた名前の組み合わせの1つだそうです。)の作品は、全てが真実のお話であることが素晴しいところです。そうです、何も誇張も無く、敵味方などの偏見も無い、ただ淡々と第二次世界大戦の戦場にいた兵士たちの生の声を、丹念に拾い上げて1つの作品を作り上げているのです。私の拙い文章よりも、カレルの著書『砂漠のキツネ』の訳者、松谷健二先生(先生は、カレルの著作の日本語訳を全て担当されています。)の「訳者あとがき」の一節を紹介してみましょう。「本書(『砂漠のキツネ』)の作製にあたってカレルは三千の文献を読み、六百人と会見し、一ページ分の事件を語るのに、最高三十五通の手紙を当事者に出して照会したそうである。完成に長年月がかかってもふしぎではない。」このような、丹念な調査によって作製されたカレルの著作は、まさしくドイツ人の緻密で徹底的に物事を行うという気質そのものを文章にした作品であります。そして、この作風により、全世界に広い読者層を持ち、専門の歴史学者の間でも「第二次世界大戦のクロニスト」という最高級の賛辞を送られるほどの評価を得ています。カレル氏は、私の持っている『砂漠のキツネ(Die Wustenfuchse/uはウムラウトです。)』の他に、独ソ戦を描いた『バルバロッサ作戦(Unter-nehmen Barbarossa)』、『焦土作戦(Verannte Erde)』、そして私が買いそびれたままのノルマンディー上陸作戦を描いた『彼らが来た(Sie Kommnen)』(どっちかと言うと、『奴等が来た』と言うほうが良いと思います。ドイツにとっては、招かざる客ですしね。)があります。カレル氏は1997年に死去されていますが、その直前まで『ベルリン陥落(仮)』という作品を手がけられていて、これを以って独ソ戦三部作を完成させる予定であったそうです。残念です!このパウル・カレルの諸作品は、以前、別の出版社から出ていたものを中央公論新社が『砂漠のキツネ(Die Wustenfuchse)』(これは、初版が1969年です!)と『彼らが来た(Sie Kommnen)』の2冊を、学研が『バルバロッサ作戦(Unter-nehmen Barbarossa)』、『焦土作戦(Verannte Erde)』の2冊をそれぞれ新装版にして再出版してくれました。学研はさらに、『学研M文庫シリーズ』で文庫にまでして、手に取りやすくしてくれました。感謝、深謝です。さて、最後に再び『砂漠のキツネ』の「訳者あとがき」を引用して、昨日紹介したアラン・ムーアヘッドの『砂漠の戦争』についての松谷先生の評価を聞いてみましょう。「勝者の従軍記者の立場で書かれたムーアヘッドの作品とこの『砂漠のキツネ』とは、性格も叙述の方法もかなり異なる。『砂漠のキツネ』は若干オーヴァーな表現を用いるなら、トロヤ側の詩人による『イリアス』のようなものである。すべて、歴史とは多面的にながめられるべきものであろう」どうでしょうか?パウル・カレルの戦史が如何に素晴しいものかが、よく分かる一文ですよね。古代ギリシャの叙事詩『イリヤス』に例えて評価されるとは。そして、日本人が一番苦手とする多面的考察こそが、歴史を学び、議論する上で重要なことが力説されていますね。日本人は、勧善懲悪・判官贔屓が大好きですが、歴史とは簡単に善悪・正邪がつかないものです。例えば、フランス人にとっては(そして、世界の大部分の人は。)ナポレオンは偉大な人物であったと習い、伝記にもそのように記されますが、ロシアにとっては疫病神以外の何者でもありません。(ナポレオンに侵攻された、ドイツ・スペインなどの国にも、碌な事はしませんでした。まさしく、革命の押し売りです。)このように、とある国にとっての英雄は、別の国では大罪人・疫病神となってしまうのです。司馬遼太郎も良いですが、本当の意味での歴史、血なまぐさく、オドロオドロしく、しかしどこか温かみのある人々が精一杯「生きていた」という実感を読んで理解しようと思うなら、私は、このパウル・カレルの著作をお勧めします。 ↑学研の上記2部4冊は、文庫版2部6冊しか在庫がないそうです。↑
2006年01月05日
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え~、皆様。本日が世間一般の仕事始めなのでしょうが、私は今日明日と、お休みです。これも、年間契約で働いているためでして、生徒のいなくて、且つ暇なこの時期に休みを取らされた訳です。(夏休みは、蔵書点検に燻蒸作業。年度末は各種書類の作成で、正月が一番、暇なわけです。先生方にとっては、とくに3年生の担任、進路指導の先生にとっては地獄絵図な日々の只中なんですが…。ご免なさい!)ということで、正月三ヶ日の酒気を抜き、アルコール漬けの頭をシャンとするべく、今日は、遅ればせながら書初めを行い、正月に見ようと思って借りてきたDVDを見ました。そのDVDとは、『砂漠のネズミ(The Desert Rats)』という映画です。以前、スーザン・トラヴァース女史の『外人部隊の女』でも紹介した、第二次世界大戦の北アフリカでの戦いを、連合国側から描いた作品です。実は、『外人部隊の女』を読んだ後に、ブログでも紹介しましたアラン・ムーアヘッドの『砂漠の戦争』(早川書房、1977年)を読みまして、その後、砂漠の戦争を描いた作品はないかと行きつけのレンタル屋さんで探してみたら見つけたのが、ロバート・ワイズ監督の『砂漠のネズミ』だった訳です。さて、ここでDVDを借りるきっかけになったアラン・ムーアヘッド氏とその著者『砂漠の戦争』ついてに紹介しましょう。氏は、第二次世界大戦中、5本の指に入るほど著名な従軍記者でした。1910年にオーストラリアのメルボルンに生まれた氏は、大戦中、ロンドンに本社がある『デイリー・エクスプレス紙』の特派員となり、1940年5月、エジプトのカイロに降り立ちます。氏は当時、ギリシャに派遣されていたのですが、戦争の気配が全くしてこなかったので、イタリア軍と英連邦軍が戦闘を繰り広げていた北アフリカ戦線の入り口、カイロへとやってきたのです。この当時、北アフリカのチェニジア・リビアを植民地にしていたイタリアは、版図拡大のため英保護領のエジプトへと侵攻を開始。英連邦軍は、兵員と兵器、そして準備不足により敗走をしていたのですが、ムーアヘッドがカイロに到着後の12月、イタリア軍に対して英連邦軍は反撃を開始、一気にイタリア領まで侵攻して大勝利を収めてしまいます。そこで危機感を抱いたヒトラーが1941年送り込んだのが、ドイツの軽師団(一部機械化された歩兵部隊。)とフランス侵攻で名を馳せた将軍、ロンメルだった訳です。彼らは、リビアの首都、トリポリに到着後、直ちに反撃を開始。あっという間にリビアを英連邦軍の手から奪い返し、エジプト国境に迫ります。それに対して、エジプトを守るべく英連邦軍は港があるトブルクに部隊を集結させます。これが、1941年3月のお話。以後、トブルクは、ドイツ・イタリア枢軸軍に12月になるまで包囲されます。これが、今日見た『砂漠の鼠』のお話です。このトブルクは、リビアの砂漠のど真ん中で(エジプトよりで。)、唯一、まともな港湾施設があり、且つ、要塞化された都市でした。(イタリア軍の手によって。)そこを死守する事は、ドイツ・イタリア枢軸軍の部隊を分割させ、彼らの後方を脅かす事になり、さらに、エジプト国境を守備し、反撃のための部隊を編成する時間が稼げる。つまり、トブルクを死守する事は、戦略上極めて優位に立つことが出来るという訳です。そして、このトブルクを死守する事になるのが第9オーストラリア師団です。映画では『砂漠の鼠』と題されていますが、ムーアヘッドの『砂漠の戦争』では「トブルクのねずみたち」と表現されています。実際、「砂漠の鼠」という称号は、英本国軍の第7機甲師団に与えられています。(そして、現在でも使用されています。)映画では、史実に基づき、猛砲撃・爆撃の中をひたすら耐え(撮影にどれだけ爆薬を使ったのか?というぐらい派手です。)、ドイツ軍の幾度もの来襲に応戦し、防衛戦だけではなく、小規模の奇襲部隊を放ってドイツ軍を攻撃するシーンが描かれていました。(英連邦軍お得意のコマンド・奇襲作戦です。この戦術が極められたのが、この北アフリカの砂漠で、あのイギリス特殊空挺部隊・SASもこの北アフリカで誕生しました。)また、敵の包囲下にある部隊の緊張感・焦燥感や将校や兵士の苦悩も描かれていて、マアマア楽しめました。ただ、この映画、モノクロなんですよね。これは、当時の実際の戦闘シ-ンのニュース映像を挿入するため工夫なのでしょうが、そこがチョッと不満でした。また、ドイツ軍の持っている兵器も、おかしかったですしね。(機関銃が一律、英軍のヴィッカース水冷式重機関銃というのは…。MG34を出せ!!!英軍はキチンとブレン軽機関銃まで出てきているのに!)その後12月にトブルクを解放した英連邦軍(何度も出てきたので、簡単に説明を。この軍は、英植民地or保護領の南アフリカ・インド・オーストラリア・ニュージーランド、そして英本国軍の各軍から編成された軍隊の事を指します。)、リビアの何にも無い砂漠の真ん中に、英連邦軍は1942年に「ガザラ・ライン」という防衛線を構築します。この防衛線の中にあった防衛拠点「ボックス」の1つが『外人部隊の女』で出てきたビル・ハケイムです。この後の事は、『外人部隊の女』編を読んでみて下さい。ところで、このアラン・ムーアヘッド氏の『砂漠の戦争』。これは、北アフリカの戦いを描いた作品ですが、氏はその後、英連邦軍に従軍して、シチリア島、イタリア半島、英本国からノルマンディーへと上陸し、フランス、・ベルギー・オランダ、ドイツへと戦場を駆け巡ります。このヨーロッパの戦いを描いた作品が『神々の黄昏』という作品です。ムーアヘッドは、戦場に自ら赴き、特ダネを手にする事が仕事でした。そのため、自ら銃弾飛び交う最前線へと赴いたわけですが、彼は、新聞記者という戦場での中立的な立場から、敵(捕虜や指令部、情報筋から得た知識。)見方(これは、高位高官でも、取材と称してインタビューできますので。)双方を客観的、且つ冷静に分析しています。また、作品の中では戦場での日常生活や、戦場でのユーモラスな出来事も紹介して、人間味溢れる生の戦場を今日の私たちに伝えてくれます。今日はこの他に、「砂漠の戦争」という題でしたので、第一次世界大戦中、アラビア半島で活躍した「アラビアのロレンス」こと、T・E・ロレンスの『砂漠の反乱』や北アフリカの戦いをドイツ側から見た、ドイツの著名な戦史作家、パウル・カレルの『砂漠のキツネ』なども紹介したかったのですが、文字数が一杯一杯になりましたので、この辺で止めて置きます。 砂漠の戦争
2006年01月04日
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みなさま、遅ればせながら、明けましておめでとうございます。本年も、私の拙い文章に、宜しくお付き合い下さい。さて今年、真の意味での読書はじめが三島浩司さんの『Muramura 満月の人獣交渉史』(あれ、なぜか最初以外は小文字だ!?)です。なぜ、この本を読もうかと思ったかと言いますと、去年の冬の図書館新聞に「第4回日本SF大賞受賞作家の新作」と紹介されて、表紙画に火縄銃が描かれていたことで私の好奇心が触発され、昨年の本の借り納めに借りてきたのです。そして今日、ようやく最初の頁(ページ)をめくったところであります。お正月は、客やら外出、飲みが多いもので…。(現時点でも、アルコールが頭の警戒ラインのところで、タップンタップン、いっています。)そんな頭で本を読むな!と普通の人は思うでしょうが、私にとっては本を読むのは、日常の生活の中で衣食住(その他、諸々。)に関わる日常行動と同様の行動なので、何ら、問題はありません。(そんだけ根性が無ければ、まともな修論なんか書けません!)ただ10頁も読むと眠くなるか、頭痛が発生して挫折するのですが…。ただ、今日はそろそろ、ブログも書かねばな~、という思いが頭を過ぎり、睡魔が勝利を収める僅かな時間を使用して、書き込んでいる訳です。そんな訳で、まだ少ししか読んでいないのですが(20ページほど。)、この『MURAMURA』、中々いけます。面白いです。今年の読書はじめに、良いものを引き当てました。本の内容は、何処にでもいるような普通の女子高生、伊佐チエがある日、母校の小学校がこの世から消えてしまうという奇怪な事件に巻き込まれる、というものです。その事件をきっかけにチエは、曽祖父である小五郎のつくった夢の世界「夢羅」という世界で、先祖伝来の滅魔の銃鉄砲片手に伝説の化け狐・キトネを追うというストーリーです。内容についての感想、その他諸々については後日という事で、今日は、私の愛する鉄砲について、一言+α。主人公、チエの使用する鉄砲は、祖父から譲り受けた火縄銃と村田銃の2丁です。火縄銃は挿絵にあるのですが、この挿絵、私が見た時、妙な違和感があったのですが、本を読んで納得しました。これ、左利き用だったのです。何でも、チエの曾祖父もチエ本人も左利きなだったので、通常の銃とは異なり火皿やカラクリが左側にあったのです。(普通の人と同じ右側にある銃で、左利きの人が発砲すると、火皿に点火した瞬間、発砲の際の火薬の「爆燃」によるガスの噴出し(銃身に点火する穴が開いているので、点火の際とは逆に、銃弾を押し出す高温・高圧のガスがその穴を通って噴出すのです。)によって目の損傷や、顔の焼けどを負う可能性があるからです。)した場合そのため、「通」である私が違和感を覚えたわけです。そして、2丁目の村田銃は日本人の手で最初に設計され(薩摩出身の陸軍歩兵少佐、村田経芳〔つねよし〕が設計。この人は、射撃の名手でヨーロッパの大会で優勝した事もありました。)、量産された日本初の近代的軍用小銃です。発射機構は、現在と同じボルトアクション式で単発。口径は11mmで、単発式で十三年式と十八年式(明治十三・十八年に正式採用されたという意味。)があるのですが、多分、十八年式でしょう。この村田銃は、戦前、軍からの払い下げで民間の猟師、とくに北陸地方のマタギなんかが愛用していたと聞きますので、そのところから物語に採用されたのでしょう。この作者は、なかなか鉄砲に詳しいようで、それだけで作品や著者に対してシンパシーを感じます。ということで限界が来ましたので、今日は『MURAMURA』、鉄砲談議だけで終わらせていただきます。その他、諸々また今度と言うことで…。
2006年01月03日
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